『ただの棒振り』の私は後に世界を震撼させていく 作:冰藍雷夏
独房の扉が静かに開く
新品の制服に神秘的な鞄を背負い
以前よりも、綺麗になり始めた我が家
いざ、行かん。大空を見上げるために暗き牢屋から縛り上げられて罪人が如く扱われながら────
牢屋から解き放たれる。
「はぁ〜、空が青い、虚無《きょむ》れる」
「うるさい、黙れ、死ね」
私を縛り上げ、牢屋《マイホーム》から出してくれた彼女のアイニス。
エリスの護衛、暗殺者のリーダー、私の監視役の三つの仕事を背負う年齢不詳の金髪美少女だ。
「………はぁ、もう逃げたりしないから、私を解放してほしい」
「とか言って、昨日も脱走したんだろう。わたしの部下が、お前を串焼き屋の露店で買い食いしているところを見たと報告してきたぞ。どうやって牢屋から抜け出した?」
「……さぁ」
王都のグルメは旨い。
滞在して5日目になるが、毎日のようにマイホームを出て王都中の食事処に顔を出している。
あのエリスに食べさせてもらった「黒縄豚《ブラックボア》のパイ包み、赤竜鱗のスパイスを乗せて」が良くなかった。
あれを食べたせいで、私の中に擦り切れていた“美食”を求める心が復活してしまったのだから。
「なんだ、その目は。生きる気力はちゃんとあるのか?もう少しシャキっとしろ! シャキっと」
「今、やる気に満ち溢れてるが」
「その死んだ魚のような眼でか!?」
相変わらず失礼な監視役だ。
幼少のスパルタ教育で心を磨り減らし、虚無った私が、美食に目覚めやる気に満ち満ちているというのになんだその言い草………
ふと、王宮内の池に自分の姿が映っているのに気がつく。
「……眼、死んでるな」
そこには、無表情に近い顔の筋肉が萎縮した自分が映っていた。
「お、おい、どうした? なぜ、青空を眺め始めた? 狂ったか?……あ、いや、貴様が狂ってるのはいつもの事か」
「……失礼な」
朝の青空を見ながら心の平穏を虚無って取り戻した。
そういえば、今気がついたのだが。
なぜ、アイニスはシルヴィア魔剣学園の制服を着ているのだろうか?
◇
学園に到着
王都の南がシルヴィア魔剣学園の敷地らしい。
流石は世界一の学園と言うだけあり、建物は最新の魔法工学建築が施されていると、うんちく大好きなアイニスが私の横で延々と語っている。
暗殺者のくせにお喋り好きとは致命的ではないのかと少し心配になったが。
空を見上げながら歩いていると、まぁ、良いかと思い適当に聞き流した。
「あ、見つけました! マルスさん、アイニス〜!探しましたよ〜!」
「お〜、ゲ…」
「それ以上の言葉を言えば、貴様の首をかっ切る」
…………危ない危ない。
普段ボーッとしているので、危うくエリスの名前を言い間違えてしまうところだった。
そして、アイニス。
懐から出した暗器をしまってほしいものだ。
「やっと会えました〜! 5日振りです。マルスさん!」
「……どう……も!?」
(我が国家の第一王女だぞ。しっかり挨拶しろ。ちゃんとできない場合は、暫くの間王宮からの脱走を禁止する)
「あ、い」
背中を小突くな。
そして、私の自由をこれ以上奪おうとするな。
「い、5日振りです。エリス…さん。また、お会いできて光栄です」
(棒読みとはな。後で、お説教タイムだな)
耳元で囁くな。
暗器を仕舞え。
「あらあら、この5日間でお二人ともだいぶ仲良くなられたのですね。良いことです」
「あ、は、い」
適当に返事をする私。
王族の人を試すような問答にいちいち構ってられない。
「エリス姫様!こいつと我は全然仲良くありません!宿敵!そう!宿敵同士のような関係です。貴様もそうだと言え、マルス」
「え?あ、は、い」
顔を赤くして照れたように対応するな。エリスが面白がるだろうに。
制服姿に身を包んだエリスが、私達の珍行動を笑っている。
そら見たことか、こういうタイプの姫は日常の中で他人の力量を計りたがるんだ。
弱点でも見つけられた日には、そこを攻められるだろう。
そのように幼少の頃から帝王学で学んでいるはずなのだから、私のようにボーッとしながらも注意しないといけない。
脱力しながら相手に隙を与えてはいけないんだ。
「が、はぁ!?顔面、顔面を握らないでほしい」
「あらあらあらあら、なんですか?いつの間にアイニスと深い仲になっているんですか?マルスさん。何してるんですか?貴方はわたくしの荷物持ちを名乗っていましたよね?ね?」
……おっと、エリスが私の顔面を掴んだぞ。
「い、いや、仲良くなどなっていない。犬猿の仲と言って……いてててて」
いや、正直さほど痛くはないが。
私はエリス姫に何をされている?
「おい、貴様!エリス姫様の前だぞ!謎の奇声を発するな。無礼であろう」
「や、止めろ。アイニス、痛い」
「あらあら、アイニスとの秘密の挨拶ですか?なんですか?それは?暗号ですか?私専属の荷物持ちのマルスさん」
わ、私がエリスに分からせられている?
なぜだ。私は自然体でエリスと対面していただけなのに。
そして、止めろ。
私の後ろで腹部をつねるな、アイニス。
「……ふぅー、貴様に溜まっていた日頃の鬱憤も晴らせて満足だ。エリス姫様、我は姫様の影の中に潜んでいますので何かあれば、すぐにお呼び下さい」
「ふぅー、お仕置きと注入は終わり。了解しましたアイニス、ご苦労様です」
なんという息の合ったコンビネーションだ。
エリスが私の顔面から手を離したと同時に、アイニスも腹部へのつねりを止めただと?
「はっ!……おい、貴様。学園内では貴様がエリス姫様の世話をしろ」
「ん?いやいや、私は無関係な人間だ。ここからは自由な学園暮らしを……」
「拒否すれば殺す。貴様がこの王都の中に来た時点で、貴様の生死は姫様と我の物だぞ。じゃあな、しっかりやれ。それでは、失礼致します。エリス姫様」
私の飼い主《アイニス》は、そう言うとエリスの影の中にトプンッ!と入って行った。
「…………」
王都で暮らす時間が進むに連れて、私の人権が無くなっていくのは気のせいだろうか?
あー、今日も快晴の青空。
田舎に帰りひたすら棒振りだけしていたい。
いや、今したい。
そうかこれが承認欲求。
これこそが自己防衛、そして現実逃避というやつか。青空だけ眺めていたい。
「フフフ、それでは入学会場へと向かいましょうか。学園内での従者は、自身の派閥の人間のみと決められているので、マルスさんが一緒に入学してくれて助かりました。あ、アイニスは本業が暗殺者なので学園では好き勝手動けないんですよ。なので、マルスさんが居てくれてわたくし嬉しいです。フフフ」
私が空をボーッと眺めている間にマシンガントークは続いていく。
そして、ボーッとしているように見せかけて、摺《す》り足でどんどんとエリスとの距離を遠のかせていく。
バレてない。
まだバレてない。
無意識に、ボーッと、完璧な自然体で距離を取ってこの場から逃げよう。
「……身体が動かせない?一時的な服従の魔法?」
いや、無理やり動かそうとすれば動きはするが。先ほどから私の顔を見ているエリスの顔が真剣そのものなんだ。
「はい、少しの間そうさせていただきました…………お願いします。わたくしが学園生活を普通に暮らせるように。わたくしの派閥に属して下さる方々が見つかるまでの間で良いのでわたくしを護衛してくれませんか?マルスさん」
「ご、えい?」
「は、い」
……いや、知り合ってからこれまでのエリスの行動を見ていれば分かることか。
彼女《エリス姫》には、王都で表だった味方が1人もいないのだ。
エリス・シルヴィアは、独りぼっちの、たった1人の派閥なのだろう。
(……………………)
まぁ、それは王都の表の話で、王都の裏側には何十人と居るとは思うが。
そういう札付きの味方は公の場、例えば学園などには一緒に居られないわけで。影で見守るしかなくなるのか。
「そうですか。それではこれにて失礼……」
(逃げたら殺す。我は貴様の弱みを握ったぞ。従わなかったら、貴様の家族に我が貴様に押し倒されたと密書を送るぞ)
……………………エリスの影から声が聴こえた。
「分かりました。エリス姫様の新しい護衛か、派閥に属してくれそうな人が見つかるまで、私が近くにいます」
「まぁ!本当ですか!ありがとうございます!マルスさん」
嬉しい涙を浮かべるエリスは、私の両手を掴んで上下に振り回していた。
もはや、私は空を仰ぎボーッとするしかなかった。
いや、1度断りを入れ、それでも粘り強くお願いされた時は協力しようとは一瞬だけ頭に過ったんだ。
それがあんな強制的に従わされるとは。牢屋《マイホーム》で殆どの時間を一緒に過ごしていた人《アイニス》に自分の弱みになる弱点を晒すものではなかったようだ。
「はは、これも自業自得か」
「それでは共に参りましょう。わたくしの派閥第一号のマルスさん。共にこの腐敗し切った国を良くしていきましょうね。フフフ」
「は、い?」
エリスは今なんと言ったのだろうか?
もしや私は、この王女にボロ雑巾になるまで使い古される運命にあるのではないだろうか?
「ま、まさかな」
一抹の不安を抱きつつ、私とエリスは今年入学した生徒が集まる会場へと向かうために走り始めた。
「おん?あれは……エリスか。行方不明じゃなかったのかよ。おい」
ん?
あれは……エリスと顔立ちが少し似た子供、か?
そして、その様子を腹違いの兄妹に見られていることをエリスやアイニスは気がついていない。
「お、持ち運び良く、良くしなりそうな小枝を拾った」
「……何に使う気ですか?」
「いや、暇潰しの棒振りを」
「は、い?」
エリスはすっとんきょうな顔で私の行動の真理に気がついていなかった。
素振りとは、人生で最高の暇潰しになることを。