後宮にムコーダ御一行がやって来た!

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ほりにしの秘密と猫猫の追跡

### 一、東の大国にて

 

「なあフェル、本当にこっちで合ってるのか? 地図だとそろそろ町が見えてもいい頃なんだけどな」

 

ムコーダこと向田剛志は、愛用の荷物袋を背負い直しながら、どこまでも続く街道を見渡した。

 

『ふん、我の鼻を疑うか。この先から人の匂いと、それに混じって血の匂いがするぞ』

 

答えたのは、巨大な体躯の神獣フェンリルのフェルである。白銀の毛並みが午後の日差しを受けて、さながら流れる銀河のように輝いていた。

 

「血の匂いって、それ全然よくない話じゃないか!」

 

「あるじー、スイも行くー! 悪いやつ、ぴゅーってやっつけるよー!」

 

フェルの背中で、水色のスライムのスイが、ぷるぷると身体を弾ませた。

 

「おいおい、まだ悪いやつと決まったわけじゃ……いや、血の匂いがするなら十分怪しいか」

 

ムコーダの肩の上では、ピクシードラゴンのドラちゃんが、あくびをしながら翼をぱたぱたさせている。

 

『なんだよ、また面倒ごとかよ。それより腹減ったぞ。昼飯はまだか?』

 

「さっき食ったばかりだろ! ……ったく、お前らの食欲はどうなってんだ」

 

とはいえ、ムコーダも苦笑しつつ、内心では腹の虫が鳴り始めていた。彼らがこの「東の大国」を訪れたのは、噂に聞く珍しい食材と香辛料を求めてのことだった。西の国々とは異なる文化、異なる味。そして何より、そこでしか手に入らない未知の食材。ムコーダの冒険の理由は、いつだって「メシ」である。

 

ところが、街道の先で彼らを待っていたのは、食材ではなく、剣戟の音と怒号だった。

 

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### 二、盗賊と、美しすぎる青年

 

街道が谷間に差しかかったところで、土煙を上げて走る一台の豪奢な馬車が見えた。それを取り囲むように、十数人の盗賊が馬を駆り、刃を振りかざしている。

 

護衛らしき男たちは数人。必死に応戦しているが、数の差は歴然だった。

 

「ちょ、ちょっと待て、あれはまずいだろ!」

 

『ほう、数で押す下賎な輩か。……ムコーダ、あの馬車の主は何者だ?』

 

「知らないよ! でも、見捨てるわけにもいかないだろ」

 

ムコーダの言葉を待つまでもなく、フェルはすでに駆け出していた。

 

『ならば手早く済ませるぞ』

 

風が唸る。白銀の閃光が谷間を走り抜けた。盗賊たちの頭上を、巨大な前脚が薙ぎ払う。悲鳴を上げる間もなく、男たちは宙を舞い、谷の斜面に叩きつけられた。

 

「スイもやるー! えいえいっ!」

 

スイの酸弾が、逃げようとした盗賊の剣だけを正確に溶かしていく。

 

『俺様の出番はなさそうだな』

 

「それでいいんだよドラちゃん……」

 

ものの数分で、谷間には気絶した盗賊たちが山のように積み上がっていた。ムコーダは、怯えて固まっている護衛たちに、慌てて手を振る。

 

「あ、あの! 怪しい者じゃないです! 通りすがりの冒険者です! この子たちは、その、俺の従魔でして!」

 

馬車の扉が、静かに開いた。

 

降り立ったのは、息を呑むほどに美しい青年だった。艶やかな黒髪、白磁のような肌、そして切れ長の瞳。男性のはずなのに、花の精と見紛うほどの色香をまとっている。

 

「……助かった。礼を言う」

 

その声さえも、蜜のように甘い。ムコーダは思わず見とれてしまった。

 

「は、はあ……どうも……(異世界って、美形のレベルが桁違いなんだな……)」

 

『ムコーダ、顔が緩んでいるぞ』

 

「うるさいよ!」

 

青年の傍らに控えていた、実直そうな壮年の男が一歩進み出た。

 

「我が主、壬氏様をお救いいただき、感謝の言葉もございません。私は高順と申します。ぜひ、お礼をさせていただきたい」

 

「壬氏さま……? えーと、そんなたいそうなことは」

 

「いや、そうはいかない」

 

壬氏はムコーダの前で、ふっと艶然と微笑んだ。

 

「そちらの神獣殿を見て、ただの冒険者ではないと分かった。それに、そなたの従魔たちの様子を見るに、よほど大切にされているのだろう。……我々の住まいへ招待したい。後宮という場所だが、来てもらえるか」

 

「後宮……?」

 

ムコーダは首をかしげたが、フェルは耳をぴくりと動かした。

 

『ムコーダ、行け。美味いものが出るかもしれんぞ』

 

「お前はそれしか考えてないのか!」

 

こうして、ムコーダ一行は、東の大国の中心、後宮へと足を踏み入れることになったのだった。

 

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### 三、後宮の薬師

 

後宮の門をくぐったとき、ムコーダは感嘆の息を漏らした。

 

朱塗りの柱、金の装飾、手入れの行き届いた庭。西の国の城とは全く違う、荘厳で、どこか張り詰めた美しさがある。

 

「すごいな……。ここ、女の人ばっかりなのか」

 

「後宮ゆえ、な。宦官である私と、一部の官吏以外、男子禁制だ」

 

壬氏はさらりと言ってのけた。

 

(宦官……? えっと、つまり、そういうことか……)

 

ムコーダは深くは考えないことにした。

 

客間に通され、茶を勧められる。フェルは部屋の隅で堂々と寝そべり、スイはその背中でぷるんと丸まり、ドラちゃんは卓上の菓子を狙っていた。

 

そこへ、小柄な少女が静かに入ってきた。

 

そばかすの浮いた顔、色気のない地味な侍女の装い。しかし、その目だけは、どこか冷めた光を宿している。

 

「壬氏様、お呼びとのことで」

 

「ああ、猫猫。来たか」

 

猫猫、というのがその少女の名らしい。彼女は部屋を見回し、目を丸くした。

 

「……あの、壬氏様。その大きな犬は?」

 

『犬ではない! 我は神獣フェンリルだ!』

 

「しゃ、しゃべった……!」

 

猫猫の瞳が、一瞬で変わった。

 

好奇心。そう、まるで未知の毒草を見つけた薬師のように、爛々と輝いたのである。

 

「喋る狼……! あの、毛を少しいただけませんか? あと、爪の先と、できれば血液も!」

 

『なっ、何を言い出すのだこの小娘は!』

 

「猫猫、落ち着け。彼らは客人だ」

 

壬氏が額を押さえた。ムコーダは苦笑いする。

 

「あはは……すごい子ですね」

 

「薬と毒に目がない娘でな。……ところで、猫猫。実は頼みがあって呼んだのだ」

 

壬氏は椅子に深く座り、ため息をついた。

 

「近々、後宮で晩餐会がある。貴族たちを招く大切な席だ。ところが、宮廷料理人たちの献立が、どうにも行き詰まっていてな」

 

「ええ、存じております。毎年同じような料理ばかりで、貴族の方々も飽きておられるとか」

 

猫猫が淡々と答える。

 

「毒見役であるお前の舌を借りたい。新しい味を、何か考えてくれ」

 

「私は薬師であって、料理人ではないのですが……」

 

「頼む」

 

壬氏の、潤んだ瞳での頼み事。猫猫は露骨に嫌そうな顔をしたが、断りきれない。

 

その様子を見ていたムコーダは、思わず口を開いていた。

 

「あの……もしよければ、俺が何か作りましょうか?」

 

全員の視線が、ムコーダに集まった。

 

「俺、料理が趣味みたいなもんで。それに、実はちょっと特殊なスキルがありまして……。この国にない味を、お出しできるかもしれません」

 

「ほう……」

 

壬氏の目が、きらりと光った。

 

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### 四、ネットスーパーの新展開

 

その夜、客間にあてがわれた一室で、ムコーダは頭を抱えていた。

 

「うーん、どうしたものか……。貴族の晩餐会ってなると、普通の料理じゃ足りないよな……」

 

『ふん、肉だ。肉を出せ。それが最上の馳走だ』

 

「お前の基準だとそうなるよな……」

 

ムコーダは意を決し、固有スキル「ネットスーパー」を開いた。異世界にいながら、日本の商品を購入できる、彼の唯一無二の力である。

 

画面を眺めるうち、ムコーダの手が止まった。

 

「……あれ? なんだこれ。新しいコーナーが増えてる」

 

『どうした、ムコーダ』

 

「カルディ……成城石井……角上魚類、OK、クランド、シャトレーゼ……!?」

 

目を疑った。確かに、さっきまでなかったはずの店名が、ずらりと並んでいる。

 

「うおおお! カルディのコーナーがある! しかも輸入食材の宝庫じゃないか! 成城石井まで! おいおい、角上魚類って、あの新潟の鮮魚店だぞ!」

 

『ムコーダ、何をそんなに興奮している』

 

「興奮もするだろ! これ、全部、日本の人気店なんだよ! 見ろ、ランプフィッシュキャビアに生ハム、のどぐろに加賀野菜まである! シャトレーゼのケーキまで買えるのか!」

 

『……ほう。つまり、これは美味いのだな?』

 

「当たり前だ!」

 

ムコーダの目に、闘志の炎が灯った。

 

「よし、決めた。このラインナップなら、後宮の晩餐会でも、貴族たち相手に堂々と勝負できる。……いや、もう『勝負』なんてレベルじゃない。完璧なコース料理を作ってやる」

 

『メニューは決まったのか?』

 

「ああ。前菜から締めのデザートまで、全部通しだ」

 

ムコーダは、ノートにさらさらと書き付けていく。

 

冒頭は、カルディの生ハムとランプフィッシュキャビア、カマンベールチーズをライムリーフのドレッシングで和えた一品。次に、OKと角上魚類の食材を使った、加賀野菜の海鮮マーラータン。刀削麺入りで、食べ応えを出す。魚料理は、角上魚類ののどぐろを炭火で焼く。サラダは、パンチェッタと京野菜のシーザーサラダ。ドレッシングは成城石井のものを使う。メインディッシュは、ブラッディホーンブルのブリスケットを、ほりにしのスパイスで焼き上げる。続いて、コカトリスのよだれ鶏を、カルディのたれで。〆はオークジェネラルの魯肉飯。そして食後には、クランドのシェリー樽香るコーヒーリキュールと、シャトレーゼのスペシャルいちごショートケーキ。

 

「どうだ、フェル!」

 

『……よだれが止まらぬ』

 

「スイもたべたーい!」

 

『俺様も、俺様も!』

 

「その前に、仕込みだ! みんな、手伝ってくれ!」

 

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### 五、厨房の仕込み

 

翌朝。後宮の厨房は、前代未聞の騒ぎになっていた。

 

「な、なんだあの黒い鍋は!」

 

「あの透明な袋に入った塩漬けの肉は何だ!」

 

宮廷料理人たちが、遠巻きにムコーダの手元を覗き込んでいる。

 

ムコーダは、フェルの協力で用意してもらった巨大な牛、ブラッディホーンブルの肩バラ肉の塊に、ほりにしのスパイスをこれでもかと擦り込んでいた。

 

「いやあ、このスパイスがあれば、どんな肉も絶品になるんだ。ほら、見てくれ」

 

彼が瓶から振りかけたのは、茶色がかった粉末。ふわりと、複雑で食欲をそそる香りが立ち上る。

 

その香りに、厨房の入り口で気配が動いた。

 

「……この匂い」

 

猫猫である。

 

彼女は、いつの間にか厨房の入り口に立っていた。鼻をひくひくさせ、目を細めている。

 

「ニンニク、塩、胡椒……いや、それだけじゃない。コリアンダー? クミン? もっと複雑な、でも毒性はない……」

 

「あ、猫猫さん。見に来たんですか」

 

「ムコーダ殿。そのスパイスの調合を、ぜひ」

 

「え? いや、これは俺が作ったものじゃなくて、『ほりにし』っていう、いわゆる市販品でして……」

 

「市販品?」

 

猫猫は首をかしげた。この世界に、そんな概念はない。

 

「えーと、つまり、俺の故郷で、誰かがこのレシピを完成させて、それが大勢の人に売られてるというか……」

 

「つまり、秘伝の調合を、大量に流通させている、と」

 

「まあ、そうなるかな」

 

猫猫の目が、爛々と光り始めた。

 

「何と恐ろしい……いや、素晴らしい。ぜひ、その成分を……」

 

「あ、あとでな! 今は仕込みで忙しいんだ!」

 

ムコーダは慌てて話を打ち切り、作業に戻った。猫猫は、渋々といった顔で引き下がったが、その視線はスパイス瓶から離れなかった。

 

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### 六、晩餐会

 

夕刻。後宮の大広間は、きらびやかな灯籠と絹の垂れ幕で飾られ、着飾った貴族たちが次々と席に着いていた。

 

上座には壬氏が座し、その傍らに高順が控える。そして、給仕の列の端には、ムコーダたちの姿もあった。

 

『ふむ、我の席は、あの銀の器の前か』

 

フェルは堂々と、広間の隅に敷かれた特等の敷物に、でんと座っている。スイとドラちゃんも、その近くにちょこんと並んでいた。

 

貴族たちはそれを不思議そうに見ていたが、壬氏が「あれは私の命の恩人の従魔たちだ」と一言告げると、誰も口を挟まなくなった。

 

「さて……始めるか」

 

ムコーダは深呼吸し、最初の皿を運ばせた。

 

#### 第一皿 生ハムとランプフィッシュキャビアとカマンベールの和え物

 

銀の皿に、美しく盛り付けられた前菜が運ばれる。

 

薄く切った生ハムの薔薇のような盛り付け。その合間に、黒く艶やかなランプフィッシュキャビアが散らされ、角切りにしたカマンベールチーズが、白い宝石のように並ぶ。全体に、ライムリーフの香り高いドレッシングが、軽く和えられていた。

 

「これは……?」

 

貴族のひとりが、恐る恐るフォークを伸ばす。

 

一口。

 

「……!」

 

その男の目が、見開かれた。

 

「な、なんという……塩気と、まろやかさと、爽やかな香りが……」

 

「この黒い粒は、魚の卵か? 口の中で弾けるぞ!」

 

「生ハムの熟成された旨味に、チーズの濃厚さが加わって……しかもこの柑橘のような香りが、全てをまとめている!」

 

ざわめきが広がる。猫猫は、壁際で毒見用の小皿を前に、眉をひそめていた。

 

「……毒なし。むしろ、非常に品のいい組み合わせ。ライムリーフの精油成分が、脂の重さを消している」

 

「猫猫、顔が緩んでいるぞ」

 

隣で、壬氏がくすりと笑った。

 

「ち、違います。薬学的に分析していただけです」

 

#### 第二皿 加賀野菜の海鮮マーラータン・刀削麺入り

 

続いて、湯気を立てる大きな鍋が運ばれてきた。

 

朱色の辛味がかった透き通るスープの中に、加賀野菜の金時草や源助大根、五郎島金時、そしてぷりぷりの海老と貝、イカが踊っている。そこに、ざくざくと削り落とされた、もちもちの刀削麺が加わっていた。

 

「ほう、これは見たことのない料理だな」

 

「花椒の痺れる香りがするぞ」

 

貴族たちは、ひと口すすって、動きを止めた。

 

「か、辛い……だが、うまい! 痺れる、でも、止まらない!」

 

「この海の幸の旨味が、スープに溶け込んでいる! しかも野菜が甘い!」

 

「この麺は何だ! もちもちで、弾力があって……」

 

給仕が追加の椀を運ぶ間もなく、鍋が次々と空になっていく。

 

『ムコーダ、これはうまいぞ! おかわりだ!』

 

「フェル、さっきから三杯目だぞ!」

 

『あるじー! スイもおかわりー!』

 

『俺様はもう四杯目だ!』

 

「お前ら食い過ぎだ! メインがまだなんだぞ!」

 

壬氏は、静かにスープをすすり、目を閉じた。

 

「……辛さの奥に、これほど深い甘みがあるとは。猫猫、お前はどう思う?」

 

「痺れの正体は、山椒に似た植物の実の成分でしょう。体を温め、血行を促進する効果があります。それに、海産物の旨味成分が、辛みを丸めている……薬膳としても、理にかなった一品です」

 

「素直に美味いと言えばいいものを」

 

「……おいしいです」

 

猫猫は、ぼそりと言った。耳が、わずかに赤かった。

 

#### 第三皿 のどぐろの炭火焼き

 

続いて運ばれたのは、香ばしい煙の香りを漂わせる、一尾の魚だった。

 

「のどぐろ、といってな。俺の故郷では、白身のトロと呼ばれる高級魚だ」

 

ムコーダの説明に、貴族たちが身を乗り出す。

 

皮目がぱりっと焼き上がり、その下の身は、ふっくらと真っ白。箸を入れると、じゅわっと脂が溢れ出した。

 

「うっ……!」

 

ひと口食べた老貴族が、思わず声を漏らす。

 

「な、なんという脂の甘さだ! しかし、しつこくない! 口の中で、とろけてしまう……!」

 

「この皮の香ばしさ! 炭火の香りが、魚の旨味を引き立てている!」

 

猫猫も、小さく切り分けた身を口に運んだ。

 

「……」

 

彼女は無言で、もう一口、さらにもう一口と食べ進めた。

 

「猫猫、毒見だぞ。一口でいいはずだが」

 

「あ……いえ、念入りに確認を」

 

「ほう。それは大変だな」

 

壬氏が楽しげに目を細める。猫猫は、むっとした顔で、のどぐろの骨についた身をほじり始めた。

 

#### 第四皿 パンチェッタと京野菜のシーザーサラダ

 

ここで一息、口直しのサラダが運ばれる。

 

水菜、壬生菜、紅芯大根、金時人参といった京野菜が、色鮮やかに盛られている。その上に、カリカリに焼いたパンチェッタ、削りたてのチーズ、パンのクルトン。そして仕上げに、成城石井のシーザーサラダドレッシングが、たっぷりと回しかけられた。

 

「ほう、野菜だけとは思えぬ……」

 

「このドレッシング! 濃厚で、チーズの風味が……」

 

「パンチェッタの塩気とカリカリ感が、野菜の瑞々しさと見事に調和している!」

 

野菜嫌いで知られる若い貴族までが、皿を空にしていた。

 

「ムコーダ殿」

 

壬氏が、小声で言う。

 

「お前の料理は、本当に不思議だ。この国の食材とは、全く違う。だが、どれも見事に調和している」

 

「いやあ、それほどでも……。でも、実はここからが本番なんですよ」

 

ムコーダは、にやりと笑った。

 

#### 第五皿 ブラッディホーンブルのブリスケット

 

大広間に、ざわめきが走った。

 

大きな台車に載せられて運ばれてきたのは、まるで岩のような、巨大な肉の塊だった。表面は黒く、スパイスの粒がびっしりと張りついている。ナイフを入れると、中から赤みがかった肉汁が、とろりと溢れ出す。

 

そして、その香り。

 

「な、なんだこの香りは……!」

 

「肉の甘みと、複雑な香辛料が……ああ、腹が鳴る!」

 

貴族たちが、思わず立ち上がりかけたほどだった。

 

ムコーダは、薄く切り出した肉を、各席に配っていった。

 

「ブラッディホーンブルのブリスケットです。ほりにしのスパイスで味付けして、じっくり低温で焼き上げました」

 

フェルの鼻が、ぴくぴくと動いた。

 

『ふむ。我はこれを待っていたのだ』

 

「お前の分は、特別に厚切りだぞ」

 

『うむ。わかっておるな、ムコーダ』

 

フェルが、巨大な塊の端を、ばくりとくわえた。

 

『……!』

 

その金色の目が、きらりと輝いた。

 

『……うまい。これは、うまいぞムコーダ! このスパイスの香り、ただの肉が神の食物に変わっておる!』

 

「そりゃよかった」

 

一方、貴族席では、誰もが言葉を失っていた。

 

「……柔らかい。口の中で、ほろほろと崩れる……」

 

「そして、この味! 肉の旨味を殺さず、しかも噛むたびに、スパイスの香りが……」

 

「これは、一体、何の香辛料なのだ!?」

 

その問いに、広間の視線が、ムコーダに集中した。

 

「あ、えっと……『ほりにし』という、スパイスでして……」

 

猫猫が、すっと立ち上がった。

 

「ムコーダ殿、その成分の詳細を、今すぐ」

 

「えっ、今!?」

 

「今すぐ!」

 

猫猫の目は、完全に獲物を狙う猫のそれだった。

 

「ま、待て猫猫! まだ料理は続くんだ!」

 

「で、では、後で必ず!」

 

「わ、わかったわかった!」

 

ムコーダは冷や汗をかきながら、次の料理の準備に向かった。

 

#### 第六皿 コカトリスのよだれ鶏

 

続いて運ばれたのは、艶やかな赤い辛味だれのかかった、冷たい鶏料理だった。

 

しっとりと茹で上げられたコカトリスの肉に、カルディのよだれ鶏のたれがたっぷりとかかっている。ごま、ラー油、花椒、そして香味野菜の香りが、食欲を刺激した。

 

「これは、冷たい料理なのか?」

 

「はい。温かい肉料理のあとの、口直しにもなります」

 

貴族たちは、恐る恐る口に運んだ。

 

「……ッ!」

 

「うまい! 辛い! でも、後を引く!」

 

「この鶏肉の柔らかさ……しっとりとして、ジューシー!」

 

「たれが、たまらん! これを白い飯にかけたい!」

 

そう、実はそれが、次の一手だった。

 

#### 第七皿 オークジェネラルの魯肉飯

 

「お待たせしました。〆の一品です」

 

運ばれてきたのは、小さな丼だった。

 

白いご飯の上に、とろりと煮込まれた褐色の豚肉がたっぷりとかかり、脇には煮卵と、青菜の漬物が添えられている。

 

「オークジェネラルの魯肉飯です。八角と醤油で、じっくり煮込みました」

 

猫猫が、一口食べた。

 

「……」

 

彼女の眉が、ぴくりと動いた。

 

「八角、桂皮、丁香、それに紹興酒……。薬膳の基本でありながら、これほど優しい味に仕上げるとは……」

 

「猫猫さん、解説が止まらないですね」

 

「違います。薬効成分を確認しているだけです」

 

しかし、その手は丼を離そうとしなかった。

 

オークジェネラルの脂身は、舌の上でとろけるほど柔らかく、赤身の部分は、噛むほどに旨味が溢れ出す。甘辛いたれが、白飯にしっかりと染み込んでいた。

 

貴族たちは、無言で丼を空にしていく。老貴族のひとりは、うっすらと涙を浮かべていた。

 

「……生きていて、良かった」

 

「大袈裟だな」

 

壬氏が苦笑したが、その箸も止まっていなかった。

 

#### 第八皿 シェリー樽香るコーヒーリキュール

 

料理が一段落したところで、小さなグラスが運ばれてきた。

 

琥珀色の液体が、灯りを受けて静かに揺れている。クランドから取り寄せた、シェリー樽香るコーヒーリキュールだった。

 

「食後の一杯です。コーヒーという、豆から作る飲み物の風味に、シェリー酒の樽の香りを重ねたものです」

 

貴族たちは、ゆっくりとグラスを傾けた。

 

「……ほう。甘く、深く、そして苦い。芳醇な香りが、口いっぱいに広がる」

 

「樽の香りが、まるで古い書庫のような……いや、もっと華やかだ」

 

猫猫は、グラスを鼻に近づけ、ゆっくりと香りを確かめた。

 

「……焙煎した豆の香り、樽由来のバニリン、ほのかな酸味。大人の味ですね」

 

「お前は酒が好きだったな」

 

「嫌いではありません」

 

猫猫は、ちびりとグラスを傾けた。目元が、少し緩んでいる。

 

#### 第九皿 スペシャルいちごショートケーキ

 

そして、最後の一皿。

 

大広間に、女性たちの歓声が上がった。

 

白く輝く生クリームのケーキ。その上に、真っ赤に熟した大粒の苺が、宝石のように飾られている。

 

シャトレーゼのスペシャルいちごショートケーキだった。

 

「なんて、美しい……」

 

「まるで、雪の山に咲いた花のようだわ……」

 

給仕たちが、小さく切り分けたケーキを、皿に載せて配っていく。

 

猫猫の前にも、ひとつ置かれた。

 

「……これは、何でしょうか」

 

「ケーキです。俺の故郷の、お祝いのお菓子で」

 

猫猫は、フォークで一口分を切り取り、口に運んだ。

 

ふわり。

 

スポンジの柔らかさ。生クリームの軽やかな甘み。そして、苺の酸味。

 

猫猫は、完全に動きを止めた。

 

「……」

 

「猫猫?」

 

「……うまい」

 

小さな声だった。

 

「うまい……!」

 

猫猫は、無言で、しかし猛然と、ケーキを平らげていく。壬氏は、そんな彼女を、優しい目で見つめていた。

 

『ムコーダ、我にもだ!』

 

「はいはい、お前たちの分は、別にあるからな」

 

フェル、スイ、ドラちゃんの前には、ホールのケーキがどんと置かれた。

 

『うまいぞ!』

 

「あまーい! しあわせー!」

 

『俺様、これ、毎日食いたい!』

 

晩餐会は、まさに大成功だった。

 

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### 七、追跡

 

宴が終わり、貴族たちが満足げに帰路についた頃。

 

ムコーダは、厨房の片隅で、ほっと胸をなで下ろしていた。

 

「ふう……なんとかなったな。みんな、喜んでくれたみたいで」

 

『うむ。上出来だ、ムコーダ』

 

「あるじー、すごかったよー!」

 

『まあ、俺様が食べた量を考えれば、当然だな』

 

「お前は食べただけだろ……」

 

ムコーダが苦笑して振り返ったとき。

 

厨房の入り口に、ひとつの影が立っていた。

 

「ムコーダ殿」

 

低い声だった。

 

猫猫である。

 

しかし、先ほどまでの猫猫とは違った。目が、完全に据わっている。その手には、いつの間にか、計量用の小さな匙と、竹の筒と、羊皮紙と筆が握られていた。

 

「ひっ」

 

「約束、しましたよね」

 

「や、約束って、何の」

 

「ほりにしの、スパイスの、秘密を」

 

猫猫は、一歩、また一歩と、ムコーダに近づいてくる。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ猫猫さん! 俺も、その、レシピは知らなくて!」

 

「嘘です」

 

「嘘じゃないって!」

 

「あの味。あの香り。ニンニクと塩、それにコリアンダー、クミン、恐らく唐辛子、あとは何か、柑橘の皮のような……いえ、違う。もっと複雑な何かが入っている!」

 

「だから、本当に知らないんだって!」

 

「ならば、瓶の中身を、分析させていただきます!」

 

猫猫は、瞬時に動いた。ムコーダの腰の袋に手を伸ばし、ほりにしの瓶を、がしりとつかんだ。

 

「うわあああ! 返してくれ! それ、まだ在庫が少ないんだ!」

 

「少しだけです! ほんの一匙だけ!」

 

「一匙でも貴重なんだよ!」

 

ムコーダは、慌てて瓶を取り返し、荷物袋に押し込んだ。

 

「フェル! スイ! ドラちゃん! 逃げるぞ!」

 

『なぜ我が逃げねばならん』

 

「いいから!」

 

『だって、あの娘、目が怖いぞ』

 

ドラちゃんの一言で、全員が事態を理解した。

 

「あるじー、あの人、こわいー!」

 

「みんな、走れ!」

 

ムコーダは、荷物袋を抱えて、厨房を飛び出した。

 

「待ってください! ムコーダ殿! せめて、香りの成分だけでも!」

 

猫猫が、猛然と追いかけてくる。小柄な体からは想像もつかない俊足だった。

 

「速っ! なんで!?」

 

廊下を駆け抜け、庭園を横切り、池に架かる橋を渡る。後ろからは、猫猫の声が追いかけてくる。

 

「その粉末を、私の薬棚に! お願いします!」

 

「無理だって!」

 

『ムコーダ、我に乗れ!』

 

フェルが、ぐんと巨大化し、ムコーダを背に乗せて走り出した。スイとドラちゃんも、必死でしがみつく。

 

しかし、猫猫は、諦めなかった。

 

「逃がしません! 薬師の執念、甘く見ないでください!」

 

「そんなものに執念を燃やすな!」

 

追いかけっこは、後宮の庭をぐるぐると回り続けた。壬氏は、回廊の柱の陰から、その様子を眺めていた。

 

「……ふふっ。あんなに生き生きとした猫猫は、久しぶりに見た」

 

「壬氏様、お止めになりませんので?」

 

高順が、控えめに尋ねた。

 

「いや、いい。しばらく、見物させてくれ」

 

壬氏は、口元を袖で隠し、肩を震わせて笑っていた。

 

その頃、ムコーダたちは、ついに行き止まりに追い詰められていた。

 

「くっ、袋小路か……!」

 

『我が、ここを突破してもよいが』

 

「やめろ、後宮が壊れる!」

 

猫猫が、肩で息をしながら、にじり寄る。

 

「観念して、ください……」

 

「猫猫さん、ちょっと、話を聞いてくれ!」

 

ムコーダは、荷物袋を探り、ネットスーパーの画面を開いた。

 

「ほら、ここ! 『ほりにし』って、日本の……じゃなくて、俺の故郷の店で、普通に売ってるんだ! ほら、見てくれ! 値段も!」

 

猫猫は、画面をのぞき込んだ。

 

そこには、瓶入りのスパイスが、ずらりと並んでいた。

 

「……売っている?」

 

「そう! つまり、誰かが秘密を守って作ってるんじゃなくて、すでに完成されて、売られてるものなんだ! 成分表は、ここに書いてある!」

 

画面に表示されたのは、原材料名の一覧だった。食塩、砂糖、香辛料(コリアンダー、ガーリック、オニオン、ブラックペッパー、パプリカ、チリペッパー……)、そして調味料(アミノ酸等)。

 

猫猫は、じっと画面を見つめた。

 

「……香辛料、と、ひとまとめに書かれていますね」

 

「そうなんだ。実は、詳しい配合比率までは、書いてないんだよ」

 

「つまり、秘密の核心は、ここには」

 

「ない。ごめん」

 

猫猫の肩が、がくりと落ちた。

 

「……そう、ですか」

 

「でも、ほら! これ、代わりに!」

 

ムコーダは、荷物袋から、未開封のほりにしを一本、取り出した。

 

「一本、あげるよ。これを分析して、自分なりに再現してみたらどうかな。猫猫さんなら、きっといいものが作れると思う」

 

「……よいの、ですか?」

 

「ああ。また買えるし。その代わり、完成したら、俺にも味見させてくれよな」

 

猫猫の目が、再び、爛々と輝いた。

 

「……承知しました。必ずや、ほりにしを超える、至高のスパイスを調合してみせます」

 

「いや、超えなくていいから」

 

「いえ。薬師の誇りにかけて」

 

猫猫は、瓶を両手で大切そうに抱え、ぎゅっと握りしめた。

 

「ふふっ……ふふふふふ……。これで、新たな毒と薬の研究が……」

 

「え、毒? 待って、これ食べ物だよね!?」

 

「もちろんです。ただし、成分を分離し、それぞれの薬効と毒性を試験した上で……」

 

「怖い怖い怖い!」

 

回廊の陰から、壬氏がゆっくりと姿を現した。

 

「猫猫。その辺にしておけ。客人が怯えている」

 

「壬氏様。これは、薬学の発展のためです」

 

「それは分かっている。だが、まず、ムコーダ殿に礼を言うべきではないのか」

 

猫猫は、はっとして、ムコーダに向き直った。そして、ぺこりと頭を下げた。

 

「……ありがとうございました。素晴らしい料理でした。それに、ケーキも」

 

「どういたしまして。気に入ってもらえて、よかったよ」

 

ムコーダは、ようやく安堵の笑みを浮かべた。

 

フェルは、ふん、と鼻を鳴らし、巨大な体を元の大きさに戻した。

 

『やれやれ。肉を食わせてもらった礼に、これくらいは我慢してやろう』

 

「スイもたのしかったよー!」

 

『まあ、悪くない旅だったな』

 

その後、壬氏は、ムコーダたちに、後宮に滞在するよう勧めた。もっとも、猫猫が毎日のようにムコーダのもとを訪れ、食材やスパイスの質問攻めにするのは、また別の話である。

 

そして、ほりにしの瓶を片手に、薬棚の前で怪しく微笑む猫猫の姿が、夜な夜な目撃されるようになったという。

 

「この配合……恐らく、あと三種類は、隠し味が……。ふふっ、ふふふふふ……」

 

「猫猫、また夜更かしか」

 

「壬氏様。研究に没頭しておりますので、お静かに」

 

「……はあ」

 

壬氏は、深いため息をついた。

 

だが、その横顔には、どこか楽しげな色が浮かんでいた。

 

こうして、東の大国の後宮に、新たな伝説が生まれた。

 

異世界からやってきた料理人と、その食いしん坊な従魔たち。そして、スパイスの秘密を追い求める、薬師の少女。

 

彼らの騒がしい日々は、まだまだ続いていくのである。

 

〜おしまい〜


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