転生をしたらそこは流星街?ゴミ溜めから始まる物語   作:板前さん

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29.自然と彼と蟻

「お前も来い、新入り」

 

翌朝、ザイカハルは、アッシュと見張りの男を一人、作業場の入り口に呼びつけた。

 

「ハンターどもの居場所が分かった。森の西の、川べりで野営してる。何を嗅ぎ回ってるのか、見てこい。近づきすぎるな。気づかれるな」

 

見張りの男は、肩に銃を提げていた。アッシュには、何も渡されなかった。流星街の出の、口の堅い新入り。それ以上の扱いではなかった。

半日かけて、森を西へ抜けた。

木々の切れ間から、川が見えた。浅く、流れの速い川。その川べりの岩場に、焚き火の跡と、いくつかの寝床があった。

人影が、三つ見えた。

 

一人は、背の高い男だった。白く長い髪を、背中に流している。帽子を目深にかぶり、岩の上に腰かけて、川の向こうの森をじっと眺めていた。その体を包むオーラは、静かで、深かった。

 

残りの二人は、子どもだった。

黒い髪の少年が、川の浅瀬で、素足で魚を追いかけていた。銀髪の少年が、岩の上に寝転がって、それを呆れたように眺めていた。

アッシュは、木の陰で、息を止めた。

ゴン。キルア。

グリードアイランドに行ったはずの二人が、なぜ、ここに。

 

「三人か」

 

隣で、見張りの男が、銃を構え直した。

 

「大人一人に、ガキ二人。……ガキまで連れて、何を調べに来やがった」

 

アッシュは、答えなかった。

頭の奥で、霧が、ざわめいていた。

釣り竿の少年。父親を探して、ハンターになる話。

そして、どこかの国で、蟻の化け物が生まれる話。

その二つが、今、同じ川べりにあった。

白い髪の男の、帽子の陰の目が、一瞬だけ、こちらの茂みをかすめた。

アッシュは、息を止めた。絶は、乱れていないはずだった。

それでも、見られた、と分かった。

 

しばらくして、白い髪の男が、岩から降りた。少年たちに何か短く言い残して、川の上手の森へ、一人で入っていく。見回りか、何かを探しに行くのか。

 

見張りの男が、舌打ちした。

 

「二手に分かれやがった。俺は、あの白髪のを追う。お前は、ガキ二人を見張ってろ」

 

男は、銃を担いで、上手の森へ消えていった。

アッシュは、その背中を見送りながら、思った。

違う。あれは、見回りでも、探し物でもない。撒きに行ったのだ。あの白い髪の男は、最初から、こちらに気づいている。銃の男にも。そして、自分にも。

 

一人になったアッシュは、わざと、纏を少しだけ緩めた。

岩の上で寝転がっていた銀髪の少年が、跳ね起きた。

一瞬で、こちらの茂みを見据えている。手が、腰の後ろに回っていた。

アッシュは、茂みから顔を出して、唇の前に指を立てた。

キルアの目が、見開かれた。

 

「……おっさん?」

 

声を殺して、キルアが言った。その声に、浅瀬のゴンが振り返った。アッシュの顔を見つけて、ぱっと顔を輝かせる。

 

「アッシュさ」

 

キルアが、ゴンの口を手で塞いだ。

 

「でけえ声出すな、バカ」

 

上手の森から、白い髪の男が戻ってきた。いつの間に、と思うほどの速さだった。帽子の陰から、静かな目が、アッシュを見ていた。

アッシュは、茂みの陰に身を屈めたまま、三人に近づいた。

 

「あんたを、銃を持った見張りが追っていったはずだ。この国の人間だ。俺の名前は、出すな」

 

「銃のほうは、上手で撒いてきた。お前のほうは、大丈夫そうだから、わざと残した」

 

白い髪の男は、短く言った。

 

「カイトだ。この国には、生物の調査で入ってる。……ゴンたちの知り合いか」

 

「アッシュだ。ブラックリストハンター。今は、移住者のふりをして、この国の奥に潜り込んでる」

 

アッシュは、手短に話した。森の奥の、葉の畑。崖の下の、機械の唸る工場。白い粉。言われたことだけをする働き手たち。

カイトは、黙って聞いていた。それから、静かに言った。

 

「この国の裏に何かあるのは、薄々分かっていた。だが、俺たちが追ってるのは、それとは別のものだ」

 

カイトは、懐から、一枚の写真を取り出した。

浜辺の写真だった。砂の上に、何かが転がっている。

腕だった。

人の腕ではなかった。甲殻に覆われ、節くれ立ち、人の背丈ほどもある。巨大な、虫の脚のような。

 

「この国の海岸に、流れ着いたものだ。キメラ=アント。食った生き物の特徴を取り込んで、次の世代を産む蟻だ。普通は、人の手のひらほどの大きさしかない。だが、この腕の持ち主は、そうじゃない」

 

カイトは、写真を懐に戻した。

 

「女王が、どこかで巣を作ってる。人間を、餌にしてな」

 

アッシュは、何も言えなかった。

蟻の、化け物。

霧の向こうで、何かが、激しく揺れていた。物語の、後ろの方。蟻の化け物が生まれる話。その話の、始まりの場所。

ここだ。

この国が、その始まりだった。

そして、その物語の中で、何か、取り返しのつかないことが起きた。それだけは、覚えていた。誰に、何が起きたのか。どこで、いつ。それが、どうしても、思い出せなかった。

 

「……海辺の村で、人が消えてる」

 

ようやく、アッシュは言った。

 

「一晩で、村ごとだそうだ。でかい虫を見たって話もある」

 

カイトの目が、細くなった。

 

「……そうか」

 

「この国を、出たほうがいい」

 

言葉が、勝手に口をついて出た。

 

「あんたも、その子たちも。今すぐに」

 

カイトは、少しだけ、アッシュの顔を見つめた。何かを見透かすような目だった。

 

「そうもいかない。女王の居場所を突き止めて、報告するのが、俺の仕事だ」

 

静かな、揺るがない声だった。

アッシュは、それ以上、何も言えなかった。

何を言えばいいのか、分からなかった。何が起きるのかも、分からないのに。

 

上手の森から、銃声が響いた。

一発。二発。それから、悲鳴。

アッシュが振り返った時には、もう、悲鳴は途切れていた。茂みが大きく揺れて、何かが、見張りの男の体を引きずって、森の奥へ消えていった。

上手の森から、三つの影が、川べりへ降りてきた。

 

人の背丈ほどの、虫だった。だが、虫ではなかった。一つは、猪のような分厚い体に、甲殻の鎧をまとっていた。一つは、鳥の嘴と、鎌のような前脚を持っていた。一つは、蜥蜴のように地を這い、長い尾を引きずっていた。

どれも、二本の脚で立っていた。人間のように。

 

「兵隊だな」

 

カイトが、静かに言った。動かなかった。岩の上に立ったまま、腕を組んでいる。

 

「ゴン、キルア。お前たちでやれ。俺は見てる」

 

「うん!」

 

ゴンが、拳を握った。キルアが、舌打ちしながら、腰を落とした。

アッシュは、二人の前に出た。

 

「俺もやる」

 

カイトが、ちらりとアッシュを見た。止めはしなかった。

猪が、突っ込んできた。

速く、重い。だが、それだけだった。

アッシュは、受けなかった。突進の鼻先を、手のひらで払って、横へ流す。払うたびに、触れる。前脚に。肩の甲殻に。また、前脚に。

猪が、向きを変えて、もう一度突っ込んでくる。

アッシュは、その前脚に、込められるだけの念を込めて触れた。

 

「止まれ」

 

猪の両の前脚が、地面に縫いつけられた。突進の勢いのまま、巨体が前のめりに泳ぐ。

その鼻先に、ゴンが飛び込んでいた。

 

「最初は、グー」

 

ゴンの拳に、オーラが集まっていく。凄まじい量だった。

 

「ジャン、ケン、グー!」

 

拳が、猪の甲殻を砕いた。巨体が、川べりの岩まで吹き飛んで、動かなくなった。

その瞬間、アッシュは、頭上に気配を感じた。

 

鳥の嘴の兵隊が、鎌の前脚を振りかぶって、真上から降ってくる。アッシュは、体重を半歩だけずらした。躱して、触れる。それで終わる。

だが、それより先に、視界の端で、銀色の影が動いていた。

 

アッシュは、動かなかった。

キルアが、アッシュの背中を掠めて、跳んだ。

鎌が振り下ろされるより速く、キルアの手刀が、鳥の兵隊の首筋を薙いでいた。鳥の兵隊は、そのまま地面に墜ちて、もがいた。

キルアは、着地しながら、アッシュの方を見もせずに言った。

 

「今の、気づいてたろ」

 

「ああ。お前が来るのも、見えてた」

 

「……やな大人」

 

キルアが、舌打ちした。アッシュは、少しだけ笑った。

ヨークシンの廃ビル。隙を、敵の仲間に埋められて、追い詰められた夜。

今は、違った。振り返らなくても、背中を任せられる誰かが、隣にいた。

 

蜥蜴の兵隊が、尾を振り回して、川の浅瀬へ逃げようとした。

アッシュは、足元の岩を殴った。跳ね上がった破片を、蜥蜴の足元へ撃ち込む。蜥蜴が、足を取られて、浅瀬で転んだ。

ゴンとキルアが、同時に跳んだ。

川べりに、静けさが戻った。

三つの影が、動かなくなっていた。

 

「やった!」

 

ゴンが、拳を突き上げた。キルアが、肩で息をしながら、アッシュの方を振り返った。

 

「おっさんの、触ったとこ止めるやつ。やっぱそれか」

 

「……ああ」

 

「組むと、やりやすいな。おっさんが止めて、ゴンが殴る。俺が後ろを守る」

 

キルアは、それだけ言って、そっぽを向いた。

岩の上で、カイトが、腕を組んだまま言った。

 

「いい連携だ」

 

それから、静かに付け加えた。

 

「だが、今のは、兵隊の中でも、下っ端だ」

 

ゴンとキルアは、顔を見合わせた。それから、ゴンが、にっと笑った。

 

「大丈夫だよ。これくらいなら、やれる」

 

カイトは、何も答えなかった。

アッシュも、何も言えなかった。

これくらいなら、やれる。

その言葉が、なぜか、ひどく胸に引っかかった。

 

日が傾き始めていた。

 

「戻らなきゃならない」

 

アッシュは言った。

 

「見張りが一人、化け物にやられた。戻って、そう報告する。でないと、俺が怪しまれる」

 

カイトは、黙って頷いた。

ゴンが、少しだけ寂しそうな顔をした。

 

「アッシュさんも、気をつけてね」

 

「お前らこそ」

 

「アッシュさんの探してる友達、この国にいるの?」

 

アッシュは、少しだけ黙った。

 

「……ああ。たぶん、この森の、ずっと奥に」

 

「そっか」

 

ゴンは、にっと笑った。

 

「見つかるといいね」

 

キルアは、岩の上に座ったまま、川の方を見ていた。それから、振り返らずに言った。

 

「おっさん。また後でな」

 

「……ああ」

 

アッシュは、カイトの前に立った。

 

「その子たちを、頼む」

 

カイトは、帽子の陰から、アッシュを見た。それから、静かに頷いた。

 

「ああ」

 

アッシュは、背を向けて、森へ歩き出した。

木々の切れ間で、一度だけ、振り返った。

夕陽の中の、川べり。岩の上に立つ、白い髪の男。浅瀬で、また魚を追いかけ始めた黒髪の少年。それを呆れたように眺める、銀髪の少年。

三人が、並んでいた。

アッシュは、その景色を、しばらく見ていた。

それが、三人が揃っているのを見る、最後になった。

 

作業場に戻ったアッシュは、見張りの男が化け物にやられたことだけを、ザイカハルに報告した。ハンターたちのことは、川べりで野営していた、とだけ言った。

ザイカハルは、空っぽの目のまま、黙って聞いていた。

それから数日、川べりのハンターたちの話は、何も聞こえてこなかった。

 

どこにいるのか。まだこの国にいるのか。無事なのか。何一つ、分からなかった。森は広く、作業場は崖の下の暗がりにあった。外の様子を知る術は、見張りたちの噂しかなかった。

 

その噂も、日に日に、途切れがちになっていった。

見張りが、また減った。海側の村だけではない。森の西でも、北でも、見回りに出た者が戻ってこなくなった。ザイカハルの顔から、空っぽの余裕が、少しずつ消えていった。作業場の入り口に、銃を持った見張りが倍に増やされた。

 

この国を、出たほうがいい。

あの日、カイトにそう言った。それしか、言えなかった。

何が起きるのか、思い出せなかったから。

あの三人は、今、どこにいるのだろう。

アッシュは、葉の袋を担ぎながら、何度も、洞窟の入り口の方を振り返った。

 

五日目の夜だった。

 

眠りの合図が鳴って、働き手たちが、黙々と寝床に横になった頃。

アッシュは、目を閉じたまま、眠ってはいなかった。この作業場に来てから、一度も、深く眠ったことはなかった。

先に気づいたのは、音のなさだった。

崖の外の森で、夜通し鳴いているはずの虫の声が、止んでいた。

それから、気配。

 

洞窟の入り口の、さらに外。森の暗がりの中に、いくつもの気配があった。十。いや、二十を超える。人のものではなかった。足音が、獣とも人とも違う。それでいて、妙に統制が取れていた。それが、崖の下へ集まってきていた。

見張りたちは、まだ、誰も気づいていなかった。

アッシュは、音もなく寝床から起き上がった。纏を、静かに厚くする。

 

入り口に向かって、一歩を踏み出した時だった。

洞窟の入り口の方から、銃声が響いた。

一発ではなかった。何十発も。重なり合って、洞窟の壁に反響して、雷のように轟いた。

そして、悲鳴。

その時には、アッシュはもう、走り出していた。

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