『ただの棒振り』の私は後に世界を震撼させていく 作:冰藍雷夏
ああ、こいつは危険だなと、エリスに向かって来た時点で自然と判断した私だった。
なので、一瞬で色々と考え実行に移していた。
少し離れた場所で、泡を吹いて倒れている少年。
入学試験で私が会場を爆発させたことを隠蔽してくれた少年。名前はたしかザーボン・リストラだったか?
「ふげぇ!?おぎゃあああ!!ママ〜!助けてえぇ!!」
「「「ザボンさ〜ん!」」」
その子を風魔法で場外へ吹き飛ばし、無詠唱の土魔法で粘土を作り、自身の皮膚に付着させて小太りザーボンに変身させた。
今回のザーボン君の活躍シナリオはこうだ。
①多分、どこかしらの王族派閥に属しているリストラ家の嫡男は、派閥関係を裏切りエリス派閥に寝返る。
②エリスの腹違いである兄とやらが、エリスの殺害を入学式に敢行。向かってくる赤色の騎士の前に立ちはだかり、戦闘へ。
③勝利後、これから起こるであろう全ての罪はザーボン君の手柄にする。
我ながら完璧な作品を一瞬のうちに組めたと思う。
後はこの一連の流れをドラマティックに行っていけばいいだけか。
私は心が磨り減っているので大根役者にしかならないが。ザーボン君役なので、まぁ、良いか。
「逃げろ!!王族同士の権力争いが始まった!逃げるんだ!」
「なんでこんなめでたい時に?噂通り第5王子はイカれていたのね!」
逃げ惑う会場の人達。
次々と場外へと去って行く……いや、一部の変わり者達は、これから始まる余興を楽しむために眼をぎらつかせているか。
「オリヴィア殿下、避難しますか?」
「よい、暫く見定める故。茶を持ってこい」
「はい、陛下」
「シリカ〜!逃げないの?蛮族だよ、野蛮な奴らの戦いだよ?」
「少し、見学する。それで見聞も広げたい」
「何それ、相変わらずシリカは変わってるね〜!」
「マルスさん」
(……エリス姫様。ここは、あいつに好き勝手やらせてみましょう。その後の結果次第で、あいつを叱るかは決めるべきかと……今は御身を優先して下さい。壁際に避難を)
「え、えぇ、分かりました。
◇
わたしの名前はシュマルト・ブルトワ、シルヴィア王国騎士家系貴族で、とある騎士隊の騎士団長として勤める。
第5王子オルカス様の騎士である。
齢45の男。本家と王家に家族を人質に取られている情けない男だ。
そろそろ騎士として引退を考える年頃になって、まさかこんなことに巻き込まれるとは思わなかったな。
おかげで今、死にかけている。
……派閥はブルトワ家の意向により第5王子派閥に属し、オルカス王子の後ろ盾と矛を担っている。
今日は、最近勢いが出てきたという第一王女エリス様の抹殺と、はぐれ赤竜の鱗から造られた鎧と長剣の試し斬りとやらに付き合わされて来たのだが。
目の前に立っている小太りの子供から受けた一太刀で、防御に使った左腕が逝ったばかりか体内の臓器の一部も内部破壊されてしまった。
急いで回復薬を飲まねばと思ったが、体内に溢れた出血が喉元から口へと漏れる。
「ごがぁ!?ゴホッ!ゴホッ!オエェッ!至高の一振。こんな一撃、人生で初めて味わったわ。ゴホッ!ゴホッ!」
勢い良く吐く。
吐かねば、死ぬのだ。
それほどまでに、先ほど受けた会心の一撃は重い。
震える右手で回復薬の蓋を外し、口に含ませて一気に飲み干した。
「コホッ……良し、流石はイヴ産の回復薬、左腕以外の応急処置ができたか」
「おい!シュマルト!?なぜ、エリスも仕留めず戻って来た!」
「申し訳ありません。最初にどこからともなく現れた痩せた子供は消しましたが。新しく小太りの子供が現れまして……あの服装的に、どこかの貴族のご子息かと」
「貴族のガキだと?……あいつ、兄上の、第三王子の腰ぎんちゃくのザボンじゃねえか。おい!お前。なぜエリスを庇う?まさかお前も赤竜の素材狙いなのか?」
「?何がだ?」
呆然としている?
いや、この緊迫した中で自然体で過ごしているのか?こんな混乱している会場の中で?
いったいどんな神経をしていたら、そんな澄まし顔ができるのやら、これは。
「オルカス様!わたしの後ろにお下がり下さい!そこでは奴の間合いに入っております」
「な、何!?そ、それを早く言え!使えない奴め!誰のおかげで貴様が騎士団長でいられると思っているんだ!俺の派閥に所属させてやってるからだろう?」
「……は、申し訳ありません」
「ふんっ!分かったんなら、さっさと動け、のろまな騎士め」
「……はっ!」
本家の命令ゆえに従っているが。誇りある騎士に対して、その態度はなんだオルカス王子よ。
側付き騎士は貴様の道具ではないのだぞ。
軽い一振で吹き飛ばしただけで、元の場所まで追い返されてしまった。
口から吐血をしながら立ち上がる。
「…………………」
もう一度目の前の怪物と対峙する。
いや、さっきの一瞬の出来事を対峙として言っていいのか。それは目の前の彼に失礼というもの。
それ程までの力量の差が、今のわたしと彼にはあるのだ。圧倒的な実力の開きが。
挑みたい
この剣武の極みに
身分など越えたこの極致の武を味わいたい
ただただ1人の騎士として、いや、武人として挑みたい。
いや、その前に先ずは謝罪か。
「詫びよう。貴族と思い失礼な態度を取ってしまった。心の底から詫びる。済まなかった」
「ん?あぁ、皆が無事なら良い。どうにでもなる。それよりも、その鎧と長剣は返してほしい。金になる」
「そう、か……なるほど。もともとの素材の出所はエリス様派閥の持ち物だったのだな」
「あ、あー、そんな感じだ。返してくれ、最近は露店の食い過ぎで、金が底を尽きそうなんだ」
なるほど。
この武人の領地経営は現在上手くいっていないのか。それで高く売れる赤竜の鎧と長剣を返してほしいと。
「了解した。この戦いに貴殿が勝てば、わたしがオルカス王子を説得して、貴殿の陣営に返そう」
「いや、元は私のなんだが……まぁ、いいか。勝てば。上に気をつけた方がいい」
上?
何を言っているんだ。わたし達は今、武人として向かい合って……
「……は?」
「………………おい、シュマルト。今すぐ俺を守れ。丁度、この壇上ほどの大きさの巨石が頭上に降って来る!さ、さっさと俺を守りに来い!シュマルト!!」
たしかにオルカス王子の言った通りだった。
青空すら隠すほどの巨石が、いきなり空に現れた。そして、わたし達が居る壇上ピンポイントに落下し始めた。
「おおおおおっ!早く来い!シュマルト!!」
「ちっ!!ライトブレイク!!」
わたしの加護・「天剣」を発動させた。
この加護はあらゆる固まりを穿《うが》つ最強の矛を狙った対象に付与し、ダメージを負わせる加護。
わたしが放った一撃により、巨石は真っ二つに割れ会場内へと降り始めた。
「お怪我はありませんか?オルカス王子!」
「ば、ばかもん!巨石を散らしてどうする?これでは、俺の威光を見せつけて、入学生達の大勢を俺の派閥に入らせる計画が頓挫するだろうが!ちゃんと細部のことまで考えて攻撃は放て!低能騎士が!」
「なっ!?………も、申し訳ありません。オルカス王子」
またも暴言か。
いや、もともと私は分家の出の騎士にして、幼少の頃は王国の人質として過ごしていた。
産まれた時点での勝ち組である男に言われるのも癪だが……逆らえば奴隷落ちもありうるのがこの国の現状。
なので今は従うしかない。
「本当に申し訳ありません!直ぐに全ての落石に対処し、目の前の敵も屠ります」
「そ、そんなの当たり前だろう!お前は俺に金で雇われた専属騎士なんだから!」
「……は、い」
今は奥歯を噛み締め。
金がなければこの王都では暮らせないのだ。
暮らせなければ家族を失う。
「この一撃をもって!会場を救う!」
そう、落石を全て破壊し、会場内に残った者達を助ける。
その後は、この騒ぎの首謀者に仕立て上げられるエリス姫様に全ての罪を負わせ、姫様が隠し持っているであろう、はぐれ赤竜の死骸本体を手に入れ王族の権力闘争を一歩有利に進めるというのがオルカス王子が考えたシナリオだ。
「赤剣よ耐えてくれ。この一撃をもって、この天災を穿たん。ライトオブ……」
振り上げるは、自身の人生の中でもっとも輝きを放つ一撃。
それを振り下ろそうとした瞬間。空より降ってくる落石は砂塵と化した。
「いやいや、それじゃあ、勝負できないけど。いいのか?」
この声は?……誰だ。
そんな不思議な人物の方へとゆっくりと振り向く。
「……貴殿は本当は何者だ?」
「そんなこと、今の私達には関係ない話だろう?」
小枝を右手に持ち、薄笑いを浮かべる誰か。
そんな不思議な人物を見たわたしの口元も、自然と笑っていた。
「あ、あぁ、そうだった。わたしは……俺は、貴殿に勝負を挑んでいる最中だった!」
「あぁ」
「なっ!?何を考えている?シュマルト、なぜいきなり笑い始めた?そんな命令俺は出していな……」
「うるさい、窒息していろ……真剣な男同士が対峙している最中に水を差すな」
「ぐぉ!?…………がはぁ」
オルカス王子は口から泡を吹いて床へと倒れ込んだ。意識は無い。
「これで邪魔者は消えた」
「あ、あぁ、感謝する」
「それじゃあ……」
「うむ……参る!」
その後の言葉などお互い要らなかった。
小枝だろうが、赤剣だろうが
武器はどうでもいい。
今はただ、目の前に自然体で立っている剣武の極地に挑みたい。
そんな気持ちしかない。
「ただ自然の一振だ。たんと味わってくれ────無刀ノ太刀」
「そのはからいにただただ感謝を────ライトオブ・ラグナロク」
この戦いにいっさいの悔いなし。
無剣と光剣が一瞬だけぶつかり合い。
わたし……いや、俺の人生最大の一撃は、目の前の最高の対戦相手に屠られた。
◇
『い、以上でシルヴィア魔剣学園入学式のデモンストレーションを終わりにします。また、会場内が荒れているため、各新入生は教員の指示に従い速やかにそれぞれの教室へと避難…ではなく移動して下さい』
学園の元老院だろうか?
大慌てでこの場の騒ぎの隠蔽に動き出している。
「……こんな大事になったんだ。それでひた隠しは無理があるだろう」
だが、この学園なら平気でやりそうな気がするが、今は少し気分が良いので何も考えず青空を見上げる。
「ハ、ハハハ!久しぶりに擦り減った心が満たされたな。まさか本気で真っ正面から私の棒振を受けるかね…………フフフ、父上と母上が、この世界の外側を私に見せたがらなかったのも、ようやく得心がいった」
久しぶりに純粋に笑った。私の中に笑みが生まれた。
この世界は面白い。
色々な人々が行き交い、工夫して生きているのだ。
「それにどう対応するか、今後も楽しめということか。虚無《零》から一へと自分自身を成長させろということですね。父上、母上」
地上は騒ぎ始めたが
上を見上げた青空はどこまでも広がり、私に安らぎをもたらしてくれる。
そして、そんな大空に一羽の白い鳥が飛んでいた。
それは心を磨り減らし、虚無へと至った私が、この王都での新たな成長の門出を祝ってくれているように思えた。