ハイキュー世界でハイキューの漫画を描いちゃった話 作:テン吉
苦手な方はUターンしてどうぞ。
俺が8歳か7歳だった頃。
引越しする途中で休憩した道の駅。
そこで、ある人と出会った日のことを未だに俺は覚えてる。
道の駅では、父親と祖母が農協で出ている野菜を買いに行って俺は祖父と共にポツンと併設されていた公園にいた。
祖父はベンチに座ったかと思えばすぐに寝こけており、俺は喋ることなく砂場遊びをしていた。
そんな時に木の下で必死に鉛筆を動かしている女の子を見つけた。
チラッと裏に回ってキャンバスの中身を見てみれば、明らかに大人と同じくらい上手い絵が描かれており……。
俺は無言で見下ろした。
「……わ。ビックリした」
すると、こちらを振り返ってはにかむ可愛い女の子。俺よりも年下そうだった。
「何書いてるのか気になる?」
こくんと頷くと「ハイキュー」と教えてもらった。
聞けばドシャットをしているシーンが好きだと言う。
俺はそこでミドルブロッカーが気になり始めた。
ハイキューってなんだろう。
何を描いているのか、もう少し見ていたかった。
でも、祖父は相変わらずベンチで寝ているし、父親たちが戻ってきたら車に乗らなきゃいけない。子どもながらも俺には、それが分かっていた。
「……それ…………見てもいい?」
聞けたのは、そんな言葉だけだった。
女の子は一瞬きょとんとして、それから紙を少しだけこちらに傾けてくれた。
その絵を、俺はじっと見た。
ボールを打つ人。飛んでくるボール。それを遮る手。
さっき聞いたドシャットという言葉が、妙に頭に残った。
「鉄朗! そろそろ行くぞー!」
祖父の声で我に返った。
「……うん」
もう一度だけ振り返る。
女の子は、今度は俺の方を見ずに絵を描いていた。
名前くらい聞けばよかった。そう思ったのは、車に乗ってからだった。
結局ハイキューがなんなのか聞けずに俺は帰ってしまったけれど。
その答え合わせが出るのはそう時間が掛からなかった。
*
2回目に出会ったのは、バレーボールチームで自身の名前の黒尾鉄朗に反応された時。
「黒尾鉄朗です」
そう名乗った途端ざわつかれたもので、不思議な顔をしてればチームの1人が教えてくれた。
そこで「二次創作まとめ」というサイトを知った。
____これ、あの時の絵と似てる。
絵の雰囲気は「絵柄」と言うらしく、それがとてもよく似ていた。
最初は、ただ似ているだけだと思った。
でも、ブロックの絵を見た瞬間、道の駅で見たあの絵が頭に浮かんだ。
あの時の女の子が描いていた絵と、よく似ていた。
……いや、まさかな。
そう思いながらも、俺はその作者の名前を覚えた。
だから、研磨よりも先に作者モブさんを知っていたのは俺だった。
それでも、知らないフリをした。
「クロ、これ知ってる?」
ある日、研磨がガラケーの画面をこっちに向けてきた。そこに映っていたのは、見覚えのある絵だった。
……あ。
思わず声が出そうになって、慌てて飲み込んだ。
「なにこれ?」
「二次創作まとめ。俺たちの名前そっくりでまんま俺たちの漫画が載ってる」
「へえ。こんなのあるんだ」
我ながら、よくもまあそんな白々しい声が出たもんだと思う。研磨は気にした様子もなく、画面をスクロールしていた。
「この作者、絵うまいよね」
「……そうだな」
知ってる。
俺はこの絵を、誰よりも前から知っている。
「クロ、ミドルブロッカー好きそう」
「は?」
「この人、ブロックの絵が多いから」
「……へえ」
危なかった。
思わず、この人、ドシャット好きなんだよな、と口に出すところだった。
研磨が顔を上げる。
「……なんで今、ちょっと黙ったの?」
「いや? 別に?」
「ふーん」
猫みたいな目の瞳孔がこちらを捉える。俺は背筋が凍えた。絶対に疑っている。
こいつは昔から、興味のないことには驚くほど無関心なくせに、気になることには妙に鋭い。
「クロも読む?」
「気が向いたらな」
そう答えながら、俺は画面を見ないようにした。
見たら、何か言ってしまいそうだったから。
マジで危ねえ。
まさか、こんな形で再会するとは思わなかった。
攻略好きの頭脳みたいな幼なじみ。
好きなものを取られるのが怖くて、見た目よりビビりな俺はガラケーで研磨が画面を見せるまでは黙っていた。
作者モブさん。性別不明、年齢不明、出身不明の異例の新人。唯一分かるのはバレーボール好き。
だけど俺は女の子だって知ってる。
喋ったこともある。
唯一の情報。
それだけで誇りだった。
こっそり保存している漫画の1ページだって、研磨には内緒だ。自分の出ているページを見つけると、どうしても手が止まった。
俺が言いそうなこと。俺がしそうな顔。俺ならこうするだろう、という行動。
研磨には呆れられたけど血液の言葉だってお気に入り。
でも漫画の中の俺は、俺じゃない。
当たり前だ。描いているのは作者モブさんで、俺は現実に生きている人間なんだから。
……なのに。
「クロ、何ニヤニヤしてんの」
「してねーよ」
研磨に覗き込まれて、俺は慌てて画面を伏せた。
「またそれ読んでる」
「別にいいだろ」
「好きだね」
「……まあな」
_____好きだよ。
言葉にするとそれは熱を持った。
漫画が好きなのか、作者モブさんが好きなのか、それとも自分が描かれていることが嬉しいのか。
当時の俺には、まだうまく区別がつかなかった。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
作者モブさんが俺を描いてくれたページは、何度読んでも飽きなかった。
そして読み終わるたびに、いつか本人に会えたら聞いてみたいと思った。
どうして、俺だったんですか、と。
サイト終了後、研磨がこっそり見せてくれた漫画には全力で喜んだ。
研磨は主人公ではないことに嫉妬しているが、俺はあの子が知らないところで生きていて俺を描いていることに嫉妬した。
高校時代の細かいことはあえて省かせてもらおう。
漫画で語られていることだから。
……とはいえ、進路まで漫画に決めてもらったわけじゃない。
高校生の頃、俺は自分が将来何をしたいのか、よく分からなくなっていた。
バレーボールは好きだ。だけど、いつか選手としてプレーできなくなる日は来る。
その先、何をすればいいんだろう。
そんな時、作者モブさんの漫画を読んだ。
まさか最後の春高が終わったあとで、漫画の黒子鉄朗が出てくるとは思わなかった。
そこに描かれていたのは、試合の勝ち負けだけじゃなかった。誰かがバレーボールを好きになること。誰かがボールを追いかけ始めること。
俺が猫又先生のおかげでバレーボールが好きになったことも書いてあって、ちょっぴり泣いた。
ああ、そういう関わり方もあるのかと。
競技を続けるだけじゃなく、競技を知ってもらう側に回る。それが、俺の進路を考えるきっかけになった。
まさか将来、本当にバレーボールを広める仕事に就くとは思わなかったけど。
俺は大人になって、日本バレーボール協会競技普及事業部に配属になった。
社会人になってからも、習慣は変わらなかった。
仕事が終わって、家に帰って、風呂に入って、飯を食う。
それからスマホを開く。
紙の単行本も、公式アプリの最新話も追っている。
……いや、別に毎日やってるわけじゃない。たまたま確認したときに更新されていることが多いだけだ。
そういうことにしておく。
ある日、いつものように作品を読んでいたら、研磨からメッセージが届いた。
『新作読んだ?』
『今読んでる』
『そこ、前の話の伏線だったんだね』
……は?
慌ててページを戻した。
確かに、前の話にそれらしい描写がある。
俺が見落としていたところを、こいつは見つけていたらしい。
『よく気づいたな』
『クロ、ちゃんと読んでる?』
『読んでるわ!』
腹立つ。
いや、研磨が悪いわけじゃない。こいつは昔から、こういう細かいところを見つけるのが得意だった。
でも、作者モブさんの作品に関しては、俺だって負けたくない。
誰よりも早く読みたいし、誰よりも深く知りたい。
……我ながら、何と張り合っているんだか。
画面を閉じる。
もう一度、最初から読み直すことにした。
あーあ。社会人せっかくの休みをまさか大好きな漫画に使うとは。なんて贅沢な1日なんだろう。華金の夜にそう思う。
*
「いやぁ、作者モブさんは人気ですねえ。ぜひともJVAにてハイキューの絵を使わせていただきたく
あ、俺ですか? どうも、黒尾鉄朗ことクロです」
そう言うと、編集部長は大層面白そうな顔をした。
やはり作者モブさんはキャラクターの名前ギリギリの活動をしているらしく、逆に聖地巡礼とミラクル未来視が起きているから今のところお咎めなし状態らしい。むしろキャラクターに名前使われていることが誇りだと思う選手の方が多いそうな。
サイン会についての情報は、情報解禁前に知った。
JVAの橋渡しとして俺もちゃっかり貰うことに成功する。
サイン会は最後の枠だった。
連れられたスタッフに、あの選手やあの芸能人も来たんですよ!と言われてニヤニヤ顔が止まらなくなる。音駒高校出身の奴らも当選したやつがチラホラ居た。
さすが俺を描いた作者さん。
ちなみに、ここまで来る間、俺は何度も質問を考え直していた。
____どうして俺のことを描いてくれたんですか。
____あの日のこと、覚えていますか。
____いつからハイキューを好きだったんですか。
……いや、待て。
そもそも、あの子が作者モブさん本人だと決まったわけじゃない。絵柄が似ているだけの別人だったらどうする。
いやいや、あの絵柄は間違いない。俺が見間違えるはずがない。
じゃあ、何を聞く?
連絡先を聞くのは早すぎるか。いや、でも、今日を逃したら次はいつ会えるか分からない。
……そもそも、向こうは俺のことを覚えているんだろうか。
俺だけがずっと覚えていたんだとしたら?
……やめよう。
考えれば考えるほど、何を言えばいいのか分からなくなる。
いつもなら、適当に冗談を挟んで場を和ませるくらいできるのに。相手は大勢のファンを相手にしてきた有名な漫画家だ。俺だって、仕事で人と話すことには慣れている。
それなのに、たった一人の女の子を前にするだけで、こんなにも余裕がなくなるとは。
「……はあ」
思わず息を吐いた。
大丈夫。落ち着け、黒尾鉄朗。まずは、本人かどうか確かめる。
それから、話をする。それだけだ。
それだけなのに、心臓がうるさかった。
長い長い通路の先で、ようやくスタッフがドアが開ける。
「あかーし……無理。疲れた。帰ろ」
「いえ。あと1人残っています。あと第2回があるので我慢してください」
漏れて聞こえてきた声はあの時と少し大人になった声で。
俺がひょっこり顔を出すと、作者モブさんらしき人物は目をまん丸にさせた。
可愛い。
思ったより小さな小さな、作者モブさん。
【どうして俺のことを描いてくれたんですか?】
そんな言葉が喉に引っかかったけれど、急いで逃げられては困るので飲み込んだ。
「俺のこと……覚えてます?」
ナンパみたいだ、と誰かが言った気がする。
作者モブさんは目をぱちくりさせたかと思えば___酷く懐かしむかのような愛おしい顔をして。
「ええ、好きなくらい覚えてますよ」
と言った。
ドクドクと心臓が100キロのスパイクのように大きく跳ねる。
「あの、連絡先とか交かn」
「時間です」
「イヤイヤ待て赤葦!!嘘だから!!」
「ガチトーンで言ってましたよね」
どこぞのジェ○ードンみたいな(アイドルとの握手会で時間ですと引き離される)コントを赤葦と何故かやったが、俺は真剣だった。
こりゃ無理かな……と思ったら、作者モブさんは急にケラケラと笑い出す。
そして、「推しと推しが話してる!!」と言い放ったのだ。
「俺が推し……?」
「はい!私、黒尾さん好きなので」
作者さんの隣にいた赤葦がぎょっとした目で見る。対して俺は……あーーダメだ。
この感情は思い出として昇華させようと思ったのに。
なんで発熱のようにぶり返すのだろう。
「俺も……好き、です」
「やったー!連絡先交換しましょう!」
赤葦が「今度はアンジ○ッシュかよ」と呟く。
うるせー。俺だって熱意の方向性が違うことくらい分かるわ。
スマホでQRコード読み取って、SNS先に作者モブさんの名前を_____あ、うん。ここもモブって書いてあった。抜かりない。
ねえ、作者さん。
俺って結構熱が入りにくくて熱が冷めにくいんですよね。
そんな俺が作者さんに恋したって言ったらどーしますかね?
赤葦のことをチラ見すると「ストーカーにだけはならないでくださいね。あとは先生のプライベートですので」と、まるで俺のことを見透かしたようなことを言ってきた。
なるほどねぇ……この慣れた対応は俺以外にもワンチャンを狙っている男がいると見た。
「ニヤニヤして気持ち悪いです」
「赤葦くん酷くない!?」
「時間です」
「待っ、まさかお前も好きなの!?」
慌ててそう言うと赤葦がピタリと止まった。一瞬だけだけど。
「さあ?」
めちゃくちゃニッコリ笑顔で言われたんだが。
そのあと俺は1ヶ月悩みに悩んだ言葉を送って既読が付かないことにショックを受けるのであった。
サイン会の答え合わせ。
「ええ、(前世で)好きなくらい覚えてますよ」
「はい!私、黒尾さんが(推しとして)好きなので!」
いとも容易く行われるアンジャッ○ュ。