GAME OF ZABIS ゲーム・オブ・ザビズ 作:GAME OF ZABYS
1.憎悪という名の血の涙
「君しか……いないんだ。シャア。君が…君だけが……」
「──君だけが、私を見つけてくれていたんだ。君、だけが……」
血まみれのガルマからその言葉が放たれたその瞬間、
私の身体はア・バオア・クーの瓦礫よりも冷たく凍りついた。
──自分でも、何をしているのか、分からない。
ただ、私は、背負っていた。
目から血を流し、虚空を掴もうとするガルマを。
「……シャア、ありがとう。痛いな、痛くて、死にそうだよ……」
背中の上で、か細く、震える声。
「死んだ方がマシだったろうよ。今は喋るな。何もしゃべるな」
吐き捨てる私の声は、ひどく掠れていた。
私は、今、何を、している?
この男を、殺しに、きたはずだ。
──ああ、洗い流されていく。
ガルマの目から流れる血の涙が、
私の軍服を赤く染め、
私の憎悪を、洗い流してしまう。
──憎んで、憎んで、憎みすぎた。
それを、「見つけてくれた」だと。
憎んでいるとも。
死に物狂いで、君を地獄へ叩き落とそうとしてきた。
だが、もう自分でも分からない。
憎しみなのか、愛なのか。
この背中の温もりが、自分にとって何なのか。
私には、もう分からないんだ。
判別をつける秤なんか、もう動いちゃいないんだ。
仮面の下で、思考が、憎悪が、
そしてこれまで私を突き動かしてきた復讐の算式が、
一瞬でゼロに帰していく。
ただ、この男の体温を失えば、私自身もまた、何者でもなくなってしまう
……そんな正体のない恐怖に突き動かされていた。
「……くく、はははは」
私は、不意に笑いが漏れた。
……ギレン・ザビめ。
死の間際、自分を焼く光さえ計算し、弟一人が入るだけの防衛フィールドを最大出力で展開したというのか。
独裁者の最期の演算。
それが『愛』だというのなら、復讐者(私)がその答えを否定するなど、できはしない。
私は、腰の銃から手を離した。
2.巨匠が描く王の真実
私がア・バオア・クーを訪れる1日前。
オデッサでは、ランバ・ラルの火葬がしめやかに行われていた。
オデッサの風に、火の粉が舞う。ランバ・ラルの遺骨を焼く煙の傍らで、ハモンが凛とした、だがどこか虚ろな瞳で立ち尽くしていた。
「シャア少佐、あの方は……ラルは常々言っていました。
もし自分に何かあれば『あの坊やに、俺の部下たちを頼む。彼らが戦場に捨てられることがないよう、道を示してやってくれ』と」
彼女から手渡されたのは、ラルの愛用していた古いコンバットナイフだった。
「……厄介な遺言を残してくれたものだ」
私はその重みを掌に握りしめ、『もう一人の父』の死を悼んだ。
私は、マ・クベの執務室をたずね、ランバラルの死亡とその後の兵士たちの采配について報告した。
マ・クベが口を開いた。
「惜しい男だった。戦場の巨匠になりえた男だったよ」
「どういう意味だ?」
「シャア少佐。凡庸な王を巨匠が描いた場合と、偉大な王を凡庸な画家に描かせた場合、どちらが文化的価値が高いと思うね?」
「歴史的価値としては、どちらも同じだろう。何故そんなことを聞く」
「くくく、違うね。美術的価値が高いのは、凡庸な王を『巨匠』が、己の業をもって描き切った場合だけだ。
あの男が生きていれば、戦場の王を描く、さぞ偉大な巨匠になったろうよ」
マ・クベは、執務室の隅に飾られた、地味な男の肖像画に視線を向けた。
飾り気のない、小太りな中年男の小さな肖像画だ。
「それも、巨匠とやらの絵か」
「バロック期スペインの画家、ディエゴ・ベラスケスが、晩年の『フェリペ4世』を描いた肖像だ。フェリペ4世は、スペインの国力を落とし、ろくな世継ぎも残せず、何も良いところのない凡愚な王だった。
だが、後世の我々は、この男の政治、家族、その時代の文化・風俗に至るまで知ることができる。
画家のベラスケスが、この男の『王』としての虚飾を剥ぎ、その諦念、苦悩、哀切を肖像に描き切ったからだ。
……あれはいいものだ」
マクベの言葉が、私の胸を抉る。
王としての偉大さではなく、その『不完全さ』を愛し、描き残す者。
私は亡き父ダイクンの背中を思い出した。
私は王になるために戦ってきたのではない。
だが──
父を殺した一族を、
──『巨匠』として、その虚飾を剥ぎ、真実の姿を晒す。
そのために、戦ってきたといえるのだろうか。
それは、もう一人の父の背中を追うことに、なるのだろうか。
私は、ドズルの指示で、ガルマを迎えに行くべく、ア・バオア・クーへと向かった。
私の復讐がどこに向かうか──。
答えを見極めるために、私はあの男に会わなくてはならなかった。
3.ジオンの民、盲目の王をいただく
ガルマは今、かつての仇敵エッシェンバッハ市長の仲介を得て、連邦との熾烈な講和交渉の真っ只中にあった。
「地球を石器時代に戻す」と豪語したギレンの狂気。
それを我が身を焼く光で相殺し、光を失ったガルマの姿は、国民に強烈な真実を突きつけた。
「この王子は、父が愛した駒でも、兄の傀儡でさえない。我々のために、自らの命を投げ出したのだ」と。
ギレンの敷いた恐怖政治は、傷だらけの盲目の王が見せた『命懸けの献身』によって、一瞬にして瓦解したのである。
ガルマが提示した講和案は、徹底して現実的であった。
『オデッサの連邦・ジオン共同統治』
資源採掘権をジオンが握り、管理運営を連邦と分かち合うことで、泥沼の消耗戦に終止符を打つ。
さらに、ジオンはアフリカやアジアなどの占領地を無条件で連邦に返還する一方で、連邦に対しては──ジオンの盤石な統治が確立している『北米基地(キャリフォルニア・ベース)』の実効支配を連邦に認めさせた。
「この実効支配線をもって、ひとまずの不可侵条約を結ぶ。
……それが、私の愛したジオンの、そして地球市民たちのパンを守るための、譲れない一線です」
盲いた王のその言葉は、全権を委任された連邦の穏健派をも沈黙させた。
かつて公王デギンが目指した『形だけの独立』ではない。
ギレンが求めた『虐殺による安全』でもない。
それは、互いの首筋に刃を突きつけ合ったまま、それでも平穏を契約するという、極めて人間臭い『平和』の形だった。
支持率は完全に反転した。
国民はもはや、冷徹な数式で世界を剪定する独裁者ではなく、自らの傷を晒し、他者と手を繋ごうとする『盲目の王』に従うことを選んだのである。
4.今は亡き王子のための
私は、ララァ・スンと共にシャトルの中にいた。
彼女を、中立コロニーのサイド6へと送るためだ。
ガルマ公王は、ララァの復職を望んだが、未だギレン・キシリア派の軍人達で公国の政治は混乱の極みだった。
父親が政治犯である彼女を遠ざけるため、しばらくサイド6での滞在が決まったのだ。
「ガルマと二人で説得したんだがね。ドズル中将が時期が悪いの一点張りでね。
サイド6でしばらくいい子にしていてくれ」
ララァが、湖のような瞳で私を見つめる。
「復讐が終わったのなら、大佐も一緒にいらっしゃればいいのに」
ララァの言葉に、私は少し笑って答えた。
「会いに行くよ。モビルスーツではなく、普通のシャトルで」
私は彼女の手を取り、囁いた。
「……頼みがある。二人でいる時だけは、キャスバルと呼んでくれないか。ただの、キャスバルだ」
ララァが微笑む。
「キャスバル様。……キャスバル。良いお名前ですね」
ああ。そうか。
私は。
──ただのキャスバル、になるためだけに。
それだけのために。
ただ、それだけのために、戦ってきたのだ。
バカな話だ。こんなにも簡単に手に入ってしまうなんて。
喉の奥に、こらえ切れない熱いものが込み上げ、私はただ、目頭を押さえた──。
──『Game of Zabys ゲーム・オブ・ザビズ』 完──
全14話、最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました。
初投稿で拙い部分も多々あったかと思いますが、
無事に物語を結ぶことができ安堵しております。
もし少しでも楽しんでいただけましたら、
画面下の評価(星)やお気に入り登録、ご感想などをいただけますと、
今後の大きな励みになります。
ここまで読んでくださったすべての読者様に、心より感謝申し上げます。
マイページの「活動報告」に、
本作のキャラクター考察(シャアとガルマについて)をまとめました。
読了後の余韻のお供に、読んでいただけたら嬉しいです!
なお、明日10月23日20:00より、本作の前日譚の連載を開始します。
全20話・完結済み(毎日20:00更新予定)
あわせてお付き合いいただけますと幸いです。
前日譚
機動戦士ガンダム THE ORIGIN シャア・セイラ編 IF長編
『HOUSE OF DEIKUN ハウス・オブ・ダイクン』
<あらすじ>
──ジオン・ズム・ダイクン死去。
誰が、何のためにダイクンを殺したのか?
遺児キャスバルは、父の死の真相を求める復讐の果てに、
自らの名も、素顔も、人間としての未来すらも剥ぎ取られ、
『赤い彗星』という国家の業に、からめとられていく。
ザビ家の長子ギレンは、
ダイクンに代わり、権力を掌握したばかりに、
地球連邦との泥沼の戦争に引きずり込まれ、
己が血族の『守りたかったもの』を喪失していく。
『復讐のために自らの全てを捨て去る男の業』と
『互いを守るために、互いの全てを失っていく家族の業』
2つの業が衝突した時、地球に巨星が堕ち、赤い軍神が放たれる。
第1話「戴冠せざりし遺児」へ続く