『ただの棒振り』の私は後に世界を震撼させていく 作:冰藍雷夏
入学試験が終わったのなら、さっさと出ていけとはこれいかに?
合格証書を適当に渡された私やエリスを横目に、高級貴族の子供達が、倒れた受験者達を背景に専属絵師に写生《しゃせい》させていた。
その後、王都に紙一枚の号外が出回り。
入学試験の赤色液体事件は、大貴族であるリストラ家の嫡男。
ザボン・リストラ子息が、凶悪に暴れ始めた隔離クラスの受験者達を制圧するために行われたことになった。
これも全ては、ザボンに武勇伝という名の箔を付けさせるための虚言なのだろうと思いつつ。
そして昼過ぎ、王都の露店でザクロのジュースを飲む私。
賑わう大衆市場の活気を聴きながらの一杯に喉越しを潤す。
「乾杯です〜!」
「……乾杯」
と、冒険者エリス。
なぜ、私と一緒に居るのだろうか?
「あの、王宮に帰らないので? エリス姫様」
「護衛のアイニスが、遠方に任務に出ているので無理ですね。暗殺されてしまいます」
「暗、殺?」
「えぇ、今はお爺さん……現国王ロウルズ王が病に臥されておられますから」
少し遠くの方を見つめて、囁くように告げるエリス。
これは深く聞いてはいけない流れだな。
最後まで聞いてしまったら、巻き込まれるケースだ。
なので私は話題を変えよう、すぐ変えよう。
「お爺様はもう長くありません、そしてお爺様が亡くなれば、次は
…………言われてしまったら、それも早口で。
両耳を塞ごうとした私の両手を鷲掴みにされ、王家の権力闘争について聞かされてしまった。
この子はなんて事を聞かせてくれたんだろうか。これでは、私をその権力闘争に巻き込む気満々に見えてしまう。
「……聞きましたね。私、専属の荷物持ちさん」
「いや、それは入学試験の身分証明で必要だった肩書きなだけで」
「もう遅いですよ。王家の秘密を知った人は暗殺者を仕向けられますからね。口封じです」
「え、えぇ」
にこりと微笑まれても困る。
「あ、後、これからは私に何かあったらですね……」
私はただ、ボーッと生きていければいい。
擦りきった心に虚無を感じて、黄昏ればそれだけで磨《す》り減らした心は潤うというのに。
どうして王家の権力闘争の詳細を耳元で囁かれ、知らないといけないのか。
「と、言った感じです」
「あー、虚無りたい」
シルヴィア王都
シルヴィア王国最大の人口を誇り、王都には数百万の都民が暮らしている。
だが、ひとたび郊外に出れば話は変わるとか。
なるほど、エリスに強制的に聞かされて得心がいった。
暗殺者の訓練を受けていたエリスが、何者かの策略で赤竜に丸呑みにされ行方不明。
私と同行していた人攫いがエリスを狙ったのも王家の権力闘争絡みだった。
つまり、今の彼女は王都内でも、郊外も四面楚歌。敵だらけだ。
「ですから、これからも宜しくお願いしますね。荷物持ちのマルスさん」
「…………いや、それはむ…」
「ありがとうございます! わたくし専属の荷物持ちのマルスさん」
「は、い」
あぁ、王都での私の自由死んだ。
あー、お昼時の空は青いのに、いつの間にか私のパーソナルスペースはエリスに浸食され始めていた。
しかし、このエリス姫様。
おそらくまだまだ私に隠してることが多くある。
◇
気分が沈むほどの心の動揺はないが、まぁ、なんとかなるかの気持ちで虚無る。
「赤竜鱗の香辛料?」
エリスが懐から取り出した物をテーブルの上に置く。
透明な小瓶だった。
赤色の粉がキラキラと輝いている。
それを、王都名物の「黒縄豚《ブラックボア》のパイ包み」にまぶしていくエリス。
「えぇ、今朝、市場に出回ったものらしいです。それだけで数千ギルするみたいですよ」
「数万ギル?……それはそれは、この変哲もなかったパイ包みが、一瞬で高級料理に変身とは」
「凄い市場価値ですよね。これもマルス・ヴァン・ミリストレアさんのお陰です」
こんな大衆がいる前でフルネームを言わないでほしいものだ。
「いや、それはエリス…姫様が倒した手柄にしたんでしょう。私は何もしていない」
地面に落ちていた木の棒を振り下ろしただけだ。私の道を塞いだ赤い蜥蜴に向かってな。
「あ!はぐれ赤竜で生じた利益の全ては、わたくしから…」
おぉ、なるほど。
私に流れてくる仕組みか。
なるほど、なるほど、話の落ちとしては完璧だ。
これで私の擦り切れた心も少しは晴れるというもの。
「わたくしの護衛兼暗殺者のアイニスに入り、管理運用していくそうです」
「な、ぁ?」
思わず、椅子から滑り落ちた。
普段から身体は脱力状態にあるためか、突然ビックリするとよろめいてしまう。
「ま、マルスさん。大丈夫ですか?」
「いや、普通は赤竜を倒した人に大金が入るのが王道展開で、少しビックリを」
「?」
あぁ、本来はそれがお約束展開だが。
そういえば、私はエリス姫を連れ去った罪人という形で王都に足を踏み入れたな。
その時に、放置されていた赤竜は暗殺集団に回収されていたか。
魔法の袋の中にヒョイッと。
まぁ、そんな都合が良い人生なんかないか。所詮、私の人生は産まれた瞬間からスパルタ教育の末に心を磨り減らした虚無へと至った脱力の極み。
エリスの前でボーッとする私。
(……ちゃんとマルスさんのために使いますから大丈夫ですよ。任せて下さい)
「は、い? 何か?」
私に聞こえない小声で何か言った…か?
「いえ、なんでもありません。それよりも、赤竜鱗の香辛料をかけた『黒縄豚《ブラックボア》のパイ包み』を食べてみて下さい。どうぞ」
「……どうも」
わざわざ切り取って小皿に乗せた物を手渡してくれた。
ニコニコ笑っているので怪しい。
が、そんな細かいことを気にしてもめんどくさいので、一口パイ包みを食べる。
「……ん……お!」
久しぶりに心が揺れた。
食べた瞬間、普段の虚無な平常心からこれは美味しいと口元から脳に刺激を与えた。
「どうですか? 美味しいでしょう? 美味しいですよね、マルスさん!」
エリスは私に食べた感想を早く言ってほしくてしょうがないようだ。
「……これは確かに絶品ですね。露店で焼かれたパイ包みに一振かけただけでこれとは、こんな物が大量に市場に出回れば奪い合いに発展するのでは?」
「です、です! やりました! マルスさんから感情を少しだけ引き出せました〜!」
そういえば、ここに来る前の馬車の中で冒険者……人攫い達が言っていたな。
赤竜はその身体に流れる血の一滴でさえも価値があると。
実際に私が持っていたごく少量の赤竜の血さえ10万ギルという、数ヶ月の王都暮らしに耐え得る大金に化けた。
ならばその肉は? 骨は? 宝玉は?
市場価値の想像がつかない。
赤竜の死骸を現在所有するエリスは、意図せずして、権力闘争の切り札を手に入れたようだ。
まぁ、それが分かったことで、ただのマルスの私には何の影響もないのだが。
◇
夕方
家なしの冒険者達が生活する居住区「宿屋街」に、エリスに連れられやって来た。
「それでは、わたくしは宿に戻りますので、入学式の時に再びお会いしましょう。マルスさん」
「え、いや、ま……私はまだ良いとは」
ギィ…バタンッ!
彼女には私の声など届いていなかったのか、無情にも宿の扉は速攻で閉められた。
「……はぁ、ゲロリス姫様に振り回されてばかりだ。初めて会った時はか弱そうだったのに、随分と胆力があるゲロリ……」
バタンッ!
「だ、誰がゲロリスですか! 怒りますよ! マルスさん!」
扉の向こうからドレスの格好をした正真正銘のゲロリスが現れた。どんな速着替えだ。
「お、と……聞かれて……がぁ……後ろに誰か」
「おい! 貴様、なぜここに居る? そしてなんだゲロリス姫様とは? 詳しく話せ」
こいつは、私を攫った暗殺者?
「お、と……やらかし、た……」
ゴツンッ!
鈍い音が頭の後ろから聞こえた。
そして、そこからの記憶は少し曖昧だった。
気がついたら王宮の牢屋の中にぶち込まれており。
シルヴィア魔剣学園で必要な学業道具や制服が用意されており。
牢屋の中が少しだけ綺麗に掃除されていた。
そして私は殴られた腹癒せに、牢屋の底、つまり王宮の下に地下迷宮を密かに作り始めた。