――Side シルヴィ
「やはり、このままではダメじゃと思うのじゃよ」
その日。
魔王城、執務室。
魔王様は腕を組んで独り言のようにそう言った。
独り言といっても部屋にいるのは魔王様と
私に語りけているのは明白なので返事をする。
「何がでしょうか?」
「それはもちろんシグナのことじゃ」
朝からずっとぺったんぺったん。
餅つきのように書類の山からハンコを押す手を止めて、くるりと椅子ごとこちらに向き直る。魔王様はいつも通り健康的な褐色の肌に、今日は髪色と同じ赤紫色の肌着のみを身に着けている。
「わらわは仕事中ずっと考えっておった。このままではいかんと」
仕事中は仕事のことを考えてください。
などという口は挟まない。
魔王様は魔王ゆえにそのすべてが正解の行動なのである。
「というと?」
「うむ。わらわは懐の広い王なのじゃ。どんな相手でも基本的には相手の望むことを叶えてやりたいと思っておる。しかしどうじゃ、最近のシグナときたら……顔を出してはお腹をもみもみ、やめろといっても構わずもみもみ、この前なんか、正面向かい合ったままもみもみして来たのじゃぞ! シルヴィ、お主、それをどう思う!」
「そ、そうですねー」
やめてほしいのなら力でどうにかすることなんて魔王様なのだから簡単なはずである。
それなのに、いつも、いついかなる時も、されるがまま。
そして律儀に毎週必ず顔を出す。
しかも、行く前は部屋の鏡の前で、一時間くらい髪を
ここから導き出される結論は一つしかないのだが、魔王様自身にご自覚はない様子。
などという浅はかな回答は望まれていないはずだ。
考えろ。シルヴィ。思考を加速させるんだ。
「やはり、シグナ様には魔王様に対する敬意が足りていないと思います」
「うむ。流石シルヴィなのじゃ、よく分かっておる」
魔王様は満足そうにうむうむと相槌を二回打つ。
まあまあ適当に答えたが正解だったようだ。
「そこでわらわは考えたのじゃ。あやつがわらわに敬意を持たぬまず一つの理由。それは会う場所が必ず奴のテリトリーだということじゃ。いうなれば、常に向こうはホーム。わらわはアウェー。うむ。この状態ではどんな相手であれ万全の力は発揮できぬ。わらわは魔王。じゃから、かろうじて威厳を保っているが、ほかの者だったらきっとすでに地にひれ伏していることじゃろう」
「……はい、その通りかと思います」
いったい何の話をしているのだろう。
投げたボールがとんでもない勢いでカーブ軌道を描いている気がしたが、困った時はとりあえず頷いておく。
それが私が魔王様側近に選ばれた最強の処世術である。
「そこでじゃ、逆転の発想なのじゃが、シグナを魔王城に呼んでしまえばよい。さすれば、立場はこちらが上。この魔王城で多くの魔族を付き従えるわらわを見た反応はどうじゃろうか……くくく、シグナのあわあわした姿が目に浮かぶわ」
「はい、目に浮かびます」
私も魔王様に付き従ってシグナ様のもとへはよく訪れるのが、どんな状況下であれ、彼が慌てふためいている姿は全く想像できないのだが、さすがは魔王様。
想像力も魔王様だ。
「ふふふ、そして、子犬のように震えておるあやつをわらわが優しく撫でてやると見せかけて……ふふふ。その顔をあ、足でちょっと踏んづけてやって……シグナ、わらわの足を舐めよ……なんていってやったりするのじゃ……ふふふふ」
ま、魔王様。
まさかそんな妄想で一人夜を慰めたりしているのですか?
お、お
「流石は魔王様です。願わなければ夢は叶いませんからね。がんばれがんばれ魔王様! フレーフレー魔王様!」
「うむ、うむ! 自信が付いてきたのじゃ!」
そんな話をしているとコンコンと執務室のドアがノックされる。
特に返事もせずすぐにガチャリと開けられたドアの隙間からは三人の少女がニュッと壁から顔だけ出すようにこちらの様子を
「まっ、おう様っ! 入っていーい?」
そこから顔を出していたのは魔王様の幼馴染。
小悪魔族の三人で魔王様とは三百年以上一緒に過ごしたご友人だ。
「なんじゃ、お主らか、勝手にせい」
「「おじゃましまーす!」」と元気に入ってきた二人と。
「しまーす」とだけいうやる気のなさそうな一人の少女。
どうやら仕事の完了報告に来たようで並んで立つ三人の真ん中。
赤髪でツインテールをした少女がはい、と私に一枚の紙を手渡しながら口を開く。
彼女たち小悪魔族はいわゆる
仕事内容は基本的に、強力な力をつけた人間に近づき、夢や現実で色欲に溺れさせ力や精気を奪うことを仕事としている。
「くすくす、あー、今回も楽しかった。ターゲットのあの男。夢の中でほら、触っちゃう触っちゃうよ。恋人いるのにこんな幼い女の子に負けちゃうよーって煽ったらぷぷ、現実でぷぷぷ、恋人が隣にいるのにカクカク腰振っちゃって。あはははは! 思い出しただけで面白ーい!」
「しかも私たちの名前も寝言で口に出してそれ聞かれて。ふふ」
「情けない男……ぷぷ」
三人は思い思いに話をして、けらけら笑っている。
大体彼女たちは昔から順番に話す癖がある。
赤い髪のヴェルメリ様。ツインテール。無邪気。
黄色い髪のアマレロ様。サイドテール。おしゃま。
青い髪のアズール様。短髪。やる気なし。
三人とも魔王様と同じくらいの体格だが、一応淫魔だけあって胸だけはそこそこある。
といってもアズール様が一番大きく、アマレロ様がそれなり。ヴェルメリ様は魔王様と同じく地平線まで続く平原を思わせる体格だ。
小悪魔族の髪色は
三人とも、小悪魔族正装のマイクロビキニ。みんな自分の髪色と同じ色の水着を纏っていた。
「お、お主らのー……」
そんな話を聞いて魔王様はうっすら頬を赤らめていた。
魔王様が魔王となったのと同じくらいに彼女たちも外の世界で働くようになった。それまではただの悪魔と淫魔といえども城内で暮らしていたのでそこまで経験に差はなかったのだが、ここ数十年で凄まじい経験値の差をつけられしまった。
それでもまだ仲が良いのは間違いなく魔王様の人徳の
「ていうか、ねぇねぇー。まおう様~。んふふー」
ヴェルメリ様はにやにやした顔つきでじりじり魔王様ににじり寄る。
その表情はからかい半分嬉しさ半分といったご様子。
「な、なんじゃ?」
「魔王様もふふふ、ようやく覚えたんだー。うふふふ」
小悪魔三人は玉座に座る魔王様を取り囲む。
その言葉にぴくっと魔王様は体を震わす。
「な、なにをなのじゃ?」
「またまたー、分かってるくせにー」
「昨日は四回?」
「起きて一回?」
びくぅ! と魔王様は体を震わせる。
見た目は幼いが、彼女たちは魔王城に勤める淫魔たち。
覚えたばかりでろくに隠し方も知らない魔王様は彼女たちにとっては丸わかりもいいところだろう。
なぜなら私は別に淫魔族ではないが私でも分かる。
というか、魔王城に
誰も口にしないだけで、ほとんどの者が魔王様の変化には気づいているだろう。
まさに知らぬは本人だけ。
言うが優しさか、言わぬが優しさか。
私は後者を取ったが、小悪魔たちはおかまいなしだ。
「ななな、なんのことなのじゃ?」
「え~、口に出してほしいの? しかも、こんなえっちなものまで付けて」
「ひゃわっ」
ヴェルメリ様に突然お腹をそっと触れられて少し甘い声が漏れる。
「わー。えっちな声」
「久しぶりに一緒に眠る?」
「……一生懸命、幸せにする」
そんなことを近くでささやかれながら、彼女たちはお尻から生えている黒い尻尾。
その先端のスペードのような形の先っぽを操り、魔王様の腕、足、そしてお腹をつんつんとつっついた。
「うるさーい! やめろー! なのじゃ!」
ばたばた!
魔王様は手足をばたつかせてその尻尾を振り払う。
三人も冗談ではあったのかその様子にケラケラ笑っていた。
「……ま、まぁよい。せっかく城に戻ってきたのじゃ。お主らにも協力してもらうぞ」
「えー、面白そう! なになにー?」
…………。
「だからまずは奴を呼び寄せての」
「そこで私たちがまず歓迎の装いを見せて」
「うむ、喜んでいるところにわらわが登場なのじゃ」
「あげて落とすなんてその人かわいそー」
「ふん、あやつにはいい薬なのじゃ」
――Side Out
その日の夜。
あと三十分ほどで閉店といった時間帯。
いつも通りの黒装束。少し顔を覗き込んだことがあるが、目元は黒いリボンのようなもので目を隠していたシルヴィが珍しくニュイを連れずに俺の店までやってきた。
「いらっしゃいませー……って、今日は一人か?」
「はい、実は今日はシグナ様にご用事があってお迎えに上がらせて頂きました」
「お迎え?」
尋ね返すとシルヴィはこくりと一つ頷く。
普段ニュイといる時は、彼女は一歩引いた場所で待っている。
二人きりで話す機会はこれが初めてといってもいいくらいだ。
首を傾げると彼女は続ける。
「はい、実は魔王様から日ごろから世話になっているシグナ様を魔王城にご案内したいということを
「あ、魔王城に……」
いいです。
といいたい。
というか、そんな場所に連れていかれては俺はもうニュイを魔王と信じる他なくなってしまう。
いや、まぁ正直いってもう九十九パーセント、ニュイが魔王であることは確信を持っている。
なぜならニュイ……いやニュイだけじゃない、この目の前にいる謎の魔族さんも人間界にお忍びで来ているくせして全然隠そうしない。
せめて魔王様と呼ぶんじゃないよシルヴィさん。
とずっと言ってやりたかったのだが、あまりそこを深堀しても真実しか出てこない気がしてそっとしていたのだ。
しかし、九十九パーセントから百パーセントになってしまったら俺は魔王と人類一般市民代表(?)としてどんな態度で接したらいいのか分からなくなってしまう。
揉んでいいのか?
魔王のお腹を。
魔王ごっこをしている近所の子供ならいい。
いや、いいのか?
近所の子供の方がダメか……。
近所の子供よりかは魔王のお腹のほうが大丈夫か。
ならいいか……。
よし、俺は百パーセントになった魔王様のお腹も揉む!
俺は静かに決意を固めた。
「あの、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。問題ない。一応聞くが、それは決定事項か?」
「はい、魔王様のお言葉。いうなればそれは
「そんな大層なものなのか……」
正直、流石に少し尻込みする気持ちもあるのだが、いつも通ってくれる
嬉しい気持ちももちろんある。
「了解した。従おう」
「ありがとうございます。どうしましょう? お店が終わってからでも大丈夫ですが、少し時間つぶしてきますか?」
「いや、この時間から客が来ることもほとんどないからな。今からでも大丈夫だ。荷物は……いっかい持って帰った方がいいか?」
「いえ、そちらは私の方で一時的に預からせていただきます」
そういうとシルヴィは懐から水晶の欠片のような魔石を取り出すと、店に置かれた施術台や椅子、台座とカーテンへぴっ、ぴっと
するとそれらは最初からそこに存在していなかったように霧のようにその場所から消えてしまった。
収納の魔法石。
俺自身初めて見る。
空間魔術を掛けられた袋や宝石はかなり希少価値が高く、かなり高額で取引されている。こんなしょっぱい露店業を続けている俺になどはなかなかお目にかかれない代物だ。
このあたりからももう信憑性がぐいぐい上がっている。
きれいになった露店の上。
「それでは、行きますね」
普段からどこからともなく現れる彼女たち。
シルヴィは俺には聞き取れないほどの小さな声で数小節の呪文を唱え、シュインと俺と彼女を一瞬透明な球体が取り囲んだと思ったら――
瞬きもしていないはずのその瞬間、すでに俺は明るい天井に照らされた大理石のような荘厳の建物の中に移動していた。
「うぉぉ……」
思わず声が漏れる。
薄暗い夜の露店からまばゆい明かりのもとにワープしたせいか少しくらりと視界が
まず思ったのが、天井が高い。
首を真上に上げないと天井が見えず、シンプルながらも大きないくつもの真っ白の支柱がこれまた駆け回れるほど幅広い廊下に左右十本近く天へと伸びている。
壁や床は大理石。ぴかぴかに磨かれており、自分の姿が鏡のように写っている。
魔王城。
と想像していたからにはもっとおどろおどろしい雰囲気の可能性も想像していたのだが、そこはまさに巨大な王城。
当たり前だが、王城なんて入ったことないし、王都すら訪れたことない俺にとってこの城がどれほどのものなのかは分からないが、少なくとも一番最初に見たのがこのお城だとしたら、次に見るお城が霞んでしまいそうな予感すらする。そんな大層な建物であった。
しかし、夜も更けた時間帯なこともあるのか。
見渡す限りの空間には俺とシルヴィ以外に誰もいない。
「ニュイはいないのか?」
「はい、魔王様はただいま準備をしてなさいます。後ほどお迎えに上がりますので、まずは――べヴ」
シルヴィは初めて聞く名前を呼ぶ。
周りには誰もいないことは先ほど確認していた。しかし。
「はい。シルヴィ様」
真後ろから囁くような声がしてびっくりして振り返る。
すると先ほどいなかったはずのその場所には一人の女性が立っていた。
黒をベースとしたメイド服。
黄緑のような淡い髪色を一つのおさげにして肩から胸元まで垂らしている。
頭にはニュイよりは少し小さい黒い角がこちらも二本。
見た目の歳はシルヴィさんと同じくらいで、十六くらいに見える。
白い肌、黄緑の瞳。ただ、その表情はなんとなく品定めするようなジトーっとしたような目で……初対面なことを差し引いても、あまり友好的ではなさそうな雰囲気だった。
「この方が、魔王様のお客人でしょうか?」
「はい、シグナ様です。シグナ様、彼女はべヴと申します。シグナ様の身の回りの世話をするように言っておりますので、何かありましたら何でも彼女にお申し付けください」
どうやらシルヴィがこの先も付いてくれるわけではないらしい。
まぁ、彼女はニュイの側仕えということは聞いていた。ずっと一緒に行動、というわけにはいかないのだろう。
しかしながらなんというか。
もうちょい、こう人当たりのよい人選にしてもうらことはできなかったのだろうか……?
いや、別にいいんだけども。
「そうか。えっと俺はシグナだ。べヴ……でいいのか?」
「いきなり呼び捨て……魔王様、いつか悪い男に引っかかると思ってたけど、ほんとに引っかかってる」
「べヴ」
「ひぅ」
シルヴィが冷たく名前を呼ぶとべヴはびくりと体を揺らして縮こまった。
見る限り立場上はシルヴィの方がかなり上のようである。
「それでは、シグナ様。私は魔王様のもとに一度参りますので、しばらくべヴに案内してもらってください。べヴが変なことを言ったら私に教えてください。きっちり指導しますので……」
ペコリ。
最後に一礼してシルヴィはてくてく中央廊下からいくつか横に広がる細い廊下へとゆっくりと歩いて行った。
彼女が見えなくなるまで俺とべヴはその場でじっと見送る。
「ふぅ。しょうがない。シグナ。私はべヴ。前の穴より後ろの穴の方が得意なタイプ」
「そうか。俺は……」
ん?
もう一度自己紹介しようと思ったところでなんか変な言葉を聞いたなと言葉を止める。
「すまん。耳が詰まってたかな。後半聞き取れなかった。もう一度いってくれ」
「恥ずかしいことは二度言わせる変態。二度はいわない。前の穴より後ろの穴派」
「…………お、おう。そうなのか」
どうも俺は想像以上に愉快なメイドを引き当ててしまったらしい。
今すぐシルヴィさん呼び戻して変えてもらおうか。
一瞬そう思ったが、このメイドさんがいきなり後ろの穴が好きって言ってきたんです。と報告して果たして彼女の変態性が疑われるのか俺の変態性が疑われるのか現時点では判断しづらいところがある。
まずは様子を見るべきだ。
俺はこくりと頷き、そう心に決める。
「こっちくる」
それにしてもこのメイド。敬語を使う気が一切ない。
いや、こちらとしてもそちらの方が気を使わなくていいので楽なのだが、しょっぱなから自分を全力で出しすぎである。
「ここ、トイレ」
シルヴィが歩いて行った細い廊下とは別の廊下を辿ってべヴが案内してくれる。
まずはトイレ。大事な場所だ。
トイレを通り過ぎて、たくさんある扉をガンガン素通りしていく。
「ここ、あなたの部屋。終わり」
このクソでかい王城のトイレと自室しか案内されなかった……。
というか俺の部屋あるんだ……。
「この魔王城。トイレと俺の部屋しかないのか……」
「部屋にもトイレあるから、実質移動範囲はあなたの部屋だけ」
この魔王城は俺の部屋だった……?
ま、まぁ、確かに魔王の
今度ニュイに案内してもらおう、と自分を納得させておく。
ガチャリと部屋のドアを開けるとべヴはずかずかと中に入っていく。
俺も続いて中に入る。
かなり立派な部屋でセミダブルのベッドに書斎机と二つの椅子。全身鏡と大きなタンス棚が二つあり、左手にはトイレに繋がる扉が一つ。
天井には小さめだがきらきら光るシャンデリア。
俺の普段住む隣の部屋の囁きが聞こえる極薄壁、ベッド一つでほとんど足の踏み場もない安宿と比べるとまるで天国のような場所だった。
もうずっとここに住みたいまである。
「ふー。よっこいせ」
べヴは室内履きをベッドの前で脱ぎ捨てるとボフンとそこに寝っ転がる。
「私の部屋よりいい部屋。むかつく」
なかなかフリーダムだ。
俺は寝っ転がってしまったべヴを横目にどうしようかと少し考える。
「…………」
「…………」
「…………」
「やめて! 乱暴しないで!」
う、うるさい……。
「べヴ。部屋に案内してくれたのは助かるが、せめてこれからの予定を教えてくれ」
「そうでした。忘れていました」
尋ねると彼女はむくりと体を起こして再度室内履きを履く。
そしてテクテクとこちらに歩いてくると、ちょいちょいと彼女が先ほどまで寝っ転がっていたベッドを指さした。
「そこ、座って」
「そこって……ベッドか?」
こく、とべヴが頷く。
言われた通り、ベッドに腰掛ける。
「今からの予定。魔王様の準備が整うまで、私がシグナ様をもてなす段取りになってる」
「なぜ急に様付けしてくれるか全くわからないが……もてなしてくれるのか?」
そもそも、シルヴィも言っていた魔王様の準備ってなんやねんと俺はむしろそっちが聞きたいが、それはなんとなく聞いても教えてくれなさそうだった。
ので、もう一つの疑問を尋ねるとべヴは少し楽し気にこくりともう一度頷く。
「私、すごい面白い余興を考えた」
「ハードルあげるねぇ、それは楽しみだ」
「シグナ、右手の中指ちょっと立てて」
「……中指? こうか?」
俺は言われた通りに座ったまま右手の中指を立てる。
何をするのかは分からないが、楽しませてくれるというなら従う以外の選択肢はない。
「手はもうちょっと下。このくらい」
べヴは俺の右腕に触れて少し位置を調節する。大体ベッドに腰掛けて肘を90度に曲げたくらいの高さだ。
「うん、その状態で少し待ってて。一分くらい」
全く分からないが、そういってべヴはてくてくと部屋を出て行ってしまった。
これで戻ってこなかったらどうしよう……パンチしていいかな……と思っていたが、部屋の扉は彼女が出て行って閉まったままの状態で。
「これ、なーんだ?」
目の前から彼女の声がする。
俺は少しびっくりしたが体勢はそのままにしていると立てたままの中指。
その指先に一瞬なんか触れたと思ったら、ぬぷぅ……と謎の空間に指が入っていく。
俺の視界上では変化は別になにもない。ただの部屋だし、中指が見えなくなったわけではない。
しかし、何かに入れられた。
生暖かい。
そして、結構ぎゅうぎゅうしていて中は絶妙に柔らかい。
「…………」
そして、それはぬぷぅ……ぬぱぁ……と上下にゆっくりと出たり入ったりを繰り返される。
なんか、背筋がぞくぞくする最悪な感触だ。
まさかな。
いや、そんなまさかな。
それはないだろう。
だって意味わかんないもん。
俺の中で出たこれなーんだの一つの答えを理性と本能が全力で別回答を模索している。
三十往復くらいした後一度、指がその何かから引き抜かれる。
俺の背中には汗が伝っているのを自覚できた。
「おや?
何がとは尋ねないがおそらくあれのことだろう。
「この状況で勃つ奴がいたらそいつはホンモノだ。逃げた方がいい」
むしろ俺は恐怖で縮こまりそうだった。
「では、ラストスパートいきます」
「いくんじゃない」
しかし、俺の右手はなぜか自分の意思とは反してぴくりとも体を動かせなった。
そして中指にはまた先ほどと似た感触。
今度は、先ほどまでとは違い結構な速いスピードでぐちょ、ぐちょ、ぐちょぐちょぐちょとどんどんとペースを上げてくる。
俺はちょっと泣きそうだった。
俺はいったい何をしているのだろう。
これが魔界なのか。
これが魔族と生活するということなのだろうか?
こんなことになってしまって俺はまともな人間に戻ることはできるのだろうか?
そして、三分ほど続いた次の瞬間。
きゅぅー。っと一番の締め付けと中指に伝わる生暖かい水の感触。
どくん、どくんと何かが脈動している。
帰りたい。今すぐダッシュで帰りたい。
「これ、なーんだ?」
べヴは再度先ほどと同じ問いを俺に投げかける。
正直、答える気力もなかったが、答えずにもう一セットとかやられたら俺は目の前にいるかもしれない女の子をビンタしてしまいそうだった。
というか、別に現段階でビンタしても全然バチは当たらないと思う。
ただ、正直、俺はそんな特殊な経験があるわけではない。
だから正解か不正解かは分からないが、少しだけ引っかかっている部分はあった。
しかし、まずは彼女の望む回答を答えるしかない。
「……あ、あ〇る」
「すみません。耳に何か詰まっていたようです。もう一度お願いします。大きな声で!」
こいつ、殺してやろうかな……。
「ア〇ル!!」
「ぷぷ。正解はー、ででん!」
そういうと目の前には突然現れたニッコニコの笑顔を浮かべたべヴの姿。
そしてその手にはなんか……ドス黒くてぐにょぐにょして、筒状の確実になんらかの生物であるその物体が俺の中指をじゅるじゅると包み込んでいた。
なに……この……何?
「吸引魔ナマコちゃんでしたー。残念!」
「…………」
正解しようなくない?
だって俺知らないし。吸引魔ナマコちゃん。
いや、まぁ外れたことは別にいい。別にいいっていうか、むしろ外れてよかったのだが、俺はこの少女に少し……いや、すごくイライラしていたこともあって反撃することにした。
まずは俺は未だに指に吸い付く吸引魔ナマコちゃんを優しくべヴの指を外して左手で手に取るとよしよしと撫でてやる。
魔ナマコちゃんもこんなクソみてぇなゲームに付き合わされるのは本望じゃなかっただろう。
なんというか、かわいいところある。吸引魔ナマコちゃん。
「べヴ。一応再確認するが、本当に間違ってたか?」
「え? ……それは、間違ってる。正解は吸引魔ナマコちゃん」
「ほんとか? ほんとにか? 最初の三十回。あれも吸引魔ナマコちゃんとお前は断言するか?」
彼女は敬語からタメ語に戻る。相変わらず奇怪な話し方をする少女である。
ただ、俺は彼女の黄緑色の目を一切逸らさずに見つめ続ける。
正直、俺は客商売で女性ばかり相手にしてきて変な能力が一つ身についていた。
「…………」
彼女は答えなかった。
答えなかったのは、イエスと答えてもノーと答えても確実に真実が
しかし、彼女はそれでもニヤリと口元を緩めた。
「……そうなのかもしれないし、そうじゃないかもしれないのです。それが私――存在証明の悪魔――べヴちゃんなのですから」
「しゃらくせぇ!」
そうして俺はべしッと
赤色の小悪魔:ヴェルメリ(45X歳):九九が全部言える天才小悪魔ちゃん。
黄色の小悪魔:アマレロ(45X歳):掛け算は悪魔のすることじゃないと思っている。
青色の小悪魔:アズール(45X歳):引き算で躓いてしまったことがちょっとコンプレックス。
ジトメイド:べヴ(15X歳):どこにでもいるし、どこにもいない悪魔ちゃん。実は手前はいつかできる好きな人のために大事にしている乙女な一面も持ち合わせている。