前回、ようやく普通に移動できるかと思いきや、何やら怪しい車が現れました。
……いや、だから普通に移動させてあげてください。
飛行機は墜落するわ、船はスタンドだわ、今度は車まで怪しい。
この世界、まともな交通手段は存在するんでしょうか。
そして今回は、ブラックサファイアの弱点もちょっと見えてくるお話です。
エネルギーを操れるからといって、何でもかんでも解決できるわけではありません。
まあ、承太郎という男は別の意味で何でも解決してしまうんですが。
それでは、第十五話「追い越し禁止」をどうぞ!
車というものは、本来、人間を目的地まで運ぶために作られた道具である。
少なくともリオ・ブランドーはそう認識していたし、つい先ほどまでは、その認識に何の疑問も抱いていなかった。もっとも、香港から始まった奇妙な旅を振り返れば、船そのものがスタンドだったこともあれば、人形が勝手に動き出したこともあるのだから、今さら車が襲ってきたところで驚くべきではないのかもしれない。
だからといって、納得できるかどうかは別問題だった。
「……ねえ、ジョセフ。あの車、さっき後ろにいなかった?」
「お前さんもそう思うか? ワシも見覚えがあるんじゃが、途中で追い越された記憶はないんじゃよ」
ジョセフはハンドルを握ったまま、前方を走る古びた車へ注意深く視線を向けた。
くすんだ塗装に、少々年季の入った車体。どこにでもありそうな外見をしているが、先ほどから何度も目にしているとなれば話は変わってくる。特に、後方へ引き離したはずの車がいつの間にか前方を走っているという状況は、少なくとも偶然として片づけるには気味が悪かった。
「途中に脇道があったから、そこを使って先回りした可能性はある。しかし、我々が速度を上げてから追いついたのだとすれば、相当な速度で走らなければならないはずだ」
助手席のアヴドゥルが地図を確認しながらそう告げると、後部座席にいた花京院も前方へ身を乗り出した。
「相手が意図的にこちらの進路へ現れている可能性はありますね。ただ、今の段階ではスタンド使いだと断定できません。まずは相手の反応を確かめてみるべきでしょう」
「だったら簡単じゃねえか。追い越してみりゃいいんだろ?」
ポルナレフの提案に、ジョセフが小さく頷いてアクセルを踏み込んだ。
ところが、こちらが車線を変えようとした瞬間、前方の車も速度を上げ始めた。ジョセフがさらに加速すると相手も加速し、諦めて元の車線へ戻れば、まるでこちらの反応を楽しんでいるかのように速度を落とす。
「……なるほど、追い越し禁止なんだ」
リオが妙に納得した様子で呟いた。
「標識の話じゃねえだろ。どう考えても、あいつが俺たちを邪魔してるんだよ」
「じゃあ、あの車の個人的なルール?」
「車に人格を与えるな!」
「でも、船にはあったよ」
「……それを言われると困るんだよな」
ポルナレフが苦々しい顔で腕を組むと、花京院は口元に手を当て、わずかに笑みを浮かべた。
そんな二人の様子を横目に、承太郎は窓の外を見つめていたが、前方の車が再び不自然な減速を始めたところで、ようやく口を開いた。
「ジジイ、あまり近づくんじゃねえ。あいつが何を狙ってるにせよ、わざわざ相手の間合いに入ってやる必要はねえだろ」
「分かっとるわい。まったく、ただでさえDIOの刺客に追われておるというのに、こんなところで交通事故なんぞ起こしてたまるか!」
「飛行機じゃなくても事故は起きるんだね」
「リオ! 今それを言う必要があるか!?」
「いや、ちょっと思っただけ」
ジョセフが何か言い返そうとした、その時だった。
前方の車が突然、道路の中央で大きく車体を振ったのである。
「な、何じゃあッ!?」
ジョセフは慌ててブレーキを踏み込み、全員の身体が前方へ揺さぶられた。幸い衝突には至らなかったものの、相手は道を塞ぐような位置に停車しており、運転席に座る男がこちらを見ていることだけは確認できた。
「……随分と分かりやすい挑発だな」
アヴドゥルが険しい表情を浮かべる。
「だったらこっちから引きずり出してやろうぜ。あんな運転しておいて、ただで済むと思ってんじゃねえだろうな」
「待ってください、ポルナレフ。相手がスタンド使いなら、車から降りたところを狙われる可能性もあります」
花京院が制止すると、ポルナレフは不満そうに舌打ちしながらも、素直に座席へ戻った。
リオは運転席の男を観察していたが、距離があるうえにフロントガラスが光を反射しているため、表情までは読み取れなかった。
「……運転してるのは人間っぽいね」
「そりゃそうだろ」
「いや、前に船を操ってたのはオランウータンだったから」
「お前、いつまでその話引っ張るつもりだよ」
「結構衝撃的だったんだけど」
「俺だって衝撃的だったよ!」
そう言い合っているうちに、前方の車が再び動き出した。
今度は道を塞ぐこともなく、ゆっくりと走り始めたかと思うと、次の瞬間には古びた車体から想像もできないほどの加速を見せ、あっという間に道路の先へ消えていった。
車内に短い沈黙が落ちる。
「……あの加速、普通の車じゃないですよね」
花京院の言葉に、アヴドゥルが頷いた。
「ああ。エンジンを改造した程度で説明できるものではない。やはりスタンド使いの可能性が高いな」
「つまり、車がスタンド?」
リオが何気なく口にすると、ポルナレフはゆっくりと振り向いた。
「……おい、リオ」
「何?」
「お前、前にも車が敵になるとか言ってなかったか?」
「言ったね」
「その前には人形とか言ってたよな?」
「言った」
「それで本当に人形が襲ってきたよな?」
「そうだったね」
ポルナレフはしばらく無言でリオを見つめていたが、やがて深々とため息をついた。
「……もうお前、敵の予想するな」
「なんで?」
「当たるからだよ!」
「偶然だろ」
「偶然にしては怖すぎんだろうが!」
リオとしては納得しかねる言い分だったが、花京院まで微妙な表情を浮かべていたため、それ以上の反論は控えることにした。
もっとも、そんな平和なやり取りが続いたのは、ほんの数分だけだった。
◆
再び前方に現れた車は、今度こそ明確な敵意をもって一行へ襲いかかった。
道路脇に停車していたはずの車体が、ジョセフたちの車が横を通り過ぎようとした瞬間、弾かれたように飛び出してきたのである。
「うおおおッ!?」
ジョセフが反射的にハンドルを切ったことで正面衝突こそ避けられたものの、車体は大きく横滑りし、道路脇のガードレールへ向かって突っ込んでいった。
このままでは衝突する。
そう判断したリオは、迷うことなく自身のスタンドを呼び出した。
「ブラックサファイア!」
黒い人型が後部座席から身を乗り出し、車体の側面へ手を当てる。
ブラックサファイアの能力はエネルギーの操作であり、現在のように車体が持つ運動エネルギーを奪うことも可能だった。ただし、車一台分の運動を瞬間的に消し去れば、乗員には急激な減速による負担がかかるため、単純にすべてを吸収すればよいという話ではない。
リオは車体の横滑りを抑えながら、タイヤが路面を捉えるまでのわずかな時間を稼いだ。
「……ッ、ジョセフ! ハンドル戻して!」
「分かっとる!」
タイヤが甲高い音を立て、車体が大きく揺れる。
それでも、ガードレールまであと数十センチというところで、ようやく車は停止した。
ジョセフはハンドルに額を近づけ、深々と息を吐いた。
「……助かったぞ、リオ。お前さんがおらんかったら、今頃全員まとめて病院送りじゃったかもしれん」
「どういたしまして。でも、できればもう少し普通に運転してほしい」
「ワシのせいじゃないじゃろうが!」
「そうだね。今回は」
「今回はって何じゃ!?」
ポルナレフが思わず吹き出したが、すぐに表情を引き締めて後方を指差した。
「おい、笑ってる場合じゃねえぞ! あいつ、こっちへ戻ってくる!」
古びた車は既に方向転換を終え、真正面からこちらへ向かって加速していた。
ジョセフがエンジンをかけ直そうとするものの、間に合わないことは明らかだった。
リオは再びブラックサファイアを前へ出し、今度は突進してくる車そのものの運動エネルギーを奪おうとする。
しかし、接触した瞬間に伝わってきた感触は、先ほどとはまるで異なっていた。
「……何だ、これ」
ブラックサファイアが確かに運動エネルギーを吸収しているにもかかわらず、相手の車体はほとんど減速しなかった。それどころか、奪われた勢いを補うように、さらに強い力で前へ押し込んでくる。
まるで、車そのものが際限なく加速しようとしているかのようだった。
リオは吸収量を増やしたが、流れ込んでくるエネルギーの処理が追いつかず、ブラックサファイアの腕が徐々に押し戻されていく。
「リオ、無理に受け止めないでください!」
花京院の声が聞こえた。
言われるまでもなく、リオ自身も正面からの制動が最善ではないと理解していた。だが、理解したところで、既に接触している車を無傷でやり過ごせるわけではない。
「……分かってる!」
リオは咄嗟に吸収を切り上げ、蓄えた運動エネルギーの一部を車体の側面へ叩き込んだ。
突進を止めるのではなく、進行方向をずらす。
その判断によって正面衝突は回避されたものの、古びた車は一行の車体を激しく掠め、ガードレールを巻き込みながら道路脇へ突っ込んでいった。
衝撃が抜けきらなかったブラックサファイアの腕に負荷が走り、リオ自身も反射的に右腕を押さえる。
「……っ、痛いな」
「おい、大丈夫かよ!?」
ポルナレフが覗き込む。
「動くから大丈夫」
「いや、動くかどうかだけじゃなくてだな……」
「少し痛い。これでいい?」
「よくねえよ!」
花京院はリオの腕を一瞥し、それから道路脇に突っ込んだ車へ目を向けた。
「今の攻撃、普通の自動車が持つ運動エネルギーだけでは説明できませんね。相手のスタンドが車体の性能を強化しているのだとすれば、リオの能力だけで止めようとするのは危険です」
「うん。あれ、思った以上に面倒くさい」
リオは痛む腕を軽く動かしながら、車の様子を観察した。
ボンネットは大きく変形し、車体の側面もガードレールとの衝突で潰れている。普通なら、これ以上まともに走れる状態ではないはずだった。
ところが、次の瞬間には金属が軋むような音が響き、へこんだ車体が内側から押し戻されるように変形を始めた。
リオは思わず眉を上げた。
「……修理、早いね」
「感心してる場合かよ!」
「いや、ちょっと羨ましくて」
「何がだ?」
「俺の腕もああならないかなって」
ポルナレフは何か言いかけたが、結局何も言わずに首を横へ振った。
その間にも車体は変形を続け、先ほどまでの古びた自動車とは似ても似つかない、異様な姿へ変貌していった。
◆
「ヒヒヒヒ! どうだ、驚いたかよ、ジョースター一行!」
運転席から聞こえてきた男の声には、こちらを追い詰めているという確信が滲んでいた。
「こいつがオレのスタンド、ホイール・オブ・フォーチュンだッ! ただの車だと思ってたなら、とんだ間抜けだぜ!」
男がアクセルを踏み込むと、異様に膨れ上がった車体が唸りを上げる。
どうやら実物の車をスタンドで覆い、その性能や形状を自在に変化させているらしい。
「なるほどな。車をスタンドで強化するタイプか」
アヴドゥルが呟く。
「それなら、さっきブラックサファイアで止めきれなかった理由も分かるね。車の運動エネルギーを奪っても、スタンドの力で新しく加速されるなら、結局また処理しなきゃいけない」
リオは自分の右腕を見下ろした。
容量だけの問題ではない。こちらが奪う速度よりも速く、新たな運動が生み出され続ければ、いつかは処理しきれなくなる。
そう考えていると、ホイール・オブ・フォーチュンの車体前部が不自然にせり上がり、次の瞬間には何かが勢いよく噴射された。
「――!」
ブラックサファイアが反応し、飛来する液体の勢いを削ぐ。
だが、液体そのものが消えたわけではなく、勢いを失った雫の一部がリオの肩へ付着した。
鼻を刺すような臭い。
ガソリンだった。
「リオ、離れて!」
花京院の警告とほぼ同時に、飛び散った液体へ火がついた。
「……ッ!」
リオは咄嗟にブラックサファイアで熱を奪い、燃え広がる勢いを弱めながら上着を脱ぎ捨てた。
幸い火傷は軽く済んだものの、肩には焼けつくような痛みが残った。
「ヒヒヒ! エネルギーを操るんだろうが、燃える液体そのものはどうにもできねえらしいなァ!」
男が得意げに笑う。
リオはその声を聞きながら、地面に落ちた上着へ目を向けた。
ブラックサファイアは熱を吸収できるが、燃料そのものを消し去れるわけではない。熱を奪って燃焼を弱めることはできても、次々にガソリンを浴びせられれば、処理すべき対象は増え続ける。
加えて、先ほどの衝突で腕に負荷が残っている。
今のまま相手の攻撃を受け続けるのは、明らかに得策ではなかった。
「……最近、相性の悪い相手が多くない?」
リオがぼやくと、花京院は小さく息を吐いた。
「相性だけの問題ではないと思いますよ。あなたは相手の攻撃を止めることから考える傾向がありますが、今回のように次々と異なる攻撃を仕掛けてくる相手には、すべてを受け止めようとすること自体が危険です」
「……そうだね」
「それに、あなたは先ほどから腕を庇っています。これ以上無理をすれば、次の攻撃に対応できなくなるかもしれません」
リオは一度ブラックサファイアを見上げ、それから承太郎へ視線を移した。
承太郎は既に車から降り、ホイール・オブ・フォーチュンと向かい合っている。
「……じゃあ、今回は任せようかな」
「珍しいですね。もう少し粘ると思っていました」
「俺だって、勝てそうにない方法をいつまでも続けるほど馬鹿じゃないよ」
リオはそう答えたが、花京院は何も言わなかった。
その沈黙が少々気になったものの、今は問い詰めている場合ではない。
ホイール・オブ・フォーチュンが、再びエンジンを唸らせたからだ。
◆
「ヒヒヒ! 黒いスタンドの坊主はもう終わりかよ! だったら次は、そっちの学ラン野郎だ!」
車体が勢いよく加速し、承太郎へ向かって突進する。
だが、承太郎は慌てる様子もなく、ゆっくりと右手を上げた。
「スタープラチナ」
紫色の人型が現れ、迫り来る車体へ拳を叩き込む。
「オラァッ!」
轟音とともにホイール・オブ・フォーチュンが横へ弾かれ、タイヤを滑らせながら道路を削った。
リオはその光景を見つめ、何とも言えない表情を浮かべた。
「……ずるいな」
「何がです?」
「俺があれだけ苦労して止めようとした車を、普通に殴ってる」
花京院は一瞬きょとんとしたあと、わずかに笑った。
「承太郎の場合、あなたのようにエネルギーの吸収や配分を考える必要はありませんからね。単純な破壊力であれば、スタープラチナは非常に優秀です」
「そうなんだよね。だから嫌なんだ」
「聞こえてるぜ」
承太郎が振り向かずに言った。
「聞こえるように言ったんだけど」
「後で覚えとけよ」
「怖いね」
口では軽口を叩きながらも、リオの視線はスタープラチナの動きを追っていた。
承太郎は相手の突進を真正面から受け止めたわけではなく、車体の側面へ拳を叩き込むことで進行方向を変えていた。自分がブラックサファイアで行った対処と似ているようでいて、必要とする手順はまるで違う。
そして、承太郎は最初から相手を完全に停止させようとはしていなかった。
その違いが、リオには少し引っかかった。
ホイール・オブ・フォーチュンはなおも車体を変形させ、承太郎の攻撃を受けても走行能力を失っていない。
男は勝ち誇ったように笑い、今度は砂埃を巻き上げながら大きく旋回した。
「ヒヒヒヒ! そんな拳が何度当たったところで、オレのホイール・オブ・フォーチュンは止められねえぜ!」
承太郎は何も答えなかった。
ただ、帽子のつばを指で押さえながら、迫り来る車を見据えている。
そして、車が再び加速した瞬間だった。
「リオ、手ぇ出すんじゃねえぞ」
「……え?」
「そこで見てろ」
承太郎はそう言い残すと、真正面から突っ込んでくる車に対して、避ける素振りすら見せなかった。
リオは思わず眉をひそめた。
相手の車体は、先ほど自分が受け止めきれなかったほどの力で加速している。スタープラチナの破壊力が優れているとはいえ、何の準備もなく正面衝突を受ければ無事では済まないはずだった。
「……承太郎?」
呼びかけても返事はない。
車が迫る。
リオは反射的にブラックサファイアを呼び出そうとしたが、承太郎から手を出すなと言われたことを思い出し、動きを止めた。
あの男が意味もなく自分を危険に晒すとは思えない。
それでも、何をしようとしているのか分からないまま見守るというのは、思っていた以上に落ち着かないものだった。
「承太郎、何して――」
言い終えるよりも早く、ホイール・オブ・フォーチュンが承太郎のいた場所へ突っ込んだ。
激しい衝突音とともに砂埃が舞い上がり、道路の一部が大きく抉れる。
「承太郎ォッ!」
ジョセフの叫び声が響いた。
ポルナレフも飛び出そうとしたが、アヴドゥルがその腕を掴んで制止する。
リオは動かなかった。
いや、正確には、何が起きたのかを確かめるまで動くべきではないと判断したのだが、その判断に至るまでの一瞬、頭の中から余計な考えが消えていたことも事実だった。
砂埃の向こうから、男の笑い声が聞こえてくる。
「ヒヒヒヒ! やったぜ! 空条承太郎を轢き潰してやった!」
リオは無言で前方を見つめた。
ブラックサファイアを呼び出すこと自体は、いつでもできる。
しかし、承太郎が本当に倒されたのかどうかも分からない状況で動けば、かえって邪魔になるかもしれない。
そう考えている自分に、少しだけ苛立った。
そして、男が再び笑い声を上げた、その時だった。
「……やれやれだぜ」
聞き慣れた声が、砂埃の向こうから響いた。
次の瞬間、道路に空いた穴の中から、承太郎が何事もなかったかのように姿を現したのである。
「な、何ィィィッ!? どうして生きてやがる!?」
男が驚愕の声を上げる。
承太郎は帽子の位置を直しながら、面倒くさそうに答えた。
「ちょいと地面に潜ってただけだ。車で突っ込んでくるって分かってりゃ、避ける方法くらいあるぜ」
その説明を聞いて、リオはようやく理解した。
スタープラチナの圧倒的な精密動作と速度を使えば、車が到達するまでのわずかな時間で地面を掘り、衝突をやり過ごすことも不可能ではない。
しかし、理屈が分かったところで、そんな方法を咄嗟に選べるかどうかは別問題だった。
「……先に言ってよ」
思わず口から漏れた言葉に、承太郎が振り向く。
「言っただろ。手ぇ出すなって」
「そうじゃなくて、地面に潜るなら潜るって……いや、もういいや」
リオは途中で言葉を切り、軽く首を振った。
承太郎はそんな彼をしばらく眺めていたが、やがて口元をわずかに緩めた。
「何だ、心配したのか?」
「してないよ」
「そうかい」
「うん」
承太郎はそれ以上追及せず、再び敵へ向き直った。
しかし、隣にいたポルナレフはそう簡単には見逃してくれなかった。
「おいおい、リオ。今のはどう見ても焦ってただろ?」
「焦ってない」
「いや、絶対焦ってたって! 普段のお前なら、もう少し嫌味の一つでも言うところじゃねえか」
「ポルナレフ」
「何だよ?」
「次に車が突っ込んできたら、先に逃げてね」
「話を逸らすな!」
リオは聞こえなかったことにして、承太郎の背中へ視線を戻した。
正直に言えば、少し悔しかった。
相手の車をどう止めるか、どうやって攻撃を受け流すか、どうすればブラックサファイアの処理限界を超えずに済むか。
自分が考えていたのは、そうした方法ばかりだった。
だが、承太郎は最初から、車とまともにぶつかる必要などないと考えていたのである。
その発想の違いを認めることは、思っていた以上に面白くなかった。
◆
その後の決着は、驚くほど早かった。
承太郎が無事だったことに動揺した男は、ホイール・オブ・フォーチュンをさらに加速させ、再び正面から突っ込ませようとした。
だが、今度の承太郎は避けようとしなかった。
「スタープラチナ!」
紫色の人型が車体へ拳を叩き込み、続けざまに連打を浴びせる。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!」
金属が歪み、強化された車体が次々と破壊されていく。
男は悲鳴を上げながらハンドルを操作しようとしたが、既に車はまともに走れる状態ではなく、最後の一撃によって道路へ叩きつけられた。
「オラァッ!!」
轟音が響き、ホイール・オブ・フォーチュンの異様な外装が崩れていく。
やがて砂埃が収まった頃には、男の自慢していた車は無残な姿となり、運転手自身も完全に戦意を失っていた。
「……終わった?」
リオが尋ねると、花京院は小さく頷いた。
「そのようですね。あれだけ車体を破壊されれば、もうまともに戦うことはできないでしょう」
「……そっか」
リオは少しだけ残念そうに呟いた。
「何か気になることでも?」
「いや、結局最後は殴って終わるんだなって」
「承太郎らしいと言えば、そうですね」
「ブラックサファイアでいろいろ考えてた俺が馬鹿みたいじゃない?」
「そんなことはありませんよ。あなたが最初の衝突を防いでくれなければ、我々も無傷では済まなかったでしょうし」
「……そう?」
「ええ。ただし、二度目の突進を正面から止めようとしたのは、少々無理があったと思います」
「そこは自覚してる」
花京院はそれ以上何も言わず、リオの肩に残る火傷へ目を向けた。
「あとで手当てをしましょう。軽傷に見えても、放っておいていいものではありませんから」
「分かった。ありがとう」
素直な返事を聞いた花京院は、少し意外そうな顔をしたあと、穏やかに笑った。
◆
戦闘が終わってしばらくすると、ジョセフとアヴドゥルは車の損傷を確認し始め、ポルナレフは敵の運転手に対して何やら文句を言っていた。
幸い、一行の車はどうにか走行できそうだったが、先ほどの衝突で車体の一部が損傷しており、しばらくは慎重に運転する必要があるらしい。
リオは道路脇の石に腰を下ろし、火傷した肩と痛む右腕を眺めていた。
そこへ、承太郎が近づいてきた。
「腕はどうだ」
「動くよ。肩の方が痛いかな」
「そうか」
承太郎は短く答えると、リオの隣に立った。
「さっきの車、最初はよく止めたな」
「……珍しいね。承太郎が褒めるなんて」
「調子に乗るな。二回目は余計だったって話だ」
「やっぱり」
リオが苦笑すると、承太郎は道路に残るタイヤの跡へ視線を向けた。
「てめーのスタンドは、相手の攻撃を利用できるのが強みだ。だが、相手が何度でも新しい力を加えてくるなら、全部を受け止めようとする必要はねえだろ」
「……うん」
「それに、あいつは車だった。運転してる本体もいるし、車体を壊せば走れなくなる。わざわざエネルギーだけをどうにかしようとする必要もねえ」
リオは黙って聞いていた。
承太郎の言っていることは理解できるし、実際にその通りだった。
だが、理解できるからこそ腹立たしい。
「……承太郎」
「あ?」
「さっき、地面に潜っただろ」
「ああ」
「俺、あれ読めなかった」
承太郎がリオへ視線を向けた。
「車を殴るか、受け止めるか、避けるか。その辺りは考えてたんだけど、地面に穴を掘って潜るなんて発想はなかったんだよね」
「そうか」
「うん。だから、ちょっと悔しい」
リオは肩を竦めた。
敗北したわけではない。
そもそも承太郎と競争していたわけでもなければ、今回の敵を自分が倒さなければならない理由もなかった。
それでも、自分が思いつかなかった解決方法を目の前で見せられれば、面白くないものは面白くない。
承太郎はそんなリオを見下ろし、しばらくしてから口を開いた。
「てめーは考えすぎなんだよ」
「……それ、前にも言われた気がする」
「何度でも言ってやるぜ。てめーは相手の能力を理解して、どう攻略するかを考えるのが得意だが、最初からその問題を解く必要があるかどうかは、あまり考えてねえだろ」
「…………」
「今回だってそうだ。車を止められねえなら、車に付き合わなきゃいい。殴って壊すなり、避けるなり、運転してる野郎を引きずり出すなり、方法はいくらでもある」
リオはしばらく黙り込んだ。
そして、やがて小さく息を吐いた。
「……なるほどね」
「分かったか?」
「うん。じゃあ次に車が来たら、地面に潜ることにする」
「そういう意味じゃねえ」
「違うの?」
「違う」
「難しいな」
承太郎は呆れたように帽子のつばを下げた。
「……やれやれだぜ」
リオは小さく笑った。
ただし、内心では既に、同じような状況になった時にどのような選択肢を取れるかを考え始めていた。
次に同じ失敗をするつもりはない。
そういうところだけは、十一年前の旅が終わったあとも、きっと変わらないのだろう。
◆
「おーい! 車の方は何とか動きそうじゃぞ!」
ジョセフの声が響き、一行は再び車の周囲へ集まった。
破損した部分については応急的な処置を済ませたらしく、少なくとも次の街まで移動する程度なら問題ないとのことだった。
「ただし、今度こそ無茶な運転はせんぞ。これ以上車を壊しておったら、エジプトへ辿り着く前に旅費が尽きてしまうわい」
「最初から無茶な運転しなければいいんじゃない?」
リオが言うと、ジョセフは思わず振り返った。
「誰のせいでこんなことになったと思っとるんじゃ!」
「敵の車」
「……それはそうじゃが!」
あまりにも正論だったため、ジョセフはそれ以上言い返せなかった。
ポルナレフが笑い、花京院も口元を緩める。アヴドゥルは苦笑しながら助手席へ乗り込み、承太郎は既に後部座席へ向かっていた。
リオもその後に続こうとしたが、ふと道路脇に残された車の残骸へ目を向けた。
ただの自動車でさえ、スタンドの能力次第では恐ろしい武器になる。
そして、どれだけ便利な能力を持っていたとしても、その能力だけであらゆる状況を解決できるわけではない。
今回の戦いで思い知らされたのは、そんな当たり前のことだった。
リオは痛む右腕を軽く動かし、それから何事もなかったように車へ乗り込んだ。
「ねえ、ポルナレフ」
「何だよ」
「次の敵、何だと思う?」
ポルナレフの表情が、目に見えて険しくなった。
「……お前、またその話か?」
「いや、今度は当ててみようかなって」
「やめろ。頼むからやめてくれ」
「じゃあ、人間以外とか?」
「…………」
ポルナレフが黙り込んだ。
花京院も、何か言おうとして口を閉じる。
アヴドゥルは助手席で静かに目を閉じ、ジョセフはハンドルを握ったまま天を仰いだ。
そんな中、承太郎だけが面倒くさそうに呟いた。
「……あり得るな」
「承太郎まで乗るんじゃねえよォォォッ!!」
ポルナレフの叫び声が車内に響き渡る。
リオはその様子を眺めながら、窓の外へ視線を移した。
夕暮れに染まる道路がゆっくりと後方へ流れ、遠くの空には、夜の訪れを告げるように薄い雲が広がっていた。
DIOの待つエジプトまでは、まだ長い道のりが残されている。
その旅路の先に何が待ち受けているのか、今のリオには分からない。自分と同じ名字を持つ男が何を知っているのかも、そもそも自分が何者なのかさえ、未だに答えは見つかっていなかった。
それでも、少なくとも今は、この奇妙な五人と一緒に旅を続けている。
仲間になったつもりはないし、向こうから完全に信用されているとも思っていない。
だが、先ほど承太郎が車に轢かれたと思った瞬間、どうして自分があれほど焦ったのかについては、あまり深く考えないことにした。
考えたところで、きっと面倒な答えしか出てこない。
「……ねえ、ジョセフ」
「今度は何じゃ?」
「次の街に着いたら、何か食べたい」
「お前さん、さっき飯を食ったばかりじゃろうが!」
「戦ったからお腹空いた」
「ワシの財布にも限界があるんじゃぞ!」
「ブラックサファイアでどうにかならないかな」
「金はエネルギーじゃないわい!」
ジョセフの悲鳴じみた声に、ポルナレフが腹を抱えて笑い、花京院は呆れながらも次の街にある食堂について地図を調べ始めた。
承太郎は帽子を深く被り直し、アヴドゥルはそんな一行の様子を見て小さく笑った。
どうやら今日も、普通の移動とはいかなかったらしい。
もっとも、今さらそんなことを気にする人間が、この車の中にどれほど残っているのかは疑問だった。
六人を乗せた車は、再びエジプトへ向かって走り始めた。
第十五話、いかがだったでしょうか!
今回の敵は、ホイール・オブ・フォーチュン!
……車です。
いや、スタンドが車って何なんでしょうね。
船がスタンドだった時点で今さらな気もしますが。
さて、今回はリオのブラックサファイアが少々苦戦しました。
エネルギーを吸収できるとはいえ、処理できる量には限界がありますし、そもそもガソリンそのものを消せるわけでもありません。
便利だけど万能じゃない。そこは大事にしていきたいところです。
そして承太郎。
車が突っ込んできた?
よし、地面に潜ろう。
……いや、どうしてそうなる。
普通なら避けるか殴るかでしょうに、まさか地面を掘って回避するとは。
これが空条承太郎という男です。
ちなみにリオ、承太郎が轢かれたと思った瞬間、内心では結構焦っていました。
本人は絶対に認めないでしょうけどね。
まだ仲間だとは思っていないリオですが、少しずつ何かが変わってきているのかもしれません。
さて、次回はどうなることやら。
そろそろリオにも、今回以上に厄介な相手が現れるかもしれません。
果たしてブラックサファイアだけで、どこまで戦えるのか。
というわけで、今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
感想やご意見、誤字脱字の報告など、お気軽にいただけると嬉しいです!
特にリオと原作キャラクターたちの掛け合いについて、どう感じたか教えていただけると励みになります。
面白いと思っていただけたら、評価もよろしくお願いします!
それでは、また次回!