ジン「現在も、書いてる途中か、だ!」ドン「書き終わったから帰ってきたぞ」 作:笑嘲嗤
「真西には行ったのか?」
「行ったぞ( ˙ω˙ )」
「何があった?」
ドンはしばらく黙った。
それまでとは違う。
ラタトスクを語った時でも。
ファグファクトリーを語った時でも。
フィロソフィアを語った時でも。
《1=0》を語った時でも。
こんな顔はしなかった。
「……ジン」
「なんだ」
「世の中にはな」
「ああ」
「知らない方が幸せなこともある( ˙ω˙ )」
「…………」
ジンの表情が引き締まる。
「西の果てに何があった?」
「絶望だ」
「……どんな?」
「ゴキブリ」
「…………」
「いっぱい」
「…………」
「ものすごくいっぱい( ˙ω˙ )」
「しょうもねえな!!」
◇
絶対絶望の端《ダークエッジブリッジ》。
暗黒大陸西方。
巨大な谷を越える、ほぼ唯一の経路。
そこには無数の黒い生物が生息していた。
「ダークゴキブリと名付けた( ˙ω˙ )」
「お前が?」
「うん」
「特徴は?」
「ゴキブリ」
「毒は?」
「確認してない」
「病原体」
「確認してない」
「人間を襲う?」
「襲わない」
「念能力は?」
「たぶんない」
「じゃあ何が危険なんだよ」
「飛ぶぞ( ˙ω˙ )」
「ゴキブリは飛ぶだろ!!」
「三匹くらい同時に」
「知らねえよ!!」
「顔の方に」
「偶然だろ!!」
「ジン」
ドンが真顔になった。
「ゴキブリってな。いっぱい集まると、匂いするんだぞ」
「知りたくなかったわ!!」
橋そのものが動いて見えたという。
否。
橋が動いていたのではない。
橋を覆い尽くすほどのダークゴキブリが、常に這い回っていたのだ。
「下の橋、何色だったんだ?」
「分からない( ˙ω˙ )」
「…………」
「見えなかった」
「それはちょっと嫌だな……」
「だろ!?」
「嬉しそうにすんな!!」
◇
「で、渡ったのか?」
「渡った」
「渡ったのかよ」
「西に行きたかったからな( ˙ω˙ )」
「怪我は?」
「してない」
「病気は?」
「してない」
「刺されたり噛まれたり」
「してない」
「……本当にただゴキブリが大量にいただけじゃねえか」
「絶対絶望だぞ」
「お前にとってだけだろ」
ジンは手元の資料に何かを書き込んだ。
「五大厄災からは除外だな」
「なんで!?( ˙ω˙ )」
「お前が渡って、しかも帰ってきてんだろ」
「危なかったぞ!」
「精神的にだろ!!」
「飛んだんだぞ!」
「もういい!!」
ジンはペンを置いた。
「で?」
「?」
「橋の向こうだよ」
「ああ」
「何があった?」
「いろいろ」
「いろいろじゃ分からねえよ」
ドンが考える。
「あ」
「なんだ」
「変な石あったな( ˙ω˙ )」
「石?」
「すごくでかいやつ」
ジンの手が止まった。
「どのくらい?」
「分からない」
「高さは?」
「分からない」
「見たんだろ?」
「見えてたところだけなら分かる。でも下が埋まってたから」
「掘らなかったのか?」
「勝手に掘ったらダメだろ」
「……まあいい。何が変だった?」
「文字みたいなのがいっぱい書いてあった」
「読めたのか?」
「全然( ˙ω˙ )」
「『新大陸紀行・西』には?」
「載せてない」
「なんで!?」
「だって読めなかったし」
「読めなくても載せろよ!!」
「間違ったこと書いたらダメだろ」
「だったら『読めませんでした』って書け!!」
「そうか( ˙ω˙ )」
「三百年本書いてて今気づくな!!」
◇
「写しは?」
「あるぞ」
「あるのか!?」
「野帳に」
ドンは荷物を漁った。
何冊目かも分からない古びた野帳を取り出す。
「これかな」
ぱらぱらとページをめくる。
「あった( ˙ω˙ )」
「貸せ!!」
ジンが奪うように受け取った。
数ページ。
ただ、それだけだった。
紙いっぱいに、見たことのない記号が並んでいる。
文字なのか。
数式なのか。
図形なのか。
そもそも人間が考える『記録』という分類に入れていいものなのか。
分からない。
「全部写したのか?」
「まさか」
ドンは笑った。
「見えてたところだけでも、こんな野帳じゃ足りないぞ」
「…………」
「だから気になったところだけ」
「どこが気になった?」
「形が面白かったところ( ˙ω˙ )」
「選び方が雑!!」
だが。
ジンの顔から笑いは消えていた。
携帯端末を取り出す。
「ちょっと待ってろ」
「誰に?」
「研究班」
「分かるのか?」
「分からねえ。だから見せる」
画像を送る。
短く事情を説明する。
そして端末を机に置いた。
◇
「ところでな」
「なんだよ」
「ダークエッジブリッジの話、まだ終わってないぞ( ˙ω˙ )」
「もう終われよ」
「帰りも渡ったんだ」
「知ってるよ。お前ここにいるんだから」
「行きより嫌だった」
「なんでだよ」
「いるって知ってるから」
「…………」
「行きは知らなかっただろ?」
「まあな」
「帰りは、近づくほど『あそこまた通るのか』って分かるんだぞ」
「だからなんだよ」
「三日前くらいから憂鬱だった」
「壮大な旅行記でゴキブリへの憂鬱を三日単位で記録すんな!!」
「野帳には七日前から書いてある( ˙ω˙ )」
「一週間引きずってんじゃねえか!!」
ドンが腕を組む。
「お前だって嫌だと思うぞ」
「お前、流星街の近くでゴミ拾ってたんだろ?」
「うん」
「ゴキブリくらいいただろうが」
ドンの顔が曇った。
「食ってくためには……仕方なかったんだ……( ˙ω˙ )」
「何そのヒロインの悲しい過去みたいな語り!?」
「辛かった」
「おっさんがゴキブリにビビってんじゃねえよ!!」
「怖いんじゃない。嫌なんだ」
「どっちでもいい!!」
「違うぞ。怖い生き物なら暗黒大陸にいっぱいいる。でも――」
ドンは少し考え、
「ゴキブリは嫌なんだ( ˙ω˙ )」
「知らねえよ!!」
その時だった。
端末が鳴った。
「早えな」
ジンが取る。
「俺だ」
ドンはまだ何か言っている。
「あとな、密度が高いと羽音も――」
「黙ってろ」
「はい( ˙ω˙ )」
ジンが端末に耳を当てる。
「……ああ」
返事をする。
「そうだ。原本じゃねえ。三百年前に現地で書き写したものだ」
少しの沈黙。
「……は?」
ドンがジンを見る。
ジンの目が止まった。
「待て」
さっきまでの呆れ顔が消えている。
「もう一回言ってくれ」
沈黙。
ジンの顔から、血の気が引いていく。
「…………RSA暗号が」
ドンには意味が分からない。
「現実時間で突破された?」
沈黙。
「……この数ページから?」
さらに沈黙。
「いや……分かった。今はそれ以上触るな。外に出すな。俺が行く」
通話を切った。
◇
「どうした?( ˙ω˙ )」
ジンは答えなかった。
野帳を見る。
古い紙。
ドンの手書き。
暗黒大陸のどこかに存在する、正体不明の巨大な何か。
その地上に露出した部分。
そこからドンが気まぐれに選んだ、ほんの数ページ。
「……お前」
「うん」
「これ、本当に何なのか分からなかったんだな?」
「だから書かなかったって言っただろ( ˙ω˙ )」
「…………」
「なんか分かったのか?」
ジンは口元を押さえた。
「人間世界じゃ、情報を守るために暗号を使ってる」
「うん?」
「金も。通信も。国家機密も。個人情報も。いろんなものが、簡単には読めないって前提で動いてる」
「便利なんだな( ˙ω˙ )」
「その前提の一つを……」
野帳を見る。
「これが壊した」
「へえ」
「『へえ』じゃねえ」
「すごいのか?」
「すごいなんてもんじゃねえよ」
ジンはそこで言葉を止めた。
そして、気づいた。
「……待て」
「?」
「これ……リターンだよな?」
「そうなの?」
「新しい知識だ。人類にはなかった技術だ。使い方次第じゃ、とんでもない価値がある」
「じゃあいいじゃん( ˙ω˙ )」
「違う」
ジンが即答した。
「……違うんだ」
ゴムリウムなら、閉じ込められる。
アーキタイプシードなら、持ち込みを止められる。
未知の生物なら、検疫という考え方がある。
だが。
「これは情報だ」
「うん」
「理解したら、人間の頭の中に入る」
「そうだな」
「持ち込んだあとで危険だと分かっても、回収できねえ」
「…………」
ドンが野帳を見る。
ジンも見る。
「リターンそのものが……」
声が低くなる。
「人間世界にとって、リスクになるのか」
初めてだった。
暗黒大陸に行ったことのないジンが。
三百年そこを歩いて帰ってきた男の、たった数ページの走り書きを前に。
暗黒大陸という環境そのものに、寒気を覚えた。
怪物ではない。
毒でもない。
病原体でもない。
悪意さえない。
ただ、そこに書かれていただけだ。
人間がそれを読んだ。
それだけで、人間世界の側が壊れ得る。
「……どこまで書いてあった?」
「分からない( ˙ω˙ )」
「この写しは全体のどれくらいだ?」
「分からない」
「碑の大きさは?」
「分からない」
「誰が書いた?」
「知らない」
「何のために?」
「知らない」
「……暗号を破るための碑なのか?」
「それも知らない」
ジンは目を閉じた。
「何なら分かるんだよ……」
「西にあった( ˙ω˙ )」
「それだけかよ」
「あと」
「まだあんのか?」
「俺が念の波を当てても、地面の下から反応返ってこなかった」
「…………は?」
「深さ調べようと思って。地面にぶつかれば返ってくるはずなんだけどな」
「返ってこなかった?」
「うん。途中で減衰して消えたみたい」
「…………」
「だから、どこまで埋まってるのか分からない」
ジンは野帳を閉じた。
「……これ、碑ですらないかもしれねえじゃねえか」
「そうだな」
「お前が見たところが上端って保証もない」
「横っ腹かもしれない( ˙ω˙ )」
「やめろ」
「角かも」
「やめろって」
ドンが少し笑った。
「俺は《万象の暗黙碑》って呼んでたけどな」
「なんで?」
「なんとなく」
「またお前が名前つけたのかよ……」
◇
ジンはもう一度、閉じた野帳を見る。
数ページ。
たった数ページ。
その意味すら、ほとんど分かっていない。
それでも人類の築いたものを、一つ壊せた。
なら。
あの地面の下には、何がある?
あの碑文の続きを読んだ時、人類は何を手に入れる?
それは本当に――。
手に入れていいものなのか。
「ドン」
「ん?( ˙ω˙ )」
「暗黒大陸ってのは……」
ジンは言葉を探した。
「こんなのが、普通に落ちてんのか?」
「普通かどうかは分からないぞ」
「…………」
「まだ分からないこと、いっぱいあるからな( ˙ω˙ )」
それが今は、妙に恐ろしく聞こえた。
「で、その先にも行ったのか?」
「行ったぞ」
「……何があった?」
「水」
「水?」
「最初は海だと思った」
「思った?」
「うん」
ドンは、こともなげに言った。
「また湖だった( ˙ω˙ )」
「…………」
「すごくでかいぞ」
「待て」
「?」
「お前が三百年歩いた『西側』って……世界の西端じゃねえのか?」
ドンが首を傾げる。
「そんなこと言ってないぞ( ˙ω˙ )」
ジンは天井を仰いだ。
「……底が知れねえ」
「だから面白いんだろ( ˙ω˙ )」
「お前はそうだろうな……」
ドンは笑った。
「でも帰りはまたダークエッジブリッジ通ったんだぞ」
「最後にゴキブリへ戻すんじゃねえ!!」
なんかご好評いただいて、調子に乗って西側の5大厄災作った(*'ω'*)
え?6個ある?
いいんだよ!ラストのダークエッジブリッジはすでにリターンをドンが持って帰ってるから厄災には入らねーんだよ!
ではまたな、すべてのハンターたちよ( ˙ω˙ )ノ