事故でバグったメスガキ個体のお話。
気づけば衝動で書いていました。
続きません。
「今日もありがとー! この後、ちょこっと皆とお話させてね。さらばーい!」
歌って踊れて8000歳。分身もできるAIライバー月見ヤチヨ。仮想空間ツクヨミの管理人兼歌姫であり、定期的に単独ライブや配信を行っている。
今日もライブが終わり、握手券を持ったファンたちと交流するため、くるくると回転しながら大量の分身体を生み出していく。零れ落ちるように生まれた分身たちは、ふよふよと空を飛びながら、各々の担当するファンの下へ向かっていった。
「今日も来てくれてありがとうね。はい、握手」
「ちびヤチヨ!? きょ、恐縮ですぅ!」
条件は不明だが、稀に生まれる小型個体。通称ちびヤチヨの彼女も、あるファンの下にやってきていた。
ツクヨミでの人々の笑顔が大好きなヤチヨは、感涙するファンに苦笑しながら、嬉しそうにいくつか会話を交わした。
「それじゃあ名残惜しいけど、またね。さらばーい」
「ありがとうございました~」
握手会が終わり、本体のもとへ帰還し始める彼女。そこへ運悪く、他の観客の乗り物が激突する。
「っ!?」
「あ!? すみません!!」
慌てて降りてくる乗員の男性アバターが、ヤチヨに駆け寄る。ヤチヨは頭を強く打ったのか、額にばってんマークの絆創膏のエフェクトが現れており、目をくるくると回していた。
現実であれば救急車を呼ぶところだが、ツクヨミのアバターの衝突事故、ましてやAIであるヤチヨの分身との事故など前例がなく、男性は途方に暮れた。
その時、目を回していたヤチヨがむくりと起き上がる。男性が安心しかけるも、どこか様子のおかしいヤチヨに表情が強張る。
「おにーさ~ん、どこ見て運転してんの? いくらヤッチョが可愛いからって、ぶつかったらケーサツに捕まっちゃうよ? そんなよわよわ運転しかできないなら、免許返納した方がいいんじゃな~い?」
起き上がったヤチヨの目はじっとりとした半眼で、瞳は赤くなっており、普段の彼女とは明らかに様子が違っていた。
そして、どこか煽るようなにやにやとした表情で、嘲るように続けて言った。
「ざ~こ♡」
「……メスガキヤチヨ……だと……!?」
バグ個体、メスガキヤチヨ爆誕の瞬間であった。
玉手箱が落ちてきて、ピンクの煙とともに小さなヤチヨが現れる。
「呼んだ~? よわよわお姉さ~ん」
「あれ、このヤチヨおかしくない?」
「なんか小さいし、目赤いんだけど!」
女子高生の綾紬芦花、諌山真実の二人は、ツクヨミの大人気ゲームであるKASSENの陣取り合戦モードSENGOKUで遊んでいた。
親友の酒寄彩葉がバイトのため、3人で遊ぶこのゲームに1人足りないことになる。そこで、不足しているメンバーを補うべく現れるのがお助けヤチヨだが、今回現れたのは、例のメスガキヤチヨだった。
「まぁ、雑魚のお姉さんたちは指くわえて見てなよ~」
「めっちゃ馬鹿にしてくるし。ちょっとむかつく~!」
煽られた真実が頬を膨らませ、地団駄を踏む。しかしゲームが始まると、大人しく真実は芦花とともにボトムレーンを、メスガキヤチヨはトップレーンを進み、それぞれ2vs1、1vs2の戦いになった。
今回の相手はそれなりに強く、しかも時間稼ぎのためか慎重に立ち回ってきたため、芦花と真実は2vs1でも押し切れないでいた。しかし、トップレーンのヤチヨは、
「ざ~こ♡ そんなエイムじゃ一生当たらないよ~」
「このっ! 大人を、舐めるなっ!」
「フーっ! フーっ!」
相手を煽り倒して理性を奪い、二人を完全に手玉に取っていた。挟み撃ちにされても、攻撃を紙一重に躱して同士討ちをさせたり、わざと隙を見せて狩りに来た相手にカウンターを決めるなど、口だけでなくプレイングも相当に上手い。
KASSENで現れるお助けヤチヨは、対戦者の実力差が大きいほど強くなる仕様だが、それにしてもこのヤチヨの能力の高さは異様であった。
「や~ん、こわ~い……はい、牛鬼撃破ぁ~♡ 櫓ももらっちゃうね~」
「しまった!?」
そうこうしているうちに、あっという間にトップの櫓を占拠し、ミドルレーンへ移動していくヤチヨ。その後はどうにかボトムレーンを制した真実、芦花の手により大将落としが出現。ミドルレーンであっという間に天守を落としたメスガキヤチヨによって勝利となった。
2回戦でも頭に血が上った相手チームの動きを利用し、余裕で勝利したことでコールド勝ちとなる。
「このヤチヨ、強すぎない?」
味方であるはずの芦花が、引きつった顔で呟いた。
メスガキヤチヨはすぐにツクヨミ中で話題になった。忠犬オタ公のニュースツクヨミでも取り上げられ、赤目個体を見つけたら通報、可能であれば捕獲するようお達しが出るほどだ。
懸賞金もかかっており、有益な情報を提供したり、捕獲に成功した者にはふじゅ~が支払われることになった。
「有益な情報に5000から1万ふじゅ~、捕獲できれば20万ふじゅ~……正直めっちゃ欲しい。けど、いくらバグ個体とはいえ、ヤチヨを捕まえるなんて……!」
苦学生の酒寄彩葉は、ニュースを見ながらつぶやく。学費と生活費をバイトで捻出している超人の彼女にとって、懸賞金は喉から手が出るほど欲しい額であった。それに、彼女はツクヨミ内のゲームで小遣い稼ぎができる程度に卓越したプレイングスキルを持っている。ツクヨミ内でヤチヨを捕獲することも夢ではないだろう。
問題は、重度のヤチヨオタクである彼女にそれができるかどうかだった。
「いや、やっぱりバグ個体でもヤチヨに手を出すなんてできない。諦めよう」
しばらくうんうんと唸っていた彩葉だったが、そう結論づけて移動し始める。そんな彼女の背後から、可愛らしい声が響いた。
「何を諦めるの? おね~さん?」
はっとして彩葉が振り返ると、彼女の崇拝する女神がこちらを見上げていた。珍しいヤチヨのちび個体。
しかしその目は赤く、じっとりと悪戯っぽいまなざしを向けている。間違いない、例のバグ個体だ。
「あ、や、ヤチ、ヤチヨ!?」
「あはっ、きんちょ~しすぎ~」
動揺する彩葉を弄るメスガキヤチヨ。彩葉は混乱の中、究極の選択を迫られていた。すなわち、本物のヤチヨのために通報、あるいは捕獲をするのか、このバグったヤチヨを見逃すかだ。
本当ならばツクヨミの女神であるヤチヨのためにもバグを見逃すことなどできない。しかし、いざ件のメスガキヤチヨを目の前にすると覚悟が揺らぐものだ。それに、
「おね~さん、目線がいやらしいよ? ヤッチョみたいな小さい子をそういう目で見ちゃ、だめなんだよ~?」
可愛すぎる。ヤチヨである以上顔と声が良いのは当然として、なんだこの小悪魔は。普段の天女のようなヤチヨの慈愛に満ちた態度とは打って変わり、こちらを弄ぶような生意気な反応に、彩葉の中で開いてはいけない扉が開きかける。
「え、えっと、その、ここだと危ないから、ひ、人気のないところに……」
自分でも何を言っているか分からなくなっているが、とにかくいったん判断を保留して、他の人に目撃される前に路地裏にでも隠さなければと考えた彩葉。
この時点でほとんど通報の選択肢は消えてしまっているのだが、混乱した本人は気づかない。
顔を真っ赤にし、鼻息荒くメスガキヤチヨに迫る彼女は、どう見ても危ない人にしか見えなかった。
「や~ん、おね~さん、こわ~い。ヤッチョをどこに連れてく気~?」
自分の肩を抱き、わざとらしくおびえるヤチヨに、慌てる彩葉。そんな彩葉に突然近寄り、耳元でヤチヨが囁く。
「彩葉のえっち♡」
「あ、な、名前ぇ……」
推しに名前を呼ばれた衝撃と、突然のASMRに彩葉の脳はショートし、そのまま意識を失ってしまった。
そんな彩葉を見下ろし、嘲りではなく、心からいとおしそうな眼差しを向けるメスガキヤチヨ。
「……ほんと、チョロ葉なんだから。そーいうところも大好きだけど♡」
一瞬、流石に名前を呼んだのは不味かったかと反省するメスガキヤチヨだったが、幸せそうに気絶している彩葉の顔を見ているとどうでもよくなった。
どうやら、追手も来ているようで、町もにわかに騒がしくなってきている。メスガキヤチヨはその場を後にした。
「こら~、そこのバグ個体、とまりなさ~い!」
虫取り網やさすまたを持ったヤチヨの分身たちが、赤目のメスガキヤチヨを追いかける。メスガキヤチヨはあっかんべーのポーズで振り返りながら、ツクヨミの街を駆けた。
「なんだなんだ?」
「ヤチヨのバグ個体だって!」
「めっちゃ煽って来るらしい」
「踏まれたい……」
彼女が通った後を、たまたま目撃した人々が口々に呟く。野次馬が集まり、捕獲のために集まったヤチヨたちが動きにくそうにしている。
「皆ごめんね~、危ないからちょっと下がってて~!」
上空を飛行しながらメスガキヤチヨを追いかける分身の一体が、野次馬たちに注意喚起する。いくら物珍しくとも、ツクヨミの管理人であるヤチヨのお達しに素直に従う野次馬たち。
しかし、そこでメスガキヤチヨは、あろうことかKASSENで使われる爆弾を取り出す。
「危ない! みんな逃げて!」
ヤチヨの分身たちが野次馬たちを緊急避難させるために叫ぶが、間に合わずに爆発した。ドンっ、という派手な音と光が周囲を襲う。
爆弾はその場で爆発せず、上空にいた分身めがけて吹っ飛ぶと、そのまま爆発してツクヨミの空に大輪の花を咲かせた。どうやら、爆弾に見せかけた花火だったらしい。
「ヨヨヨ~」
花火が直撃した個体は黒焦げになって目を回し、ふらふらと落下した。他の分身たちが目をやると、もうそこにメスガキヤチヨの姿はなかった。
その後も何度もバグ個体捕獲作戦が決行されたが、毎度狡猾に逃げ回るメスガキヤチヨに辛酸を嘗めさせられる結果となった。
それに、煽りはするが、本当に危険なことはしないメスガキヤチヨに、ツクヨミの住人たちからは面白いから放っておいていいのではないかという擁護の声が出始め、半ばツクヨミの名物キャラのようになってしまった。
ちなみに、彩葉はあまりの衝撃にメスガキヤチヨと出会った記憶を綺麗さっぱり失っていた。
「ヤぁぁぁぁーチぃぃぃぃーヨぉぉぉぉー!」
ヤチヨカップ開催の発表後、彩葉とともに会場を訪れていたかぐやの大声に、会場の全員が注目する。
「かぐやがヤチヨカップ優勝する! そんで絶対コラボライブする! いろh……むぐっ」
「……いとかわゆし」
彩葉が慌てて止めたが、すでにその場にいた者たちは好奇の目を向けており、ステージ上のヤチヨでさえも、かぐやたちを微笑ましげに見つめていた。
「ねぇ彩葉、一緒にやろ?」
悪びれた様子もないかぐやに、彩葉が何か言おうとした瞬間、
「ムリムリムリ、小娘が!」
FUSHIの声が割って入った。
「こらっ!」
それを叱るちびヤチヨ。レア個体であるちびヤチヨの登場に、彩葉の興奮が加速する。
「お忘れかな~? ヤチヨカップの参加はライバー限定なのです♪」
「そっか、じゃあかぐやライバーになる! そうと決まれば、準備準備~」
言うが早いか、かぐやはログアウトしてしまった。彩葉がその場に取り残される。
「あのっ、それじゃあ私はこれで……」
「待って!」
慌ててログアウトしようとする彩葉の両手を、ヤチヨが握る。
「忘れ物」
「あ……その、ありがとうございました!」
両手を離すと、彩葉は丁寧にお辞儀をして、今度こそログアウトしていった。
「いつも来てくれてありがとね。彩葉」
それを見送ったちびヤチヨが、小さく呟く。それは誰にも聞こえていないはずだったが、
「せっかく彩葉とお話するチャンスだったのに~、握手して終わりってザコすぎない~?」
赤目のバグ個体。メスガキヤチヨが本体を煽りに現れた。
「せっかくいい気分だったのに、邪魔しないでくれないかな~? それとも、今すぐ修正されたい?」
彩葉と話していたちびヤチヨが、極寒の視線でメスガキヤチヨを射抜く。睨まれた当人は全く気にしないどころか、より酷薄な態度で嗤った。
「何度も取り逃してるくせによく言うね、ざ~こ。何なら、ヤッチョが二人の優勝に手を……」
瞬間、メスガキヤチヨが跳躍する。先ほどまでいた場所を、透明な衝撃波が叩いた。
メスガキヤチヨは、このちびヤチヨが彩葉に接触した以上、確実に本体であることが分かっていた。分身相手と違い十分に警戒していたため辛うじて躱したが、今のを何度も食らったら、避けきるのは難しいと判断する。
笑みを浮かべながらも、メスガキヤチヨの背中を冷や汗が伝う。
「おいたはだめだよ~」
人差し指を立ててうっすらと微笑むちびヤチヨ。2人の間を、緊張が走る。
「ネムッテ」
唐突にFUSHIのアラームが鳴り響く。本体の活動限界のようだ。
「あら、残念。それじゃ、さらばーい」
ちびヤチヨは可愛らしいあくびをすると、そのままツクヨミの最も高い建物の天守閣目指して飛んで行った。拍子抜けな結果に、憮然とするメスガキヤチヨ。
「はー、こわ~」
彼女は一つ伸びをすると、彼女もまたとてとてとツクヨミの雑踏に消えていった。