『ただの棒振り』の私は後に世界を震撼させていく 作:冰藍雷夏
「ぬたあん」
一心不乱に変哲もない棒を振り。
物事に一切囚われず、心身を解放した無我の境地を常時保つ。
バカ○ンドで得た教訓の1つだろう。
「マルスはまた庭で棒振りかしら? アラン」
「ハハハ、マルスは僕たち勇者と魔王の息子だからね。少し変わり者なところが可愛いじゃないか。イヴ」
愛おしそうに私を見つめるのは、かつて世界を救った勇者アランと、かつて世界の崩壊を止めようとした魔王イヴ。
「ぬたあん……ぬたあん……」
そして、真剣に棒を振る私の名前はマルス・ヴァン・ミリストレア。
元勇者と元魔王から生まれたハイブリッドな、ただの「棒振り」スキルを持つ幼児だ。
「マルス〜! 午前中は剣の修行をしよう」
「午後からは、わたくしと魔法の修行よ。今日もみっちり教えてあげるわ。マルス」
「あい、ありがとうございます。父上、母上」
ちなみに私は転生者だ。
しかも今回で3回目の人生。
1度目の人生は武道や剣術指南の家庭に生まれ、幼少の頃から虐待ともいえる厳しい英才教育を受けて育ち。
最後は疲れ切って横断歩道を渡っている時にトラックに跳ねられて死んだ。
2度目の人生は魔法が発達した異世界だった。周囲から魔帝などと言われるくらいには魔法が熟練し、皆に看取られながらの老衰で死んだ。
3度目は剣と魔法のファンタジーの世界。2度の時にはなかった剣術という概念が中途半端に発展した世界だ。
3度目に転生した世界を『ハクロギア』と言うらしい。
そして、ハクロギアの世界に生まれ落ちたと同時に授かるのが“加護”だった。
この世界の特別な血筋を持つ者に与えられる力、それが加護。
元勇者の父上の加護は「勇者」。
元魔王の母上の加護は「魔王」。
そんな聞いただけで凄いスキル持ちの2人から生まれたのが、私の加護「棒振り」だった。
そう、よく分からない加護「棒振り」だった。
領民からは────
「領主の息子がわけの分からない加護を受けるなんて」
「あれは外れだ。忌み子だ」
「だから嫌だったんだ。ミリストレア家がこの地の領主なんて」
なんてことを幼少の頃から散々言われて育ってきた。
わざわざ屋敷の近くにやってきては庭先でそんなことを口にするあたり、相当私が「棒振り」などというよく分からない加護を授かったことが気に障ったらしい。
後に母上が言っていたが、領地を管理している貴族の跡取りの子供が授かる加護次第で、その土地に住む領民の生活が貧しくなるか裕福になるかが決まると、古くから信じられているとか。
つまり彼らにとって、私は外れ物件だったのである。
しかし、そんな領民の文句を聞いた家族は私のことを可哀想と言い、強く抱き締めてくれた。
その後は、せめて私が蔑まれずに生きられるようにと、自分たちの持っている剣や魔法のあらゆる知識、技術、武術を愛情いっぱいに私に叩き込んでくれている。
……それは現在進行形で。
午前中。
「マルス! それじゃあ他のスキル持ちに馬鹿にされるよ! 闘気纏いなんて、いつもできて当たり前なんだから」
「は、はい、父上。当たり前ですね」
中身は年老いていても、体は幼児。
そんなか弱い幼児に容赦なく剣術の稽古をつけてくれる父上。
これが午前中の我が家の当たり前だ。
午後。
「マルス〜! 全部避けて、その後5種の魔法でわたくしに反撃して、魔法障壁もちゃんと張るのよ。こんなの小さい頃からできて当たり前なんだからね〜!」
「あ、あい、分かりました。母上、当たり前ですね」
そう、これが我が家の当たり前の訓練の日々。全ては当たり前。その合間合間に、無我夢中でただの棒で素振りをする。
私の唯一の趣味がこれである。
他に遊ぶ場所がここにはないのが悪い。
ここが辺境の領地で、棒の素振りと父上と母上からの毎日の訓練しかやることがない。
そう、これが私の日常の当たり前だ。
当たり前
当たり前
全ての物事に精通し、できて当たり前が、私が生まれた家、ミリストレア家である。
辺境伯である父上の屋敷で暮らす当たり前の日常。
なので、我が家はひっそりと静かに暮らしている。この家の隠された秘密を守るためにひっそりと。
……かつて世界を救おうとした勇者の父上は、魔王の母上に一目惚れ。
その後はなんやかんやとあり、母上は魔王をやめて父上と愛し合い結婚。
自分は死んだことにして、辺境伯である父上の実家に嫁いできたという壮大なラブストーリーの後に私を授かったらしい。
そんなラブロマンスを毎日毎日私は聞かされるため、無心になって棒を振るようになった。
何万回も同じラブストーリーを聞かされると、人は無心で無我の境地に至りたくなるものなんだ。
「それでね、マルス。その時イヴに言ったんだ。「君を一生愛する」ってね」
「きゃあ〜! あなた、大好きよ」
家族団らんの夜食でもこれだ。
私が生まれてもう5年ほど経つのに、未だ深く愛し合う父上と母上。
これなら数年後には妹か弟の数人はできていてもおかしくないな。
「坊っちゃま。スープが溢れております」
「あ、ごめんなさい。レイナ」
メイドで私のお世話係を務めるレイナに口元を拭かれた。
「まったく! それでは10歳で家を出る時に困りますよ。坊っちゃまは、都会の学校で最先端の魔法や剣術を習うのですよね?」
「え?……そんなの初耳なんだけど」
「え? 旦那様方から聞いていませんか? このシルヴィア王国では、貴族家の長男を人質……いえ、留学生として迎え入れて学校に通わせるのですが」
「え、と? え? 私が人質なの?」
「いえ、留学生です」
レイナは「しまった、失言でした」と小声で言っている。
そういえば、父上も母上も外の世界については何も教えてくれないな。教えてくれたとしても世界の地理や魔法体系やらの知識くらいで、領地以外の遠出などしたことがない。
私はまだ外のことを何一つ分かっていない。
「……外の世界」
「ん? どうしたんだい? 可愛い我が子のマルス」
「あなたにはまだ外は早いわね。レイナのお話で興味が出てきてしまったのかしら? それはいけないわね。そんな外のことなんて気にしないくらい訓練に励みなさい、マルス」
「ひぇ……聞かれてた」
この日を境に、父上と母上の特訓はなぜかよりスパルタになっていった。
「あ〜……日々の特訓がキツすぎて、心が虚無になる」
そして、私は心が摩《す》れに摩れて、少しひねくれた子供に成長を遂げた。
◇
5年後。
王都近郊の「赤竜の山脈」
私は10歳になり、王国の人質ならぬ留学生として王都に向かうための馬車の中にいた。
「実力ある貴族の子供を王都で人質か……日本の戦国時代にも同じような話があったな。外交的優劣だっただろうか?」
大粒の涙を流しながら私を抱擁して送り出してくれた父上と母上。
シルヴィア王族の命令で、持っていける物は着ている衣服と身一つだけと決まっているらしい。王都への金銭の持ち込みは一切禁止などだとか。随分と徹底しているものだ。
「何もさせない、何もできない。そんな貧乏な状態で貴族たちが通う学校にぶち込むって感じだろうか……まぁ、そんなことはどうでも良い。私は幼少の特訓で摩り切れてしまったよ」
人間、とんでもない日々を送ると感情の糸が切れてしまうという話があるが本当らしい。
私はこの世界のあらゆることがどうでもよくなってしまった。あー、棒振りしたい。ただそれだけの身体になってしまった。
何をしてくれているんですか。父上、母上。
「……ん?」
【ギャオオオオオオオッ!!】
「は、はぐれ赤竜だ! なんでこんな所に現れるんだ!?」
「逃げろ!焼き殺され……いや、踏み潰されるぞぉ!!」
大人たちが次々と馬車から避難していく。
そして、私はボーッとしながら、こちらへ向かってくる赤い蜥蜴をハイライトが消えた眼で見つめている。
【ギャラララララララ!!】
「お、おい! 貴族の坊っちゃん! 逃げなさい! 食い殺されるぞ!」
「なんでじっとしてんだ! さっさと逃げろ!」
いや、これはもう間に合わないだろう。
まぁ、馬車を破壊されると移動手段に困るか。
「……よっと」
重い腰を上げ、ゆっくりと馬車から降りて地面を見渡す。
「……このくらいで丁度良いかな」
どこにでも落ちていそうな枝を1本拾い、私へと向かってくる赤竜へ向けて構える。
「は? あ、あの子供……赤竜に枝で対抗する気か? やめろ! 馬鹿げてる! さっさと逃げるんだよガキ!」
「いや、もう間に合わない……あいつ喰われ……」
みんなが絶望したような顔をしている中、私は────
【ギャオオオオオオオッ!!】
「………ぬたあん」
究極の脱力から放つ、他愛もない極地の棒振り。
無刀ノ太刀
【ギャォ!?……オ、オ……】
私に向かってきていた赤竜は身体の中心から真っ二つに割れ、絶命した。
加護・「棒振り」
加護保有者が持つあらゆる剣術、剣技、剣の効果を振り下ろす一太刀で完全再現する。