モンドの街は、もう見えなかった。
背後には、広い草原と街道が続いている。
風が吹く。
草が揺れる。
遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「……本当に出たんだな」
俺は振り返った。
けれど、もうモンドの城壁は見えない。
「昨日まで普通に街にいたのにな」
「今は街道だ」
「まあ、そうなんだけどさ」
俺は苦笑した。
昨日、蛍とパイモンとも別れた。
そして今日。
俺たちは本当にモンドを離れた。
目的地は璃月。
ここから先は、二人だけの旅になる。
◆
しばらく歩く。
街道には、俺たち以外の人影はほとんどない。
モンドにいた時とは違う静けさだった。
「……静かだな」
「ああ」
「街にいる時は、もっと人の声がしてたからな」
「そうだな」
俺は後ろを振り返る。
やっぱりモンドは見えない。
少しだけ寂しい。
けれど、もう歩き始めている。
「まあ……いつまでも振り返ってても仕方ないか」
「ああ」
俺は前を向いた。
◆
街道の途中で、俺たちは休憩した。
俺は荷物から水を取り出す。
「はい」
「ありがとう」
二人で水を飲む。
少し休んでから、俺は空を見上げた。
青い空。
白い雲。
モンドで何度も見た空と同じだった。
「……ゲームで見てた景色なのに」
「何だ?」
「実際に歩いてみると、全然違うな」
「そうか?」
「うん」
俺は周囲を見回す。
「ゲームなら、ここを通って次の場所へ行くってだけだったけど」
「今は違う」
「そうだな」
俺は足元を見る。
石。
土。
草。
街道。
全部が現実に存在している。
「自分で歩いてるんだよな」
「ああ」
「モンドにいた時も、何度も思ったけど」
「実際に経験しなければ分からないこともある」
「うん」
俺は頷いた。
「だから璃月でも、知ってることは知ってることとして使う」
「必要な時だけな」
「そうするよ」
◆
再び歩き始める。
進むにつれて、景色が少しずつ変わっていく。
遠くには山々が見える。
モンドの草原とは違う、岩の多い景色。
「……璃月が近づいてる感じがする」
「まだ先だ」
「分かってるよ」
俺は地図を確認する。
「この道を進んでいけば璃月方面」
「ああ」
「モンドとは、やっぱり全然違うんだろうな」
「行けば分かる」
「まあ、そうだよな」
俺は地図をしまった。
頭の中には、璃月についての知識がある。
璃月港。
七星。
岩神。
冒険者ギルド。
商人。
そして、ゲームで知っている人物たち。
けれど――。
「……今回も、実際に行ってみないと分からないか」
「ああ」
「モンドでも、そういうこと結構あったしな」
「その通りだ」
「じゃあ、今回も自分で確かめていくか」
「ああ」
◆
しばらく歩いたところで、俺たちは小さな丘の上に出た。
そこから先の景色がよく見える。
遠くに山々が連なっている。
「……すごいな」
思わず呟いた。
「モンドとは全然違う」
「ああ」
「これから、あそこへ行くんだよな」
「そうだ」
おじさんは前を見ている。
「璃月だ」
俺も前を向いた。
モンドとは違う国。
違う文化。
違う人々。
そして、まだ知らない事件。
「なんか、ちょっと楽しみになってきた」
「そうか」
「モンドを出る時は、ちょっと寂しかったけど」
「今は?」
「新しい場所に行くって考えると、やっぱり楽しみだよ」
俺は笑った。
「こういうのも旅なんだろうな」
「ああ」
◆
夕方。
俺たちは街道から少し離れた場所で休むことにした。
焚き火を起こす。
モンドで準備した食料を取り出す。
「これ、モンドで買ったやつだな」
「ああ」
「まだ残ってる」
「食べればなくなる」
「まあ、そうだけど」
俺は食料を口に運ぶ。
「……普通にうまい」
「そうだな」
静かな時間が流れる。
モンドでは、毎日のように誰かと話していた。
依頼を受ける。
街を歩く。
騎士団へ行く。
知り合いと会う。
魔物と戦う。
そんな日々が続いていた。
今は二人だけ。
「静かだね」
「ああ」
「街を出たって、こういう時に実感するね」
「そうだな」
俺は火を見る。
「でも、悪くないかも」
「そうか?」
「うん」
少し考える。
「二人で旅するのも、これはこれでいいな」
「ああ」
「モンドにいた時とは、また違う感じがする」
「旅だからな」
「まあ、それもそうか」
火の粉が夜空へ舞い上がる。
しばらく、二人とも黙っていた。
「……璃月って、どんな感じなんだろうね」
「行けば分かる」
「それ、おじさん結構好きだよな」
「何がだ?」
「『行けば分かる』ってやつ」
「実際に行けば分かる」
「まあ……そうなんだけど」
俺は苦笑した。
◆
夜が深くなる。
焚き火を眺めながら、俺は明日のことを考えていた。
璃月。
ゲームでは何度も見た場所。
知っている人物もいる。
知っている事件もある。
けれど、実際に行けばどうなるかは分からない。
モンドでも、それは何度も経験した。
知っていることと、実際に経験することは違う。
「……今度は何が待ってるかな」
「何か起きるだろう」
「できれば何も起きないほうがいいんだけどな」
「旅だからな」
「そういうものなのかな」
「ああ」
「まあ、モンドでもいろいろあったしな」
「そうだ」
「璃月でも、何かあるかもしれないか」
「おそらくな」
「……じゃあ、覚悟しておくよ」
俺は火を見つめた。
不安がないわけじゃない。
それでも、楽しみな気持ちもある。
知らない土地へ行く。
知らない人と出会う。
知らない出来事を経験する。
そう考えると、少しだけ胸が高鳴った。
◆
翌朝。
俺たちは荷物をまとめた。
「忘れ物は?」
「ない」
「本当に?」
「ああ」
俺は荷物を確認する。
食料。
水。
薬。
道具。
モラ。
リサさんからもらった本。
必要なものは揃っている。
「よし」
俺たちは歩き出した。
朝の光が街道を照らしている。
モンドの方向を振り返る。
やはり、街は見えない。
けれど――。
俺は、もう振り返らなかった。
「行こう」
「ああ」
二人で前へ進む。
その先には、璃月がある。
◆
道を進むにつれて、山々が少しずつ近づいてくる。
風の国を離れ、岩の国へ。
景色は少しずつ変わっていく。
「……モンドを出たんだな」
俺が呟く。
「ああ」
「でも、モンドで覚えたことは無駄じゃなかった」
「文字も読めるようになった」
「モラの使い方も分かった」
「冒険者として依頼を受ける方法も覚えた」
「魔物との戦い方も」
「人との付き合い方も」
俺は前を見る。
「いろいろ覚えたな」
「ああ」
モンドで得たものは、荷物の中には入らない。
けれど確かに俺たちの中に残っている。
それは知識だけではない。
経験だった。
◆
昼頃。
俺たちは高台から遠くを眺めていた。
眼下には広い道が続いている。
その先には、さらに険しい山々。
「……あれが璃月方面か」
「ああ」
「まだ遠いな」
「歩けば着く」
「うん。まあ、そうだよな」
俺は苦笑した。
「じゃあ、行こう」
「ああ」
二人で再び歩き出す。
モンドはもう見えない。
けれど、俺たちの中には残っている。
モンドで得た経験を持って。
新しい土地へ。
新しい出会いへ。
新しい冒険へ。
そして――。
日本へ帰るために。
俺たちは璃月への道を歩き続けた。