あかね1/2 作:直人猫
のんびり不定期更新していきます。
天道家で最も騒がしい時間帯は、休日前の夜である。
社会人にとっては花金などと呼ばれるが、天道家にとってもこの日は多くのものたちで賑わうのだ。
まず、あかねや乱馬はこの日に平日ではできない鍛錬を行う。もはや一般的な荒行では筋肉痛すら起こり得ない彼らにはそれ専用のメニューがある。
例えば、あかねであれば指だけで逆立ちをし町内を一周したり、乱馬であれば拳や蹴りを全く同じ場所に叩き込むために針だらけのサンドバッグに攻撃を叩きこむ修行を行っている。
そしてボロボロになった状態であかねたちは戻ってくるが、それを出迎えるのはかすみの料理だ。
それは現在6人家族となった天道家であるが、その料理の量はもっと多い。
修行を終えた乱馬やあかねがたくさん食べることもあるが、それ以外の理由が大きい。
「你好! あかね、シャンプーがきたね!」
「あ、いらっしゃいシャプー」
金曜日夕方の天道家の食卓に現れる人物は多い。
その代表的なのはシャンプーであるが、時折良牙がそこに混ざったり、それ以外にも現れる人物がいた。
「おーっほっほっほっ!! 黒薔薇小太刀、見参!!」
シャンプーが訪れてあかねの隣に座ろうとしたその時だった。
甲高い少女の声とともに、室内に黒いバラの嵐が吹き荒れる。
それは、レオタードを身に纏ったキツい目元の迫力のある美少女であった。
彼女こそが花金の天道家を訪れる人物の最後の一人だった。
その名も九能小太刀。通称黒薔薇の小太刀という新体操の期待の新星である九能帯刀の実の妹であった。
彼女は黒薔薇の花弁を飛ばす必殺技、黒薔薇吹雪を得意としている。
直接的な威力こそないが、彼女のリボンの風によりまき散らされるそれは非常に周囲を黒薔薇だらけにする迷惑な技だった。
それが小太刀の訪問とともに天道家の食卓に吹き荒れていた。
だが、それらは一つとして食事に降り注いではいなかった。
「こら! 小太刀ちゃん、黒薔薇吹雪は食卓でしちゃダメでしょ」
「あら、そうでしたわね」
「もー、僕が反応しなかったら危なかったよ。」
それは、小太刀の登場を察知したあかねが問答無用で飛ばされる黒薔薇の花弁全てを手で掴み取ったのだ。
まさに神速と精確性、そして花弁が手が起こす風圧で飛ばないように柔軟性すらも極めた達人の技だった。
あかねは、両手いっぱいの黒薔薇をそっと小太刀に返す。
その大量の黒薔薇の花びらをビニール袋に詰めながら、小太刀はシャンプーを自然と押しのけてあかねと乱馬の間に座る。
その際、乱馬とあかねの距離を離させるため背後で乱馬へトゲ付きのクラブを突きつけた。
「あっ、おまえっ!」
「でぇ!? 棘!?」
悲鳴をあげる両者を一切合切無視し、小太刀はそっとあかねの手を取ってキラキラとした瞳で見上げる。
「『お姉様』、今日の小太刀は如何ですか?」
「うん、今日も薔薇のいい香りがする。
元気いっぱいだったし、相変わらずメイクも決まってて黒い薔薇みたいで可愛いよ」
「はい、ありがとうございます♪」
どこか頬を赤らめて照れる小太刀はさりげなくあかねの腕を取り、その手に指を絡め始める。
あかねは特段気にした様子もなく、小太刀のためにとかすみが渡してくれた茶碗や箸を受け取り彼女の前に置いてやる。
これを許さないのがシャンプーだ。
乱馬とあかねの隣は自分の定位置だと無理やりに割って入る。
「お前、どくね!! 毎度毎度、私の邪魔するな!」
「オーホッホッホッ! 先にこの場所に座ったのは私でしてよ!!」
「力づくで退かすね!!」
シャンプーは小太刀の物言いに痺れを切らして、無理やりどかそうとする。
小太刀は新体操こそ巧みかつ性格は外道であるが、達人であるシャンプーには適わない。
避けることも防ぐことも出来ずに、捕まってしまう。
だが、小太刀がうまいのはここからであった。
「ふぇん…シャンプーが力でいじめてきますわ、お姉様」
彼女はそのままあかねに泣きついた。
力で敵わないのなら、他を動かすというのは素晴らしい発想だろう。
そして、あかねもそんな小太刀を邪険に出来ずシャンプーへ柔らかく働きかけるのだ。
「こーら、シャンプー。小太刀をいじめないの」
「前も、金曜日はこいつがあかねの隣だたね!」
「小太刀ちゃんは、学校があるから金曜日じゃないと来れないんだよ。他の曜日はシャンプーが真ん中なんだから良いじゃない」
「良くないね! …って、あー! こいつ、また私を舐めてるね!!」
シャンプーがぷりぷりと怒る中、あかねの背後から小太刀はあっかんべーをする。
シャンプーの怒りの火に油を注ぐが、あかねが振り向くと小太刀は涙ぐんであかねの袖を掴むのだからタチが悪い。
小太刀は、高校一年生で乱馬やあかねと同い年であるが風林館高校ではなく聖ヘベレケ学園に通っている。
所謂、お嬢様学校と言えるその場所では平日は教師の目が厳しく寄り道すらもできないのだ。
だから、小太刀が天道家に寄り付くのは金曜日であった。
そして、シャンプーがゴネてもあかねはそっと席をずらし小太刀の横に座ってしまう。
こうなっては、シャンプーも頬を膨らませて抗議をするしかないのだ。
「酷いね。私、中国呼び出されて帰らなきゃなのよ。しばらくあかねに会えないのに…」
「あーら、ついに国外追放ですのね戻ってこなくて構わなくてよ?」
「違うね。乱馬男だたから殺さなかったと伝えたら、ひいばあちゃんに一回帰ってこい言われたね」
「なんだ、シャンプー中国に帰るのか?」
「えっ、僕もそれ聞いてない」
シャンプーの言葉に、乱馬とあかねが反応した。
あかねの反応は顕著で即座に立ち上がりシャンプーへ近づく。
「今日突然言われたから仕方ないね。来週の平日に一度帰る予定よ」
「も、戻ってはくるの?」
「それはそうよ、乱馬もあかねもまだ向こうに連れてく準備出来てない」
あかねの恐る恐るの問いに力強く答えるシャンプー。
あかねは少しホッとしたように胸を撫で下ろした。
純粋にシャンプーを心配したあかねに対し、乱馬はどこかソワソワとした様子だ。
「な、なあ、シャンプー。中国に帰ってもし呪泉郷に立ち寄ったら男に戻る方法探してきてくれねーか?」
「えー、呪泉郷近寄りたくないね」
「そ、そう言わずにさぁ」
「ふむ…なら、乱馬。私にキスするよろし」
元気なお願いをする乱馬へ、シャンプーは名案だとばかりに笑顔で告げる。
シャンプーもシャンプーでかなり足元を見た交渉術であった。
「えっ」
「普段、私からキスすることあても、乱馬からキスすることないの寂しいね」
「ほぉ〜? 普段キスをしていると、なるほどなるほど?」
シャンプーの物言いに、反対側で食事が来るのを待ちながら新聞を読んでいた早雲がゆっくりと反応する。
丁寧に新聞を畳みながら、じっとりとした目を乱馬へ向けた。
「なるほど? あかねを口説いておきながら、シャンプーくんとそんなに毎回キスをしておると」
「ち、違うんだおじさん!? 時々隙を見せちゃった時に奪われるぐらいで…!!」
「ファーストキスどころか、もっと奪わらているだと!? けしからーん!!」
「でも、いつも私からね。時々は乱馬からするよろし」
「シャンプー、今は余計なことを言うのはヤメロォ!?」
怒りのあまり闘気を発しつつ、乱馬を睥睨する早雲。
それに必死に頭を下げる乱馬であったが、シャンプーは揶揄うようにキスを引き合いに出した。
普段ならここであかねの仲裁が入るのだが、最近は少し変化が生じている。
小太刀はすっかり静かになってしまったあかねを見つめる。
すると、そこにはどうしていいのか分からないと言った様子のあかねの顔があった。
「お姉様?」
「あ、うん、なんでもないよ…なんでもないんだけど…」
あかねは答えつつ、首を傾げている。
その様子に小太刀はピンときた。おそらく、乱馬が何かをしたのだろうと素早く察知する。
それが、どんなものかまではわからないが、少しだけあかねの意識を変え始めていることだけは分かった。
つまり、あかねが色恋を意識しているのだと。
ぎらりと小太刀の瞳が輝く。
「(今ですわ、お姉様に私を意識していただくチャンス!!)」
彼女に婚約者がいる相手にちょっかいを出すことに躊躇いはなかった。
「お姉様? あの二人が仲がいいようですので、私たちは私たちで仲良くしましょう?」
「え? 僕たちもう仲良しじゃ…」
「次のステップに進んでも良いと思いますの」
「次のステップ…? あ、でも、二人を助けなきゃ」
「助ける必要などないでしょう。それに、お父様もお父様ですわ。あの二人がキスをしたからなんだと言うのでしょう? お姉様とておもてになるのです…キスの一つや百…」
「し、した事ないよ、キスなんて」
あえてなんでもない事のように告げる小太刀。
それに、あかねは顔を赤らめて答える。その変化に早雲に謝る乱馬とそれを揶揄うシャンプーは気がつかない。
小太刀はあかねに見えない位置で邪悪な笑顔を浮かべた。
「あら、そうですのね? なら、試してみますか?」
「えっ」
「大丈夫、力をお抜きになって? 小太刀に身も心も委ねてくださいまし。あの二人のように口づけで仲をふかめてみましょう?」
「え、や、僕は…」
「ほら、目を閉じてくださいまし? そうすればあの二人のしたことが少しわかるかも?」
「や、やめっ…」
「ほら、んーーーー」
そのまま目を閉じてそっとあかねに迫る小太刀。
あかねも顔を真っ赤にしてあわあわとするだけで止められない。
小太刀の唇はそのまま躊躇されることなくあかねに近づけられていく。そして、むちゅりという音が鳴った。
小太刀の唇が触れたのは、硬い乱馬の掌だった。
「小太刀、てめぇ!? 油断も隙もねぇ!?」
「あら、早乙女様? 奥様のことはよろしいのかしら?」
「誰が奥様だ、誰が!」
「お隣に座ってるシャンプーですが?」
「もー! 小太刀ったら分かってるね!!」
咄嗟にあかねへのキスを防いだ乱馬であったが、小太刀は悪びれない。
そして、咄嗟にシャンプーを巻き込むことで乱馬の追撃を回避した。どこまでも小賢しい。
「と言うかだなぁ! 俺はあかねにも言った通り…あかねがあかねらしく…」
「ですが、それでお姉様はあなたを避けているのでしょう?」
「うぐっ!?」
あの日、乱馬があかねに素直な気持ちを告げてからあかねは一晩経った後にかすみに連れて帰られた。
それからと言うもの、態度こそ大きく変わらないが妙に乱馬との距離が離れている傾向にある。
それは周囲のものたちは敏感に感じ取っていた。
堂々とそれを指摘する小太刀に、乱馬は二の句を継げなくなる。
だが、それはあかねにより必死に否定される。
「さ、避けてないよ! ちょっと照れくさくて、気まずいだけ!」
「それを避けてると言いますのよ」
「い、良いんだ…俺は、あかねがあかねらしくあってくれれば…シクシク」
「乱馬、ほら私の胸にくるよろし」
あかねの様子にしっかりと傷つきながら、乱馬は胸を広げて抱きつこうとするシャンプーをそっとけん制した。
あわあわと照れるあかねと、乱馬はふと目が合う。
あかねの顔が何故か急に赤くなり、彼女はそっと顔を手で覆ってしまう。
だが、それでも乱馬が見続け、指の隙間からこちらを伺ったあかねと再び目が合う。
あかねは顔を赤くしつつ、ゆっくりと顔を覆った手を取り乱馬へ小さく微笑んだ。
思わず顔が緩む乱馬。
その鼻先をかすめて乱馬の目の前の食卓にダン!!!!と箸が突き立った。
それは、誰あろう早雲が振り下ろした乱馬の箸だった。
木製のはずのその箸は、深々とちゃぶ台に突き刺さっている。まるで、木の細胞の間へ突き立てたかのような達人技に乱馬は身震いした。
「ーーーーあかねに手を出すのは許さんよ?」
「ひえっ」
早雲が優しく微笑んだが、乱馬にはその笑顔の目が一切笑っておらず殺気に溢れていることがわかった。
早雲は高校卒業まで不純異性交遊を認める気はないのだ。
だが、乱馬はそれでもと思うのだ。
可愛い許嫁が相手。
それなら、キスぐらいしてみたいのだと。
心の中で静かに闘志を燃やす乱馬。
しかし、彼は知らない。
小太刀もシャンプーもそれを狙っていることに。
「(この調子でお姉様の唇は私が)」
「(あかねのファーストキスも貰うね)」
「(せめて、キスだけでも…)」
あかねは彼らの思いを知らずにそっと息を吐き、空気を切り替えるべくシャンプーへ問いかけた。
「それで、シャンプーはいつ中国に戻るの?」
「んー、取り敢えず明日には出るつもりよ。女傑族の里、空港から遠い」
「そっか…ちょっと寂しいや」
「大丈夫。すぐに戻てくるね」
あかねの言葉に嬉々として目を輝かせるシャンプー。
それに小太刀は面白くなさそうな顔をしつつ、特に言及をすることはなかった。
乱馬もよくある里帰りだと認識しており、大きく気にすることはなかった。
しかし、翌日日本を発ったシャンプーは一週間が経っても帰ってこなかったのである。
「なにか、あったのかな?」
次第に心配そうになるあかねを他所に、無情にも時間は過ぎて行った。
そして、二週間が経ったある日、天道家にある依頼が持ち込まれた。
「ふむ、では、お預かりをすればよろしいので?」
対面に座した壮年の男性に問いかける早雲。
男性はニヤリもニヒルに微笑みを返す。
「ええ、天道さん家なら安心して任せられます。なに、ほんの二、三日のことです」
「私は構いませんが…娘たちも喜びます」
「そいつぁ何より」
そういうと、男はニヤリと微笑んで早雲は頭を深々と下げた。
「そいじゃ、頼みましたぜ」
そのまま去っていく男を見送り、早雲は机の上に置かれた籠を見て頷いた。
「なんだ、可愛いものじゃないか」
カゴの中にいるそれは、静かに蠢いた。
闇の中で爛々と光る目が、早雲を見返した。
この出来事が、あかねと乱馬の関係を大きく帰ることとなる。
次回、猫拳爆発(ネタバレ