享年60歳の大往生だ。
けど、火葬もしなかったし、墓も建てていない。
家族そろって実家の庭でひっそりとした葬儀をあげただけだ。
オヤジのゴーゴートが死んだ。
享年60歳の大往生だ。
けど、火葬もしなかったし、墓も建てていない。家族そろって実家の庭でひっそりとした葬儀をあげただけだ。
◇◆◇
ゴーゴートは、チャンピオンだったオヤジの手持ちの中で一番の長生きだった。
最初に亡くなったのは、ゴーゴートと兄弟のように育ったケンタロスだった。オヤジが現役を引退したきっかけだ。
態度には出さなかったが、オヤジは相当参ってたんだと思う。そのとき、誰よりも近くで寄り添ってやったのが、ゴーゴートだ。
次にオヤジの一番の悪友だったタギングルと、その少し後に、追いかけるようにマスカーニャが亡くなった。
オトシドリもだいぶ前に飛べなくなって、そっからすぐ死んじゃったらしい。
みんな、実家の庭に墓がある。
その墓の前で、ゴーゴートはよく日向ぼっこをしていた。
破天荒なオヤジのポケモンだとは思えないくらい、ゴーゴートはおおらかで人懐っこくて、優しいやつだった。
葉っぱを掴んでも、角を引っ張っても、機嫌が悪くて無視しちゃっても、ケンタロスみたいに怒ることはなかった。
そんなゴーゴートに一度だけ、殴られたことがある。
まだ幼稚園の年少だった頃。
生まれたてのシルシュルーの大きな目が気になって、手で直接えぐり取ろうとしたことがあった。幸いすぐにオヤジたちが駆けつけて大事には至らなかったが、叱らない育児が流行っていた当時、両親は俺にどう声をかけるべきか考えあぐねていた。
そこで、ゴーゴートが動いた。
角でドスっと一発。思いっきり殴ぐられた。そして、倒れた俺を見下ろしながら、じっと睨みつけられた。
後にも先にも、ゴーゴートがあそこまで怒る姿を見たことはない。
ガキの頃。忙しい両親に代わってゴーゴートが迎えにきてくれることが多かった。
大きな背中に跨がって、高低差をものともせず最短距離を突っ切るのが気持ちよかった。
たまに思いっきり飛び跳ねたりしてくれて、兄のように、友達のように、面倒を見てくれていた。
そんなゴーゴートがもう長くないと聞いたのは、5年前くらいだろうか。
その頃になるとほとんど目が見えてなくて、耳も聞こえなくなっていた。食事もほぼ光合成で賄っていたらしく、背中に生えてた葉っぱも体の大部分を覆い隠していた。
それでも両親の日課の散歩には毎日欠かさずついていって、会いに行くとピロピロと尻尾を振ってくれた。
オヤジが倒れたときなんかは一早く気付いて、信じられない速さで病院まで運びこんでくれた。どこにそんな力が残ってたんだ、とみんなで驚いた思い出が懐かしい。
いつまでも、それこそオヤジよりも長生きするんじゃないか、なんて冗談を言われるくらい、ずっと元気なままでいそうだった。
思えば、最期の瞬間までそうだった。
眠るように目を閉じて、オヤジとおふくろに角を撫でられながら、穏やかに旅立つ直前。
ゴーゴートの体から、緑の波紋が広がった。
新緑の香りに場が包まれ、ゴーゴートの足元から草花が伸びた。
──グラスフィールド。
現役の頃、ダブルバトルでよく披露していた、ゴーゴートの十八番。
ケンタロスに先立たれてから、てんで使わなくなったその補助技を、最期の力を振り絞って──特大威力で放った。
生い茂る植物の蔦がゴーゴートの体を包み込んで、成長して。
光が収まった庭に残されたのは、見上げるほど大きな高木だった。
二つに分かれたてっぺんの枝は、ゴーゴートの角そっくりの形をしていた。
◇◆◇
ゴーゴートの木は、今も静かに実家の庭に生えている。
根元に並んだ墓石──かつての仲間たちを守るように、葉を広げて。
ただ穏やかに。優しく、力強く。
生前と変わらない雄々しさで、今日も庭で日向ぼっこをしている。