事態を重くみた帝国上層部は、周辺諸国に対して極秘裏に停戦を持ちかけた……。
廃墟となった村の、屋根の落ちかけた民家から漂う匂いは、戦場に漂うどの臭いとも異なっていた。
硝煙の焦げ臭さでも、腐敗した死臭でもない。
脂の弾ける香ばしい音と、肉汁の焼ける濃密な匂い。そして、どこか爽やかで鋭い、見慣れぬ青草の香り。
「おい、ムコーダ。まだか? 妾(わらわ)の腹はもう限界であるぞ」
「フェル、焦らすなよ。今ジョンソンヴィル……あー、この極太ソーセージをじっくり焼いてるところだから。火加減を間違えると肉汁が全部逃げちゃうんだって」
「きゅー! スイもソーセージたべるー! くだもの味のジュースも飲みたいー!」
「スイ、お前さっきオーク肉の串焼き5本食ったろ!? ……まあいいや、ジュースも出すから待ちな。ドラちゃんは?」
「俺は外の見張りついでにちょっと飛んできたけどさ、この村、完全に誰もいねえな。……ん? なんか遠くから鉄の匂いがする気もするけど、気のせいか?」
「えっ、鉄の匂い……? いやいや、ドラちゃん脅かさないでよ……」
異世界の風変わりな旅の一行——伝説の魔獣フェンリルのフェル、進化を続ける超規格外スライムのスイ、小粒ながらドラゴン族のドラちゃん、そして彼らに「餌」を供給する係として旅を続ける元・日本のサラリーマン、ムコーダ。
彼らはたまたま街道から外れた無人の廃村に立ち寄り、風よけとして比較的頑丈そうな廃屋の軒先を借りて遅めの昼食……いや、早めの夕食の準備を進めていた。
ムコーダが固有スキル『ネットスーパー』から購入したのは、全米No.1シェアを誇るあの燻製スライスタン、もといプレミアムソーセージ『ジョンソンヴィル』のチェダーチーズ入りとガーリック風味。それに、彩りと脂っぽさを切るためのシャキシャキした「かいわれ大根」、そして口直しの「生搾りオレンジジュース」である。
フライパンの上で、極太のソーセージがパチンと音を立てて皮を裂き、中から溶けた濃厚なチェダーチーズと溢れんばかりの肉汁が滴り落ちる。そこへ、さっと洗ったかいわれ大根を添え、粗挽き黒胡椒を振る。
ただそれだけの「手抜き料理」のはずだった。
だが、この世界——いや、**この「別の」異世界**において、その香りはあまりにも致命的な毒(いや、至高の誘惑)であった。
——カチャン。
鉄と鉄が触れ合う冷たい音が、廃屋の周囲から一斉に響いた。
「……ムコーダ。手を止めよ」
フェルの金の瞳が鋭く細まり、低い声が地に響く。
「え……? フェル、なに……?」
「包囲されているな。……人間の兵だ。数がそこそこおる。歩兵二個小隊、それに魔導師らしき気配が上空にいくつか」
「へっ!? 兵隊!? な、なんでこんな廃村に!?」
ムコーダが慌てて立ち上がると同時に、廃屋の朽ちた木扉が、静かに、しかし断固とした力で外側から押し開けられた。
飛び込んできたのは、無数の黒い銃口。
着ているのは、重々しいグレーの軍服。胸元には見慣れぬ鷲の紋章。そして、彼らが構えているのは剣や槍ではなく——見たこともない武骨なライフルだった。
「動くな! 帝国軍参謀本部直属部隊である! 手を頭の上に上げろ!」
「ひえっ……! 銃!? 本物の銃器火器!?」
ムコーダが悲鳴を上げて両手を挙げかけた、その瞬間。
包囲網の隙間から、長外套(トレンチコート)を羽織った老紳士が静かに歩み出てきた。
深く刻まれた皺、冷徹だが理知的な光を宿した瞳。胸元に輝く大将の階級章。
帝国軍最高幹部の一人、ハンス・フォン・ゼートゥーア参謀次長(大将)その人であった。
◇
「……報告にあった『妙な身なりをした流民』というのは、君たちのことか」
ゼートゥーアは低く落ち着いた声で言いながら、眼前の光景を冷徹に観察していた。
半年前——あのルーデルドルフ大将の暗殺計画と、それに続く帝都の大混乱。
東部戦線の泥沼化、周辺諸国との疲弊しきった消耗戦。帝国は今、歴史上最も危うい天秤の上に乗っていた。
ゼートゥーアはこの日、極秘裏に周辺諸国との「停戦会談」に向けた事前連絡線を確保するため、護衛部隊を引き連れてこの廃村の視察に訪れていたのだ。
そこに、突如として漂ってきた「存在し得ない香気」。
補給線が断絶し、前線の兵士たちが鋸屑混じりのパンと泥水のようなスープで飢えを凌いでいるこの時代に。
あまりにも濃密な脂の旨味、香辛料の刺激、そして何より——異様なほど高品質な「肉」の焼ける匂い。
(……毒ガス攻撃かと思ったが、これは……食料か?)
ゼートゥーアの視線が、ムコーダの持つフライパンに注がれる。
そこには、黄金色に焼き上がった太いソーセージと、鮮やかな緑のかいわれ大根。
「あの……僕たち、ただの旅人でして……怪しい者じゃありません! ほら、ご飯食べてただけで……!」
ムコーダが冷や汗をダラダラ流しながら弁明する。
だが、ゼートゥーアの隣に立つ副官が息を呑んだ。
「閣下……あれを……あの巨大な狼を……!」
ゼートゥーアの視線が、ムコーダの背後に控え、面倒くさそうにあくびをしている銀髪の巨獣——フェルに向けられた。
魔力探知を得意とする帝国の魔導将校たちが、一斉に顔色を蒼白にし、膝をガクガクと震わせている。
(な、なんだあの魔力量は……!? 兵器……いや、天災か!? 移動型の戦略級魔導兵器並みの存在感が、あの狼一匹から放たれている……!)
「落ち着け。刺激するな」
ゼートゥーアは短く命じると、自ら一歩前へ出た。
彼の政治的直感が狂おしいほどの警鐘を鳴らしていた。この「狼」と戦闘になれば、護衛小隊など一瞬で蒸発する。そして、その引き綱を握っているのは、気弱そうに手を挙げている目の前の青年だ。
「失礼した。我々はライヒ帝国の軍人だ。このような僻地に不審な反応があったため確認に来た。……危害を加えるつもりはない。手を下げたまえ、若者」
「は、はい……よかった……」
「……時に、不躾な質問だが」
ゼートゥーアの視線が、再びフライパンに戻った。
「その……香ばしい肉料理は、君が作ったのか?」
「え? あ、はい。ジョンソ……じゃなくて、ソーセージを焼いただけなんですけど……」
「……ほう。ソーセージ、か」
ゼートゥーアの腹が、クゥと小さく鳴った。
それは参謀次長としての矜持を傷つけるものであったが、連日の激務と劣悪な軍糧食に苛まれていた胃袋には、耐えがたい誘惑だった。
「閣下、毒の検分を……」
副官が制止しようとしたが、ゼートゥーアは手でそれを制した。
「若者。もし差し支えなければ……その料理、我々にも一口振る舞ってはもらえないだろうか? もちろん、正当な対価(帝国マルク)は支払う」
「えっ? あ、いいですけど……。フェル、いいかな?」
「ぬ……妾の分が減るのは面白くないが、まあ、そのソーセージならまだ袋(ネットスーパーの箱)に残っておったな。すぐに買い足すなら許す」
「わかったわかった! すぐ焼くから!」
ムコーダは慌てて『ネットスーパー』を開き(ゼートゥーアたちには空中に手をかざして何かを取り出しているようにしか見えない)、ジョンソンヴィルの大袋と追加のかいわれ大根、そして食パン(高級生食パン)を取り出した。
フライパンの上で再び弾けるチェダーチーズ。
じっくりと焼き上げたソーセージを、薄切りにした食パンに挟み、シャキシャキのかいわれ大根を添えて、ゼートゥーアと彼の副官、そして警戒を解かない護衛兵たちに差し出す。
「どうぞ、熱いので気をつけてください」
ゼートゥーアは無言でそれを受け取った。
見たこともない白い、柔らかすぎるパン。その間に挟まれた、暴力的なまでに極太なソーセージ。
(……ただのソーセージパンか。だが、この柔らかさは何だ? 帝国の黒パンのように噛み砕くのに鉄の顎が必要な代物とはまるで違う……)
意を決し、ゼートゥーアは一口齧りついた。
——**パリッ!!!!**
静寂な廃屋に、心地よい破裂音が響き渡った。
次の瞬間、ゼートゥーアの口内で**爆発**が起きた。
「〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
熱々の濃厚なチェダーチーズが溢れ出し、肉感溢れるジューシーな旨味とガーリックの香味が口腔全体を支配する。それを包み込む、しっとりと甘いパンの生地。さらに遅れてやってくる、かいわれ大根のピリッとした爽やかな辛みとシャキシャキした食感が、濃厚な脂分を見事に中和し、次のひと口を狂おしいほどに要求してくる!
「く、閣下!? 毒ですか!?」
副官が慌てて詰め寄るが、ゼートゥーアは手を挙げてそれを制した。
……噛む。
噛むほどに溢れ出る旨味。
ゼートゥーアは目を見開き、言葉を失っていた。
(なんだこれは……!? 我々が食べている『ソーセージ』とは一体何だったのだ!? 屑肉と澱粉を詰め込んだあの固形物と、この……口の中で肉汁がナイアガラの滝のように溢れ出る至高の芸術品が、同じ名で呼ばれて良いはずがない!)
「閣下……?」
副官もまた、手渡されたソーセージパンを口にし——次の瞬間、白目を剥いてその場に崩れ落ちそうになっていた。
「美味い……美味すぎる……! なんだこのパンは!? 雲を食べているのか!? そしてこの肉汁……我々の知る肉の概念が崩壊する……!」
周りの兵士たちも、ムコーダが追加で焼いたソーセージを口にするやいなや、「うおあぁぁぁ!」と男泣きを始め、むしゃむしゃと貪り食っている。
「スイもジュースのむー!」
「俺にもソーセージもう一本くれよ、ムコーダ!」
和気藹々とした(?)ムコーダ一行の様子を見つめながら、ゼートゥーアは静かにハンカチで口元を拭った。
その眼光は、先ほどまでの「腹を空かせた軍人」のものではなく、凄惨な外交戦を生き抜いてきた「冷徹な政治家」のそれに戻っていた。
「……素晴らしい。いや、恐ろしいと言うべきか」
ゼートゥーアはムコーダに向き直り、深く頭を下げた。
「君の料理には、兵の士気を一瞬で頂点に導く、あるいは敵の戦意を完全に喪失させるほどの『魔力』がある。……若者よ、名を何とおっしゃる?」
「あ、ムコーダです……」
「ムコーダ殿。単刀直入に提案したい」
ゼートゥーアは周囲の兵を遠ざけ、ムコーダの目を見つめた。
「来週、ここからほど近い『ヴェルダン子爵領の古城』にて、我が帝国と、連邦、そして周辺諸国との極秘『停戦会談』が行われる」
「て、停戦会談……?」
「そうだ。半年前のルーデルドルフ暗殺未遂劇以降、我が帝国の疲弊は限界に達している。諸国も同様だ。これ以上の泥沼は、全国家の共倒れを意味する。……だが、長年の血で血を洗う憎しみは容易には消えん。各国の代表者は皆、不信感と殺気で凝り固まっている」
ゼートゥーアは静かにフライパンを指さした。
「あの緊迫した戦勝祝宴あるいは講和の晩餐において……君のその『料理』を振る舞ってほしいのだ」
「えええええっ!?? 僕が!? 帝国の外交会談の料理を!?」
「報酬は望むままだ。金貨でも、帝国の通行許可証でも、爵位でも良い。……胃袋を掴むことは、最高の外交だ。あの偏屈で疑心暗鬼に陥った各国閣下どもの腹にこのソーセージとパンを叩き込めば、開戦派の鼻骨を折る以上の戦果が得られる」
「い、いやいやいや! 僕ただの旅の料理好き(?)ですよ!? そんな国家の存亡がかかった晩餐会なんて無理無理無理!」
ムコーダが全力で手を振って拒絶しようとした、その時であった。
——**ドドドドドドドドド!!!!**
空を切り裂く重低音が、廃村全体を揺らした。
「全小隊、撃ち方始めぇぇぇぇっ!!」
「敵襲——っ!? 空からだ! 連合王国の空中魔導脚部隊!!」
廃屋の屋根が破裂し、上方から無数の高爆薬魔導弾が降り注いだ!
◇
「な、なんだぁぁぁぁっ!?」
悲鳴を上げるムコーダ。
「チッ、鬱陶しい蜂どもが」と顔を顰めるドラちゃん。
煙と火炎が巻き起こる中、空中から降下してきたのは、英国風のカーキ色の軍服を身に纏った「連合王国軍」の参謀本部直属・特務魔導大隊であった。
「ゼートゥーアを発見! 帝国参謀本部の頭脳をここで討ち取れば、帝国の指揮系統は瓦解する! 停戦など断じて許すな! 帝国を破滅に追い込むのだ!」
講和を阻止し、帝国を完全解体に追い込もうとする連合王国主戦派の強襲部隊。
そして、その先頭で狂気に満ちた瞳をギラつかせている一人の少女——いや、若き女性魔導士がいた。
「ゼートゥーア……! ターニャ・デグレチャフの頭脳……! お前たちを殺せば、あいつ(ラインの悪魔)は必ず現れる……!」
彼女の名は、メアリー・スー。
かつてダキア戦線、そして数々の戦場で父・アンソン・スーをターニャに殺され、復讐の鬼と化した「神の加護を受けし怪物」であった。
メアリーの全身から、凄まじい量の三色の魔力が溢れ出ている。それはもはや人間の領域を超えた、神の奇跡という名の「異常」であった。
「死ねぇぇぇっ! 帝国の悪魔どもぉぉぉっ!!」
メアリーが多重魔導陣を展開し、巨大な収束魔導砲をゼートゥーアに向けて解き放とうとした——
その瞬間。
「……おい」
空気を引き裂くような、低く、重く、世界そのものを押し潰すような「声」が響いた。
「我の……食卓を……」
ゆっくりと立ち上がったのは、銀色の毛並みを揺らす巨大な獣——フェル。
「……汚すなと言っているのだ、**雑魚どもが**」
——**ズドォォォォォォォォォン!!!!**
フェルが放ったのは、攻撃魔法ではない。
ただの『威圧(プレッシャー)』。伝説級の神獣が、本気で不快感を示しただけの魔力の波動。
「がっ……!???」
空中で構えていたメアリー・スーの表情が凍りついた。
全身の細胞が、DNAレベルで「絶対的な死」を察知する。
神の加護? 三重の加護? そんなものが一切の意味を成さないほどの、圧倒的な『生態系の頂点』からの圧力。
「カハッ……!? ぐぁっ……!?」
メアリーの目、鼻、口から、鮮血が噴き出した。
血反吐を盛大に撒き散らしながら、彼女の多重魔導陣は一瞬で霧散。
「あ……あぁ……神よ……なに……この……化け物……っ!?」
メアリーだけではない。同行していた連合王国の空中魔導兵たちが、次々と悲鳴すら上げられずに白目を剥き、空中からポロポロと墜落していく。
「ヒッ……ひいいいっ! 撤退! 撤退だぁぁぁっ!」
「モンスターだ! 帝国は怪物と同盟を結んだぞ!」
血塗れになったメアリーは、生き残った部下に抱えられながら、半狂乱になって捨て台詞を吐き捨てるのが精一杯だった。
「覚えておれ……帝国……! ターニャ・デグレチャフ……! 吐血……カハッ! ぜったいに……許さない……っ!」
血反吐を撒き散らしながら、連合王国部隊は蜘蛛の子を散らすように空の彼方へ逃げ去っていった。
敵の奇襲開始から、わずか数十秒。
フェルが一言呟いただけの結末であった。
◇
「……あ、圧倒的すぎる……」
ゼートゥーア副官が震える手で眼鏡を直す。
帝国軍の最新鋭魔導大隊すら手移する連合王国の英傑(メアリー)を、ただ息を吐くだけで血反吐を吐かせて撃退した。
ゼートゥーア大将は、冷や汗をひとつ流しながらも、その瞳に確信の光を宿した。
(素晴らしい。この者たちの武力、そしてあのアース(地球)由来の異次元の食糧供給能力……。これこそが、我が帝国を破滅から救う最後のピースだ)
ゼートゥーアは崩れかけた壁の影へムコーダを呼び寄せた。
「ムコーダ殿」
「は、はいぃっ!」
「先ほどの襲撃で理解できたはずだ。周辺諸国の状況は熾烈を極めている。このままでは停戦会談など、開幕数分で血の海と化すだろう」
「うぐぐ……なんか物凄い物騒な世界ですねここ……僕たちのいた世界(異世界)も魔物とかいましたけど、銃とか爆弾が飛び交うのはちょっと……」
「だからこそだ」
ゼートゥーアは胸ポケットから、一通の密約書を取り出した。最高級の羊皮紙に、帝国の漆黒のろうそく印が捺されている。
「ここで私と『密約』を交わしてほしい。君たちが来週の晩餐会で料理を振る舞い、会談を平和裏に成功させてくれるならば……帝国は君たち一行を『国家最高客分』として保護し、この世界におけるあらゆる物資、自由な通行権、そして君たちの探している元の世界(あるいは安全な領域)への帰還ルートの全力を挙げた捜索を約束しよう」
「帰還ルートの捜索……!」
ムコーダの胸が躍った。フェルたちとの旅は楽しいが、やはり元の日本の文明生活が恋しいのも事実。
「……それに、ムコーダ」
フェルが後ろから鼻息を吹きかけてきた。
「あの『ジョンソンヴィル』なる肉、そして先ほどの『高級生食パン』とやらは、まだまだストックがあるのだろう? 妾は、あの晩餐会とやらに行けば、さらに美味いものを腹いっぱい食えるのではないかと踏んでおるのだが?」
「スイもー! 美味しいごちそう、いっぱい食べたいー!」
「俺も美味い肉なら大歓迎だぜ!」
従魔たちが乗り気になってしまっては、従属関係の怪しい主人(ムコーダ)に拒否権はない。
「……わかりましたよ! わかりました! やればいいんでしょ、晩餐会の料理長!!」
「感謝する、ムコーダ殿」
ゼートゥーアは満足げに薄く微笑み、ムコーダと固い握手を交わした。
こうして、異世界の胃袋を預かる男と、帝国の冷徹な参謀次長との間に、歴史を揺るがす『極秘密約』が成立したのである。
◇
——数日後。帝国東部戦線、某基地。
半年前のルーデルドルフ暗殺未遂劇、そしてそれに伴う激戦の負傷からようやく癒えた一人の少女が、自室の執務机で書類と向き合っていた。
金髪に青い目。あまりにも幼く、人形のように可愛らしい容姿。
しかし、その肩に付けられた階級章は「中佐」。
第二〇三航空魔導大隊大隊長、ターニャ・フォン・デグレチャフ中佐である。
「……ふぅ」
ターニャは小さく息を吐き、冷めきった劣悪な代用コーヒー(チコリの根を煎じた泥水のようなもの)に口を付けた。
(……まったく、参謀本部の老人どもは何を考えているのだ? ルーデルドルフ閣下が倒れてからというもの、ゼートゥーア閣下の独裁体制が強まっているが……今度は『停戦会談の晩餐会』だと?)
手元に届いた最高機密指令書を眺めながら、ターニャは眉をひそめた。
指令書にはこう書かれていた。
『第二〇三魔導大隊は、来週執り行われるヴェルダン城での停戦会談において、会場の絶対防衛、および特別招聘された“民間料理人御一行”の警護を最優先任務とする』
(民間料理人……? 狂ったか、参謀本部? この泥沼の戦況下で、わざわざ料理人を外部から招き入れて警護させろだと? 存在X(神)の悪戯か、あるいはゼートゥーア閣下の精神がついに限界を迎えたのか……?)
ターニャは苛立ちを隠せないまま、書類のページをめくった。
そこには、警護対象者のリストが添えられていた。
名前:ムコーダ(詳細不明の東洋系男性)
同行者:大型の超常個体(危険度:測定不能)、スライム型個体、小型竜型個体。
「……は?」
ターニャの幼い顔が、劇的に引きつった。
(ちょっと待て。大型の超常個体? スライム? ドラゴン?? 参謀本部はついに童話の絵本でも読み始めたのか??? 効率と理性を重んじるはずのゼートゥーア閣下が、なぜこんな意味不明な存在を重要拠点に招き入れる??)
ターニャは頭を抱えた。
前世は合理主義の塊のような日本のエリートサラリーマン。現世では幼女の皮をかぶった悪魔と恐れられる超人。
そんな彼女の「常識」が、音を立てて崩れ去ろうとしていた。
「……まあいい。どのような企みであろうと、私は与えられた職務(警護)を完遂し、後方の安全なデスクワークへの道を切り拓くまでだ」
ターニャはコーヒーカップを置くと、不敵な、しかしどこか諦観に満ちた笑みを浮かべた。
「来週の晩餐会か……。せいぜい、その『民間料理人』とやらが、私の胃袋を満足させられるような代物を出してくれることを祈るとしよう」
彼女はまだ知らない。
その「民間料理人」が自分と同じ**日本の元サラリーマン**であり、彼がもたらす『ネットスーパー』の料理が、帝国、そして世界の運命を狂わせていくことを——。
ヴェルダン子爵領の古城。かつては貴族の絢爛豪華な夜会が繰り広げられたであろうその別荘は、いまや重厚な無骨さを纏う帝国軍の厳戒態勢下にあった。城の全域には第二〇三航空魔導大隊が配置され、上空には冷徹な眼光で見張りを立てる魔導兵たちが旋回している。
その厨房の裏手、薪が積み上げられた静かな中庭で、ムコーダはため息を吐きながらパイプ椅子に腰かけていた。
「はぁ……なんで俺がこんな世界の大一番でシェフやらなきゃいけないんだよ……」
「おい、ムコーダ。ため息をつく暇があるなら肉の仕込みをしろ。明日は肉が腹いっぱい食えるのだろうな?」
「スイもねー、お肉たくさんたべたいー!」
「おいおいフェル、スイ、焦らすなって。ネットスーパーで買い出しは済ませてあるけど、相手は一国の幹部連中だぞ? ミスったら首が飛ぶ……いや、フェルたちがいるからそれはないにしても、胃腸に穴が空きそうだわ」
ムコーダが頭を抱えていると、カツン、カツンと、軍靴の固い音が暗闇から近づいてきた。
「——夜間の単独行動は感心しませんね、民間人の料理人殿」
そこに立っていたのは、軍服に身を包んだ幼い少女であった。金髪のショートヘアに、澄んだ青い目。しかしその全身から漂う雰囲気は、百戦錬磨の将校そのもの。第二〇三航空魔導大隊長、ターニャ・フォン・デグレチャフ中佐である。
「ひえっ!? あ、警護の……デグレチャフ中佐!」
「中佐で構いませんよ。……ふむ、あなたがゼートゥーア閣下を唸らせたという料理人ですか。思ったよりも……ごく普通の、どこにでもいそうな青年に見えますが」
ターニャは冷徹な眼差しでムコーダを上から下まで観察する。その鋭い観察眼は、ムコーダの立ち振る舞い、手の甲の皮膚、そして醸し出す雰囲気を一瞬で見抜いていた。
(……立ち姿に軍人の癖がない。魔法の素養も極めて低い。だが、この圧倒的な『所帯じみた空気』と『余裕』……。待て、この所作、どこかで……?)
ターニャはふと、ムコーダが手持ち無沙汰そうに弄っていた『ネットスーパー』の透明な画面(ターニャからは空中に浮く不可視の魔力痕に見えている)と、彼の呟いた言葉のイントネーションに引っかかりを覚えた。
「……あなた、日本の……東京の人間ですね?」
「——えっ!?」
ムコーダの体が跳ね上がった。
「な、なんでそれを……!? 僕、日本語なんて喋って……いや、この世界の言語翻訳魔法が……」
「立ち振る舞いと、何よりその『サラリーマン特有の疲弊した背中』ですよ。私も……前世は日本のサラリーマンでしたからね」
ターニャは小さく鼻を鳴らし、誰も聞こえないような低い声で言った。
「……マジですか……。こんな幼い女の子が……前世日本人……?」
「事情は複雑ですので詮索は無用です。しかし……まさか異世界で同郷の者、それも『料理人』の皮をかぶった一般人に会うとはね。存在Xの嫌がらせかと疑いましたよ」
「ははは……(存在Xってなんだろう……)。でも、なんかちょっと安心しました。同じ日本の感覚がわかる人がいるだけで……」
ムコーダはほっと胸を撫でおろし、手元の『ネットスーパー』の画面を操作した。
「あ、そうだ。実は最近、ネットスーパーに新しいテナント……『クランド(KURAND)』って酒専門のコーナーがオープンしたんですよ。同郷のよしみってわけじゃないですけど……これ、どうぞ。お疲れみたいですし」
ムコーダが取り出したのは、シックなラベルが貼られた美しいガラス瓶。
**『シェリー樽香るコーヒーリキュール』**。
「これは……酒ですか? 私の今の身体は未成年(幼女)ですが……」
「まあまあ、前世は大人だったんでしょ? これ、シェリー樽で熟成させたウイスキーのような芳醇な香りに、濃厚なコーヒーの苦味と甘みが混ざっためちゃくちゃ美味いリキュールなんです。ロックでもいいですし、ミルクで割っても絶品ですよ」
「……ほう」
ターニャの目が、微かに光った。この世界(帝国)の酒といえば、粗悪な芋焼酎か、酸っぱすぎる安ワイン、あるいは泥のような代用コーヒーくらいしかない。前世で高級な酒やBARの味を知っているターニャにとって、それは喉から手が出るほど欲していた「文明の味」であった。
「……頂戴しておきましょう。警護の『手当』としてね」
そこへ、重厚な足音がもうひとつ重なった。
「ほう……夜の風にあたりながらの酒談義か。混ぜてもらっても構わんかね?」
闇の中から現れたのは、長外套を纏ったゼートゥーア大将であった。
「閣下!」ターニャが即座に敬礼する。
「よい、デグレチャフ中佐。今夜は固い礼儀は無用だ。……ムコーダ殿、明日の備えは万全かな?」
「あ、ゼートゥーア閣下。はい、なんとか……。あ、よろしければ閣下も一杯いかがですか? 今、同郷の……あいや、デグレチャフ中佐にお酒をお渡ししていたところで」
「ほほう、酒か。帝国の敗戦寸前の惨状において、まともな酒など久しく口にしていないな」
ムコーダはクランドの『シェリー樽香るコーヒーリキュール』を小さなグラスに注ぎ、氷(スイに作ってもらった綺麗な氷)を浮かべてゼートゥーアに手渡した。
ゼートゥーアはグラスを受け取り、ゆっくりと傾ける。
深みのある琥珀色。そして立ち上る、芳醇な樽の木香と、香ばしいコーヒー豆の香気。
「……ぬ!?」
一口含んだ瞬間、ゼートゥーアの深い皺の刻まれた顔が強張った。
「これは……何という深みだ。ウイスキーのような重厚な木樽の香りの裏に、極上の珈琲の苦みと甘味が完璧な調和を保って溶け込んでいる……。これが……リキュールというものなのか?」
「ふふん、美味しいでしょう? 日本の職人が拘り抜いて作ったお酒ですから」
「……素晴らしい。我が帝国の最盛期であっても、これほどの至高の酒は存在しなかった。……ムコーダ殿」
ゼートゥーアはグラスを掲げ、ムコーダに向かって静かに微笑んだ。
「明日の会談……我が帝国の、いや世界の運命を賭けた晩餐となる。君の『食』と『酒』の力に、我が帝国の未来を託そう」
「は、はい……! 全力を尽くします!」
ムコーダとゼートゥーアはカチンとグラスを合わせ、静かに盃を交わした。その傍らで、ターニャは大事そうにリキュールの瓶を抱えながら、満足げに喉を鳴らしていたのだった。
翌朝。決戦の日の早朝である。
ムコーダは早起きし、厨房でネットスーパーの画面を開いた。
「さて……昨日はクランドが追加されたけど、今日のラインナップはどうなってるか……」
画面をスクロールした瞬間、ムコーダは「ぶっ!!」と勢いよく唾を吹き出した。
「な、なんだこれぇぇぇぇぇぇ!!!???」
画面の上に踊る、見慣れた、しかしこの異世界においては絶対に見るはずのない5つの巨大なロゴマーク。
* **『クランド (KURAND)』**(酒類専門のオンラインストア)
* **『成城石井』**(高級スーパーの代名詞)
* **『カルディコーヒーファーム (KALDI)』**(輸入食品・世界各地のスパイスの宝庫)
* **『OK (オーケー)』**(高品質・Everyday Low Priceの最強スーパー)
* **『角上魚類』**(日本最高峰の鮮魚専門チェーン)
「増えてるううううっ!? 一気に4つも新しいテナントがオープンしてるんだけど!? カルディに成城石井にOKに、角上魚類まで生えてきたぞおい!!」
「ムコーダ、朝から煩いぞ。それより朝飯はまだか」
フェルが眠そうに目を擦りながら厨房に顔を出す。
「フェル! 見ろよこれ! 角上魚類だぞ!? 鮮魚だ! 本物のピチピチの日本の魚介類が手に入るんだよ!!」
「ぬ? 魚か。悪くはないが、肉の方が良いぞ」
「肉もある! 成城石井の高級肉も、OKの爆安ドカ盛り肉も、カルディの輸入スパイスも全部ある! ……よし、決まった!! 今日の停戦会談のフルコース、これで完璧な布陣が組める!!」
ムコーダの脳内で、料理の構想が一気に組み上がっていく。
日本の知恵、世界の味覚、そして日本の食文化の極致を詰め込んだ、奇跡の「異世界停戦フルコース」が——。
ヴェルダン城の大食堂。
重々しい長円形のテーブルを挟み、血で血を洗う戦いを繰り広げてきた各国の幹部たちが着席していた。
正面中央には、帝国参謀次長ハンス・フォン・ゼートゥーア大将。
その隣には、冷徹な表情で護衛につくターニャ・フォン・デグレチャフ中佐、そして汗をダラダラ流しながら緊張に震えるヴィクトリヤ・イヴァノヴナ・セレブリャコーフ(ヴィーシャ)少尉。
対面には、連合王国の特命全権大使および高官たち。さらには周辺諸国の代表幹部が、お互いを睨みつけ、いつ銃火器を引き抜いてもおかしくない殺伐とした空気を漂わせていた。
「……ゼートゥーア閣下。このような僻地の古城に我々を呼び出し、講和だと? 帝国も焼きが回ったのではないか?」
連合王国の高官が挑発的に吐き捨てる。
「まあ待たれよ、大使。腹が減っては戦も、交渉もできん。まずは我が軍が用意した『ささやかな晩餐』を楽しんでいただきたい」
ゼートゥーアが静かに鐘を鳴らした。
パッと扉が開き、白い調理服を着たムコーダと、給仕係として借り出された帝国の給仕兵たちが手料理を運び込んできた。
#### **一品目:前菜(カルディ)**
**『生ハムとランプフィッシュキャビアとクリームチーズのライムリーフドレッシング和え』**
銀のプレートに乗せられて運ばれてきたのは、鮮やかなピンク色の生ハムに、黒く輝くランプフィッシュキャビア、そして濃密なクリームチーズ。そこに、カルディ特製の鮮烈なライムリーフ(バイマックルー)の爽やかな香りが漂うドレッシングがかかっている。
「……ほう? これはまた、奇妙な香草の香りがするな」
連合王国の高官が眉をひそめながら、フォークで一口運んだ。
次の瞬間、高官の目が大きく見開かれた。
「な……なんという爽やかさだ……!? 生ハムの熟成された塩気と、キャビアのコク、濃厚なクリームチーズのまろやかさを……このライムリーフのエキゾチックで鋭い青香が、全てを完璧にまとめている! 東南アジアの香草のようでありながら、気品に満ちている……! 我が連合王国の伝統料理には存在しない、未知の香気の魔術だ!」
「おお……! 美味い! 食欲が爆発しそうだ!」
周辺諸国の幹部たちも、一瞬で前菜を平らげた。
#### **二品目:スープ・麺(OK)**
**『加賀野菜マーラータン・刀削麺入り』**
続いて運ばれてきたのは、深赤色のスープから湯気が立ち上る小鉢。OKストアから調達した本格四川風麻辣湯(マーラータン)のスープに、シャキシャキの加賀野菜(蓮根や金時草)、そしてモチモチとした食感の刀削麺が泳いでいる。
ターニャはその器を見た瞬間、前世の記憶が鮮明に蘇った。
(……これは! 四川麻辣湯に刀削麺!? 前世で丸の内のオフィス街でよく同僚と食べたあの味か……! 懐かしい……泣きそうだ……!)
ターニャは優雅さを保ちつつも、猛烈な勢いで刀削麺を啜った。唐辛子の花椒(ホアジャオ)の痺れる辛さと、出汁の深みが疲弊した体に染み渡る。
「うぐっ……! か、辛いです……! ターニャ中佐、辛すぎます……っ! 鼻水が……っ!」
ヴィーシャが顔を真っ赤にして水をガブ飲みしている。
「何を言っているセレブリャコーフ少尉。この辛味覚こそが身体を温め、思考を明晰にするのだ。残すなよ」
ターニャは心の中で(うまぁぁぁい!!)と絶叫しながら、スープまで完飲した。
#### **三品目:魚料理(角上魚類)**
**『秋サンマの塩焼き〜大根おろしとスダチ、特選醤油を添えて〜』**
厨房から香ばしい煙とともに運ばれてきたのは、角上魚類で仕入れた、丸々と太った最高級の「秋サンマ」。皮目はバリッと黄金色に焼かれ、溢れ出る脂がバチバチと音を立てている。横には雪のように白い大根おろしと、青々としたスダチ、そして香ばしい日本の醤油。
「さ、魚だと……? 焼き魚など、兵士の陣中食のような粗末なものを晩餐会に出すのか!?」
周辺諸国の幹部が不満を漏らした。
しかし、ゼートゥーア大将の指示で、給仕兵がスダチをキュッと絞り、大根おろしに醤油を数滴垂らしてサンマの身に乗せる食べ方を実演する。
幹部たちが半信半疑で、箸(またはフォーク)でサンマの身を口に運ぶ。
——**ジュワッ……!**
「なっ……!?????」
幹部たちの体に衝撃が走った。
「皮の香ばしさ、そして……この腹の脂の甘みと苦み! それを……この『大根のおろし』と『スダチ』の酸味が奇跡的なまでに脂っぽさを消し去り、後味を極上の爽やかさに変えている! そしてこの黒い調味料(醤油)の香ばしさは何だ!? 魚の生臭さが完全に旨味へと昇華されている!!」
隣で見ていたレルゲン参謀(大佐)も、少し納得したように頷いた。
「……なるほど。素材の持つ脂と苦味を、酸味と塩気で極限まで引き立てる……。派手なソースで誤魔化す我が国の宮廷料理とは真逆の、『引き算の美学』か。理解できる……この深みが」
#### **四品目:サラダ(カルディ×成城石井)**
**『パンチェッタと京野菜のシーザーサラダ・成城石井特製シーザーサラダドレッシングがけ』**
カリカリに炒めたカルディのパンチェッタ(塩漬け豚バラ肉)と、成城石井から取り寄せたシャキシャキの京野菜(水菜や九条ネギ、壬生菜)。そこに、成城石井の超人気商品『自家製シーザーサラダドレッシング』が贅沢にかけられている。
これには、会場に同席していた帝国の専属宮廷料理人たちが裏で頭を抱えていた。
「バ、バカな……! あの白濁したドレッシングの濃厚さは何だ!? チーズとニンニク、そしてアンチョビのコクが完璧な黄金比率で配合されている……! 我々が何十時間もかけて作るドレッシングが、あの瓶一本の液体に敗北するというのか……!?」
「うむ……この野菜のシャキシャキ感とパンチェッタの塩気、ドレッシングのコク……永遠に食べていられるな」
レルゲン参謀もボウルごと抱えて食べたい衝動を必死に抑えていた。
#### **五品目:主菜(肉)(ほりにし)**
**『アウトドアスパイス「ほりにし」で焼き上げたカナダビーフの極上ブリスケット』**
メインの肉料理。成城石井・OKの肉コーナーから厳選したカナダ産牛肉のブリスケット(肩バラ肉)を、あの万能調味料『ほりにし』をこれでもかと擦り込んでじっくりと炭火焼きにした逸品。
ターニャはその香りを嗅いだ瞬間、前世のキャンプブームを思い出していた。
(……ほ、ほりにしだぁぁぁぁっ!? ガーリック、塩、醤油、フランス塩、黒胡椒、陳皮、ヘーゼルナッツ……あの伝説の万能スパイス『ほりにし』ではないか!! 懐かしすぎる!!)
一方、ヴィーシャとレルゲン参謀は一口食べて目を見開いた。
「んんん〜〜〜っ!! なんという複雑で野性的な味付け……! ガーリックのパンチと、何種類ものハーブとスパイスが、肉の旨味を極限まで爆発させています!」(ヴィーシャ)
「未知の味覚だ……。単なる塩胡椒ではない。舌の上で十数種類の香辛料が百花繚乱のごとく咲き誇る……。このスパイスの調合、我が国の軍用糧食に取り入れられんものか……?」(レルゲン)
#### **六品目:中華主菜(カルディ)**
**『名古屋コーチンのよだれ鶏・カルディ特製よだれ鶏ソースがけ』**
しっとりと蒸し上げられたブランド鶏「名古屋コーチン」の胸肉に、カルディの『よだれ鶏の素』から作った、ゴマのコクとラー油の辛味、黒酢の酸味が効いた赤黒いソースがたっぷりとかかっている。
「思い出しただけで口からよだれが出る」という由来の通り、その芳醇な香りは会場全体を包み込んだ。
「ふむ……これは東の大国(中華)の伝統料理に酷似しているな」
ゼートゥーア大将が静かに口に運ぶ。
「鶏肉のしっとりとした柔らかさもさることながら、このタレだ。辛味、酸味、甘味、そしてゴマの香ばしさ。複雑に入り組んだ味が、喉を通った後も口内に残り、酒を欲させる……!」
「辛い……辛いですが……おいしいですぅ……!」
ヴィーシャは涙目になりながらも、フォークを止めることができない。
#### **七品目:締めのごはん(ネットスーパー×角上魚類)**
**『かごしま黒豚の絶品魯肉飯(ルーローハン)』**
コースの締めとして運ばれてきたのは、小さな丼に入った魯肉飯。かごしま黒豚のバラ肉を、八角(スターアニス)と五香粉、甘辛い醤油ベースのタレでトロトロになるまで煮込み、固ゆで卵とともに白いご飯(ネットスーパーの新潟県産コシヒカリ)の上に乗せたもの。
ターニャは一口食べて、目を閉じた。
(……台湾だ。出張で行った台北の夜市……あの熱気と香りが脳裏に浮かぶ……。八角の香気と、トロトロに溶けた豚の脂……そしてこの米! 新潟産コシヒカリの圧倒的な立ち上がりと甘み! 素晴らしすぎる……!)
一方、西洋風の食文化しか知らないレルゲン参謀は、少し戸惑いながらも箸を進めた。
「む……米の上に肉の煮汁と脂をかけるだと? 我が国のマナーでは考えられんが……しかし……う、美味い! 米の一粒一粒に肉の旨味が染み込んでいて、かきこみたくなる……!」
#### **八品目:至高の酒(クランド)**
**『人魚のおさけ』**
食事が終盤に差し掛かったところで、ムコーダが満を持して提供したのが、クランドの新商品。
深海を思わせる神秘的なブルーのボトル。グラスに注ぐと、まるで人魚の涙のように美しい、透き通ったエメラルドグリーンの液体が揺れる。
「……これは……何という美しい酒だ……」
連合王国の高官たちが息を呑む。
「『人魚のおさけ』です。爽やかなライチとフルーティーな葡萄の香りが広がる、極上のプレミアムリキュールですよ」ムコーダが微笑む。
ゼートゥーアと連合王国高官が、同時にグラスを傾けた。
爽やかで優美な甘み。まるで海風が吹き抜けるかのような、圧倒的な清涼感とエレガントな余韻。
「……素晴らしい」
連合王国の高官が、深いため息をついた。
「ゼートゥーア閣下……我が国は、帝国とこのような至高の食文化を共有できる未来があるというのなら……無意味な戦争を続ける意味などないのかもしれないな」
「同感だ、大使。戦場で血を流すよりも、このテーブルで至高の酒を酌み交わす方が、遙かに理にかなっている」
殺伐としていた会場の雰囲気が、一瞬で和やかな「講和の空気」へと塗り替えられていった。
#### **九品目:デザート(成城石井)**
**『成城石井自家製 プレミアムチーズケーキ』**
最後のデザートとして運ばれてきたのは、成城石井の代名詞とも言える『プレミアムチーズケーキ』。濃厚なクリームチーズのベースに、サクサクのシュトロイゼル、そしてスライスアーモンドとレーズンがアクセントとして散りばめられている。
これが運ばれてきた瞬間、会場の雰囲気が再び激変した。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!????」
女性陣……特にヴィーシャの目が、見たこともないほどの輝きを放った!
「な、なんですかこれはぁぁぁぁぁぁっ!???」
ヴィーシャがフォークで一口口に含んだ瞬間、その顔は蕩けきり、天にも昇るような恍惚の表情を浮かべた。
「濃厚……! なんですかこのチーズの濃密さは!? そして上に乗っているサクサクした生地と、香ばしいアーモンド、甘酸っぱいレーズン……! 全ての食感と味が完璧なハーモニーを奏でています!! 幸せ……私、今なら死んでもいいです……!」
「セレブリャコーフ少尉、死んでは困る。しかし……これは確かに……狂気的なまでの完成度だな……」
ターニャも一口食べ、その濃厚な旨味に脳が痺れるのを感じていた。前世のデパ地下スイーツすら凌駕する、成城石井の底力。
連合王国や周辺諸国の女性将校や幹部たちも、完全に理性を失い、むしゃむしゃとチーズケーキを貪り食っている。
こうして——。
誰もが予想だにしなかった「食の暴力」によって、冷酷な政治的駆け引きは雲散霧消し、帝国と周辺諸国との『停戦協定』は、満場一致で無事に締結されたのであった。
「……感謝する、ムコーダ殿。君のおかげで、世界は破滅の淵から救われた」
翌朝。ヴェルダン城の中庭にて、ゼートゥーア大将とターニャ中佐がムコーダを見送っていた。
ゼートゥーアはムコーダの手を固く握り、重厚な革袋を手渡した。
「約束の報酬だ。帝国最高位の金貨500枚、そして我が帝国の全領土を自由に通行できる『特別永久通行許可証』だ。さらに、君の探している元の世界への手がかりとして、我が軍の魔導図書館に眠る古代転移魔法の文献の写しも添えてある」
「あ、ありがとうございます……! 助かります!」
ターニャも一歩前へ出ると、大事そうに抱えていた小さな木箱をムコーダに差し出した。
「……これは私個人からの礼です。第二〇三魔導大隊が戦場で回収した、貴重な『高純度魔導結晶』です。あなたのその……従魔たちの食事や、魔法の触媒として役立ててください」
「デグレチャフ中佐……ありがとう。あ、これ、予備の『シェリー樽香るコーヒーリキュール』と、成城石井のプレミアムチーズケーキ3本入っといたから。後でヴィーシャさんと食べて」
ターニャの目が一瞬丸くなり、すぐに嬉しさを噛み殺すような不敵な笑みを浮かべた。
「……ふん、買収には乗りませんが……頂戴しておきます。……達者で過ごしなさい、元・サラリーマン」
「あなたもね、元・サラリーマンさん。身体には気をつけて!」
ムコーダたちはフェルの背に乗り、帝国の古城を後にしたのだった。
数日後。
帝国領を抜け、穏やかな草原地帯を旅していたムコーダ一行。
「ふぅ……一時はどうなるかと思ったけど、無事に終わってよかったなぁ」
「ムコーダ、昨日の魚の塩焼きとやらは美味かったぞ。またあの『カクジョウ』というところで魚を買え」
「スイもチーズケーキまたたべたいー!」
「ドラちゃんもサンマ気に入ったろ?」
「おう! 大根おろしってのが意外と肉や魚に合うんだな!」
和気藹々と歩を進めていたその時——。
——**ドドドドドドドドド!!!!**
暗雲が立ち込め、上空から数十機の空中魔導兵が降下してきた!
その先頭に立つのは、全身からドス黒い負のオーラと血走った眼光を放つ少女——メアリー・スーであった!
「見つけたぞ……! 帝国の狗(いぬ)どもめぇぇぇぇっ!!」
メアリーは血反吐を吐きながらも、復讐の狂気だけで立ち上がっていた。
「停戦など……停戦など断じて認めない! 帝国は滅びなければならないの! パパを殺したターニャ・デグレチャフも、帝国に協力したお前たちも……全員ここで死ねぇぇぇぇっ!!」
メアリーの背後に、巨大な「神の加護」の光輪が浮かび上がる。停戦協定を破棄し、再び世界を戦争の泥沼に引きずり込もうとする狂気の連鎖。
「えええええっ!? またあの血反吐吐いてた子!? しかもなんか前よりヤバそうなオーラ出してるんだけど!!」
ムコーダが悲鳴を上げる。
「チッ、しつこい女だ。フェル、一発で吹き飛ばすか?」ドラちゃんが身構える。
だが、その時であった。
世界の時空が、ピキリと音を立てて亀裂を生んだ。
天から降り注ぐのは、金色と虹色の神聖なる後光。
空中に突如として巨大なホログラムのように現れたのは——。
『ちょっと待ちなさい!!!!』
キィィィィンと耳鳴りのような美しい、しかしワガママ極まりない叫び声が響き渡った。
豊満な胸と金の髪を揺らす風の女神・ニンリル様。そしてその隣には、威厳に満ちた白髭の老人——創造神デミウルゴス様が君臨していた!
「な……なに……!? 神……!?」メアリーが呆然と見上げる。
『ムコーダ! 無事なの!? 妾(ニンリル)のちゃんとお菓子(成城石井のプレミアムチーズケーキ)の納品は届いているの!?』
『コラ、ニンリル。目的が違うでしょう。……ムコーダよ、無事のようだな』
「で、デミウルゴス様!? ニンリル様!? なんでこんなところに!?」
デミウルゴス様は深いため息をつきながら、上空のメアリー・スーと連合王国部隊を見下ろした。
『やれやれ……異世界の神(存在X)の加護とやらを笠に着て、調子に乗っている者がいると聞いてな。しかも、私の愛しき異世界召喚者(ムコーダ)の旅路を邪魔し、さらにはあの絶品の“サンマ”や“チーズケーキ”の供給ラインを脅かすとは……断じて許せん』
『そうなのよ! 妾のお洋服やお菓子のネットスーパーを邪魔する奴は許さないのじゃぁぁぁっ!』
デミウルゴス様が、そっと指先を掲げた。
『消えなさい。異界の狂信よ』
——**ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ !!**
デミウルゴス様の指先から放たれたのは、次元そのものを消滅させる『神罰(ディバイン・プレッシャー)』。
「ア……ガ……!? 神の加護が……消えて……いく……!?? 嘘……嘘よパパぁぁぁぁぁぁっ!!」
メアリー・スーの「存在Xの加護」が一瞬で掻き消され、彼女と連合王国の強襲部隊は、凄まじい神の波動によって空の彼方(宇宙の露)へと弾き飛ばされていった!
「ひ、ひええええええっ!? 一瞬で吹き飛んだ……!」
『ふぅ、これで邪魔者は消えたのじゃ! さあムコーダ! 約束のどら焼きとプレミアムチーズケーキを早く納品するのじゃ!!』
『ニンリル……少しは神としての威厳を持ちなさい。……ではムコーダよ、安全な旅を。何かあればまた祈るのだぞ』
光とともに、神々は天へと帰っていった。
静寂を取り戻した草原。
「……あー、びっくりした。なんかもう、色々ありすぎて疲れたよ……」
ムコーダはその場にへたり込んだ。
「ぬ。邪魔者も消えたことだし、ムコーダ、約束の肉だ。あの『ホリニシ』とかいうスパイスをかけたブリスケットと、角上魚類のサンマを焼くのだ!」
「スイもチーズケーキ食べるー!」
「へへっ、俺もサンマもう一匹食いたいぜ!」
従魔たちの食欲旺盛な声に、ムコーダは苦笑いを浮かべながら立ち上がった。
「はいはい、分かったよ。……よし、今日は角上魚類の新鮮な魚と、OKの肉で、盛大に打ち上げと行きますか!」
ネットスーパーの画面を開き、美味しい料理の香りが広がる。
激動の異世界合流劇を乗り越え、ムコーダたちの気ままな異世界放浪の旅は、今日もまた賑やかに続いていくのだった。