ハンターにはなりません。理由は怖いから 作:ゴミミゴミ
王女様を大きく描いたら、鋼龍を動かす人が一人消えた。
その人が握っていた綱はまだ残っているので、このままだと誰もいないところから龍の翼が引かれている。舞台の表側ならともかく、裏側の絵まで不思議な仕掛けにするつもりはなかった。
本部へ帰って一週間。王女様へ送ると約束した絵は、下描きからなかなか先へ進まない。紙を大きくすれば全部解決すると思っていたのに、空いたところへ木組みや職人を描き足したら、また端まで埋まってしまった。
「まだ増やすのか」
窓際にいたニャンターが机の上を覗き込んだ。僕は炭筆の尻で、王女様の肩の向こうを示した。
「ここにいた人が入らなくて」
「お前の足元へずらせばいい。そっちで綱をまとめていた奴だろう」
帳面のほうを確かめると、その人は実際に少し離れた場所にいた。僕が全員を王女様の近くへ集めすぎたらしい。教わったところへずらすと腕も収まり、ようやく一人分の仕事を戻してやれた。
「どう?」
「働いているようには見える」
「ちゃんと働いてたよ」
ニャンターは返事の代わりに絵の中の僕を指した。王女様の後ろで綱を持つ自分の肩が、少し立派すぎる気はする。余分な線を拭い、肩幅を狭く描き直した。
ちょうどそこへ、旅に連れてきてくれた書士隊の人が訪ねてきた。
僕が机を片づけ始めると、今のままでいいよと言って別の椅子へ座る。折った紙を一枚持っていたが、本も筆記具もない。勉強ではなさそうなので、削ろうとしていた炭筆を戻した。
「君に、これからの外出について聞いておきたいんだ」
僕はすぐニャンターを見た。昨日も一昨日も本部の中にいたし、勝手に出ようとした覚えもない。
「何かしたという話ではないよ。商会の集まりや、龍の伝承を調べている人たちからは何度か誘われていたんだ。面会の申し入れも含めて本部で断ってきたけれど、王都へ行ってからまた増えてね」
「また劇ですか?」
「劇場からではないね。絵を見てほしい人や、一緒に食事をしたい人。それから、龍について話を聞きたいという人たちもいる」
かしこまった食事は、王女様とのお茶でしばらく足りていた。あれでも何を先に食べるか迷ったのに、次は食器まで増えそうである。僕は食事の誘いから考えるのをやめ、残ったほうを尋ねた。
「どんな絵ですか」
「古い本の絵を見ながら話したい、というものは来ているよ。ただ、招く側は君の話も聞きたいそうだ。何を考えて龍を描いているのか、とかね」
机に本を広げて覗き込むところまではよかった。その真ん中で説明してくれる人の顔が、急に僕になった気がする。
龍を描く時に何を考えているかと言われても、角の先が紙からはみ出しそうだとか、翼を広げると後ろのものが隠れるとか、その辺りである。今は王女様の肩で職人が消えたところだ。人を集めて聞かせる話だろうか。
「そういうの、行かなきゃ駄目ですか」
「ううん。誘いが来るたびに君を呼んで聞くのも落ち着かないだろうから、先に希望を聞いておこうと思ってね。王女殿下とは楽しく過ごせたそうだから」
「あれは、鋼龍を見に行ったので」
王女様とも前よりは話せた。昨日届いた手紙には、絵は出来たかと書いてあった。帰ってまだ一週間なのに、催促だけはもう来ている。
ただ、あの時は見たいものがあって、何をするかも教えてもらえた。父の返事を待っている間にも舞台装置を想像していたので、僕のほうがよほど行きたがっていたと思う。
「うん。あの時のように、君が行ってみたいと思うものがあれば相談しよう。お父さんへの確認も、安全に行けるか調べるのも、その後だよ」
書士隊の人はそう言って、僕の答えを待った。ニャンターも口を挟まず、机からずり落ちかけていた帳面を奥へ押している。
前世で大勢の人を相手に何かを発表した覚えはほとんどない。ゲームの画面へ向かって話したことならあるが、あれは「待って」と「今の当たるの?」で大半が済んでいた。古い龍の絵について聞きに来た人たちへ、それを聞かせるわけにもいかない。
「絵や本は見たいです。でも、皆さんの前で龍について話すのは無理です。そういうお誘いは断ってもらっていいですか」
「分かった。今届いているものにも、そのように返事をするね」
何を話すか一緒に考えてみよう、と言われるつもりでいたので、少し拍子抜けした。勉強の時は、分からないと言うとそこから詳しく聞かれる。今日は本当に行きたいかを聞かれたらしい。
「先に、行きますって返事をしてないですよね」
「していない。お前の部屋へ通す約束もな」
ニャンターの返事を聞いてから、僕は書士隊の人へお願いしますと頭を下げた。
それにしても、劇を一つ観に行くとそんなに誘われるものなのか。僕はあそこで、ほとんど座っていただけである。帰り際に翼の綱を引いたけれど、あれを見て話を聞きたくなるとは思わなかった。
「古い絵なら、ここの書庫にもありますか」
その人が立ち上がったところで聞くと、ずいぶんたくさんあるよと笑われた。前に見せてもらったものより古く、何を描いているのか意見が分かれている絵もあるらしい。
「今度の勉強で、何枚か持ってこようか」
「お願いします!」
それならいつもの部屋で見られるし、分からないことはこっちが聞けばいい。僕は机の脇に置いていた勉強用の帳面を、上に積もった紙の下から出しておいた。
出ていく時、その人は机の絵に気づいて足を止めた。劇場のことを話し始めると、先ほど重たくなっていた口がよく動く。翼の骨組みは木で出来ていて、綱を引く人は見えているより多かったのだと説明していたら、窓際からニャンターの声がした。
「その続きは昼飯にでもしろ。向こうにも仕事がある」
「あ、ごめんなさい」
書士隊の人は笑い、扉へ向き直った。
「楽しみにしているよ。王女様へ送る前に見せてね」
その人を見送って炭筆を取り直すと、消えかけていた職人の指を描き直した。綱を握る手から腕へと線をつなぎ、邪魔になっていた王女様の袖を少しだけ縮める。これなら本人にも気づかれないはずだ。
少しして席を外したニャンターがパンを持って戻ってきた。紙の端を持ち上げて場所を空けると、僕の肘の横へ皿が置かれた。
「半分くれるの?」
「昼まで持たん顔をしていた」
端から食べながら絵を見ると、王女様はもう十分によく見えていた。消した職人も元へ戻り、その隣の僕は先ほどより細くなっている。そちらまで戻すか迷っていると、ニャンターがパンの残りを持って椅子へ上がった。
「今度は何だ」
「僕がちょっと弱そう」
向こうはパンを噛んだまま肩を揺らした。返事がなくても何を言いたいかは分かったので、僕はそのままにして龍の翼へ色を載せ始めた。
* * *
書士が坊主の部屋を訪ねる少し前、俺は商人を追って本部近くの路地へ入った。狩猟資格を預けてから、荷運び姿で街を歩くことにも慣れたものだった。
王都から戻っても男を見失ってはいなかった。劇場での用事を済ませた後は商いに戻り、この街では仕入れ先と宿を往復している。その男のもとへ使いが来たのは、朝の店が開き始めた頃だった。ほどなく商人が上着を羽織りながら出てきたため、俺も荷運びの仕事を切り上げた。本部の門が見える角で追いつき、男へ声をかけた。
「書士隊へ行くなら、その前に話を聞かせてもらいたい」
男は俺の顔を見て足を止めた。王都でも顔を合わせている。同じ働き口を探してここまで来たと言い張るには、会う場所が都合よすぎた。
「あの子の護衛に知らせがあります」
「それなら取り次げる」
「あなたが何者か、まだ伺っていませんが」
俺は上着の内でギルドの印を見せ、用向きを記すなら今ここで封じろと告げた。男は印を見つめた後、俺の顔へ目を戻した。
「あのアイルーに、まず確認していただけますか。私が勝手にお預けするわけにはいきません」
もっともな返事だった。俺は男を本部の通用門まで伴い、守衛に護衛への取り次ぎを頼んだ。ニャンターが来るまで待つと言う商人を止める理由はない。坊主の宿舎へは入らず、門内の来客用の部屋を借りた。
しばらくして現れた旧知のニャンターは、男が差し出した書状を読み終えると商人へ頷いた。
「話す相手はそいつでいい」
続いて俺へ向き直り、書状を差し出す。
「お前は坊主に顔を出すなよ」
「分かっている」
受け取る俺の手を一度見てから、ニャンターは扉の脇へ椅子を引いた。商人はその前へ座り直し、懐から別の紙を取り出した。
「北の祭司が、昨日この街へ着きました。本部へ招待の手紙を届けたと、こちらにも知らせが来ています」
「手紙は届いている。会わせる話にはなっていない」
ニャンターの返事を聞いて、男は紙を膝へ戻した。
「それでも、御本人は来たがっているはずだと考える方です。本部が断っただけだと思われれば、別の手を探すかもしれません」
「坊主に会わせろという話か」
俺が尋ねると、商人は首を振った。
「お気持ちを確かめていただきたいのです。お望みでないなら、私からも帰るよう話します」
ニャンターはすぐには答えなかった。商人の膝にある紙へ手を伸ばし、目を通してから返す。
「書士と相談する。ここで待っていろ」
扉が閉じると、俺は預かった書状を開いた。
商人が持参したのは大祭司自身の書状だった。迎えを認めず引き返せと命じたこと、その命令が北の祭司へ届くかはまだ確かでないことが記されている。発つ前から人手を頼んでいたらしいともあった。
俺はその部分をもう一度読み、商人に顔を向けた。
「頼んだ相手に心当たりはあるか」
「ありません。私の店の者ではないとだけは申し上げられます」
男は言い切ってから、膝の上へ両手を置いた。
「私も以前は、あの子をお迎えするつもりでした」
男は劇場で会う機会を得ながら、招待の話をせずに帰った経緯を語った。俺も離れた場所から見ていたが、挨拶を交わした後は仕事へ戻ったようにしか見えなかった。
「坊主に何か言われたか」
「翼を閉じている時に、別の側から綱を引けばどうなるか。そう職人へ尋ねていました」
俺の顔を見て、男は言葉を足した。
「こちらを見ながらではありません。私も、仕掛けの話だとは分かっています。ただ、私があの場でしようとしていたことを考えると」
続きを急がせずに待つと、男は静かに息を吐いた。
「招けばよいと思っていたのです。こちらにお越しになれば、私たちがなぜお会いしたかったのか分かっていただけると」
俺は書状の端を持ったまま黙っていた。
坊主に会った時、俺も聞き出してから考えた。何を知っているかが分かれば守り方も決められる。そう考えて相手の返事を待たずに手を出した末、今は門の内へ入るにも顔馴染みの許しが要る。
男は招待を口にする前に引いた。その上で今は警告を持ってきている。坊主はあの短い間に、この商人を自分の側へつけたらしい。そこまで見越して話していたのかと思うと、俺は少しばかり苦笑した。
話を終える頃にニャンターが戻ってきた。坊主が人前で龍について語るための招きには応じたくないと答えたこと、その返事を祭司にも伝えることになったと告げる。
「話は書士にも伝えた。ほかの誘いも含めて、坊主がどうしたいか聞いておくことになってな」
龍の話を求めるほかの誘いにも、同じ返事を出すという。商人は祭司の名を聞いて嫌がったわけではないと知ると、膝に置いていた手を少し緩めた。
「よく食って、絵を描いている。今日は外へ出る用もない」
言いながらニャンターの口元が緩んだ。商人は深く息を吐き、ようやく椅子の背へ身体を預けた。
「北の祭司には会えるんだな」
俺が尋ねると、商人は祭司が泊まっている信徒の家を挙げた。
「私からもお話ししてみます。若い方ですが、働き者で通っています。北では冬を越す品の足りない家を回って、食べ物や薪を分ける手配もしている」
「坊主の返事を聞いて、引いてくれる相手か」
商人は答えかけて口を閉じた。最後まで保証はしなかったので、俺も同行することにした。
昼前に本部を出る頃には、祭司への返書も用意されていた。控えには、人前で龍について語るための招きには応じたくないという、坊主の希望が記されている。ニャンターに書士官への伝言を頼み、大祭司の書状は必要な箇所を控えて届けてもらうことにした。
北の祭司が泊まる家は、宿の集まる通りから少し入ったところにあった。商人は俺を道中の警護に雇った者と説明し、祭司へ取り次ぎを頼んだ。狩猟の依頼を受けたわけではないが、腰に得物の見えぬ男を護衛として通す主人は俺を二度見た。
俺は部屋の入口に留まり、商人だけが卓の前へ進んだ。出てきた祭司は思ったより若い。髪を短く整え、旅着の袖を肘までまくっている。部屋の隅では宿の家の子供が乾燥豆を選り分けていて、祭司もそれを手伝っていたらしかった。
「お久しぶりです。王都ではお会いになれたそうですね」
差し出した手を商人が握ると、祭司は椅子を引いた。俺にも席を勧めたが、ここでよいと断ると無理には言わない。子供へ籠を台所に持っていくよう頼んでから、届いたばかりの書状を卓へ置いた。
商人のもとへ来たものと同じ印で封じられている。商人も本部から預かった返書をその隣へ置き、読んでほしいと告げた。祭司は書士隊の封を切り、最後まで目を通してから二通を並べ直した。
「大祭司様には心配をかけてしまったようです」
商人は差し出された椅子へ座らず、卓上の封に目を留めた。
「迎えをやめて戻れと書かれているでしょう」
祭司は頷き、書状を畳まず商人へ向けて少し押した。
「はい。ご命令は承知しています。ただ、帰る前に確かめたいことがあります。御子が断られた時、あなたも同じ部屋にいたのですか」
「いいえ。護衛から返事を聞きました」
その答えを聞いた祭司は、顔を上げた。
「では、誰も御本人からは聞いていないのですね」
商人が眉を寄せ、卓の書状へ目を落とした。
「書士隊の方も、護衛も聞いています」
「あちらの人でしょう」
祭司は商人の顔を見たままそう返した。声には挨拶を交わした時の親しさが残っている。
俺は扉に寄せていた肩を離した。
祭司は返書の本文よりも、その下にある書士の署名を見ていた。坊主自身が書いたものでなければ受け取れないと言い出しかねない目だった。
「王家のお招きには応じられましたね」
「あの子が観たいと言った芝居です。ご家族の許しも得て出かけたと聞いています」
「その話も、本部で伺ったのですか」
商人が頷くと、祭司は返書へ目を落とした。答えのどこを疑っているかは、もう尋ねるまでもなかった。
「では、集まりはやめます。私一人で伺って、こちらのことをお伝えするだけでもいい。護衛を外へ出せとは申しません」
商人が答えずにいると、祭司は椅子へ腰を下ろした。見上げる顔には疲れが見えたが、話を終えるつもりはないらしかった。
「あの方はいつまで本部に置かれるのでしょう。王家には会えて、私たちには会えない。それを御子が選んだのか、せめて確かめさせてほしいのです」
商人もようやく座り、向かいの若者に話しかけた。
「劇場では、楽しそうにしていましたよ」
「そうでしょうね。王女殿下も、つらく当たってはいないと思います」
祭司はそれを否定せず、少し声を落とした。
「だから余計に、御子からは言い出しにくいのではありませんか。住む部屋も食事も与えられ、誰と会うかは王家と書士隊が決めている。よくしていただいた相手を嫌だと言える子ばかりではありません」
商人は卓上の返書を祭司の手元へ押した。
「私も、あの子をこちらへお招きしようと考えていました。でも今は違います。断ると答えたのなら、まずそれを受け取ってください」
祭司はすぐには答えなかった。膝へ下ろした手を組み、しばらく紙を見ていた。商人も黙って待った。通りから聞こえた荷車の音が遠ざかる頃、ようやく祭司は顔を上げた。
「あなたは、本部の人たちを信用なさるのですね」
商人は一度だけ頷いた。祭司は開いていた返書を畳み、大祭司の書状へ重ねた。
面会の申し入れは取り下げる。書士隊へもそのように伝えてほしいと頼む口調は、初めに聞いた時と変わらなかった。商人は礼を言ったが、帰るようにという命令についてもう一度尋ねた。
「支度をして下さった方々への挨拶があります。使ったお金の始末もありますから、明日にでも、とはいきません」
商人が手伝いを申し出たが、祭司は既に頼んである人がいると答え、席を立った。扉まで送られる間に商人が連絡先を伝えると、祭司は頷いてから呼び止めた。
「御子が御自分からここへ来たいとおっしゃったら、その時はお連れしても構いませんね」
「その時は、護衛やご家族と相談して下さい」
商人が答えると、祭司は目を伏せた。
「御子のお返事の後にも、許しが要るのですか」
商人は答えかけたが、祭司が本部からの返書を差し戻すのを見て口を閉じた。受け取って畳み直す手に力が入り、紙の角が潰れる。俺は入口から一歩外へ出て、帰ることを促した。祭司は引き止めずに見送ったが、表の戸が閉じる直前、商人へ小さく言った。
「怖がって何も言えずにいるなら、誰かが助けに行かないと」
その声には怒りよりも痛ましさがあった。まだ一度も会っていない子供を思い、祭司は本気で顔を曇らせていた。
角を曲がるまで商人は黙っていた。人通りのある道へ出てから俺を見たが、先ほどの話し合いで済んだとは言わなかった。
「私がお招きしなかった理由も、あの方には違って聞こえたのでしょうね」
「お前が脅されたと思ったかもしれんな」
商人は唇を結んだ。俺からは祭司の帰り支度を手伝う申し出を続けてほしいと頼み、既に誰に任せているか分かったら知らせるよう伝えた。
その日のうちに本部の通用門でニャンターと会い、祭司の返答を伝えた。面会は取り下げられたが、それで警戒を緩める話ではない。聞き終えたニャンターはしばらく俺を見ていた。
「外のほうは頼む。俺はあいつの側にいる」
そう告げたニャンターへ頷き、書士官にも様子を知らせた。坊主の手紙や絵を運ぶ用事を含め、見知らぬ使いの申し出を受けないよう確かめてから街へ戻った。
祭司本人を捕らえて終わりに出来るなら話は早い。だが教団の命令に背いたことだけでギルドが身柄を押さえるわけにはいかず、面会を求めた行為にも罪はない。迎えの手配に誰が加わっているかを知らぬまま拘束すれば、依頼を受けた者だけが残る。
俺は祭司の宿の周りを見張り、そこへ出入りする者を追うことにした。
翌朝、祭司の宿から使いが一人出ていった後、別の男が訪ねてきた。表では声をかけずに裏口へ回り、ほどなく出てくる。追っていくと男は荷運びを請け負う店へ入り、帳場の者へ何かを渡した。
あの店なら使ったことがある。俺は男が去るのを待って荷の相談に入り、北へ向かう車に空きがないかと尋ねた。帳場の男は手元を調べ、向こう三日は無理だと答えた。
「祭司様の貸し切りだ。少し前に別の者が予約して、今朝も取り消さずに空けておけと念を押された」
「本人は戻る支度に時間がかかると聞いたが」
「そうらしいな。出る日は、まだ知らせてこない」
大祭司の書状にあった人手の手配と、今の男はつながっているのかもしれない。少なくとも祭司は面会を取り下げた翌日に、車を確保し直していた。
荷の量を尋ねるふりをすると、旅客を乗せる車だと教えられた。幼い客が疲れぬよう、座席の敷物を厚くしてほしいとの注文まで入っているという。
俺は礼を言って店を出た。急いで宿へ戻る前に、本部へ知らせを入れる必要がある。
本人は断っている。それでも北へ向かう車には、坊主を座らせる場所が残されていた。