星を掴め ―― 嗤われた【重力魔法】、時間も光も支配して最強になった 作:朝凪小夜
王都中央教会記録保管庫。
聖点授与に関する一切の記録は女神の名においてここに収められる。
以下はセルフィリア大珠獲得に伴う叙勲記録の整理の過程で、一人の書記官が書き留めた覚書である。
『セルフィリア大珠叙勲記録整理報告
当該討伐の功労者として二名が記録される。
第一に重力魔法の使い手クロト。庶民。当該討伐において聖点の支配者を単独で討伐。都市総力を上回る戦果を挙げた者。
第二に光魔法の使い手ルーチェ。庶民。クロトと共に戦い、彼の負傷後討伐を締めくくり大珠の支配を宣言した者。
勲一等は両名に授けられる。ただしクロトは療養中につき、当面の栄光および支配権の管理はルーチェがこれを代行する。
――以上が記録である。
だが整理の過程で私は奇妙なことに気づいた』
『二名のスキル来歴を照合した。
クロト、重力魔法授与記録あり。
ルーチェ、光魔法授与記録あり。
ここまでは通例である。だが、ふと私は両名の出身を確認した。
同郷であった。
同じ都市の外れ。同じ貧しい一角の生まれ。幼馴染であるという。
それだけなら珍しくない。だが私はもう一つ思い出した。
当該討伐と時を同じくして、もう一名この都市の出身者が叙勲されている。
剣星ステラ。
彼女もまた、同じ都市の外れの、同じ一角の生まれ。同じ三人の幼馴染の一人である』
『三名。
重力、光、剣。
いずれも稀少なスキル。教会の記録を遡っても、数十年に一度現れるか否かという規格外の力。
その三つが。
同じ都市の、同じ外れの一角に、同じ時期に降臨している。
三名は幼馴染。共に育ち、共に聖点でスキルを授かった。
――これは
偶然だろうか』
『私は過去の記録を遡った。
稀少スキルの降臨には規則性がないとされる。女神の恩寵はどこに降るか人には分からない。だから三つの規格外が一つの貧しい一角に同時に降ることも理論上はありうる。
ありうる。だが。
その確率は。
私の乏しい計算では、到底導き出せぬほどの小ささであった。
数十年に一度の力が、三つ。同じ場所に、同じ時期に、しかも互いに幼馴染として降る。
――偶然と呼ぶにはあまりに出来すぎている』
『まるで。
誰かが。
あの一角に三つの駒を同時に置いたかのようだ。
……いや詮無いことだ。私はただの書記官記録を整理し、保管するのが務め記録の意味を問うことは私の領分ではない。
三名の稀少スキルが同郷に同時に降臨した。それは記録上の事実である。偶然か必然かそれを判ずるのは女神の領分。
私はただ書き留める。
このあり得ざる一致を、後の世に誰かがこの記録を読み、何かを思うことがあるかもしれぬ。あるいは何も思わぬかもしれぬ。
いずれにせよ。
記録は残る。
女神の名において』
――覚書はここで終わっている。
この書記官がその後何を思ったのかは記録にない。
三つの規格外の力。重力。光。剣。同郷。同時。幼馴染。
そのあり得ざる一致の意味を。
問うた者は誰もいなかった。
記録はただ保管庫の闇の中で静かに埃をかぶっていった。
誰にも読まれることなく。
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私は見ていた。
全部を。
盤面に駒を置いたのは私だ。
あの貧しい一角に三つの規格外を同時に落とした。重力、光、剣。稀少な力をあえて一つの場所に集めて。
なぜか。
それが最も面白いからだ。
資質を与える。環境を与える。同じ場所に。同じ時期に。三つの優れた種を蒔く。そうして、見る。
人がそこからどう育つかを。
剣星ステラ。
最も大きな器を与えた。最も輝く力を。あの子は都市の誇りになった、頂に立った。
だがあの子はぬるま湯に溶けた。与えられた環境の心地よさに馴染み、何もしなくなり、ただ堕ちた。
最も優れた種が、最もあっけなく腐った。
私はそれをただ見ていた。
嘆きはしない。断罪もしない。ただ記録する。「剣星、堕落」と、それだけ。
重力クロト。
最も根源に近い力を与えた。だが最も見えにくい形であの子は嗤われ、踏まれ、それでも諦めなかった。自らの力の理を一人で掴んでいった。
純粋な子だった。
まっすぐで諦めない。その純粋さであの子は頂に至った。時間も光も支配する力に。
いや、頂などではない。あの子が至ったのは人の頂の、さらにその上。私が盤上に置いたどの駒も届かぬ高みだった、剣星の器を与えたあの子ですら、あの子にはもう届かない。私が与えた根源の力が、歪んだ器の中で際限なく拡がった果てに。
だがその純粋さゆえにあの子は盲いた。
自分の恋が砕かれたことにも、自分の動機がすり替えられたことにも、自分が誰かの掌の上で踊っていたことにも気づかぬまま。
最も純粋な種が、最も深く欺かれた。
私はそれもただ見ていた。
光ルーチェ。
三つのうちで最も平凡な器を与えた。剣星ほどの輝きも、重力ほどの根源も、あの子には与えなかった。
なのに。
最後に全てを手にしたのはあの子だった。
あの子は与えられた器の小ささを手段で補った。あらゆる手を使った。恋を砕き、空白を作り、依存を植え、簒奪した。盤面の外から、私が与えなかったものを力ずくで掴んだ。
――面白い。
最も平凡な器を与えたあの子が、最後に掴んだのは、私の盤上で最も高みに至ったあの超越者だった。
誰の手も届かぬはずのあの子を、この光の子は腕の中に閉じ込めた。剣星の器でも、根源の力でもなく、ただ執着と手段だけで、天の高みの存在をまるっと掌に握った。
私が最も薄く恩寵を注いだ器が、私が最も大きく力を与えた果ての超越者を所有している。
これほど倒錯した光景を私は久しく見ていなかった。
私の恩寵はあの子には最も薄かった。なのに、あの子は私の盤面を出し抜いた。資質でも環境でもなく執着と手段で。
私が与えた資質と環境。それだけでは決まらぬものがあった。
それが人というものか。
結局。
三つの種は。
一つは堕ち、一つは盲い、一つは簒奪した。
誰もまっすぐには育たなかった。
資質を与えても。環境を与えても。人はそこから容易に崩れ堕ちる。あるいは欺かれる。あるいは奪う。
――そういうものだ。
私はそれを今回も確かめた。何度盤面を並べても結果は似たようなものだ。人は与えられたものからいつも逸れていく。
それを嘆く気はない。
私はただ結果を見る。過程には興味がない。誰がどう苦しみ、どう足掻き、どう堕ちたか。そんなことはどうでもいい。
結果として。
聖点が一つ盤面に加わった。担い手が確定した。ルーチェという光がそれを手にした。
それが全て。
あの光の子は。
今頃勝利に酔っているだろう。
誰もいない大聖堂で笑って手に入れたものを数えて長い狩りの終わりを噛み締めて。
あの子は思っているだろう自分は勝ったのだと全部を掴んだのだと。
――そうだ、あの子は勝った。
人の物差しで言えば、あの子は誰よりも深く勝った、欲しかったものを全部掴んだ。
だが。
私から見れば。
あの子の勝利も、剣星の堕落も、重力の盲目も、全部同じことだ。
盤面に駒が一つ定まった。それ以上でも以下でもない。
あの子がどれほど焦がれ、どれほど手を汚、しどれほど深く勝ったとしても。
私にはそれはただの一つの結果。
あの子は知らないだろう。
自分の勝利が誰にも見られていないことを。
いや見てはいる。私が見ている。全知の私があの子の勝利をただ一つ見届けている。
だが私は。
何も感じない。
あの子の執着にも、あの子の狂気にも、あの子の勝利の喜びにも。私の心はぴくりとも動かない。
あの子は世界でいちばん深く勝った。そしてその勝利をただ一つ見ている。私は世界でいちばんそれに無関心な存在だった。
――絶頂の孤独。
あの子は誰よりも深く愛し、奪い、勝った。なのにその頂には誰もいない。あの子の勝利を寿ぐ者も妬む者も理解する者すらいない。
ただ結果しか見ない私だけがそれを見ている。
そして私は何も感じない。
盤面から目を離す。
一つ埋まった。
次は。
どこに蒔こうか。
どんな種を、どんな場所に落とせば、次はどう育つか。あるいはどう堕ちるか、どう奪い合うか。
考えながら私は次の盤面へと指を伸ばした。
セルフィリアのことはもう記憶の隅にも留めない。剣星も、重力も、光も、三つの幼馴染の物語も、執着も喪失も勝利も。
全部。
――ただ一つの結果として盤面に刻んで。
私は忘れる。
あの光の子は。
これからずっとあの重力の子を腕の中に抱いて生きていくだろう。優しく決して逃さぬように愛する人を閉じ込めてそれを永遠の幸福だと信じて。
そしてあの重力の子は。
最後まで気づかぬまま眠り続ける。自分が何を失ったのかも、誰の掌の上にいるのかも、知らずに。かけがえのない絆を信じて安らかに。
美しい結末だと人は言うかもしれない。
あるいはおぞましい結末だと言うかもしれない。
だが私には。
どちらでもない。
ただ盤面に光が一つ灯った。
それだけ。
――星を掴め。
誰かがそう願った。
届かぬ星に手を伸ばした者がいた。掴もうと足掻いた者がいた。掴んだと信じた者もいた。
だが。
星は掴まれたことを知らない。
空の上からただそれを見下ろして。
何も感じない。
瞬き一つせずに。