シュークリームがきっかけで……?
## 一、ベルナ村の昼下がり
「なあ、フェル。本当にこっちで合ってるのか?」
街道の石畳を踏みしめながら、ムコーダこと向田剛志は、隣を悠然と歩く巨大な狼に声をかけた。
「知らん。我は匂いのする方へ歩いているだけだ」
伝説の魔狼フェンリル、フェルは、鼻をひくつかせながらそっけなく答える。その頭の上ではミニドラゴンのドラちゃんが翼をたたんで涼しい顔をし、ムコーダの肩では、スライムのスイがぷるんぷるんと揺れていた。
「あるじー、あっちに大きな建物があるよー」
「おお、ほんとだ。屋根の上に大きな龍の飾りがあるぞ」
「ふん、人里の匂いと、肉を焼く匂いと、……ふむ、何やら甘い匂いもするな」
フェルの鼻がぴくりと動いた。甘い匂いと聞いて、ドラちゃんとスイの目が一瞬でキラリと光る。
「甘い匂いだって! おい、ムコーダ、急ぐぞ!」
「あるじ、早く早くー!」
「分かった、分かったから引っ張るな!」
こうして一行がたどり着いたのは、渓流と山々に抱かれた小さな村だった。木造の家々が肩を寄せ合い、村の奥には巨大な書庫を思わせる立派な建物がそびえている。村の入口には「ベルナ村」と書かれた看板。大きな荷車を引いたアプトノスがのんびりと歩き、猫のような二足歩行の生き物たちが、あちこちで忙しそうに働いていた。
「……猫? いや、二足歩行で喋ってるぞ。獣人とも違うみたいだけど」
「いらっしゃいませニャ! 旅のお方ですかニャ?」
足元からひょっこりと現れたのは、エプロンをつけた白黒ぶち模様の猫だった。ムコーダは思わず目を丸くする。
「あ、はい。旅の途中で立ち寄ったんですが……この村って、いったい」
「ここはベルナ村ですニャ。ハンターさんたちが集まる、龍歴院のお膝元ですニャ!」
「ハンター? 冒険者みたいなものかな」
「似たようなものですニャ。あ、あっちが集会所ですニャ。まずは受付嬢さんにご挨拶するといいですニャ」
そう言って猫は、ぴょこぴょこと駆けていった。
「なんだかとんでもないところに来ちゃった気がするな……。まあ、とりあえず挨拶だけでもしておくか」
ムコーダはフェルたちを連れて、村の集会所へと足を向けた。
## 二、受付嬢とシュークリーム
集会所の受付カウンターには、ひとりの女性が座っていた。明るい笑顔と整った制服が印象的な、ベルナ村の受付嬢である。ムコーダたちが入ってくると、彼女は少し驚いたように目を見開いた。
「い、いらっしゃいませ! ……あの、その大きな狼さんは?」
「あ、すみません。この子はうちの仲間でして、人を襲ったりしませんから。ははは……」
「ええ、そうなんですね。……あ、はい、ええと、ハンター登録のお客様でしょうか?」
「いえ、ただの旅の者です。この村に立ち寄ったので、ご挨拶だけと思って。あの、お仕事中にすみません。これ、お近づきの印にどうぞ」
ムコーダは愛想笑いを浮かべながら、先ほどネットスーパーで購入したばかりのシュークリームを一つ、差し出した。コンビニでも買えるような何の変哲もない品だが、ふわふわの皮にたっぷりのカスタードがぎっしり詰まっている。
「まあ、いいんですか? ありがとうございます。いただきます」
受付嬢は不思議そうにそれを受け取ると、ぱくりと一口。
その瞬間、彼女の動きがぴたりと止まった。
「…………」
「あの、どうかしましたか?」
「…………おいしい」
「え?」
「おいしいいいいいいいっ!!」
ガタッ、と椅子が倒れる音とともに、受付嬢は両手を握りしめて叫んだ。
「なにこれなにこれ! ふわふわで! とろとろで! 口の中で溶けて! えっ、これ、本当に食べ物なんですか? 天国? ここ天国ですか?!」
「お、落ち着いてください! ただのシュークリームですから!」
「シュークリーム!? シュークリームって言うんですか!? この世の甘味の全てがここに詰まっている……! あああ、幸せ……!」
受付嬢は目を潤ませながら、両手で頬を押さえて悶絶している。その様子を見ていたハンターたちが、ざわざわと集まり始めた。
「おい、受付嬢さんがどうかしたのか?」
「なんか甘い物で壊れたみたいだぞ」
「そんな馬鹿な。あの人が、あんなに取り乱すなんて」
そのざわめきをよそに、受付嬢はキッ、とムコーダを見据えた。
「旅の方! お願いです、これをもう一つ……いえ、あと十個ください! お代なら言い値で払います!」
「十個!? いやいや、さすがにそれは……」
「あるじ、ぼくたちのは?」
「ドラちゃんも、あれ食べたいぞ!」
「ふん、あの菓子は我も好きだ。早く出せ」
足元では、いつの間にかフェルたちが物欲しげな目を向けていた。ムコーダは頭を抱える。
「ああもう、分かった、分かりましたよ。みんなの分も出しますから……」
こうして、ムコーダが人数分のシュークリームを取り出した、その時だった。
## 三、阿鼻叫喚の争奪戦
「ちょっと待ったあああっ!!」
集会所の扉が、バァン! と勢いよく開け放たれた。
そこに立っていたのは、いくつもの受付嬢や看板娘たち。ココット村の、ポッケ村の、ユクモ村の、モガの村の、そしてタンジアの港の。さらには龍歴院の受付嬢と、龍識船の受付嬢まで勢揃いしている。皆、龍歴院での研修のために集まっていたのだ。
「今、とんでもなく甘くて良い匂いがしました!」
「私、鼻は利く方なんです! お菓子の匂いだけは絶対に逃しません!」
「そこの旅の方! それ、何ですか!?」
「え、えーと、シュークリームという菓子で……」
「「「シュークリーム!!」」」
全員の声が見事にそろった。そして、嵐が始まった。
「私にも一つください!」
「ずるい! 私が先に気づいたんです!」
「私、遠いところから来たんです! 遠くから来た人を優先すべきです!」
「そんなの関係ありません! 早い者勝ちです!」
「ああっ、そこの猫ちゃん! それは私の分です!」
「あるじのご飯を取らないでーっ!」
「ぷるぷるー! これはスイの分ー!」
「おい、そこの小娘ども、我の分に手を出すな!」
「ひいいいっ! 狼が喋った!?」
「いや、それどころじゃない! シュークリームーっ!」
阿鼻叫喚である。
受付嬢たちはカウンターを乗り越えんばかりの勢いで手を伸ばし、ハンターたちは呆然とその光景を眺め、看板娘たちはなぜか互いの肩を掴み合って揉み合っていた。ドラちゃんは空中に逃げ、スイは触手を伸ばしてシュークリームを死守している。フェルは威嚇のつもりでグルルと喉を鳴らしたが、お菓子に目がくらんだ乙女たちには全く効果がなかった。
「ちょ、ちょっと! みなさん落ち着いてください! まだありますから! ちゃんと全員分ありますからああっ!」
ムコーダは必死にネットスーパーを開き、追加のシュークリームを次々に取り寄せる。その数、実に五十個。
「ひとり二個まで! ひとり二個までですよ! 順番に並んでください!」
「「「はーい!」」」
ようやく静まった集会所で、ムコーダはぜえぜえと息を整えた。その横では、受付嬢たちがうっとりした顔でシュークリームを頬張っている。
「ああ……この世にこんな食べ物があったなんて……」
「村に帰りたくないです……」
「これを毎日食べられるなら、私、一生ここで働きます……」
「いや、それはちょっと違うと思います……」
ムコーダは力なくつぶやいたのだった。
## 四、屋台の女将さんとニャンコック
「お見事ニャ。この騒ぎを、たったこれだけで収めるとは」
背後から声をかけられて振り向くと、そこには二匹のアイルーが立っていた。一匹は恰幅のよい女将さん風の猫で、ベルナ屋台の看板をつけた前掛けをしている。もう一匹は、立派なコック帽をかぶった、凛々しい顔つきの猫だった。
「あたしゃ、ベルナ屋台の女将ニャ。こっちは、ご存じニャンコックですニャ」
「は、はあ。どうも、ムコーダと申します。……ええと、何か俺にご用でしょうか」
「実は折り入ってお願いがあるのニャ」
女将さんアイルーは、ぐいっと身を乗り出した。ニャンコックも真剣な眼差しで続ける。
「近年、この世界では『百龍夜行』が発生しているのですニャ。その対策を話し合う会議が近々開かれるのですが、各地のハンターや学者、村の代表者たちが集まるのですニャ。そこで出す料理を、ぜひあなたにお願いしたいのですニャ」
「ひゃ、百龍夜行? なんだかおっかない名前ですけど……」
「百を超える龍が夜通し押し寄せる、大災害ニャ。ハンターたちの命がけの戦いになるのニャ。だからせめて、会議の席だけは、士気を高める美味しい料理で迎えたいのニャ」
ムコーダはうーん、と唸った。確かに、料理を振る舞うこと自体は嫌いではない。むしろ好きだ。だが、話があまりにも大きすぎる。
「でも、俺はただの旅の者で……。料理の腕だって、プロとは比べものにならないですよ」
「いや、あのお菓子を見れば分かりますニャ。あんな絶品、この村の誰も作れませんニャ。そしてそれは、お菓子だけじゃないはずですニャ」
その時、さらにぞろぞろと現れたのは、各地の料理人アイルーたちだった。
「わしはココット村のコックアイルーですニャ。ぜひ頼みますニャ」
「ユクモ村の料理番ですニャ。わたくしからも、お願いいたしますニャ」
「ポッケ村の板前ですニャ。わしらにも、その腕の片鱗を見せてほしいニャ」
「龍識船の炊事長ですニャ。船の上では、新しい味に出会える機会が少ないのですニャ。どうか」
次々と頭を下げるアイルーたち。その熱意にムコーダはたじたじとなった。
「え、ええと……」
「あるじ、やってあげようよー」
スイがぴょんと肩の上で跳ねる。
「うむ。我も、この世界の料理人たちとやらに興味はある。それに、我らの食事にもなるのだろう?」
フェルが鼻を鳴らし、ドラちゃんもうんうんと頷く。
「そうだぞ! ここの肉も、きっと美味いんだろ? ムコーダ、やれよ!」
「お前ら、結局食べる方が目当てだろ!」
しかし、アイルーたちの必死な顔を見ていると、断れなくなってしまった。ムコーダは小さくため息をついて、うなずいた。
「分かりました。やりましょう。ただし、俺のやり方で作らせてもらいますよ」
「「「ありがとうございますニャ!」」」
アイルーたちが歓声を上げた。
## 五、白き孤影の噂
その夜、ムコーダは集会所の食堂の隅で、遅い夕食をとっていた。フェルたちは別室で勝手に出した肉を貪っている。そこへ、ひとりの若い龍歴院の学員が腰を下ろした。
「失礼します。あなたが、あの受付嬢たちを大混乱に陥れた旅の方ですね」
「そ、そんなつもりはなかったんですけどね……」
ムコーダは苦笑いを浮かべる。学員は眼鏡を押し上げ、声を落とした。
「実は、少し気になる噂があるんです。百龍夜行の前触れとして、各地で奇妙なものが目撃されているんですよ」
「奇妙なもの?」
「ええ。『白き孤影』と呼ばれる、何者かの姿です。霧の向こうに、白い影がぽつんと立っているのを見た、という報告が複数あって。その正体は、まだ誰にも分かっていません」
「白き孤影……」
ムコーダは思わず背筋を伸ばした。なんとなく、不穏な響きだ。
「それが百龍夜行と関係があるのかどうか。それも含めて、会議で議論される予定です。ですから、その会議が円滑に進むよう、あなたの料理に期待しているんですよ」
「責任重大だなあ……。まあ、分かりました。やれるだけのことはやりますよ」
学員が去ったあと、ムコーダはぽつりとつぶやいた。
「さて、と。会議の日までに、メニューを考えないとな」
そして、おもむろに指先を宙に走らせる。
「ネットスーパー、オープン」
目の前に半透明の画面が浮かび上がった。いつも通りのとんでもスキルである。ムコーダは画面をスクロールさせながら、にやりと笑った。
「今回は、気合いを入れるぞ。ハンターさんたちに、そしてあのアイルーたちにも、いい料理を食べさせてやらなきゃな」
## 六、ネットスーパーに新コーナー誕生!
会議の前日。ムコーダは龍歴院の大きな厨房を借りて、メニューの仕込みを始めようとしていた。そこには、ニャンコックを筆頭に、ココット、ユクモ、ポッケ、そして龍識船の料理人アイルーたちが勢揃いしている。
「では、始めましょうか。まず、食材を取り寄せます」
ムコーダが画面を操作すると、突然、ピロリン、と軽快な音が鳴った。
「ん? なんだこれ」
画面にはなぜか、見慣れないコーナーがいくつも出現していた。
「OK、成城石井、角上魚類、カルディ、クランド、シャトレーゼ……? えっ、こんなのあったか?」
どうやら、女神ニンリルの計らいで、新しい取り扱い店舗が追加されたらしい。一覧にはそれぞれの看板商品が、きらきらと輝いて並んでいる。
「おお……! これは、すごいな。魚はあの角上魚類が使えるのか。それにカルディに成城石井、シャトレーゼまで。これなら、とんでもないフルコースが組めるぞ」
「あるじ、あるじ! これ全部、食べていいの?」
「全部は食べられないぞ。まずはお客さんが先だ」
「むう、我も楽しみにしているのだがな」
フェルがじっと画面を覗き込んでいた。ムコーダは苦笑いして、腕まくりをする。
「よし、まずはメニューを決めよう。ニャンコックさん、皆さんも、手伝ってもらえますか?」
「もちろんですニャ! あなたの料理、じっくり勉強させていただきますニャ!」
こうして、ムコーダと料理人アイルーたちによる、史上最大の料理会議が開かれたのだった。
## 七、フルコース開幕~食前酒と生ハムのユッケ風~
会議当日の夜。龍歴院の大広間には、各地から集まった重鎮や学者、そして腕に覚えのあるハンターたちがずらりと席についていた。壁際には受付嬢たちも並んでいる。皆、どこか緊張した面持ちだ。
しかしその空気は、ムコーダたちが最初の一品を運び込んだ瞬間に変わった。
「本日は、百龍夜行対策会議の開催、まことにおめでとうございます。ささやかではございますが、料理人アイルーたちと共に、心を込めて料理を用意いたしました。まずは、食前酒から」
ムコーダの合図で、料理人アイルーたちが、小ぶりのグラスにとくとくと透明な酒を注いでいく。クランドで取り寄せた、純米大吟醸「天凪」である。
「こちらは、京都の老舗酒蔵が醸した日本酒です。山田錦という酒米を三十五パーセントまで磨き上げています。香りが華やかなので、まずは香りを楽しんでから、ゆっくり口に含んでみてください」
「ほう……」
年配のハンターが、半信半疑でグラスに鼻を近づける。次の瞬間、彼の目が丸くなった。
「これは……メロンのような香りがするぞ。酒なのに、果物のようだ」
「口当たりも、驚くほど柔らかい……。それに、梨のようなみずみずしい甘みがあって、最後はすっと消えていく」
「甘口なのに、くどくない。こんな酒は初めてだ」
ハンターたちの間に、感嘆のため息が広がっていく。ムコーダはほっと胸をなで下ろした。
「そして、こちらが最初の一品です。生ハムのユッケ風です」
アイルーたちが次の皿を運んでくる。細かく刻んだ生ハムを味付け海苔の上に盛り、中央のくぼみに鮮やかな卵黄を落としている。上には青ねぎと白ごまがぱらり。ごま油の香ばしい匂いに、コチュジャンのピリッとした刺激が混じって、食欲をそそる。
「卵黄を崩して、全体に絡めてから、海苔で巻いて食べてみてください」
「ほう、生の肉をこうして食べるのか」
「いえ、これは生ハムという、塩漬けにして熟成させた肉です。ですから安心して食べられますよ」
ハンターたちがおそるおそる箸を伸ばす。そして一口。
「……っ! うめえ!」
「なんだこれは! 塩気と旨味が口の中で爆発する!」
「そこにコチュジャンの辛みがピリッときて、卵黄がまろやかに包み込んで……ああ、酒だ! 酒が欲しい!」
「さっきの天凪を、もう一杯くれ!」
案の定、ハンターたちは天凪を片手に、生ハムのユッケ風を肴にすっかりご機嫌になった。
「生ハムのしょっぱさと、お酒のフルーティーな甘さが、不思議と相性が良いんだよな」
「ええ。これは天凪の組み合わせとしても、おすすめの一つなんです」
「あんたすげえな。こんな楽しみ方があったのか」
大広間は早くも、和やかなざわめきに包まれていった。
## 八、加賀野菜の海鮮マーラータン
「さて、続きまして、少し刺激の強い一品をご用意しました」
ムコーダの言葉に、広間の空気がわずかに引き締まる。次に運ばれてきたのは、真っ赤なスープがぐつぐつと煮立つ大鍋だった。
加賀野菜をたっぷり使った、海鮮マーラータン。角上魚類で仕入れた新鮮なエビ、イカ、ホタテ、白身魚の切り身に、OKで買い揃えた加賀野菜が彩りを添える。さらにスープの中には、ムコーダが丹精込めて作った刀削麺が泳いでいた。
「熱いので気をつけてください。それと、かなり辛いですから、苦手な方は無理しないでくださいね」
「辛い? ふん、ハンターは辛いものなんか慣れてるぜ」
大柄なハンターが豪快に笑って、さっそく一口すする。
「……ッ、ぐっ、ふおおおおっ!?」
「あっ、辛い! これ本当に辛い!」
「痺れる! 舌が痺れる! でも、なんだこれ、……うまい!」
ハンターたちは目を白黒させながら、それでも箸を止めない。山椒のような痺れと唐辛子の辛さが重なり合って、それでいて魚介の旨味が深く溶け込んでいる。刀削麺はもちもちとした食感で、スープをよく絡めていた。
しかし、壁際の受付嬢たちはそうはいかなかった。
「か、からっ! からいいいいいっ!」
「み、水! 水をください! 舌が燃えてますうっ!」
「ひいいっ! 涙が止まらないぃぃ!」
「でも……なんでしょう、この……やめられない……っ」
「あああ、辛いのに……辛いのにもう一口……!」
阿鼻叫喚である。
さらに悲惨だったのは、足元で見守っていたオトモアイルーたちだった。猫舌の彼らにとって、熱々のマーラータンは凶器にも等しい。
「ニャ、ニャニャニャーッ!? 熱いニャ! 辛いニャ!」
「ふー、ふーしても冷めないニャ!」
「口が、口がしびれるニャああああ!」
「ぼくの猫舌がああああ!」
転げ回るオトモアイルーたちを前に、ムコーダは慌ててミルクを取り出した。
「あああ、すみませんでした! これ、冷たいミルクです! 飲んでください!」
「ありがとうニャ……」
「ふう、助かったニャ……」
しかしそんな中でも、ハンターたちは違った。
「くはーっ! この痺辛さ、くせになるぜ!」
「もう一杯くれ! もっと辛くしてもいいぞ!」
「この痺れがたまらん! 酒が進む!」
「あんた、とんでもねえ料理人だな!」
意外にも、ハンターたちの評価は上々だった。ムコーダは安堵しつつも、ちょっとだけ苦笑いする。
「やっぱり、人を選ぶ料理ではありましたね。次からは、辛さ控えめのバージョンも用意しておきます……」
## 九、ホタテのバーベキュー
「口直しといってはなんですが、続いては、こちらを」
次に運ばれてきたのは、ジュウジュウと音を立てる、大きなホタテ貝だった。角上魚類から取り寄せた、肉厚でぷりぷりとしたホタテである。殻付きのまま、炭火でじっくりと焼き上げられ、貝柱から透明な汁がじゅわりと溢れている。
「このホタテは、こちらのスパイスで仕上げています」
ムコーダが見せたのは、小さな瓶に入った茶色いスパイスだった。ほりにしの、万能スパイスである。
「ほりにし? なんだそれは」
「ええと、肉にも魚にも野菜にも使える、魔法の粉みたいなものです」
「魔法の粉……?」
訝しげな顔のハンターたちが、湯気の立つホタテにスパイスをぱらり。そして一口。
「…………!?」
「な、なんだこれは! ホタテの甘みが、何倍にも膨れ上がったぞ!」
「香ばしいスパイスの香りが鼻に抜けて、貝の旨味がさらに引き立っている!」
「焼いただけなのに、こんな味になるのか!」
ハンターたちは驚きの声を上げた。そして誰かが、ぽつりとつぶやく。
「この粉、売ってくれないか?」
「す、すみません、これは俺のスキルで取り寄せているので、残念ながら……」
「くっ……! しかし、この味は忘れられん……!」
悔しがるハンターたちに、ムコーダは苦笑するしかなかった。
## 十、パンチェッタと京野菜のシーザーサラダ
「さて、こちらは野菜料理です。肉ばかりでは偏ってしまいますからね」
運ばれてきたのは、色鮮やかな野菜がたっぷりと盛られた大皿だった。OKで調達した新鮮な京野菜に、カルディのパンチェッタをカリカリに焼いてのせている。そこに成城石井のシーザードレッシングがとろりとかけられていた。
「このドレッシングは、チーズとにんにくの旨味が効いているんです。パンチェッタの塩気とよく合いますよ」
「ほう、野菜にこんな味付けをするとは」
ユクモ村の料理番アイルーが、興味深そうにのぞき込む。ムコーダが盛り付けのコツを説明すると、アイルーたちは熱心にメモを取った。
「カリカリのパンチェッタが、アクセントになっていますニャ」
「このドレッシング、再現できないかニャ……」
「うーん、このクリーミーさは、どうしても難しいですニャ」
一方、ハンターたちは意外な反応を見せた。
「野菜って、こんなにうまいものだったのか」
「いつもは、焼いて塩をふるくらいだったからな」
「シャキシャキして、甘みもある。パンチェッタとの相性も最高だ」
「正直、野菜は苦手だったんだが……これならいくらでも食える」
「そうでしょう? 野菜も、味付け次第でご馳走になるんです」
ムコーダは満足げにうなずいた。
## 十一、こんがり肉とほりにしの衝撃
「そして、お待たせしました。みなさんおなじみ、こんがり肉です」
どよめきが走った。こんがり肉。それはハンターたちにとって、最も身近な携行食であり、狩りの合間の癒やしであり、もはや魂の食べ物といってもよい存在だ。
運ばれてきたのは、じっくりと焼き上げられた分厚い骨付き肉。表面はこんがりと焼き色がつき、脂がじゅうじゅうと音を立てている。しかし、この肉には、先ほどのホタテと同じ秘密の粉がかけられていた。
「いつものこんがり肉に、ほりにしのスパイスで仕上げてみました。よければ、ご賞味ください」
「ふん、こんがり肉など食い飽きているわ。今さら何の感動が――」
そう言いかけたベテランハンターが、肉にかぶりついた、その瞬間。
「…………」
「どうした?」
「…………これは」
「これは、いったい、なんだ」
ベテランハンターの手が、ぷるぷると震えている。
「俺は、二十年以上、こんがり肉を食ってきた。この世で最も、美味い肉を知っているつもりだった。……だが、これは、違う」
「違う?」
「この肉が……肉が……こんなに、美味くなるなんて……っ!」
ベテランハンターは、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。周りのハンターたちも、慌てて肉にかぶりつく。
「うおおおっ! なんだこれは!」
「肉の旨味と、スパイスの香りが、完璧に調和している!」
「いつものこんがり肉が……別物だ!」
「この味は、カルチャーショックだ!」
「このスパイスは、いったい何だ!? 教えてくれえええ!」
詰め寄られるムコーダは、しどろもどろになりながらも説明する。
「ええと、いろんな香辛料や塩が絶妙に配合されていて……あの、ほりにしというものでして……」
「ほりにし……ほりにし……」
誰かがそう繰り返す声が聞こえた。この日以来、ハンターたちの間では、ほりにしの名が伝説のように語り継がれることになる。
そして厨房の隅では、ニャンコックが、必死にスパイスの配合を再現しようと苦闘していた。
「ニャ、ニャニャ……。この塩気のバランス……この香りの深み……。わがはいの舌でも、どうしても再現できないのニャ……!」
「ニャンコックさん、顔が真っ青ですニャ」
「うむむむ……何度やっても、あの味にならないのニャ……。きっと、何十種類ものスパイスが、完璧な比率で混ざっているのニャ……」
ニャンコックは、その後も数日にわたって再現に挑み続けたというが、ついに完全な再現はできなかったと言われている。
## 十二、ガーグァのよだれ鶏
「さて、まだまだ続きますよ。次は、よだれ鶏です」
運ばれてきたのは、しっとりと蒸し上げられた鶏肉だった。しかし、その鶏は、ただの鶏ではない。この世界のガーグァという、大きな鳥の肉である。それを丁寧に蒸し、冷ましてから薄切りにして、カルディのよだれ鶏のたれをたっぷりとかけている。
「このたれは、花椒の香りとラー油の辛さ、そして黒酢の酸味が重なっていて、味わいが奥深いんです」
「ほう、冷たい肉料理か」
「ええ。辛い料理が続いたので、少し口の中を休めながら、しっとりした鶏肉を味わってください」
ハンターたちは、さっそく箸を伸ばす。
「うむ、肉はしっとりと柔らかい。たれのコクが、鶏肉に染み込んでいるな」
「ガーグァがこんなに美味くなるとは」
「普段は、あまり食べない鳥だったんだがな」
「さっきの痺辛とは違って、辛さが優しい」
ガーグァの肉は、さっぱりとしながらも旨味がしっかりと残っており、よだれ鶏のたれとの相性は抜群だった。受付嬢たちも、安心した顔でぱくぱくと食べている。
「これなら、私でも食べられますっ」
「さっきのマーラータンのあとだと、すごく優しく感じます」
「でも、やっぱりおいしい……!」
## 十三、ドスファンゴの魯肉飯
「そして、締めに近い一品です。ドスファンゴの魯肉飯をご用意しました」
最後の肉料理は、ほかほかの白いご飯の上に、とろとろに煮込まれた肉がたっぷりとのせられた丼だった。ドスファンゴの肉を、醤油や八角、五香粉などと一緒にじっくり煮込んだものだ。
「この世界のドスファンゴは、脂が甘くて、煮込むと本当に美味しいんです。八角の香りが、豚肉の旨味を引き立ててくれます」
「ほう、猪豚の肉か。確かに、よく狩るが、こんな食べ方は知らなかった」
「いただきます……っ!」
ハンターたちは、ご飯と一緒に肉をかっ込んだ。
「…………っ! うまいっ!」
「甘辛くて、とろとろで! 脂が口の中で溶けていく!」
「ご飯が止まらん! おかわりくれ!」
「たまらん! これはたまらんぞ!」
どんぶりが、次々と空になっていく。大広間は、ハンターたちの「おかわり!」の声で満ち溢れた。
足元では、フェルたちも別室で用意された魯肉飯にがっついている。
「ふん、悪くない。肉の脂が、実に美味い」
「うまいぞムコーダ! もっとくれ!」
「あるじ、おかわりー!」
「分かった、分かったから! 順番に出すから待ってくれ!」
ムコーダは、てんてこ舞いである。しかし、その顔はどこか楽しげだった。
## 十四、デザートはチーズモンブラン
「皆様、最後のデザートでございます」
ムコーダの声に、受付嬢たちの視線が一斉に集まった。まだ満腹とは言いがたい胃袋の隙間に、甘いものを求める乙女たちの、期待に満ちた眼差しである。
運ばれてきたのは、シャトレーゼから取り寄せた、チーズモンブラン。黄金色に輝くクリームが、美しい渦を描いてケーキの上にのせられている。
「チーズ風味のモンブランです。栗の甘みと、チーズのコクを、一緒に楽しめます。どうぞ、召し上がれ」
「「「…………!」」」
受付嬢たちの目が、きらきらと輝いた。
そして、一斉にフォークを手に取る。
そして、一口。
「…………」
「…………」
「…………」
「「「きゃあああああああ!!」」」
大広間に、乙女たちの歓喜の声が響き渡った。
「おいしいいいいいっ!」
「なにこれ! なにこれえええ!」
「チーズのコクと、栗の甘さが、口の中で溶け合ってるう!」
「幸せ……。私、いま、世界で一番幸せです……」
「あああ、ずっとこの時間が続けばいいのにぃ!」
受付嬢たちは、狂喜乱舞し、手を取り合ってくるくると回り出した。龍歴院の受付嬢も、龍識船の受付嬢も、ココット村の、ポッケ村の、ユクモ村の、モガの村の、そしてタンジアの港の看板娘たちも。皆、満面の笑みである。
「おかわり! もう一つください!」
「私も!」
「私もです!」
「これは……さすがにもう、数がですね……」
ムコーダの顔が引きつった。シュークリームの時と同じ展開になりつつある。
「みなさん落ち着いて! 数にはまだ余裕がありますから!」
「本当ですか!?」
「ええ。ただ、ちゃんと全員の分を……あっ」
その瞬間、受付嬢たちの視線が、ぎらり、とムコーダに集中した。
## 十五、受付嬢たちの大追跡
「あのっ! ムコーダさんっ!」
「他のスイーツも、まだ持ってますよね!?」
「ね? ね? 持ってますよね?」
「い、いや、ええと、その……」
後ずさりするムコーダを、受付嬢たちがじりじりと包囲する。目が、完全に本気だ。
「ちょ、ちょっと待ってください! フルコースの途中ですし! 会議もまだ始まってないですし!」
「会議はあとでも出来ます!」
「甘味は今しか食べられません!」
「お願いします! なんでもしますから!」
「いやいや、なんでもって、そんな……!」
「あるじ、にげてー!」
「ムコーダ、走れ!」
ドラちゃんの叫びに、ムコーダは弾かれたように駆け出した。
「うわあああっ! ごめんなさいぃぃっ!」
「待ってくださああああい!」
「逃がしませんよおおおっ!」
大広間から飛び出したムコーダの後ろを、受付嬢たちが雪崩のように追いかける。廊下を駆け抜け、階段を飛び降り、書庫の中を縫うように走り、研究棟の裏庭を突っ切って、ベルナ村の路地をぐるぐると回る。
「あっちです!」
「回り込んで!」
「そこの路地を押さえて!」
「受付嬢、全員出動です!」
「そんなところで本気を出さないでくださいいいっ!」
ムコーダは泣きそうになりながら、息も絶え絶えに走り続けた。途中、フェルが背中に乗せてくれようとしたが、受付嬢たちの気迫に怯んだのか、「我は関わらぬ」と言い捨てて逃げてしまった。
「薄情者おおおおっ!」
ムコーダの絶叫が、ベルナ村の夜空に響き渡った。
結局、ムコーダが解放されたのは、追加のチーズモンブランを一人一つずつ配り終えた、夜も更けた頃だった。
「ぜえ、ぜえ……。もう、二度と、この村では……ぜえ、ぜえ……」
「お疲れ様ですニャ」
ニャンコックが、そっと冷たい水を差し出した。
「ありがとうございます……。助かります……」
「いえいえ。それにしても、素晴らしいお料理でしたニャ。会議の出席者たちも、士気が上がったと喜んでいましたニャ」
「それなら、よかったです……」
ムコーダは空を見上げて、ふう、と息をついた。ようやく、事なきを得たのだ。
## 十六、女神たちの催促
その時だった。
『ちょっと、ムコーダさん! ムコーダさあああん!』
頭の中に、聞き慣れた声が響いた。
「うわっ、びっくりした! ……あれ、この声は」
『あなたの女神、ニンリルですっ! さっきからずっと呼んでるのに、全然気づいてくれないじゃないですか!』
「す、すみません。ちょっと追い回されてて」
『知ってます! ここから全部見てましたから! それはもう、とても楽しそうに!』
『わらわたちにも、ごはんを寄越すのじゃ!』
『そうよそうよ! 私たちだって、ずっと待ってたのよ!』
「あっ、キシャール様まで……。他の女神様たちもいらっしゃるんですね」
『当然です! こんな豪華なお料理を、わたくしたちが見逃すはずがないでしょう!』
『ムコーダよ、お供えを要求するぞ!』
ニンリルの声に続いて、キシャール、アグニ、ルサールカ、ヴァハグン、ヘファイストスの声が次々と重なり、ムコーダの頭の中はたちまち大合唱になった。
「わ、分かりました、分かりましたから! ちょっと待ってください!」
ムコーダは慌てて、ネットスーパーを開いた。画面には、シャトレーゼの看板商品が、きらきらと並んでいる。
「ええと、今日はもうお菓子はたくさん出しましたし……。ちょっと趣向を変えてみましょうか」
ムコーダが選んだのは、シャトレーゼのバターどらやき。ふんわり焼き上げられた生地に、あんこと、たっぷりのバターが挟まった逸品である。
「これを、お供えしますね」
ムコーダは、小さな皿にバターどらやきを並べ、手を合わせた。
「女神様方、本日はお疲れ様でした。どうぞ、お召し上がりください」
淡い光が皿を包み込み、バターどらやきは、すうっと消えていった。
『…………!』
『…………!!』
『…………っ!!!』
しばらくの沈黙のあと、女神たちの声が、いっせいに爆発した。
『バターが! あんこと! 合うううっ!』
『なんじゃこれは! なんなのじゃこれはああっ!』
『ふわふわ生地に、バターの塩気と、あんこの甘さが……! ああっ、もう、語彙が溶けてしまいます!』
『ムコーダさん! 最高です! 最高ですよ、これ!』
『むむむ……。これは、確かに、悪くないのう……。いや、すごく悪くないのう……!』
「喜んでいただけて、よかったです」
ムコーダはほっとして笑った。そして、小さくつぶやく。
「……それにしても、今日は本当に疲れたな」
『お疲れ様でした、ムコーダさん。とてもいい一日でしたよ』
ニンリルの優しい声が、頭の中に響く。ムコーダは、夜空を見上げて、もう一度笑った。
## 十七、エピローグ~そして、夜明け前~
翌朝。
ムコーダたちは、ベルナ村の入口に立っていた。村の人々や料理人アイルーたち、そして受付嬢たちが、総出で見送りに来てくれている。
「ムコーダさん、本当にありがとうございました!」
「会議は大成功でしたニャ! 百龍夜行にも、きっと立ち向かえますニャ!」
「あなたの料理があれば、ハンターたちも士気が高まりますニャ!」
「次に来られたときは、ぜひまた、あのお菓子を……」
「いや、もう勘弁してください……」
ムコーダが困った顔で笑うと、受付嬢たちがくすくすと笑った。
「それと、これは、ささやかですが、ベルナ村からのお礼ですニャ」
ニャンコックが、小さな包みを差し出した。中には、この世界の珍しい調味料や香草が、たくさん詰まっていた。
「これは……ありがとうございます! 大事に使わせていただきます」
「そして、ひとつだけ、わがはいからのお願いがあるのニャ」
ニャンコックは、ぐっと真剣な表情でムコーダを見上げた。
「あの、ほりにしというスパイスの、再現の方法を……」
「す、すみません! それは本当に分からないので!」
「ニャああああ……!」
ニャンコックが頭を抱えて崩れ落ちる。その姿に、周囲の人々がどっと笑った。
別れの挨拶を済ませ、ムコーダたちはベルナ村を後にした。朝日が山々を照らし、渓流がきらきらと輝いている。
「楽しかったなあ。ムコーダ、また来ようぜ!」
ドラちゃんが、ムコーダの頭の上ではしゃいでいる。
「うむ。あの村の肉も、なかなかだった。我も、また来ても良いぞ」
フェルが満足げに鼻を鳴らした。
「あるじ、次はどこ行くのー?」
「そうだなあ。のんびり旅を続けながら、いろんな食材を探してみようか」
ムコーダが微笑んだ、その時だった。
遠く、村の外れの霧の向こうに、ぽつんと立つ白い影が見えた気がした。
「……ん?」
ムコーダが振り返ると、そこには何もいない。ただ、朝霧が静かに流れているだけだった。
「どうしたの、あるじ」
「いや、なんでもない。気のせいだったみたいだ」
ムコーダは首を振って、前を向いた。
白き孤影の正体も、百龍夜行の行方も、まだ誰にも分からない。けれど、あの夜、ベルナ村の大広間で、ハンターたちは確かに笑顔だった。美味しい料理を囲み、酒を酌み交わし、明日への力を蓄えたのだ。
きっと、彼らなら大丈夫だ。ムコーダは、そう思った。
「さて、次の町では何を作ろうかな」
フェルとドラちゃんとスイを引き連れて、ムコーダは今日も歩いていく。その腰のポーチには、まだ少しだけ、バターどらやきが残っているのだった。
『ムコーダさん! それ、わたしの分ですよね!?』
「まだ食べたいんですか!?」
頭の中に響く女神たちの声に、ムコーダは天を仰いだ。
「勘弁してくださいよ、もう……!」
青い空の下、ムコーダ御一行の食の旅は、まだまだ続いていくのだった。
(完)