アイドルに執着されるドルオタ 作:未完
レッスン終わりの休憩中。
私は事務所に備え付けられたソファの上に座って、ホワイトボードに書かれている今後の予定を呆然と眺めていた。
所々に貼り付けられた付箋には、別途注意事項が書かれている。
他にも『きらりす』としての目標が、まるで小学校の頃の板書みたいに、雲のようなマークで囲われている。
私はテーブルの上に置かれたペットボトルに手を伸ばし、乾いた喉を潤す。
アイドルとして活動し始めてから一年が経過したというのに、未だあのファン第一号は現れていない。そのことを不満に思いながらも、私はスマホに映った縦スクロール形式の動画を見る。
そこには、『きらりす』の公式アカウントが投稿した一周年記念のライブ映像の切り抜きが載っていた。再生回数は八十万回。
一周年記念とはいえ、ただのライブ映像の切り抜きにしては多くの再生数を誇っている。
最近になって、『きらりす』というアイドルグループは人気急上昇中なのだ。
とあるバラエティ番組にゲストとして出演した際に、メンバー全員が様々な方向性でバラエティー適性を発揮したことからSNSでバズった。
空ちゃんは持ち前の天然さが、翠さんはその不運さが。琥珀ちゃんは意外にも身体を張れるタイプで、私は自分では分からなかったがツッコミ役らしい。
アイドルなのにバズった理由がバラエティ番組とは、なんて思うこともあるけど、案外世間というのはそういう分かりやすい面白さの方が受けるのだ。
そりゃあ、そういう『面白さ』はアイドルに興味がない人だろうと『面白い』と思えるのだから当然と言えば当然だろう。
あれは司会の芸人さんのツッコミがあっての面白さだと思うけどな、なんて思いながら。
SNSのトレンドに載るまでに話題に上がるとは思わなかったけど、アイドルとして生きて行くには話題があった方がいい。それに、そうやって世間に知られていけば、自ずとあのファン第一号君の目に留まる可能性も上がるだろう。
「……はぁ」
とはいえ、あれほどまでに私の夢を応援していたというのに、ファンイベントにも顔を出していないのは如何なものかと思う。
マネージャーにものすごく懇願して、ファンクラブ会員に氷川って人はいないかと聞いたことがあるけれど、絶対に答えられないと言われてしまった。
まあ、それはそうなんだろうけど。
もしかしたら、本当は『きらりす』のことも私のことも知っているけれど、ただ私が見つけられていないというだけの可能性もある。ファンイベントとかも抽選が外れたとか、そういう可能性だって否定できない。
でも、一年も活動していて、今まで何回もファンイベントを開催しているのに、そのどれにも不参加ということはあるのだろうか。
サイン会、チェキ撮影、トークイベント、握手会。ファンクラブ会員限定の交流イベントやお渡し会など。
一年とはいえ、ファンと直接交流するイベントはそれなりの回数重ねていたはずだ。だというのに、未だ氷川君らしき人を見つけられていないということは、やっぱり彼はまだ私がアイドルになったということを知らないのだろう。
そう思うと、なんだか自然とため息が漏れた。
「あ、ヒイロちゃんが恋焦がれてる」
僅かに憂鬱な気分になっていた私の所に、メンバーの翠さんがやってきた。
大人びた魅力のある彼女は、どこか儚げな雰囲気のスレンダーな美人であるが、一日に数回は何らかの不運に見舞われるという不幸体質。
そんな彼女と共に、ぞろぞろとメンバーの子たちが事務所に帰ってきた。
小柄ながらどこかエネルギッシュな琥珀ちゃんに、クールというのもまた違う、少し浮世離れしている雰囲気の空ちゃん。
もちろん、みんな可愛い。
「あ、陽彩さんの彼氏さんの話?」
「彼氏じゃないって空ちゃん。陽彩ちゃんの幼馴染の子でしょ」
事務所が入っているビルの一階にあるコンビニで買い物をして帰ってきたメンバーが、私のため息一つを楽し気に話題のネタにする。
「……なんでそうなるんですか、翠さん」
「いやあ、年上の勘ってやつかな。これでもみんなのお姉さんだからね」
「恋愛経験ゼロの癖に?」
「……空ちゃん、触れないであげて」
ドヤ顔だった翠さんの表情は、空ちゃんからの容赦のない一言によって泣き顔に変わった。
「そういえば、翠さんはお目当ての物買えたんですか?」
「……買えなかったよぅ。なんでただのお茶が売り切れていたのか意味わからないと思わない?」
コンビニにいつも飲んでいるお茶を買いに行ったら売り切れだったらしい。
そんなことあるのだろうか。
翠さんの不運は聞いていて面白い。
致命的な所でその体質は発動しないのだが、致命的ではないけどなんか困るような場面で、おかしな不運が発動するのだ。
「そんなことより、何か悩みでもあるならお姉さんが聞いてあげるよ?」
なんでこの人は、外見に似合わず愉快な性格なのだろうか。まあ、この性格だからちょっとした不運もエンタメに変える力があるのだろうけど。
「悩みってほどじゃないです。前に言った、初恋の男の子のことをまだ見つけられてないなって思って」
私がそう言うと、「ほらやっぱり恋焦がれてるじゃないか!」と少し大きな声で言う。
もうそこはどうでもいいですよ、翠さん。
そんな彼女の姿を呆れながら眺め、琥珀ちゃんが口を開いた。
「陽彩ちゃんの初恋の人って、確かアイドルの夢を初めて真剣に応援してくれた人だっけ?」
「そうだよ。彼のおかげで、私は今アイドルをやれていると言っても過言じゃないかもね」
私のその言葉に、琥珀ちゃんは目を輝かせる。
自分でも少しクサイ台詞かなと思ったけれど、それでもこれは本心だ。
「でも、その初恋の人とまだ再会できていないと……。乙女の純情を弄ぶとは、ぎるてぃ」
あまり変化のない表情で、空ちゃんが言う。
「はぁ~……。そうなんだよね、あれだけ私の夢を応援するって言っておきながらさ、もう一年も経つのにまだ来ないなんて、ちょーっと許せないよね」
なんて、少しだけ愚痴を言うつもりが、一度枷が外れると不満はどんどんと漏れてしまうようで。
「もう、五年も会えてないんだよ。貴方に誇れるアイドルになれたよって、いいメンバーに恵まれて、ファンにも恵まれて、貴方のおかげで夢を叶えられたよって伝えたいのにさ。私は今でも感謝してるし、今でも全然好きなのになぁ」
座っていたソファに勢いよく倒れる。そのまま天井を仰げば、私を覗き込む三人の顔が見えた。
「いいな、恋って感じで」
「そうですね。わたしもこういう恋、してみたいです」
「陽彩さんにとっての王子様、だね」
三人には私の初恋の話はしている。
グループを結成して、徐々に友情が育めてきた頃。なんでアイドルになろうと思ったのかを語る時があった。
ちょっとしたお泊り会で、私は私の原点を話した。そして、それを真正面から応援してくれた同級生の男の子の話もした。
それからはずっと恋バナになっちゃったけど、そういう経緯がある。
だから、三人は氷川君のことをある程度知っているのだ。
私の愚痴を聞いて、三人は興味深そうに私を眺める。なんだかんだ、この場の全員が恋愛未経験な初心な女子なのだ。告白された経験はこれまでの人生で沢山あるのだけど、誰か一人を好きになった経験というのがまだない。
あまつさえ、アイドルになんてなってしまったらしばらく色恋からは身を引かざるを得ないだろう。
そんな話をしていたら、ずっとデスクで仕事をしていたマネージャーが口を挟んできた。
「ウチは別に恋愛禁止ってわけじゃないけど、もし彼氏ができても公表したらダメよ。あと、できた場合はちゃんと報告すること。パパラッチなんかにバレた時の対応の速さに繋がるから。可能なら私に紹介してくれたりすると助かるけどね」
四十代のシゴデキって感じの女性。少しばかり近寄りがたい雰囲気があるが、懐に入れた人に対してはかなり甘いマネージャーは、そう忠告する。
恋愛禁止ではない。
何と甘美な響きなのだろうか。
「あ、陽彩さんが想像して笑ってる」
「触れないであげて、ソラちゃん。彼女もまた、恋に恋する乙女なの」
「……うるさいですよ」
少しばかり氷川君と付き合う世界線を想像してしまい、幸せな気持ちが漏れてしまったらしい。
「でも、会えるといいですよね。幼いころに唯一自分の背中を押してくれた男の子なんて、羨ましいですもん。わたしにもそういう人がいれば、拗らせずに済んだのかも……」
「もしかしたら、次の握手会で会えるかも」
琥珀ちゃんが少しネガティブになりかけた所で、ぶった切るように空ちゃんが言う。
そうだ。そろそろ新曲発売記念の握手会があるんだった。まだまだチャンスはある。
「それに、今回の握手会は話題になってからのイベントだからね。もしかしたら、バズのおかげで彼の目に留まっているかも」
私は翠さんのその言葉に一層震え立った。
確かに、つい先日私たちはSNSでバズった。その影響力は、テレビ番組の切り抜きに十万いいねが付くほどだ。その影響力は計り知れない。
「……そうだね。もしかしたら、本当に会えるかもしれないし。よし、次の握手会はいつもより気合入れちゃおうかな!」
私はそう言いながら、ソファから立ち上がる。すると、苦笑いを浮かべたマネージャーに少し釘を刺された。
「あまり露骨に態度を変えないようにね。いつも通りのサービスを」
ぐうの音も出ない正論に、私は何も言い返せなかった。
☆
そうして迎えた新曲発売記念の握手会。
ファンクラブ会員限定のイベントではあるけれど、抽選販売されたチケット付きCDは完売との知らせを受けた。
未だに、こういう目に見える成果というのは嬉しい。
私も、かつて憧れたアイドルみたいに、誰かに希望を届けることができているのかもしれないと思うと、やっぱりやる気が出る。
楽屋で衣装に着替え、メイクも済ませ、スタッフさんの案内に従って会場に向かう。そこには既に、多くのファンが待っていた。
ファンの多くは男性だけど、でも女性ファンも少なからずいる。
私は握手会が好きだ。というより、ファンと交流するイベントが好きだ。
だって、みんな笑顔なのだ。緊張していたりするけれど、目を輝かせて私を見てくれる。応援しているとか、好きだとか、そう口にするファンたちの輝いた顔が好きだ。
だってそれは、希望を届けられているという証だから。私がかつて憧れた、夢を見せるアイドルになれていると思えるから。そして、夢を与えた人たちが嬉しそうにしているから。
かつて私が貰ったきらめきをおすそ分けできているということだから。
私たちは指定の位置に付き、イベントの開始を待つ。
今回は個別握手会。グループとしてではなく、メンバーとしてファンと交流する握手会だ。
私たち『きらりす』は、意外にも箱推しのファンが多く、特定のメンバーに人気が集中するみたいなことは起こっていない。だから、かなり均等に列が作られることが多い。
そうして、握手会の開始が宣言され、順番にファンの人が私の所へとやってくる。
私はそれに対し、笑顔で受け答えをする。
ひとりにつき数秒しか与えられていないシビアな時間制限の中で、私は最大限ファンサービスを行う。
決して、今回の握手会に参加しなければよかったなどという感想を抱かれないよう。私はプロのアイドルだから、誰もが満足できるサービスを行う。
それに、楽しんでほしいから。
私にとっては何人もいるファンの一人で、何度も続く握手の一つでも、その人にとってはたった数秒、たった一回の大切なイベントなのだ。
だから、誠心誠意応える。
最後まで、絶対に笑顔を絶やさず。
来て良かったと、そう思ってもらえるように。
『時間です』と、スタッフさんの声が響く。
名残惜しそうに背中を向けるファンの姿を見ると、少しばかりごめんねと思うけど。
そうして、ひとりの男の子がやってきた。
どこか既視感のある顔つきをした彼は、溢れんばかりの輝きを両目に携えて、私の両目を一心に貫く。
その勢いにこちらが押されてしまいそうになるが、私は渾身の笑顔で以て迎える。
私はここで、なんで気づかなかったのだろうか。
いや、『アイドル』として、隙を生まないように身構えていたからだろう。
「あのっ! 応援しています!」
「うん。ありがとう! 折角だし、お名前教えてっ!」
この一言が、ターニングポイントだった。
「あ、はい! 俊です! 氷川俊って言いますっ!」
その瞬間、アイドルとしての私の仮面は剥がれ、かつての幼い『神崎陽彩』が顔を出した。出してしまった。
その名を聞いた瞬間に、全てが繋がる。成長したけれどどこか既視感のある面影。声変りをして低くなったけど、やっぱり聞いたことがあるような抑揚。
そして、私を見るその瞳。
「はい。お時間でーす」
呆然としてしまった私の耳に、スタッフさんの終了宣言が入ってくる。
目の前の彼は名残惜しそうにこの場を去ろうとして……。困惑したようにこちらを見た。
「……あの?」
怪訝な表情を浮かべて手元を見つめる彼の姿に、一体どうしたのだろうかと私は考えながら、彼と同じ場所を見る。
すると、握ったままの右手がそこにはあった。
「あっ。ご、ごめんなさい! えーっと……。うん、これからも応援よろしくね!」
私は慌ててアイドルとしての仮面を取り繕う。
だけれど、私の心臓はバクバクと、音を奏でていた。
☆
「……握手会が終わってから、ヒイロちゃんの様子がずっと変なんだけど、何か心当たりとかある?」
イベント終わりの待合室。私たち四人だけの空間。
そこで、翠さんが困惑しながら琥珀ちゃんと空ちゃんに話しかけていた。
握手会が終わり、緊張の糸がほつれた私は彼との再会を思い出して呆然としていた。
「……分からない。ただ、陽彩さんに何かあったことは確実」
「陽彩ちゃん、どうしたの? ずっとボーっとしてるけど、何かあった?」
心配そうな琥珀ちゃんに隣から顔を覗き込まれ、私は正直に白状する。
「……彼が、来てた」
私のその一言に、四人は驚愕の表情を浮かべた。
「え、それって例の初恋の人!?」
「……そう」
「お、おめでとう! ようやく再会できたんだね!」
琥珀ちゃんは自分のことのように嬉しそうに喜んでくれる。
「五年越しの待ち人か。羨ましいなぁ」
「白馬の王子様が、遂にやってきたんだね」
「随分と遅刻したみたいだけどね」
ただの、私の個人的な再会を、こんなに祝ってくれることに、私は心が温かくなっていくのを感じる。
そろそろ秋も佳境に入り、気温も下がってきたころだというのに、私の気分は春だった。
段々と実感が追いついてきて、自然と上がりそうになる口角を必死に抑える。だけどやっぱり、三人には隠し通すことなんてできずに、色々とからかわれてしまった。
だけど、不快ではなかった。
「ということだ。次のライブにも申し込んでいる可能性は高いよね」
「……もしかしたら、またそこで会えるかもしれないってことですか?」
「うん。クリスマスライブにまた再会できるかもしれないって、ちょっとロマンチックじゃない?」
「……確かに。でも、まだお礼は言えず仕舞いかぁ……」
「まあ、それはまた気長に待とう。彼がちゃんとヒイロちゃんを認知していたという事実を、まずは喜ぼうよ」
「はい。そうですね」
胸の内から溢れそうになる幸福を、今はただ噛みしめる。
いずれ、この胸の内を伝えることができるその日まで。
☆
そして迎えたクリスマスライブ当日。
『白銀にのせて』で始まったそのライブは、冬だというのに暑苦しいほどの熱気と歓声によって迎えられた。
規則正しく、それでいて乱暴に振られるペンライトの光が、私たちを歓迎する。
『いつか来る別れも、もしかしたら訪れる再会も、寂しそうなあなたの顔も、泣きそうな私の顔も、全部全部、冷たい白銀にのせて。溶けていく思い出を抱えて歩いていこう』
かつての別れと決意を込めて、私が作詞した歌。
眩く照らされるステージからは、客席の様子なんてあまり集中して見れないのだけど、でも、なんでだろう。
歌って、踊っていると、自然と一ヵ所に視線を向けたくなった。
まるで、ひとつの筒で繋がれているような感覚。そこにしか目線が行かないような、そんな感覚。
『白く光った空を見上げて、溶けない思い出を握りしめて走ろう。白銀を溶かす、私の緋色』
──やっぱり、いた。
必死にペンライトを握りしめ、私のグッズを身に纏って、そして、ステージの上の私を一心に見る彼の姿が。
私もあらん限りの想いを込めて、彼に向けてファンサービスをする。
特定のファンに対する贔屓は、あまり褒められたものではないかもしれないけれど、今日だけは許してほしい。
☆
お疲れさまでしたと、たくさんの人から声を掛けられる。
ライブが終わり、様々な手続きを進める傍ら、私たちは待合室で息を整えていた。
「お疲れ。自販機でコーヒー買おうと思ったんだけど、案の定売り切れてた」
なんとも気の抜ける報告を聞いて、私は微笑む。
「今日の陽彩さん、いつにも増して気合が入ってたね。彼氏さんの影響?」
「だから彼氏じゃないって。でもまあ、少なからずあるかもね」
「やっぱり」
空ちゃんからの指摘に、私は特に否定もしない。
彼の存在が、このパフォーマンスを引き上げた要因であることは紛れもなく事実だろうから。
心地の良い疲労が身体を巡る。
これは、帰ったらお風呂に入らず寝ちゃうかもななんて思いながら、座っていた椅子の背もたれに全体重を預けた。
「琥珀ちゃんの『ビター・スウィート・ドーナッツ』も、凄くよかったよ」
「……うん。最初の『白銀にのせて』の陽彩ちゃんの歌声にすごく感情が載ってたから、わたしも頑張ろうと思って」
ライブ終わりの感想をみんなで言い合い、段々と疲労が表面化してきたのか、みんなの口数も少なくなってきた。
そんな折、マネージャーがやってきて、事務所へ送っていくと言われる。私たちは彼女のその提案に飛びついた。
そうして、助手席に翠さんが乗り、私たちは後部座席に座る。
エンジンがかかり、僅かな振動が身体を巡る感覚と共に、マネージャーの車が発進した。
会場付近は既に静まり返っており、冬の夜特有の冷たい景色が広がっている。
「……あれ、氷川君?」
ライブの疲れによって段々と下がってくる瞼で、ぼんやりと外の景色を眺めていた時だった。
赤信号により止まった車の中で、私は見覚えのある人影を見つける。
「……もしかして、あれがヒイロちゃんの初恋相手?」
私の小さな呟きは、しかし誰も一言も発していなかった静かな車内では一層響いたらしい。
既に寝てしまっている琥珀ちゃんと空ちゃんを除いた、翠さんとマネージャーの二人が、私と同じ人を見ていた。
すると、翠さんはマネージャーの方を一瞥する。
「マネージャー」
「……はいはい。陽彩ちゃん、良ければ彼と少しだけ話してくる? 本当に、五分くらいが限度だけど」
「……いいんですか?」
「あんまりよくはないけどね。でも、アイドルとして頑張っているあなたたちには、少しくらいご褒美があってもいいと、私は常日頃から思ってるから。早く決めないと、信号、青に変わっちゃうわよ。そしたら流石に帰るからね」
「……なら、お言葉に甘えて」
なんとも、私は恵まれているらしい。
マネージャーの厚意に甘えて、彼のすぐ隣に停まった車の中から、私は出る。
見慣れていたはずなのに、すっかり大きくなってしまった背中を見て、逸る鼓動を必死に抑え、そして、頬が熱くなる感覚と共に、私は口を開いた。
「──氷川君!」
思ったよりも、大きな声が出てしまった。
だけど、後悔なんてない。
少し驚きながら、振り返る彼の姿を見つめて、嗚呼、やっぱり彼だと私は笑った。
「……久しぶり。私のこと、覚えてるよね?」
忘れたなんて、言わせない。だって、握手会にもライブにも来てくれたのだから。
かつての約束を果たしてくれたのだから。
驚きに目を見開く彼の顔を見ると、自分でも抑えきれないほどに笑みが零れる。
「──神崎?」
やっぱり、覚えていてくれた。
ヤンデレタグを付けていたのですが、当初の想定とは異なり、どうあがいても純愛にしかならなそうなので消しました。でも、ちょっと重めかな?