『ただの棒振り』の私は後に世界を震撼させていく 作:冰藍雷夏
〈アイニス視点〉
王都・深夜
我はアイニス、死がない暗殺者。
月夜にかける姫の守り人だ。
今夜も警備のため、王都中を巡回している。
「今夜は満月か。マルスの奴もボーッと見ているかな」
「お嬢、またあのボーッとしたお子ちゃまの話ですか? そんなに気になるならさっさとアプローチを……い、いえ、そんな人を殺せそうな目で睨まないでくださいよ、お嬢」
「睨んでない。夜目を効かせていただけだ。異常無し」
「いや、殺意込めまくってましたけど?」
口軽い部下のシズ。
本当にうるさい。これでよく暗殺家業をやっていられるものだ。
幼少の頃から人を束ねる立場だった。
昔から、そのような環境で育ってきたのだ。
そして、今はシルヴィア王国最年少での暗殺者集団のリーダーか。
「義父の部下をそのまま引き継がされただけだが、それでエリス姫様をお守りできるなら悪くない」
「そんな引き継ぎとか関係なしに、皆はお嬢を慕ってますって! それよりも、お嬢が最近気にかけているマルスってお子ちゃまの話をもう少し詳し……ぐぅ!?」
ドガアアアアアアンンッ!
……轟音。
直後、シズは王都の遠くの城壁へと全身を埋め込まれていた。
「……シズ?」
我はシズがいる方向を呆然と見つめている。
「わらわらうるせえんだよぉ。夜だぜ、夜。もう少し喋らずに静かにしてろや。三言ぬかすんじゃねえ、三下さんがよおおぉ!!……腹が立つ」
「お前は?」
「あ? だから静かにしてくれよ。うるせえんだよぉ」
長身、全身傷だらけ、東方民族特有の黒髪、切れ長の眼、汚い歯並び、上半身裸に素足。
これらを即座に紙に書き、暗武に縛り付けて、突然現れた敵へと投擲した。
「毒破刃」
「あん? 毒の武器か? あぶねえあぶねえなぁ、おいっ! なめんな! ガキの分際でよおおお!! シャドークロヴ」
「アイニス様!」
「お下がりを!」
近くに待機していた部下たちが我の前へと立ち、攻撃してきた男に立ち向かう。
「ま、待て! こいつは、普通の攻撃では――」
「はい、馬鹿! 死ねえええ!!」
「がっ!?」
「ぎぃ!?」
不可視の攻撃だった。
その攻撃が部下たちの身体のどこかへとぶつかり、部下たちは城壁まで吹き飛ばされた。
「き、貴様は! 闇市のバン・リフィネか!?」
「あん? なにを怒ってんだ? それよりもそれよりもよぉ、ハルメルネ・リタの新作はどこにある? 俺様はよう~、あの刀匠の大ファンでね。露店屋から連絡が来た時には跳び跳ねて喜んだもんだぜぇ。情報寄越しな」
不気味に笑ったと思えば、冷めた眼で我を見てくる。
何なんだ? この男の気持ち悪さは。
「貴様っ!……知るか! それよりも、よくも我の仲間たちを痛めつけてくれたな。消してやる」
「あ~、そうかい、そうかい。ならその身体に聞いてやるよ、ガキ~!……大人しくしな」
「ぬかせええ!! 部下の仇! 消してやる!」
「はっ! 弱い踏み込みだなぁ! おい!」
「がはっ!?」
腹部に回し蹴り。
魔法も闘気も纏わせていない状態でこの威力か!?
「ゴホッ! ゴホッ!……おのれ」
「ハハハ、ざ~こざ~こ……強さが発展途上過ぎんだよ、ガキちゃんよぉ。ちゃんとした師匠に基本から教われやぁ!」
「ぐがぁっ!」
つ、強い。
なぜ、こんな所に王都の裏を牛耳るバン・リフィネ本人が居る?
いつもなら、王都の闇市に居るはずだぞ。
「みっともねえ、みっともねえ……お前、弱いだろう?」
「……は?」
こいつは何を言っている?
「その眼の色。何を隠してる? 高貴な生まれか? なんでこんな危険な仕事してんだ? なんであの
「……あの人?」
「うるせええぇ!!」
「がはっ!……ごほごほ……ぐぅっ!」
何なんだ、いったい。
殺るなら殺るでさっさと……いや、遠目だから見えなかったが、我の部下たちは生きている? いや、生かされているのか?
「あ? あ~、あれか? 仮にも王族直属のてめえらを殺るのは後々めんどくさいんだよぉ。まぁ、てめえは別だ。ハルメルネ・リタの新作のありかを吐くまでは監禁してやる。着いて来い! ガキ!」
「ま、待て……髪を引っ張る……な!」
ドガアアアアアアンンッ!!
「かはぁっ!」
「お~! 流石は不可不思議な血筋。体は頑丈か。これならしばらくは水だけの餌やりでも持つな。飼育楽~! ふ~!」
ズルズルと髪を引っ張られながら、夜の王都を進んでいく。
「ううぅぅ……マ…ル…ス……姫、さ、ま……」
この日の夜、我の尊厳は全て壊され、監禁された。
◇
〈マルス視点〉
次の日。
アイニスは私を牢屋から出してはくれなかった。
悲しい。
悲しいので、勝手に脱走して学園へは地下トンネルを通って通うことにしよう。
これも全てアイニスが悪い……のか?
「………………」
ふと、アイニスの微笑んだ顔が脳裏に浮かぶ。一瞬だけ。
「キュッキュッ!」
「「「キュッキュッッ!」」」
「お~、今日もおおはようございますだ、マシュたち」
「キュ~!」
「「「キュ~!」」」
お~!
数千匹のマシュマラビットが私に群がってきた。
朝からマシュマラビットたちの集団モフモフ地獄を味わわされるとは、癒やされる。
モフモフだ。モフモフ……フフフ。
……そして、もう一度脳裏にアイニスの困った顔が浮かぶ。
今度はハッキリと。
「キュ~!」
「……マシュ」
「キュッ」
「ちょっと頼みがあってね。この匂いの人間の手がかりを王都中で探し回ってくれないか? 報酬は勿論、大量の芋ゴロ焼きを約束する」
鞄の中に入れていたアイニスの服の切れ端をマシュに嗅がせる。
「キュッギュゥ!?」
「「「キュッギュゥ!?」」」
一斉に驚き、整列し始めるマシュたち。
欲望に忠実なのはいいことだ。実に頼もしい。
「それじゃあ頼むよ。それと、王都に落ちているお金も見つけたら集めておいてほしい。クラスメイトたちは常に金欠でね」
「キュッ!」
「「「キュッ!」」」
け、敬礼!?
そんな軍隊方式の挨拶までマスターしたのか。
マシュマラビット、相変わらずのとんでもない学習能力の高さだ。そんな小魔獣たちが地下トンネルをくぐって王都内に散らばっていった。
シルヴィア魔剣学園入学2日目。
「アイニスが戻ってこなかったと?」
「えぇ、朝から王都中を探し回ったんですけど見つからず……アイニスの部下の皆さんも1人もお見かけしなかったんです。実際、クラスメイトに偽装していたアイニスの部下さんたちが居ないでしょう?」
「そう……」
クラスを見渡す。
たしかに私たちも含めてクラスメイトが47人しか居ない。
そして、私に自由をくれたシモン担任の姿もない。風邪でも引いて体調でも崩してしまったのだろうか?
心配だ。
いや、今はアイニスのことか。
彼女のことだ。どこかで辛抱強く生きていると思うんだが……。
「……アイニス、どこに居るんですか? なんでわたくしを置いてどこかに行ってしまうんですか。アイニス、アイニス、アイニス……」
エリスが若干
「ふぅ~、アイニス、アイニス……と」
一旦、窓越しの青空を見てボーッとする。
今日も素晴らしい青空で眠たくなってきた。
……今日の夕方から私もアイニス捜索に当たるかな。
あぁ、それと。
「アイニスが不在ならば、エリスには私が付いているよ」
エリスに何かあった場合、私がアイニスにぶち殺される未来が待っているので。
「え? よろしいのですか? 昨日の夜はあれだけ拒否していましたのに」
「昨日は昨日、今日は今日……人は日々進化していくものさ」
「はぁ……あ、ありがとうございます、マルスさん」
「ん」
とはいえ、今は授業中。
敬愛していたシモン担任も行方不明とは、これいかに。
担任が不在の学級でも、そこに生徒が居れば教えないわけにもいかないわけで……。
「仕方ない。水、土、木魔法で私の分身を作り、授業させるしかないか」
「……何をいきなり言っているのですか? 今はそれよりも、アイニス、アイニス、アイニス……わたくしはアイニスが心配です」
表情がやばい……エリスが病み始めている。しばらくはそっとしておこうと思う。
このクラス、なにげに学力と武力の格差がひどい。
幼い頃からの人質生活で、文字の読み書きができなかったり。
魔法が使えても、これまでろくに学ぶ環境が与えられず、自分の得意魔法しか発動できない生徒。
武器をただ振り回しているだけで、戦い方も知らない騎士家系貴族の自称武道派。
人としての礼儀作法も知らず、本能のまま生き、若くして冒険者として名を上げた子供たち。
これでは将来、この子たちが大変な目に遭ってしまう。
無詠唱の属性分身魔法で、私は自分の分身を3体出現させた。
……いや、あと一体必要か。
エリスの護衛用に……どの属性が良いだろうか? 適当で良いか。むしろ、私がやるか。その方がサボれるので。
バリバリバリバリッ!!
本体の私を含め、5人の私(マルス)が教室に出そろった。
「ま、マルスさんが増え……増えた!?」
病んだ瞳でビックリするエリス。
「属性分身さ。……個性豊かとは言っても限度がある。私は字が書けない子たちに文字を教えていこう」
「では、私は魔法の授業だな。魔法の基礎体系からゆっくり教えるさ」
「それでは私は武家貴族の子たちと外で武器の扱いの授業をしよう」
「私は蛮族……いや、この世の常識を全く知らない冒険者生徒に上下関係を分からせて指導しよう」
おぉ、流石は私の分身。
皆が皆、自分たちの役割を理解して生徒たちを正しい方向に導こうとしている。
「それでは本体の私は暇なので、窓から青空を見てサボっていよう」
「「「「いや、働けアホ! ボコボコにするぞ!!」」」」
「ぎゃあ~!」
……さ、流石は私の分身たち。
本体の私よりも働き者で、怠け者な本体の私をお仕置きし、農耕でもやってろと脅してきた。
そしてその合間に、エリスの勉強や護衛なども私が正式に担うことになったのだった。