『ただの棒振り』の私は後に世界を震撼させていく 作:冰藍雷夏
ようこそ
外の光も届かぬであろう薄暗い地下の部屋。
掃除も行き届いていない不衛生な直床。
プライベートの一切もない鉄格子の向こう側には、牢番が私を睨んで目を離さない場所。
それがこれから王都で住む私のマイホームらしい。
「エリス姫様のご命令通り、王宮内の牢屋に入れたが、図に乗るなよ。貴様はシルヴィア王国の第一王女を攫った重罪人なのだからな」
「はぁ、そうですか」
ここでは青空が見えないな。
「なんだそのたるんだ返事は? 身元不明の貴様を担いでわざわざ牢屋に入れてやったのだぞ。王都の牢屋よりは100倍マシと言われる王宮の牢屋に」
いやいや、この牢屋も相当酷いと思われるが。
その王都の牢屋がここよりも酷いとは、王都全体もやばい環境なのではないだろうか?
これから私が暮らす予定の王都の治安は大丈夫なのだろうか?
「……無言を貫くか。姫様にはお前を姫様の許可なく傷つけるなと言われている」
「さいで」
「何が『さいで』だ。まったく、姫様もなぜこのような怪しい奴に慈悲など……まったくもう」
文句が凄いな。
目の前には金髪の美少女。
相当ストレスが溜まっていると見える。
見た目は私と同じくらいの年齢だろうか?
「……何をジーッと見ている。わたしが可愛いからといって褒めても牢屋からは出さんぞ」
「いや、そんなこと1ミリも思っていな……ごふ」
顔面を殴られた。
エリスから私への暴力は禁止と言われていたような気がするが、顔面を殴られた。
「明日の朝また来る。わたしが来るまでの間大人しくしていろ、身元不明者」
重い扉が閉まる音が聴こえる。
その後、アイニスが階段を昇っていく音が遠ざかっていく。
「……行ったか」
汚い地面には割り箸ほどの鉄の棒が転がっていた。
これで一振すれば簡単に牢屋からは脱走できるが、だ。
「騒ぎになると面倒くさい。面倒くさいことは起こしたくない」
脱走して勝手に逃げてもお尋ね者になるだけか。
それも面倒だ。
「あぁ、私はただ青空を見て虚無に浸りたいだけなんだ」
汚い床を見る。
触りたくない。
触りたくはないが仕方ない。
床に手をつけ、土魔法を発動させていく。
そして、ここら一帯の地面の地形を変え、地面に脱出用の穴を作製して開けた穴の中へと入った。
「……暗いか。『灯火』『鉄壁』」
明るくなった穴の中の状態を確認しつつ、土魔法で広げているトンネルを造っていく。
穴の大きさを広げながら土魔法で高硬度の岩盤で穴を覆い、崩れないように舗装し、王宮の外壁辺りまで進めていく。
前前世の知識がこんなところで役に立つとは、学んで良かった土木工学。
「開通完了。アイニスは明日の朝にまたやって来ると言っていたな。一度牢屋に戻って代わりに人形を置き、地下トンネルに蓋をしておかないと」
土木作業に集中していて忘れていた。
一度集中しだすと他のことは頭から抜ける、私の悪い癖だな。
……もう一つ頭から抜けていたことがある。
私は今日王都に着く予定だった。
そして、そのままシルヴィア魔剣学園の入学試験を受けるのだった。
「留学生という名の人質に人権は出なしか……先にそちらの用件を終わらせたいが、私は今お金を持って……」
床に敷かれた筵《むしろ》の上には、没収されなかった赤竜の血が入った瓶がある。
「売れるかな?」
ちなみに金色の宝石は私の体のどこかに隠している。絶対にバレない場所に。
今日の予定を考えたくはないが頭の中で整理する。
①牢屋からの脱出
②赤竜の血を高値で買ってくれそうな質屋を探 して、高く売りつけ当面の王都での資金を確保する。
③シルヴィア魔剣学園の入学試験に絶対に合格する。
おそらく私が不合格になれば、それを口実に王家がミリストレア家にいちゃもんを付けてくるだろう。
「うぅぅ、王家と貴族の力関係はめんどくさいな。何も考えず虚無に浸りたい……行くかな」
朝日は昇り始め、今日は始まったばかり。
新しい出会いが私を待っているだろうか?
◇
王都・大市場
「は? 赤竜の血? そんな高価な物うちじゃ買い取れないよ。しっしっ、散った散った!」
どうやら赤竜の血は高価な物らしい。
「そう、なんですか。それは残念」
全てを諦めて大空を見る。
空はどこまでも澄み渡っていて、このままボーッとこの場に立っていたい。
「いや、だから商売の邪魔だっての。それに今はそれどころじゃないっての。行方不明だったエリス姫様が見つかって、攫った奴らをこてんぱんにしたんだよ。それに帰りの途中ではぐれ赤竜も倒して王都に凱旋してきたんだ。凄いだろう」
「……ですね」
私の手柄が全てエリスの手柄に書き換えられている。
そうか、よくある王族の英雄譚もこういうのが原因で生まれるわけか。
「ボーッ」
「するな! そんで話の続きだけどね。エリス姫様が持ち帰った赤竜の素材をどこの商会が買い取るかで大揉め中なのさ。凄いだろう?」
……この商人の近くに居れば、私が欲しい情報を全て手に入れられるんじゃないだろうか?
「ですか」
「かぁ〜! 愛想がない子供だね、あんた。その薄汚れた服、冒険者孤児かい?」
「まぁ、そんなところかと」
「……その瓶の中、本当に赤竜の血なのかい?」
お、興味を示してくれたか。
これは買い取ってくれる流れに……
「それは本物の赤竜の血です! 店主さん! それはこちらのマルスさんが勝ち取った正真正銘の赤竜の血です!」
冒険者の格好をしたエリス姫が現れた。
なぜここに居るのだろうか?
「……なんだいあんたは、いきなり……それに、その首飾りの青銅級のブローチ、冒険者見習いかい」
「はい、その通りです!」
絶対に違うだろう。
しかし、ここでその真実を明かすのも多分よくない。
「…………あんた」
「はい?」
「訳ありなんだろう? その冒険者の彼女さんに免じてなるべく高く買ってあげるって言ってんの」
「はぁ、ありがとうございます」
どういう風の吹き回しだろうか?
いや、どう見てもエリスが現れたからか。
「はいよ、10万ギル。盗まれるんじゃないよ!」
赤竜の血がお金に変わった。
これでしばらく王都で生活できる。
……のだが。
「それでは、シルヴィア魔剣学園の入学試験に向かいましょうか。マルス・ヴァン・ミリストレアさん」
私のフルネームがエリスに知られているのは、どういうことなのだろうか?