『マルフォイ家の悪役令嬢は、破滅エンドを叩き潰す』 作:meiTo
ロンドンの裏通りにある古びた居酒屋『漏れ鍋』の裏庭。
父ルシウスが銀の頭部がついた杖の先で壁の煉瓦を特定の順番に叩くと、仕掛け仕込まれた石組みが生き物のように蠢き、開口部を押し広げていく。
視界が一気にひらける
陽光に照らされた賑やかな石畳の通り——ダイアゴン横丁が現れた。
行き交う魔法使いや魔女たちの雑踏、空を飛び交う梟、色とりどりの店棚。
原作の映画で何度も目にした光景が、圧倒的な立体感と匂いを伴って目の前に広がっている。
「ドラコ、先ずは制服の採寸から済ませよう。マダム・マルキンの洋装店へ向かう」
ルシウスが私の肩に軽く手を置き、進み出す。
母ナルシッサは日傘を挿しながら、私の頭を優しく撫でた。
「ええ、お父様…参りましょう」
『マダム・マルキンの洋装店』の中に入ると、店内に響くベルの音が心地よく鳴り響いた。
店主のマダム・マルキンが揉み手をしながら歩み寄ってくる。
「おや?、ルシウス様!ナルシッサ様! それにドラコお嬢様! 本日はホグワーツのお召し物ですね? ささ、奥の台へどうぞ」
「この娘に最高の生地で頼むよ、マダム」
ルシウスが言い残し、別件の用事を済ませるために店を出ていく。
私は案内されるまま、店の奥にある踏み台の上に登り腕を軽く広げた。
自動で動く魔法のメジャーが私の身体の寸法をテキパキと測り始める。
その時だった。
カウベルの音と共に店の扉が再び開いた。
入ってきたのは、
ボサボサの黒髪にサイズの合っていない大きすぎるブカブカの古着、丸い眼鏡の奥から覗く吸い込まれるような鮮やかな碧緑の瞳。そして、前髪の隙間からかすかに見え隠れする稲妻型の傷痕。
(やっと会えたね…ハリー・ポッター)
ついに会えた。
この世界の『中心』であり闇の帝王を倒す運命の少年。
ハリーは、あまりにも豪華で絢爛な店の雰囲気に圧倒され、所在なさげに身を縮めていた。
マダム・マルキンが彼にも気づき
「おや、ホグワーツの坊やかね? ちょうど今、別のお嬢様も採寸中だよ」
と声をかけ、私の隣の踏み台へと促した。
ハリーがおずおずと台に登ってくる。
彼は隣に立つ私の姿を視界に収めた瞬間、息をのんで様に硬直した。
白銀の美しい髪、透き通るような白磁の肌、凛とした瞳。
11歳にして既に圧倒的な気品と美貌を纏ったスリザリンの令嬢。
原作の生意気な少年ではなく、完璧に磨き上げられた悪役令嬢がそこにいたのだから無理もない。
「……あ、あの……こんにちは」
若干気まずそうにしならがらも声を掛けてきた。
私はゆっくりと顔を彼へ向け、見下ろすようにだが、どこか優雅さを感じさせる絶妙な角度で薄く微笑む。
「あら…こんにちは。貴方もホグワーツの新入生かしら?」
「う、うん。僕、ハリー……ハリー・ポッターっていうんだ」
原作のように私から嫌味を言う必要はない。
「ポッター……。ああ、『生き残った男の子』ね」
「畏まることはないわ、ポッター。貴方がどんな境遇で育ったのかは存じ上げないけれど……その立ち姿と服の仕立てを見る限り、あまり恵まれた環境…ではなかったようね」
「……うッ」
ハリーが恥ずかしそうに下を向こうとする。その時、彼の額や頬にうっすらと埃と煤の汚れがついていることに気づいた。
すかさず、自身のポケットから小さく折りたたまれたシルクのハンカチを取り出し、指先で軽やかにつまんでハリーへと差し出した。
「使いなさい、ポッター。顔に少し汚れがついているわ」
「え……?」
ハリーは呆然としながら、差し出された高級なシルクのハンカチと、私の顔を交互に見つめた。
「服の汚れは魔法で落とせるけれど、無頓着な身だしなみまでは魔法でも治せないわ。背筋を伸ばしなさいな。貴方は『生き残った男の子』として期待される存在なのだから……せめて顔くらいは綺麗にしておくことね」
「あ、ありがとう……」
ハリーはおずおずとハンカチを受け取ると、少し顔を赤くしながら自分の頬と額の汚れをそっと拭った。
「私はドラコ。ドラコ・マルフォイよ。覚えておきなさい」
採寸が終わると台から降り、ハンカチを握りしめたまま立ち尽くすハリーの肩をポンと叩いた。
「そのハンカチはあげるわ。またホグワーツで会いましょう」
すれ違いざま、私は笑みを浮かべ店を後にした。
少し後ろを振り返ると、ハリーが自分の顔を拭ったシルクのハンカチを大切そうに握りしめたまま、頬を染めて私の背中をじっと見送っているのが見えた。
(……フフ、まずは第一段階完了ね。嫌味なガキではなく、クールな美少女として脳裏に焼き付けてやったわ)
次に向かったのは、魔法使いにとって最も重要な場所『オリバンダーの店』だ。
埃っぽい店内に入ると奥から細身の老人が滑るように現れた。
店主のオリバンダーだ。
「いらっしゃい……マルフォイ家の……おぉ、お嬢様ですか。ルシウス殿の杖は竜の心臓の琴線、18インチのしなやかなポプラでしたな……」
オリバンダー老人は銀色の記憶の糸を手繰り寄せるような独特の目で私を見つめた。
「さて、ドラコお嬢様。貴女に合う一本を探すとしましょう」
老人は棚から何箱もの杖を取り出し、私に試させ始めた。だが、原作のマルフォイと違い今の私とは相性が良くないのか1本目、2本目、3本目……どれを握っても、杖のほうが耐えきれずに激しくスパークを起こすか、威力が過剰に出て店内の棚を吹き飛ばしそうになる。
「これは……なんということだ! 11歳の力ではない……! まるで荒れ狂う嵐のようだ!」
オリバンダー老人が汗をぬぐいながら目を見開く。
「オリバンダーさん。生半可な杖では、受け止めきれないようですわ」
私は澄ました顔で、店内の奥にひっそりと置かれた黒い細身の箱を指さした。
「あの奥にある箱……サンザシの木と、竜の心臓の琴線を重ね合わせたあの杖を私に引き合わせなさい」
「な……なぜそれを!? あれは非常に気性が強く、並の魔法使いでは魔力を吸い尽くされてしまう代物……」
「お黙りなさい。持ってくれば分かりますわ」
老人がおずおずと差し出してきた黒い杖。
私がそのグリップに指を触れた瞬間——
――ドオオンッ!!!!
衝撃波が店内に吹き荒れ、店内の埃が一瞬で吹き飛んだ。
杖は暴走することなく完全に従服し、静かに美しい銀色の火花を優雅に散らした。
「……す、素晴らしい……! 杖が完全に貴女に屈服し、主と認めた……! サンザシと竜の心臓の琴線、10インチ、極めて弾力がある……。ドラコお嬢様、貴女は魔法界の歴史に名を残す偉大な、あるいは恐ろしい魔女になるでしょう……」
オリバンダー老人は恐怖すら交じった眼差しで私を見つめていた。
(確か……原作のマルフォイではサンザシとユニコーンの毛だったが…)
「当然だわ。私もマルフォイ家の一人ですから」
代金を金貨で支払うと、私は満足げに杖を袖の中に収めた。
1991年9月1日。
キングズ・クロス駅構内にある魔法使いが使用する9と3/4番線。
蒸気機関車の真っ赤なボディが吐き出す煙の中に、沢山の魔法使いたちが行き交っていた。
両親からの優雅な見送りを受け、私は専用の最高級トランクを従えて特急へと乗り込んだ。
私に従うのは原作通り巨大な体躯を持つ二人の従者——クラッブとゴイル。
(女体化はしてたら面白かったのに)
彼らは私にとってただの荷物持ちであり、私の実力と権威の前にではまるで忠犬のようにひれ伏している。
「いい?クラッブ、ゴイル。この先、無駄なお喋りは口を慎みなさい。私に恥をかかせたら……どうなるか分かっているわね?」
「「は、はいっ! ドラコお嬢様!」」
二人が直立不動で返事をする。
私は構内をゆっくりと歩き、目的のコンパートメントのドアを軽くノックして開けた。
そこには、ダイアゴン横丁で買い与えられた新品のローブを着たハリー・ポッターと、真っ赤な髪とそばかすが特徴の少年——ロン・ウィーズリーが座っていた。
「あら、ポッター。奇遇ね」
「マルフォイさん……!」
ハリーが嬉しそうに立ち上がった。その手には、ダイアゴン横丁で私が渡したハンカチが綺麗に折りたたまれて握られている。
「また会えたね! 買い物の時はありがとう」
「礼には及びませんわ。……ところで、そちらの派手な赤髪の少年はどなたかしら?」
私はロンに冷ややかな視線を向けた。
ロンはカッとなり、顔を真っ赤にして立ち上がった。
「なんだと!? 僕はロン・ウィーズリー! お前、マルフォイ家の奴だな!家柄を鼻にかけた嫌な奴だってパパから聞いてるぞ!」
「ロン、やめろよ!」
とハリーが制止しようとするがロンは止まらない。
「ハリー! 騙されるなよ! マルフォイ家は昔、例のあの人の手下だったんだ! そいつだって根っからの悪党に決まってる!」
ロンの威勢の良い叫び。
原作のドラコならここで激怒し、掴み合いの喧嘩かくだらない罵り合いを始めただろう。
だが、今の私は違う。
「……ふふっ」
私は可憐に、そして冷ややかに嘲笑った。
「言葉に気をつけなさい?貧乏人のウィーズリー。我がマルフォイ家の名誉を傷つける発言は、貴方の一家を路頭に迷わせるのに十分な口実になりえるわよ?」
「なんだと……! 魔法で痛い目にあわせてやる!」
ロンが懐から使い古してテープで補修されたボロボロの杖を取り出し、私に向けようとした。
——その瞬間。
私は杖すら抜かず、ただ右手をスッとロンへ向け、指先を軽く一振りした。
「くっ……!? な、なんだこれ……体が……動か……っ!?」
ロンの身体が、まるで巨大な見えない鉛の重圧に押し潰されたかのように、ドサリとシートへ倒れ込んだ。指一本動かすことすらできず、息を荒げている。
「な、何をしたの!? 杖も使わずに……!?」
ハリーが驚愕の表情で叫ぶ。
「ただの躾よ、ポッター」
私は静かに中へ踏み込み、目の前にいるロンを見下ろした。
「身の程を知りなさい、貧乏人。血統の優劣などどうでもいいわ。問題は『実力』よ。言葉を交わす価値もない無能が、私に口を利かないでちょうだい」
私は一瞬で重力圧迫を解除し、ロンを解放した。ロンはゼーゼーと息を吐きながら、恐怖でガタガタと震え、私から目を逸らした。
「ポッター」
私はハリーに向き直り、手を差し出す。
「友達は選んだ方がいいわ。正義感気取りの無能とつるんでいれば、貴方もいずれ同じ泥に沈むことになる。……私と来なさい。貴方に本当の『力』を教えてあげるわ」
ハリーは差し出された私の手と、恐怖で小さくなっているロンの姿を交互に見つめた。
彼の心の中で激しい葛藤が巻き起こっているのが手にとるように分かった。
「……ごめん、マルフォイさん」
ハリーは絞り出すような声で言った。
「君は助けてくれたし、すごいと思う……でも、ロンは僕の最初の友達なんだ。友達を見捨てることはできない」
「……そう、残念だわ」
私は差し出した手を静かに引いた。
想定通りの答え。
ハリー・ポッターという少年は、どこまでも青臭い「正義感」と「友情」の塊なのだから。
「賢い選択とは言えないけれど……その愚直さだけは評価してあげるわ。後悔しないことねポッター」
私は彼に冷たい笑みを残し出て行った。
(まぁ簡単にはこちら側に来ないわよね。これもシナリオ補正ってやつかしら)
「……ホグワーツが楽しみね。」