ゼロ戦無双 ―アムロ・レイ 太平洋戦争に参戦― 作:名無し
原作:ガンダム
タグ:残酷な描写 アンチ・ヘイト 転生 AI本文利用 アムロ・レイ 太平洋戦争 ゼロ戦乗り 挿絵 ゼロ戦 無双 ニュータイプ
南太平洋の洋上には、重苦しい鉛色のスコール雲が垂れ込めていた。
海面すれすれを吹き抜ける生温かい風が白波を立て、遥か上空では気流が渦を巻いている。その灰色の空を切り裂くように、一機の戦闘機が高度三千メートルを単独で巡航していた。
濃緑色の迷彩を施された零式艦上戦闘機五二型。
主翼と胴体に描かれた鮮やかな日の丸は、熱帯の強烈な湿気と潮風に晒されてわずかに色褪せていたが、機体のラインそのものは鋭利な剃刀の如き緊張感を保っている。
風防の中、革の飛行帽を被り、
全身に直接伝わってくるのは、中島飛行機製「栄二一型」発動機の無骨な鼓動だ。千百三十馬力の空冷複列星型十四気筒。ピストンの往復運動、クランクシャフトの回転、わずかなバルブの打音に至るまで、機械的な振動が座席の背板と足裏のラダーペダルを通じて神経に染み渡ってくる。ガンダムの静粛な気密コクピットも、全周囲モニターも、教育型コンピューターの支援インターフェースもここには存在しない。あるのは、簡素な計器盤に並んだ高度計、速度計、回転計、そして滑り計の針ばかりだ。隙間風とともにオイルと高オクタン価ガソリンの焼ける特有の臭気が鼻腔を刺激する。
だが、アムロにとって、そうした時代の隔たりや兵器の原始性は本質的な障害ではなかった。
「……機械の反応は鈍い。でも、空気の流れが直接手にとるようにわかる」
低く呟き、アムロは意識の焦点を外の世界へと向けて広げた。
空間認識能力の拡張。物理的な肉眼の視野角を超えて、視覚、聴覚、さらには皮膚感覚すらも超えた「知覚」が、同心円状に何十キロメートルもの虚空へと広がっていく。雲の密度、気圧の境界、海流の温度差──そして、その空間のどこかに潜む、他者の意志。
ピキューン!
刹那、頭頂部を鋭い光の束が貫いた。
脳幹を直接叩くような電閃。ニュータイプ特有の先知が、死角である後面上方、高度四千五百メートルの分厚い雲塊の裂け目を正確に指し示した。
「……来た!」
雲の裂け目を突き破り、濃紺に塗られた機影が次々と姿を現す。
米海軍の艦上戦闘機、グラマンF4Fワイルドキャット。頑丈な機体構造と装甲板、そして強力な十二・七ミリブローニング重機関銃を主翼に備えた、現時点における米機動部隊の主力戦闘機だった。
数は十機。五組の二機編隊を組み、高度の優位を活かした急降下一撃離脱の態勢を整えている。
『敵機単機を確認! 散開、包囲しろ! 逃がすな!』
米軍パイロットたちの無線交信など、アムロの零戦には届かない。しかし、彼らが編隊を左右に広げ、アムロの退路を断ちながら射撃軸線を交差させようとする戦術的意図は、彼らの神経伝達の揺らぎとしてアムロの脳裏に直接流れ込んでいた。
右前方の二機が降下角を深め、左後方の二機が牽制のために高度を保つ。中央の六機が扇状に展開し、十字砲火の檻を形成する──米軍が徹底して訓練してきたサッチウィーブ*1の変形による組織的包囲網。
米軍の先頭機が照準器の十字線に零戦の小さな機影を捉え、パイロットが発射レバーに指をかけた。
コンマ一秒の躊躇。引き金を引く「直前の殺意」。
その瞬間、アムロはすでに動いていた。
ラダーペダルを左へわずかに踏み込み、同時に操縦桿を左手前へと引き絞る。
急激な捻り込み。零戦の主翼が気流を掴み、機体がスナップを利かせたように横転しながら軌道を変えた。
直後、先頭の四機が一斉に引き金を引いた。
主翼から放たれる十二・七ミリ機銃の曳光弾。数千発の鋼鉄の弾丸が、空気を引き裂く重低音とともに空間を薙ぎ払った。通常のパイロットであれば、回避不能の弾幕の壁に飲み込まれ、蜂の巣にされて空中分解していたはずの絶対の射線。
だが、アムロの零戦はその弾幕のわずか数センチ外側を、まるで最初から弾道が見えていたかのように滑り抜けていた。被弾、ゼロ。風防をかすめる風圧の乱れすら、アムロは補助翼の微細な当て舵で揚力へと変換していた。
「そこだッ!」
すれ違いざまの交差反転。
F4Fのパイロットが「外した」と認識し、驚愕で目を見開いたその瞬間、零戦は信じがたい半径で垂直上昇へと機首を跳ね上げていた。過酷な重力加速度がアムロの全身を押し潰すが、視界は一点の曇りもなく冴え渡っている。
操縦桿の頭部にある九九式二〇ミリ機銃の発射レバーに指をかける。
連射はしない。装弾数の少ない二〇ミリ弾を無駄に浪費することは、アムロの計算にはなかった。
タン、タン!!
乾いた二連射。
放たれた二〇ミリ炸裂弾は、すれ違いざまに上昇へ転じようとしたF4F一番機の胴体下面、主翼の付け根にある増設燃料タンクと主オイル配管の結節点へ、吸い込まれるように直撃した。
一瞬の閃光。
装甲の厚いワイルドキャットの胴体が内部から破裂し、オレンジ色の巨大な火球となって四散した。
「一番機が吹き飛んだ!? なんだ今の射撃は!」
「衝突コースから一瞬で背後を取られたぞ! 上へ逃げろ、ズーム上昇だ!」
残る九機のパイロットたちに走る恐慌の思念。
だが、彼らが操縦桿を引いて離脱を図ろうとしたその軌道は、アムロにとっては「すでに引かれた線」に過ぎなかった。
零戦の機首が宙返りの頂点でピタリと止まる。失速寸前の極低速域。通常の航空力学では機動不能となるはずの領域で、アムロは気流の剥離を敏感に感じ取り、失速反転*2を完璧に成立させた。
二番機の背後上方。
射程百五十メートル。照準器を覗き込むことすら不要だった。相手の機体が描く未来の点に、ただ機銃の軸線を合わせる。
タタンッ!!
二発の弾丸が二番機の風防を正確に粉砕し、操縦系統を破断させる。コントロールを失った機体が錐揉み状態となって海へと落ちていく。
「三機目、右へ旋回する気だな!」
逃走を図る三番機が主翼を傾けた瞬間、その傾きを予見したアムロの弾丸がすでに旋回先へと置かれていた。機首から突っ込むように自ら弾道に飛び込んだ三番機が炎上。
四機、五機、そして六機目………。
それは最早空戦と呼べるものではなかった。
米軍が誇る編隊連携、相互掩護、頑丈な機体装甲。それら近代戦術のすべてが、アムロのニュータイプの前に、紙屑のように破り捨てられていく。
七機目が主翼をへし折られて海面へ叩きつけられ、八機目が空中爆発を起こした。
残された九番機と十番機のパイロットは、もはや戦闘の継続など考えていなかった。スロットルを限界まで押し込み、全開出力でスコール雲の深部へと逃走を図る。
「逃がしはしない……ここで墜とさなければ、基地が見つかる!」
アムロの零戦が急降下で追撃に移る。過速度による主翼のフラッター現象、空中分解の危険を知らせる軋み音が機体全体から響く。しかし、アムロは機体の振動数が限界に達する直前、昇降舵のトリムを絶妙に調整して機体への負荷を逃がし、逃走する二機の直後へと滑り込んだ。
二〇ミリ機銃の残弾インジケーターが底を突く寸前、短い連射が二度。
正確無比な弾道が、九番機の尾翼を吹き飛ばし、十番機のエンジンカウルを貫通した。黒煙を噴き上げながら、最後の二機が重力に引かれて灰色の海原へと吸い込まれていく。
海面に立ち上る十本の水柱と、漂う黒煙。
空を支配していたエンジン音の群れが完全に途絶え、残されたのは、栄発動機の規則正しい回転音だけだった。
十機撃墜。
所要時間、わずか三分二十秒。
零戦の主翼にも胴体にも、ただ一発の弾痕はおろか、破片によるかすり傷ひとつ刻まれていなかった。
アムロは操縦桿から片手を離し、額に張り付いた汗をぬぐった。飛行眼鏡の縁を直し、深く息を吐き出す。
「……終わったか」
十人のパイロットたちが散り際に発した、恐怖と絶望の残留思念が頭蓋の奥を締め付けるように重い。その痛みに眉をひそめながらも、アムロは機首を反転させ、母基地のある島影へと向けて静かに翼を傾けた。
◇◇◇◇◇◇
アムロの初陣における「単機による敵編隊十機の一瞬での全滅」という報告は、前線の基地司令部に驚愕をもたらしたが、それ以上に米軍司令部に激震を走らせていた。
無線封鎖のまま忽然と消息を絶った一個中隊。回収された断片的な遭難通信には、「衝突コースから一瞬で背後を取られた」「こちらの弾を全て避けている」という、常軌を逸した内容が残されていた。米海軍はこれを未確認のネームド、エースパイロット、あるいは日本軍の新型高性能機による攻撃と断定。威信をかけ、即座に圧倒的戦力による報復と制空権の奪還を決定した。
出撃命令はアムロ初陣の翌朝、東の空が白み始めた時刻に下った。
アムロ・レイは再び零戦五二型の操縦席に収まっていた。
夜を徹して整備兵たちが磨き上げた機体は、一発の被弾跡もないため、燃料の満載と弾薬の補給、オイルの補充だけで完璧な稼働状態を取り戻していた。飛行帽の顎紐を締め、額の飛行眼鏡の位置を整える。
「アムロ、本当に単機で出るのか……? 敵は二隻の戦艦を擁する水上挺身部隊だ。直掩の戦闘機だけでも四十機を超えているという偵察報告があるぞ」
見送る整備兵の顔には困惑と畏怖の色が濃くにじんでいた。アムロは計器板の針を静かに確認しながら短く答えた。
「大丈夫です。僕一人の方が、機体の動きに迷いが出ませんから」
スロットルレバーを前進させると、栄二一型発動機が咆哮を上げ、零戦は短い滑走で滑走路を蹴り離れた。
高度五千メートル。
雲海を抜けた瞬間、アムロの眼前には圧倒的な質量が広がっていた。
上空を警戒飛行するのは米海軍が誇る最新鋭戦闘機、グラマンF6Fヘルキャット四十機。二千馬力級のダブルワスプ発動機、重装甲、防弾タンク、そして翼内に六挺の十二・七ミリ重機関銃。零戦をあらゆる物理スペックで凌駕するために設計された鋼鉄の巨鳥たちが、整然とした四機編隊*3を組み、空を圧迫していた。
そして、その遥か下方の洋上。
濃紺の海を切り裂き、白い航跡を残して進むのは、米海軍の標準型戦艦コロラドとメリーランド。四十センチ主砲を前後に配し、上部構造物にはハリネズミのように対空機銃と両用砲を備えた、動く要塞だった。
ピキューン!
アムロの意識が覚醒する。
脳裏を走る鋭利な閃光。四十機のパイロットたちの呼吸、編隊同士の無線連絡、レーダー手の焦燥、そして海上の戦艦司令塔で双眼鏡を覗く艦長たちの捕捉したという確信。それら数千の情報がアムロのニュータイプ能力によって一本の糸のように統合され、理解へと変わっていく。
「……多いな。だがやれる!」
ヘルキャットの先頭隊が急上昇してくる単機の零戦を発見し、即座にダイブ攻撃へ移行した。八機が連続して急降下し、十二・七ミリ機銃の嵐を浴びせる。
空気を切り裂く轟音。
数十条の火線が零戦の航跡を十字に交差する。
しかし、アムロはその弾幕が放たれるコンマ数秒前、相手の指が引き金にかかる瞬間の意思を読み取り、最小限の舵角で機体をわずかにバンクさせた。
弾丸は風防の数センチ外側をすり抜けていく。当然のようにかすり傷ひとつ負わない。
「当たらない!? なぜだ、完全に射線に入っていたはずだ!」
「構うな、数で押し潰せ! 編隊で挟み込め!」
四十機が四方八方から殺到する。空がヘルキャットのエンジン音と曳光弾で埋め尽くされた。
だが、そこから始まったのは戦闘ではなく一方的な蹂躙だった。
アムロは零戦の旋回性能を極限まで引き出しながら気流の境目を滑るように飛び、敵機の死角へと自らを滑り込ませた。相手が旋回しようと翼を傾けた瞬間、その旋回先の内側にアムロの零戦がすでに機首を向けているのだ。
九九式二〇ミリ機銃が火を噴く。
タタンッ!!
短い点射。徹甲榴弾がF6Fの主翼付け根、防弾鋼板の隙間にある主翼内燃料タンクへ直撃した。二千馬力の巨体が爆風とともにへし折れ、火だるまとなって錐揉み降下を始める。
一機。
すぐに三機。
そして七機へと撃墜数が増えていく。
アムロは無駄な機動を一切行わなかった。敵が回避しようとする軌道の先、敵機が味方を庇おうと割り込む空間の先。そこにほんの数発の二〇ミリ弾を置きに行く。弾丸に吸い込まれるように、米軍の新型機が次々と爆散していく。
「十機撃墜された! 上を取れ、上を!」
「駄目です、上を取ろうとした瞬間に下から突き上げられる! 奴は私たちの視線が外れる瞬間を全部知っているんだ!」
無線機から響くパニックの絶叫。
二十機、そして撃墜数は三十機へ。
機体の性能差など相手の未来をすべて把握しているアムロの前には何の壁にもならなかった。エンジンの馬力に任せて垂直上昇で逃げようとした機体には、失速の頂点で正確な射撃が浴びせられ、ダイブで逃げようとした機体には、急降下の限界速度直前での偏差射撃が突き刺さった。
空戦開始からわずか八分。
空を埋め尽くしていた四十機のヘルキャットは、最後の一機が主翼を吹き飛ばされて海面へ激突し、完全に全滅した。
上空に残るは硝煙漂う青空と、一発の被弾跡もなく悠然と旋回する緑の零戦ただ一機。
だが、アムロの視線は墜落していく戦闘機からすでに海上で全速転舵を開始していた二隻の戦艦へと注がれていた。
「……あれだけの戦闘機を落とされても、まだ砲撃を続ける気なのか」
零戦は垂直に近い角度で急降下を開始した。
目標は戦艦コロラドとメリーランド。
海上の二隻は四十機の直掩機が一瞬で全滅したという悪夢のような現実を目の当たりにし、狂ったように対空砲火を撃ち上げていた。五インチ両用砲、四十ミリ四連装ボフォース機関砲、二〇ミリエリコン機銃。海面から吹き上がる弾幕は、まるで鋼鉄の暴風雨のようだった。
だが、アムロにはその砲弾の軌道が発射の瞬間から着弾の予測位置まで、光の筋となってはっきりと見えていた。
海面すれすれわずか高度十メートルの超低空へ滑り込む。
波頭をプロペラの後流で切り裂きながら、対空砲の仰角限界*4へと肉薄する。巨大な鋼鉄の艦体が風防の視界いっぱいに迫る。
狙うのは戦艦の装甲板ではない。
最上階、重装甲で囲まれた司令塔のわずか数センチの細い装甲スリットだ。*5
コロラドの司令塔の分厚い防弾ガラスの奥で艦長が双眼鏡を握りしめて、青ざめた顔で絶叫していた。
「撃て! 撃ち落とせ! あの悪魔を近づけさせるな!」
艦長のその恐怖がアムロの脳に突き刺さるように伝わってくる。
「……そこだッ!」
すれ違いざま、アムロは機首を数ミリだけ跳ね上げた。
操縦桿のレバーを強く引く。
ドガガッ!!
二〇ミリ機銃の短い連射。
放たれた弾丸は時速数百キロで飛翔する機体から放たれたとは思えない神業の精度で、装甲スリットの防弾ガラスを粉砕し、司令塔内部へと飛び込んだ。
内部で炸裂する弾片。
「ぐあああっ!」
悲鳴とともに艦長が胸を撃ち抜かれて床に倒れ伏した。
操舵手や当直士官たちも飛散したガラスと破片で倒れ、司令部の中枢機能が一瞬で崩壊した。
「艦長戦死! 司令塔壊滅!」
「舵が効かない、面舵一杯のまま固定されている!」
巨艦コロラドが黒煙を吹き上げながら艦隊の列から大きく逸脱していく。
間髪を入れず、アムロは海面をかすめるような急旋回で反転。二隻目の戦艦メリーランドの背後へと回り込んだ。
司令塔の防弾シャッターを下ろそうと必死にもがくメリーランドの艦長。だが、そのシャッターが完全に閉まる直前、アムロが放った二〇ミリ弾が装甲の隙間を滑り込み、跳弾となって天井と壁面を跳ね返り、指揮官を頭を正確にぶち抜いた。
「メリーランドも艦長がやられた! 指揮は次席が引き継ぐ!」
「後退だ! これ以上の戦闘は不可能だ、全速力で後退!」
航空隊四十機を瞬く間に屠られ、二隻の巨艦は艦橋の首級を刈り取られた。
無敵を誇った米機動部隊の水上挺身隊は恐慌の中で激しい水煙を上げ、戦場を捨てて遁走を始めた。
硝煙が立ち込める海原。
傾き始めた日差しを受けながらアムロの零戦は翼を水平に戻し、悠然と上昇を開始した。
弾薬インジケーターはほぼ空に近い。だが、機体にはかすり傷一つ付いてない。
アムロは額の飛行眼鏡を押し上げ、重い息を吐き出した。
「……こんな戦いをいつまで繰り返せばいいんだ」
その呟きは南太平洋の風の中に静かに消えていった。
◇◇◇◇◇◇
二度目の大敗の後、米海軍上層部が下した判断は、もはや通常の戦術の範疇を完全に逸脱していた。
ただ一機で数十機を撃墜し、戦艦の艦橋のみを狙撃する緑色の
それは前線将兵の間で「日本の緑の悪魔」と恐れられ、米軍司令部内では特異点として極秘指定された。個々の搭乗員の技量や単独の戦法で太刀打ちできる相手ではない。米軍は工業力と最新科学の結晶を惜しみなく注ぎ込み、その単機を完全に抹殺するためだけの絶対包囲網を構築した。
十度目の出撃。
アムロ・レイが零戦五二型の操縦桿を握り、南太平洋上空六千メートルへ到達した瞬間、視界を埋め尽くしたのは人類史上類を見ない密度の鋼鉄の壁だった。
洋上には、新鋭戦艦アイオワ、ニュージャージーをはじめとする計八隻の戦艦が巨大な円形陣を敷き、その周囲を無数の巡洋艦と駆逐艦が固めている。そして上空には、F6FヘルキャットおよびF4Uコルセアによる混成大編隊。
その数、実に百二十機。
さらに米軍は、これまでの戦訓から二つの絶対的な対抗策を講じていた。第一に、全戦艦の艦長および幕僚は司令塔のスリットを完全に密閉装甲板で塞ぎ、艦の最深部にある戦闘指揮所*6の分厚い重装甲と何重もの隔壁の奥へ退避して指揮を執ること。第二に、全対空砲に最新の秘密兵器であるVT信管*7を装填し、目標の直撃ではなく空間全体の面制圧によって標的を破片の嵐で粉砕すること。
米軍レーダーが単一の輝点を捉えた瞬間、海上の八隻の戦艦と護衛艦艇が一斉に火を噴いた。
数百門の五インチ両用砲が唸りを上げる。
ドッ、ドッ、ドッ、ドォン!!
上空数千メートルに無数の黒い炸裂煙が壁のように立ち塞がった。
砲弾が自ら目標との距離を電波で測り、一定の範囲に入った瞬間に炸裂するVT信管。数百万個の鋭利な鋼鉄の破片と強烈な衝撃波が空域そのものを埋め尽くす。
たとえ直撃を避けても破片の拡散からは絶対に逃れられないはずの死の網。
だが。
ピキューン!
アムロの頭をこれまでにない強烈な閃光が貫いた。
知覚の極限。空間そのものを鮮やかに知覚し、時間が極限まで引き延ばされていく。
炸裂する数千の砲弾、四方八方に超音速で飛散する破片の軌道、衝撃波の干渉縞、そして気流の激突点──そのすべてが、静止した空間の中に幾何学的な光の線としてくっきりと浮かび上がっていた。
「……見える。僕には見えるんだ!」
アムロは操縦桿を電光石火の早さで操り、ラダーペダルを絶妙な踏み込みで蹴り込んだ。
その途端、零戦が信じがたい機動を見せた。
急旋回と急降下、エルロンロールの微細な組み合わせ。
避けるのではなく黒煙と火焔の真っ只中へ自ら突入した機体は数ミリの差で飛散する破片の軌道をすり抜け、爆風の圧力を逆に揚力へと変えて加速していった。
被弾……ゼロ。
翼の塗装すら削り取らせない。
戦艦のレーダー室から絶叫が響いた。
「目標、弾幕の中央を突破! 速度落ちず、突っ込んできます!」
「バカな!
直後、上空を覆い尽くしていた百二十機の米軍機編隊が四方八方から零戦へと雪崩を打って襲いかかった。
数万発の十二・七ミリ弾が織りなす弾幕の嵐だ。
だが、アムロの意識はすでに彼らの行動を数手先まで読み切っていた。
「焦っている……味方の弾幕に巻き込まれるのを恐れているんだ!」
反撃が始まった。
それはもはや戦闘と呼べるものでは無かった。
アムロは相手が旋回しようとする未来位置、回避機動を取ろうとバンクする空間の先へ、あらかじめ二〇ミリ弾を置いておく。
タタンッ!
タタンッ!!
短い点射が空を裂くたびに、ヘルキャットの主翼が根元からへし折れ、コルセアのエンジンが火を噴いて四散する。
二機、五機、十機と撃墜数が積みあがっていく。
アムロの零戦は敵編隊の弾幕をかすめるようにすり抜けながら、交差の一瞬ごとに確実に複数の敵機を屠っていった。
「三十機撃墜された! 陣形を保て!」
「無理だ、奴は背後からも横からも撃ってくる! まるで空間全体に奴の目が張り巡らされているみたいだ!」
五十機、七十機、九十機。
百二十人のパイロットたちが放つ恐怖、混乱、絶望の思念が津波のようにアムロの頭蓋を揺さぶる。アムロはその精神的な圧迫に歯を食いしばりながらも、機械のように正確に操縦桿をさばき続けた。
百十機、そして百二十機。
最後の一機が黒煙を曳いて海原へと吸い込まれた時、交戦開始から十五分が経過していた。
空を覆っていた鋼鉄の群れは一機残らず消滅した。
そして零戦の機首が海上の戦艦群へと向けられる。
八隻の新鋭戦艦。
外装甲は完全に閉ざされ、司令塔のスリットは鋼鉄の板で遮蔽されている。
艦長たちは何重もの装甲隔壁に囲まれた艦底のCIC深部に身を潜め、無線越しに震える声で指示を出していた。
だが、アムロのニュータイプ能力は物理的な装甲で遮断できるものではなかった。
厚さ数百ミリの鋼鉄の壁を透過して、内部に潜む人間の生体反応、心拍、恐怖の感情が、闇の中に輝く灯火のようにアムロの意識へと直接感応してくる。
「どんなに分厚い装甲の中に隠れたって……そこにいるのは分かっている!」
超低空へ急降下した零戦が海面すれすれを時速五百キロで突進する。
アムロが狙ったのは装甲そのものではなかった。
換気用の吸気ダクト、機械室へ空気を送るルーバー、装甲板のわずかな継ぎ目。
一番艦の真横をかすめる瞬間、二〇ミリ機銃が火を噴いた。
放たれた弾丸は、吸気ルーバーの隙間を寸分の狂いもなく食い破り、複雑に入り組んだ金属配管の内部へ飛び込んだ。
管内で猛烈な跳弾を繰り返した徹甲榴弾は隔壁の薄い部分を突き破り、CICの天井から内部へと炸裂した。
「ぐあああっ!」
密室の中で艦長が胸を貫かれて倒れた。
二隻目、三隻目、四隻目。
零戦が水面を薙ぐように航過するたびに、ある艦では吸気口からの跳弾が、ある艦では煙突基部のわずかな開口部から滑り込んだ弾丸が、密閉されたCICの指揮官たちをピンポイントで仕留めていった。
五隻、六隻、七隻──そして八隻目の戦艦。
防弾隔壁の奥深くで頭を抱えていた最後の艦長が、天井を貫通してきた破片によって倒れた瞬間、艦隊の全指揮系統が完全に断絶した。
「全艦応答せよ! 指揮官は誰か残っていないのか!?」
「駄目です、一番艦から八番艦まで、すべてのCICが沈黙しました!」
「退避! 全艦、全速力でこの海域から離脱しろ! ここにいたら全滅する!」
百二十機の戦闘機を失い、八隻すべての戦艦の指揮中枢をピンポイントで刈り取られた米機動部隊は恐怖の絶叫とともに転舵し、全速力で逃走を始めた。
硝煙の立ち込める南太平洋の空。
雲の裂け目から夕日の黄金色の光条が差し込み、静まり返った海面を照らしていた。
ただ一機の零戦が、ゆっくりと機首を水平に戻す。
百二十機を屠り、八隻の戦艦の首を落としたその機体には、依然として一発の弾痕も、かすり傷ひとつ刻まれていなかった。
アムロは飛行帽の留め具を外し、汗に濡れた髪をかき上げた。
額に押し上げた飛行眼鏡越しに、茜色に染まる水平線を見つめる。
「……僕には帰るところがある。こんなに嬉しいことは無い」
遠ざかる敵艦隊の航跡を見下ろしながら、アムロは小さく息を吐いた。
栄二一型発動機の規則正しい回転音だけが、広大な夕暮れの空にいつまでも静かに響き渡っていた。