稲妻の都にムコーダ御一行が拉致された!?

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腹ペコ大宴会

長旅の途上で潜ったダンジョンの中、普段ならフェルの鼻が危険を察知するか、あるいはスイやドラちゃんが目ざとく罠を感知して避けるはずだった。

しかし、その日は運が悪かったというべきか、はたまた神々の戯れだったというべきか。

怪しげな光を放つ魔法陣を踏み抜いた瞬間、視界は眩い銀色の光に包まれ、強烈な浮遊感がムコーダ御一行を襲った。次に目を開けたとき、そこに広がっていたのは見慣れたダンジョンの石壁でも、レオンハルト王国の鬱蒼とした森でもなかった。

風に揺れるのは、紫色の幻想的な光を帯びた草花。頭上には、幾重にも重なる怪しげな紫雲と、時折紫電が走る異国情緒あふれる空。そして眼下には、重厚な瓦屋根と朱塗りの柱が美しい、和風の巨大な城下町が広がっていた。

「……ここ、どこだ……?」

ムコーダ(向田剛志)は頭を抱えた。

足元には、体長数メートルを誇る伝説の魔獣・フェンリルのフェル。その背後には、ぽよぽよとご機嫌に跳ねている巨大化した水色のスライム・スイ。そしてムコーダの肩のあたりをブンブンと高速で飛んでいる小型の竜・ピクシードラゴンのドラちゃん。

「むぅ……気配が異様だぞ、ムコーダ。この世界の空気には、我らの知る魔力とは質の異なる『元素』なる力が満ちておる。それに、あの眼下の町……今まで見たどの国とも文化が違うようだな」

フェルが低く太い声で呟き、鼻を鳴らす。

「ふぁ~あ……スイ、お腹すいちゃったー! あるじー、ご飯なーに?」

「オレも腹減ったぜ! 転移の罠に巻き込まれて体力使っちまったからな! ガツンと肉が食いたい!」

スイとドラちゃんの無邪気な催促に、ムコーダは苦笑いを浮かべた。状況把握も大事だが、まずは腹ごしらえをして頭を冷やすのが一番だ。フェルたちの機嫌を損ねれば、それこそこの未知の土地で何が起きるか分かったものではない。

「はいはい、分かったよ。とりあえず落ち着くために、パパッと作れる美味しいやつにしようか。何がいい?」

「肉だ! 噛むと肉汁が溢れ出す、あの丸くてジューシーなやつがいいぞ!」

「あー! スイもハンバーグ食べたい! 甘いソースいっぱいかかったやつ!」

「よし、ハンバーグだな。じゃあ、サクッと作るか」

ムコーダは固有スキル『ネットスーパー』を起動した。目の前に現れた不可視の操作画面に手慣れた手つきでアクセスし、食材を購入していく。

今回のメインは、牛豚合い挽き肉の大型パック。それに玉ねぎ、パン粉、牛乳、卵。ソース用には市販の濃厚デミグラスソース缶とケチャップ、中濃ソース、そして隠し味のバターと赤ワイン。

「よしよし、仕込み開始だ」

みじん切りにした玉ねぎをフライパンでじっくり飴色になるまで炒め、冷ます。ボウルに挽き肉、塩、ナツメグ、胡椒を入れて手早くこね、粘りが出たら玉ねぎ、牛乳に浸したパン粉、卵を投入。さらにしっかりと練り上げたら、空気を抜きながら大きな空気抵抗を感じさせるほどの特大サイズに成形していく。フェル用、スイ用、ドラちゃん用、そして自分用。

カセットコンロに火をつけ、フライパンに油を引く。

タネを並べると、ジュワッ!!という食欲を激しくそそる音が広がり、脂の焦げる香ばしい匂いが周囲に立ち込め始めた。

「おお……! 相変わらずいい匂いだぞ、ムコーダ!」

「じゅるり……スイ、よだれ出ちゃうよぉ……」

「早く焼けろー! 待ちきれねぇ!」

表面に綺麗な焼き色がついたらひっくり返し、蓋をして弱火で蒸し焼きにする。ふっくらと膨らんだハンバーグからは、肉汁がふつふつと溢れ出していた。別の鍋でデミグラスソース、ケチャップ、赤ワイン、バターを煮詰め、艶やかな特製ハンバーグソースを仕立て上げる。

最後にお皿へ盛り付け、溢れんばかりの特製ソースをたっぷりと回しかける。

「よし、できたぞ! 焼き立ての特大デミグラスハンバーグだ!」

ムコーダが皿を地面に置こうとした、まさにその瞬間だった。

突然、周囲の空気が極度に凍りついたかのような静寂に包まれた。

バリバリバリッ!!!

青紫色の激しい雷光が天から降り注ぎ、ムコーダたちの目の前の空間が裂けた。圧倒的な神威。息を吐くことすら忘れるほどの強烈な圧迫感が、その場を支配する。

光の中から歩み出てきたのは、紫色の髪をなびかせ、絢爛な着物を纏い、背後に雷輪を背負った一人の絶世の美女――稲妻の主、『雷電将軍』であった。

(な、なんだこの人は……!? 凄まじい殺気……いや、神気!? フェル並み、いやそれ以上の圧力を感じるぞ……!)

ムコーダが冷や汗をダラダラと流して硬直する中、雷電将軍の紫色の瞳が静かに光った。彼女の視線は、ムコーダではなく、彼が手に持っていた「焼き立てのデミグラスハンバーグ」に注がれている。

「……匂いに誘われて来てみれば。異世界の者よ、其方が手にしているものは何だ?」

「え、あ、はい!? これ、ハンバーグっていう料理なんですけど……」

雷電将軍は無言で一歩踏み出した。次の瞬間、ムコーダの目の前からハンバーグの載ったお皿が消えていた。

「あっ! オレたちのハンバーグ!!」ドラちゃんが叫ぶ。

「ぬうっ、何者だ貴様! 我らの糧食を奪うとは良い度胸だ!」フェルが牙を剥く。

しかし、雷電将軍はフェルの威嚇すら無視し、手にした箸(どこから取り出したのか)で、ハンバーグを一口分切り取った。肉汁が溢れ、デミグラスソースと絡み合う。彼女はその一口を、優雅に口へと運んだ。

「………………っ!?」

雷電将軍の動きが止まった。

その美しい瞳が大きく見開かれる。

ふっくらとした肉の柔らかさ。噛み締めた瞬間に口内で弾ける濃密な肉の旨味と、香ばしい玉ねぎの甘み。そして何より、深みのあるコクと微かな酸味覚えるデミグラスソースの絶妙な調和。

「な……何といううまさ……。永久の刻を生きる私であっても、このような味わいは知らぬ……。肉の旨味が極限まで引き出され、この濃密なタレが、完璧な調和をもたらしている……」

将軍は破竹の勢いでハンバーグを完食した。皿に残ったソースまでも綺麗に平らげると、ふぅと小さく息を吐き、静かにムコーダを見つめた。

「異世界の料理人よ。其方の腕前、見事である。……来てもらおうか、天守閣へ」

「へ? 天守閣? いやいやいや! 僕たち旅の途中ですし、お腹空かせてる仲間もいるんで――」

「拒否は許さぬ。『永遠』の名のもとに、其方を天守閣へ招待……いや、同行させる」

紫電が走り、ムコーダたちの視界が再び紫色の光に包まれた。フェルが「ええい、鬱陶しい!」と暴れようとしたが、空間ごと転移させられる強力な神力により、気づけば彼らは豪華絢爛な城の一室――稲妻城天守閣の中に立っていた。

「えぇぇぇぇぇ!? 監禁!? 拉致!?」

城の広間にて、ムコーダの悲鳴が響き渡った。

「静かにしろ、無礼者」

上座に座る雷電将軍が冷ややかに言い放つ。脇には、狐の耳を生やした艶やかな巫女――八重神子(やえみこ)が、面白そうにクスクスと笑いながら扇子をパタパタとあおいでいた。

「あらあら、将軍様がここまで一目惚れ(一味惚れ?)する料理人なんて珍しいわね。ねえ、そこの旅人さん? あなた、運がいいのか悪いのか分からないわねぇ」

「神子、戯れ言はよい」

雷電将軍は真面目な面持ちでムコーダに向き直った。

「単刀直入に言おう。近々、我が稲妻において、民の収穫を祝う盛大な『収穫祭』が執り行われる。そこには稲妻の主要な三奉行のみならず、異国からの賓客も集う。……其方には、その収穫祭のメインディッシュを担当してもらう」

「ええっ!? 僕がですか!? いや無理ですよ! 僕、ただの普通の料理好き(兼商人)ですよ!? 格式高い祭りの料理なんて、専門の料理人に頼んでください!」

「断るのか?」

雷電将軍の目が怪しく光った。その背後で、無想の一太刀を放つかのような不穏な紫電がバチバチと弾ける。

「……断ればどうなるか、言わずとも分かっているな? 『無想のひと太刀』の露と消えるか、ここで料理を作るか……選ぶとよい」

(脅迫だーーー!! 完全な脅迫だこれーーー!!)

ムコーダは顔を引きつらせ、助けを求めるようにフェルを見た。

「フェル……なんとかして……」

「ぬぅ……あの女、只者ではないぞ。我と本気でやり合えば、この街ごと消し飛ぶやもしれん。……まあ、うまい飯が食えるなら我はここで待つのも構わんがな」

「フェルうぅぅ!! 裏切り者ぉぉ!!」

「スイ、おいしいご飯なら何でもいいよー?」

「オレも、あの女をぶちのめすのは骨が折れそうだからな。大人しく飯作ってやるのが吉じゃねぇか?」

仲間たちからの絶望的な「作れ」という圧力。ムコーダは胃が痛くなるのを覚えながら、ガックリと肩を落とした。

「……わかりましたよ。作ればいいんでしょ、作れば……。でも、条件があります! 最高の食材と、十分な準備期間をください!」

「よいだろう。必要なものは三奉行に命じて手配させる。稲妻最高の食材を揃えよう」

八重神子がニヤリと笑い、ムコーダに近づいてささやいた。

「頑張ってね、料理人さん。稲妻の収穫祭は、国内外から美食家が集まるの。もし将軍様や客人たちの舌を満足させられなかったら……そうねぇ、電気ショックの刑かしら?」

「ひぃぃぃっ!?」

城の一角に与えられた豪華な調理場で、ムコーダは頭を抱えて頭を冷やしていた。

「どうする……どうすればいいんだ……!? 稲妻の最高級食材って言われても、この世界の食材の味の癖も分からないし、何より大勢の美食家やあの雷電将軍を唸らせる料理なんて、素人の俺に作れるわけないだろ……!」

万事休す。完全に詰んだ。

そう思って絶望しながら、現実逃避気味にいつもの『ネットスーパー』の画面を開く。

(ああ……地球の味が恋しい……。オーケーのあの安くて美味い惣菜とか、豊富な調味料があれば……ん?)

ネットスーパーの検索画面を何気なくスクロールしていたムコーダの指が、ピタリと止まった。

画面の隅に、新しく追加された特設バナーが光輝いていたのだ。

【祝・新規提携! オーケー コーナー OPEN!!】

『高品質・Everyday Low Price』を掲げる、あの伝説のスーパーマーケット「オーケー」の特選商品ラインナップが解禁!

直営ベーカリーの焼きたてピザ、手作りピザ生地、独自ルートで仕入れた極上A5ランク黒毛和牛、特製ジャンボカツ、そしてオーケー限定の高品質なプライベートブランド調味料やドレッシングが勢揃い!!

「……っ!??!???」

ムコーダの目が飛び出さんばかりに見開かれた。

「オ、オーケーコーナーだと……!? あの、安さと圧倒的クオリティで有名な、あのオーケーか!!?」

画面を食い入るようにタップする。

そこには、ムコーダが喉から手が出るほど欲しかった「勝てる食材」の宝庫が広がっていた。

一流レストランにも引けを取らない最高級の和牛ブロック肉!

オーケー名物の超厚切り熟成ロースカツ!

さらに、どんな料理も一瞬で料亭の味に変えてしまう万能和風出汁や、極上テリヤキソース、さらには直営ベーカリー特製のピザ生地セットまで!!

「これだ……! これなら勝てる!! 稲妻の現地食材と、オーケーが誇る圧倒的クオリティの『地球の技術・食材』をフュージョンさせれば、雷電将軍どころか、テイワット中の美食家をぐうの音も出ないほど黙らせることができる!!」

ムコーダの目に、諦めの色は消え、料理人(仮)としての誇りと執念の炎が宿った。

「よし……! 見てろよ雷電将軍、八重神子! オーケーの底力、そして異世界日本の『安くて美味い最高峰の味』を、その舌に思い知らさせてやる!!」

ネットスーパーの画面で「オーケー特選A5和牛ブロック」と「熟成生醤油」「極み和風だし」を爆買いするボタンを押し込みながら、ムコーダは静かに勝負の火蓋を切って落としたのだった――!

 

稲妻城天守閣の広大な厨房。そこは普段、幕府のお抱え料理人たちが厳かな静寂のなかで包丁を振るう神聖な場であった。しかし今、そこは異世界の食材と不可解な調理器具、そして一人の男の悲鳴と気合が入り交じる熾烈な戦場と化していた。

「おいムコーダ! まだなのか!? 我の腹はすでに限界を迎えておるぞ! ほら、あの紫の女に食わせる前に、まず我らに試食させよ!」

フェルが巨体を厨房の入り口にねじ込み、ドサリと座り込んで催促の声を上げる。その横ではスイがぽよぽよと嬉しそうに跳ね、ドラちゃんは空中を旋回しながら「肉! 肉! スープ!」と騒ぎ立てていた。

「ちょっと待ってろって! 今、仕込みの真っ最中なんだから! フェル、お前がさっき狩ってきたあのバカでかいイノシシ、解体はスイに手伝ってもらったから良かったものの、血抜きと臭み消しだけでも一苦労だったんだぞ!」

ムコーダは額の汗を拭いながら、目の前に広がる大量の食材と『ネットスーパー』の画面交互に視線を走らせていた。

今回、ムコーダが仕掛ける決戦メニューは、まさに「異世界と地球の技術力の結晶」とも言える豪華絢爛なフルコース。雷電将軍をはじめ、八重神子、三奉行の幹部、そして異国からの客人たちの舌を黙らせるだけでなく、彼らの食概念を根底から覆すための至高のラインナップだ。

「よし……ネットスーパーに新設された『オーケーコーナー』だけじゃなく、他の特設コーナーもフル活用してやる。見ろ、このラインナップを……!」

ムコーダが鼻息荒く画面をタップして取り寄せたのは、以下の至高の品々であった。

1. **北海道男爵いものカマンベールチーズ入りいももち**(オーケー&北海道フェアの特選品)

2. **京野菜のマーラータン・刀削麺入り**(テイワット大陸共通の香辛料と現地食材を組み合わせ、地球のマーラータンと手延べ刀削麺の技術で完全再現)

3. **のどぐろの炭火焼き**(ネットスーパー内に奇跡的に追加された『角上魚類コーナー』から取り寄せた最高級のどぐろ)

4. **半熟ウフマヨのチョレギサラダ**(オーケーの新鮮玉子と特製コク旨マヨネーズ、ごま油香るチョレギドレッシングのフュージョン)

5. **フェルが狩った稲妻産イノシシのボタン鍋・ジャワカレースープ仕立て**(隠し味にアウトドアスパイス『ほりにし』を投入。締めは炊きたてあきたこまちのチーズリゾット)

6. **成城石井コーナーから取り寄せた自家製プレミアムチーズケーキ**(稲妻の女性陣を狙い撃ちにする絶対的切り札)

「よし、順番に仕込みに入るぞ! 特にカレー鍋とチーズケーキ再現の試行錯誤、それからマーラータンのスープ調整は一刻の猶予もないからな!」

 

収穫祭の当日。稲妻城の広間には、絢爛豪華な装飾が施され、雷電将軍を筆頭に、八重神子、社奉行の神里綾人・綾華兄妹、天領奉行、勘定奉行の重鎮たちがずらりと居並んでいた。異国からの使者や著名な商人たちも参列し、空気は緊張感と好奇心で満ちている。

「さて、異世界の料理人とやら。将軍様のお気に召すような献立を用意できたのだろうな?」

八重神子が可憐な笑みを浮かべつつ、鋭い眼光でムコーダを見つめる。上座に坐す雷電将軍は、無言のまま静かに威圧感を放っていた。

「へい、お待たせいたしました! まずは一品目と二品目、前菜と焼き物でございます!」

ムコーダが給仕たちとともに運んできたのは、芳しい香気を放つ二つの皿だった。

皿の上で黄金色に輝いているのは、**『北海道男爵いものカマンベールチーズ入りいももち』**。そして、もう一皿は綺麗にサシの入った鮮魚が香ばしく焼き上げられた『のどぐろの炭火焼き』である。

「ほう……これは、ジャガイモを用いた餅のようなものか?」

神里綾華が興味深そうに箸を伸ばす。外側はパリッと香ばしく焼き上げられ、タレの甘辛い醤油の香りが漂っている。

綾華が一口かじると――

「っ……!? な、何ですかこの食感は……!?」

モチモチとした男爵いもの甘みとコクのある生地の中から、とろ〜りと濃厚なカマンベールチーズが溢れ出してきたのだ。熱々のチーズがいももちの甘辛いタレと絡み合い、口内で極上の濃厚さを生み出す。

「うまーーい!! なんだこれ! モチモチなのに中の白いのがトロッとしてて、すっごくコクがあるぞ!」

参列していた荒瀧一斗(なぜか乱入していた)が絶叫した。

さらに、雷電将軍の視線は『のどぐろの炭火焼き』へ注がれる。

こののどぐろは、日本屈指の魚介専門店『角上魚類コーナー』から仕入れた、白身のトロと称される最高級品。備長炭でじっくりと焼き上げられ、皮目はパリッと香ばしく、身からは透明な脂が溢れ出している。

将軍が身をほぐし、口へと運ぶ。

「……! 旨味の脂が……溢れる。白身でありながら、これほどまでに濃厚で、且つ上品な脂の乗り……。塩加減も完璧だ。角上魚類……いや、異世界の海の恵みとは、これほどまでのものなのか」

将軍の頬が微かに緩む。それを見た幕府の幹部たちは「将軍様が……お笑いになられた!?」と大混乱に陥っていた。

 

勢いに乗るムコーダは、三品目と四品目を投入する。

三品目は『半熟ウフマヨのチョレギサラダ』。

シャキシャキの新鮮なサンチュや韓国のり、胡瓜をごま油香るチョレギドレッシングで和え、その中央には絶妙な半熟に茹で上げられた卵が鎮座している。上からかけられているのは、オーケーの特製マヨネーズにマスタードと隠し味を仕込んだ黄金のマヨネーズソースだ。

「ウフマヨ……フランスの家庭料理と、東洋のチョレギサラダのフュージョンですね」

神里綾人が優雅に箸をつける。卵に箸を入れた瞬間、黄身がトロリと流れ出し、濃厚なマヨネーズソースと野菜に絡みつく。

「む……! ごま油の香ばしさと塩気、そして卵黄とマヨネーズのまろやかさが、野菜のシャキシャキ感と完璧に調和している。これは酒が進むな……」

そして、四品目――ムコーダが最も苦労した料理の一つ、『京野菜のマーラータン・刀削麺入り』が登場した。

テイワット大陸には「絶雲唐辛子」をはじめとする強烈なスパイスが存在するが、それらを組み合わせて四川の本場マーラータンの「麻(マー=痺れ)」と「辣(ラー=辛味)」、そして奥深い薬膳スープのコクを再現するのは至難の業であった。

ムコーダは、ネットスーパーで調達した中華スパイスの基礎(花椒、八角、丁香、陳皮など)に、テイワット現地の新鮮な京野菜風の葉物や根菜を組み合わせ、さらに小麦粉の生地を包丁で直接湯に削り入れる「刀削麺」の技術をスイ(の触手アシスト)とともに完全再現したのだ。

「うわっ、すごい真っ赤なスープ! 匂いだけで鼻がツンとするぞ!」

八重神子が興味深そうにスープをレンゲですくい、口に含む。

「……ふふ、あはははっ! これは凄い……! 最初にガツンと強烈な辛味が来たかと思えば、舌が心地よく痺れるような感覚……! そして後から追ってくる、薬膳と野菜の圧倒的な出汁の旨味! このモチモチとした太い麺(刀削麺)がスープを極限まで絡め取ってくるわ!」

「辛い! 辛いが……止まらん! この痺れが癖になるぞ!」

「汗が吹き出すのに、レンゲを置くことができない……!」

広間のあちこちで、激辛スープに悶絶しながらも夢中で刀削麺をすする声が響き渡る。雷電将軍もまた、額に微かな汗を浮かべながら、優雅かつ凄まじい速度でマーラータンを平らげていた。

 

そして、ついに収穫祭のクライマックスとなるメインディッシュの刻が訪れた。

厨房から運び出されたのは、大きな土鍋。フタを開けた瞬間、広間全体にこれまでテイワットの誰も嗅いだことがない、あまりにも暴力的なまでに食欲をそそる香気が爆発的に広まった。

「な、なんだこの香りは……!? 鼻腔を突き抜け、腹の底から強烈な空腹感を呼び覚ます、この芳醇なスパイスの香りは!?」

雷電将軍すらも、思わず身を乗り出した。

「お待ちかねのメインディッシュ! 『稲妻産イノシシのボタン鍋・ジャワカレースープ仕立て』です!」

ムコーダが胸を張って宣言する。

フェルが稲妻の山奥で狩ってきた極上のイノシシ肉は、牡丹の花のように美しく皿に盛り付けられていた。それを、特製のスパイススープにくぐらせていただく趣向だ。

このスープの再現には、ムコーダは血の滲むような努力(と胃の痛む試行錯誤)を重ねていた。

テイワット大陸には「カレー」という料理概念が存在しない。スメールのスパイス料理はあっても、日本の「カレールー」のような完成されたコクと旨味の塊は未知の味覚なのだ。

ムコーダは『ジャワカレー(辛口&中濃)』のルーをベースにしつつ、そのまま出すのではなく、異世界の食材に馴染むよう和風出汁と味噌を隠し味に投入。さらに、日本のキャンパーたちに大人気のアウトドアスパイス『ほりにし』を絶妙な塩梅でブレンドした。ガーリック、塩、醤油粉末、数種類のハーブが効いた『ほりにし』が、イノシシ肉の野生的な旨味とジャワカレーの力強いスパイス感を完璧に繋ぎ止める架け橋となったのだ。

「さあ、お肉が煮えましたよ! どうぞ!」

将軍が箸でイノシシ肉をすくい、スープとともに口へと運ぶ。

「――――――――――っっっ!!!!」

雷電将軍の身体が、まるで無想の雷に打たれたかのように激しく震えた。

「これは……何だ……!? 複雑に絡み合うスパイスの刺激、野菜と肉の濃厚なコク、そしてこの肉! イノシシ特有の臭みが一切なく、噛むほどに旨味が溢れ出す! スパイスの奥に感じるこの謎の旨味粉末(ほりにし)の存在が、肉の味を極限まで引き立てている……!!」

「美味しいーーーー!!」

「何だこの食べ物は! 腹の底から力が湧き上がってくるぞ!!」

フェルとスイ、ドラちゃんも別席で特大サイズのボタン鍋を貪り食っている。

「ムコーダ! この黄色くて辛いスープ、最高だぞ! 肉に合いすぎる!」フェルが牙を黄色く染めながら大絶賛する。

だが、これで終わりではなかった。

「皆さん、お肉と野菜を食べ終わったら、鍋にこの『炊きたてあきたこまち』と、オーケー特選の『とろけるシュレッドチーズ』を投入します! 締め特製チーズリゾットです!」

グツグツと煮立つカレースープに、つややかなあきたこまちが投入され、上から大量のチーズが投入される。チーズが溶け、カレースープとご飯に絡みつき、まろやかで香ばしい香りを放ち始めた。

「締め……だと? まだ美味しくなるというのか!?」

熱々のチーズリゾットを口にした雷電将軍と八重神子は、もはや言葉を失っていた。

カレールーのスパイス感、イノシシと野菜の出汁、ほりにしのコク、あきたこまちの米の甘み、そして溶けたチーズの濃厚さ。全てが一体となった完壁なる一口。

「永久……そうだ、この味わいこそが……永遠に残るべき至高の味……!」

雷電将軍がうっとりと目を閉じ、感極まった溜息をついた。

 

宴もたけなわ、誰もが大満足で腹をさすっていたその時、ムコーダは最後の切り札を投入した。

「デザートでございます。『成城石井自家製 プレミアムチーズケーキ』風再現スイーツでございます」

運ばれてきたのは、しっとりとした焼き色がついた細長いケーキ。

きび砂糖を使用した優しい甘さのシュトロイゼル(サクサクの表面)、濃厚なクリームチーズの本体、そしてアクセントとして仕込まれたレーズンとローストアーモンド。

実は、この成城石井の看板商品を再現するために、ムコーダはネットスーパーで現物を買い求め、味を徹底的に分析。稲妻の現地で手に入る乳製品と、成城石井から取り寄せたクリームチーズを極秘裏にフュージョンさせて再現に四苦八苦したのだ。

八重神子が一口食べ、瞳を丸くする。

「……!? な、なにこれ……!? サクサクした表面の食感と、驚くほど濃密でコクのあるチーズの風味……! そしてこの甘酸っぱいレーズンとナッツの香ばしさ……! ちょっと、これ凄すぎるわよ!?」

稲妻の都の女性陣――神里綾華や給仕の侍女たち、さらには居合わせた女性幹部たちが、一口食べた瞬間に顔を赤らめ、歓声を上げた。

「まあああっ! なんという上品で濃厚なお菓子……!」

「甘いものが大好きな将軍様にも、これは……!」

そう、稲妻城で「大の甘党」として知られる雷電将軍。

彼女は静かにチーズケーキを一口、口に含んだ。

瞬間。

ドギャァァァァァン!!!!

天守閣の天井に、激しい雷鳴が轟いた。

「んんん……っっ♡♡♡」

雷電将軍の口から、漏れ出たのは普段の厳格な彼女からは絶対に考えられない、甘く蕩けるような声であった。

「甘い……濃厚だ……! チーズのコクと、このサクサクとした食感……! 団子牛乳すらも凌駕する、至高の甘味……! 美味しい……美味しすぎるぞ異世界の料理人!!」

将軍の目が、怪しく紫色に爛々と輝き始めた。

それは感動の眼光ではなく、「この料理人を絶対に手放したくない」という執着と狂気に満ちた眼光であった。

「……決めたぞ」

雷電将軍が静かに立ち上がる。その手には、無想の一太刀を繰り出す夢想一心(刀)が握られていた。

「其方を我が天守閣の専属料理長として永久に召しかかえる。どこへも行かせぬ。一生、我がためにこのチーズケーキとカレー鍋を焼き続けるのだ」

「えっ……? いや、あの……僕たち旅の途中なんで……」

「拒否は許さぬと言ったはずだ! 今すぐ『永遠の契り』を結び、天守閣の地下調理室へ永久就職してもらう!!」

「ひえぇぇぇぇぇっ!? 専属!? 永久就職!? 監禁じゃねえか!!!」

ムコーダが悲鳴を上げた瞬間、八重神子も怪しく微笑んだ。

「ふふふ、私も賛成だわ。あなたのチーズケーキとマーラータン、毎日食べたいもの。さあ観念しなさい、料理人さん♪」

「神子まで何言ってるのーーー!? フェル! スイ! ドラちゃん! 逃げるぞぉぉぉぉ!!!」

 

「ぬううっ! 逃げるぞムコーダ! あの紫の女、本気で我らを閉じ込める気だぞ!」

フェルがムコーダを素早く背中に乗せ、スイとドラちゃんを抱え上げて天守閣の窓を突き破った!

「待てぃ!! 『永遠』を乱す者は斬る……いや、料理人を逃がすなーーー!!」

雷電将軍が紫電を纏い、凄まじいスピードで空を飛んで追いかけてくる! 普段のクールな将軍はどこへやら、チーズケーキとカレーの虜となった彼女は、なりふり構わず「私のチーズケーキぃぃぃ!!」と叫びながら無想の一太刀を空振りさせて追撃してくるのだ!

「将軍様待ってください! 私の分の中華麺も確保してくださいましー!」八重神子まで化け狐の姿になって追いかけてくる!

「追っ手がヤバすぎるーーー!! フェルもっと飛ばして!!」

「無茶を言うな! あの女、神の癖に速すぎるぞ! 電撃が尻に当たりそうだ!」

稲妻城下町を舞台に、前代未聞の大捕り物が繰り広げられた。

雷電将軍の放つ紫電が街の空を裂き、フェルがバリアを張りながら必死で爆走する。

「もうダメだぁぁぁ! 捕まる! 永久にチーズケーキ作るマシーンにされちゃうよおぉぉぉ!」

ムコーダが絶望の悲鳴を上げた、その時だった。

――――嗡(オン)

ムコーダたちの目の前の空間が、突如として真っ赤な炎のような光とともに歪み始めた。

現れたのは、重厚な装飾が施された不気味かつ荘厳な「赤と黒の巨大な転移門(ゲート)」であった。

「む!? なんだこの門は!?」フェルが足を止める。

門の中から、ぬっと姿を現したのは――漆黒のスーツに身を包み、鋭い角と翼を持った、異様に知的で威厳に満ちた悪魔。

そう、ナザリック地下大墳墓が誇る最高階層守護者統括――**デミウルゴス**であった。

「……ふむ。アインズ様より『異空間の波動を感じたゆえ調査せよ』との仰せを受け赴いてみれば……実に興味深い世界ですね」

デミウルゴスは眼鏡のフチをすっと上げ、追撃してくる雷電将軍を一瞥した。

「おい貴様! 誰だか知らんがそこをどけ! その料理人は我が永遠の専属シェフだ!」雷電将軍が刀を構えて突っ込んでくる。

デミウルゴスは深々と溜息をつき、静かに手をかざした。

「失礼。我らが至高の存在、アインズ・ウール・ゴウン様の御名において……この者たちの身柄、一時お借りいたします。【位階魔法:ディメンショナル・ムーヴ】」

瞬時に展開される、ナザリックの圧倒的な転移魔法。

「あ、待てぇぇぇぇ! 私のチーズケーキぃぃぃぃぃ!!!」

雷電将軍の凄まじい絶叫が空にこだまする中、ムコーダ御一行とデミウルゴスは、赤い光の渦の中へと吸い込まれていった。

 

ドサッ!!

「……いっでぇぇぇ……!」

ムコーダが目を開けると、そこは見慣れた鬱蒼とした森の中――元の世界のレオンハルト王国近くの街道であった。

「……帰ってきた……? 元の世界に……帰ってこれたのか……!?」

ムコーダは地面の土を掴み、涙を流して歓喜した。

「ふぅ……あやうくあの紫の女に永遠に飯を作らされるところだったぞ。恐ろしい世界であった……」

フェルも疲れたようにフシューッと息を吐いている。

「あるじー、スイ、お外出られてよかったー!」

「ぜぇ、ぜぇ……あの女のスピード、マジで半端じゃなかったぜ……」

安堵するムコーダたちの前に、静かに佇むデミウルゴス。

「……さて、ムコーダ殿とお呼びすればよろしいでしょうか。アインズ様も、貴殿の創り出す『異界の至高の糧食』には大変興味をお持ちでしてね。……どうでしょう、近いうちにナザリック地下大墳墓にて、アインズ様のために腕を振るっていただけませんか?」

デミウルゴスの眼鏡が、怪しくギラリと光った。

「え……? ナザリック……? アインズ様……!?」

ムコーダの脳裏に、かつてどこかで聞いたような「ヤバすぎる骨の魔王」の噂がよぎり、全身の毛穴という毛穴から冷や汗が噴き出した。

「い、いやあぁぁぁぁぁっ! もう料理の指名手配はコリゴリだぁぁぁぁぁっ!!!」

ムコーダの絶叫が、爽やかなレオンハルトの森にむなしく響き渡るのだった――。

(おわり)

 


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