バトル・ロワイアル ようこそ虐殺至上主義の教室へ 作:カツカレー!
五人は再び斜面を下り始めた。
ところが数分もしないうちに、学校区画で新たな銃撃が始まった。
最初の一発に続いて別方向からも銃声が響き、
その直後にはグラウンド西側で複数の生徒が一斉に動き始める。
啓誠は双眼鏡を覗いたまま状況を追った。
「龍園のいる方向から人が動いてる。
堀北たちも同じ場所を避けるように移動してるから、両方とも何かを警戒してるみたいだ」
「撃ち合ってるの?」
波瑠加が尋ねる。
「そこまでは分からない。ただ、両方とも同じ方向から離れようとしているから、
龍園と堀北が互いに争っているわけではなさそうだ」
その直後、学校区画北側で巨大な爆発が起きた。
斜面の上からでも建物の間から炎が立ち上がるのがはっきり見え、
数秒後には重い轟音がこちらまで届いた。
空気が揺れ、高台の金属柵が細かく鳴り、
その少し東側でも続けて別の爆発が起きたことで白い煙が一気に広がっていく。
啓誠がすぐに状況を読んだ。
「北側から人が全部南へ流れる。このままだと研究棟周辺も一気に人数が増えるぞ」
「下へ急ごう。ただし研究棟そのものへ入らず、その手前の管理道路を使う」
五人は速度を上げた。
途中で三人の生徒が逆方向から斜面を上がってきたため、一度だけ足を止める。
そのうち一人はかなり急いできたらしく、息を切らしていた。
「下へ行くのはやめた方がいいぞ。学校の中も周りもめちゃくちゃだし、
龍園も堀北も坂柳もいる。しかも、さっき櫛田のチェーンソーらしい音まで聞こえた」
波瑠加は思わず顔をしかめる。
「ほとんど全部いるじゃん。そこに入っていくしかないって、本当に嫌なんだけど」
男子はさらに続けた。
「それだけじゃないぞ。高円寺を見たって奴もいた。
残ってる有名どころは、もうほとんど学校の周りに集まってると思う」
オレは東側の情報だけを確認することにした。
「研究棟の裏はまだ通れるか?」
「今ならまだ通れる。ただ、正面は人が多いから避けた方がいいぞ。俺たちもそれでこっちへ逃げてきた」
「分かった。助かった」
三人と別れ、さらに下へ進む。
学校区画が近づくにつれ、銃声や怒鳴り声だけでなく、
建物内を走る複数の足音や遠くから響く機械音まで聞こえるようになった。
研究棟北側で新たな爆発が起きた時には、
閃光の直後に押し寄せた轟音によって周囲の窓が一斉に震え、
道路を走っていた十人近い生徒が進路を変え、そのままオレたちの前へ流れ込んできた。
明人が反射的に足を止めようとしたため、オレはすぐに進路を示す。
「完全に止まるより右へ寄った方がいい。
人の流れと正面からぶつからず、少しだけ同じ方向へ動いてから抜けよう」
五人は道路の端へ寄り、十人近い生徒が前を横切るのをやり過ごした。
その中の一人が転びかけたが、近くを走っていた別の生徒が腕を掴んで支え、そのまま二人で走っていく。
互いに争っているわけではない人間たちでさえ、
爆発一つによって同じ道路へ集中すれば、それだけで大きな混乱が生まれてしまう。
波瑠加は愛里の手を取った。
「愛里、ここだけは絶対離れないでね。人の流れに入ったら、本当に見失うかもしれないから」
愛里も波瑠加の手を握り返す。
「波瑠加ちゃんもね。私だけ守ろうとして波瑠加ちゃんが離れたら嫌だから、一緒に動こう」
「分かってる。私も愛里を置いていったりしないよ」
そのやり取りを聞きながら、オレは前方を確認した。
研究棟裏まではあと少しだった。
だが、その途中で今度は別の集団と正面から遭遇した。
先頭には龍園がおり、その後ろには葛城、石崎、アルベルト、西野、伊吹が続いている。
龍園はオレたち五人を見つけると、いかにも面白いものを見つけたというように笑った。
「ようやく会ったな、綾小路。しかも、お前まだその五人で動いてんのか。もっと早い段階で一人になると思ってたぜ」
波瑠加がすぐに龍園を見る。
「悪い?私たちは今のところこの五人で動くって決めてるから、龍園くんに言われる筋合いないんだけど」
龍園は波瑠加の言葉を面白がるように眺めた。
「今のところ、か。残り二十四時間も切ってんのに、最後まで同じこと言えるかは見ものだな。
十人、五人、三人って減っていった時でも、全員仲良く同じ顔して歩いていられると思ってんのか?」
啓誠が静かに答える。
「少なくとも今、その結論を出す必要はない。
何時間も先の話をここで持ち出したところで、
目の前の危険が減るわけじゃないし、今の五人を崩す理由にもならない」
龍園は楽しそうに笑った。
「お前はそう言うと思ったぜ、幸村。最後まで理屈で押し通せるなら大したもんだ」
葛城が周囲へ注意を向けながら会話を切った。
「今はこんな場所で時間を使うべきではない。
次の禁止区域更新まで四十分を切っているうえ、周囲の人数も増えている。
話を続けたいなら、少なくとも人の少ない場所へ抜けてからにしろ」
龍園が肩をすくめたところで、北側から連続した銃声が響き、
その直後にかなり近い場所で大きな爆発が起きた。
研究棟の窓が一斉に震え、道路脇の看板が大きく揺れ、
その少し後から十五人前後の生徒が同じ方向へ走ってくる。
彼らは一つの集団としてまとまっているわけではなく、
それぞれ別の場所から同じ危険を避けるため、偶然同じ方向へ逃げているだけだった。
さらにその後方から低い機械音まで響いてくる。
波瑠加の表情が変わった。
「キョーちゃんまで近くにいるの……?学校の周り、ほんとに全員集まってきてない?」
龍園は後方へ視線を向けながら笑った。
「本人が姿見せなくても音だけでこれだけ人間を動かせるなら、十分すぎるほど効果は出てるな。
あいつがどこにいるか分からねえってのも余計に効いてる」
「東へ抜けるなら今だ。あの人数がここへ来たら、研究棟裏まで塞がれる」
龍園も同じ判断だった。
「珍しく意見が合ったな。だったら、ここでお前らと揉めるのは後回しにしてやるよ」
二つの集団は協力関係を結んだわけではないものの、
今ここで互いに争うより同じ方向へ抜けた方が得だと理解しており、一定の距離を保ったまま研究棟裏を進んだ。
その途中でも銃声は断続的に続き、さらに別方向からも発砲音が重なっていたが、
そのどれも龍園の集団やオレたちによるものではなく、
人の流れのどこかで起きた争いが周囲全体へ広がっているだけだった。
前方の校舎と研究棟の間で新たな爆発が起きると、
白い閃光のあとに重い轟音が押し寄せ、煙が道路を横切るように広がった。
明人はすぐに波瑠加と愛里の位置を確認し、啓誠はまだ視界が残っている場所を探す。
「右側の壁沿いなら煙が薄い。あそこを通れば前へ出られるはずだ」
「そっちを使おう。全員、壁から離れすぎないように進んでくれ」
五人は壁沿いへ寄り、龍園たちも少し離れたまま同じ方向へ進む。
そこへ前方から三人の小集団が現れ、一瞬だけ双方の動きが止まった。
二人がマシンガン、一人がハンドガンを持っている。
三人の視線が最初に向いたのは、龍園の散弾銃だった。
だが、怯えた様子はない。
むしろ先頭にいた男子が龍園の武器を確認した途端、
こちらを排除すべき相手だと判断したように銃口を持ち上げた。
「撃て!」
オレが声を掛けるより早く、二挺のマシンガンが一斉に火を噴いた。
凄まじい連射音が狭い通路を埋め尽くし、オレたちは左右へ散る。
壁や床へ立て続けに衝撃が走り、背後から迫っていた機械音さえ、一瞬聞こえなくなるほどの轟音が続いた。
「話し合う気はねぇらしいな!」
龍園が散弾銃を構える。
轟音。
相手側の三人が反射的に身を伏せる。
しかし退かない。
散弾銃の一撃に怯んだ直後には再び二人がマシンガンを持ち上げ、こちらへ激しい連射を浴びせてくる。
残る一人もハンドガンを繰り返し発砲し、狭い通路は完全な銃撃戦へ変わった。
「ずいぶん元気じゃねぇか!」
龍園が笑いながら再び散弾銃を撃つ。
三人が一度散る。
その瞬間にオレもガバメントを構えた。
撃つ。
一人の身体が大きく揺れた。
「ぐっ……!」
男は苦痛に顔を歪めて後退したが、まだ武器を手放さない。
残る二人がすぐさま連射を再開する。
こちらが反撃すれば怯む。それでも数秒後には再び銃口を向けてくる。
すでに三人とも、この試験で他人を攻撃することへの抵抗を失っているらしい。
「まだやる気かよ!」
龍園の散弾銃が轟く。
「うるせぇ!ここでお前らを倒せば――!」
言葉の途中で再び銃声が重なった。
オレは遮蔽物へ身体を入れながら相手の動きを見る。
倒す必要はない。
ここで三人を相手に時間を使うこと自体が無駄だった。
背後からはあの機械音が近づき、別方向では今も戦闘が続いている。
この三人を排除することより、追撃できない状態にして先へ進む方がいい。
オレはガバメントを向ける。
一発。
二人目が身体を大きく揺らし、苦痛に耐えきれずその場へ膝をついた。
それでも最後の一人が叫びながらマシンガンを振り向ける。
「まだだ!」
直後、マシンガンが凄まじい連射音を吐き出した。
それまでの牽制とは明らかに違っていた。
男子生徒は退くことも身を隠すことも忘れたように引き金を引き続け、
途切れることのない轟音が廊下を埋め尽くしていく。
壁や床へ立て続けに衝撃が走り、砕けた建材や埃が舞い上がる中でも銃声は止まらず、
男子生徒は苦痛に顔を歪めながら銃口を左右へ振り、オレたちを前へ進ませまいと執念だけで連射を続けていた。
「まだ……終わってねぇ!」
叫び声さえ連射音に呑み込まれる。
弾丸が廊下を荒々しく叩き続け、オレたちは一度前進を止めざるを得なかった。
龍園も壁際へ身体を寄せながら舌打ちする。
「しつけぇ野郎だな」
男子生徒の表情からは余裕など完全に消えていた。
それでも武器を下ろそうとはしない。
仲間二人がすでに戦闘を続けられなくなっていることも、自分たちが押されていることも理解したうえで、
それを認めまいとするようにマシンガンの轟音だけを廊下へ響かせ続けている。
やがて激しかった連射がわずかに途切れた。
オレはその瞬間に位置を変えた。
龍園の散弾銃がその反対側から轟き、男子生徒の意識が一瞬だけそちらへ向く。
その間にガバメントを構える。
オレはすぐに位置を変えた。
龍園の散弾銃がその反対側から轟き、男子生徒の意識が一瞬だけそちらへ向く。
その間にガバメントを構える。
一発。
男子生徒の身体がよろめいた。
「っ……!」
それでも倒れまいと踏ん張り、再び銃を持ち上げようとする。
オレはもう一度ガバメントを向けた。
「やめておけ」
男子生徒の動きが止まる。
周囲を見る余裕が、ようやく生まれたらしい。
最初の一人は身体を押さえながら壁にもたれ、二人目も苦痛に顔を歪めて立ち上がれずにいる。
三人目もまともに戦闘を続けられる状態ではない。
さっきまで通路を埋め尽くしていた連射音が消えた。
「……クソ……」
先頭の男子生徒が呻く。
武器を握っていた手から、ようやく力が抜けた。
他の二人も続ける意思を失ったらしく、それ以上銃口をこちらへ向けようとはしなかった。
「最初から道を空けてりゃ済んだ話だ」
龍園が散弾銃を肩へ預けるようにして笑った。
三人から返事はない。
オレたちが近づくと、彼らは苦痛に顔を歪めながら壁際へ身体を寄せた。
道が開く。
オレは三人へそれ以上攻撃を加えず、その横を通り過ぎた。
龍園も追撃しない。
背後では三人の荒い呼吸だけが残り、そのさらに向こうからは、こちらを追うように不気味な機械音が近づき続けていた。
石崎がようやく息を吐く。
「朝からずっとこれじゃねえか。学校に来たら少しは落ち着くと思ったのに、
むしろ昨日より酷くなってるぞ。どこ行っても誰かいるし、爆発まで増えてるじゃねえか」
西野は周囲を警戒したまま答える。
「文句言ってる暇があるなら前見て。次に人とぶつかった時、
あんたがぼーっと立ち止まったら今度こそ置いていくから」
「置いてくとか言うなよ!俺だってちゃんと見てるだろ!」
龍園が二人を見て笑う。
「それだけ喋れるならまだ余裕じゃねえか。だったら足止めんなよ、石崎」
「龍園さんまでそっち側なんすか!」
そのやり取りによって僅かに緩んだ空気は、次の爆発によって一瞬で消えた。
学校南側で巨大な閃光が走り、
そのあと低い轟音が重なるように届いたことで校舎の窓が一斉に鳴り、
グラウンドにいた人々が反対方向へ走り始めた。
さらに西側道路からも別の集団が流れ込み、
人の流れ同士が交差したところへ怒鳴り声と銃声まで重なり、
一人が転びかけ、それを近くの別の生徒が支えたことで、
周囲は二人を避けようとしてさらに大きく進路を変えていく。
今までなら、オレたちもすぐに動いていたかもしれない。
だが今この瞬間に走り出せば、人の流れと真正面から重なる。
「十秒だけ待つ。今動けば、こっちまで人の流れに押し込まれる」
波瑠加が驚いたようにこちらを見る。
「こんな状況で止まるの? 後ろからも人来てるよ」
「完全に止まるわけじゃない。今の人波が横切るまで待つだけだ。
動き始めた流れへ正面から入る方が危険になる」
啓誠もすぐに理解した。
「なるほど。十秒程度なら、ここで待った方が結果的には早く抜けられるかもしれないな」
十秒ほどで人の流れが前を横切った。
その間も銃声は続いている。
愛里が右側へ目を向けた。
「清隆くん、向こうの道が今空いたよ。さっきまで何人もいたけど、
みんな爆発と反対側へ流れたから、今なら通れると思う」
確認すると、確かにグラウンド脇の道路が一時的に空いていた。
「行こう。今なら抜けられる」
五人が動き出す。
龍園が愛里へ目を向ける。
「佐倉、随分使えるようになってきたじゃねえか。最初の頃とは別人みてえだな」
愛里が驚いて振り返るより先に、波瑠加が反応した。
「愛里は最初から使えるし、今さら龍園に評価されなくてもいいから。勝手に上から採点しないでよね」
龍園が呆れたように笑う。
「何でお前が怒ってんだよ。本人より先に噛みついてくるんじゃねえ」
「愛里のことだからに決まってるでしょ」
そんなやり取りが成立する程度には、まだ五人の間にこれまでと同じ空気が残っていた。
グラウンド脇を抜けた先には、堀北たちがいた。
堀北、須藤、池、篠原、平田、軽井沢、松下の七人がまとまって行動しており、向こうもこちらへ気づいた。
波瑠加は少し安心したような表情を見せる。
「堀北さんたちもまだ全員いる。七人のまま残ってたんだ」
堀北はオレを見る。
「綾小路くん、やっぱりその五人で動いていたのね。
正直なところ、あなたならもっと早い段階で単独行動を選ぶ可能性もあると思っていたわ」
「今のところ、その必要はない」
堀北は少しだけ目を細める。
「今のところ、という言い方は気になるけれど、今は聞かないでおくわ。
少なくとも五人とも無事なら、それでいいでしょう」
須藤は明人へ声を掛けた。
「お前らも無事だったか。学校の周り、さっきから本当に酷いぞ。
七人で動いてても何度も離れそうになったくらいだからな」
明人も須藤を見る。
「そっちも七人残ってるなら十分だろ。こっちも何度か危なかったけど、今のところ五人のままだ」
池は愛里のバッグから少しだけ見えているピコピコハンマーへ気づいた。
「佐倉、それまだ持ってんのかよ。こんな状況でもちゃんとバッグに入れてんだな」
愛里は慌ててバッグへ押し込む。
「今そこを見るところじゃないでしょ。ちゃんと持ってるけど、それより周り見た方がいいよ。また何か起きそうだし」
篠原も少しだけ笑った。
「むしろこんな状況でそこまで無くさずに持ってるの、ちょっと凄いかも。最後まで残ってたりしてね」
その直後に再び銃声が響き、学校西側で大きな爆発が起きたことで黒煙が一気に上がった。
堀北はすぐに地図を確認する。
「ここへ留まるのは危険ね。次の禁止区域も近いし、南棟へ入って人の流れから外れた方がいいわ」
龍園は東側へ目を向ける。
「俺は東へ抜ける。南側に全員揃って押し込まれるより、先に別方向へ行った方が動きやすい」
すると、少し離れたところから坂柳の声が聞こえた。
「龍園くん、それでは少し遅いと思いますよ。今から東へ向かうのは、あまり良い選択には見えません」
坂柳、橋本、神室と数人の生徒がこちらへ近づいてくる。
龍園は坂柳を見ると笑った。
「お前もここまで来たか、坂柳。じゃあ何だ、東は駄目だって言いてえのか?」
坂柳は地図へ視線を落とした。
「次の禁止区域は東側の一部まで削る可能性が高いです。
今そちらへ向かえば、別方向から押し出された生徒と重なるでしょうから、少なくとも私は東へは行きません」
堀北が地図を確認する。
「根拠はこれまでの禁止区域?」
「ええ。これまでの区域指定を見る限り、運営側は明らかに人を学校周辺と南側へ寄せようとしています。
完全な予測ではありませんが、この段階で東だけを最後まで広く残す意味は薄いでしょう」
龍園は数秒考えた。
「なら南だな。わざわざ人の流れと正面からぶつかる必要もねえ」
オレも地図を確認した。
南棟の先には中央南部があり、現時点ではまだ比較的余裕が残されている。
ただ、一之瀬も高円寺も櫛田も同じ地図を見ている以上、同じ結論へ辿り着く可能性は高かった。
「オレも南へ行く」
堀北がこちらを見る。
「あなたも同じ判断なのね」
「ああ。少なくとも現時点では、そこが一番ましだ」
坂柳は少しだけ微笑んだ。
「綾小路くんまで同じ答えなら、私の読みもそれほど外れてはいなさそうですね」
龍園が笑う。
「気持ち悪いくらい意見が揃ったな。こういう時だけ全員優等生みてえな答え出しやがって」
その時、全員の端末が同時に振動した。
禁止区域の更新通知だった。
北側の広い範囲、西側の一部、そして東側までが新たに閉鎖対象へ入り、
学校区画から南側へ人がさらに押し込まれる形になっている。
坂柳の予測どおりだった。
それを確認した直後、別方向から大勢の足音が聞こえ始める。
龍園がその流れを見た。
「来るぞ。ここにいたらまとめて飲まれるぞ!」
その直後、校舎北側でこの日最大規模の爆発が起きた。
白い閃光が空全体を覆うように広がり、その直後には橙色の炎が高く立ち上がった。
膨れ上がった炎は瞬く間に真紅へと染まり、巨大な爆炎となって校舎の向こう側から空へ噴き上がる。
遅れて腹の底まで揺さぶるような轟音が島全体へ響き渡り、周囲の窓ガラスが一斉に震えた。
真っ赤な炎は一度大きく沈んだかと思えば、内側から新たな火勢に押し上げられ、
幾重にも折り重なりながら再び高く燃え上がっていく。
その中心から大量の黒煙が噴き出し、赤い炎を包み込みながら空へ向かって巨大な柱を作った。
遠く離れた場所にいるオレたちの顔にまで赤い光が反射し、
校舎の壁も道路も、ほんの数秒だけ夕焼けとは違う不気味な赤色に染め上げられる。
さらに低い振動が足元を伝わり、周囲にいた生徒たちが思わず立ち止まるほどの揺れが遅れて押し寄せた。
それでも爆炎はすぐには衰えず、真紅の炎と黒煙を空へ吐き出しながら、
校舎北側一帯を覆い隠すほどの勢いで燃え続けていた。
数秒遅れて届いた轟音はそれまでの爆発よりも重く、
校舎全体の窓だけでなくグラウンドの金属柵や古い放送設備まで激しく震わせ、
その少し離れた場所でも続けて別の爆発が起きたことで、北側に残っていた生徒たちが一斉に南へ流れ始める。
爆発が続くたびに人の流れはさらに大きくなり、別々の場所にいた残存者が同じ方向へ押し込まれていく。
走っている者が誰かに追われているのか、単に同じ方向へ逃げているだけなのかは外から見ただけでは判断できず、
その誤解によってさらに別の生徒が警戒し、そこから新しい銃声が生まれるという悪循環まで起こり始めていた。
堀北が声を張る。
「南棟へ入るわ!正面入口で止まると人が詰まるから、
中へ入ったらそのまま奥まで進んで!入口周辺で誰かを待とうとしないで!」
龍園側も、坂柳側も、オレたち五人も、一時的に同じ方向へ動き始める。
明人は波瑠加と愛里がまだ後ろにいることを確認し、啓誠は正面の進路を見ながら人の密度を確認していた。
その中で愛里が誰より先に右側の建物脇へ気づく。
「清隆くん、正面じゃなくて右側に小さい扉があるよ。あっちは人が少ないし、まだ開いてるみたい!」
見ると、そこには南棟脇の管理用出入口があり、正面入口より明らかに人が少なかった。
「そっちへ行こう。愛里、見つけた道をそのまま案内してくれ」
波瑠加は愛里の背中へ手を添える。
「愛里が見つけたんだから、今度は自分が遅れないでよ。私もすぐ後ろにいるから、入口まで一緒に行こう」
「うん。入口までなら見えてるから大丈夫。正面より全然人が少ないよ」
明人が後方を確認した。
「清隆、後ろから三人ついてくるけど、こっちを狙ってる感じじゃない。同じ入口へ入りたいだけだと思う」
「そのまま気にしなくていい。こちらから足を止める理由もない」
啓誠も扉までの距離を確認する。
「開いてる。このまま進めば入れる。後ろの三人が追いつく前に中へ入ろう」
五人が南棟へ入った直後、背後で再び巨大な轟音が響いた。
建物全体が揺れ、照明が何度も明滅し、窓が一斉に震えたものの、
五人はそこで足を止めず、後ろから人の波が追いつく前に廊下の奥まで進んだ。
ようやく少し人の少ない階段脇へ到達したところで、五人は初めて短い休息を取る。
波瑠加が呼吸を整えながら愛里を見る。
「さっき本当に助かったよ。あの扉を見つけてなかったら、
正面入口の人混みにそのまま突っ込んでたと思う。
あれだけ人がいたら、五人で入っても途中でバラバラになってたかもしれないし」
愛里もまだ少し息を切らしていた。
「私も見つけた時、間違ってたらどうしようって少し迷ったんだけど、
何も言わないまま正面へ行くよりはいいと思ったから、とりあえず言ってみたの。ちゃんと使える入口で良かった」
啓誠も頷く。
「あの判断で正しかった。正面入口へ行っていたら、少なくともかなり時間を失っていたし、
人の流れへ巻き込まれて五人が離れる可能性もあった。
地図だけ見ていても分からない情報だったから、愛里が実際に周囲を見ていたことが大きかった」
明人が愛里を見る。
「もう完全に自分の役割ができてるじゃん。
最初は自分が守られる側だって思ってたかもしれないけど、今は普通に俺たちの方が愛里に助けられてるぞ」
愛里は少し困ったように笑った。
「でも、まだ怖いよ。今でも銃声がしたらびっくりするし、
人が急に走ってきたら何も考えられなくなりそうになる。
さっきだって扉を見つけた時、言っていいのかすごく迷ったし」
「怖くなくなる必要はない」
愛里がこちらを見る。
「怖いままでも周囲を見て、自分で判断して、
その判断を他の四人へ伝えられているなら、それで十分だ。何も感じなくなることが強さとは限らない」
愛里は数秒だけ黙ったあと、ゆっくり頷いた。
「うん。だったら、怖くてもちゃんと見るようにする。私にできることがそれなら、最後まで続けたいから」
その表情を見ながら、オレはこの四十八時間で愛里が変わったことを改めて実感した。
そして、おそらく変わったのは愛里だけではない。
以前のオレなら、五人で行動することが最終的に不利だと判断した段階で、
どこかで関係を切ることも選択肢へ入れていたはずだった。
しかし今は、最終条件が一人であることも、
残り時間が減れば五人でいること自体が問題になる可能性も理解していながら、
その瞬間が来る前から波瑠加、明人、啓誠、愛里を切り捨てようとは思わなくなっている。
その判断を純粋な合理性だけで説明することはできない。
だが、今のオレにとって、それを欠点だとも思わなかった。
四人はもう単なる戦力ではなく、だからこそ最後には一人しか残れないという条件が、
ゲーム開始時より遥かに重い意味を持ち始めていた。
その時、端末が振動した。
生存者数の更新だった。
画面に表示された数字は三十四名。
学校区画へ人が集まり始めてから、さらに七人減っている。
波瑠加は画面を見つめた。
「もう三十四人しかいないんだ……。
さっき四十一人だったのに、学校の周りに集まり始めただけでこんなに減ったんだね」
啓誠も端末を確認する。
「残り二十四時間を切った直後でこれなら、この先はさらに減少速度が上がるかもしれない。
安全区域も狭くなっているし、これまでより人同士の接触を避けることが難しくなってる」
明人は壁にもたれた。
「三十四人なら、もう残ってる奴も知ってる顔ばっかりになってきそうだな。
ここまで来たら、次に会うのが誰か分からないって感じでもなくなってきそうだ」
愛里は端末を見つめたままだった。
「私たち五人も、その三十四人の中にいるんだよね。
数字だけ見ると少ないけど、その中の五人がここにいるって考えると変な感じがする」
誰も否定しなかった。
三十四人のうち五人がこの階段脇にいる。
外ではまだ銃声と爆発音が続き、廊下の遠くからは低い機械音まで僅かに聞こえていた。
波瑠加が顔を上げる。
「また櫛田が近くにいるのかな。さっきより音が近くなってない?この建物の中まで来てたりしないよね?」
オレにも同じ音は聞こえていた。
少なくとも同じ建物か、その周辺にいる可能性はあるものの、こちらから姿を確認しに行く理由はない。
「二階へ上がろう。一階は人が増えているし、
二階から南側の渡り廊下へ抜ければ中央南部へ移動できる。
櫛田が近くにいるとしても、正面から探しに行く必要はない」
啓誠が階段と地図を確認した。
「その方がいい。下に人が集中しているなら、上を使った方が進みやすいし、
渡り廊下まで辿り着ければ次の移動も楽になる」
愛里も地図を開く。
「渡り廊下の先は、まだ次の禁止区域に入ってないよ。中央南部へ行くなら、そのまま使えると思う」
波瑠加が少しだけ笑った。
「もう愛里に地図係まで任せてもいいんじゃない?さっきからゆきむーと同じくらい地図見てるし」
啓誠もようやく少しだけ表情を緩める。
「俺の仕事を全部取られるのは困るが、同じ情報を二人で確認できるなら悪くない。
どちらかが見落としても、もう一人が気づけるからな」
明人も笑った。
「役割なんてかぶっててもいいだろ。誰か一人しかできない方が危ないし、
愛里が見て、啓誠も確認するならその方が確実じゃん」
愛里も少しだけ笑みを浮かべた。
「じゃあ啓誠くんの仕事を取らない程度に頑張るね。でも、分からないところはちゃんと聞くから教えて」
「それなら問題ない。むしろ気づいたことは遠慮せず先に言ってくれ」
五人の間に僅かに戻った穏やかな空気は長く続かなかった。
下の階から新たな銃声が響き、続いて複数の足音が廊下へ広がると、
それまで遠くにあった機械音も少しずつ近づいてくる。
さらに外で別の爆発が起きたことで南棟全体が低く揺れ、五人は再び階段へ向かった。
◯
水の匂いだけが、二人の間に残っていた。
白石飛鳥は空になったペットボトルを潰れるほど握りしめたまま、動けずにいた。
全身の筋肉が恐怖で硬直し、牙を剥いたクラスメイトの前でただ震えるだけの存在に成り果てている。
「……あの、森下さん」
声は惨めなほど震えていた。
「本当に、もうこれで全部なんです……お願いですから」
森下藍は血走り、網膜の裏まで濁り切った瞳で白石を睨みつけた。
落ちぼくろのついた頬はげっそりと削げ落ち、乾燥で割れた唇から薄赤い血が滲んでいる。
「嘘つかないでくださいよ。白石飛鳥」
喉の奥から汚物を吐き出すような、粘り気のある声だった。
「私にはまだ……バッグの中に半分くらい残ってるように見えますけど?」
「見間違いです……本当に、もう水なんて」
「じゃあそのバッグを見せてくださいよ!」
森下の枯れ枝のような手が、ぬっと伸びる。
白石は反射的にバッグを己の胸元へ抱え込んだ。
「……駄目です」
「……は?」
「これだけは、絶対に渡せません」
白石の声が、初めて鋭く響いた。
いつも周囲に気を遣い、譲り続けてきた彼女からは想像もつかない、生存への執着が剥き出しになった声だった。
「お腹空いて死にそうとか、喉渇いて死にそうとか、もう何回も聞きました!」
白石は血が滲むほど唇を噛みしめた。
「でも私だって……私だって、死にそうなんです!限界なんです!」
森下は数秒だけ動きを止めた。
虚ろな目が白石を見つめ、やがて、喉の奥から乾いた笑い声を漏らし始めた。
「あはは……そうですか、そうですか」
「森下、さん……?」
「あなたみたいな綺麗な顔した人間にも、ちゃんと汚い欲があったんですねえ!」
森下は足元に転がっていた金属バットを両手で掴み上げた。
錆と汚れのついた凶器が、薄暗い部屋で鈍く光る。
「安心しましたよ。ずっと聖人君子ぶって気取ってるのが……吐き気がするほど気持ち悪かったんですよ!」
「や、やめて……来ないで!」
白石が尻餅をついたまま後退る。
森下はバットを肩に担ぎ、歪んだ笑みを浮かべながら一歩を踏み出した。
「私、もう三日近く寝てないんですよ。脳みそが腐りそうなんです」
その声には、完全に理性のタガが外れた狂気が宿っていた。
「あなたのその丁寧な喋り方を聞くたびに、頭の奥で誰かが金槌を叩いてるみたいにガンガンするんですよ!」
「わ、私は……」
「分かってます。あなたが悪いんじゃない。私が限界なだけ」
森下はゆっくりと距離を詰め、容赦なくバットを振り下ろした。
逃げ場のない角へと追い詰められた白石の肩口に、容赦のない衝撃が走る。
「あぐっ……!?」
生々しい肉音とともに、白石の体勢が崩れた。
激痛に視界が明滅する。
衝撃で床に転がり出たバッグから、水滴のついた新品のペットボトルが一本、ころころと転がり出た。
「ほら……ほらあぁ!やっぱり隠してたじゃないですか!」
森下の顔が歓喜に歪む。
白石は潰れた肩を押さえ、激痛に涙を溢れさせながら森下を見上げた。
「返して……それ、私の……」
「返すわけないでしょうがッ!」
二撃目が容赦なく振り下ろされる。
白石は咄嗟に腕で頭を庇ったが、肉を断ち骨を砕く重苦しい砕裂音が室内に響いた。
左腕の骨が途中で変形し、ありえない方向へ折れ曲がる。
「ぁぁあああッ!?い、痛い!痛い痛い痛い!!」
「あはははは!いい声!すごい良い声出るじゃないですか白石飛鳥!」
森下の目はすでに正気の色を失い、純粋な破壊衝動だけに支配されていた。
三撃目。
右の脇腹を打ち抜き、内臓が押し潰される感覚に白石は血を吐いた。
四撃目。
太腿の肉が激しく跳ね上がり、紫色の打撲痕が急速に広がっていく。
白石の悲鳴は次第に酸素を失って掠れていき、やがてゴボゴボと口から血を溢れさせる呻き声へと変わった。
「ねえ、まだ動けますよね?早く死んでくださいよ、私もう疲れたんですけど!」
森下は荒い息を吐きながら、狂った機械のようにバットを振り回し続けた。
そして、白石の頭部に重い一撃が叩き込まれた。
鈍い音とともに白石の視界が真っ白に染まる。
頭皮が裂け、視界の半分が自分の温かい血で赤く染まっていく。
意識が急速に遠のき、死の淵へと引きずり込まれそうになる中――白石の右手が、生存への最後の本能で動いた。
ぐにゃりと歪んだ意識の中、無意識に手が伸ばされたのは、腰のホルスター。
支給品のコンバットナイフ。
一度も人に向けたことのなかった、冷たい鋼の刃。
「もう二度と……喋らないでくださいよ……ッ!」
森下が最後にとどめを刺そうと、バットを全開で振り上げる。
その無防備な胸元に向かって、白石の右腕が残された全筋力を込めて突き出された。
肉と肋骨の隙間を押し拡げ、刃が根元まで深く深く、森下の胸腔へと刺ささる。
「……ぇ?」
森下の動きがピタリと止まった。
手からすっぽ抜けたバットが床に落ち、虚しく甲高い音を立てて転がっていく。
「な……に、これ……」
森下はゆっくりと見下ろした。
自分の胸から生えている黒い柄と、それを血まみれの右手で固く握りしめている白石の顔を。
「あなた……なんで……こんな……」
白石はもう、何も答えられなかった。
頭部と額から溢れ出る大量の血が目を塞ぎ、光を奪っている。
それでも、相手の命を奪ったナイフの柄を握る指先だけは、固直したように絶対に解けなかった。
森下はゴボリと大量の血を口から吐き出すと、力なく膝から崩れ落ち、白石の体に覆いかぶさるように倒れ込んだ。
二人分の血が床の塵やホコリと混ざり合い、黒ずんだ池を作っていく。
荒く狂おしかった呼吸の音は、一つ、また一つと間隔が開き、弱々しく小さくなっていく。
「……みず……のど……渇いた……」
森下が血の泡とともに最後に漏らした言葉は、惨めな渇望だった。
返事はなかった。
森下の体温を浴びながら、白石の開かれた瞳は、すでに何も映していない。
ガラス玉のように光を失った眼球が、ただ暗い天井を凝視している。
二人の死体の傍らで、床に転がったペットボトルの透明な水面だけが、静かに、静かに揺れていた。
◯
残り時間は二十四時間を切り、生存者は三十四名まで減っている。
安全区域はこれからさらに狭まり、龍園、坂柳、堀北、一之瀬、高円寺、櫛田、
そしてオレたち五人を含めた主要な生存者たちは、最終的には同じ場所へ押し込まれる可能性が高い。
そこで誰が誰と向き合い、誰が誰を守り、誰を信じ続けるのかはまだ分からない。
最後の一人という条件へどんな答えを出すのかも、今の段階から決める必要はない。
ただ一つだけ、すでに決めていることがある。
少なくとも今この瞬間、波瑠加、明人、啓誠、愛里の四人を、
先の展開を恐れるという理由だけで切り捨てる選択はしない。
それが最終的に合理的な判断になるかどうかは、今は関係なかった。
オレたちは五人で階段を上がり始めた。
背後ではチェーンソーの機械音が廊下へ反響し、そのさらに外では銃声と爆発が絶えず続いている。
学校そのものが巨大な戦場へ変わりつつある中で、
オレは初めて、勝つためだけではなく、失いたくないものを抱えたまま最後の一日へ進もうとしていた。