秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第六十話 山の王と白淵族の族長

 

王様というものは、どうしてあんなに格好いいのだろう。

 

前世で観た映画でも、そうだった。

 

広い場所に立っているだけなのに、なぜか目を引く。

 

周囲に何人も人がいても、自然と視線が向いてしまう。

 

楊端和も、まさにそういう人だった。

 

そして。

 

我が白淵族の族長も、なかなか負けていないと思う。

 

長い黒髪。

 

整った顔立ち。

 

落ち着いた声。

 

何より、あまり動じない。

 

(……ふむ)

 

これは。

 

なかなか見応えのある顔合わせになるのでは?

 

私は、密かに楽しみにしていた。

 

……。

 

もちろん、外交の話が大事なのは分かっています。

 

分かっていますとも。

 

◇◇◇

 

楊端和のもとへ向かう道は、すでに何度か通っている。

 

私にとっては、すっかり見覚えのある山道だった。

 

今回の一行は、いつもより少し人数が多い。

 

族長。

 

セイラン。

 

ハク。

 

数人の白淵族の戦士。

 

そして、私を含む闘蛇たち。

 

レンも同行していた。

 

闘蛇の世話をする者が必要だからだ。

 

(……ありがたい)

 

遠出するとき、レンがいるのといないのとでは、安心感が違う。

 

食事のことも、休む場所のことも、よく分かってくれている。

 

何より、鱗の隙間に小石が挟まっていないか、ちゃんと見てくれる。

 

非常に優秀な同行者である。

 

……。

 

(……私の保護者ともいう)

 

◇◇◇

 

道中、族長はあまり話さなかった。

 

セイランも、いつもどおり無口だった。

 

……。

 

(……静か)

 

二人とも、もう少し何か話してもいいと思う。

 

私は、背中に乗ったセイランをちらりと見た。

 

すると、ハクが隣から声をかけてきた。

 

「族長、楊端和に会うのは初めてですよね」

 

「ああ」

 

「どんな人だと思います?」

 

族長は、少し考えた。

 

「お前たちの話を聞く限り、話の通じる者なのだろう」

 

「強いですよ」

 

ハクが笑った。

 

「かなり」

 

「そうか」

 

「それに、迫力があります」

 

「……そうか」

 

(……反応が薄い)

 

ハクも、少し困った顔をした。

 

「族長、緊張しないんですか?」

 

「する必要があるのか?」

 

……。

 

(……おお)

 

さすが。

 

私は、少し感心した。

 

族長は続けた。

 

「相手が王であろうと、話すべきことは変わらん」

 

セイランが頷いた。

 

「ああ」

 

……。

 

(……似てる)

 

この二人、やっぱり似ている。

 

◇◇◇

 

山の王の勢力圏へ入ると、見張りの戦士たちが姿を現した。

 

以前よりも、顔を覚えられている気がする。

 

いや、仮面をつけているので、向こうの顔は分からないのだけれど。

 

「あの闘蛇だ」

 

「白淵族の者たちか」

 

そんな声が聞こえた。

 

(……有名人)

 

いや、有名獣?

 

どちらでもいいか。

 

しばらくすると、バジオウが迎えに来た。

 

「来たか」

 

セイランが答える。

 

「ああ」

 

バジオウは族長へ向き直った。

 

「山の王が待っている」

 

「案内を頼む」

 

「こちらだ」

 

……。

 

(……簡潔)

 

今日も会話が短い。

 

でも、ちゃんと通じている。

 

不思議なものである。

 

◇◇◇

 

楊端和は、以前と同じ広い岩場で私たちを迎えた。

 

周囲には、仮面をつけた戦士たちが控えている。

 

中央に立つ姿は、相変わらず堂々としていた。

 

(……おお)

 

久しぶり。

 

山の王。

 

私は、思わず首を上げた。

 

楊端和の視線が、こちらへ向いた。

 

「……スイも来たか」

 

(……はい)

 

来ました。

 

今回も、ちゃんと働いております。

 

楊端和は、わずかに笑ったようだった。

 

そして、族長へ向き直った。

 

「お前が、白淵族の族長か」

 

「ああ」

 

族長は、一歩前へ出た。

 

「レイガという」

 

……。

 

(……おお)

 

そういえば、族長が外の者に自分の名を名乗るところを、私はあまり見たことがない。

 

いつも、ただ「族長」と呼んでいるからだ。

 

楊端和は頷いた。

 

「私は楊端和だ」

 

「聞いている」

 

「ようやく会えたな」

 

族長は、静かに答えた。

 

「これまでは、セイランたちに任せていたからな」

 

「よい使者を持ったものだ」

 

楊端和が言った。

 

「約束を守る者たちだ」

 

族長の口元が、わずかに緩んだ。

 

「それはこちらの言葉でもある」

 

……。

 

(……おお)

 

何だか。

 

最初から良い感じでは?

 

私は、少し安心した。

 

◇◇◇

 

話し合いは、すぐに始まった。

 

楊端和は、まず南の古道について触れた。

 

「これまで、道を使わせてもらっている。助かっている」

 

族長は頷いた。

 

「約束どおりに使っている限り、問題はない」

 

「今後も、その約束は守る」

 

「ならば、こちらも変えるつもりはない」

 

……。

 

(……うん)

 

大事な確認。

 

私は、静かに耳を傾けた。

 

今回の話は、すでに結んだ約束を白紙に戻すものではない。

 

その先の話なのだ。

 

◇◇◇

 

「バジオウから聞いているだろう」

 

楊端和が言った。

 

「山界の情勢が変わりつつある」

 

「ああ」

 

族長が答えた。

 

「秦国との盟も、その一つだろう」

 

「そうだ」

 

楊端和は頷いた。

 

「秦国と手を結んだことで、山の外へ通じる道は開けた。だが、山の中の争いがなくなったわけではない」

 

「……そうだな」

 

「私に従わぬ者もいる。秦国と結んだことを快く思わぬ者もいる」

 

族長は、黙って聞いていた。

 

楊端和は続けた。

 

「今後、山界で大きな争いが起きる可能性もある」

 

……。

 

(……うーん)

 

物騒な話。

 

できれば、起きないでいただきたい。

 

でも、そういうわけにもいかないのだろう。

 

◇◇◇

 

「それで、我らに何を求める」

 

族長が尋ねた。

 

楊端和は、少しだけ間を置いた。

 

「まずは、互いに知らせを届けられる関係でいたい」

 

「それは、すでにできている」

 

「ああ。だからこそ、その先を考えたい」

 

族長は黙って続きを待った。

 

「山界で争いが起きたとき、互いの土地を守るために協力できるかどうかだ」

 

「……兵を出せということか」

 

「必要になる場合もある」

 

楊端和は、はっきりと答えた。

 

「だが、無条件に従えとは言わん」

 

……。

 

(……おお)

 

そこは、ちゃんと明確にするんだ。

 

私は少し感心した。

 

曖昧なまま話を進めない。

 

それは、族長にとっても大事なことだろう。

 

◇◇◇

 

「白淵族は、戦を好まぬ」

 

族長が言った。

 

「知っている」

 

楊端和が答える。

 

「だが、戦えぬ一族ではない」

 

「……そうだな」

 

「お前たちは、自分たちの土地を守るために戦ってきた」

 

族長は、静かに頷いた。

 

「そのとおりだ」

 

楊端和は続けた。

 

「私が求めるのは、無闇に戦へ加わることではない。山界に危機が迫ったとき、互いに助け合える関係だ」

 

……。

 

(……なるほど)

 

私は、少し考えた。

 

例えば。

 

白淵族の土地が襲われたとき、楊端和の軍が助けに来てくれる。

 

逆に、楊端和の治める土地が襲われたとき、白淵族もできる範囲で力を貸す。

 

そういうことなのだろう。

 

もちろん、言うほど簡単ではない。

 

でも。

 

一方的に兵を差し出す話とは、少し違う。

 

◇◇◇

 

「……闘蛇については、どう考えている」

 

族長が尋ねた。

 

私は、思わず顔を上げた。

 

(……来ました)

 

重要議題。

 

楊端和は、こちらを見た。

 

「闘蛇は、白淵族のものだ」

 

……。

 

(……おお)

 

即答。

 

「以前、セイランたちから聞いた。闘蛇は、ただ命じれば動く獣ではないのだろう」

 

「そうだ」

 

セイランが答えた。

 

「乗り手との関係が必要だ」

 

楊端和は頷いた。

 

「ならば、私が勝手に使うことはできん」

 

……。

 

(……よかった)

 

非常によかった。

 

私は、少し安心した。

 

「だが」

 

楊端和が続けた。

 

「闘蛇の力が、山界を守る助けになることもあるだろう」

 

族長は、静かに答えた。

 

「それは否定せん」

 

「ならば、必要になったときに相談したい」

 

「……分かった」

 

族長は、少し考えた。

 

「ただし、闘蛇を戦に出すかどうかは、我らが決める」

 

「当然だ」

 

……。

 

(……うん)

 

そこは譲れません。

 

私は、静かに目を細めた。

 

◇◇◇

 

「一つ、聞きたい」

 

族長が言った。

 

楊端和が頷く。

 

「何だ」

 

「我らが協力を断った場合、お前はどうする」

 

……。

 

(……おっと)

 

核心。

 

私は、少しだけ緊張した。

 

周囲の戦士たちも、静かになった。

 

楊端和は、しばらく族長を見つめていた。

 

そして、答えた。

 

「理由を聞く」

 

「……それだけか」

 

「納得できぬ理由なら、もう一度話す」

 

「それでも断れば?」

 

楊端和は、少しだけ笑った。

 

「そのときは、別の道を考える」

 

……。

 

(……おお)

 

私は、思わず感心した。

 

族長も、わずかに目を細めた。

 

「……そうか」

 

「ただし」

 

楊端和が続けた。

 

「山界そのものが危機に陥ったときまで、互いに無関係でいられるとは思わん」

 

族長は、静かに頷いた。

 

「それは、我らも同じだ」

 

◇◇◇

 

しばらく、沈黙が続いた。

 

私は、二人を見比べた。

 

楊端和。

 

山の王。

 

多くの部族をまとめ、秦国の王とも盟を結んだ人。

 

そして、白淵族の族長。

 

自分たちの土地と暮らしを守り続けてきた人。

 

立場は違う。

 

率いる者の数も、背負っているものも違う。

 

でも。

 

(……似てるのかも)

 

私は、ふと思った。

 

二人とも、自分の民を守ろうとしている。

 

そのために、何をするべきかを考えている。

 

だから、話ができるのだろう。

 

◇◇◇

 

「……すぐには決められん」

 

族長が言った。

 

楊端和は頷いた。

 

「分かっている」

 

「一族の者たちとも話す必要がある」

 

「ああ」

 

「戦士だけの問題ではない。闘蛇を育てる者も、子供を育てる者もいる」

 

「そうだな」

 

族長は、静かに続けた。

 

「我らは、我らの暮らしを守るために戦う。その考えは変わらん」

 

楊端和は答えた。

 

「私も、それを変えろとは言わん」

 

「……ならば」

 

族長は、わずかに口元を緩めた。

 

「持ち帰って考えよう」

 

楊端和も頷いた。

 

「返事を待つ」

 

……。

 

(……よかった)

 

私は、静かに息を吐いた。

 

今すぐ何かが決まったわけではない。

 

でも。

 

それでいいのだと思う。

 

大事なことほど、簡単には決められない。

 

◇◇◇

 

話し合いが終わったあと。

 

楊端和が、私のところへやってきた。

 

(……おや)

 

山の王。

 

こちらへ?

 

私は、少しだけ姿勢を正した。

 

楊端和は、私を見上げた。

 

「久しいな、スイ」

 

(……はい)

 

お久しぶりです。

 

「元気そうだ」

 

(……おかげさまで)

 

私は、軽く鼻を鳴らした。

 

楊端和は、少し笑った。

 

「お前は、相変わらず面白い獣だな」

 

……。

 

(……どうも)

 

褒め言葉として受け取っておきます。

 

すると、族長が隣へ来た。

 

「スイは、我らの大切な仲間だ」

 

楊端和は頷いた。

 

「知っている」

 

「だからこそ、簡単には戦へ出せん」

 

「それも分かっている」

 

楊端和は、もう一度私を見た。

 

「……だが、いつか力を借りる日が来るかもしれんな」

 

……。

 

(……うーん)

 

できれば、平和な用途でお願いします。

 

例えば。

 

川を渡れない人を運ぶとか。

 

崩れた道から荷物を運ぶとか。

 

……。

 

(……魚を運ぶとか)

 

最後のは、私の希望です。

 

◇◇◇

 

その日の夕方。

 

私たちは、楊端和のもとで一夜を過ごすことになった。

 

闘蛇たちのために、水場の近い場所を用意してもらった。

 

私は、さっそく水へ入った。

 

(……ああ)

 

気持ちいい。

 

長い話し合いのあとは、水に限る。

 

いや、私は話していないのだけれど。

 

聞いているだけでも、なかなか疲れるものなのだ。

 

岸辺では、セイランと族長が話していた。

 

「……どう思った」

 

族長が尋ねた。

 

セイランは、少し考えてから答えた。

 

「以前と変わらん」

 

「そうか」

 

「強い。だが、話は通じる」

 

族長は、わずかに笑った。

 

「お前の言ったとおりだな」

 

「……ああ」

 

◇◇◇

 

「協力するつもりか」

 

セイランが尋ねた。

 

族長は、すぐには答えなかった。

 

「……分からん」

 

「そうか」

 

「だが、考える価値はある」

 

セイランは頷いた。

 

族長は、静かに続けた。

 

「これまで、我らは自分たちの山を守ることだけを考えてきた」

 

「ああ」

 

「だが、山の外が変われば、我らの暮らしも変わる」

 

「……そうだな」

 

「そのとき、我らだけで守れるものにも限りがある」

 

……。

 

(……うん)

 

私は、水の中で静かに耳を動かした。

 

それは、きっと本当なのだろう。

 

どれだけ山奥で暮らしていても。

 

外の世界と、完全に無関係ではいられない。

 

◇◇◇

 

翌朝。

 

私たちは、白淵族の集落へ戻ることになった。

 

楊端和は、見送りに姿を見せた。

 

「返事は急がん」

 

族長が頷く。

 

「ありがたい」

 

「だが、山界の情勢は待ってくれぬかもしれん」

 

「……分かっている」

 

二人は、しばらく向き合っていた。

 

そして、族長が言った。

 

「楊端和」

 

「何だ」

 

「我らは、まだお前の配下ではない」

 

楊端和は、少し笑った。

 

「承知している」

 

「だが、敵でもない」

 

「ああ」

 

「それは、これからも変えたくないと思っている」

 

楊端和は、静かに頷いた。

 

「私もだ」

 

……。

 

(……おお)

 

いい。

 

非常にいい。

 

私は、密かに感動していた。

 

何だか、映画の一場面みたいだ。

 

いや。

 

ここは本当にキングダムの世界なのだけれど。

 

◇◇◇

 

帰り道。

 

私は、ゆっくりと山道を歩いていた。

 

背中には、セイランとレン。

 

少し前を、族長たちが進んでいる。

 

空は晴れていた。

 

風が、心地いい。

 

(……さて)

 

これから、どうなるのだろう。

 

白淵族は、楊端和に協力するのか。

 

それとも、これまでどおり独立したまま、必要なときだけ助け合うのか。

 

……。

 

(……まあ)

 

どちらにしても。

 

私は、白淵族の一員だ。

 

族長がいて。

 

セイランがいて。

 

レンがいて。

 

トウエンがいて。

 

ハクたちがいる。

 

そして、私たち闘蛇がいる。

 

その暮らしを守りたい。

 

それだけは、変わらない。

 

私は、静かに歩き続けた。

 

山の向こうでは、今日も誰かが戦っているのかもしれない。

 

けれど、今の私には。

 

帰る場所がある。

 

そして、その場所を守ろうとする人たちがいる。

 

(……うん)

 

それなら。

 

きっと、大丈夫。

 

……。

 

たぶん。

 

私は、少しだけ歩調を速めた。

 

帰ったら、魚を食べよう。

 

大きいやつを。

 

できれば、二匹。

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