魔法少女リリカルなのは EXCEEDS Z/N 作:葉川柚介
「あれが、原種0号……!」
「うん。でもそれだけじゃない。篠宮の力も感じる。……ほんの、かすかに。きっと0号に取り込まれたんだと思う」
久瀬シイナは、南極の空を飛ぶ。
自身の魔人能力で、手足から紅蓮の炎を噴き出して。
眼下に眺めるのは氷に覆われた大地……ではなく、奇妙な巨樹の聳える異常である。
国連危険生物調査機関EXCEEDSの目標の一つである駆除対象<原種>。
その中でも最初期にこの世界へ現れ、数々の侵略種を生み出す源となっていたものこそが0号で、アレであった。
0号の本体がここにあることは篠宮に関する調査の中で判明していたし、なのはが0号らしき原種と接敵し、交戦を開始したという通信も受け取っていた。
そちらの戦闘は一段落ついているようだったが、0号は今もこうしてここにいる。
そしてシイナが脇に抱えている、ついてきてくれたトワによれば0号の中に篠宮マナの力があるのだという。
状況は大方予想がつく。
魔人狩りの5人と戦い、ジエンにボコボコにされ、シイナとの交戦を経て篠宮マナの命は尽きた。
胴体を両断され、それでもしぶとく生き残った触手でシイナを捕食、あるいは寄生しようとしていたところを駆けつけてくれたトワにトドメを刺されて終わった……と思いきや、おそらく上半身の側も同じように生きていたのだろう。
半身を失うほどのダメージを負ったからにはまず何を置いても回復に努めるはずで、この施設で篠宮がそのために使えるものとして原種0号の本体を選ぶことは十分ありえる。
そしてそのとき、弱りすぎていた力が逆に原種0号に吸い取られることになるのもまた、弱肉強食の理だ。
まさしく邪悪の末路と呼ぶにふさわしい結末が目の前にある。
だからあとは、本当の決着をつけるだけだ。
「心配ないよ、シイナ。私が、手伝うから」
「トワ……ありがと」
怖くはある。
だがその怖さは、繋いだ手の温かさが消してくれた。
久瀬シイナには覚悟がある。
これが最後だろうけど、やり遂げるという覚悟が。
シイナの持つ力は魔人能力。
大切な妹であるセツナから受け継いだ、炎の魔人としての力だ。
それは本来生態系を、あるいは世界をも滅ぼしかねない侵略種が生まれたときに、それを終わらせる種としての調整役。
だからこの力は、役目を果たせば燃え尽きて消えるのが宿命で、この戦いはまさにその最後の時なのだろうと、魔人能力が言っている気がする。
妹との絆として大切にしてきたこの力がなくなるだろう寂しさと、妹がこの場にいればきっと同じようにしただろうという確信をもって、命を燃やす。そう決めたから。
心配はいらない。
例え力が消えても妹との思い出は消えない。
なのはたちEXCEEDSの同僚、トワという友達もできた。魔人狩りのみんなともきっと仲良くなれるだろう。
……いらないのだ。心配は。
事ここに至ってしまえば、原種0号の駆除はもう実質完遂されたようなものなのだ。
なぜならば。
「……! シイナ、下を見て!」
「下って、地上……あ、ジエン」
南極の大地に、今郷ジエンが立っている。
それこそ、敵する全てにとっての終わりの証である。
『シイナさん、聞こえますか? なのはさんたちからの通信によるとアレが0号の本体のようです。……なので、潰しましょう。私は地上から狙いますので、シイナさんたちは空中からお願いします』
「オッケージエン! 私も頑張るね!」
この通信をしている間も、実は0号からの攻撃を受けている。巨樹のような姿をした本体と、地上にいくつも生えた芽のような部分からビームが飛んできていた。
シイナとトワは適度に回避しているが、地上のジエンは完全に不動。ゼットンシャッターで全てを弾き、暢気に上空へ手を振っていたりする。
それを見て、シイナはいっそ清々しささえ覚えた。
これから力を失えば、胸に穴が開いたような虚無感に苛まれるかもしれない。
でもそこに詰めこむ思い出はたくさんある。きっといい風も通るだろう。そんな、無駄に前向きなことを思えるほどに。
そんな終わりの気配を、まさか察したか。
原種0号からのビームがさらに苛烈に押し寄せる。
しかし地上の、それも固定砲台でしかない0号の攻撃など自在に空を飛ぶシイナには当たらない。
しばらくしてそれに気付いたのか、シイナ狙いはほどほどに狙いをジエンに集中し始めた。
四方八方から殺到するビームの光が、眩くジエンのありかを照らして灼熱の地獄と化す。
「ああっ! あの子が……!」
「あーあ……ジエンが……」
それを目撃したトワとシイナの反応は、見事に真逆だった。
緊迫感に満ちた心配の悲鳴を上げるトワと、脱力混じりに呆れるシイナ。
その差はすなわちジエンに対する理解度の差からくるもので。
「えっ、シイナ……えっ、あの子、ジエンが、0号に……!」
「……うん。0号に、だね。――ひどいことをするよ、ジエンの側が」
地上が、静止する。
そう感じてしまうような一瞬の静寂が、爆炎乱れ咲く中にもたらされた。
乱れ撃たれ、ジエン一人に殺到する数多のビームが、前触れもなく消えたのだ。
「私、さ。原種駆除をする前にジエンと模擬戦するんだ。負けた方が原種を吸収する、って約束で。……いままで一回も勝てたことないんだよね、私」
「……え?」
シイナは、強い。
精神の強さ、大切なものを守ろうと絞り出す勇気、そして魔人能力。全てが高い水準で揃っている。
そのことは先ほど真正面からの戦いで篠宮を撃破してのけたことからも明らかで、いまもトワはあくまで力を貸しに来た立場。シイナの力がなければ、原種0号の駆除は達成できないだろう。
そんなシイナに、模擬戦とはいえ全勝しているというジエン。
たしかに篠宮相手には圧倒していたが、そこまでなのか。それほどまでに、力の差があるのか。
うっすらと、そうではないかと感じていた。
だが信じられない、信じたくないような気がしていたその事実。
しかし疑いの余地はないのだと、眼下の光景が示している。
戦場に迸る灼熱とエネルギーが、渦を巻いてジエンに、その手の中に収束していく。
原種0号が全力を注ぎこんだ集中砲火が、傷の一筋すら与えられないどころか、むしろ全てがジエンの力となって。
完璧にジエンの支配下に制御されたエネルギーは光る球体となってそこにあり、ジエン自身のエネルギーさえ加算されてさらに、輝きを増していく。
それが解き放たれたとき、0号の辿る結末は。
「……行こう、シイナ。私も力を貸すよ」
「…………うん、お願いトワ!」
トワとシイナは、その先を考えることをやめた。
どのみち、人類としては侵略種と原種の駆除は絶対不可避。
仮にこの場にジエンがいなかったとしても、トワとシイナのすることと、0号の辿るべき未来は変わらないのだ。
だから、よしとした。
あんなん止めようとしても止められないし、という事実からは今だけ目を背けることにして。
重ね合わせた二人の手。
繋がる心と、混じりあう魔人の力。
願わくは、かつて自分たちの幸福を焼き尽くした炎が、今度は世界の未来を掴み取るための光とならんことを。
「よーしパワーも溜まりましたし、いってみましょうか。――ゼットン!! ブレイカーーーーーー!!!!!!」
原種0号、駆除完了。
跡地では南極の氷が数㎞に渡って一直線に消滅するという環境破壊レベルの痕跡が残っていたとされるが、国連の機密事項に指定されているため確認する術はないという。
◇◆◇
少しの時が過ぎて。
久瀬シイナの周りでは、変わったことと変わらなかったことがいろいろあった。
まず、身分が国連調査機関の所属というところは変わらない。食いっぱぐれの心配なく、しばらく休みはもらえたがこれからも働いていくことになるだろう。
それはつまり、侵略種の脅威が根絶されたわけではないという意味でもある。
もはやこの星の生態系の一部に入り込んだそれは絶滅させられるようなものでもなく、またその意味もない。
原種という最大の脅威を取り除いたことで良しとして、ある種の野生生物として距離を取り、必要とあらば駆除をする。世界のスタンスとシイナの仕事はそういうものに落ち着いていきそうだ。
そして侵略種駆除は国連だけで手が回るようなものではないのであれば、当然民間の力も必要となる。
民間駆除会社「Slayer」。そう名付けられた会社が設立された。
実務を担当したのは魔人狩りの相沢シオリ。元々最年長で魔人狩りのパトロンでもあったため、侵略種脅威の低下と篠宮マナの組織壊滅、そしてそれに伴う様々な司法取引によって魔人狩りのしてきた行為が事実上の黙認をされて社会復帰が可能になるや否や、合法的な会社として身分を作り替えた。
トワは「なんかすごい勢いで社長にしようとしてくる……」と若干引き気味で相談してきたが、シイナでは助けになれそうもなかった。こういう部分、魔人は無力であり、成人かつ成功した個人投資家は無敵である。
「みんな、いらっしゃい。島まで来てくれてありがとうね」
「ううん、とんでもない。私も、シイナの住んでた島に来てみたかったから」
ともあれ、そういう諸々が落ち着くところに落ち着き、シイナは魔人狩りの5人を自宅に誘った。
セツナとともに魔人に襲われて以降空けていたこの家で、再び生活していくことを決めて。
なのはたちは、ここにはいない。
元々「遠い所」の出身だというし、EXCEEDSは侵略種対策の体勢を構築するための一時的な活動だったから、また次の仕事先へ行くということで別れた。
そう、これから先はシイナたちこの世界の人間自身の力で歩んでいく時なのだ。
少し形は違うが、原種0号を倒した後に見た夢の世界のようだ。
シイナがいて、トワたちがいて、なのはたちとは友達で、八神総督は警察官で。
あとなぜかジエンはシイナとは別の学校で不良をしていた。他の不良のパシリにされたりしていたあたり、夢の中のことながら解像度の低いこと甚だしい。
「……まさか、ジエンと話してた通りになるなんて。それも、こんなに早く」
「ジエンとの、話?」
「え、アレと会話できてたの?」
「アレって……そりゃ、色々話したよ。……ジエンらしい話も結構多かったけど」
そんなことを思い出したせいもあってか、かつてジエンとした会話が記憶の中から浮かんでくる。
あれはそう、シイナがEXCEEDSに所属してしばらくしてから。
何体かの原種を駆除、吸収したあとのことだったか。
「ジエンに聞いてみたんだ。人間は、侵略種に勝てるのかなって」
「へえ、そうなんですか。ジエンさんはなんて?」
◇◆◇
「勝つに決まっているでしょう?」
何を当たり前のことを、とばかりの表情だった。
いっそ驚いているようにすら見える。なんなら、ジエンから予想外の言葉が帰ってきたシイナよりも。
「そ、そうなの? 意外だったな。ジエンがそんなに人間を買ってるなんて」
実際、普段のジエンの言動を思えば驚くべき返事だ。
魔人であることに葛藤を抱かない、というかそもそも自認が「ゼットン」。
自分と人間を別種の生き物のように線引きしている節が、言葉の端々から感じられた。
そしてシイナからすればいまだによくわからないが、ジエンの言う「ゼットン」とは即ち最も強い存在なのだという。
人間程度のことなど歯牙にもかけず、実際極めて強力な魔人能力と安定した精神からくる揺るがなさはどこか超越者のようですらあったというのに。
「別に、おかしなことはありませんよ。……偉大なる初代先輩を倒したのは、光の者ではなく人間の作ったペンシル爆弾でした。最強たるハイパー先輩は、ゼロの小僧たち3人にではなく防衛隊の小娘共に敗れたのです」
そう語るジエンはどこか遠くを見るような目で、しかし優しく慈しむように言うのだ。
「時にゼットンをも超える。それが人間です。――だから必ず勝ってもらいます。ゼットンをすら倒した人間が、侵略種ごときに負けるなど許しません。ジープで追い回す特訓してでも勝てるようにします」
「それで侵略種より強くなれるの?」
◇◆◇
「……って言ってた」
「最後わけわかんないこと言ってなかった?」
「全部わけわかんないと思うよ……?」
謎が多かった、今郷ジエンという魔人。
その人となりの一旦を理解できる……理解できる? エピソード。それが魔人狩り5人の感想だった。
全員揃ってあいつやっぱりわけわかんねえなという顔をすることにはなったが。
「一応、いろいろとお世話にはなったのですけど……」
「間違いなく命の恩人だし感謝はしてるんだけど、会話が成立する気がしないよね」
「でも、いつかまた会いたい。私は、そう思うよ」
「トワ……」
そんな話すら、笑ってできる。
そういう時間と世界を、シイナたちは勝ち取ったのだ。
シイナが住んでいた家での、ささやかなお疲れ様パーティー。
年頃の少女たちの集まりなので、テーブルに並ぶのはお菓子とジュース。そしてちょっと手が込んで映えるおしゃれな前菜風のもの。それが何より楽しく、美味しかった。
そしてこの場に、ジエンはいない。
EXCEEDSは、原種駆除という最大の目標を終えて組織の再構築を行った。
なのはたちが離れ、組織の規模や権限を整理し、今後は小規模な侵略種駆除によりフットワーク軽く対応できるように人員も見直された。
その際、今郷ジエンはEXCEEDSを離れるという選択をした。
慰留の声はあったがそれを固辞し、なのはたち同様「遠く」へ行くのだと言っていた。
さっぱりと、それがジエンとの別れだった。お互い笑顔で手を振り合って、去り行く背中を見送って、それだけだ。
「いま、どこにいるんだろうねあの人」
「たしか、シイナさんは連絡先を知っているんですよね」
「うん、一応ね。……なんでも、『よりゼットンらしくなるための武者修行』なんだって」
「まだ強くなる気なんだ……」
その行き先がどこなのかは知らないが、いずれにせよジエンはジエンだろう。
かつて自分たちが味わったような驚愕を、いまもまた別の場所で誰かが味わっているだろうという確信は、シイナたちの顔に苦笑いとなって浮かんでくる。
色々あった。苦しいことも辛いこともあった。
だが友と話せばこうして幸せな笑顔とともに振り返れることは、きっと何より幸せで、自分たちが勝ち取ったものの中でも何より尊いものなのだろうと、そう思えた。
だから、これからも。
「……ん? あれ、通信入った……なのちゃんから!?」
『あっ、シイナさん! 急にすみません。実は……新しい出向先でちょっとトラブルがありまして……』
緊急を示すコール音とともに、繋がった相手はなのはとフェイト。
見覚えのない景色を背に、いつもの仕事着、バリアジャケットを着た二人が言う。
『シイナさんとトワさんたちに、力を貸してもらえませんか?』
なのはたちからの通信は空間上に投影されるディスプレイで、トワたちからも見えるものになっている。
だから、シイナがちらりと目線を向ければそれだけで、トワたち民間駆除会社「Slayer」の5人がこの呼びかけにどう答えるかは、すぐにわかって。
「もちろん、任せて。すぐに行くよ!」
新しい、掴み取った日常が、今日も続いていくのだろうと、そう思えた。
「あ、もしもしジエン? いまなのちゃんから仕事手伝ってほしいって連絡もらったんだけど、ジエンはどうする?」
『なのはさんたちのお手伝い、ですか。協力したいのはやまやまなのですが、実は今取り込み中でして。……ッ! 鬱陶しいですね、数を揃えなければ星一つ破壊できない初回怪獣ごときが! なにが暴悪星獣ですかこちとら天体制圧用最終兵器と書いてゼットンと読むんですよ! こっちだって数を揃えられるんです! ……力を貸してください、アントラーくん、パンドンくん、ブラックキングくん、ベロクロンくん、タイラントくん!』
「……………………ジエンは忙しいみたい。私たちだけでいこっか!」
「……それがいいわね!」
友情とは、たとえ離れていても繋がる絆。たまに都合が合わなくても別にいいのだ。
だからこれは、関わらない方がいいなコレと判断して放っておくことにしたわけでは決してない。ないったらない。
魔人能力「終焉」
今郷ジエンの有する魔人能力。強力な複数の能力が複合している。
「ゼットンシャッター」は強固な障壁を作り出す。ジエンはこの能力を得意としており、他者に付与したり遠隔で展開したり空中で足場にしたり相手の移動を妨げる壁にしたり掴んで殴ったりなど様々な使い方ができる。
「ゼットンテレポート」は瞬間移動。ノーモーション発動可能かつ連発可能で、極めて短い間隔で連続してテレポートすることで疑似的な分身も可能。ゼロの小僧に負けてらんない、ということでちょっと気合を入れると別の世界にも転移できるようにもなった。
「ゼットンアブゾーブ」はエネルギー吸収能力。吸収したエネルギーは自身や光線のエネルギーに流用できる。夜海トワと初遭遇した際にトワの魔人能力を受けたことで、上手いこと応用して相手の能力を吸収することもできるようになっている。
「ゼットンブレイカー」は光線技。ゼットンアブゾーブで吸収したエネルギーを加算して威力を増すことも可能。あいてはしぬ。
「暗黒火球」はジエンがよく使う火球投射。最大1兆℃の火力を出すことができ、それなりにエネルギーをチャージすれば惑星を破壊できる威力まで出せると豪語しているが真相は不明。
篠宮マナのように、国連が認識していない原種「Z」と融合した原種魔人。
……ということになっているが、実際にはどこぞの次元のゼットンブリーダーが育成した「宇宙恐魔人ゼットは割といい線行ってた気がするし、ウルトラマンみたいに人間と融合して成長するゼットンを作ろう」という計画から生まれた個体。
ゼットンブリーダー自体は計画完遂前に宇宙警備隊に見つかってボコられたが、育成途中のゼットンの素体を逃がすことに成功。その素体はEXCEEDS世界に流れ着き、のちにジエンと名乗る少女に宿って今に至る。
全ゼットンの力を受け継ぎ、過去と未来をしろしめす絶望と終焉の邪神、その名も「ゼットン・ジ・エンド」になる可能性を秘めている。
……はずだったのだが、ゼットンの育成も完全じゃなかった上にジエンの元となった子自体がだいぶアホの子だったので悪の心とかその辺がすっぽり抜け落ち、ゼットン最強! ゼットン最高! というノリだけで生きるようになってしまった。
EXCEEDS離脱後は武者修行と称して別次元に赴き、現地の怪獣と殴り合ったり倒して吸収したりしている。
シイナから通信をもらったときは、明らかにウルトラマンっぽい姿に変身する人たちがいるんだけどどう見ても光の国じゃない星で、侵略兼惑星破壊しにきた怪獣軍団にキレてケンカを売っていた。