闇のカードが手元にあるが、私は平凡な人生を送りたい。 作:瑠璃色砂糖月
その日の夜は三日月だった。
若干の月明かりが地上を優しく照らしている。
しかし、ゴミや土埃が溜まる路地裏まで光は通らない。
薄明かりの中で砂利を踏み締める音が聞こえる。
路地裏を歩いている男。
彼は昼間に色んなカードショップを巡って、良さげなカードと弱そうなプレイヤーがいればバトルを仕掛けてカードを強奪する。
男がいつも狙うのはゲーム初心者レベルの子供だった。ソルクラをこれから始めようとしている子供ならデッキを持っていないことが多いし、もしバトルとなっても高確率で勝てるため、楽なのだ。
そして、強奪したカードは裏で売り飛ばす。レアなカードほど高値で売れる。
今日は特に良い日だった。
「へへ、いい儲けになったぜ」
「【カグツチ・ドラゴン】はいくらぐらいになりましたか?」
「日本大会で優勝したヤツのエースカードだったからなぁ、その強さは折り紙付きよ。ざっとごひゃくま……」
懐がポカポカに暖かく、男はご機嫌に質問に答えながら路地裏から表の道路に出て……足を止めた。
振り返ると、女がそこにいた。
艶のある黒髪を肩より長く伸ばしている。手元のスマホに目線を落とす切れ長な双眸は黒。
何の感情も乗っていない表情と整った顔立ちのせいで鋭利に尖った黒曜石のような印象を受ける。
服装はオーバーサイズのパーカーとスキニーパンツ。現代の若者らしいファッションをしていた。
男には見覚えがあった。
服装が違うが間違いない。
「……お前、昼間の……」
「どうもこんばんは」
女はメガネを外して畳み、スマホと一緒に腹部のポケットに入れた。
「じゃあ始めましょうか」
女の足元から闇が生まれた。それが勢いよく広がり、すぐさま男の足元まで侵食して男が闇へと沈み込む。
「響け、
ギョッとした男が体勢を崩して闇へとダイブしたその時、最後に聞こえたのは女の声だった。
暗闇が晴れると、男は
仮想空間か、と思ったが違う。
その
周囲を見渡していた男が目の前を見据える。
そこには自身と同じように、バトルフィールド上に佇む女がいた。
女は慣れた手つきで自分のデッキをシャッフルしていた。それを
「アングラバトルは初めてだったりします?」
男は何も答えなかった。
図星だった。
アングラバトル。
正式名称「アンダーグラウンドバトル」。
闇のカードから抽出したエネルギーを利用して作られた、違法の仮想空間で行われる
闇のカードの力を使った違法空間なだけあり、公式がカードへの愛と人間の技術を組み合わせた合法空間と比べると性能は異常である。
まず、プレイヤーを守る電磁バリアが存在しない。
バトルフィールド上にプレイヤーが存在しているため察することができると思うが、プレイヤーが相手のアタックをライフで受けた場合、その衝撃がそのまま自分を襲う。
本当に腕が斬れたり頭を弾き飛ばされたりする訳ではないが、それくらいのダメージがプレイヤーの肉体と精神を襲うのだ。
そのため、アングラバトルをしたプレイヤーがバトル中にショック死するという事故もよく起こっている。
次に、
これが段違いに強い。
公式では過激なものは賭けられない。例えば命、例えば相手の支配権、例えば記憶や思い出……そういう倫理的に許容できないもの、世間の良識に反するものには規制がかかるようになっている。
しかし、この場ではその
なんでも賭けられて、賭けられたものは必ず相手に渡さなければならないし、遵守しなければならない。そうなるように、魂に刻まれる。
最後に、闇のカードとの親和性。
元となっている力が闇のカード由来だから当然と言えば当然。バトル中で使われた闇のカードの“呪い”が加速する、と言えばいいのか。
そして、逆に闇のカード以外のカードの共鳴力にノイズが入る。
“共鳴力”……“運命力”とも言う。簡単に言えばカードと結ばれた絆の強さのことを指す。これが強いほど、カードの引きが良くなったり、決めたいコンボが決めやすくなったりする。
それにノイズが入る……テレビで言うところの電波が繋がりにくくなることと同義であるこれが起こるということが、カードとの絆でバトルをするプレイヤーにとってどれほどのハンデになるのか。
要は闇のカード以外のカードにデバフがかかるというということである。
ある意味プレイヤーにデメリットしか与えない違法バトル。
裏社会のプレイヤーでもよほどのことがない限り利用しないこの空間とバトルを、女は好んで利用していた。
何故なら
どんよりとした曇り空から丸くて黒い物体が降りてくる。
黒い球体が2人の間に割って入る。そして、球体に亀裂が入り、メリメリという音と赤黒い液体を垂れ流しながら目を剥いた。
球体は、眼球であり、このバトルを進行するレフェリーだった。
『承認。プレイヤーA・
『承認。プレイヤーB・
『プレイヤーが揃いました』
『山札に規定枚数のカードを確認しました』
『プレイヤーは相手に要求するものを提示してください』
目玉から聞こえてくる低い男の声に、男……栗林は嫌な顔をした。
これがアングラバトルの恐ろしいところである。
“運命線”からの身元バレ、
栗林はキロリと目線で上半円を描いた後、口を開いた。
「そうだなぁ……俺が勝ったら俺に絶対服従でもして貰おうかぁ?」
「私は魂をいただきます」
女……闇光の言葉に、栗林は「ハッ」と吹き出した。
「やり慣れてんなぁ?」
「まさか。ゴミ掃除に慣れるもクソもないでしょう?」
肩を竦めて鼻で笑ってみせる闇光。
栗林のこめかみにピキリと血管が浮かび上がり、口元がヒクついた。
『了解しました』
『プレイヤーA・闇光 朔邪が勝利した場合、プレイヤーB・栗林 光秀の魂を獲得します』
『プレイヤーB・栗林 光秀が勝利した場合、プレイヤーA・闇光 朔邪はプレイヤーB・栗林 光秀に絶対服従します』
『ジャッジシステムを起動。これより試合を開始します』
『ボイドよりライフ並びにリザーブにコアをチャージ』
『両者、山札の上から4枚手札を引いてください』
目玉は粛々とバトルを進めていく。
「上等だクソガキ。テメェのデッキも全部売り飛ばしてやるよぉ!!」
「テロリストって本当にできもしないことを吠えるのが好きですよね」
『先攻が決まりました。プレイヤーB・栗林 光秀、ターンを開始してください』
○
・種類:スペル
・系統:破刻
・コスト:2
・属性:黒
【カードテキスト】
・【トリガー】
[条件:自分のフィールドにモンスターがいないとき]
このカードは、自分のフィールドにモンスターがいないとき、コストを支払わずに使用できる。
・【トラップ】
[条件:相手のモンスターのアタック時]
自分のモンスター1体を選ぶ。このターンの間、自分が指定したモンスターは疲労状態でもブロックさせることができ、バトルで破壊されない。さらに、相手のモンスターのバトル終了後、相手のアタックフェイズは終了する。
・【メイン】
自分は山札から3枚ドローする。さらに、このターンの間、相手はスペルカードを使用できず、相手の手札/山札にあるコスト4以下のカードすべては、コストを+3される。
・【フラッシュ】
相手のモンスター2体を疲労させる。この効果で疲労したスピリットは、次の相手のリフレッシュフェイズで回復できない。
【フレーバーテキスト】
おや、お兄さん。その腕時計、壊れているのかい?
どれ、わしに見せてみなさい。
……ああ、これならすぐさ。少し待っていなさい。
――冥府の時計職人のひととき