王様というものは、どうしてあんなに格好いいのだろう。
前世で観た映画でも、そうだった。
広い場所に立っているだけなのに、なぜか目を引く。
周囲に何人も人がいても、自然と視線が向いてしまう。
楊端和も、まさにそういう人だった。
そして。
我が白淵族の族長も、なかなか負けていないと思う。
長い黒髪。
整った顔立ち。
落ち着いた声。
何より、あまり動じない。
(……ふむ)
これは。
なかなか見応えのある顔合わせになるのでは?
私は、密かに楽しみにしていた。
……。
もちろん、外交の話が大事なのは分かっています。
分かっていますとも。
◇◇◇
楊端和のもとへ向かう道は、すでに何度か通っている。
私にとっては、すっかり見覚えのある山道だった。
今回の一行は、いつもより少し人数が多い。
族長。
セイラン。
ハク。
数人の白淵族の戦士。
そして、私を含む闘蛇たち。
レンも同行していた。
闘蛇の世話をする者が必要だからだ。
(……ありがたい)
遠出するとき、レンがいるのといないのとでは、安心感が違う。
食事のことも、休む場所のことも、よく分かってくれている。
何より、鱗の隙間に小石が挟まっていないか、ちゃんと見てくれる。
非常に優秀な同行者である。
……。
(……私の保護者ともいう)
◇◇◇
道中、族長はあまり話さなかった。
セイランも、いつもどおり無口だった。
……。
(……静か)
二人とも、もう少し何か話してもいいと思う。
私は、背中に乗ったセイランをちらりと見た。
すると、ハクが隣から声をかけてきた。
「族長、楊端和に会うのは初めてですよね」
「ああ」
「どんな人だと思います?」
族長は、少し考えた。
「お前たちの話を聞く限り、話の通じる者なのだろう」
「強いですよ」
ハクが笑った。
「かなり」
「そうか」
「それに、迫力があります」
「……そうか」
(……反応が薄い)
ハクも、少し困った顔をした。
「族長、緊張しないんですか?」
「する必要があるのか?」
……。
(……おお)
さすが。
私は、少し感心した。
族長は続けた。
「相手が王であろうと、話すべきことは変わらん」
セイランが頷いた。
「ああ」
……。
(……似てる)
この二人、やっぱり似ている。
◇◇◇
山の王の勢力圏へ入ると、見張りの戦士たちが姿を現した。
以前よりも、顔を覚えられている気がする。
いや、仮面をつけているので、向こうの顔は分からないのだけれど。
「あの闘蛇だ」
「白淵族の者たちか」
そんな声が聞こえた。
(……有名人)
いや、有名獣?
どちらでもいいか。
しばらくすると、バジオウが迎えに来た。
「来たか」
セイランが答える。
「ああ」
バジオウは族長へ向き直った。
「山の王が待っている」
「案内を頼む」
「こちらだ」
……。
(……簡潔)
今日も会話が短い。
でも、ちゃんと通じている。
不思議なものである。
◇◇◇
楊端和は、以前と同じ広い岩場で私たちを迎えた。
周囲には、仮面をつけた戦士たちが控えている。
中央に立つ姿は、相変わらず堂々としていた。
(……おお)
久しぶり。
山の王。
私は、思わず首を上げた。
楊端和の視線が、こちらへ向いた。
「……スイも来たか」
(……はい)
来ました。
今回も、ちゃんと働いております。
楊端和は、わずかに笑ったようだった。
そして、族長へ向き直った。
「お前が、白淵族の族長か」
「ああ」
族長は、一歩前へ出た。
「レイガという」
……。
(……おお)
そういえば、族長が外の者に自分の名を名乗るところを、私はあまり見たことがない。
いつも、ただ「族長」と呼んでいるからだ。
楊端和は頷いた。
「私は楊端和だ」
「聞いている」
「ようやく会えたな」
族長は、静かに答えた。
「これまでは、セイランたちに任せていたからな」
「よい使者を持ったものだ」
楊端和が言った。
「約束を守る者たちだ」
族長の口元が、わずかに緩んだ。
「それはこちらの言葉でもある」
……。
(……おお)
何だか。
最初から良い感じでは?
私は、少し安心した。
◇◇◇
話し合いは、すぐに始まった。
楊端和は、まず南の古道について触れた。
「これまで、道を使わせてもらっている。助かっている」
族長は頷いた。
「約束どおりに使っている限り、問題はない」
「今後も、その約束は守る」
「ならば、こちらも変えるつもりはない」
……。
(……うん)
大事な確認。
私は、静かに耳を傾けた。
今回の話は、すでに結んだ約束を白紙に戻すものではない。
その先の話なのだ。
◇◇◇
「バジオウから聞いているだろう」
楊端和が言った。
「山界の情勢が変わりつつある」
「ああ」
族長が答えた。
「秦国との盟も、その一つだろう」
「そうだ」
楊端和は頷いた。
「秦国と手を結んだことで、山の外へ通じる道は開けた。だが、山の中の争いがなくなったわけではない」
「……そうだな」
「私に従わぬ者もいる。秦国と結んだことを快く思わぬ者もいる」
族長は、黙って聞いていた。
楊端和は続けた。
「今後、山界で大きな争いが起きる可能性もある」
……。
(……うーん)
物騒な話。
できれば、起きないでいただきたい。
でも、そういうわけにもいかないのだろう。
◇◇◇
「それで、我らに何を求める」
族長が尋ねた。
楊端和は、少しだけ間を置いた。
「まずは、互いに知らせを届けられる関係でいたい」
「それは、すでにできている」
「ああ。だからこそ、その先を考えたい」
族長は黙って続きを待った。
「山界で争いが起きたとき、互いの土地を守るために協力できるかどうかだ」
「……兵を出せということか」
「必要になる場合もある」
楊端和は、はっきりと答えた。
「だが、無条件に従えとは言わん」
……。
(……おお)
そこは、ちゃんと明確にするんだ。
私は少し感心した。
曖昧なまま話を進めない。
それは、族長にとっても大事なことだろう。
◇◇◇
「白淵族は、戦を好まぬ」
族長が言った。
「知っている」
楊端和が答える。
「だが、戦えぬ一族ではない」
「……そうだな」
「お前たちは、自分たちの土地を守るために戦ってきた」
族長は、静かに頷いた。
「そのとおりだ」
楊端和は続けた。
「私が求めるのは、無闇に戦へ加わることではない。山界に危機が迫ったとき、互いに助け合える関係だ」
……。
(……なるほど)
私は、少し考えた。
例えば。
白淵族の土地が襲われたとき、楊端和の軍が助けに来てくれる。
逆に、楊端和の治める土地が襲われたとき、白淵族もできる範囲で力を貸す。
そういうことなのだろう。
もちろん、言うほど簡単ではない。
でも。
一方的に兵を差し出す話とは、少し違う。
◇◇◇
「……闘蛇については、どう考えている」
族長が尋ねた。
私は、思わず顔を上げた。
(……来ました)
重要議題。
楊端和は、こちらを見た。
「闘蛇は、白淵族のものだ」
……。
(……おお)
即答。
「以前、セイランたちから聞いた。闘蛇は、ただ命じれば動く獣ではないのだろう」
「そうだ」
セイランが答えた。
「乗り手との関係が必要だ」
楊端和は頷いた。
「ならば、私が勝手に使うことはできん」
……。
(……よかった)
非常によかった。
私は、少し安心した。
「だが」
楊端和が続けた。
「闘蛇の力が、山界を守る助けになることもあるだろう」
族長は、静かに答えた。
「それは否定せん」
「ならば、必要になったときに相談したい」
「……分かった」
族長は、少し考えた。
「ただし、闘蛇を戦に出すかどうかは、我らが決める」
「当然だ」
……。
(……うん)
そこは譲れません。
私は、静かに目を細めた。
◇◇◇
「一つ、聞きたい」
族長が言った。
楊端和が頷く。
「何だ」
「我らが協力を断った場合、お前はどうする」
……。
(……おっと)
核心。
私は、少しだけ緊張した。
周囲の戦士たちも、静かになった。
楊端和は、しばらく族長を見つめていた。
そして、答えた。
「理由を聞く」
「……それだけか」
「納得できぬ理由なら、もう一度話す」
「それでも断れば?」
楊端和は、少しだけ笑った。
「そのときは、別の道を考える」
……。
(……おお)
私は、思わず感心した。
族長も、わずかに目を細めた。
「……そうか」
「ただし」
楊端和が続けた。
「山界そのものが危機に陥ったときまで、互いに無関係でいられるとは思わん」
族長は、静かに頷いた。
「それは、我らも同じだ」
◇◇◇
しばらく、沈黙が続いた。
私は、二人を見比べた。
楊端和。
山の王。
多くの部族をまとめ、秦国の王とも盟を結んだ人。
そして、白淵族の族長。
自分たちの土地と暮らしを守り続けてきた人。
立場は違う。
率いる者の数も、背負っているものも違う。
でも。
(……似てるのかも)
私は、ふと思った。
二人とも、自分の民を守ろうとしている。
そのために、何をするべきかを考えている。
だから、話ができるのだろう。
◇◇◇
「……すぐには決められん」
族長が言った。
楊端和は頷いた。
「分かっている」
「一族の者たちとも話す必要がある」
「ああ」
「戦士だけの問題ではない。闘蛇を育てる者も、子供を育てる者もいる」
「そうだな」
族長は、静かに続けた。
「我らは、我らの暮らしを守るために戦う。その考えは変わらん」
楊端和は答えた。
「私も、それを変えろとは言わん」
「……ならば」
族長は、わずかに口元を緩めた。
「持ち帰って考えよう」
楊端和も頷いた。
「返事を待つ」
……。
(……よかった)
私は、静かに息を吐いた。
今すぐ何かが決まったわけではない。
でも。
それでいいのだと思う。
大事なことほど、簡単には決められない。
◇◇◇
話し合いが終わったあと。
楊端和が、私のところへやってきた。
(……おや)
山の王。
こちらへ?
私は、少しだけ姿勢を正した。
楊端和は、私を見上げた。
「久しいな、スイ」
(……はい)
お久しぶりです。
「元気そうだ」
(……おかげさまで)
私は、軽く鼻を鳴らした。
楊端和は、少し笑った。
「お前は、相変わらず面白い獣だな」
……。
(……どうも)
褒め言葉として受け取っておきます。
すると、族長が隣へ来た。
「スイは、我らの大切な仲間だ」
楊端和は頷いた。
「知っている」
「だからこそ、簡単には戦へ出せん」
「それも分かっている」
楊端和は、もう一度私を見た。
「……だが、いつか力を借りる日が来るかもしれんな」
……。
(……うーん)
できれば、平和な用途でお願いします。
例えば。
川を渡れない人を運ぶとか。
崩れた道から荷物を運ぶとか。
……。
(……魚を運ぶとか)
最後のは、私の希望です。
◇◇◇
その日の夕方。
私たちは、楊端和のもとで一夜を過ごすことになった。
闘蛇たちのために、水場の近い場所を用意してもらった。
私は、さっそく水へ入った。
(……ああ)
気持ちいい。
長い話し合いのあとは、水に限る。
いや、私は話していないのだけれど。
聞いているだけでも、なかなか疲れるものなのだ。
岸辺では、セイランと族長が話していた。
「……どう思った」
族長が尋ねた。
セイランは、少し考えてから答えた。
「以前と変わらん」
「そうか」
「強い。だが、話は通じる」
族長は、わずかに笑った。
「お前の言ったとおりだな」
「……ああ」
◇◇◇
「協力するつもりか」
セイランが尋ねた。
族長は、すぐには答えなかった。
「……分からん」
「そうか」
「だが、考える価値はある」
セイランは頷いた。
族長は、静かに続けた。
「これまで、我らは自分たちの山を守ることだけを考えてきた」
「ああ」
「だが、山の外が変われば、我らの暮らしも変わる」
「……そうだな」
「そのとき、我らだけで守れるものにも限りがある」
……。
(……うん)
私は、水の中で静かに耳を動かした。
それは、きっと本当なのだろう。
どれだけ山奥で暮らしていても。
外の世界と、完全に無関係ではいられない。
◇◇◇
翌朝。
私たちは、白淵族の集落へ戻ることになった。
楊端和は、見送りに姿を見せた。
「返事は急がん」
族長が頷く。
「ありがたい」
「だが、山界の情勢は待ってくれぬかもしれん」
「……分かっている」
二人は、しばらく向き合っていた。
そして、族長が言った。
「楊端和」
「何だ」
「我らは、まだお前の配下ではない」
楊端和は、少し笑った。
「承知している」
「だが、敵でもない」
「ああ」
「それは、これからも変えたくないと思っている」
楊端和は、静かに頷いた。
「私もだ」
……。
(……おお)
いい。
非常にいい。
私は、密かに感動していた。
何だか、映画の一場面みたいだ。
いや。
ここは本当にキングダムの世界なのだけれど。
◇◇◇
帰り道。
私は、ゆっくりと山道を歩いていた。
背中には、セイランとレン。
少し前を、族長たちが進んでいる。
空は晴れていた。
風が、心地いい。
(……さて)
これから、どうなるのだろう。
白淵族は、楊端和に協力するのか。
それとも、これまでどおり独立したまま、必要なときだけ助け合うのか。
……。
(……まあ)
どちらにしても。
私は、白淵族の一員だ。
族長がいて。
セイランがいて。
レンがいて。
トウエンがいて。
ハクたちがいる。
そして、私たち闘蛇がいる。
その暮らしを守りたい。
それだけは、変わらない。
私は、静かに歩き続けた。
山の向こうでは、今日も誰かが戦っているのかもしれない。
けれど、今の私には。
帰る場所がある。
そして、その場所を守ろうとする人たちがいる。
(……うん)
それなら。
きっと、大丈夫。
……。
たぶん。
私は、少しだけ歩調を速めた。
帰ったら、魚を食べよう。
大きいやつを。
できれば、二匹。