白百合眼のユナリア 〜狂科学者の歪な揺り籠〜 作:いちご大福ニャンコ
モノクルの刻印を刻まれてから、ユナリアの日常はザエルアポロによる徹底的な「破面化」の実験へと移行した。
ザエルアポロにとって、彼女はすでに他の使い捨ての素材とは一線を画していた。彼はそれを「貴重なサンプルの損失を防ぐため」と言い訳していたが、研究室の奥に閉じ込め、日毎に自分の霊力を注ぎ込んで彼女の魂を覚醒させていく行為は、客観的に見れば、偏執的な「育成」そのものだった。
「……ん。ザエルアポロ、あたま、あつい」
手術台の上で、ユナリアがぼんやりと呟く。彼女の身体からは、制御しきれない濃密な霊圧が、白い霧のように立ち上っていた。ザエルアポロの執拗な調整を受けた彼女の魂が、今まさに破面として完全に新生しようとしていた。
「当然だ、私の完璧な計算の通りに君の霊子構造を組み替えているのだからね。さあ、その眼で視る世界のすべてを、私に還元する準備を見せておくれ……!」
ザエルアポロが狂気的な笑みを浮かべてモニターを見つめた、その瞬間。
ガラスの檻が、内側から凄まじい霊圧の衝撃波によって粉々に砕け散った。
「っ……!?」ザエルアポロがとっさに腕で顔を覆う。立ち込める白い霊圧の霧の向こうから現れたのは、完全に破面へと成形されたユナリアの姿だった。
彼女の右顔面には、あの美しい片眼鏡(モノクル)の仮面。そして彼女の足元、そして砕け散ったガラスの破片の上に、あり得ない光景が広がっていた。
「……あ。……咲いた」
ユナリアの声とともに、彼女の足元から、霊圧そのものが物質化した禍々しくも美しい「純白の百合の花」が、一斉に、爆発するように咲き乱れたのだ。
それは冷徹な虚圏には決して存在しない、圧倒的な「生」と「死」が同居した美しさだった。咲き誇る白い花弁は、触れるものすべてを侵食し、研究室の床や壁を凄まじい速度で削り取っていく。
ザエルアポロは、自分の研究室が破壊されていることへの怒りさえ忘れ、その光景に見惚れた。しかし、彼のマッドサイエンティストとしての本能は、すぐにその花の「真の恐ろしさ」を察知する。
咲き乱れる白い花々は、部屋の中に残っていたザエルアポロの過去の実験体たちの残骸や、空気中の微細な霊子を強制的に吸い上げ、そのデータをユナリアの脳へとフィードバックしていた。
そして、そのデータは、ユナリアの『真相視』を通じて、すべてザエルアポロの胸の奥へと繋がっていた。
「……ザエルアポロ」ユナリアが、白い花弁が舞い散る中を、一歩、一歩とザエルアポロへ近づいていく。彼女は自分の意思で、その白い花をザエルアポロの足元へそっと添えた。花は彼の霊圧を害することなく、ただ彼の足首に愛おしそうに絡みつく。
「私の、はな。……ザエルアポロの、いろ、たくさん吸って、もっと綺麗になる。……すき」
感情の薄い少女の、純粋すぎる告白。ザエルアポロは、自分の足元に咲いた白い花を見下ろし、それから彼女のモノクルの奥の瞳を睨みつけた。
彼の胸の奥で、ドロドロとした感情がさらに膨れ上がる。
(この女は、私のすべてを吸い尽くす気か。……それとも、私にすべてを捧げる気か?)
激しい嫌悪感と、それを遥かに凌駕する、独占欲。彼はユナリアの肩を乱暴に掴み、顔を近づけて低く囁いた。
「勘違いするなよ、ユナリア。この花も、君のその眼も、すべて私の実験によって得られた『私の所有物』だ。君が私を好むのではない。君は私の許可なく、私以外のものを視ることさえ許されないのだからねぇ……!」
それは、彼なりの激しい拒絶であり、同時に底なしの執着の始まりだった。
ユナリアは、肩に食い込む彼の指の痛みを心地よく感じながら、小さく、嬉しそうに微笑んだ。
アンチ・ヘイトは念のため!