12月32日   作:太田 衡典

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第1話『あっで待ってる』

 20XX年1月1日、父が失踪した。なに不自由ない、至って普通な……いや、順風満帆な家族であったと思う。

 

 つい数秒前に母と共に毎年恒例の年越しジャンプをしたのだが、年越しと同時に送られた一本のメールでハッピーなニューイヤーはアンハッピーなニューイヤーへと様変わりした。

 

 嗚咽混じりの母の泣き声が家中を駆け巡る。曇り一つない晴天のような性格の母が流す涙は、どこか新鮮でとても不格好であった。なんで、なんで、と見つかるはずのない問いをまるで壊れた玩具のように繰り返し垂れ流している。

 

 見るに耐えないほどの酷い空気感に俺の身体は固まって動かない。ただただ、壊れた母を見つめるしかできなかった。

 

 机の向きや形とまるで合わせる気のない携帯が机の上に寝転んでいる。母の携帯だ。その画面には、この惨状を引き起こした1通のメールの内容が映し出されていた。

 

 『突然で申し訳ないが、俺はもう家には帰れない。正義(まさよし)を頼んだ。愛してる、星。』

 

 そう書かれていた。差出人は金富 慈鳥(かなと からす)。父の名前で間違いない。家族思いな父にしては、あまりに無鉄砲で自分勝手な内容のため、誘拐や事件に巻き込まれたのだと思った。しかし、俺宛に届いた1通のメールでこの失踪が父本人の意思によるものだと俺は悟った。

 

『20XXIX年12月31日から20XXX年1月1日に変わる時、世界が更新される。年越しジャンプは絶対にするな。お前はスペースウェポンの適合者だ。あっちで待ってる。』

 

 世界の更新、スペースウェポン、と意味が分からない言葉だ。しかし、父は何かを知っている。家族を捨てるほどの何かが。俺は再度母に目を向ける。俺宛に送られてきたこのメールを伝えるか否か。

 

 俺は何事もなかったかのように携帯の電源を消した。父曰く世界が更新されるのは20XXX年。あと10年後だ。この父との約束は俺だけに留めておこう。土砂降りな母を眺めながら俺は早く晴天になることを祈った。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

『おい、なにやってるんだ?正義(まさよし)。あと2時間で新年を迎えてしまうぞ?』

 

 携帯から低く冷静な声が聞こえる。

 

「ごめん、今バイト終わった。あー、あと30分くらいで着く」

 

 実際はあと50分は掛かるが、かなりサバを読んだ見積もりを提示した。

 

『あー、分かった。気をつけてくるんだぞ』

 

 ブチ、プープープー、と電話が切れる。用件を伝え終わると即電話を切るのは蝿(よう)の癖だ。癖の良し悪しはさておき、あー、の長さでなんとなくサバを読みすぎたことがバレた気がしたので駆け足で向かうことにした。

 

 酒の香りと明るい談笑が電車内をゆっくりと漂っている。大晦日のせいか普段の電車の中よりも心の余裕を感じる。

 

「おい、知ってっか?20XXX年は人類が滅亡するんだとよ」

 

「知ってる知ってる!今Z(ゼット)でバズってるよな。」

 

 向かいの座席に座っている2人組の男の会話が酒に掻き立てられたのかダイナミックに聞こえてくる。

 

「なんでも、10年前の行方不明事件を言い当てた人が言ってるらしいぜ」

 

「あぁ、あの何万人もの人が行方不明になったっていうやつな。あれなんだったんだろうな?」

 

 10年前の行方不明事件。父もその行方不明者の1人だ。父の他に何万人もの行方不明者が出ていたことは、ニュースで知った。当時は神隠しだの宇宙人に連れ去られただの、色々な憶測がネットを賑やかした。

 

 父の失踪から10年、俺は自分宛に届いたメールを一度たりとも忘れたことはない。

 

『20XXIX年12月31日から20XXX年1月1日に変わる時、世界が更新される。年越しジャンプは絶対にするな。お前はスペースウェポンの適合者だ。あっちで待ってる。』

 

 そして今日、このメールの内容通りだと世界が更新されるらしい。そして、なぜ年越しジャンプをしてはいけないのか、それが今日分かる。

 

『二子玉川〜二子玉川駅です——』

 

 気がつけば、目的地の駅へ到着した。向かいに座っていた2人組の男達もすでに降車していたようだ。携帯の電源をつけると22時42分と表示されている。年越しまであと1時間ちょっと。俺は、まだ完全に停車していない電車の揺れに備えながら扉の前に待機した。電車が完全に停車し扉が開き切る前にまるですり抜けるように、扉を抜け目的地まで走りだした。

 

 激しく踊る心臓を落ち着かせるように、息を大きく吸った。目の前には、見るからに安そうなアパート。今日は蝿の家で、年越しパーティーをする約束である。

 階段を登り207の数字を探す。207号室の表札には、『王豚(きみぶた)』と書かれている。ここが今日の目的地で間違いない。

 

 ふと、携帯を取り出し電源をつけた。時刻は22時54分。23時より早く着いたのは上出来だ。玄関扉の横、顔の高さに取り付けられたチャイムを鳴らす。年季の入ったブー、という音が鳴り響くと中から足音が聞こえ、玄関の扉が開いた。

 

「待ちくたびれたぞ、正義」

 

 青いストライプのシャツにスラックス、そしてリムレスメガネをかけた、茶髪の青年。この青年が俺の小学校からの幼馴染王豚 蝿(きみぶた よう)。

 

「ごめんごめん。バイトが長引いてさ」

 

「ご苦労様。どうぞ、入って」

 

 お邪魔しまーす、と言いながら家に入り玄関で靴を脱ぐ。玄関から数歩で着くワンルームの小さな部屋には、左にベッド、その向かいにテレビが置いてある。なにより、蝿らしさを引き立たせているのは、四方八方を埋め尽くす本棚である。

 

 机の上や床に散乱している本から、蝿が新たに得た情報を窺い知ることができる。蝿の家には何百回とお邪魔しているため、もはや自宅と変わらない居心地である。

 

「なぁ、また本増えてるくない?」

 

 俺はベッドに腰をかけ、枕元にある本をパラパラとめくる。そこには、色とりどりの宇宙人が写っていた。どうやら、宇宙人にも種類があるようだ。

 

「あぁ、この世界にはまだ僕の知らないことが沢山あるからな」

 

 蝿は左手に持っていた本をパタンと閉じ、そう言った。蝿の左手が本に触れていないところを見たことがない。常に情報を脳に入れておかないと気が済まないらしい。そして、たまに俺に対してアウトプットしてくれるおかげで俺は、似合わないうんちくばかり身に付いていた。

 

「あれ?まだ落兎(おと)は来てないの?」

 

 俺は小さな部屋を見渡しながら蝿に尋ねた。そこ、と蝿は人差し指をまっすぐ俺の足元へ差した。まさかな、と思いベッド下を覗き込むとチカチカと光を放つ物体。そして、その光に照らされた真っ白い少女の顔が暗闇の中浮いていた。

 

「おーい、落兎。またゲームしてんの?」

 

「……ん」

 

 狭くて暗い場所を好むこの生物は、堕馬 落兎(おちば おと)。蝿と同様、小学校からの幼馴染である。俺は、リュックサックのジッパーを開け、先ほどコンビニで買ったジャガスティックを取り出した。

 

「落兎、ジャガスティックいる?」

 

「……いら……ない……」

 

 俺は、蓋を開け、ジャガスティックを一本摘み出す。そして、ゆっくりと落兎の口元までジャガスティックを運んだ。

 

「はい、あーん」

 

「あ……ん……」

 

 ゆっくりと開く落兎の口へ、ジャガスティックを差し込む。落兎はゲーム以外、滅多に動かない。まさに怠惰を極めたような人間である。食べることも面倒くさいらしいので俺はこうして、定期的に落兎の餌付けをしている。

 

「なんのゲームしてんの?」

 

 ん、ともはや発声すらしているか怪しい声と共に、ゲーム機の画面をゆっくりとこちらに見せてくれた。画面には、ライフル銃と手が映っている。

 

「また、スナイパーのゲーム?毎日毎日、飽きないの?」

 

 落兎はゆっくりと頷き、再びゲームの中の戦場へと戻っていく。画面を見せてくれたり俺の質問に頷いてくれたりと今日の落兎はどこか上機嫌のようだ。

 

「それより、今日だよな」

 

 頭のてっぺんから蝿の声が聞こえる。俺は、ベッドの下を覗き込んでいた頭をゆっくりと元に戻し頷いた。

 

「今日……あと、30分後には世界が更新されるらしい」

 

「まぁ、にわかには信じ難いが……」

 

 蝿は、左手に持っていた本をパラパラとめくり始めた。そして、ページを捲る手を止めると俺にそのページを見せた。なにそれ、と言いながら俺は目を細め本を睨みつける。

 

「バックルームだ。年越しの瞬間にスカイダイビングをした男の話なのだが——」

 

「地球の重力や判定から外れて気がつけば、無機質で真っ白な世界に……」

 

 俺は、羅列した文字を読み上げ頭の中でスカイダイビングと真っ白い部屋を思い浮かべた。特大の年越しジャンプと共に視界が真っ白に染まり白い部屋に変わる。まぁ、あり得ない。あまりにも現実離れしている。まさに都市伝説だな、とそう思った。しかし、ふと父の最後のメールがチラつく。

 

『20XXIX年12月31日から20XXX年1月1日に変わる時、世界が更新される。年越しジャンプは絶対にするな。お前はスペースウェポンの適合者だ。あっちで待ってる。』

 

「あっちで待ってる……」

 

 ふと、漏れ出た声に自分でも驚く。まるで、喉に突っかかっていたものが吐き出た、そんな感覚がした。

 

「ん、どうしたんだ?正義。何か分かったのか?」

 

「——父さんは、バックルームに行ったのかもしれない」

 

「これは、あくまでも都市伝説だぞ?」

 

「まぁ、そうなんだけど……」

 

 蝿がパタンと本を閉じたと同時に、まるで催眠が解けたように我に返る。そんなわけないよな。現実に引き戻された俺の喉にはまだ違和感が残っていた。

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