バトル・ロワイアル ようこそ虐殺至上主義の教室へ 作:カツカレー大好き戦竜
残り十二時間という表示が端末へ出た時、生存者は十二名まで減っていた。
四十八時間を過ぎた頃にはまだ四十人以上が残っていたことを考えれば、
最後の半日へ入るまでの減り方は異常なほど速い。
しかし、それは残っている者たちが急に争うことを望み始めたからではなく、
禁止区域によって使える場所そのものが削られ、
別々の理由で生き延びてきた人間たちが、同じ道路、同じ建物、
同じ出口へ押し込まれるようになった結果だった。
南東住宅地区を歩くオレたち四人の周囲でも、その変化ははっきりと感じられた。
昨日までなら遠くから聞こえていた銃声が、今では数分歩けば別方向から響き、
爆発による黒煙も一つの場所から消える前に別の場所で立ち上がっている。
人間の姿そのものは開始時より遥かに少ないはずなのに、
残っている十二人が狭い区域へ集中したことで、むしろ互いの存在を感じる頻度は増していた。
その中を歩きながら、波瑠加は何度も自分の左側へ目を向けていた。
そこは少し前まで明人が歩いていた位置だった。
誰もそのことを指摘しない。
指摘しなくても、四人全員が分かっている。
愛里も以前のように波瑠加だけへ頼るのではなく、
自分から周囲の建物や路地を確認するようになっていたが、その視線は時折、無意識に後ろへ戻っていた。
啓誠は端末の地図を開いた。
「次の禁止区域更新まで四十五分。今いる住宅地区の東半分も対象に入るから、
ここから南西へ動く必要がある。問題は、その先に学校南部があることだ」
波瑠加が地図を覗き込む。
「結局また学校に戻るの?昨日から何回あそこ出たり入ったりしてるのか分かんないんだけど」
「残っている安全区域を見る限り、他に選択肢がほとんどない。
中央南部もかなり削られてるし、南東住宅地区も次で半分以上使えなくなる」
愛里も地図へ視線を落とした。
「学校の南側だけ、まだ少し広く残ってるんだね」
「ああ。ただ、それはオレたちだけが気づくことじゃない」
オレが答えると、三人とも地図を見る。
龍園も。
坂柳も。
堀北も。
一之瀬も。
高円寺も。
櫛田も。
さらに生き残っている神崎とみーちゃんも、同じ表示を見ているはずだった。
十二人という人数から考えれば、残っているのはほぼ全員が知っている顔になる。
波瑠加は端末を閉じた。
「だったら、今度こそあそこで全員会うってことだよね」
「可能性は高い」
「……嫌だな」
波瑠加はそれ以上続けなかった。
嫌なのは、危険だからだけではない。
最後には一人しか残れない。
その条件が、知っている顔ばかりになったことで今まで以上に重くなっている。
四人は住宅地区を抜け、学校南部へ続く道路へ向かった。
その途中で最初の銃声が響いた。
かなり近い。
右側の建物群からだった。
愛里が反射的に足を止めるものの、すぐに周囲を確認した。
「清隆くん、右から二人出てくる」
見ると、路地の奥から二人が走ってきた。
神崎。
みーちゃん。
二人ともこちらへ向かっているわけではなく、後方を警戒しながら道路を横切ろうとしている。
波瑠加が声を上げた。
「神崎!」
二人がこちらへ気づいた。
神崎は一瞬だけ迷ったものの、すぐに進路を変えて四人の近くまで来る。
「綾小路たちか。一之瀬とは一緒じゃないのか?」
「さっき別れたままだ。そっちも二人だけか」
神崎の表情が曇った。
「網倉がいなくなったあと、一之瀬とも分かれた。
禁止区域から逃げる人の流れに押されて、それから連絡が取れていない」
みーちゃんも端末を握りしめていた。
「一之瀬さん、生存者にはまだ入ってるよ。でもどこにいるかは分からなくて……」
波瑠加が周囲を見る。
「だったら一緒に探す?」
神崎はすぐには答えなかった。
六人になれば互いに助けられる場面は増える。
しかし同時に、残り十二人の半分が一つの場所へ固まることになる。
啓誠も同じことを考えていた。
「長く一緒に動くのは目立つ。ただ学校まで方向が同じなら、途中だけ同じ道を使うのはありだと思う」
神崎も頷いた。
「それでいい。俺たちも学校南部へ向かっていた」
六人で移動を再開する。
みーちゃんは歩きながら端末のAI画面を開いていたが、以前のように答えをそのまま求めているわけではなかった。
愛里が気づく。
「何を聞いてるの?」
「学校まで行く道が三つあるから、それぞれどんなことを確認したらいいか整理してるの。
どの道が絶対安全かはAIにも分からないし、最後に決めるのは自分たちだから」
波瑠加が少し笑った。
「もう完全に使い方変わったね」
「うん。前は『どっちへ行けば助かりますか』って聞いてたけど、それじゃ答えられないって何回も言われたから」
神崎が前を見たまま言う。
「それでいい。答えそのものを任せるより、見落としている条件がないか確認する方が役に立つ」
みーちゃんは頷いた。
その直後、前方の交差点で大きな爆発が起きた。
まず建物の間が白く染まり、数秒遅れて低い轟音が道路全体へ押し寄せ、窓やシャッターが一斉に震える。
交差点にいた数人が反対方向へ走り始める。
六人は建物の陰へ寄った。
啓誠が地図を見る。
「正面は無理だ。左へ回れば学校の外周道路へ出られる」
愛里はすぐに左側を見る。
「でも左からも人が来てる。三人くらい」
神崎が確認する。
「龍園のところだ」
数十メートル先を龍園、葛城、石崎、アルベルト、西野、伊吹が移動している。
だが、生存者数が十二名なら六人全員が残っているはずはない。
近づいて初めて分かった。
石崎はいない。
アルベルトもいない。
伊吹も見えない。
残っているのは龍園、葛城、西野の三人だけだった。
龍園はこちらへ気づくと、以前と変わらない笑みを見せた。
「お前ら、今度は人数増えてんじゃねえか。残り十二人しかいねえのに六人で固まってどうする気だ?」
波瑠加が即座に返す。
「別に一緒のチームになったわけじゃないから。学校まで道が同じなだけ」
「そういう言い訳ができんのも今のうちだな」
神崎は龍園へ注意を向けた。
「葛城と西野だけか」
龍園の笑みが僅かに薄くなる。
「石崎たちは途中で消えた。今さら細かく話しても仕方ねえだろ」
西野も何も言わない。
葛城は感情を抑えたまま地図を確認していた。
「次の禁止区域まで四十分を切った。ここで立ち話をしている余裕はない。
学校南部へ向かうなら、正面道路より西側の外周を使うべきだ」
啓誠も同じ地図を見る。
「西側は爆発があったばかりだが、人は逆に減ってる。今なら通れる可能性はある」
龍園が笑った。
「また意見一致かよ。だったら行くぞ。今度こそ学校で全員揃うかもしれねえな」
一時的に九人が同じ方向へ動き始めた時点で、端末に表示されていた生存者数は十二名だった。
つまり、島全体に残っている人間の四分の三が、
偶然とはいえ同じ道路を学校南部へ向かって進んでいることになる。
それだけ安全区域が狭くなり、別々の判断で行動してきた者たちでさえ、
最後には同じ場所へ押し込まれ始めているということだった。
オレたち四人に神崎とみーちゃんが加わり、さらに龍園、葛城、西野の三人が同じ進路を取っている。
残る生存者として考えられるのは、坂柳、堀北、一之瀬、高円寺、櫛田たちだったが、
この人数をそのまま足せば十二名を超えてしまう。
端末の更新にはわずかな時間差があるため、
移動している間にもすでに誰かが脱落している可能性が高かった。
その答えは数分もしないうちに示された。
歩いていた九人の端末がほぼ同時に振動し、生存者数が十一名へ更新される。
続いて表示された名前を見た葛城が、静かに口を開いた。
「坂柳有栖」
橋本でも神室でもなかった。
坂柳本人だった。
龍園の足がほんの一瞬だけ鈍る。
「あいつが先に消えたか」
誰も、坂柳がどこで何に巻き込まれたのかは知らない。
ただ、先天的に足が不自由な坂柳にとって、禁止区域の更新から短い制限時間内に安全区域まで退避することは、
どれほど先を読んでいても物理的に不可能に近かったはずだった。
これまで人の配置や禁止区域の変化を誰より早く読み、常に次の一手を考え続けていた坂柳でさえ、
最後まですべてを読み切ることはできなかったという事実だけが残る。
波瑠加は端末を見つめたまま声を落とした。
「昨日まで普通に話してたのに、もう名前だけで知らされるんだね……」
龍園は何も返さなかった。
一度だけ画面へ目を落とし、それ以上見続けることもなく端末を閉じる。
「行くぞ。ここで止まってたって坂柳が戻るわけじゃねえし、次の区域更新まで時間もねえ」
言葉だけを聞けば冷たい。
だが、いつものように笑いながら吐き捨てたわけではなかった。
龍園なりに何かを感じている。
それを口へ出さないだけなのだと、オレには見えた。
九人はそのまま外周道路へ入った。
そこから先は、学校南部へ近づくほど戦闘の密度が明らかに上がっていった。
最初に西側の建物群から銃声が響くと、道路を歩いていた九人は反射的に左右の壁際へ寄り、
正面から危険が来るのか、それとも別の集団同士が争っているだけなのかを確認しようとする。
しかし数秒もしないうちに反対側からも発砲音が重なったため、道路の中央へ残り続ける方が危険になった。
葛城はすぐに地図を確認する。
「正面道路へ固執する必要はない。ここから二百メートルほど先に旧体育倉庫がある。
あそこへ入れば道路を迂回して学校南部へ抜けられる」
「そこを使う」
オレが答えると、龍園も異論を挟まなかった。
「だったら止まるな。後ろからも別の奴らが来てる」
龍園の視線の先を見る。
道路の後方から二人が現れていた。
堀北と高円寺だった。
高円寺は周囲で銃声が続いているにもかかわらず、
相変わらず他の人間とは違う余裕を見せながら歩いていたが、
禁止区域そのものは彼の都合に合わせてくれないため、進路だけはオレたちと同じ学校南部へ向いている。
堀北はこちらへ気づくと声を上げた。
「綾小路くん!」
「話はあとだ。今は体育倉庫へ入る。道路に残っている方が危険だ」
堀北も周囲の状況を確認してすぐに理解した。
「分かったわ。私もそちらへ行く」
一方、高円寺は周囲の銃声を聞きながらも、いつもの調子を崩さない。
「随分と賑やかな最終日になったものだねぇ。せっかくここまで残ったのだから、
もう少し静かな場所で私の美しさを味わう時間があってもよかったと思うのだが」
龍園が笑う。
「最後の最後までそれかよ。お前は状況変わっても何も変わらねえな」
高円寺は当然だという顔をした。
「状況に合わせて判断を変えることはあっても、美学まで捨てる必要はないからねぇ。
むしろ最後だからこそ、美しくあるべきだろう」
そうして十人を超える人数が学校南部へ向かって同じ道路を進み始めた直後、
前方の建物群が強烈な白い光に照らされた。
数秒後には道路の向こうから炎と黒煙が立ち上がり、
遅れて押し寄せた重い轟音によって金属柵や古い案内板が一斉に震える。
爆発地点に近かった生徒たちは反対方向へ走り出し、
その動きにつられるように後ろを進んでいた者まで左右へ散ったことで、道路全体の流れが一気に崩れた。
オレたちは予定していた体育倉庫へ向きを変える。
入口は広くない。
人数が集中すれば、それだけで動けなくなる。
啓誠が全体へ声を張った。
「一度に入口へ集まるな!前が詰まった状態で後ろから押されたら、全員動けなくなる!」
龍園も後方を確認する。
「急げ!爆発から逃げてきた連中がそのままこっちへ来てる!」
さらに近くで銃声が響いた。
今度は建物の外壁へ反響するほど距離が近く、誰かが倉庫の周囲で争っている可能性が高い。
波瑠加は愛里の腕を掴んだ。
「愛里、入口のところで絶対離れないでね。人が増えたら一瞬で見えなくなるから!」
愛里も波瑠加へ身体を寄せる。
「波瑠加ちゃんもね。私だけ見て、自分が離れないようにして」
「分かってる。今度は絶対一緒に行く」
神崎もみーちゃんを壁側へ寄せ、周囲から押されない位置を取る。
堀北はオレの近くまで来ると、倉庫の内部を確認した。
「綾小路くん、南側の出口はあるの?」
「ある。ただし全員が同じ出口へ行けば、またそこが詰まる。先に内部の構造を確認する」
その会話を聞いていた愛里が、倉庫の右奥へ視線を向けた。
「清隆くん、正面の出口とは別に右側にも小さい扉があるよ。
あっちなら今のところ誰も行ってないし、外に出られるかもしれない」
啓誠も地図と実際の位置を照らし合わせる。
「地図には細かく載ってないけど、管理用の出入口みたいだな。
建物の造りから考えれば外へ繋がってる可能性は高い」
「使えるなら人数を分ける。オレたちは右側へ行く」
オレは堀北を見る。
「龍園たちは正面から出る。堀北は好きな方を選べ」
堀北は一瞬だけ周囲を見た。
「私はあなたたちと行くわ。正面は人数が多すぎるし、少ない方へ動いた方が安全でしょう」
高円寺はその会話を聞いて笑った。
「私は正面で構わないよ。あまり狭い扉へ私ほどの人間が押し込まれるのは美しくないからねぇ」
龍園が呆れたように高円寺を見る。
「好きにしろ。こっちはお前の美学に付き合う余裕ねえからな」
オレたち四人に神崎とみーちゃん、そして堀北を加えた七人が右側の管理扉へ向かい、
龍園、葛城、西野、高円寺は正面出口へ向かった。
その直後、倉庫の外で再び大きな爆発が起きた。
轟音とともに建物全体が激しく揺れ、天井の照明が数度明滅したあと一斉に消える。
倉庫内部は急に暗くなったものの、完全な闇ではなかった。
各自の端末から漏れる弱い光と、窓の外で燃えている炎の反射がわずかに床や壁を照らしている。
その中でも、愛里は先ほど見つけた扉の位置を見失わなかった。
「こっち!さっきの扉はもう少し右だから、そのまま壁沿いに来て!」
「愛里を先頭にする。全員、前の人間と間隔を空けすぎるな」
七人が愛里の後へ続く。
その途中、後方から誰かが走ってきた。
龍園たちとは違う。
神崎が最初に気づいた。
「一之瀬!」
一之瀬だった。
神崎とみーちゃんの姿を確認した一之瀬は、それまで張り詰めていた表情を明らかに緩める。
「神崎くん!みーちゃんもいたんだ。よかった……!」
みーちゃんの表情も大きく変わった。
「一之瀬さん!ずっと探してたんだよ!」
一之瀬が合流したことで、右側の集団は八人になった。
しかし彼女が一人で現れたという事実だけで、
それまで一之瀬の周囲に残っていた仲間たちの多くがすでに離れていることは分かる。
それでも再会を喜んでいる時間はなかった。
倉庫正面側から銃声が重なり、その直後には複数の怒鳴り声まで聞こえてくる。
龍園たちが向かった方向だった。
堀北が振り返る。
「向こうで何か起きてるわ。龍園くんたちが巻き込まれた可能性もある」
「戻らない。ここで八人全員が引き返したら、今度はこの出口まで失う」
堀北は一瞬だけ迷ったものの、すぐに理解した。
愛里は管理扉へ手を掛け、強く押す。
扉の向こうには細い通路が続いていた。
十分に通れる。
「開いた!ここから外へ出られるよ!」
八人はそのまま通路へ出た。
ほぼ同時に全員の端末が振動する。
生存者数は九名へ更新されていた。
一気に二人減っている。
表示された名前は葛城康平と西野武子。
つい先ほどまで龍園の左右にいた二人だった。
波瑠加が息を呑む。
「さっきまで普通に一緒に歩いてたのに……」
堀北も画面を見つめ、表情を硬くした。
オレは正面出口の方向へ目を向けたが、爆発で発生した煙と人の流れに遮られ、
龍園がどうなったのかも、高円寺がどこへ出たのかも確認できない。
一之瀬は端末を握ったまま呟いた。
「もう九人しかいないんだね。本当に、さっきまで二桁だったのに……」
神崎が周囲を見ながら答える。
「その九人のうち八人が今ここにいることになる。
ただ、龍園も高円寺もさっきまで生きていたし、櫛田もまだ名前が出ていない。
表示が現実より遅れてる可能性が高い」
残っている人数と、実際に確認できている人間の数が一致しない。
だが、それを確かめるために立ち止まる必要はなかった。
細い通路の奥から、低い機械音が聞こえてきた。
波瑠加の顔から血の気が引く。
「キョーちゃん……また近くにいる」
一之瀬も音の方向へ視線を向けた。
堀北は長く息を吐く。
「ここまで安全区域が狭くなったら、避けようとしても同じ場所へ集まってしまうのね。
もう完全に櫛田さんと接触しないまま終わるのは難しいのかもしれない」
愛里は不安を隠せないままオレを見る。
「清隆くん、どうする?この通路を戻ったら倉庫だし、前からは音が来てるよ」
「正面から相手を確認する必要はない。通路を抜けて本棟へ入る」
神崎が地図を確認した。
「この先を右へ曲がれば旧特別棟の一階へ出られる。そこから本棟南側へ繋がってる」
「そこを使う」
八人は速度を上げた。
背後から聞こえる機械音も徐々に大きくなっていく。
さらに後方で一発の銃声が響き、少し間を置いて二発目、三発目が続いた。
機械音が一瞬だけ遠ざかったように聞こえたものの、完全には止まっていない。
通路を抜けて本棟へ続く道路へ出たところで、左側から一人の人影が現れた。
龍園だった。
葛城も西野もいない。
衣服は汚れていたものの、本人はまだ自分の足で歩いている。
龍園は八人を見つけると、以前と変わらないように笑った。
「またお前らか。もうこれで残ってる奴のほとんどじゃねえか?」
堀北は龍園の後方を確認する。
「葛城くんと西野さんは……」
龍園の表情から笑みが少しだけ消えた。
「通知見ただろ。今さら聞くな」
堀北はそれ以上尋ねなかった。
龍園自身も数秒だけ黙ったものの、何かを振り払うように前を向く。
試験開始直後なら、ここで再び顔を合わせること自体が偶然だったかもしれない。
だが、今はもう違う。
端末へ届く通知のたびに禁止区域は増え続け、最初は広大だった行動可能範囲も、
今では地図の上に点在する僅かな安全区域と、それらを結ぶ細い移動経路を残すだけになっている。
別れたはずの相手と、しばらくして別の場所で再び遭遇する。
違う方向へ進んだはずの生徒たちが、気づけば同じ通路へ流れ込んでくる。
それはもはや偶然の再会ではなかった。
禁止区域が一つ増えるたびに選択できる道が削られ、残された生徒たちは否応なく同じ場所へ押し込まれていく。
この試験そのものが、散らばった生徒たちを少しずつ追い立て、再び互いの前へ引きずり出しているのだ。
だからこそ、ここで龍園と合流したことにも驚きはなかった。
今後さらに禁止区域が増えれば、誰かと別れても、再び顔を合わせるまでの時間はますます短くなっていくだろう。
フィールドが狭くなっているのではない。オレたちが自由に動ける世界そのものが、通知が届くたびに削り取られている。
そして最後には、残った全員が嫌でも同じ場所へ辿り着く。
そうなるように、この試験は作られていた。
その直後、反対側の校舎から高円寺が現れた。
こちらも一人だった。
「どうやら私も間に合ったようだねぇ。もっとも、君たちが私を待っていたとは思っていないが」
龍園は高円寺を見て笑う。
「これで本当に残りの顔がほとんど揃ったな」
しかし端末が示している生存者数は九名。
目の前にはオレ、波瑠加、啓誠、愛里、堀北、一之瀬、神崎、みーちゃん、龍園、高円寺がいる。
十人。
つまり、少なくとも一人分は通知が遅れている。
その事実を確認している間にも、高円寺はオレたちから一定の距離を保ったまま、
黄金色の拳銃を片手に立っていた。
ここまで生き残った疲労を感じさせない立ち姿は、この島に送り込まれた時とほとんど変わっていない。
「どうやら、いよいよ人数も少なくなってきたようだねぇ」
「他人事みてぇに言いやがる」
龍園が散弾銃を構える。
高円寺は笑った。
「龍園ボーイ。君は私と遊びたいのかい?」
「ここまで来てテメェを放置する理由がねぇんだよ」
龍園が言い終えるより早く、高円寺が動いた。
直後、散弾銃の轟音が廊下を揺らした。
だが、高円寺はすでにそこにはいない。
龍園が狙いを定めた瞬間には正面にいたはずの高円寺が、
床を蹴った次の瞬間には廊下脇へ移動している。
こちらの意識が黄金銃へ向いた一瞬を利用し、倒れた机や柱を遮蔽物にしながら位置を変えていた。
黄金銃が火を噴いた。
乾いた発砲音が響き、オレは反射的に身体をずらす。直後に背後の壁へ衝撃が走った。
オレもガバメントを構える。
高円寺の黄金銃とオレのガバメントがほぼ同時に火を噴き、二つの発砲音が狭い廊下で重なった。
高円寺は身を翻してこちらの射線から外れ、今度は龍園とオレの中間へ割って入るように移動する。
狙いが読めない。
逃げているように見せながら近づき、近づいたと思えば一瞬で距離を取る。
オレたち三人の位置関係を崩すため、わざと危険な場所へ踏み込んでいるようにも見えた。
「チッ、ちょこまかしやがって!」
再び龍園の散弾銃が轟く。
高円寺は床を蹴り、横へ大きく跳んだ。
常人なら体勢を崩してもおかしくない動きだったが、着地と同時に黄金銃をこちらへ向けている。
一発。
オレは柱の陰へ身体を入れ、その直後にガバメントを返す。
また一発。
高円寺が頭を下げてかわしたところへ、今度は堀北がマシンガンを向けた。
しかし、その指が一瞬止まる。
「高円寺くん……!」
「どうしたのかな、堀北ガール」
高円寺は楽しそうだった。
「撃たなければ、私が君を撃つかもしれないよ?」
堀北の表情が強張る。
ほんの少し前まで同じ教室で過ごしていた相手だ。
しかも高円寺は、これまで何度も堀北たちを助けている。
その相手へ自分から引き金を引くという行為を、堀北が何の躊躇もなく選べるはずがなかった。
それでも高円寺は待ってくれない。
黄金銃が再び持ち上がった。
「……っ!」
堀北が引き金を引く。
マシンガンの連射音が唸りを上げた。
銃声が途切れることなく廊下へ響き、周囲の壁や床へ次々と衝撃が走る。
だが高円寺はその中を一直線には逃げなかった。
柱の陰へ消えたかと思えば別の場所から姿を現し、堀北の注意がそちらへ向いた瞬間には再び移動する。
「そんな……!」
堀北の顔に驚愕が浮かぶ。
高円寺は撃たれる場所から逃げているだけではない。
オレ、龍園、堀北。
三人の意識を意図的に別方向へ振り分けている。
龍園が高円寺を捉えようとすればオレの側へ動き、オレが照準を向ければ堀北の側へ移る。
三人が同時に狙おうとした瞬間だけ大きく距離を取り、
誰か一人の反応が遅れれば、その方向から黄金銃を撃ち返してくる。
身体能力だけではない。
オレたちの視線そのものを利用している。
「ククッ……面白ぇじゃねえか!」
龍園の散弾銃が三度轟いた。
高円寺が大きく身を翻す。
その着地点を読んでオレもガバメントを向ける。
黄金銃がこちらを向いた。
発砲。
ほぼ同時にオレも引き金を引く。
互いの銃声が重なり、高円寺はすぐに位置を変える。
オレも追うように身体を移動させた。
「綾小路ボーイ。君までずいぶん積極的じゃないか」
「この人数になれば、お前を無視する方が危険だ」
「なるほど。それは光栄だねぇ」
その会話の最中にも黄金銃がこちらを向く。
オレが横へ退いた瞬間、背後から再びマシンガンの連射が始まった。
「高円寺くん、止まりなさい!」
堀北だった。
だが声は明らかに揺れている。
撃ちたくない。
それでも撃たなければならない。
その迷いを抱えたまま、堀北は高円寺を追って連射を続けていた。
高円寺はそんな堀北を一瞬だけ見た。
「いい顔になったじゃないか、堀北ガール」
「あなたは……!」
堀北がさらに引き金を引く。
連射音が廊下を震わせ、高円寺が再び遮蔽物の向こうへ姿を消した。
そこへ龍園が回り込む。
「逃がすかよ!」
散弾銃が轟く。
高円寺は寸前で進路を変えたが、今度はその先にオレがいる。
ガバメントを向ける。
高円寺も黄金銃を向けた。
数メートルの距離で、互いの視線が重なる。
一瞬だけ周囲の音が遠ざかったように感じた。
次の瞬間、ガバメントと黄金銃がほぼ同時に火を噴いた。
二つの発砲音が激突するように重なり、高円寺は大きく身体をひねりながら廊下の奥へ退く。
オレもすぐに柱の陰へ入り、そのまま次の動きを追った。
だが、高円寺はまだ倒れない。
龍園の散弾銃。
堀北のマシンガン。
オレのガバメント。
三人から同時に狙われながら、高円寺六助はなおも黄金銃を手に立ち続けている。
むしろ、その顔には最初から変わらない余裕の笑みさえ残っていた。
「素晴らしい。これほど大勢から熱烈に求められるとは、やはり美しい人間というものは罪深いねぇ」
「相変わらずムカつく野郎だぜ」
龍園が吐き捨てる。
堀北は何も答えなかった。
マシンガンを握ったまま、高円寺を見ている。
その表情には迷いが残っている。
それでも銃口を下ろすことはなかった。
その沈黙を確認したオレは、これ以上言葉を重ねることなくガバメントを構え直し、間髪を入れず引き金を絞った。
乾いた銃声が立て続けに響き、放たれた弾丸が高円寺へ殺到する。
しかし高円寺も黙って撃たれるつもりはなく、黄金銃を素早くこちらへ向けると、身を翻しながら応射してきた。
互いの弾丸が狭い空間を縦横に駆け抜け、床や壁を激しく叩きながら破片を撒き散らしていく中、
オレは遮蔽物へ身体を滑り込ませると同時に懐へ手を伸ばした。
取り出したのは二つの手榴弾だった。
安全ピンを抜き、ほとんど間を置かず高円寺の左右へ向けて投げ込む。
「おやおや、今度はずいぶん派手なものを持ち出してきたねぇ!」
高円寺は迫ってくる二つの手榴弾を視界に捉えた瞬間、黄金銃を握ったまま床を強く蹴った。
その身体が信じ難い勢いで爆発地点から離れた直後、
最初の手榴弾が炸裂し、続けざまに二つ目の爆発が空間そのものを揺さぶった。
轟音と爆風が重なり、床から巻き上げられた破片と粉塵が一気に周囲へ広がっていく。
高円寺は直撃こそ避けたものの、完全に爆風の圏外へ逃れるには僅かに時間が足りなかった。
背後から叩きつけられた衝撃に身体を押され、空中で体勢を崩したまま床へ落下する。
そのまま勢いを殺し切れず何度か転がった末、黄金銃を握った腕を床につき、ようやく停止した。
それでも高円寺は倒れたままではいなかった。
爆風をまともに受けた影響は明らかで、先ほどまでの余裕に満ちた動きにも僅かな鈍りが生じている。
それでも片膝を立て、黄金銃を支えにすることもなく自力で身体を起こすと、
荒くなった呼吸を整えながら再びオレたちを見据えた。
「なるほど。さすがの私も、今のは少々効いたようだ……」
口調にはまだ余裕が残っているものの、無傷ではないことだけは隠しようがない。
それでも高円寺は立ち上がった。
脇腹を押さえていた手を離し、乱れた前髪を指先で整える。
こんな状況でも身なりを気にする余裕があるのか、それともそれこそが彼にとって最後まで譲れないものなのか。
おそらく後者だろう。
「龍園ボーイ。堀北ガール」
高円寺は二人へ視線を向けた。
「悪いが、君たちはここで下がっていてくれたまえ」
龍園が眉を寄せる。
「あ?何様のつもりだ」
「最後の相手くらいは、自分で選びたいのさ」
そう言って、高円寺はオレを見た。
黄金銃の銃口が、ゆっくりとこちらへ向けられる。
龍園は舌打ちしたものの、散弾銃を下ろした。
堀北もマシンガンを構えたまま、それ以上は引き金に指を掛けなかった。
二人とも理解したのだろう。
これ以上、三人がかりで撃ち込む意味はない。
高円寺はすでに手負いで、狙いを定める腕も僅かに揺れている。
それでも、この男は逃げるつもりがない。
「綾小路ボーイ」
「何だ」
「実は入学した時から、君には少しだけ興味があったんだよ。
この学校で私と同じ景色を見ている人間がいるとすれば、君くらいのものだろうとね」
「買い被りだ」
「ハッハッハ。最後までつれない男だねぇ」
高円寺は笑った。
額には汗が浮かび、呼吸もさっきより浅い。
それでも笑みそのものは、教室で自分の美しさを語っていた時と何も変わらなかった。
「だが、それでいい。遠慮される方が、よほど美しくない」
距離は七メートルほど。
遮蔽物はない。
高円寺も、もう隠れるつもりはないらしい。
オレはガバメントを構えた。
波瑠加が息を呑む気配がした。
愛里も、啓誠も、誰も声を出さない。
高円寺の指が引き金に掛かる。
オレの指も同じだった。
一瞬、校舎の向こうから響いていた銃声も爆発音も、すべてが遠くなったように感じた。
高円寺の肩が僅かに沈む。
撃つ直前の予備動作。
万全の状態なら、この男はそれすら見せなかったはずだ。
オレが先に引き金を引いた。
乾いた発砲音が一つだけ、道路に響いた。
黄金銃が火を噴くことはなかった。
高円寺の身体が、ほんの少しだけ後ろへ揺れる。
胸元へ視線を落とし、それからもう一度オレを見た。
驚いてはいなかった。
むしろ、どこか満足そうだった。
「……見事だ」
黄金銃が指から滑り落ち、アスファルトの上で硬い音を立てる。
高円寺は膝をつかなかった。
最後まで立ったまま空を見上げるようにして、ゆっくりと仰向けに倒れた。
オレは銃口を下ろさずに近づいた。
高円寺はまだ目を開けていた。
「君が……撃ってくれて、よかったよ」
「そうか」
「凡人に撃たれるのは……美しくないからねぇ……」
口元にいつもの笑みを浮かべたまま、高円寺の瞳から光が消えた。
数秒後、全員の端末が同時に振動した。
生存者八名。
表示された名前は、高円寺六助だった。
誰もすぐには動けなかった。
波瑠加は口元を押さえたまま、倒れた高円寺から目を離せずにいる。
愛里はその隣で、波瑠加の袖を小さく掴んでいた。
啓誠は何か言おうとして、結局何も言わなかった。
龍園は端末を一度だけ見て、静かに閉じた。
「最後まで好き勝手やりやがって。……だが、あいつらしい終わり方だったな」
堀北は何も言わなかった。
ただ、倒れた高円寺と、ガバメントを握ったままのオレを交互に見ていた。
その目に浮かんでいるのが非難なのか、それとも別の何かなのかは分からない。
オレは足元に落ちた黄金銃を見た。
拾うことはしなかった。
この銃は、最後まで高円寺六助のものだ。
次の瞬間、背後の校舎側で巨大な爆発が起きた。
強烈な白い光が道路全体を照らし、その数秒後には重い轟音と衝撃が押し寄せる。
全員が反射的に建物側へ寄った。
煙が道路へ広がり、横たわる高円寺の姿を覆い隠していく。
誰も立ち止まって振り返る余裕はない。
次の禁止区域更新まで、十五分を切っていた。
地図上で安全と表示されている場所は、ついに学校本棟と南側グラウンド周辺へ限定され始めていた。
残った者たちは本棟へ入る。
そこから先は、これまでの逃走ではなく、実質的な最終局面へ変わった。
廊下の奥からは断続的な銃声が響き、別の階からも複数の足音が聞こえる。
外では時折爆発が起き、そのたびに窓と扉が震え、
誰かが教室へ入る音や別の場所へ走る音まで重なっているため、
残っている人数が一桁まで減っているとは思えないほど校舎全体が騒がしかった。
一之瀬は神崎とみーちゃんへ声を掛けた。
「二人とも、もう勝手に離れないようにしよう。
ここまで来たんだから、少なくとも今一緒にいられる間は三人でいたい」
神崎は一之瀬を見る。
「分かってる。ただ、最後まで三人でいられる保証がないことも考えておいた方がいい」
「それでも今は一緒にいよう。先のことを考えて今から離れるより、その方がいいと思う」
みーちゃんも頷いた。
「私も一緒にいたい。一人で決められるようにはなったけど、一人になりたいわけじゃないから」
堀北は次にオレたち四人を見る。
「あなたたちも同じなのね」
波瑠加が答える。
「うん。今はまだ四人で行く。みやっちがいなくなったからって、残った私たちまで今すぐ別れる理由ないし」
龍園は少し離れたところで、その会話を聞きながら笑った。
「最後まで仲良しごっこを続ける気か。もう生存者は一桁だぞ。いつまで『今は』で引っ張るつもりだ?」
啓誠が龍園を見る。
「だからといって、今すぐここで争う理由にはならない。
先の問題を早めに持ち込んで、今の安全まで失う方が愚かだ」
「そう言えるのも、あと何時間かってところだな」
龍園はそれ以上続けず、別の廊下へ向かって歩き始めた。
「俺は一人で行く。次に会った時まで今みたいに話して済むと思うなよ」
堀北が呼び止める。
「龍園くん」
龍園は振り返った。
「何だ、鈴音」
「あなた、本当に一人で行くの?」
龍園は一瞬だけ笑みを薄くした。
「葛城も西野もいねえし、石崎たちももういねえ。だったら残ってる俺が一人で行くしかねえだろ」
それだけ言い残し、龍園は別の廊下へ消えていった。