バトル・ロワイアル ようこそ虐殺至上主義の教室へ   作:カツカレー!

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第十七話 四人

オレたち全員が建物へ入る。

 

そこは旧事務棟らしく、内部は薄暗いものの通路自体はまだ使える状態で、

少し進んだ先で廊下が左右へ分かれていた。

 

啓誠はすぐに地図を確認する。

 

「右へ行けば南側出口へ繋がってる。左は倉庫区画だから、そっちへ行くと遠回りになる」

 

葛城も同じ構造を確認した。

 

「右だ。人が追いつく前に出口まで抜ける」

 

二つの集団が右側の廊下を進んでいると、前方から今度は三人の生徒が姿を現した。

 

彼らは龍園の姿へ気づいた途端に足を止め、明らかに警戒を強める。

 

「龍園……」

 

龍園はわざわざ距離を縮めようとはせず、その場から声だけを投げた。

 

「道を空けろ。今ならこっちから何かする気はねえし、お前らもここで止まってる場合じゃねえだろ」

 

三人はすぐには動かなかったものの、背後から銃声が響き、

さらにオレたちの後方からも複数の足音が近づいたことで、迷っている時間がないことを理解したらしい。

 

「分かった。通れ」

 

三人が壁際へ寄り、全員がその横を通過する。

 

石崎がようやく息を吐いた。

 

「マジで龍園さんの名前だけで道が開くようになってるじゃないすか。

本人が何もしてないのに、みんな勝手に避けてますよ」

 

龍園が笑う。

 

「便利だろ?わざわざ毎回説明しなくても、向こうが勝手に判断してくれるんだからな」

 

石崎は少し困った顔をする。

 

「便利ですけど、それ喜んでいいんすかね。完全に怖がられてるだけじゃないすか」

 

西野が呆れたように二人を見る。

 

「今さらそこ気にするの?龍園が評判良かった時なんて最初からないでしょ」

 

「お前までひでえな!」

 

短いやり取りによって僅かに緩んだ空気は、建物の外で続けて起きた爆発によってすぐに消えた。

 

一度目の閃光が窓へ反射した直後、

少し離れた場所で二度目の重い轟音が重なり、床と壁の両方が大きく揺れた。

 

その影響で南側出口へ向かっていた生徒たちが一気に外へ流れ始め、

出口付近は短時間で人が集中する状態へ変わる。

 

さらに廊下の反対側からは、またしても低い機械音が聞こえてきた。

 

波瑠加がすぐに後ろを見る。

 

「また聞こえる……。さっきからどこへ行っても近くにいるんだけど、本当にキョーちゃんが同じ方向へ来てるの?」

 

龍園も音のする方向を確認した。

 

「しつこいな。こっちを追ってるわけじゃなくても、安全区域が狭いせいで結局同じ方向へ来てんだろ」

 

愛里は南側出口の方を見る。

 

「清隆くん、出口に人が増えてる。今出たら、またその中に入っちゃうと思う」

 

「少し待とう。今は爆発で動いた人間が集中しているだけだから、この流れが抜ければ出口は空く」

 

龍園がオレを見る。

 

「こんな状況で待つのか?」

 

「十秒程度だ。今あの流れへ入る方が、五人で動くには危険になる」

 

龍園も出口を見ながら状況を確かめた。

 

「なるほどな。俺なら人が集まり切る前に先へ押し切るところだが、

お前は動き終わるまで待つわけか。坂柳ほど徹底して待つ感じでもねえし、俺ほど先へ出るわけでもない」

 

「状況と人数次第だ。オレ一人なら別の選択をする」

 

「五人だから待つってことか」

 

「ああ。今は五人で動くことを優先してる」

 

龍園の笑みが僅かに変わった。

 

「まだそこを優先すんのか。残り人数、もうかなり少ねえぞ」

 

「分かってる。それでも今は変える理由がない」

 

龍園はそれ以上追及しなかった。

 

やがて出口付近を横切っていた人の流れが薄くなり、オレは五人へ合図する。

 

「今なら抜けられる。行こう」

 

五人が南側出口から外へ出ると、龍園たちも少し距離を空けて続いてきた。

 

南側道路へ出たところで、今度は坂柳たちと遭遇した。

 

坂柳の周囲に残っていたのは橋本と神室だけで、以前より明らかに人数が減っている。

 

波瑠加もそれへ気づいた。

 

「坂柳たち、三人しかいないの?前はもう少しいたよね」

 

橋本は苦笑した。

 

「いろいろあってな。別れた奴もいるし、もう合流できない奴もいる。今は俺と神室と姫さんだけだ」

 

坂柳はその説明を補足しようとはせず、龍園の集団へ視線を向ける。

 

龍園が先に笑った。

 

「随分小さくなったじゃねえか、坂柳。お前ならもっと最後まで人数維持するかと思ってたぞ」

 

「人数が多ければ有利とは限りませんから。

それより龍園くんこそ、まだそれだけの人数を維持していることの方が少し意外ですね」

 

「俺のところは使える奴が多いんでな」

 

西野が横から龍園を見る。

 

「それ自分で言うんだ」

 

龍園は聞こえなかったように無視した。

 

坂柳の視線は次にオレたち五人へ移る。

 

「綾小路くんたちも、まだ五人なのですね。ここまで人数が減ってくると、

最初から同じ顔ぶれを維持している集団の方が珍しくなってきました」

 

波瑠加が少し強い口調になる。

 

「悪い?私たちは今のところ、この五人で行くって決めてるから」

 

坂柳は穏やかに首を振った。

 

「いいえ。悪いとは言っていません。ただ興味深いだけです。

それに、佐倉さんは最初に見た時より随分変わりましたね」

 

坂柳の視線を受け、愛里は少し戸惑った。

 

「私、自分ではそんなに変わった感じしないけど……」

 

「最初のあなたは周囲の判断を待つことが多かったですが、今は自分から道や人の動きを探しています。

生存へ向いている性格になる必要はありませんよ。自分にできる方法を身につければ、それでも十分ですから」

 

愛里はすぐには返事をしなかったが、やがて小さく頷いた。

 

その時、全員の端末が振動した。

 

更新された生存者数は二十九名。

 

少し前まで三十四人だったことを考えれば、

学校区画へ生徒が集中してからの減少速度は明らかに上がっている。

 

波瑠加は画面を見つめた。

 

「もう三十人もいないんだ……。さっき三十四人だったばっかりなのに」

 

橋本も端末へ目を落とす。

 

「完全に減る速度上がってるな。このままだと夜になる頃には、もう知ってる奴しか残ってないんじゃないか」

 

坂柳は数字そのものより地図を確認していた。

 

「当然でしょう。安全区域がここまで狭くなれば、

戦うつもりのない人同士でも遭遇を避けられなくなります。

それに、誰もが二日以上まともに休めていませんから、

昨日なら避けられた衝突でも判断を誤る可能性が高くなっています」

 

龍園はその話を聞きながら笑った。

 

「ようやく最後らしくなってきたな。

人数が減って静かになるどころか、残った奴が全員同じところへ集められてる」

 

坂柳は呆れたように龍園を見る。

 

「龍園くんは本当に変わりませんね」

 

その直後、中央南部の方向で巨大な爆発が起きた。

 

遠方にもかかわらず閃光がはっきり見え、少し遅れて黒煙が一気に立ち上がる。

 

坂柳の表情が僅かに変わった。

 

「中央南部まで大きな混乱が始まりましたか。

これでは、残っている人たちはさらに南東へ寄ることになりますね」

 

葛城もすぐに地図を開く。

 

「次の区域更新を考えれば、南東住宅地区へ移るしかない。

中央南部へ残れば、今の戦闘に巻き込まれる可能性が高い」

 

龍園も同じ結論だった。

 

「なら南東だな。どのみち最後はあっちへ集められる」

 

オレも異論はなかった。

 

南東住宅地区へ向かえば、残った二十九人の多くがさらに狭い場所へ集中する。

その中で五人という人数は、もはや島全体から見ても無視できる規模ではなくなっている。

 

その時、遠くから追加の放送が聞こえ始めた。

 

脱落者の名前が順番に読み上げられていく。

 

一之瀬クラスの名前が一人、さらにもう一人と続き、

最後に網倉麻子の名前まで聞こえた瞬間、波瑠加の表情が強張った。

 

「さっきまで一緒だったよね……。一之瀬たちと別れた時、網倉もちゃんといたよね?」

 

愛里も何も言えなかった。

 

別れてから、それほど時間は経っていない。

 

しかし、短い時間の中で何が起きたのかは誰にも分からない。

 

残っている一之瀬、神崎、みーちゃんが今どこにいるのかさえ確認できない。

 

坂柳は全員が立ち止まりかけていることへ気づいた。

 

「気になるのは分かりますが、ここへ留まり続ければ、

次に名前を呼ばれるのが私たちになる可能性もあります。今は南東へ移動しましょう」

 

波瑠加は何か言い返したそうに坂柳を見たものの、結局何も言わなかった。

 

オレたちは南東住宅地区へ向けて移動を開始した。

 

それからの数時間は、それまでの二日間の中でも最も激しい時間になった。

 

南東住宅地区へ向かう途中で何度も銃撃による人の流れへ巻き込まれ、

そのたびに大きく進路を変えなければならず、

禁止区域の更新によって一度通った道を戻らなければならない場面まであった。

 

学校区画から逃げてきた者と中央南部から流れてきた者が交差した道路では、

双方とも本来は争うつもりがなかったにもかかわらず、

どこかで響いた一発の銃声によって全員が相手を警戒し、

そこから別方向へ逃げる人間が増えた結果、周辺道路全体が一つの大きな混乱へ変わっていった。

 

夕方へ近づく頃、旧住宅地区の中央道路ではさらに規模の大きい戦闘が始まった。

 

複数の銃声がほぼ同時に響き、その少し後には道路の向こうから十人近い生徒が一斉にこちらへ走ってくる。

 

オレたち五人はすぐ建物の陰へ寄った。

 

明人が後方を確認する。

 

「清隆、後ろからも来てる!ここにいたら前と後ろの両方から挟まれるぞ!」

 

「右の住宅へ入る。道路に残るより建物を抜けた方がいい」

 

五人が住宅へ入った直後、背後の道路で大きな爆発が起きた。

 

窓から白い閃光が差し込み、数秒遅れて轟音が住宅全体を震わせ、

古い棚から物が落ち、窓枠が大きく鳴った。

 

外では爆発から逃げる人の足音が一気に増え、道路へ戻ることが難しくなっている。

 

啓誠が二階へ続く階段を見る。

 

「上へ行くか?二階からなら周りも確認できると思う」

 

「いや。二階へ上がると出口が限られる。裏口を探して反対側へ抜ける方がいい」

 

愛里はすぐに住宅の奥へ目を向けた。

 

「こっちに台所があるよ。家の造り的に、たぶんその奥から裏へ出られると思う」

 

波瑠加が愛里へ続く。

 

「じゃあそっち行こう。もう愛里が道見つけるの、普通になってきたね」

 

愛里は少しだけ困ったように笑った。

 

「でも、ちゃんと清隆くんにも確認してね。私が間違ってることだってあるから」

 

「もちろん。そこは任せっきりにしないよ」

 

五人が台所へ入り、その奥にあった裏口を開けると、外には建物同士に挟まれた細い路地が伸びていた。

 

外へ出た直後、左側から銃声が響いたため、五人は反射的に右へ進む。

 

最後尾にいた明人へ波瑠加がすぐに振り返った。

 

「みやっち、ちゃんと来てる?」

 

「大丈夫だ!俺もいるから、そのまま前行け!」

 

明人もすぐに追いつき、五人は路地を抜けた。

 

前方には別の建物があり、そのさらに向こうでまた爆発が起きたことで、

道路にいた生徒たちが右から左へ大きく流れ始める。

 

オレはその動きを見ながら、流れそのものへ正面から入るのではなく、最後尾が通過する瞬間を待った。

 

「今だ。あの人たちの後ろへ入る。正面から横切るより、この方が五人で動きやすい」

 

五人が道路へ移った。

 

だが、そこで別方向から三人の生徒が現れた。

 

双方がほぼ同時に足を止め、そのうち一人が武器を持っていることに気づいた明人が一歩だけ前へ出る。

 

「清隆、俺が前を見る。相手も今のところこっちへ来るつもりはなさそうだ」

 

「一人で行くな。そこで止まって話せ」

 

明人は頷き、相手へ声を掛けた。

 

「こっちは通るだけだ!そっちも逃げてる途中なら、ここで争う必要ないだろ!後ろからまた人が来るぞ!」

 

相手側もこちらの人数を確認していた。

 

「俺たちも同じだ!お前らが何もしないならこっちも何もしねえ!」

 

互いにそれ以上距離を縮めようとはしなかった。

 

その時、背後で巨大な爆発が起こり、全員が反射的に身体を低くする。

 

重い轟音とともに周囲の看板や窓が大きく揺れ、

道路にいた生徒たちが一斉に別方向へ動き始めたことで、向かい合っていた三人も争っている余裕を失った。

 

「もういい!そっちはそっちで行け!」

 

双方が別方向へ抜け、五人も再び走り始めた。

 

しかしその先でも新たな銃撃が起き、前方の建物脇から一人、

その後ろからさらに二人が走ってきたうえ、右側からも別の集団が現れたことで、道路の人数が短時間で一気に増えた。

 

オレは愛里を見る。

 

「右側に抜けられる道はあるか?」

 

愛里はすぐに周囲を見た。

 

「あるよ。でもかなり細い。五人が一気に入ったら、前で誰か止まった時に全員詰まると思う」

 

「なら少し間隔を空けて入る。愛里、波瑠加、啓誠、明人、最後にオレだ」

 

明人がこちらを見る。

 

「清隆が最後でいいのか?俺が最後でもいいぞ」

 

「今は順番を変えてる時間がない。オレが後ろを見るから、そのまま入れ」

 

愛里を先頭に、波瑠加、啓誠、明人、オレの順で細い路地へ入った。

 

その瞬間、背後で銃声が連続して響き、道路から逃げてきた生徒まで同じ路地へ流れ込んでくる。

 

五人は出口を目指して進んだが、ようやく反対側が見え始めたところで、今度は前方からも別の生徒たちが入ってきた。

 

双方とも危険から逃げてきただけだが、細い路地の中で前後から人が来れば、それだけで身動きが取りにくくなる。

 

明人はすぐに愛里と波瑠加を壁側へ寄せた。

 

「二人とも端へ寄れ!真ん中にいたら前から来た奴らとぶつかる!」

 

オレも前方の人の動きを確認する。

 

「相手も止まりたいわけじゃない。出口側が少し動けば抜けられる」

 

ところが、その瞬間に左側の建物で爆発が起きた。

 

壁越しに強烈な光が差し、その直後に重い轟音と衝撃が路地全体を揺らす。

 

突然の揺れによって人の流れが一斉に崩れ、愛里が足を取られかけた。

 

明人がすぐに身体を支える。

 

「愛里、大丈夫か!」

 

「うん、大丈夫!ありがとう、明人くん!」

 

波瑠加も愛里の腕を引く。

 

「愛里、こっち!出口もうすぐだから!」

 

爆発に驚いた出口側の人間が外へ押し出されるように移動したことで、ほんの一瞬だけ前方に空間ができた。

 

「今なら抜けられる!」

 

五人が一気に出口へ向かった。

 

愛里、波瑠加、啓誠が先に抜け、明人もその後へ続こうとしたが、

背後から来た別の生徒と肩がぶつかったことで、一瞬だけ身体を反対側へ押し戻された。

 

波瑠加がすぐに振り返る。

 

「みやっち!」

 

明人はすぐに体勢を立て直した。

 

「大丈夫だ!すぐ行くから、お前らは出口で止まるな!」

 

「一緒に来てよ!先行けって言われても置いてけないから!」

 

「分かってる!ちゃんと行くから!」

 

オレも明人の方へ戻ろうとした。

 

しかし、その瞬間に道路の向こうで新たな爆発が起き、人の流れが再び大きく変わった。

 

爆発地点から離れようとする十人近い生徒が路地の出口へ押し寄せ、その人波がオレと明人の間へ入り込む。

 

明人の姿は一人、二人と人が重なるたびに見えにくくなり、数秒後には完全に隠れた。

 

啓誠も声を上げる。

 

「清隆、戻るぞ!明人がまだ向こうにいる!」

 

「今正面から戻れば、四人とも人の流れへ押し戻される。別の道から回る」

 

波瑠加は人波の向こうを必死に見る。

 

「みやっちが向こうにいるんだよ!このまま行けるわけないじゃん!別の道があるなら早く行こう!」

 

愛里もすぐに周囲へ目を向けた。

 

「清隆くん、左の建物から回れるかもしれないよ。

ここを正面から戻るんじゃなくて、建物の中を通って裏側へ出れば、路地の反対側に行けるかもしれない」

 

「それを使う。四人とも離れるな」

 

四人は左側の建物へ入り、廊下を進みながら裏口を探した。

 

明人は息を切らし、コンクリートの壁に肩を擦り付けながら狭い路地を駆け抜けていた。

 

「はやく清隆たちと合流しないと……!」

 

冷たい夜気が肺を刺し、足元のおぼつかなさが恐怖を加速させる。

 

これ以上ひとりで動き回るのは危険だ。

 

一刻も早く仲間と合流しなければならない。

 

そんな焦燥感を抱えながら角を曲がった瞬間、目の前の薄闇から人影が飛び出してきた。

 

「っ……!?」

 

明人は反射的に足を止めた。

 

そこに立っていたのは、見慣れた顔だった。

 

同じクラスの女子生徒、西村竜子。

 

しかし、彼女の纏う空気は異様だった。

 

いつも着ている白衣はボロボロ、メガネにはヒビが入り、

普段の冷静沈着な理系とはかけ離れた疑心暗鬼に歪むその瞳には理性の光ではなく、

生き残るためなら何でもするという剥き出しの殺意が宿っている。

 

「にしむら……?」

 

仲間との遭遇にわずかな安堵を覚えかけ、明人は警戒を解かないまま声をかけた。

 

「おい、西村!よかった、お前も無事だったんだな。一緒に行こう、ほら、清隆たちも――」

 

「来るなっ……!」

 

西村の掠れた叫び声が路地に響く。

 

その手には、震えるリボルバーが握られていた。

 

明人が動揺して言葉を失った次の瞬間、西村の指が引き金を引いた。

 

乾いた銃声が狭い空間で響き、弾丸が明人の頬すれすれをかすめて背後の壁をえぐり散らす。

 

明人は反射的に悲鳴を上げてその場へ身を投げ出した。

 

「なっ……!お前もかよ!」

 

地面を転がり、冷たいアスファルトの上で必死に身を縮こまらせる明人。

 

西村は容赦なく銃口を再び向けようとする。

 

しかし、その引き金は絞られなかった。

 

いや、絞れなかったのではなく――最初からそのつもりなどなかったかのように、西村は手元のリボルバーを放り捨てた。

 

――発砲は、完全に引きつけるための囮だった。

 

「っ……!」

 

起き上がろうと顔を上げた明人の視界に、西村が猛烈な勢いで飛び込んでくる。

 

銃撃を避けて体勢を崩したその隙を、西村は見逃さなかった。

 

距離を詰められた瞬間、西村の手元から強靭なナイロンロープが閃いた。

 

「ぐっ……あ……!?」

 

背後から回り込まれた明人の首元に、冷たいロープが素早く巻き付けられる。

 

次の瞬間、全体重を預けた西村の両腕が凄まじい力でそれを後方へ引っ張り上げた。

 

気道が一瞬にして押し潰され、喉の奥から空気が無理やり絞り出される。

 

「がはっ……!ぁ、くっ……!」

 

頸動脈と気管が強烈に締め上げられ、視界が急激にチカチカと明滅を始めた。

 

酸素の供給を絶たれた脳が警報を鳴らす。

 

明人はパニックに陥りながらも、本能的に両手を後ろへ伸ばし、背中にしがみつく西村の身体を突き飛ばそうと暴れた。

 

「離せ……!西村、こんなことしたって……っ!」

 

しかし、背後の西村は一切の言葉を発しない。

 

ただ荒い息を荒げ、殺意と恐怖に支配された狂気の力任せに、さらに全体重をかけてロープをぎりぎりと絞り上げていく。

 

明人は右肘を後ろへ突き出し、西村の肋骨や腹部をめがけて何度も強烈な一撃を叩き込んだ。

 

「うっ……!」

 

背後から西村の苦悶の唸り声が聞こえ、衝撃でロープの力がわずかに緩む。

 

しかし、彼女の手は怯むどころか、逆に死物狂いの執念でさらに力を込めた。

 

ここで手を緩めれば自分が殺されるという恐怖が、彼女の腕力を異常な領域へと引き上げていた。

 

「っ……ぐう……ぁ……!」

 

肘打ちの効き目が薄れ、明人の反撃の力はみるみるうちに失われていく。

 

四肢が鉛のように重くなり、肺の空気が完全に底をついた。

 

心臓が痛いほどの高速で脈打ち、耳の奥で自分の血流の音がゴーゴーと嫌な音を立てて響く。

 

目の前の景色が急速に暗くなり、路地の風景が歪んで溶けていく。

 

西村の荒い呼吸が背中に直接伝わってくる。

 

助けを求めたかった仲間の名前すら、もう喉の奥から声として出てこない。

 

意識の糸がプツリ、プツリと音を立てて千切れていく。

 

もがく明人の両腕が、ガクリと力なく地面へと崩れ落ちた。

 

そのまま全身の力が抜け、明人の身体は冷たいアスファルトの上へと前のめりに倒れ込んでいく。

 

静まり返った路地には、荒い息を弾ませる西村の足音と、ぐったりと動かなくなった明人の姿だけが取り残されていた。

 

◯

 

その頃、啓誠が地図を開き、建物の構造を確認する。

 

「裏側へ抜けられる。奥の扉を出れば、さっきの路地の反対側へ回れるはずだ」

 

波瑠加は今にも一人で走り出しそうになった。

 

「だったら急ごう!みやっちが向こうで待ってるかもしれない!」

 

「波瑠加、一人で先へ行くな。明人を探すために今度はお前まで離れたら意味がない」

 

「分かってる。でも急いで!」

 

四人は裏口を抜け、さっきの路地の反対側へ回った。

 

しかし、そこも別方向から逃げてきた生徒で混雑しており、明人の姿はどこにも見えない。

 

波瑠加が周囲へ声を張った。

 

「みやっち!いるなら返事して!」

 

啓誠も人の流れへ向かって呼ぶ。

 

「明人!俺たちはこっちだ!」

 

その声は周囲で響く銃声や遠くの爆発音、何人もの足音に遮られ、

返事があったとしても聞き取れる状況ではなかった。

 

愛里も必死に周囲を探していた。

 

「いない……でも、明人くんならそのまま反対側へ抜けたかもしれないよ。

私たちがここへ回ってる間に、安全な方へ移動した可能性もある」

 

波瑠加はすぐに首を振る。

 

「探そう。絶対まだ近くにいるよ。さっきまで一緒だったんだから、そんな遠くまで行ってないはずだよ」

 

「探す。ただし、四人まで分かれることはしない。

明人自身もオレたちを探している可能性があるから、こちらがさらに散れば合流できなくなる」

 

四人は周辺の道路と建物を回りながら明人を探した。

 

数分経っても姿は見つからず、さらに時間を使っても端末へ送った連絡に返事はない。

 

その間にも遠くでは銃声が続き、次の禁止区域更新まで残された時間は二十分を切っていた。

 

啓誠は端末の時間と地図を見比べる。

 

「清隆、このままここに残り続けると、次の区域更新で俺たちまで移動を強制される。

明人を置いていきたいわけじゃないけど、あいつも地図は分かってるし、安全区域へ向かってる可能性はある」

 

波瑠加が啓誠を見る。

 

「可能性って何?さっきまで一緒だったんだよ。

みやっちがどこにいるか分からないのに、それで先に行こうって言うの?」

 

啓誠の表情も苦しそうだった。

 

「俺だって明人を置いていきたいわけじゃない!」

 

普段より強い声が出た。

 

「でも、ここに四人で残って次の区域に追われたら、それこそ明人が戻ってきた時に全員危なくなるだろ!

明人だって俺たちが危険な場所でずっと待ってるなんて望まない!」

 

波瑠加は何も返せなくなった。

 

愛里は波瑠加の手を握る。

 

「波瑠加ちゃん、南東へ行こう。私も明人くんを探したいし、本当はここで待ってたい。

でも明人くんなら、私たちが危ない場所でずっと待ってるの嫌がると思う。

ここで待つより、明人くん自身も向かうはずの安全区域へ行った方が会えるかもしれないよ」

 

波瑠加は愛里を見つめた。

 

「愛里……本当にそう思う?」

 

「うん。明人くん、ずっと私たちが危なくない方へ行くようにしてたから、

自分が離れたあとだけ『そこで待ってて』とは思わないと思う」

 

その言葉で、波瑠加の表情からすぐに不安が消えたわけではない。

 

それでも、ここへ残り続けることだけが明人を待つ方法ではないと受け入れ始めたようだった。

 

オレは南東側の道路を確認する。

 

「移動する。ただし途中でも明人を探すし、安全区域へ入ったらすぐ端末を確認する。

明人から連絡が来れば、その時点で進路を変える」

 

四人は歩き始めた。

 

少し前まで五人で動いていた時には、明人が自然に前方や側面を確認し、

波瑠加と愛里が遅れていないか何度も振り返っていた。

 

その一人がいなくなっただけで、四人の位置関係は大きく変わり、

波瑠加は何度も後ろへ視線を向け、啓誠も地図を見る合間に人の流れを確認し、

愛里もすれ違う生徒の顔を一人ずつ探すようになっていた。

 

オレ自身も同じだった。

 

道路の向こうから誰かが走ってくるたび、その中に明人がいないか確認してしまう。

 

純粋な効率だけを考えれば、すでに安全区域へ向かうことだけに集中した方がいい。

 

それでも、その確認をやめようとは思わなかった。

 

南東住宅地区へ入る頃には夕方になり、生存者数は十九名まで減っていた。

 

数時間前には二十九人残っていたことを考えれば、この短い間だけで十人が消えたことになる。

 

四人は古い集合住宅の一階へ入り、周囲に人の気配がないことを確認したうえで、数分だけ足を止めた。

 

波瑠加は真っ先に端末を見る。

 

「みやっちから来てない。私、何回も送ってるのに一回も返ってきてない」

 

啓誠も確認した。

 

「俺にもない。清隆は?」

 

「来てない」

 

愛里も端末を見て首を振った。

 

「私も何も来てないよ。でも、まだ通信できない場所にいるだけかもしれないよね」

 

その言葉へ誰も否定も肯定もできなかった。

 

その時、島内放送が始まった。

 

追加された脱落者の名前が順番に読み上げられる。

 

知らない生徒の名前がいくつか続き、別クラスの名前が流れるたび、

波瑠加は端末を握る手へ力を込め、啓誠も顔を上げず、愛里は祈るように放送を聞いていた。

 

そして、放送は次の名前を読み上げた。

 

「二年Dクラス、三宅明人」

 

その瞬間、部屋の空気が完全に止まったように感じた。

 

波瑠加は端末を握ったまま動かず、啓誠も顔を上げられない。

 

愛里も何も言わず、オレも放送の続きを聞きながら端末から目を離せなかった。

 

明人がいつ、どこで、何に巻き込まれたのかは分からない。

 

路地でオレたちと離れた直後なのか、その後に安全区域へ向かっている途中だったのかさえ、

今のオレたちには確認する方法がない。

 

放送が告げたのは、ただ一つだった。

 

三宅明人は、もう生存者ではない。

 

波瑠加がようやく声を出した。

 

「……嘘でしょ」

 

誰も答えられない。

 

波瑠加の声は徐々に震えていった。

 

「さっきまで一緒だったじゃん。

愛里が転びそうになった時だって助けて、私には前行きすぎるなって言われて、

それで自分はちゃんと後から来るって言ってたじゃん。普通に走ってたじゃん……」

 

愛里が何も言わず波瑠加の手を握る。

 

波瑠加もその手を振り払わなかった。

 

「みやっち、あとから来るって言ったじゃん……。だったら来てよ……」

 

啓誠は壁を見つめたまま、しばらく何も言えなかった。

 

やがて、ようやく声を出す。

 

「最後まで、俺たちが先へ行けるようにしてた」

 

波瑠加が顔を上げた。

 

「そんなの別に格好よくないよ。みやっち一人だけいなくなって、それで何が守れたの?

普通に戻ってくればよかったじゃん。五人でまた一緒に行けばよかったじゃん……」

 

啓誠もそれ以上何も言えなかった。

 

オレにも、波瑠加へ返せる答えはない。

 

明人が自分の意思で一人残ったわけではなく、最初はただ人の流れによって分断されただけだ。

 

その後に何が起きたのかも分からない以上、

明人の最期を「仲間を守るための行動だった」と綺麗に意味づけることもできない。

 

ただ、オレたちが知っている最後の明人は、波瑠加と愛里が自分の前にいることを確認し、

愛里が体勢を崩した時にはすぐに支え、自分が少し遅れても四人を先へ進ませようとしていた。

 

その事実だけは変わらない。

 

愛里が涙をこらえながら口を開いた。

 

「明人くん、ずっと私たちの前にいてくれたよね。

私が怖くて周り見られなかった時も、何回も大丈夫って言ってくれたし、最後に離れた時も私を支えてくれた」

 

波瑠加は顔を伏せた。

 

「そんなの覚えてたくないよ。覚えてたら、余計にみやっちがもういないって分かるじゃん……」

 

啓誠は静かに波瑠加を見る。

 

「それでも俺は忘れたくない。今は思い出すのが辛くても、明人がいたことまで消したくない」

 

波瑠加は何も返さなかった。

 

愛里も涙を拭いながら、小さく頷いた。

 

オレは三人を見る。

 

少し前まで、そこには明人もいた。

 

五人で動くことが当たり前になりすぎていたため、一人がいなくなっただけで部屋の広さまで違って感じられる。

 

そしてその喪失感は、島へ来てから経験したどの危険よりも大きかった。

 

それでもゲームは止まらなかった。

 

夜へ入る頃には生存者数が十六名まで減り、さらに一時間が過ぎる頃には十四名となった。

 

禁止区域も学校区画南部、中央南部、南東住宅地区の一部にまで狭められ、

残った者たちは遠く離れて互いを避け続けることができなくなっている。

 

道路の向こうで銃声が響けば、その数分後には別方向から誰かが走ってくる。

 

遠方で爆発が起きれば、煙が見える距離のどこかに必ず別の生存者がいる。

 

明人がいなくなったあとも島は何も変わらず、人を南東へ押し込み、残った者同士を近づけ続けている。

 

波瑠加は以前より口数が減り、啓誠も必要な情報以外ほとんど話さなくなった。

 

愛里は何度か二人へ声を掛けようとしていたものの、

そのたびにどんな言葉なら明人がいなくなった事実を軽く扱わずに済むのか分からず、結局黙ってしまう。

 

オレも同じだった。

 

言葉だけで解決できることではない。

 

ただ、明人がいなくなったことで、五人で積み重ねてきたものまで消えたとは思わなかった。

 

むしろ四人になった今だからこそ、明人が何度もしていた行動が残った三人の中へ入り始めている。

 

誰か一人だけ前へ出すぎない。

 

移動する時には互いの位置を確認する。

 

危険が起きた時ほど、自分だけではなく仲間が同じ場所にいるかを見る。

 

明人が当たり前のように繰り返していたことを、今度は残された四人が無意識に意識するようになっていた。

 

夜の住宅地区を進んでいる途中、曲がり角へ近づいた愛里が小さく手を上げた。

 

「待って。前から人が来るよ。まだこっちには気づいてないと思う」

 

波瑠加もすぐに止まった。

 

「何人くらい?」

 

「二人か三人だと思う。でも走ってないから、こっちを追ってる感じじゃないよ」

 

啓誠は地図を確認する。

 

「一本手前を曲がれば、別の道路から同じ場所へ出られる。今はわざわざ接触する必要もないな」

 

「そっちへ回ろう。時間もほとんど変わらない」

 

四人は反対側の路地へ入った。

 

以前なら、こうした人の動きへ最初に気づくのはオレか啓誠だったかもしれない。

 

今は愛里が先に見つけている。

 

そのことへ愛里自身も気づいたらしく、少し歩いたところで小さく呟いた。

 

「明人くんなら、今の見てたら褒めてくれたかな」

 

波瑠加はしばらく答えなかった。

 

それでも数秒後には、ほんの僅かに笑った。

 

「たぶん普通に『愛里、すげえじゃん。もう俺より周り見えてるんじゃね?』とか言うよ。

みやっち、そういう時だけ何かお兄ちゃんみたいな顔するし」

 

啓誠もほんの少しだけ表情を緩めた。

 

「言いそうだな。明人は自分が助けたことより、愛里が自分でできた時の方が嬉しそうだった」

 

愛里も涙の跡を残したまま、小さく笑った。

 

明人がいなくなった事実は変わらない。

 

それでも、明人と一緒にいた時間まで失われたわけではない。

 

四人はその記憶を抱えたまま歩き続けた。

 

深夜が近づく頃、残り時間は十二時間となり、生存者数も十二名まで減っていた。

 

安全区域はさらに狭まり、端末に表示された地図を見る限り、

残されているのは学校南部と南東住宅地区の一角だけで、

翌朝を待たずして最後の局面へ入る可能性が高い。

 

しかも残っている十二人の多くは、もう名前すら知らない相手ではない。

 

龍園も、坂柳も、堀北も残っている可能性が高く、一之瀬もまだ生存者一覧から消えていない。

 

高円寺や櫛田も同じだ。

 

そして十二人のうち四人が、今ここにいるオレたちだった。

 

波瑠加は端末を閉じたあと、しばらく黙って歩いていたが、やがてこちらを見る。

 

「きよぽん、一つだけ聞いていい?」

 

「何だ」

 

「明人がいなくなっても、私たちまで今すぐバラバラにはならないよね。

最後が一人なのは分かってるけど、今それを考え始めたら、

私もう誰の顔見ればいいのか分からなくなりそうだから」

 

啓誠も愛里もこちらを見る。

 

最終条件は一人。

 

その答えを避け続けられる時間がほとんど残っていないことは、四人とも理解している。

 

それでも、今この瞬間に出せる答えはあった。

 

「少なくとも今夜は四人で行く。明人がいなくなった直後に、残った四人まで自分から分かれる理由はない」

 

波瑠加は僅かに目を伏せた。

 

「それでいい。先のことまで聞いたら、たぶん今は受け止められないから」

 

啓誠も頷く。

 

「俺もそれでいいと思う。必要になっていない答えを先に出して、それで今の関係まで壊す必要はない」

 

愛里は二人を見たあと、静かに続けた。

 

「私も四人で行きたい。明人くんがいなくなったからこそ、

今残ってる私たちまで勝手に離れたくない。最後がどうなるかは怖いけど、今はまだ一緒にいたい」

 

その言葉へ誰も反対しなかった。

 

外では再び大きな爆発が起き、遠くの空が一瞬だけ白く染まったあと、

数秒遅れて低い轟音が住宅地区まで届いた。

 

周囲の窓が一斉に震え、そのさらに向こうからは複数の銃声まで重なって聞こえてくる。

 

残った十二人は、禁止区域によって少しずつ同じ場所へ集められている。

 

これまでのように危険を避け続けるだけでは、もう最後まで残ることはできない。

 

そしてオレたちも、もう五人ではない。

 

それでも明人がいた時間と、明人から受け取ったものまで失ったわけではなかった。

 

四人は明人がいなくなった空白を埋めようとはせず、

その場所をそのまま抱えた状態で次の安全区域へ向かって歩き続ける。

 

残された時間は十二時間。

 

生存者も十二名。

 

最後の夜は、明人を失った悲しみを整理する時間さえ与えないまま、

遠くから響く銃声と爆発によって残った者たちをさらに狭い場所へ押し込み、

いよいよ逃げるだけでは終われない最終局面へ変わり始めていた。

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