三十四歳、塾講師。丹羽左門。
 異世界に転移したその男に与えられた使命は――世界を救うことでも、魔王を倒すことでもなかった。

 「この子を故郷へ帰す」

 ただ、それだけだった。


◇


 森で出会った少女は、主人が死ねば自分も死ぬという、とんでもなく物騒な契約を結ばされた奴隷だった。助けるために新しい主人になった結果、気づけば本当に主人になっている。

 しかも男は、この世界の常識を何も知らない。身分証はない。言葉も通じない。金は減る。少女には少女で、語りたくない事情がある。

 それでも、故郷へ帰りたいという彼女の願いを知った男は、できることから始めることにした。

 ところが、本人は普通に話しているつもりの言葉が、なぜか周囲には古い契約や魔法の詠唱に使われる、妙に格式張った言葉として聞こえているらしい。

 こうして、帰る家を失った少女と、帰る方法すら分からない男の旅が始まる。

 金を稼ぎ、旅の準備を整え、危険を乗り越え、少女を故郷まで送り届ける。

 その道のりは、思った以上に長い。

 そしてたぶん、思った以上に面倒くさい。

 これは、異世界で妙に物騒な立場になってしまった普通の男が、一人の少女を無事に家へ帰すため、地道に働きながら旅をする物語である。