ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
ローグタウンを離れたゴーイングメリー号は、東の海を後にしようとしていた。
船尾の向こうでは、ローグタウンの街並みが少しずつ遠ざかっていく。
つい先ほどまで、彼らは海軍の追撃を振り切るために全力で走り続けていた。白猟のスモーカーとの戦い。煙となって迫る強敵。そして、最後に吹き抜けた謎の風。
あの風がなければ、今頃どうなっていたか分からない。
甲板に立つミナトは、潮風に金色の髪を揺らしながら、遠ざかる街を見つめていた。
「……危なかったな」
思わず漏れた言葉に、近くで刀の手入れをしていたゾロが目を向ける。
「なんだ。まだ気にしてんのか?」
「そりゃあね。あの煙の男には、普通の攻撃がほとんど通じなかったから」
ミナトは腰に下げたクナイへ視線を落とした。
飛雷神の術は、どんな敵にも通用する万能の技ではない。
相手の能力を見極め、状況に合わせて戦い方を変える。頭では分かっていたことだが、スモーカーとの戦いで、その重要性を改めて思い知らされた。
「次に会った時は、もう少しうまく立ち回らないとな」
「次も何も、向こうはお前らを追いかけてくるだろうよ」
ゾロは平然と言った。
「そうだね。ルフィを捕まえるって、本気だったし」
「おれを捕まえるだと?」
いつの間にか話を聞いていたルフィが、にししっと笑った。
「そんなの無理に決まってんだろ!」
「お前は少しは反省しろ!」
ナミの怒声が甲板に響く。
「ローグタウンで処刑台に上がるなんて、いったい何を考えてたのよ!」
「だって、あそこに処刑台があったからな!」
「理由になってないわよ!」
ウソップが頭を抱え、サンジは煙草をくわえながら呆れたように息を吐いた。
「まったく、船長がこれじゃ先が思いやられるぜ」
「おい、コック。お前も人のこと言えねェだろ」
「なんだと、マリモ!」
「誰がマリモだ!」
いつもの調子で言い争いを始める二人。
そんな光景を見て、ミナトは小さく笑った。
危険な戦いを終えたばかりだというのに、この船には妙な安心感がある。
誰もが自分勝手で、遠慮がなくて、それでいて仲間が危険にさらされれば迷わず手を伸ばす。
この船に乗ってから、ミナトは何度もそれを目の当たりにしてきた。
だからこそ、これから先にどんな危険が待ち受けていようとも、簡単に引き返すつもりはなかった。
*
しばらく航海を続けた頃、ナミが海図を広げて仲間たちを呼び集めた。
「みんな、ちょっと聞いて!」
その声に、ルフィたちが集まってくる。
「ローグタウンを出たから、いよいよ東の海ともお別れよ。これから向かうのは、偉大なる航路!」
「おおっ!」
ルフィの目が輝いた。
「グランドラインか!」
「ただし、そこへ入るには普通の航路とは違う道を通らなきゃいけないの」
ナミは海図の一点を指さした。
「リヴァース・マウンテン。赤い土の大陸にある、偉大なる航路への入口よ」
「山?」
ルフィが首を傾げる。
「海に入るのに山を通るのか?」
「そうよ。四つの海から流れ込む海流が、山を駆け上がっていくの。その流れに乗って頂上を越え、反対側へ下ることで偉大なる航路に入れるの」
「海が山を登るって……」
ウソップの顔が引きつった。
「そんなの、どう考えても普通じゃねェだろ!」
「だから偉大なる航路なんでしょ」
ナミは当然のように答えた。
「それに、入口を間違えたら命に関わるわ。ここからは、あたしの指示をちゃんと聞いてもらうからね!」
「分かった!」
ルフィは元気よく返事をした。
「本当に分かってるんでしょうね……」
ナミは疑わしそうに船長を見つめた。
ミナトは海図に目を落とす。
海流の合流点。急激な高度差。船の向きを誤れば、流れから外れてしまう危険もある。
飛雷神で自分一人が移動するのとはわけが違う。
この船には、仲間たちが乗っているのだ。
「ナミ、海流に入る前に周囲の地形や波の様子を確認しておくよ。何か気づいたらすぐ伝える」
「助かるわ。でも、操船はあたしに任せてね」
「もちろん。船を導くのは航海士の仕事だからね」
ミナトが笑って答えると、ナミは満足そうにうなずいた。
「そういうこと。全員、覚悟しておきなさいよ!」
いよいよ、偉大なる航路への入口が近づいている。
その事実が、船に乗る全員の胸を高鳴らせていた。
*
その日の夕方。
海は少しずつ荒れ始め、遠くの空には厚い雲が広がっていた。
甲板では、ウソップが船の縁から海を眺め、落ち着かない様子で腕を組んでいる。
「いよいよか……偉大なる航路……」
「なんだよ、ウソップ。怖いのか?」
ルフィが横から顔をのぞかせた。
「ば、馬鹿言え! おれは勇敢なる海の戦士だぞ! これくらいで怖がるわけが……」
そこまで言いかけて、ウソップはごくりと唾を飲み込んだ。
「……ちょっとだけ、心の準備をしてるだけだ」
「はははっ! おもしれェな!」
「笑うな!」
ナミは海図を片づけながら、二人の様子を眺めていた。
やがて、サンジが食事の支度を終えて甲板へ出てくる。
「おい、てめェら。飯ができたぞ」
「メシか!?」
ルフィが勢いよく振り向いた。
「食ったら出発だ! 偉大なる航路に入る前の景気づけだな!」
「さっきまで怖がってたくせに、食欲だけは一人前ね」
ナミが呆れたように言う。
食事を囲み、いつもどおりのやり取りを交わすうちに、甲板には穏やかな空気が戻ってきた。
食事がひと段落した頃、ルフィが甲板の片隅に置かれていた樽に目を留めた。
「なあ、みんな。あれに足を乗せろ!」
「はァ? いきなり何よ」
ナミが眉をひそめる。
「いいから!」
ルフィは自分の足を樽に乗せた。
ゾロ、ナミ、ウソップ、サンジも続き、最後にミナトが加わる。
六人の足が、ひとつの樽を囲んだ。
ルフィが仲間たちを見回す。
「おれは海賊王になる!」
迷いのない声が、海へ響いた。
「おれは世界一の大剣豪になる!」
ゾロが続く。
「あたしは世界中の海を旅して、世界地図を描く!」
ナミの声には、航海士としての確かな意志がこもっていた。
「おれは勇敢なる海の戦士になる!」
ウソップは胸を張った。
「オールブルーを見つける。それがおれの夢だ」
サンジも、いつもの調子で言い切った。
最後に、ミナトが水平線へ目を向ける。
「オレは世界中の島を、自分の目で見て回る。まだ知らない景色や、そこに暮らす人たちに出会いたいんだ」
それは、仲間たちもよく知っているミナトの夢だった。
ルフィはにかっと笑う。
「よーし! 行くぞォ! 偉大なる航路へ!」
六人の足は、まだ樽の上にあった。
それぞれ違う夢を胸に抱きながら、同じ海へ進んでいく。
ゴーイングメリー号の前には、未知の海が広がっていた。
*
翌朝。
見張り台から、ウソップの声が響いた。
「おーい! 前方に陸地……いや、なんだあれ!?」
ナミが顔を上げ、海図を手に取る。
水平線の向こう。
雲の切れ間から、巨大な赤い大陸が姿を現していた。
そして、その大陸へ向かって海流が駆け上がっていく。
まるで海そのものが、山を登っているかのようだった。
「……あれが、リヴァース・マウンテン」
ナミが息を呑む。
想像していた以上の光景だった。
ミナトは船首に立ち、目の前にそびえる大陸を見上げた。
偉大なる航路への入口。
この先には、まだ見たことのない島々が待っている。
仲間たちの夢へ続く海が、そこにある。
「いよいよだな」
ゾロが呟いた。
「ああ!」
ルフィは満面の笑みで、拳を握りしめる。
「行くぞォーッ! 海賊王におれはなる!」
ゴーイングメリー号は、荒れ狂う海流へ向けて進み始めた。
六人の夢を乗せて。
まだ誰も知らない冒険へ向けて。
偉大なる航路への入口が、目の前に迫っていた。