攻殻機動隊OUT-FULL-FACADE O.N.⇔O.F.F. 作:大体三恵
公安9課の課長室では、荒巻大輔が一枚の資料を机の中央へ滑らせた。
「十四歳。都内の中学に通っている。三日前から警察の保護プログラム下にある」
草薙素子は資料を手に取り、ざっと目を通した。肩越しに隣からバトーが覗き込む。
保護対象の少女自身に犯罪歴はない。
父親が政府系研究機関に勤めており、そこで扱われていた情報が問題だった。父親はすでに身柄を確保され、事情聴取を受けている。しかし、その直前から娘の周辺を探る動きが確認されている。
「課長。この子に……対象に事情は話してある?」
「父親の仕事上の問題で、一時的に警護がつくとだけ伝えてある」
荒巻のそっけない答えに、バトーが鼻を鳴らした。
「ふん。十四のガキに、本当のこと全部話すわけにもいかねえってか?」
「その通りだ。だから学校への通学も明日から再開する」
「おいおいおい、通わせんのかよ」
「日常生活を極力維持するのも保護プログラムの一環だ」
バトーは大袈裟に額を抑え、天井を仰いで見た。
「で、また光学迷彩で張り付くのか? 気が引けるぜぇ、こういうのはさ」
十四歳の少女を、見えない大人が一日中監視する。
それは必要な仕事だということは分かっている。だからこそ余計に、嫌な仕事だとバトーが大袈裟な態度で示した。
荒巻は眼鏡の奥からバトーを見たあと、素子へ視線を移した。
「こういう時の【アウトナンバー】がいるだろう。素子。取り次いでくれ」
「……そうね。わかったわ」
素子は資料を閉じて、バトーの分を手渡した。
確認するためバトーも読み始め、「へへ、あいつがいてくれて助かるぜ」と呟いている。
「バトー。あんた気楽ねぇ、これでも頼むのも、結構気が引けるものなのよ」
「本人は仕事だと思っているのだろう?」
「そう。だからよ」
素子はそれ以上説明せず、課長室を出た。
+ + + + + + + + +
タチコマの格納庫では、少女が一人、車体の下半分へ潜り込んでいた。
濃紺のブレザーにプリーツスカート。それは書類上、彼女が在籍していることになっている女子校の制服である。
もっとも、その学校へ実際に登校した日数を数えれば、片手でも指が余る。
「ねえねえ、そこ本当に交換しなきゃ駄目?」
タチコマが脚を一本持ち上げたまま尋ねた。
「駄目です。右前脚第二関節の駆動部に規定値を超える摩耗があります、とミサカは整備記録に基づき回答します」
「でも動くよ、ほら。見て、見て」
「動くことと正常であることは同義ではありません。と、ミサカは駆動部のノイズを拾いながら答えます」
「人間だって腰が痛くても働くじゃない」
「うんうん、そうそう。課長さんも、ぼやいてたよね?」
「言ってた言ってた、つらそうだったよねぇ」
工具を回していた手が止まった。
制服姿の少女──O.N.は、タチコマの車体の下から顔だけを出した。
「それは興味深い反論です」
「でしょ、でしょ、でしょぅ?」
「しかし、人間が不調を我慢して労働する事例を、整備不良を放置する根拠として採用するのは不適切です。むしろ人間側も修理すべきではないでしょうか、とミサカは提案します」
「人間って部品交換できないよ?」
「この職場には比較的できる人が多いです」
「そっか! だから、人間は義体化をしていくんだね?」
タチコマは納得した。
O.N.も納得したらしく、再び車体の下へ引っ込んだ。
「じゃあさ、僕たちが部品を替えても同じ僕たちなら、人間が義体を替えても同じ人間なの?」
「その問いに対する明確な回答をミサカは保有していません」
「じゃあミサカ……O.N.は?」
少女の作業と工具が、再び止まった。
「質問の意味を限定してください」
「O.N.の体って全部生身なんでしょ? でも作られたんだよね。だったら全部新しい部品なのに、最初からO.N.だったの?」
無邪気というほかないタチコマの質問に、数秒の沈黙……ミサカは抑揚のない声で答える。
「……ミサカの製造工程において、自己同一性がどの時点で発生したかは記録されていません」
「じゃあ最初に目を開けた時?」
「それ以前に夢を見ていた可能性を否定できません」
「夢を? いいなぁ。ミサカは夢をみるんだ」
「ぼくたちと同じで、作られたのに?」
「いいな、いいなぁ〜」
「記憶も記録もないので確認できません」
「確認できないのにあったかもしれないの?」
「確認できないからです」
タチコマのアイレンズがくるりと動いた。
「深いねえ!」
「ミサカには今の会話が深かったのか、単に情報不足だったのか判別できません。とミサカはなかった可能性も受け入れます」
「それも深い!」
「便利な評価語です、とミサカは感心します」
格納庫の入口で、素子が足を止めていた。
しばらく黙って聞いていたが、やがて口を開く。
「ミサカ、ちょっといい?」
車体の下から、少女が少しだけ頭を出して素子に答える。
「少佐。右前脚部の部品交換にはあと十二分を要します」
「手間は取らせないし、それはあとでいいわ」
「了解しました」
O.N.はするりと車体の下から抜け出した。制服のスカートについた細かな埃を払い、工具を置く。
素子はその姿を一度上から下まで眺めた。
名門女子校の生徒と、少なくとも、公的な記録ではそういうことになっている。
「御坂」
素子の呼び方が変わり、O.N.の目が僅かに細くなる。
「明日から学生に戻って。護衛対象に張り付くため、転校生になってもらうわ」
命令のような強い口調で素子が言うと、一拍おいてミサカの呼吸が変わった。
次の瞬間、O.N.の目に光が宿り、少女は斜めに構えて腰へ手を当てた。
「なあに? 急な仕事? 明日はゲコ太の新作発売なんだけど?」
声の調子が違い、いままでとは表情も違う。なにより目に光がある。
先ほどまで無表情に機械を整備していた少女が、どこにでもいそうな──いや、少々勝ち気すぎるくらいの女子中学生になっている。
素子は眉を上げた。
「明日からよ、誰が今からと言った?」
「予行演習です、とミサカは逸る気持ちを拳に乗せながら答えます」
そう言った瞬間にはもう元の無表情へ戻り、O.N.は軽く拳を構えた。
左、左、右! と、小さく踏み込みながらシャドーボクシングを始める。
「転校生をイジメる生徒への反撃のため、準備運動は欠かせません。と、ミサカは御坂美琴の学生生活における行動傾向を参照しながら回答します」
「やめなさい、学校への潜入よ。喧嘩をしに行くんじゃないわ」
「お姉様の学生生活記録では、暴力的事象への遭遇頻度を無視できません。と、ミサカはシュッシュッ!と拳で風を切る音を出して答えます」
「参照元が悪いのよ……」
「フルマトリックスの基礎データなので変更は困難です」
背後でタチコマが嬉しそうに身体を揺らした。
「学生になるの? 学校? 友達作るの?」
素子が資料を差し出し、タチコマの一体とO.N.が同時に受け取り覗き込む。
「あなたと同年代よ。保護対象になってる」
O.N.は受け取り、視線を走らせる。
「同級生として接触しますか」
「ええ。相手にはあなたが公安だとは知らせない。今回はなるべく普通の学生として接して。難しいかしら?」
O.N.は資料から顔を上げた。
少し考えたあと、背筋をそり返して鼻で笑う。
「失礼ね。それくらいできるわよ」
それは完璧な御坂美琴の口調だった。
そしてすぐに真顔へ戻る。
「と、ミサカは適応可能性を実演します」
「……明日までに、その切り替えをもう少し自然にしておきなさい。それとあのハイキックは禁止ね」
O.N.は僅かに首を傾げ、タチコマだけが楽しそうに声を上げる。
「学校だ学校だー!」
O.N.は再び資料へ目を落とすと、写真の中で、十四歳の少女が笑っている。
明日から、O.N.御坂美琴としてこの少女の同級生になる。
O.N.は写真を数秒見つめ、それから何事もなかったように工具箱を閉じた。
思いつきで書いた。
ONだとONちゃんが脳裏をよぎる。