Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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56:我が征きし星の大海

 アーチャーは、セイバーからイリヤへと視線を移した。

 

「六十年分の霊脈エネルギーで、世界の外側からサーヴァントを召喚し、

 そのサーヴァントを燃料にして、内側から外側に魔術師が跳ぶ。

 そう考えると黒い空にも説明がつく。

 亜空間跳躍と同じく、世界の内外の特異点をつなぐんだろう」

 

「どういう意味なのさ!?」

 

 士郎に返されたのは、なんとも未来人的な答えだった。

 

「通常の宇宙空間から亜空間に突入すると、星が見えなくなる。

 昼なのに暗くなった空は、亜空間のようなものが現れたせいではないかな?」

 

 現代人も、過去の英雄も、呆気にとられた。

 

「たしかに『願いを叶える』なんて曖昧なものより、こちらの方が術として美しい。

 大聖杯と小聖杯、ふたつの魔術が相似しつつ対照となる」

 

 アーチャーの口調は、公式の出来を吟味する数学者のようだった。だが、その公式の恐ろしさよ。居合わせた全員の顔色を漂白させる言葉だった。生贄だと明言されたサーヴァントらも、術の設立者の末裔達も、へっぽこ魔術師見習いも。

 

「それに、自分の望みを叶えうるものでなくては、

 遠坂の初代も、大聖杯の設置に賛同してはくれない」

 

 目を瞠る一同を前に、アーチャーは肩を竦めた。

 

「魔術師としては最下位でも、日本での社会的地位は遠坂が最上だ。

 術式のアインツベルンと地脈の遠坂、双方の願いを叶えられる術。

 そういうことじゃないのかな」

 

 ルーン使いでもあるランサーが呆れ顔になった。

 

「はん、魔術ってのはなぁ、おまえが思うほどに大雑把なもんじゃねえぞ。

 俺のルーンだって、術に応じた文字を刻まねばならん」

 

 魔術を知らぬ、未来の魔術師(マジシャン)は、頷いてから小首を傾げた。

 

「ええ、それは私もそう思いますが、聖杯は万能の魔力の釜といいますよね。

 釜とは火で焚くものでしょう。

 火となるのが脱落した英霊。だったら火加減を調節すればいい」

 

「はあ?」

 

「我々の時代の恒星間宇宙船は、エンジンの稼働を調節することによって、

 通常航行と最長百五十光年の亜空間跳躍を使い分けるんです」

 

 だしぬけに、ランサーの携帯電話が鳴り出した。長い蒼い髪がびくりと跳ね、慌てて電話に出る。

 

「は? ボタンを押せって? おい、こいつでいいのかよ」

 

 スピーカーモードにした携帯から、妙なる声が流れてきた。

 

『本当に賢しい男だこと。そのとおりよ。

 この世界の内側に手を届かせるならば、六騎で充分でしょうね』

 

「では、根源に行くには全部必要ということですか?」

 

『ええ』

 

 黒髪と蒼髪がかき回された。

 

「ま、そんなとこだろうとは思ってたぜ。

 おまえが言ったように、本当の真剣勝負ならみんな同じクラスにすりゃいい。

 わざわざ差を作って七人呼ぶのは、そうする理由があるわけだからな」

 

「つまりこういうことですか。六騎で、世界の内側にあるものにはすべて手が届く。

 だが、外側に行くには七騎が必要。令呪はそのためにある」

 

 電話の向こう側で、神代魔術の使い手が肯定した。

 

『そういうことよ。我らを律する手綱、あるいは駆り立てる御者の鞭。

 それも一面の真実だけれど、処刑の首縄というのが最も正しいわね』

 

 そう言うキャスターに、首根っこを押さえられたランサーは、実に嫌そうな顔になった。

 

「ギリギリの戦いで、自分が敗れるなら納得するがよ。

 戦い抜いた挙句、死ねと命じられるなんざまっぴらだぜ。

 いいか、マスター。その命を下したら、てめえの心臓も貰い受ける」

 

 噛みつかんばかりの口調に、キャスターは含み笑いで応じる。

 

『あらあら、これは英霊にとっては遊戯、魔術師にとっても同じこと。

 死人を二度は殺せない。我らが死んでも、本体にはなんの痛痒もないわ』

 

「あー、合理的といえば合理的だよなあ。あんまりいい気分ではないが……」

 

 クランの猛犬(クー・フーリン)の名にふさわしい唸り声を上げ、ランサーはヤンの胸ぐらをぐいと引き寄せた。

 

「馬鹿野郎、そういう問題じゃねえ! 貴様はそれでいいのか。

 遠坂のサーヴァントの貴様こそ、真っ先にそうなってもおかしかねえんだぞ!」

 

 吊り上った青い眉と、下がった黒い眉が対照的だ。

 

「はあ。たしかに罰当たりだとは思いますが、

 それを言うなら私は人間を一千万人ぐらい殺してますし……」

 

 とことん弱そうな相手からの信じがたい告白に、ランサーは目を剥いた。

 

「い、いっせん、……まんだと!?」

 

「味方はその三倍ぐらい死なせてますし」

 

 ヤンは目を伏せた。静かな声が一同の耳を打つ。

 

「誰もが、誰かの最愛の存在だった。私ひとりの命では、到底償えない罪です。

 なのに生前の望みであった、一時の平和を見ることができた。

 こんな仮初めの命、対価としては安いぐらいですよ」

 

 アーチャーにとっては、人の命の価値は平等。武勲は殺人罪だ。膨大な人命を贄に英雄になったことを、どうして誇れるか。聖杯への執着が乏しく、マスターたちへの愛情が深いのはそのせいなのだろう。

 

 とはいえ、これは身も蓋も底もない言い分だった。ランサーはがっくりして、目の前の薄い肩に額を預けた。

 

「……おまえなぁ、もうちょっと言いようってもんが……」

 

「でも、我々が現界できるのはせいぜい二週間です。

 結局消えるのなら、別にいいじゃないですか」

 

「そりゃそうだけどよ……」

 

「騙まし討ちは許せなくても、最初からそう言えば、あなただったらどうします?」

 

 ランサーはきょとんとした。

 

「聖杯の糧となることを対価として、今の世のあれこれを見聞して味わい、

 帰還の前までに死んでくださいだったら?」

 

 その言葉にランサーは考え込んだ。自分の死から二千年を(けみ)した今、人はずっと豊かになった。

 

「……身も蓋もねえが、楽しみの対価としてなら、そんなに悪かねぇな」

 

「でしょう? もっとも、凛には別の研究テーマがありますしね。

 とはいえ、世界の外に出るのには賛成するつもりはありません」

 

『あら、達観している貴方でも死ぬのは嫌?』

 

 からかい混じりの問い掛けをしたキャスターに、ヤンはきっぱりと首を振った。

 

「いいえ。亜空間跳躍そのものが非常に危険だからです」

 

 どさりと音がした。居合わせた者の頭が、戸口のほうに向きを変える。鞄を取り落とした、長く豊かに波打つ黒髪の、現代の魔術師に。

 

「……どういう意味なの。アーチャー……」

 

 青年と少女と、黒髪のふたりが相対する。

 

「私の世界では、宇宙船事故の多くが跳躍の失敗によるものなんだ。

 通常空間から亜空間に突入し、百五十光年を跳び、通常空間に戻るのは、

 非常に複雑な計算と繊細な技術を必要とするんだよ。

 こいつに失敗すると、虚数の海に溺れ、二度と戻ってこられない」

 

 凛はつんと顎を上げた。

 

「わたしは今のところ根源にいくつもりはないわ」

 

「でも、君のお父さんの願いはそれだったと思うよ」

 

 凛は、不承不承に顎を下ろすことになった。父との最初で最後のスキンシップ。痛いほどに強く頭を撫でる手は、宿願への決意に満ちていたように思う。

 

「でも、聖杯は万能よ。

 願いをかなえるために、方法をすっとばして結果を引き寄せると言われてる。

 単に、根源に行きたいと願えばいい……」

 

 いいさして、翡翠の瞳が大きさを増す。

 

「違う、だめだわ。帰ってくるためには、聖杯に『往復』を願わなきゃいけない。

 でもそうすると、根源で魔法を探すことができないじゃない」

 

 凛よりも頭半分高い黒髪が頷いた。

 

「彼が詳細な遺言を残していたのは、負けた時だけではなく、

 勝利も考えていたんだと思うんだ。

 君のお父さんは、ずいぶん敬虔なキリスト教徒だったようだし」

 

 神の御前に到達できた者が、いまさら下界へと戻るだろうか。否と言わざるを得ない。

 

「そして、もう一つ。亜空間跳躍には様々な制約がある。

 惑星や恒星の重力下では、決して行なってはいけない。

 重力の影響で、ワープの精度が著しく低下するんだ。

 地表でやるなんてもってのほか」

 

「……や、やっぱり亜空間で遭難確定だから?」

 

 彼のSF話を早くから聞いていた凛が、恐る恐る問いかける。アーチャーは腕組みして首を振った。

 

「跳ぶ側だけの問題じゃないよ。ワープの際は時空震が発生するんだ。

 人ひとりの質量でどれほどのことが起こるか、正確にはわからない。

 我々の世界にも、個人規模のワープ装置なんてないしね」 

 

「あんたの時代でも、テレポートとかはできないの?」

 

「そこまで小型化するのは不可能だし、無意味なんだよ。

 生身で亜空間を往来できるはずがないだろう」

 

 だが彼は、全長一キロの宇宙船で、何千光年もの距離を航行していると言った。 

 

「でも、正確じゃないけどわかるってことでしょう?」

 

「計算上の話だがね。

 新都の公園ぐらいの面積なら、跡形もなく消し飛び、

 焼け野原じゃなくてクレーターができるよ。士郎君が逃げる間もなくだ」

 

 アーチャー以外の口からは、呻き声しか出てこない。

 

「まあ、科学じゃなくて魔術によるワープなら、

 そういう悪影響はないのかもしれないけど」

 

『……貴方の世界のほうが、よほどに魔法の世界よ』

 

 キャスターがぽつりと感想を漏らした。

 

「では、あなたにも経験がないんでしょうか?」

 

『あるわけがないでしょう。天を自在に往来するのは神々ですもの』

 

 声にやや険がある。無理もないとランサーでさえ思う。いくら魔術師の英霊とはいえ、こんな質問には答えようがないだろう。ざまを見ろという気持ちの半面、あの女狐に同情もするが、先手を打っておく。

 

「言っておくが、俺にもそんな真似はできんからな」

 

 アーチャーは組んだ腕をほどくと、顎に手を当てた。

 

「ということは、前回の大災害はワープの失敗ではなさそうだね」

 

 凛は驚愕の叫びを上げた。

 

「あ、あんた、それも疑ってたの!?」

 

「うん、まあね。前回のアーチャーのマスターは、凛の父の可能性が高かったから」

 

 マスターの父といえども、ヤンの容疑者リストから除外されないのだ。

 

「決勝戦は、黄金のアーチャーとセイバーだった。

 マスターは共に同行しておらず、マスターはマスターと、

 サーヴァントはサーヴァントと決着をつけたと思われる」

 

 士郎とイリヤは顔を見合わせ、悄然と肩を落とした。これはセイバーの証言から考えうる、もっとも無理のない推論に思えた。だとすると、切嗣が時臣を手に掛けたのか?

 

「しかし、それだと凛に魔術刻印を継承できたことと矛盾するんだ」

 

「えっ!?」

 

 小さな叫びとともに、凛の瞳が再び大きさを増す。次の言葉で、士郎とイリヤとセイバーも凛に倣うことになった。

 

「例の災害で、もっとも激しく燃えたところだよ。

 凛の父がそこで亡くなったとして、誰が遺体を回収したんだ?」

 

 色とりどりの視線が、ほっそりとした左腕に集中した。凛は制服の上から握り締める。遠坂家五代の叡智の遺産、魔術刻印を。

 

「……そう、そうよ。これは、お父様の死後に移植したわ……!」

 

「セイバーが戦った黄金のアーチャーか。

 だが、セイバーを欠いて、アーチャーと対峙したら、

 衛宮切嗣氏は士郎君を助けることなどできないだろうね」

 

 そこで殺されるからだ。士郎とイリヤは、言外の意味に固唾を呑んだ。いくら不遜なサーヴァントでも、いやだからこそ、マスターを殺した相手を生かしてはおくまい。――普通なら。

 

 呆然として、凛は問い返した。

 

「じゃあ、誰が……」

 

「可能性は二つだ。同盟者が同行していたか。

 こちらだと、勝者は遠坂時臣となる可能性が極めて高い」

 

 しかし、時臣は死んでいるではないか。揺れる翠が、動じぬ黒瞳に問いかける。

 

「もう一つはなんなのよ!」

 

「決勝戦の前に、君の父が亡くなっている場合だ」

 

 セイバーの瞳も、強風に揺らぐ柊と化した。

 

「馬鹿な……。あの男の戦いぶり、そして、あのとてつもない宝具の数々……。

 いかに単独行動を持つアーチャーと言えど、マスターを欠いては不可能です!」

 

 黒い眉が角度を変え、瞳も細められる。薄い唇が開き、静かに一言。

 

「飛び立った船で、目的地まで飛び続ける必要はない」


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