Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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5章 アーチャーVSライダー
26:万能の釜


『う……うわぁ……』

 

 凛の脳裏にアーチャーの呻きが伝わる。サーヴァントの出現に驚愕したわけではない。士郎の断りも、凛の挑発も、彼がアレンジしている以上、それ自体は想定内であった。

 

 現れたライダーは、長身で女性美の極致のような肢体の持ち主だった。一点のしみも傷もない、乳白色の肌。ほっそりと長い首は、華奢ながらも優美なまろみを帯びた肩へと続く。くっきりとした鎖骨のくぼみの下には、双つのたわわな果実が実る。半面、細くくびれた腰から足へと続く曲線は、小さな円周に反比例する高さをもつ。そこから連なる手足も、長さといい、細さと滑らかさを兼ね備えた肉付きといい、男ならば魅了され、女ならば羨望することだろう。

 

 彼女の体を縁取るのは、膝を超え踝あたりまである、紫水晶を紡いだような美しい髪。卵形の輪郭におさまった彫像のような眉目は、半ば隠されているが、絶世の美貌と表現しても不足なほどだ。彼女の容貌に、ケチをつけられる人間などいないだろう。

 

 問題があるのは、体形を克明に描写できるような服装である。万事に鈍感なアーチャー ヤン・ウェンリーでさえ、動揺するような代物だった。

 

 黒と紫のベアトップのワンピースは、素肌に貼りつくようなデザインで、上下とも実に際どい位置までしか布地がない。その露出を埋め合わせるかのように、腿までのブーツと、上腕まであるレザーグローブを身に着けている。色はいずれも黒。双方に紫のベルトがあしらわれ、首にも紫のチョーカー。そして顔を半ば隠しているのが、仮面のような紫の眼帯。

 

『未成年の前では、口に出せない職業の人にしか見えない……』

 

 口に出されなくても、彼の思考が駄々漏れの凛はどうすればいいというのだ。

 

『アーチャーには完全に同意だけど、仕事着ならある意味マシじゃない?

 本人の服の趣味がコレなら、超美人なだけに痛すぎるわ。

 痴女よ、痴女』

 

 凛の内心を読み取ったのか否か、うちひしがれた様子のアーチャーが実体化した。

 

「……ひどい、あんまりだ。私の夢を返してくれ。

 全っ然、召喚に応じた意味がないよ。凛、もう帰ってもいいかい?」

 

「馬鹿言わないで。どこに帰る気よ? 『座』とか言ったら殴ッ血KILLわよ」

 

 図星だったらしく、アーチャーは口を噤んだまま、実に嫌そうな表情で間桐の主従に向き直った。だが、どちらとも目を合せようとしない。

 

「は、どうしたんだよ、遠坂。ずいぶんしょぼいヤツじゃないか」

 

 黒い瞳が、ライダーのマスターに恨みがましい視線を向けた。

 

「あなたね、そんなにショックを受けることないじゃない。

 召喚者のイメージに左右されるのかもって、推理してたんでしょ。

 間桐くんらしいじゃないの。……この変態。最っ低!」

 

 凛の口調に電撃が加わり、騎乗兵の主従を打ち据えた。次いで視線の風刃が、少年の心を切り刻む。腐ったゴミを見る目だった。

 

「なっ……僕が変態だって……!?」

 

 無言のライダーは、眼帯の下で涙ぐんだ。岩塊を頭上に落とされた気分だ。

 

「それ以外の何だって言うのよ! どこの英雄がそんな格好してるのよ!?」

 

「えーと、マスター。ランサーが、ほら」

 

「あっ……そうね。うっかりしてたわ。彼の方がまともだもの」

 

 まったく、さっぱり、ちっとも慰めにならないフォローと、同性からの厳しい査定は、ライダーをいたく傷つけた。

 

 あれよりはマシだと思っていたのに!

 

「いずれにせよ、遠坂とアインツベルン、衛宮の三家は停戦を選択したわ。

 あんたの選択肢は二つよ。私たちに同意するか、残りの陣営をまとめて

 戦争の継続を教会に訴え出るか」

 

「ちょ、本当だったのかっ? 衛宮の言ってたことは」

 

「そうよ。士郎の言葉は遠坂の言葉と同じ。

 今からでも我々に与するならばよし。敵対し、向かってくるなら叩き潰すわ。

 停戦を呼びかけたけれど、防戦をしないとは言っていないわよ。

 わたしたちに喧嘩を売る気なら、覚悟することね」

 

 小気味よい啖呵のマスターの隣、黒髪のサーヴァントは表情を曇らせたままだ。

 

「よく考えるといいわ。わたしだって間桐の長男を殺したくはないもの」

 

「そんな弱っちいヤツに、ライダーが倒せるもんか」

 

 この言葉に、ようやく凛のサーヴァントが口を開いた。

 

「君自身を倒すのと、彼女を倒すのはイコールではない。

 サーヴァントの力はマスターの力ではない。

 私のマスターの言うとおり、よく考えることだ。

 私はテロリストとは取引するつもりはない。司法取引も望ましくはないがね」

 

 慎二とさほど違わぬ年齢に不似合いな、すべてを見通すような漆黒の瞳だった。

 

「君ははじまりの御三家の一員だ。

 聖杯戦争を継続したいなら、我々以外の陣営に呼びかけをしたまえ。

 あと二日以内にね。不可能なら停戦になる。

 よく考え、ただし早急に判断することだ。

 じゃあ、凛、失礼しようか。授業が始まるよ」

 

「そうね。そんなに休んでもいられないもの。お先にね、間桐くん」

 

 颯爽と長い髪を靡かせて屋上出入口に向かう凛の背後を、実体化したままの青年が警護する。少女がドアを閉めると同時に、姿を消した。歯噛みをする間桐慎二に、ライダーは眼帯の下から冷たい視線を送る。

 

「畜生、衛宮に遠坂、僕をバカにしやがって……!」

 

「シンジ、停戦に応じたほうがいいでしょう」

 

「黙れ! オマエの意見なんか聞いてない!」

 

 あの黒髪の主従となんという差だろうか。自分の真のマスターは、青年の主にも劣らぬ資質の持ち主で、同じぐらいに愛らしく美しいのに。

 

 ――やはり、この姉様たちのおさがりは、私のような大女には似合わないのですね……。

 

 また目元に熱いものが込み上げてきた。 

 

「……そうですか」

 

 一言呟くと彼女も霊体と化す。

 

 だが、アーチャーの仕掛けた罠はこれで終わりではなかった。放課後になって、衛宮士郎の言う『親父の隠し子』が、付き添いを伴って乗り込んできたのだった。

 

 目に見える者として、金銀の髪をした美しいメイドがふたり。そして、目には見えぬ鉛色の巨人を連れて。

 

 呼び出された衛宮士郎は、藤村教諭と共に校長や教頭の前で、冷や汗をかきながら養父のことを告白することになった。

 

 必然的に、呪刻の調査を行うのは凛とアーチャーになる。アーチャーが作成した予想図は、実際の呪刻の位置とほぼ一致していた。これにより、非常に効率的にチェックと妨害が進んでいった。

 

 今日も、昏倒事件や通り魔事件のため、部活動は五時までに短縮。その間には人がいなくなる、特別教室周りを中心に回る。

 

「ちょっとぉ、いつまで不景気な顔をしてるのよ」

 

「いや、あのライダーの恰好はたしかに衝撃的だったよ。

 だがあれで吸血鬼事件の犯人でもあることがわかってしまった。

 できるだけ、サーヴァントも排除はしたくなかったんだが、

 そうも言っていられないかな」

 

 げんなりした表情の従者に、主も同じ表情になった。

 

「英雄として話を聞きたいから?」

 

「いいや、これまでの四回、望みを叶えた者はなく、斃れたサーヴァントは存在する。

 『聖杯』というのなら、特別な器に満たされた中身が重要なんだ。

 それが魔力。六十年かかるインターバルが、六分の一になったっていうのは、

 オーバーフローを起こす手前じゃないのかと思うんだよ。

 だからサーヴァントの犠牲という供給をしたくないんだが」

 

 アーチャーの発言は、色々な意味で問題だった。

 

「その魔力が残存しているから、

 インターバルが六分の一に短縮されたのではないか。

 聖杯は『さかずき』なんだ。入れすぎればこぼれる。その悪影響も心配なんだ。

 サーヴァントには肉体がある。

 魔力によって形成されているが、結局はエネルギーだろう。

 E=mcの二乗が適用されないのかと疑問に思うのさ」

 

 やや吊り気味の翠の目が真ん丸になる。

 

「え、なにそれ、アインシュタインの公式よね。何よ、急に」

 

「物質は質量に光速の二乗をかけたエネルギーに変換されるという公式だが、

 単なる公式じゃないよ。現代社会を支えている重要なものだ。

 だが、その前には不幸な使われ方をした。何か知っているかい?」

 

 二羽の黒揚羽が、連なって左右に動く。

 

「では、マンハッタン計画という言葉を聞いたことがあるかな。

 平たく言うなら原子爆弾の開発だ」

 

 人のいない教室を、沈黙の天使が旋回する。

 

「本来の私は霊体だが、実体化すれば、176センチ65キロの質量を持っている。

 バーサーカーの身長は二メートル半、体重は三百キロはくだらないだろう。

 残る五騎のサーヴァントも、相応の体格を持っている。

 これだけの質量に変換できるエネルギーたるや、凄まじいものになる。

 君は、この国に落とされた原子爆弾の核物質の量を知ってる?」

 

 凛は息を呑み込んで首を横に振った。

 

「ヒロシマ型のウランは50キログラム、

 ナガサキ型のプルトニウムは6キロちょっとにすぎないんだ。

 それも、全ての核物質が反応したわけじゃない。

 エネルギーに変換されたのは、およそ1グラムだと推定されている」

 

 寒気がしてくるような講義だった。ヤン・ウェンリーは戦史では学年一の優等生だったのだ。

 

「サーヴァントは魔力で形成されているが、

 それでも一定の物理法則には縛られている。

 宙に浮いたり、あちこちに瞬間移動したりはできない。令呪なしではね。

 この物理法則にも、当てはまらないとは言い切れない。

 我々のエネルギーを合計すれば、どのぐらいの破壊力になると思う?」

 

 凛には答えられなかった。

 

「第三次の戦争が終了するまでに、

 何騎かのサーヴァントは脱落しているんじゃないか。

 そして、前回は少なくとも五騎だ。もう器が一杯ではないのかな。

 エネルギーとは、多ければいいというものでもない。

 きちんと制御することのほうが、ずっと重要なのさ。

 十年前の大災害は、溢れた聖杯の中身のエネルギーによるものかもしれない」

 

 歴史学や社会学の次は、軍事知識と物理学。このアーチャーは、多彩な弁舌の矢を放つ。 

 

「だから私は、それが判明するまでは滅多なことをしたくない。

 聖杯戦争の孤児である君たちが、新たな加害者となってはいけないんだ」

 

「ちょ、ちょっと、どうしてそんなことを思いついたの!」

 

「いろいろと考えたんだよ。聖杯とは何なのだろうとかね。

 キリストの血を受けた杯、あるいは万能の願望機、魔力の釜。

 では、魔力とは何か。それで形成されたのが我々サーヴァントだ。

 物質でないなら、さっきの公式は適用されないが、まだ厄介な疑惑がある。

 目に見えぬものがエネルギーを持ち、目に見える姿になると言うと、

 君は何を連想する? 身近にあるもので」

 

 凛は一瞬眉を寄せたが、すぐに答えた。ここは調理室、答えは実習机についている。

 

「やっぱり、ガスの炎とかかしら」

 

「ご名答。私が連想するのとはやや異なるが、炎もプラズマの一種だ」

 

「ぷ、ぷらずま?」

 

「私の時代だと、そいつは核融合炉で生成される。太陽の中心核と同じ環境でね」

 

 凛にはまったく理解ができなかったが、現代においては研究の端緒がついたかどうかという、次世代エネルギーである。簡単に言えば、太陽の中心核とおなじ環境を作るのだ。十億度を超える超高温の世界。そこで水素原子が融合し、ヘリウム原子が生成される。その高温を生みだすのがプラズマである。これを封じ込め、コントロールするのが核融合炉だ。

 

「プラズマが生み出す超高温によって、

 核融合が起こり、莫大なエネルギーが発生する。

 それを収める容器は尋常なものじゃない。

 超伝導によって強力な電磁場を作り、十億度に達する熱を封じ込めるんだ」

 

「聖杯が、その、核融合炉みたいなものだってこと……?」

 

「いいや、聖杯じゃなくて、その器が」

 

 膨大な魔力を受け止めることになる器とは、どんなものなのだろう。セイバーが一瞬目にしたのは黄金の杯だったという。だが、聖杯は霊体であるとも聞いている。単純に金属の器に入れられるのか。

 

 儀式の最も重大な秘密を握っているのはアインツベルン。他の者が戦いに勝っても、儀式が成功しない理由だ。ヤンはそう睨んでいる。

 

「『天の杯(ヘブンズ・フィール)』、杯はフィール。

 アイリスフィールとイリヤスフィール。

 キャスターは、イリヤ君たちをピュグマリオンの末裔の作だと言った。

 正直、嫌な予感しかしない」

 

「なっ……。あんたじゃないけど、順を追って話してちょうだい。

 キャスターの話って何よ!?」

 

「キャスターとつなぎが付いたんだよ。

 彼女は結界と通り魔と一家殺人は、自分とアサシンが犯人じゃないと言った。

 その時に、そんな話が出たんだ」

 

 凛はほぼ頭ひとつ上にあるアーチャーの顔を睨んだ。

 

「あんたね、そういうことは先に言いなさい!」

 

「士郎君とセイバーには、今は余計な情報は与えないほうがいい。

 ああいう、正義感と義務感が強いタイプは、ひたすらに邁進する恐れがある。

 イリヤ君という、心を繋ぎ止める錨の存在に馴染むまで時間が必要だ」

 

「もう、そうかも知れないけどね。わたしには言えるでしょう」

 

「君もけっこう、態度と顔に出るからねえ。

 事後報告ですまないが、ライダーのマスターに会うには伏せておく必要があった。

 さて、吸血鬼事件だが、ランサーが犯人でない理由は言っただろう」

 

 凛は不承不承に頷いた。

 

「ええ、あんな容貌の若い男が夜道に現れたら、みんな逃げ出すってことでしょ」

 

「こいつは仮説のひとつとして聞いてほしい。

 あの格好は確かにすごいが、私やセイバーと同じことができないわけじゃない。

 たとえば、ロングコートを着て、眼帯の代わりにサングラスをかける」

 

「夜にサングラス?」

 

「まあ、包帯でもいいさ。そして手に白い杖を持つんだ」

 

 凛は目を見開き、口を両手で押さえた。

 

「あんなに美しい、目の不自由な外国人女性が夜道を歩いていたら、君ならどうする?

 男が鼻の下を伸ばすより、同性のほうが心配して声をかけ、大丈夫かと尋ねないか?

 そこでつまづいたふりでもすれば完璧だ。

 助け起こそうとしたところを……」

 

「襲うってわけね」

 

「漠然とだが、新都の吸血鬼は美しい、

 人を誘惑できる存在じゃないかと思ってはいたんだ。

 若い男女が共に被害者だし、これだけ報道されているのに、

 通り魔とは思いつかないような容姿なのでは、とね」

 

「たしかにね。ランサーやバーサーカーじゃみんな逃げるわ。

 あんたからは逃げないでしょうけど、寄ってくるかといえば」

 

「セイバーやライダーのような存在だろう?

 だが、セイバーには時間的に不可能な犯行だ。

 そしてキャスターとアサシンではないなら、そういうことになる。

 キャスターの言葉が真であると仮定したうえで、

 物的証拠も目撃証言もない、状況証拠と消去法による不完全なものだがね」

 

 猫背気味で元気のない足取りのアーチャーだが、頭脳と弁舌のほうは澱みがない。調理室を出て、隣の被服室へと移動する。予想図では、呪刻が集中している部屋だった。

そして予測どおりに、あるわ、あるわ。床と四方の壁に呪刻がびっしり。

 

「――セット」

 

 凛は、廊下側の壁の呪刻に魔力を流した。そして、次の呪刻に歩を進めようとして、壁に貼られた『衣服の歴史』が目に入ると、疑問がむくむくと湧き上がった。

 

「それにしても、あれどこの英雄よ?」

 

「そんなの私が知りたいよ。ありえないだろう、あれは! 服飾史的にも!」

 

 壁の資料を指差して、アーチャーは小声で喚いた。凛もまじまじとそれを読む。

 

「彼女が着ているのが革や絹なら、ああいう体にぴったりするデザインは、

 その図表にある、ビクトリア朝あたりの服みたいにしないといけないんだ」

 

 まだしも近いのが、後ろボタンの細身のドレスだろうか。スカートの長さが全然違うが。ブーツは男性の乗馬服が参考になる。こちらも腿までの長さはないけれど。

 

「あら、どうして?」

 

「脱ぎ着ができないんだ」

 

 凛は、ビクトリア朝の紳士淑女の装いを注視した。そして、ライダーとの相違点に気づく。

 

「たしかに、こっちのは紐で編み上げにしたり、スリットを沢山のボタンで留めてる。

 ああ、こういうのって脱ぎ着するためなのね。デザインだと思ってたわ」

 

「着脱の利便も、デザインに取り入れるのさ。

 人間ってのは貪欲に工夫するんだ。どうせなら見栄えがいいほうがいい」

 

 凛は素直に頷いた。

 

「うん、わかるわ。セイバーのドレス、今見ても素敵だもの。

 着替えのときに鎧を解いたところを見たんだけど、

 胸元からウェストが編み上げになってたわね。あんたの言うとおり」

 

「ゴムやファスナーみたいな便利なものがないからさ。

 化学繊維の編地のような、伸縮性の高い布もね。

 そのせいもあって、貴族には召使が必要だったんだよ。

 この図の服だと一人じゃ着られないだろう?」

 

 襟首から腰の下まで、びっしりと真珠のボタンが並んでいた。後ろ手ではめたり外したりは、たしかに無理があるだろう。

 

「へえ、贅沢というだけじゃなかったのね」

 

「セイバーの鎧も、本物ならば一人では着られないよ。

 一方、私たちの時代の装甲服は自分で着脱できる。

 技術の差が服装に現れ、歴史とも密接に関連するんだ」

 

 壁の年表によれば、そうした素材が全部揃うのは、二十世紀中盤以降だった。繊維工業が発展し、平和が訪れて、石油や金属を豊富に使えるようになっての産物だ。

 

「たったの四、五十年前に、こういう高度な結界の魔術を使える存在がいたのかい?」

 

 凛は無言で首を振った。

 

「そうだろうなあ。コピーの不具合か、伝説と実態は異なるのか。

 いずれにせよ、髪と瞳などに逸話を持つ、普通の人間ではない存在。

 で、騎乗するものとの関連がなくてはならない。

 ギリシャ神話の人名、首を刎ねるというのも、多分キャスターのヒントだ。

 該当者がいなくはないが、なんでライダーなんだろう」

 

 顎に手をあてて渋い顔をするアーチャーに、翡翠の瞳が再び丸くなった。

 

「うそ、そんなこと何から思いついたのよ?」

 

「ライダーが吸血鬼なら、歯が人間よりも鋭いはずだ。

 そして、あの長い髪。個人差が大きいが、

 人間の髪の寿命では、あんなに長くはならない」

 

「そんなことないでしょ。平安絵巻なんかどうなるのよ」

 

 凛の反論に、アーチャーは凛の顎の下あたりの高さに手を置いた。

 

「そのころの女性の平均身長は、百四十センチあるかないかだよ。

 そして、正座に近い姿勢で、膝で歩いたんだ。

 身長から半分近い高さがマイナスになる」

 

 そこから更に手を下げる。凛の腰ぐらいの位置まで。

 

「凛より二十センチ背の低い人の正座だ。君の髪の長さでも床に届くだろう?」

 

 凛は頷いた。髪型ほど、女の子の好みが出る部分はない。凛も腰あたりまで伸ばしているが、これは手入れの都合もあってのことだ。とはいえ、伸ばしっぱなしにしても、髪の長さには限界があるらしい。

 

「でも、ライダーの身長は、私とそう変わらない。

 色はさておくとしても、あの長さは人間にはありえないよ」

 

「……あんたってつくづく物知りねぇ」

 

 凛の賞賛に、アーチャーは肩を竦めた。

 

「こんなの雑学のたぐいだよ。

 歴史学者は、これぞというテーマを選び、注力しなくちゃ一流にはなれない。

 広く歴史の流れを知りたいなんて考えると、どうしても水深が浅くなる。

 もしも歴史学者になれたとしても、いいとこ二流で終わったろうなあ」

 

 雑談の合間にも、地図の位置を彼が指し示し、凛がほぼ予測の場所に呪刻を見つけて魔力を流していく。

 

「英雄にはなれなかったってわけね」

 

「そりゃそうだ。戦争の才能ってのは非常の才の最たるものだ。

 平和なこの日本で、平凡な生活を送っている人に眠っているかもしれない。

 でも、そんなものを知らない時代や世界のほうがずっといいよ」

 

「わたしこそ、あんたの時代の想像なんてつかないわ」

 

 凛は言葉を切って集中する。左腕の魔術刻印が、仄かな光を放ち魔力を流していく。

 

「これでよし。アーチャー、あと何個ある?」

 

「ここまでで四十個。残りは推定で最少が三十二。最大数は見当もつかない」

 

「ああもう、キリがないわね!」

 

 ヤンは青丸の一つを赤で囲んだ。赤丸は十数個、二色の二重丸は二十数個。彼もうんざりするが、マスターをなだめる方に回った。これも参謀の役割である。

 

「だが、魔方陣を構築する基点の、複数の交点となりそうな部分は潰せたと思う。

 術を起動させようとすると、かなり時間を食うようになってると……いいんだが」

 

「頼りないわね……」

 

「そんなこと言われても、私には未知の技術だからなあ。

 この結界とやらのシステム、君にわかるかい?」

 

 凛の柳眉が鋭角を描いた。

 

「悔しいけど、無理!」

 

「だからさ、こうやって地道にやるしかないんだ。

 相手が諦めてくれると一番楽なんだが、君と誰かさんとの根くらべだね」

 

 と言いながらも、それは望み薄だとヤンは思っている。一番頭にくるのは、この施術者だろう。あるいはそのマスターか。

 

 アインツベルンのマスターと同席している衛宮士郎。彼または彼女の従者である金髪のサーヴァント。霊体化しているだろう、もう一騎のサーヴァント。彼らを取り巻く学校の管理職と担任教諭。

 

 一方、姿を見せている遠坂凛と黒髪のサーヴァント。停戦の中核となっているが、サーヴァントの能力は軒並み低い。さて、どちらを狙う?

 

 それは当然弱い方だ。ほいほいと襲撃を仕掛けてくるか。これを誘いと看過して、見え透いた手には乗らないか。いや、誘いと知りつつも倒せると踏んで、やはり戦いを選択するか。 言語化したヤンの第一希望は、もっとも可能性が低いと思うのだ。

 

 教室内の呪刻を処置し、警戒しながら廊下の出入口の戸を開いたヤンは口の中で呟いた。

 

「ほうら、おいでなすった」

 

 凛に室内にいるように心話を送り、彼は扉から半歩だけ体を出した。廊下の端に、長い髪の女性が佇んでいる。そこが、凛が仕掛けた霊体化防止結界のボーダーライン。

 

「何のご用かな、ライダーのサーヴァント。

 ひょっとして停戦の申し出かい? あるいは、この結界の除去の協力かな?」

 

 返答は、両手に現れた長い釘のような、鎖のついた短剣。

アーチャーもポケットに手を入れた。

 

「残念だ。どちらでもない、ということか」

 

 ポケットから抜き出した手には、黒光りする銃。安全装置を解除して、立射姿勢をとる。

 

「では、これが最後の警告だ。投降せよ、しからざれば発砲する」


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