けしかけられた魔獣どもを始末した後の俺たちを襲ったのは、怒涛の展開の連続だった。
番犬を屠られ焦ったダルモアは代々家に伝わるという
事態を受け止められず、それでも逃走しようとそのまま隠し通路から外に飛び出し用意していた帆船で逃げ出したダルモアをボートで追わせた(重量的に俺は乗らず子供たちだけで行かせたのだが)までは良かったのだが、上手いこと沖合の風に乗られてしまいあわや逃げられてしまう……と思った矢先に空を駆け現れたのは白い飛行艇。
王室親衛隊の有するという新型高速巡洋艦《アルセイユ》がこんな場所に現れたというだけでも驚きなのに、それがこの大捕物に突如参戦しダルモアの船を引き止め捕らえることになるとは、誰も予想だにしない展開だったことだろう。
……ちなみにジャンが呼んだという王国軍はまったく別の部隊で、どうしてこのタイミングで親衛隊の人らが現れたのかは正直なところ分からないままだったりするのは余談である。
そして諸々の聴取やらが終わり、軍の者たちが帰投していった後。
俺たちはようやくギルドへと戻り、事の顛末を報告することができたのだった。
一連の事件は無事解決したとはいえ、これからルーアン市は大変な時期を迎えることになるだろう。
一応、逮捕されたダルモアに変わり王都から代理の市長が派遣されるというので行政まわりはなんとかなるとは思う。使い込まれた資金も、有罪が決まって奴の家財が差し押さえでもされれば何とか補填できはするはずだ。
ただそれでも、平時と同じように落ち着くまではまだまだ時間がかかることには変わりない。
その辺りは
だが、厳しい話ばかりでもない。放火の被害を受けた孤児院に関して、正式な補償が行われることが決定したという。
今度こそは悪意が介在することもなく、かれらにとって最良の結果がもたらされることだろう。少しだけ安心した。
……孤児院で思い出した。事件は解決したとはいえ、まだ実行犯の一部は逃走中なのだ。そちらを追っているはずのアガットは、一体どうなったのだろうか。
「ね、ねえ、ジャンさん! アガットからなにか連絡はあった!?」
「ああ、それなんだが……」
同じことに思い至ったらしいエステルが声をあげる。
少しばかり言いづらそうな顔をしたジャン曰く、アガットは途中までは黒装束の連中を追跡できていたそうだが、不測の事態を受けて結局取り逃してしまったらしい。
あのアガットが敗走していたあいつら程度に不覚を取るとも思えないが……どうやら連中の仲間からの不意打ちにより足止めを食らってしまったようだ。やっぱりひとりで追わせるべきじゃなかったのかもしれない、と内心で反省する。
なお当のアガットは襲われはしたものの幸い大した損害もなく切り抜けられたようで、そのままツァイス方面へ追跡を続けているという。相変わらず体力だけは有り余っている男だよ、あいつは……
「まあそういうわけだから、ヤードもそんなに心配しなくていいと思うよ」
「いや心配は……ちょっとしてたけども、一言余計なんだよお前はよぉ……」
笑いながらこちらへ投げかけるジャンにジト目で返していると、ふと横から向けられた視線に気付く。
じっとこちらを見るエステルにどうしたと聞けば、心底不思議だという声色で口を開いた。
「……そういえばずっと気になってたんだけど、レイヤードさんとあの赤毛男ってどういう関係なの?」
「たしかに……ずいぶん気安い仲のようですけど」
「赤毛て……あー、別に大したことないよ。ただ同郷で昔から付き合いがあるってだけだからさ」
「ふふ、ただの同郷ってだけじゃないだろう? なんたってレイヴンにいたアガットをカシウスさんが更生させに来た時、そこに付いてきた上にアガットと殴り合いの大喧嘩をしたんだから」
「えぇっ!?」
「いやぁ、あれはまさしくお手本のような兄弟喧嘩だった……あ痛っ!?」
「うるせぇ! 言わんでいいこと言うな馬鹿!」
しみじみと思い出しながら余計なことを言い出すジャンの頭を思い切り張り倒す。あの時のことは若気の至り以外の何物でもない。人の黒歴史を嬉々として掘り起こすんじゃないよ!
興味津々に突っ込んできそうなエステルを適当にあしらいながら、とにかく話を変えようと話題をひねり出す。
「そ、そうだ、カシウスさんといえば! なんかあの人宛ての荷物がどうこうって話なかったっけ?」
「そういえば……市長邸で、黒い光が溢れた時に……」
「あ、それがあったか!」
クローゼのアシストもあり何とか話をそらすことに成功したらしい。ほっと一息ついて、エステルが取り出した黒いオーブメントへ視線を向ける。
なんでも、カシウス宛に匿名で送られてきたいわく付きの逸品だとか。空賊事件で物流が止まっていた事で配送物がボース市で滞り、巡り巡ってかれらの手元に収まることになったそうだが……
「ふーむ、R博士にKか……」
イニシャルのみで記載されたメモに、ふむと思考を巡らせる。
さすがにそれが誰を示しているのかの心当たりがあるわけではないが、導力器に対して調査を依頼するのならばその“博士”は導力技師やその研究を行っている人物であることは確実だろう。そしてそういった人物が集まる地と言えば、リベール国内においては工房都市ツァイス以外にありえない。
ジャンもその考えに至ったのだろう、その黒いオーブメントを調べる気があるのならツァイス地方へ向かうようにふたりへ勧めている。
かれらもその考えには賛同しているようだ。しかし、かれら自身の目的である「正遊撃士資格を取得するための修行」という旅の理由を置いてまで向かうのは、とどこかまだ渋る気持ちが強いらしい。
そんなかれらへ、ジャンは2通の封筒を差し出した。封筒に刻まれているのは遊撃士協会の紋章である“支える籠手”の刻印。
それは間違いなく正遊撃士資格の推薦状に他ならなかった。さすがにこれだけの大事を解決に導いたのだ、文句無しに発行されて然るべきものだろう。
俺としても、正遊撃士のお仲間が増えるのは大歓迎だ。かれらにはこれからも頑張ってほしいものである。
そしてこれにより、かれらがルーアンを離れることを渋る理由は完全に解決した。……少しばかり少年少女の別れを惜しむ声はあったりもしたが、それでももう一生会えないというわけでもないのだ。今ひと時の別れと再会を約束し、かれらは笑い合う。
報告に査定に、すべての話が終わった頃。
俺は前々から計画していた“あること”を実行に移すため、目の前に立つふたりへと声をかけた。
「……さて。お前ら、今日これから時間はあるか?」
「え? うん……」
「今日はもう、特に何も予定は無いはずですけど」
「よし、なら今回の事件の解決とふたりの門出を祝ってパーッと送別会でもするか! 飯代くらいは奢ってやるよ」
「ほんと!?」
「そんな、いいんですか?」
奢りと聞いて喜びを露わにするエステルと遠慮がちに聞いてくるヨシュア。姉弟ではあるが正反対の反応に笑いながら、俺は堂々と胸を叩く。
「おう、まあそれほど豪華にはできないだろうけどな。そうだ、クローゼちゃんも来るかい? 学園の外泊申請、何時までに戻らないといけないとかあるか?」
「えっ、あ、はい。学園へは今日の夕方までに戻れば問題ありませんが……私が参加しても宜しいのですか?」
「構わん構わん。祝い事は人数が多い方が楽しいからな」
「おっ、じゃあ僕も……」
「お前はギルドの受付業務があるだろが」
「ケチ」
わいわいと騒ぎながらギルドを後にして、俺たちは会場となる船員酒場へと向かった。
そこで満足するまで飲み食いしていれば、盛り上がりにつられた客たちも話を聞いてかれらの門出を祝ってくれる。
そうして大いに盛り上がっていく祝宴はいつの間にか店全体を巻き込んだ酒盛りへと変貌していくのだった……まあ、さすがにかれらは未成年だし、クローゼを学園へ送る必要もあったのでそちらは程々のところでこっそりと抜け出したのだが。
その日のアクアロッサは、深夜まで明かりと賑やかな歓声が途絶えることはなかった。
それから数日後。
その後もいくつかの依頼をこなしながら出立の準備を整えたかれらは、ついにツァイス地方へと旅立っていった。
修行のために歩いて地方を回るのだというふたりがエア=レッテンへ向かったのを見送り、俺もまたいつも通りの業務へと戻っていく。
「……つーか、やっと街が落ち着いたと思ったのになんでこんな依頼が積まれてんだよ」
「いやぁ、エステルくんたちがいなくなっちゃったからね、その分ひとり当たりの割合が増えるのは当然のことだと思わないかい?」
「それにしたって多すぎだろこれはァ! つかこれとかメルツにも回せる案件だろ!? なんでわざわざ俺にやらせてんだ!」
「別に〜? せっかくのかれらの送別会に参加させてくれなかった腹いせとかじゃないよぉ〜?」
「腹いせじゃねぇか!!!」
……いつも通りの業務に戻ったのだ、うん。
若干私怨混じりの仕事量に辟易しつつも、俺は依頼の束を前にひとつ大きな溜息をつきながらもそれを片付けるために行動を開始するのだった。
「……ジャン、俺生誕祭前には王都入りする予定だからな。それは忘れんなよマジで」
「分かってる分かってる。いやぁ、その時期はカルナもいなくなっちゃうし、それまでに減らせるぶんは減らしてもらわないとね」
「……最終的にメルツが出来るやつだけにはしておく」
これでルーアン編(原作2章部分)は終了。でもヤードはもうちょっとルーアンに残ります。
あと事前告知の通り、再編のため後日一時的に作品が非公開になります。多分一日ぐらいで編集は終わると思うので少しだけお待ちください。