広大なリーベルの森の中央に位置する、見通しの良い小開けて清流が寄り添う平地。日が傾き、紫紺の帳がゆっくりと降りてくる時間帯、ムコーダ(向田剛志)は溜め息混じりに大きな木箱から「いつもの」を取り出していた。
「まったく、フェルもスイもドラちゃんも、肉は肉でも今日は『あのソーセージ』がいいって……贅沢になっちゃってさあ」
ムコーダが『ネットスーパー』の画面で注文し、ダンボールから取り出したのは、赤と緑のパッケージも鮮やかな**ジョンソンヴィル(Johnsonville)のソーセージ**である。チェダーチーズ入りと、ガーリック香るスタックド・スモーク、そして王道のオリジナルスモーク。何パックもドサドサと調理台代わりの特製魔法テーブルの上に並べられていく。
「シュコーッ! 主、今日のは噛むと汁がピュッて出るやつ!? スイ、あれだーい好き!」
「ふん、あの塩気の効いた肉の塊か。まあまあ食える。早く焼くのだ、ムコーダ。我の腹はすでに鳴っておるぞ」
「オレもオレも! あいつは噛みごたえがあって、皮がパキッて鳴るのが最高の酒の肴……じゃなくて、おやつになるんだよな!」
ぷにぷにと足元で弾むぷにぷにの丸い肉体——従魔のスライム・スイ。
ドサリと巨体を横たえ、黄金の瞳でじっと鉄板を見つめる伝説の神獣フェンリル・フェル。
そしてムコーダの肩のあたりをパタパタと小さな羽を羽ばたかせて旋回するピクシードラゴン・ドラちゃん。
「はいはい、分かったから待っててくれよ。焦がすと旨味が逃げるからな、じっくり弱火で……っと」
ムコーダは特注の大鉄板の下に魔法の魔石コンロをセットし、極微量のオイルを引く。そこに、指よりも遥かに太く、ずっしりとした重量感を誇るジョンソンヴィルのソーセージを幾本も幾本も並べていった。
**——ジワァァァァァッ……**
鉄板に触れた瞬間、香ばしい燻製の香りと肉汁の爆発的なアロマが夜の森の空気に解き放たれる。
皮が熱でピンと張り詰め、内部の粗挽き肉から染み出た上質な脂肪分が皮の表面を艶やかに濡らしていく。チリチリと微かな音を立てながら、きつね色の焼き色がついていく様子は、まさに食欲という欲望の化身そのものだ。
特にチェダーチーズ入りはヤバい。熱によって内部で溶け出した黄金色の濃厚チーズが、皮の結び目や表面のわずかな割れ目から「ぷつ、ぷつ」と顔を覗かせ、鉄板に触れてじゅわっと焦げる芳醇な香りを放ち始める。
「くぅぅっ! たまらん匂いだ! ムコーダ、もう良いのではないか!?」
「だーめ。ジョンソンヴィルは中までしっかり熱を通して、皮がパリッとするまでじっくり育てるのが一番美味いんだから。今食ったら半減するぞ」
「むぐぐ……生殺しだぞ、それは……」
フェルが長い鼻先を鳴らし、ヨダレをボタボタと草むらに垂らす。スイも「ぺちぺち」と体色をピンク色に変えながら跳ね回り、ドラちゃんに至っては鼻孔を限界まで広げて香気を吸い込んでいる。
まさにその時だった。
森の奥、薄暗い樹々の隙間から、ガサガサと草木を押し分ける複数の足音が近づいてきた。
「……え? 誰か来る?」
ムコーダがとっさに警戒し、包丁を握り直す。フェルも鋭い眼光で森の暗がりを睨みつけた。しかし、殺気はない。漂ってくるのは、極度の疲労と、途方に暮れたような気配、そして——ほのかな「薬草」の香りに混ざった、どこか上品で柔らかな魔力の余韻。
「——誰だっ! 武器を収めよ! 我らはスランタザール王国、第三騎士団である!」
威厳に満ちた声と共に現れたのは、銀装の甲冑に身を包んだ凛々しい騎士たち。その中央を守るようにして歩いてきたのは、一人の黒髪の女性だった。
メガネをかけ、機能的ながら上質な薬草師のローブを纏った彼女——小鳥遊 聖(タカナシ・セイ)である。
その隣には、彼女を護衛するアイスブルーの髪を持った美しい騎士、アルベルト・ホーク団長。そして薬用植物研究所の所長であるジュードたちの姿もあった。
「騎士団……? え、でも、なんか雰囲気が……」
ムコーダは首をかしげた。普段彼らがうろついているレイザール王国や隣国の雰囲気とは微妙に文化圏が違うような、洗練された、しかしどこか見覚えのある「空気」を感じ取ったからだ。
一方、セイたち一行は、討伐と薬草採取の遠征の帰り道で完全に迷い、おまけに急な魔物の強襲を受けて疲弊しきっていた。空腹と疲労で限界に達していた彼らの鼻腔を、突然突き抜けたのが——
**「……ッ!? な、なに……この、あり得ないくらい良い香りは……!?」**
セイの足がピタリと止まった。
その丸いメガネの奥の瞳が、限界まで見開かれる。
「聖(セイ)様、下がってください。……くっ、これは……魔獣の気配!? いつの間にこれほどの高位個体が……っ!?」
アルベルト団長が瞬時に剣の柄に手をかけ、ムコーダの足元に鎮座する巨獣フェルを見て顔色を変える。伝説の神獣フェンリル。一国を滅ぼしかねない存在が、なぜか「涎を垂らしながら鉄板を凝視している」という異様な光景。
しかし、アルベルトや他の騎士たちの警戒を一瞬で霧散させたのは、威圧感でも剣気でもなく、鉄板から立ち上る『凶悪すぎる燻製肉と溶けたチーズの芳香』だった。
「ぐぅぅぅぅぅ……」
静まり返った森に、誰かの腹の虫が盛大に鳴り響いた。騎士の一人ではない。アルベルト団長でもない。
……セイのお腹であった。
「あ……ご、ごめんなさい……!」
真っ赤になるセイ。それもそのはず、彼女たちは朝から干し肉と硬いパンしか口にしておらず、長時間の移動で疲労困憊だったのだ。そこへ来て、この圧倒的すぎる肉の香薬(もはや毒と言ってもいい誘惑)。
ムコーダは脱力した。いつもの「異世界の怪しい奴ら」ではない。特にあの黒髪の女性……どこか親しみやすい、日本の「働くお姉さん」の匂いがプンプンする。
「あのー……通りすがりですか? 良かったら、お腹空いてるなら食べていきます? いっぱい焼いてますし」
「えっ……? いいんですか!?」
セイが思わず前に乗り出す。アルベルトが「聖様、警戒を……」と言いかけるが、セイの鼻はすでにジョンソンヴィルの香りに完全に支配されていた。
「あ、俺はムコーダと言います。こっちは従魔のフェル、スイ、ドラちゃん。怪しい者じゃないです……まあ、見た目は怪しいかもしれないですけど」
「私はセイ……小鳥遊聖と申します。こちらは騎士団のアルベルトさんと、みなさんです。すみません、遠征で道に迷ってしまって……」
(小鳥遊……!? 日本人だ!!)
ムコーダの脳内に電撃が走る。相手もまた、異世界召喚に巻き込まれた(あるいは召喚された)地球人であることを瞬時に察した。セイの方も、ムコーダの「ムコーダ」という名や、着ている服の質感、何よりその手際から「もしや……?」と目を見開いている。
「まあまあ、立ち話もなんですし、ちょうど焼き上がったところですから! ほら、熱いうちにどうぞ!」
ムコーダは魔法で作成した木の皿に、パリッと表面が焼き上がり、内部で肉汁がマグマのように滾っているジョンソンヴィルを手際よく盛り付けた。
一人あたり、スタックド・スモーク、チェダーチーズ、オリジナルの三種セット。
「では……遠慮なく、いただきます……」
セイは差し出された皿を受け取り、フォーク代わりに渡された木製の箸を手にとる。
太く、艶やかに光るソーセージ。箸で持ち上げた瞬間、そのずっしりとした重みと、皮の弾力が手元に伝わってくる。
「(この形……この燻製の香り……まさか、向こうの世界の……!?)」
セイはゴクリと唾を飲み込み、意を決してソーセージの端に噛み付いた。
**——パキィィィィィッ!!!**
森全体に響き渡るような、清々しくも破壊的な「断裂音」。
その直後、抑え込まれていた肉汁の津波が、セイの口内で一気に爆発した。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっ!!!!??」
セイの瞳から、ボロボロと大きな涙がこぼれ落ちた。
「っ!? 聖様!? 毒か……ッ!?」
アルベルトが青ざめて剣を引き抜こうとする。しかし、セイは必死に手を振ってそれを制した。口の中が溢れ出す旨味と熱気でいっぱいで、声が出ないのだ。
粗挽き肉の圧倒的な歯ごたえ。溢れ出る肉汁は、香ばしいスモークの香りを纏気し、噛めば噛むほど肉本来の強烈なウマみが広がる。そして次に噛んだチェダーチーズ入り——皮が弾けた瞬間、とろりとろける濃厚なチーズが熱々の肉汁と混ざり合い、口内を多幸感の嵐で満たしていく。
「美味い……っ! 美味しすぎます、ムコーダさん!! これ、ジョンソンヴィルですよね!? 日本の、あの! 私、残業帰りにビールと一緒に食べるのが一番の贅沢だったやつです……! ううっ、懐かしい……美味しすぎる……っ!」
「あはは、やっぱり分かります? そう、ジョンソンヴィルですよ! 異世界で食べるこれ、飛ぶでしょ?」
「飛びます! もう天まで昇りそうです……っ! このチェダーチーズのコク、肉汁のジューシーさ……何ですかこの皮の張りは! 魔法ですか!?」
感動のあまり半泣きでソーセージを貪る「聖女」様。
そのあまりの変貌ぶりに、アルベルト団長や騎士たちは息をのんだ。あの常に冷静で、優雅で、聖女として高潔な雰囲気を纏うセイが、一本の肉の塊にこれほどまで心を奪われている。
「団長も……みなさんも食べてみてください! 警戒なんて言ってる場合じゃないです、これは命の救済です!!」
「せ、聖様がそこまで仰るなら……」
アルベルト団長は半信半疑のまま、漆黒の焼き色のついた太いソーセージを口へと運んだ。騎士としての矜持から、上品に噛み切ろうとする。
**——パキッッ!!**
「む……っ!?」
次の瞬間、アルベルト団長の手からフォーク(箸)が落ちかけた。
なんだこれは。
肉か? これがソーセージだと?
彼らが普段食べているソーセージといえば、挽肉にパン粉やハーブを混ぜ込み、塩気で固めたぼそぼそとした保存食だ。
だが、いま口の中で暴れ回っているのは何だ。
噛んだ瞬間に弾ける皮。溢れ出すのは、まるで極上の魔獣のステーキを凝縮したかのような濃厚でジューシーな肉汁。そして鼻に抜ける、ブナの木で燻製されたかのような深みのある香り。
「な……なんだこの溢れ出る旨味は……っ! 肉汁が……肉汁が止まらないっ! 噛むたびに肉の旨味が溢れて、喉を通り過ぎるのが惜しいほどだ……!」
「団長!? ……ぐっ、う、美味い! 美味すぎるぞこれは!!」
「チェダーチーズというのか!? この黄色いトロトロしたものが肉と絡み合って、脳がどうにかなりそうだーっ!!」
「パンだ! 固い干し肉とはワケが違う! 旨味が、旨味が無限に出てくる!!」
屈強な第三騎士団の男たちが、森の中で膝をつき、ソーセージを咥えたまま歓喜の咆哮をあげ始めた。
その光景は、もはや宗教的な儀式か、あるいは狂乱の宴。
「ふはははは! 見ろムコーダ、人間どもが我らのようにソーセージの虜になっているぞ!」
「スイのも! スイのももっと焼いてー! あのチーズのやつ、もっと食べたいー!」
「おいムコーダ! オレの分が足りねえぞ! ほら、あいつらに取られる前に早く追加だ!」
フェルたちがドヤ顔で言い放ち、ムコーダは苦笑しながらネットスーパーの画面を連打する。
「はいはい、分かったから! ジョンソンヴィル追加ね! バラエティパックも買って、次はマスタードとケチャップも出すから!」
「……えっ? マ、マスタードとケチャップ……!?」
セイの目が、かつてないほど怪しく光った。
「ムコーダさん……あの粒マスタードがあるんですか? あの、プチプチ弾けて甘酸っぱくて、肉の脂をさっぱりさせる、あの……!?」
「ありますよ、粒マスタード。ついでにキンキンに冷えたビール(ノンアルもあるけど)も出しましょうか?」
「買います!! いえ、私に買わせてください! 金貨でも白金貨でも出しますから、私にそのソーセージとビールを……ッ!!」
聖女としてのメッキが完全に剥がれ落ち、完全なる「疲弊した現代日本のOL」の本能を剥き出しにするセイ。
更なる追い打ちのように、ムコーダが特製のホットドッグ用パンを取り出し、焼き立てのジョンソンヴィルを挟み、上から溢れんばかりの粒マスタードと濃厚なケチャップをドロリとかけ始めた。
黄金色に輝くチーズ、真っ赤なケチャップ、黄土色の粒マスタード、そしてジューシーな肉の褐色。
その完璧すぎるコントラストが、夜の森を照らし出す。
「さあ、後半戦行きますよ! ジョンソンヴィル・特製ホットドッグ祭りの始まりだー!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおッっっっ!!!!」」」」
異世界の聖女と騎士団、そして伝説の神獣たちが、たった一本のソーセージによって完全に一線を越えようとしていた——。
ジョンソンヴィルのソーセージとキンキンに冷えたビール、そして特製ホットドッグの猛攻が一段落した頃、リーベルの森にはどこか達成感すら漂う穏やかな静寂が訪れていた。
「ふぅ……美味しかった……。本当に、死ぬかと思うくらい美味しかった……」
小鳥遊聖(セイ)は、丸いメガネを少しずらし、満足感に満ちちた吐息を漏らしながら木箱の上に深く腰掛けていた。その手元には、ムコーダがネットスーパーで買い与えた緑茶のペットボトルがある。異世界の清らかな空気の中で飲む温かい緑茶は、油分で満たされた口内をすっきりと洗い流してくれた。
その横では、スランタザール王国第三騎士団の面々が、まるで合戦を終えた武士のように草むらに横たわっていた。甲冑を外したアルベルト・ホーク団長は、精悍な顔立ちを少し緩め、夜空を見上げている。
「まさか、たった一本の肉の塊にこれほどまで翻弄されるとは……。スランタザール王国の騎士として、不覚……いや、至福と言うべきか」
「ふははは! 人間ども、たかがソーセージ一本で情けないぞ! 我などまだまだ余裕だからの!」
そう言い放つフェルのお腹は、いつも以上に丸々と膨らんでいた。スイに至っては「満足したのー」と言わんばかりに、ムコーダの足元でぷにぷにと体色を桜色に変えながら微睡(まどろ)んでいる。ドラちゃんも「あのパリッとした皮が最高だったぜ……」と呟きながら、ムコーダの肩の上で毛づくろいならぬ羽づくろいをしていた。
片付けを終えたムコーダは、折りたたみ椅子に腰を下ろし、ふうと息をついた。
「いやあ、喜んでもらえて良かったです。セイさんも、異世界で日本の味に会えるなんて思わなかったでしょう?」
「ええ、もう本当に! ムコーダさん、あなたはこの世界に舞い降りた救世主ですよ。まさかジョンソンヴィルのチェダーチーズがここで食べられるなんて……涙が出そうでした」
セイが照れくさそうに笑う。日本人同士、異世界で出会ったという不思議な連帯感が、ふたりの間に心地よい空気を生み出していた。
そんな和やかな雰囲気を破るように、アルベルト団長が意を決したように立ち上がり、ムコーダの前へと歩み寄ってきた。その表情は、先ほどまでの肉汁に歓喜していた男のそれではなく、一国の騎士団長としての真剣そのものの眼差しであった。
「ムコーダ殿。……いや、ムコーダ様と呼ばせていただきたい」
「えっ!? い、いやいや、一商人ですから『さん』でいいですよ! 団長さん!」
ムコーダが慌てて手を振るが、アルベルトは胸に手を当て、深く頭を下げた。
「無礼を承知で、折り入ってお願いがございます。……近々、我がスランタザール王国の王都にて、王族や有力貴族が一堂に会する一大社交パーティーが催されるのです」
「社交パーティー……ですか?」
嫌な予感がしてムコーダの頬がピクリと引きつる。貴族や王族という単語は、平和主義で目立ちたくないムコーダにとって最も忌避すべきワードの一つだ。
「はい。実は、今回のパーティーは諸外国からの使節団も招かれる重要な宴なのですが……恥ずかしながら、王宮のお抱え料理人たちの作る料理が、少々マンネリ化しておりましてな。参加する貴族たちを驚かせ、我が国の威信を示すような『至高の料理』を求めているのです」
アルベルトは熱っぽい視線をムコーダに向けた。
「先ほどいただいたあのソーセージの焼き加減、スパイスの調合、そして立ち上る芳香……ムコーダ殿の料理の腕前は、我が国の王宮料理人を遥かに凌駕している! どうか、今回のパーティーの料理を丸ごと貴殿に任せさせてはいただけないでしょうか!?」
「ええええっ!? いやいやいや! 王宮のパーティーなんて無理ですよ! 俺、ただの旅の料理好きというか、ネットスーパーの惣菜と元・サラリーマンの適当手料理ですし!」
ムコーダは即座に拒否しようとした。面倒事に巻き込まれるのは御免である。
しかし、アルベルトは引かなかった。
「もちろん、相応の報酬はお支払いします! 成功の暁には、白金貨五十枚……いや、白金貨百枚をお約束しましょう! さらに、スランタザール王国全土での『自由商人証』の発行と、王室御用達の特権もお付けします!」
「白、白金貨百枚……ッ!?」
ムコーダの頭の中で瞬時に計算が走る。金貨一万枚相当。日本円に換算したら、一体いくらになるんだ……!?
(いやでも、金には困ってないしな……フェルたちがドロップ品を売るだけで山ほど入ってくるし……)
ムコーダがなおも躊躇していると、頭の中に突然、妙に機械的でありながらどこかウキウキとしたシステム音が響き渡った。
『——ピコン♪ 【ネットスーパー】からのお知らせです』
(ん? このタイミングで?)
ムコーダが頭の中でスキル『ネットスーパー』の画面を秘かに開くと、そこには巨大なポップアップが表示されていた。
『祝・レベルアップ! 新規提携店舗がオープンしました!』
『【角上魚類】エリア解放!』
『【成城石井】エリア解放!』
『【カルディコーヒーファーム】エリア解放!』
『【オーケー(OK)】エリア解放!』
『【KURAND(クランド)】エリア解放!』
「な、なんだってえぇぇぇぇっ!?」
ムコーダは思わず叫んでしまった。セイとアルベルトが「えっ?」と驚いて顔を見合わせる。
(角上魚類!? あの新潟発祥の超絶新鮮な魚介専門店!? 成城石井!? 輸入食品や高級スーパーの代名詞!? カルディ!? 世界の珍しいスパイスや輸入食材の宝庫!? オーケー!? ディスカウントスーパーの絶対王者にして高品質な品揃え!? そしてクランド!? クラフト酒のオンライン酒屋だとーっ!?)
画面に並ぶ魅力的なロゴの数々。
角上魚類のお刺身や旬の鮮魚、カルディの生ハムやオシャレな調味料、成城石井の上質なチーズやドレッシング、オーケーのコスパ最強かつ激ウマな食材、そしてクランドの見たこともないこだわりのお酒……。
(これがあれば……これがあれば、あの気取った貴族どもの鼻を明かすような、とんでもないフルコースが作れてしまうのでは……!?)
さらに、ネットスーパーの画面下部には『※新規オープン記念・全品50%オフキャンペーン実施中(本日より一週間)』という恐ろしい文言まで踊っていた。
「……ムコーダさん? どうかしましたか?」
セイが心配そうに覗き込んでくる。ムコーダはゴクリと唾を飲み込み、アルベルト団長を真っ直ぐに見つめ返した。
「アルベルトさん……その社交パーティー、引き受けます!」
「おおおッ! 本当ですかムコーダ殿!」
「ただし条件があります! 厨房の管理は完全に俺に任せてもらうこと。そして、食材の仕入れ口については一切口出ししないこと!」
「もちろんです! あなたの条件を全面的に受け入れましょう!」
こうして、異世界の王宮社交パーティーという大舞台に、ムコーダ(と日本の誇る名スーパーマーケット群)が白羽の矢を立てられることとなったのである。
数日後。スランタザール王国の王都に位置する大宮殿の豪華絢爛な宴会場。
天井からは巨大な魔石シャンデリアが煌びやかな光を投げかけ、シルクのドレスを纏った貴婦人たちや、勲章を胸に飾った貴族たちがグラスを片手に歓談していた。
しかし、会場を包む空気はどこか硬く、退屈そうでもあった。
「ふむ、今日のパーティーの料理は一体何が出されるのだ? どうせまた、いつものパサついた鳥肉の香草焼きか、塩辛いだけのスープだろう?」
「ええ、我が国の王宮料理人は保守的すぎますわ。最近は他国の使節団からも『スランタザール宮廷料理は味覚の砂漠だ』なんて揶揄されているらしいですし……」
貴族たちが口々に不満を漏らす中、宴会場の重厚な扉が開かれた。
給仕たちが、銀のカバーがかけられた巨大な大皿を次々と運んでくる。
「皆様、本日の宴の料理は、アルベルト騎士団長が特別にお招きした異国の料理人・ムコーダ様による特別フルコースでございます!」
「異国の料理人だと……?」
ざわめく会場。その最前列には、この宴の特別ゲストとして招かれていたセイの姿もあった。セイはムコーダがどんな料理を出すのか知っていたため、ワクワクと胸を躍らせて目を輝かせている。
そして、銀のカバーが一斉に外された。
#### 【一品目:生ハムとランプフィッシュキャビアのライムリーフドレッシングがけ】
「な、なんだこの美しい料理は……!?」
貴族たちから一斉に歓声が上がった。
透明なガラスの器に盛られているのは、薄く繊細に削り出された美しい薔薇色の生ハム。その上には、まるで黒い宝石のように輝く粒状の何か——ランプフィッシュキャビアが惜しげもなく散りばめられている。さらに、爽やかなライムの香りを纏った透き通るドレッシングが、宝石のような料理全体を濡らしていた。
これは、ムコーダが新たに解放された【カルディ】から取り寄せた極上の生ハムとランプフィッシュキャビアだ。
「いただきます……」
ある伯爵がフォークで生ハムとキャビアを同時にすくい、口へと運ぶ。
「んんんっ……!? な、なんだこれはーっ!?」
口に入れた瞬間、生ハムの濃厚な塩気と熟成された肉の旨味が広がり、続いてランプフィッシュキャビアが「プチプチッ」と弾けて濃厚な海の風味が弾ける。そして最後に、カルディ特製のライムリーフドレッシングが爽やかな酸味と柑橘の香りで全体をキュッと引き締め、後味を極めて上品に昇華させるのだ。
「美味い! 美味すぎるぞ! 生ハムの脂の甘みと、この黒い粒々の弾ける食感! そしてこの柑橘の爽やかなドレッシングの組み合わせ……! 喉を通った後も、まるで南国の風が吹き抜けたような爽快感だ!」
「まあ素晴らしいわ! 私、こんなに上品で奥深い前菜を食べたのは生まれて初めてですわ!」
貴族たちが一瞬で一品目を平らげていく。セイも口に運び、ニッコリと微笑んだ。
「ん〜! さすがカルディ! 生ハムのクオリティが高すぎる……! ライムリーフのドレッシングでアジアンリゾート風に仕上げるなんて、ムコーダさんセンス良すぎます!」
#### 【二品目:加賀野菜マーラータン・刀削麺入り】
続いて運ばれてきたのは、深めの陶器に入った真っ赤なスープだった。
立ち上る湯気とともに、花椒(ホアジャオ)の痺れるような香りと、唐辛子の辛み、そして複雑な薬膳の香味が会場中に充満する。
スープの中には、鮮やかな緑や紫を誇る「加賀野菜」と、モチモチとした不規則な太さの「刀削麺」が躍っていた。
これは【オーケー(OK)】から取り寄せた本格マーラータンのスープベースと刀削麺に、加賀野菜の甘みを閉じ込めた逸品である。
「ひぃっ!? こ、こんな真っ赤なスープ、毒ではないのか!?」
初めは怯えていた貴族たちだったが、セイが真っ先にレンゲを取り、スープを一口飲んで「はぁぁ……美味しい……っ!」と恍惚の表情を浮かべたのを見て、恐る恐る口を付け始めた。
「ズズッ……。む、むむっ!? か、辛い……! 辛いが……うまいっ!?」
「なんだこの舌がピリピリと痺れる感覚は! しかし、辛さの奥から野菜の強烈な甘みと、濃厚な出汁の旨味が押し寄せてくるぞ!」
「この太い麺は何だ!? モチモチとしていて、スープが良く絡む! 噛むたびに小麦の香りと辛味が弾けて、食べる手を止められない……っ!」
そう、オーケーのマーラータンは、本格的なスパイスの痺れと辛味がありながらも、日本人(そして異世界人)の舌に合う絶妙な出汁のコクがあるのだ。加賀野菜のシャキシャキとした歯ごたえと甘みが、辛味の良いアクセントになっている。
「汗が止まらない……! なのに、もっと食べたい! 次の一さじを口が求めているんだーっ!」
「沼だ……! これは恐ろしい辛味の沼だぞ!!」
貴族たちがハンカチで額の汗を拭いながら、夢中でマーラータンを貪り食う。セイは懐かしい日本の「麻辣湯」の味に涙を浮かべながらズズズと刀削麺をすすっていた。
「あぁ……このシビ辛……最高です……。オーケーの冷凍・加工食品のクオリティ、異世界でも健在ですね……!」
#### 【三品目:のどぐろの炭火焼き】
熱狂する会場に、今度は芳醇な「魚の焼ける脂の香り」が漂ってきた。
木皿に乗せられて登場したのは、白身魚でありながら「白身のトロ」と称される最高級魚——のどぐろ(アカムツ)の炭火焼きである。
ムコーダが【角上魚類】から取り寄せた超一品ののどぐろ。表面の皮は炭火でパリッと香ばしく焼き上げられ、溢れ出た上質な脂がじゅうじゅうと音を立てている。
「魚料理……? しかし、我が国の魚料理は生臭さが残るものが多いのだが……」
懐疑的な貴族が、ナイフを差し込む。その瞬間、皮の下からじわっと透明な脂が溢れ出し、白い身がほろりと崩れた。
「なっ……なんだこの脂の乗りは!? 白身魚なのか、本当に!?」
口に入れた瞬間、貴族の目が飛び出さんばかりに見開かれた。
「ふ、ふんわり……っ! 身が口の中で解けて消えた!? そして、なんだこの濃厚で甘い脂はーっ!」
「生臭さなど微塵もない! 香ばしい皮の風味と、絶妙な塩加減……! これが魚だというのか!? 肉よりもジューシーで、それでいて後味は極めて気品がある……!」
「角上魚類……恐ろしい店だ……(ムコーダの心の声)」
角上魚類ならではの圧倒的な新鮮さと目利きによって選ばれたのどぐろは、異世界の粗悪な魚料理しか知らなかった貴族たちの魚観を根本から破壊してしまったのである。
#### 【四品目:特上握り寿司】
そして、パーティーのクライマックスの一つとして運ばれてきたのが、漆黒の重箱に入った「特上握り寿司」であった。
本マグロの大トロ、中トロ、ウニ、イクラ、透き通るようなヤリイカ、大ぶりの車エビ……。
これもまた【角上魚類】から仕入れた最高級のネタと、ムコーダが絶妙な加減で握った(一部はネットスーパーの特上寿司セットを再現した)ものである。
「む……? 生の魚を、白い米の上に乗せているのか……?」
「生の魚を食べるなど、野蛮な……」
セイ以外の異世界人にとって、「生魚を食べる」という行為は未知の恐怖であった。アルベルト団長も少し引きつった顔をしている。
しかし、セイが「待ってましたーっ!」とばかりに、醤油をちょんとつけて大トロを口に運び、「んふぅぅぅ……蕩ける……っ!」と至福の表情を浮かべた。
それを見たアルベルト団長が、意を決して本マグロの中トロを手に取り、醤油をつけて口へと放り込んだ。
「……ッ!?!?!?」
アルベルトの体が硬直した。
「団長!? どうされました!?」
「……消えた……」
「はい?」
「魚が……口の中で、酢飯とともに……一瞬で消えてなくなったのだ……っ!!」
アルベルトは激しく震えていた。
「な、なんだこの感覚は!? 生魚の臭みなど全くない! 濃厚な魚の脂が、程よい酸味のある米と一体となり、噛む必要すらなく舌の上で溶けていく……! 醤油という黒い調味料の香ばしさが、そのウマみを極限まで引き立てている!」
「な、なんですって!?」
他の貴族たちも争うように握り寿司を口にし始めた。
「イクラが……口の中で弾けて、海の濃厚な汁が溢れ出る!」
「ウニだ! この黄色いものは何だ!? 甘い……濃厚なクリームのようだ!」
「イカの歯ごたえと甘みが素晴らしい! 寿司……『SUSHI』というのか!? これは料理の概念を超えた芸術だーっ!」
初めて体験する「寿司」という食文化に、王宮宴会場はもはや狂乱の渦と化した。
#### 【五品目:京野菜とパンチェッタのコブサラダ・成城石井シーザードレッシングがけ】
肉と魚の波撃の合間に運ばれてきたのは、色鮮やかなサラダであった。
シャキシャキとしたシャープな歯ごたえの京水菜や加賀蓮根などの京野菜に、【カルディ】から取り寄せた旨味の凝縮された塩漬け豚肉「パンチェッタ」のカリカリ炒めがトッピングされている。
そして、全体に回しかけられているのは、【成城石井】の超人気商品「シーザードレッシング」である。
「うむ、口直しに野菜か。どれどれ……」
貴族がフォークで野菜とパンチェッタをすくい、ドレッシングを絡めて口に運ぶ。
「……ッ!? なんというクリーミーさ! そしてこの濃厚なチーズとガーリックの風味!」
「成城石井のドレッシングが……凄すぎる! 野菜の苦味やエグみが完全に消え、パンチェッタのカリカリとした塩気と相まって、野菜がいくらでも食べられるぞ!」
実は、アルベルトお抱えの王宮料理人たちが、事前にこのサラダを試食させてもらった際、このドレッシングの味を再現しようと厨房で四苦八苦していたのだ。
「どのようなチーズを使っているのだ!?」「この絶妙な酸味とニンニクのコクの黄金比率はどうやって作られている!?」と頭を抱えていたのだが、市販の成城石井のドレッシングの壁はあまりにも高すぎたのである。
#### 【六品目:ブラッディホーンブルの炭火焼きブリスケット・ほりにしスパイス仕立て】
宴も終盤。メインディッシュとして運び込まれたのは、巨大な赤身肉の塊——最高級魔獣「ブラッディホーンブル」のブリスケット(肩バラ肉)の炭火焼きである。
長時間じっくりと燻製焼きにされた肉は、表面が香ばしい黒色の皮膜(バーク)に覆われ、カットすると内部から肉汁が滝のように溢れ出してくる。
そして、その肉全体にドッサリと振りかけられているのが、あのアウトドアスパイスの王様『ほりにし』であった。
「おおおっ! なんという肉の迫力! そしてこのスパイスの香り……っ!」
セイはその香りを嗅いだ瞬間、「あっ! ほりにしだ!」と声を上げた。
「ムコーダさん、ほりにしまで持ってるんですか!?」
「フフフ、アウトドアの基本ですからね。ネットスーパーで常備してますよ」
貴族たちが肉にナイフを入れる。すっと刃が通るほどの柔らかさ。口に入れると、ブラッディホーンブルの濃厚な赤身の旨味とともに、ほりにしの塩味、醤油感、ガーリック、黒コショウ、そして和風ハーブの複雑な旨味が爆発した。
「う、美味い……ッ! 肉そのものの旨味も凄まじいが、この振りかけられているスパイスが凄すぎる!」
「ガーリックのパンチがありながら、どこか出汁のような深みがある! 一体どんなハーブとスパイスを混ぜ合わせれば、これほど肉に合うスパイスができるのだ!?」
アルベルト団長も肉を噛み締めながら、セイに向かって切実な顔で頼み込んでいた。
「聖様……! あなたは異世界の知識をお持ちだ! どうか、どうかあのスパイスのレシピを再現していただけないでしょうか!? 我がスランタザール王国の軍糧として、あのスパイスがあれば兵士たちの士気は百倍になります!」
「えぇっ!? い、いや、ほりにしの再現は無理ですよ……! 万能調味料すぎて、原材料見ても個人で作るのは至難の業なんですってば!」
セイが苦笑いしながら断るほどの、未知のスパイスの威力であった。
#### 【七品目:コカトリスのマスタード煮込み】
続いて出されたのは、Bランク魔獣「コカトリス」のモモ肉を、粒マスタードと白ワイン、生クリームでじっくりと煮込んだ逸品。
これは【カルディ】の粒マスタードと高級白ワインを贅沢に使用した料理だ。
「コカトリスの肉は引き締まっていて固いのが通例だが……なにっ!?」
一口食べた貴族が驚愕する。箸(フォーク)で簡単にほぐれるほど柔らかく煮込まれたコカトリス肉。マスタードのプチプチとした食感と爽やかな酸味、そして生クリームのまろやかさが肉の旨味を包み込んでいる。
「酸味とまろやかさの調和が完璧だ……! マスタードの辛味が飛んで、旨味だけが残っている!」
実はこの料理も、王宮の料理人たちが「再現してくれ」と頼まれて挑んだものの、マスタードの酸味を飛ばしつつ風味を残す火加減と調合が理解できず、厨房で全員が頭を抱えて撃沈したという因縁のメニューであった。
#### 【八品目:オークジェネラルの豚汁味噌ラーメン】
宴の締め(シメ)として運ばれてきたのは、小さな丼に入った湯気立つラーメンであった。
ムコーダが日本で食べた『すき家の豚汁味噌ラーメン』の味わいを参考に、高ランク魔獣「オークジェネラル」の旨味たっぷりのバラ肉と、根菜(ゴボウ、大根、人参)、そして濃厚な味噌スープを合わせた特製豚汁味噌ラーメンである。
スープの上にはカリカリの油揚げとネギが散らされ、濃厚な味噌の香味が鼻腔をくすぐる。
「最後はスープか……? ほう、麺が入っているな」
ズズズ……とスープを一口飲んだ貴族たちの顔色が、一瞬で変わった。
「ぐ、美味い……っ! なんだこの深いコクは!?」
「味噌という調味料か!? 根菜の甘みと、オークジェネラルの上質な脂がスープに溶け込んでいて、身も心も温まる……!」
「麺がスープを吸い上げて、噛むたびに旨味が広がるぞ! 先ほどまであんなに満腹だったのに、このラーメンならいくらでもお腹に入ってしまう!」
アルベルトたち騎士団や料理人たちは、この「豚汁と味噌ラーメンの融合」という概念そのものに衝撃を受けていた。
「豚汁なのか!? ラーメンなのか!? なぜこのふたつが合体してこれほどの相乗効果を生み出しているのだ!?」とレシピの再現に四苦八苦していたが、日本のチェーン店の知恵が詰まったこの味の深みに、ただ脱帽するしかなかったのである。
#### 【九品目(デザート):成城石井のプレミアムチーズケーキ】
そして最後、別腹として運ばれてきたデザート。
重厚な黄金色の生地の上に、サクサクとしたシュトロイゼル(クランブル)が乗った一品——【成城石井】の看板商品『プレミアムチーズケーキ』である。
「まあ……かわいらしいケーキですわね」
貴婦人たちが小さく切り分けられたケーキをフォークで口に運ぶ。
**——次の瞬間、宴会場に女性陣の悲鳴にも似た「狂喜乱舞」の声が響き渡った!**
「きょ、きょうあくてきに美味いぃぃぃぃぃぃっ!!!」
「何ですかこの濃厚なクリームチーズは!? 中に入っているレーズンとナッツの食感がアクセントになっていて、上のサクサクした生地と相まって……幸せすぎるーっ!」
「私、今までの人生で食べたどの高級スウィーツよりも好きですわ! 毎日食べたい! これを毎日食べさせてくれるなら、私、どんな男にでも嫁ぎますわーっ!」
貴婦人たちが目を血走らせておかわりを要求する事態に発達。
王宮の専属パティシエたちが物陰からその光景を見て、青ざめていた。
「な、なぜだ……! クリームチーズ、きび砂糖、レーズン、アーモンド……材料は何となく分かるのに、なぜあのしっとり感と濃厚さ、そしてシュトロイゼルのザクザク感を両立できるのだ!? 焼き加減か!? レシピの配合か!? まったく理解できない……っ!」
プロのパティシエたちが束になってかかっても解明できない「成城石井の技術力の結晶」。プレミアムチーズケーキは、異世界の貴婦人たちの心を完全に掌握してしまったのだった。
宴は大成功のうちに幕を閉じた。
貴族たちは満足感と満腹感で陶酔し、誰もが「スランタザール王国の歴史に残る最高の宴であった」とムコーダの手を握りしめて感謝を伝えてきた。
夜も更け、静まり返った王宮の一室。
ムコーダはアルベルト団長と向き合っていた。
「ムコーダ殿……素晴らしい、素晴らしい宴でした! 我が国の王も他国の使節団も、全員があなたの料理にひれ伏しましたぞ!」
アルベルトは興奮冷めやらぬ様子で、ズシリと重い革袋を机の上に置いた。
中には、約束通りの白金貨百枚がぎっしりと詰まっている。
「受け取ってください。これは約束の報酬です。……正当な、いや、それ以上の価値がありました」
「ありがとうございます、アルベルトさん。喜んでもらえて良かったです」
ムコーダは革袋を次元収納(アイテムボックス)にしまおうとして、ふと思い出したように自分のマジックバッグから、一本の重厚なガラス瓶を取り出した。
琥珀色に輝く液体が、部屋の明かりを受けて幻想的に揺れている。
「あ、そうだ。アルベルトさん、これ……大成功のお祝いと、お世話になったお礼です」
「む……? これは酒ですか? 見事な琥珀色だ……」
ムコーダが差し出したのは、新しく解放されたクラフト酒の専門店【KURAND(クランド)】から取り寄せた、至高の逸品。
**『こんばんは。ワイン樽生まれのウイスキーです』**
「これは……『ウイスキー』という蒸留酒です。ただのウイスキーではありません。ワインを熟成させた木樽を使って、長年じっくりと熟成させた特別な酒なんですよ」
アルベルトは瓶を受け取り、ラベルの美しい文字と、琥珀色の液体の美しさにうっとりと見惚れた。
「ワイン樽生まれの……ウイスキー……。なんというロマンの詰まった名前だ。一口いただいても?」
「ええ、どうぞ。ストレートか、少しだけ氷を入れてロックで飲むのがおすすめです」
アルベルトがグラスに氷を浮かべ、トクトクと琥珀色の液体を注ぐ。
その瞬間、部屋中に香ばしいスモークの香りと、熟成されたワインの華やかでフルーティーな甘い香りが立ち上った。
アルベルトはグラスを傾け、ゆっくりと含む。
「……ッ!!」
アルベルトの瞳がカッと見開かれた。
「な……なんだこの芳醇さは……っ! 喉を焼くような力強いアルコールの刺激がありながら、その奥から熟成された葡萄の甘みと、木樽の香ばしいアロマが溢れてくる……! まるで、何十年もの年月が口の中で一瞬にして花開くようだ……!」
「フフフ、気に入っていただけましたか?」
「気に入るなどというレベルではない! これは……男のロマンの結晶だ! この一杯があれば、どんな過酷な任務の夜も越えられる……!」
アルベルトは感動のあまり、グラスを握りしめたまま震えていた。
ムコーダは苦笑しながら、ネットスーパーで見たクランドの解説文を思い出していた。
(まあ、このウイスキー……醸造家たちがワイン樽の香りをウイスキーに移すために、樽の選定から熟成期間の度重なる微調整、温度管理まで、想像絶する試行錯誤と苦労を重ねて作り上げた『努力の結晶』らしいからな……。異世界の人間が一朝一夕で追いつける味じゃないよ)
日本酒やウイスキーといった醸造・蒸留の技術は、職人たちの何十年、何百年という苦労と情熱の歴史の上に成り立っているのだ。
「それでは、アルベルトさん。俺たちはこれで出発します」
「えっ!? もう行かれてしまうのですか!?」
「ええ、フェルたちが『次の街の肉が食いたい』ってうるさいので。それに、旅の途中ですから」
「そうですか……寂しくなりますな。しかし、スランタザール王国はいつでもあなたを歓迎します! 聖様も、またあなたに会えるのを楽しみにしているはずだ」
「ははは、セイさんにもよろしくお伝えください。あ、成城石井のプレミアムチーズケーキはまたネットスーパー……じゃなくて、機会があったら届けますからって」
ムコーダはアルベルトと強く握手を交わすと、静かに部屋を後にした。
王宮の外では、夜風に吹かれながらフェル、スイ、ドラちゃんが待っていた。
「遅いぞムコーダ! 宴の飯も美味かったが、我はそろそろ広々とした野山で大きな肉が食いたいのだ!」
「スイねー、あの寿司っていうのまた食べたい! ぷにぷにのイカさん美味しすぎたー!」
「オレはあの『ほりにし』ってスパイスをぶっかけた肉がまた食いてえな!」
従魔たちが口々に好き勝手なことを言い合う。
「はいはい、分かったから。報酬もどっさりもらったし、ネットスーパーに『角上魚類』も『成城石井』も『カルディ』も『OK』も『クランド』も追加されたから、これからの野営飯はもっと豪華になるぞ〜!」
「「「うおおおおおおおおっ!!!!」」」
従魔たちの歓声が、王都の夜空に響き渡る。
ムコーダは懐の白金貨の重みを感じつつ、新しく増えたネットスーパーの広大なメニュー画面を思い浮かべ、ニンマリと口元を緩めた。
「さて、次はどのスーパーの食材で、何を作ろうかな?」
異世界を巡るムコーダ御一行の「とんでもスキル放浪記」は、新たな極上スーパーマーケットたちの力を手に入れ、さらに美味しさと混沌を増しながら、次の街へと続いていくのだった——。