バトル・ロワイアル ようこそ虐殺至上主義の教室へ   作:カツカレー!

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第十六話 五人

南棟の二階へ上がった時点で、生存者は三十四名まで減っていた。

 

ゲーム開始から二日以上が経過し、

島の安全区域そのものが学校区画から中央南部、

南東住宅地区へ向かって急速に狭められている以上、

これまでのように人の少ない場所を探して大きく迂回することは難しい。

 

しかも残っている三十四人の中には、龍園や坂柳、

堀北、一之瀬、高円寺、櫛田のように自分なりの生存方法を確立している者が多く、

偶然ここまで生き延びた者より、明確な判断基準を持って動いている者の割合が高くなっていた。

 

その状況で五人のまま行動し続けることは、

人数による安心を得られる反面、一人では通れる場所を通れなかったり、

誰か一人が遅れるだけで全員が足を止めなければならなかったりする危険も伴う。

 

それでもオレたちは五人で階段を上がった。

 

愛里が先ほど見つけた管理用出入口のおかげで正面入口の人混みを避けることはできたが、

二階も完全に安全というわけではなく、廊下の向こうからは複数の足音や扉が開閉する音が聞こえていた。

 

さらに一階では銃声が断続的に響き、そのたびに建物の中にいる生徒たちが別の場所へ移動しているらしく、

階段や廊下を走る音が途切れることはない。

 

啓誠は地図を確認しながら渡り廊下の位置を探した。

 

「このまま二階を南へ進めば、別棟へ繋がる渡り廊下がある。

そこを越えれば中央南部へ抜けられるはずだけど、

途中に教室が多いから、誰かが中にいる可能性は考えた方がいい」

 

明人が周囲を見ながら頷いた。

 

「一階よりはましだろ。あっちは人の流れがそのまま入ってきてるし、今戻ったらまた巻き込まれる」

 

波瑠加も後方へ一度だけ視線を向けた。

 

「それに、さっきからあの音が下で聞こえてるしね。

キョーちゃんだったとしても別の誰かだったとしても、わざわざ確認しに戻りたくないよ」

 

愛里は地図と廊下を交互に見ながら、少し先にある曲がり角を指した。

 

「渡り廊下はあの角を曲がってからだと思う。

でも、その前に教室がいくつかあるから、急に誰か出てきたら怖いね」

 

「だから全員で同じ場所を見る必要はない。

明人とオレが前、啓誠は地図と後方、波瑠加と愛里は左右の教室を見ながらついてきてくれ」

 

「きよぽん、さっきからそれ自然に言ってるけど、愛里も普通に周りを見る役に入ってるよね」

 

波瑠加が少し笑う。

 

「もう最初みたいに『愛里は真ん中で守る』じゃないんだ」

 

「愛里自身が周囲を見られるようになっているからな。できることまでやらせない理由はない」

 

愛里は少しだけ驚いたようにこちらを見たあと、すぐに頷いた。

 

「うん。私もちゃんと見る」

 

五人は廊下を進んだ。

 

教室の扉は半分ほどが開いており、中には机や椅子が乱れているだけの場所もあれば、

誰かが短時間休んだらしく空の水容器や食料の袋が残されている場所もある。

 

人の姿は見えなかったものの、床に新しい足跡が残っている場所もあり、

数分前まで別の生徒がいた可能性は高かった。

 

そのまま三つ目の教室を通過しようとしたところで、愛里が足を止めた。

 

「清隆くん、待って。前の教室、誰かいると思う」

 

波瑠加も愛里の視線を追う。

 

「見えたの?」

 

「人は見えてないけど、扉の下から影が動いた。さっきまで光が通ってたのに、一回だけ暗くなったから」

 

オレも確認する。

 

確かに前方右側の教室は扉が半開きになっており、その奥からわずかに物音が聞こえた。

 

明人が声を落とす。

 

「避けるか?」

 

「廊下を通るしかない。相手がこちらへ出てこないなら、そのまま通過する」

 

五人は速度を落とし、教室から距離を取るように廊下の左側へ寄った。

 

扉の前へ差しかかった瞬間、中から男子生徒が二人姿を現した。

 

双方がほぼ同時に止まる。

 

一人は手に金属製の道具を持っていたが、すぐにこちらへ向けてくる様子はなく、

もう一人も五人の人数を確認すると明らかに警戒しながら距離を取った。

 

オレは先に声を掛ける。

 

「オレたちは渡り廊下へ行くだけだ。教室へ入るつもりはないし、そっちが追ってこないならこちらも何もしない」

 

男子は少し迷ったあと、教室の中へ視線を戻した。

 

「俺たちもここから動きたくない。ただ、渡り廊下の先は気をつけろ。

さっき一之瀬のところにいた連中が何人か通ったけど、その後から別の奴らも追っていった」

 

啓誠が聞き返す。

 

「追っていったというのは、一之瀬たちを狙っている集団なのか?」

 

「分からない。今は誰かが走ってるだけで追ってるように見えるし、こっちも確かめてない。ただ、その後に銃声は聞こえた」

 

「情報は助かる」

 

それ以上話す必要はなく、五人はそのまま教室の前を通過した。

 

波瑠加が少し不安そうに言う。

 

「一之瀬さんたちも近いんだ」

 

啓誠は歩きながら答えた。

 

「中央にいたはずだから、禁止区域で南へ押されてきたんだと思う。

人数がまだ残っているなら、渡り廊下の先で会う可能性はあるな」

 

明人がオレを見る。

 

「会ったらどうする?」

 

「相手次第だ。一之瀬が今まで通りなら、こちらから争う理由はない」

 

「今まで通りじゃなかったら?」

 

波瑠加の問いに、オレは少しだけ考えた。

 

「その時に判断する」

 

波瑠加は納得しきれないような顔をしたものの、それ以上は聞かなかった。

 

渡り廊下へ近づくにつれて、外から聞こえる銃声が大きくなっていった。

 

南棟と別棟を繋ぐ渡り廊下は全面がガラス張りになっており、

そこから学校区画の南側を見下ろすことができる。

 

だが、その景色は数時間前とは別物になっていた。

 

グラウンドには複数の小集団が散らばり、

校舎と体育館の間では煙が上がり、さらに遠くの道路でも人が走っている。

 

誰も一つの方向へ統一されているわけではなく、

禁止区域から逃げてきた者、別の戦闘を避けてきた者、

南へ先回りしようとする者が入り混じっているため、

一度大きな混乱が起きれば、その流れがどこへ広がるのか予測することは難しかった。

 

愛里がガラス越しに下を見る。

 

「また人が増えてる。さっきより学校の南側に集まってるよ」

 

啓誠も双眼鏡を取り出した。

 

「堀北たちはまだ南棟の外側にいる。龍園たちは少し東へ移動してるな。

坂柳は……見えない。建物へ入った可能性がある」

 

「一之瀬は?」

 

波瑠加が尋ねる。

 

啓誠は少し位置を変えた。

 

「南東側の道路に何人かいる。

一之瀬、神崎、みーちゃん……それから網倉もいると思う。ただ、かなり動いてる」

 

その言葉が終わるより先に、南東側から複数の銃声が響いた。

 

グラウンドにいた生徒の何人かが反射的に建物の陰へ走り込み、

その動きにつられるように別の集団まで進路を変える。

 

愛里が身を強張らせる。

 

「一之瀬さんたちの方?」

 

「方向は近い。ただ、ここからでは誰が撃ったか分からない」

 

オレが答えた直後、渡り廊下の少し先にある別棟の窓が白く照らされた。

 

次の瞬間、重い轟音とともに建物全体が大きく揺れ、ガラス窓が一斉に鳴った。

 

床まで振動が伝わり、愛里が反射的に手すりへ掴まると、波瑠加がすぐ隣から身体を支える。

 

明人も後ろを確認した。

 

「戻るか?」

 

「戻る必要はない。爆発は別棟の外側だ。このまま渡り切った方が早い」

 

啓誠も地図を見る。

 

「ここで止まると後ろから誰か来た時に逃げ場がない。進んだ方がいい」

 

五人は渡り廊下を走った。

 

途中でさらに別方向から発砲音が重なり、外では複数の生徒が一斉に校舎側へ移動している。

 

そして渡り廊下を渡り切った瞬間、正面の廊下から四人の生徒が走ってきた。

 

一之瀬。

 

神崎。

 

網倉。

 

みーちゃん。

 

一之瀬がオレたちを見つけた途端、驚いた表情を見せる。

 

「綾小路くんたち……!よかった、五人とも一緒なんだね」

 

波瑠加も思わず声を上げた。

 

「一之瀬たちも無事だったんだ。でも、四人だけ?」

 

一之瀬の表情が曇る。

 

「さっきまではもう少しいたんだけど、南側で人が一気に流れてきて、その時に離れちゃったの。

佐藤さんたちとも昨日から連絡が取れてないし、今は誰がどこにいるのか分からなくなってる」

 

神崎は後方を確認していた。

 

「話すなら歩きながらにしよう。後ろから別の集団が来ている。

こっちを狙っているとは限らないが、今ここで止まる理由はない」

 

「同意だ。中央南部へ抜ける」

 

オレたち五人と一之瀬たち四人は、一時的に同じ方向へ進むことになった。

 

九人という人数はそれだけで目立つ。

 

その事実を啓誠も理解していた。

 

「この人数で長く一緒にいるのは危ない。建物を抜けたら分かれた方がいい」

 

神崎も頷く。

 

「俺もそう思っている。今は同じ方向だから一緒に動くだけでいい」

 

一之瀬は少し迷っていたが、反対はしなかった。

 

みーちゃんは端末を握りしめており、画面には例のAIとの対話画面が表示されていた。

 

波瑠加がそれに気づく。

 

「みーちゃん、まだそれ使ってるんだ」

 

「う、うん。でも前みたいに何でも聞いてるわけじゃないよ。

今は地図とか、どっちの情報を優先して考えたらいいか整理するのに使ってるだけで、

最後に決めるのは自分でやるようにしてる」

 

啓誠が少し感心したように見る。

 

「それなら正しい使い方だと思う。判断そのものまで任せたら、情報が足りない時に動けなくなるからな」

 

「私もやっとそれ分かってきた。最初は『どうすればいいですか』って全部聞いてたけど、

今は『何を確認した方がいいですか』って聞くようにしてる」

 

波瑠加が少しだけ笑う。

 

「それ、かなり成長してない?」

 

みーちゃんも小さく笑い返した。

 

廊下の先から一発の銃声が響いた直後、

ほとんど間を置かず別方向からも発砲音が重なり、九人全員が反射的に足を止めた。

 

音はかなり近く、正面の階段付近からは複数の足音まで聞こえている一方で、

ここまで戻ってきた渡り廊下の側からも別の人間が近づいてくる気配があり、

このまま廊下の中央へ留まれば前後から人の流れに挟まれる可能性が高かった。

 

神崎は壁際へ身体を寄せ、正面の階段へ注意を向ける。

 

「正面からだ。少なくとも何人かはこっちへ来てる」

 

オレも廊下の両側を確認したが、今ここで相手が何者なのかを確かめる意味はない。

 

前方では足音が近づき、後方にも別の人間がいる以上、互いの姿が見えるまで待つほど選択肢は狭くなっていく。

 

「右の教室へ入る。廊下に残るより、中から人の流れが通過するのを見た方がいい」

 

九人はすぐに教室へ入り、扉から少し離れた位置へ移動した。

 

その直後、廊下を三人の生徒が勢いよく走り抜け、

その数秒後には別の四人が同じ方向へ続いたものの、

後ろの四人が本当に先の三人を追っているのか、

それとも偶然同じ危険から逃げているだけなのかまでは判断できない。

 

一之瀬が彼らの足音が遠ざかるのを確認してから、小さく息を吐いた。

 

「今の人たち、最初の三人を追いかけてたのかな。後ろの人たち、かなり近かったよね」

 

神崎はすぐには断定しなかった。

 

「分からない。今は全員が同じ安全区域へ押されているから、

別々に逃げているだけでも追跡しているように見える。思い込みで判断する方が危険だ」

 

その言葉が終わった直後、階段側から今度は大きな爆発音が響き、廊下の照明が激しく揺れた。

 

少し遅れて建物全体へ振動が伝わり、教室の机や椅子が細かく鳴りながら床の上で僅かに動いたことで、

外の混乱がすぐ近くまで迫っていることが改めて分かる。

 

愛里は窓際から南側道路を確認し、すぐにこちらへ振り返った。

 

「清隆くん、外から人がこっちへ来てる。十人くらいいると思うけど、みんな同じ建物へ向かって走ってるよ」

 

確認すると、南側道路で新たな混乱が起きたらしく、複数の生徒が別棟へ向かって一斉に移動していた。

 

九人がこの教室へ留まり続ければ、やがてその流れまで校舎内部へ入ってくる可能性がある。

 

「ここを出る。今ならまだ廊下の人が少ない」

 

明人が扉の外を確認する。

 

「どっちへ行く?さっきの階段側は人が来てるぞ」

 

「反対側だ。廊下の奥に非常階段があるはずだから、そこから南側へ抜ける」

 

啓誠も地図を開いて位置を確認した。

 

「ある。廊下をそのまま進んで突き当たりを曲がれば、南側の外階段へ出られる。

今いる場所からなら階段側へ戻るより近い」

 

九人は教室を出た。

 

ところが廊下を進み始めた直後、反対側から四人の生徒が姿を現し、

そのうち二人が武器を所持していたことで双方がほぼ同時に足を止めた。

 

相手側は九人という人数を警戒していたものの、

その中に一之瀬がいると気づくと、先頭にいた男子が彼女へ視線を向ける。

 

「一之瀬、お前らまだ食料持ってるだろ。少しでいいから出してくれよ。こっちは昨日からほとんど何も食ってないんだ」

 

一之瀬の表情が僅かに曇った。

 

「少しは残ってるけど、私たちも何人かで分けながら使ってるから余裕はないよ。

水なら少し分けられるけど、全部渡すことはできない」

 

「水だけじゃ足りねえんだよ。俺たちだって、このまま何もない状態で次の禁止区域まで動けねえ」

 

神崎が一歩だけ前へ出たが、相手との距離は詰めなかった。

 

「こちらも同じだ。見た目は九人いるが、九人分の食料を十分に持っているわけじゃない。

ここで奪い合って時間を使えば、後ろから別の集団まで来る。その結果、双方がもっと危険になるだけだ」

 

相手の四人はすぐには引かなかった。

 

しかも背後からは再び足音が近づいている。

 

波瑠加がオレへ声を落とした。

 

「きよぽん、このまま話してたら後ろからも来るよ。さっきより足音増えてない?」

 

「ああ。ここで長引かせる方が危険だ」

 

相手の四人だけなら、九人で抜けること自体は難しくない。

 

しかしここで衝突すれば、その音や人の動きに引かれて別の生徒まで集まり、

狭い廊下そのものが動けない場所へ変わる可能性がある。

 

「一之瀬、水を一本だけ出せるか?」

 

一之瀬がこちらを見る。

 

「出せるけど、それで本当に終わるかな」

 

「終わらせる条件にする。一本だけ渡して、その代わり道を空けてもらう。

相手もここで争って別の人間を呼び込みたいわけじゃないはずだ」

 

一之瀬は数秒だけ考えたあと、ゆっくり頷いた。

 

「分かった。それで全員がここを離れられるなら、その方がいいと思う」

 

神崎が相手へ条件を伝える。

 

「水一本だけだ。それ以上は出せない。それで道を空けるなら、ここで終わりにしよう。

お前たちも後ろから別の奴らが来てるのは分かってるだろ」

 

四人は互いに顔を見合わせた。

 

その瞬間、背後の階段側から再び大きな銃声が響き、それまで迷っていた男子の表情が変わった。

 

「分かった!一本でいいから早くしてくれ!ここで揉めてる場合じゃねえ!」

 

一之瀬が水を床へ滑らせると、相手側の一人がそれを拾い上げ、

残りの三人も廊下の壁際へ寄って道を空ける。

 

「もういい、行け!俺たちも反対へ行く!」

 

九人は相手の横を通過した。

 

しかし廊下の先へ進んだ直後、背後から別の銃声が連続して響き、一之瀬が反射的に振り返ろうとする。

 

「今の人たち、大丈夫かな……」

 

神崎がすぐに制した。

 

「戻るな。一之瀬、俺たちが戻っても何が起きたのか分からないし、

今度は俺たちまで巻き込まれる。さっき争わずに済ませられたことと、その後に起きたことは別だ」

 

一之瀬はすぐには前を向けなかったものの、やがて自分へ言い聞かせるように息を吐き、再び歩き始めた。

 

全員を助けることはできない。

 

今までの一之瀬なら、その事実を理解していても簡単には受け入れられなかっただろうが、

この二日間で彼女自身も、目の前にいる人間を守ろうとすることと、

島にいる全員を救おうとすることが同じではないと理解し始めていた。

 

非常階段へ向かう途中、突然館内放送が入り、ほぼ同時に九人の端末も振動した。

 

追加の脱落者を知らせる通知だった。

 

読み上げられる名前の中には網倉と同じクラスの生徒が二人含まれ、

さらに別クラスの名前が続いたあと、佐藤麻耶の名前まで流れた。

 

波瑠加の表情が強張る。

 

「佐藤さん……?」

 

少し前まで軽井沢たちと一緒に行動していたはずの人物だった。

 

いつ、どこで、何が起きたのかまでは分からない。

 

放送はただ、その名前が現在の生存者一覧から消えたという事実だけを淡々と伝える。

 

みーちゃんは端末を握る手に力を込め、一之瀬もしばらく足を止めかけていたが、やがて自分から前を向いた。

 

「行こう。今ここで立ち止まったら、今一緒にいる人まで危なくなる。

何があったのか分からないなら、なおさら私たちは動いた方がいい」

 

神崎はその言葉が一之瀬自身から出たことに少し驚いたようだったが、すぐに頷いた。

 

「そうだな。今はそれでいい」

 

九人は非常階段へ向かった。

 

ところが外へ出る直前、今度はさらに近い場所で巨大な爆発が起きた。

 

窓一面を白い光が覆い、その数秒後には重い轟音が建物を大きく揺らし、

天井の照明や窓枠、扉が一斉に震えた。

 

さらに非常階段を使おうとしていた別の生徒たちが爆発地点から離れようとして一気に押し寄せてきたことで、

狭い通路は急速に人で埋まり始める。

 

明人がすぐに波瑠加と愛里の位置を確認した。

 

「全員、壁側へ寄れ!真ん中にいたら人の流れに持っていかれるぞ!」

 

波瑠加と愛里が壁側へ移り、啓誠もみーちゃんが押されないよう位置を調整する。

 

しかし問題はそれだけではなかった。

 

非常階段の方向から、今度は逆向きに逃げてくる生徒まで現れた。

 

「外へ行くな!下でも揉めてる!別の道使え!」

 

前からも後ろからも人が集まり、通路そのものが動けない状態になりつつある。

 

オレは窓の外へ視線を向けた。

 

二階の下には屋根付きの通路があり、そのさらに先には別棟へ続く構造が見えている。

 

直接外へ降りる必要はなく、教室側へ戻れば隣棟へ抜けられる可能性がある。

 

「戻る。二つ前の教室から隣棟へ抜けられるはずだ」

 

啓誠が地図を確認する。

 

「連絡通路か。確かにある。この廊下を戻って準備室側へ入れば、そのまま別棟へ繋がってる」

 

「そこを使う。非常階段へこだわる必要はない」

 

九人が方向を変えた。

 

その時、廊下の奥から低い機械音が響いた。

 

一之瀬の表情が変わり、波瑠加もほぼ同時に後ろを見る。

 

「キョーちゃん……?この音、さっきよりずっと近いよね」

 

これまで何度も聞いてきたチェーンソーの音だった。

 

櫛田本人の姿はまだ見えないが、反響する音の大きさから考えれば、

少なくとも同じ建物のかなり近い位置にいる可能性がある。

 

愛里は前後の人の流れを確認する。

 

「清隆くん、前も人が増えてるし、後ろもまだ来てる。

このまま廊下にいたら、どっちから来ても動けなくなるよ」

 

「機械音の方向へは行かない。右の教室を抜けて連絡通路へ出る」

 

九人が教室へ入った直後、廊下の向こうから誰かの叫び声が響き、

その声を聞いた複数の生徒がこちらへ逃げ込んできた。

 

彼らの誰もオレたちを狙っているわけではなく、

ただ自分が危険だと思った方向から離れようとしているだけだったが、

それでも同じ教室へ十数人が集まれば、互いに動きを制限するだけで十分危険になる。

 

明人は波瑠加と愛里を教室の奥へ誘導した。

 

「こっちへ寄れ。入口の近くにいたら、また人が入ってきた時に押される」

 

啓誠は窓側の扉を確認する。

 

「こっちだ。隣の準備室を通れば連絡通路へ出られる。地図の構造と合ってる」

 

九人はすぐに移動し、一之瀬たちもその後へ続いた。

 

その途中で再び教室の外から銃声が響き、さらに別方向からも発砲音が重なった直後、

今度は大きな爆発によって建物全体が強く揺れた。

 

天井から細かな埃が落ち、机や椅子が床を擦る音が一斉に重なったことで、愛里が一瞬だけ足を止めかける。

 

「清隆くん!」

 

「そのまま進め。今ここで揺れが収まるのを待つより、人が増える前に通路へ入った方がいい」

 

愛里はすぐに頷き、波瑠加と一緒に準備室へ走った。

 

九人が細い連絡通路へ入ると、後方からもさらに数人が続いてくる。

 

ところが通路の先で人の流れが突然止まり、前方が詰まった。

 

神崎が人の隙間から先を確認する。

 

「出口のところで二つの集団が向かい合ってる。どっちも道を譲らないから、そこで止まってるみたいだ」

 

オレも少し位置を変えて確認すると、片方は三人、もう片方は五人ほどで、

双方とも連絡通路を先に抜けようとしており、その周囲へ後続の生徒まで集まり始めている。

 

今ここで止まり続ければ、後ろからさらに人が増える。

 

「話してる時間はない。どちらかに道を空けさせる必要がある」

 

オレが前へ出ようとした瞬間、一之瀬が先に声を張った。

 

「今ここで争ったら、後ろにいる人たちまで全員動けなくなるよ!

どっちも通りたいだけなら、片方ずつ壁際へ寄って入れ替わればいいから、

今だけでも道を空けよう!ここで止まってる方が全員危ないよ!」

 

一之瀬の声を知っている者が何人かいたのか、

張り詰めていた空気がほんの僅かに緩み、片方の集団が壁際へ下がろうとした。

 

しかし、その瞬間に別方向から銃声が響いた。

 

一人が驚いて身体を動かし、その動きを攻撃だと勘違いした別の生徒まで反射的に動いたことで、

ぎりぎり保たれていた均衡は一気に崩れた。

 

後ろから押された者が前へ出て、出口付近にいた集団が左右へ散り、

それを見た後続の人間まで同時に進もうとしたことで、細い通路全体が突然大きな人の流れへ変わる。

 

明人が前方を見た。

 

「今なら抜けられる!全員、離れんなよ!」

 

オレたち五人も、一之瀬たち四人も、開いた隙間へ一気に入り、

前方で向かい合っていた二つの集団もそれぞれ別方向へ散っていく。

 

その直後、背後で大きな爆発音が響き、連絡通路の窓が一斉に震えた。

 

爆発から逃げようとする後続の人間がさらに前へ押し出されたことで、

九人は止まることなく外へ流されるように南東側の道路へ出た。

 

しかし、そこも安全ではなかった。

 

左側の建物陰には複数の生徒が身を寄せ、

右側では別の集団が道路を横切ろうとしており、遠くでは黒煙が上がっている。

 

禁止区域の更新によって北側から押し出された生徒まで次々と流れ込んでいるため、

道路全体が複数の方向へ動く人間で埋まり始めていた。

 

九人が外へ出た瞬間、近くの建物脇から銃声が響いた。

 

一之瀬たちは反射的に右側へ寄り、オレたち五人は左側の建物へ向かう。

 

ほんの数秒だった。

 

だがその数秒の間へ別の生徒たちが入り込んだことで、九人の間にはすぐに大きな人の流れができた。

 

波瑠加が向こう側へ声を張った。

 

「一之瀬さん!」

 

一之瀬もこちらへ振り返るが、間にはすでに複数の生徒が走っており、

さらに別方向から銃声が響いたため、今から無理に同じ場所へ戻ろうとすれば双方が危険になる。

 

一之瀬は神崎たちと建物側へ寄りながら叫んだ。

 

「綾小路くん、そのまま行って!私たちも別の道から南へ行くから、今は無理に戻らない方がいい!」

 

神崎もみーちゃんと網倉を建物側へ誘導している。

 

オレは一瞬だけ周囲の流れを確認し、追いかけるよりそれぞれ別方向へ抜けた方が安全だと判断した。

 

「分かった。南で会えたら、その時に合流しよう」

 

一之瀬が大きく頷き、二つの集団はそのまま別方向へ離れていった。

 

五人は左側の道路へ入り、人の流れから少しでも離れようとしたが、

その先の交差点でも新たな銃撃が始まっていた。

 

そこで動いていたのは龍園たちだった。

 

龍園を中心として葛城、石崎、アルベルト、西野、伊吹がまとまっており、

別の小集団と距離を取って向かい合っている。

 

龍園自身が積極的に前へ出ているわけではないものの、

散弾銃を持つ彼の存在だけで相手側は容易に近づけず、

葛城はその間にも地図で別の進路を確認し、

石崎と西野は左右から近づく人間を警戒していた。

 

龍園がオレたちへ気づいた。

 

「またお前らかよ。学校周りに残ってると、嫌でも同じ顔ばっか見るようになるな」

 

波瑠加は明らかに嫌そうな顔をする。

 

「こっちだって会いたくて会ってるわけじゃないから。

禁止区域がどんどん狭くなって、勝手に同じところへ押されてるだけでしょ」

 

龍園は笑った。

 

「その通りだ。もう島の半分以上まともに使えねえんだから、

嫌いな奴に会わないよう遠回りなんてできる段階じゃねえ」

 

その直後、交差点の反対側から再び銃声が響き、石崎が反射的に建物側へ寄った。

 

「龍園さん、あっちまだ残ってますよ!正面通るの無理じゃないすか!」

 

葛城はすぐに南側へ続く路地を確認する。

 

「正面へ行く必要はない。南側の路地を使えば交差点を避けられるし、次の安全区域にも近づける」

 

「分かってる。綾小路、お前らも同じ道使うなら勝手についてこい。ただし、こっちが守ってやるつもりはねえぞ」

 

「最初から協力するつもりはない。同じ道を使うだけだ」

 

龍園は満足したように笑った。

 

「それで十分だ」

 

二つの集団は一定の距離を保ったまま南側の路地へ入った。

 

その直後、背後の道路が強烈な白い光に照らされ、少し遅れて炎と黒煙が立ち上がった。

 

重い轟音が周囲の建物を揺らし、窓や古い看板が一斉に鳴ったことで、

爆発地点の近くにいた生徒たちは反対方向へ走り始め、

その大きな流れがそのままオレたちのいる路地へ近づいてくる。

 

葛城が後方を確認した。

 

「かなり多い。このまま路地を進むだけでは追いつかれる可能性がある」

 

愛里は後ろではなく、すぐ前方の建物へ目を向けた。

 

「清隆くん、左の建物に入口があるよ。奥まで繋がってるなら、反対側へ抜けられるかもしれない」

 

「使おう。路地で人の流れに追いつかれるよりいい」

 

龍園もその言葉を聞いていた。

 

「お前、佐倉に道探させてんのか?」

 

波瑠加がすぐに反応する。

 

「違うから。愛里が自分で周り見て、自分で見つけてるの。

きよぽんが全部指示してるわけじゃないし、今だって愛里が一番先に入口見つけたんだからね」

 

龍園は愛里を少しだけ見た。

 

「へえ。最初に見た時より随分変わったじゃねえか」

 

愛里は何も答えず、建物の入口へ注意を戻した。

 

オレたち五人が先に建物へ入り、龍園たちも少し距離を空けながら続く。

 

中はかつて小規模な商業施設として使われていたらしく、

細い通路の左右にシャッターの閉じた店舗が並び、その間を何本もの横道が繋いでいた。

 

外から見た時には反対側まで簡単に抜けられるように思えたが、実際に入ってみると内部は想像以上に入り組んでいる。

 

「愛里、こっち」

 

波瑠加が愛里を呼ぶ。

 

「うん」

 

愛里がこちらへ向かって走り出した。

 

その直後だった。

 

背後から何人もの生徒が建物へ飛び込んできた。

 

先ほどの爆発から逃げてきた者たちだった。

 

誰もオレたちを狙っているわけではない。

 

ただ危険から離れたいという目的だけで十人以上の人間が同じ入口へ殺到し、

その流れが狭い通路へ一気に流れ込んだことで、状況が変わった。

 

「押すな!」

 

「前行けよ!」

 

「後ろからまだ来てるぞ!」

 

怒号が飛び交う。

 

愛里と波瑠加の間へ数人の生徒が入り込んだ。

 

「愛里!」

 

「波瑠加ちゃん!」

 

波瑠加が手を伸ばしたものの、別方向から走ってきた男子生徒に進路を遮られる。

 

愛里もこちらへ来ようとしたが、その背後からさらに人が押し寄せたことで、逆方向の通路へ押し出されてしまった。

 

「愛里!」

 

明人がすぐに追おうとする。

 

だが、今度はオレたちの前へ別の生徒たちが流れ込み、完全に視界が遮られた。

 

「清隆!」

 

「分かってる。愛里を探す。ただし、この流れに逆らうな」

 

ここで無理に人波へ入れば、こちらまで分断される。

 

そして人の流れの向こう側では、愛里も同じことを理解し始めていた。

 

「清隆くん……波瑠加ちゃん……!」

 

返事は聞こえない。

 

周囲には知らない生徒しかいなかった。

 

愛里は一瞬だけ立ち尽くしかけた。

 

一人。

 

ゲーム開始直後なら、それだけで頭の中が真っ白になっていただろう。

 

誰かに助けてもらわなければならない。

 

誰かを探さなければならない。

 

そんなことしか考えられなかったかもしれない。

 

しかし今は違った。

 

愛里は胸元で大きく息を吸い、自分へ言い聞かせるように周囲を見た。

 

「……落ち着いて」

 

清隆たちを探すのは後でいい。

 

まず、自分がここから動けなくなったら意味がない。

 

愛里は人の流れから離れ、右側の細い通路へ入った。

 

その時だった。

 

「おい!」

 

背後から声が飛んできた。

 

愛里が振り返る。

 

二人の男子生徒がこちらを見ていた。

 

手にはそれぞれマシンガンが握られている。

 

「佐倉だ!」

 

「一人だぞ!」

 

愛里の顔から血の気が引いた。

 

「……っ!」

 

次の瞬間、二挺のマシンガンがほとんど同時に火を噴き、凄まじい連続音が狭い通路いっぱいに炸裂した。

 

愛里が反射的に身を縮めて走り出した直後、

その背後では無数の衝撃が壁から壁へ猛烈な勢いで駆け抜け、古びた内装が次々と砕け散っていく。

 

閉ざされていた店舗のシャッターには立て続けに激しい衝撃が走り、金属板全体が耳障りな轟音を響かせながら大きく震えた。

 

通路脇に残されていた案内板や看板も次々と弾け、

破片が床へ降り注ぐ中、さらに奥のガラス窓まで一斉に砕けて甲高い音を響かせる。

 

それでも二人の射撃は途切れず、

左右から重なった銃声は一つの巨大な轟音となって建物そのものを震わせ、愛里の背後を追い立てるように迫ってきた。

 

壁面には次々と新しい傷が刻まれ、放置されていた椅子や棚も衝撃を受けるたびに倒れ込み、

通路はほんの数秒で見る影もないほど荒れていく。

 

愛里は飛び散る破片から顔を庇いながら必死に駆け続け、

そのすぐ後ろでは二挺分の銃声と破壊音が幾重にも重なって鳴り響いた。

 

まるで通路そのものが後方から崩れて追いかけてくるような轟音の中、それでも愛里は一度も足を止めなかった。

 

「待て!」

 

「逃がすな!」

 

「や、やだ……!」

 

愛里は振り返らず、怖さに足を震わせながらも走ることだけはやめなかった。

 

通路の先には左右へ分かれる曲がり角がある。

 

走りながら前を見ると、右側には誰もおらず左側にも人影は見えない。

 

それだけなら判断できないが、左側の奥から何人もの足音が聞こえていた。

 

一人や二人ではなく、かなり多い。

 

愛里は右へ曲がる。

 

その直後背後で再び激しい銃声が響き、愛里は頭を庇いながら走り続けた。

 

「右だ!右へ行ったぞ!」

 

追ってくる足音はまだ近い。

 

愛里は必死に足を動かしながらも前だけを見ることはせず、左右の店舗や開いている扉、

床に残された荷物、遠くから聞こえる怒号にまで注意を払っていた。

 

前方の通路へ差しかかった時、愛里は足を僅かに緩める。

 

正面から複数人の誰かが来る。

 

姿はまだ見えないが、靴音だけは確実に近づいていた。

 

後ろには二人。

 

前にも誰かいる。

 

「どうしよう……」

 

一瞬だけ恐怖が戻ってくるが、愛里はすぐ横を見た。

 

半分だけ開いた店舗の扉があり、奥は暗い。

 

愛里は迷いながらもその中へ滑り込む。

 

数秒後、追ってきた二人が通路へ飛び込んできた。

 

「どこ行った!?」

 

「真っ直ぐだろ!」

 

二人はそのまま通路を進み、直後前方から来ていた別の生徒たちと鉢合わせしたらしく大きな声が飛び交い始めた。

 

愛里は暗い店舗の中で口元を押さえ、息を潜める。

 

銃声まで響いたが、今出ればどちらかに見つかるため外へは出なかった。

 

愛里はじっと待ち続けた。

 

やがて怒号と足音が少しずつ遠ざかっていく。

 

そこで初めて愛里は動く。

 

「今なら……」

 

元の通路へは戻らず、店舗の奥を見ると棚の向こうに従業員用らしい小さな扉があった。

 

愛里が近づいて開けると、その先には細い管理通路が続いている。

 

「繋がってる……」

 

愛里はそこへ入り、走りながら何度も周囲を見た。

 

今度は銃声だけを怖がらない。

 

どちらから聞こえたのか、足音は近づいているのか離れているのか、人が走っているならその人たちは何から逃げているのか。

 

清隆たちと一緒に行動している間、何度も見てきたことだった。

 

啓誠は地図を見ていたし、明人は人の位置を確認していた。

 

波瑠加は愛里が遅れていないか何度も振り返ってくれたし、

清隆は危険なものだけを見るのではなく危険ではない場所まで含めて周囲を見ていた。

 

愛里は管理通路を抜ける。

 

外へ出る扉があったが、すぐには開けず扉へ耳を近づけた。

 

外から複数の足音が聞こえる。

 

「まだ……」

 

愛里は待ち続けた。

 

数人が扉の向こうを走り抜け、足音が遠ざかっていく。

 

それでもすぐには出ず、さらに数秒待つと静かになった。

 

そこで初めて扉を開ける。

 

外は建物の裏側で、正面には細い道路があり、その向こうには別の建物が並んでいた。

 

愛里は走り出す。

 

ところが道路の途中まで来たところで、背後から声が響いた。

 

「いたぞ!」

 

先ほどの二人だった。

 

「っ……!」

 

見つかってしまい、再び激しい銃声が夜の道路へ響き渡る。

 

愛里は身体を強張らせながらも立ち止まらず建物の陰へ走った。

 

背後では銃声が続き、怖さに涙が滲んだがそれでも愛里は走り続けた。

 

「こっち……!」

 

建物の陰へ入りそのまま奥へ進むと、そこは行き止まりだった。

 

高い壁。

 

閉じた扉。

 

愛里は息を呑む。

 

背後から足音が近づいてくる。

 

逃げられない、そう思いかけた時愛里の耳に別の音が届いた。

 

大勢の人間が走っている。

 

壁の向こう側から、それもこちらへ近づいていた。

 

愛里は周囲を見回す。

 

すぐ横に細い通路があり、その先だけが大通りへ繋がっていたが、そこへ出れば追跡者にも見えてしまう。

 

「……違う」

 

愛里は走らず壁際へ寄り、その場で待った。

 

足音が近づき追跡者も迫る中、さらに反対側から大勢の生徒の声が聞こえてくる。

 

「禁止区域変わったぞ!」

 

「南へ行け!」

 

「急げ!」

 

次の瞬間、大通りを十数人の生徒が一斉に横切った。

 

愛里はその瞬間を待っていた。

 

「今……!」

 

愛里は細い通路から飛び出し、走っている生徒たちの流れへ入ってそのまま同じ方向へ走る。

 

背後から追ってきた二人も大通りへ出てきたが、そこにはもう愛里一人はいなかった。

 

何人もの生徒が同時に走っている。

 

「どこだ!?」

 

「佐倉!」

 

声が聞こえても愛里は振り返らない。

 

人の流れの中を走り、最初の交差点で数人が右へ曲がったところへ合わせて自分も方向を変える。

 

次の建物の角でさらに別の人間が分かれたところで、愛里はその流れからも離れた。

 

銃声はもう聞こえず、追ってくる足音もない。

 

愛里はそれでもしばらく走り続け、完全に人の気配が遠ざかってからようやく建物の壁へ手をついた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

膝が震え、身体中から力が抜けそうになる。

 

怖かった。

 

本当に怖かった。

 

それでも愛里はゆっくり後ろを見る。

 

誰もいない。

 

「……逃げられた」

 

自分でも信じられないような声だった。

 

右手を見ると、いつの間にか支給品のピコピコハンマーを強く握りしめている。

 

結局一度も使わず、戦わず、誰も傷つけなかった。

 

それでも愛里は自分自身の判断でここまで逃げてきた。

 

「私……一人でも……」

 

その時だった。

 

遠くから声が聞こえた。

 

「愛里ーっ!」

 

愛里は勢いよく顔を上げる。

 

「……波瑠加ちゃん?」

 

もう一度聞こえた。

 

「愛里!いたら返事して!」

 

間違いない。

 

「波瑠加ちゃん!」

 

愛里は声の方向へ走った。

 

建物の角を曲がると、そこには波瑠加だけではなく明人と啓誠、そしてオレもいた。

 

「愛里!」

 

波瑠加が駆け寄ってくる。

 

「よかった……!本当に、もう……どこ行ったのかと思ったじゃん!」

 

「ご、ごめんね……私も戻ろうと思ったんだけど、人がいっぱい来てそれから追いかけられて……」

 

明人が表情を変える。

 

「追いかけられた?」

 

「うん。二人いて……ずっと撃ってきたの。でも途中で人が来る音が聞こえたから隠れて、

それから別の通路を見つけて……最後は大勢の人が走ってきたからその中に入って逃げたの」

 

啓誠が驚いたように愛里を見る。

 

「それを全部一人で判断したのか?」

 

愛里は少し戸惑ってから頷いた。

 

「……うん」

 

波瑠加が愛里を強く抱き寄せる。

 

「もう……愛里、すごいじゃん……」

 

「波瑠加ちゃん……」

 

オレは二人を見ながら、愛里が通ってきたという方向へ視線を向けた。

 

以前の愛里なら、一人になった時点で仲間を探すことだけを考えていたかもしれない。

 

だが今回は違う。

 

追われても闇雲に走らず、人の足音を聞き建物の構造を見て身を隠す場所を選び、

最後には禁止区域から移動する生徒たちの流れまで利用して追跡を振り切った。

 

誰かに指示されたわけではなく、愛里自身が見て考えて決めたことだった。

 

「清隆くん?」

 

「いや。何でもない」

 

愛里が不思議そうにこちらを見る。

 

オレはそれ以上何も言わなかった。

 

ただ一つだけは確かだった。

 

もう愛里はオレたち四人に守られて後ろをついてくるだけの人間ではなくなっていた。

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