三輪霞は、剣だけでいい   作:ケーケーケー

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AI利用です


第十一話 五条悟からのお誘い

 

 昼食のあいだ、三輪は携帯電話を鞄の中へ入れたままにしていた。

 

 写真は、あとで。

 

 そう約束してもらったのだから、食べ終わるまでは落ち着いていようと思った。

 

 けれど、五条が席を立つたび、少しだけ顔がそちらへ向いた。

 

「逃げねえよ、たぶん」

 

 隣でパンダが言った。

 

「えっ」

 

「五条。写真、撮るんだろ?」

 

「あ、うん。でも、まだ皆さん食べてるし」

 

「俺はもう食った。撮ってやるから、声かけてこい」

 

 三輪は一度、真依を見た。

 

 真依は飲み物を置き、こちらを見る。

 

「今、行ってくれば。午後になったら、また訓練でしょ」

 

「……うん」

 

 鞄から携帯電話を出す。

 

 五条は教室の入り口で、伊地知と話していた。

 

 三輪が近づくと、すぐに顔を向けた。

 

「あ、写真?」

 

「はい。今、お時間、大丈夫ですか」

 

「もちろん。どこで撮る? 外の方が明るいかな」

 

 そのまま廊下へ連れ出され、三輪は慌ててパンダを振り返った。

 

 パンダがついてくる。渡した携帯電話を、器用な手で受け取った。

 

「じゃ、二人とも、こっち見て」

 

 三輪は背筋を伸ばした。

 

 隣で五条が、軽く指を立てる。

 

「三輪ちゃん、顔、硬いよ」

 

「す、すみません」

 

「謝らなくていいから。ほら、笑って」

 

 言われて笑おうとしたところで、撮影音がした。

 

 パンダが画面を確かめる。

 

「うん、今のでいい。見てみろ」

 

 渡された携帯電話を、三輪は両手で持った。

 

 画面の中では、自分が五条悟の隣に立っている。

 

 少し困ったような顔をしていたが、ちゃんと笑えていた。

 

「……ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

 五条が笑う。

 

 三輪は携帯電話を胸元へ寄せ、もう一度、頭を下げた。

 

     *

 

 午後の訓練が始まると、三輪は鞄を閉じ、稽古場へ戻った。

 

 乙骨の呪力操作を、日下部に見てもらう時間が取れた。

 

 五条も少し離れたところに立ち、二人の様子を見ていた。

 

「じゃあ、いつもどおりにやってみろ」

 

 日下部に言われ、乙骨が刀へ手をかける。

 

 刀身に呪力が通った。

 

 三輪はその流れを見て、自分の手元へ目を落とした。

 

 同じように、と言うのは難しい。

 

 流れ込む量が、そもそも違った。

 

「三輪。お前もやってみてくれ」

 

「はい」

 

 三輪も刀を取り、呪力を通した。

 

 乙骨が、彼女の手元へ身を乗り出す。

 

「……それ、どうやって、そこで止めてるの?」

 

「止めてるというより、先まで通してから、外へ出さないようにしてるんだけど」

 

 答えながら、三輪は少し困った。

 

 昨日までの自分なら、そのまま試してもらおうとしたかもしれない。

 

 けれど、乙骨の刀へ流れる呪力を見ると、簡単には言えなかった。

 

「私、乙骨くんほど多くないから。同じつもりでやっても、違うことになると思う」

 

「その見方でいい」

 

 日下部が言った。

 

「乙骨は、まず自分がどれだけ出しているかを掴め。量を減らすことに気を取られて、途中で流れを切るなよ」

 

 乙骨が頷き、もう一度やり直す。

 

 五条が横から口を挟んだ。

 

「憂太、今の感触、覚えておいて。できたときだけじゃなくて、その前にどこで変わったかもね」

 

「はい」

 

 三輪は自分の刀を下ろし、乙骨の二度目の動きを見た。

 

 一度目より、途中の揺れが小さい。

 

 乙骨もそれが分かったらしく、少し顔を上げた。

 

「今、前より……」

 

「ああ。その感じを、もう一回」

 

 日下部が答える。

 

 繰り返すうちに、三輪も、何を言えば伝わりやすいかが少し分かってきた。

 

 自分ができることを、そのまま相手へ渡せるわけではない。

 

 それでも、隣に立って比べることには、意味があった。

 

 ひと区切りついたところで、乙骨が刀を納めた。

 

「ありがとう。三輪さんがやってるの、見られてよかった」

 

「うん。私も、先生に説明してもらえてよかった」

 

 二人で少し笑う。

 

 その向こうで、五条が日下部へ何か尋ねていた。

 

 声は低く、三輪には内容までは聞こえなかった。

 

     *

 

 合同訓練が終わったあと、三輪は歌姫から、少し残るように言われた。

 

 真依とメカ丸は、先に荷物をまとめに行く。

 

 稽古場に残ったのは、三輪と、五条、日下部、歌姫だった。

 

「今日は、お疲れさま」

 

 五条が言う。

 

「はい。ありがとうございました」

 

「午前中の記録も見せてもらったよ。あと、日下部さんとやったときの話。それから、索道の件も」

 

 三輪は顔を上げた。

 

 自分のいないところで、どこまで話が進んでいるのだろう。

 

「日下部さんが、ああいう言い方をするの、珍しいんだよね」

 

「見たまま言っただけだ」

 

 日下部が返す。

 

「だから、僕も、見てみたい」

 

 五条が、三輪へ向き直った。

 

「一度、僕と手合わせしない?」

 

 三輪は、すぐには返事をしなかった。

 

 誘われたことが嬉しくて、言葉が出なかったのではない。

 

 いま、何を頼まれたのかを、確かめていた。

 

「……稽古で、ですか」

 

「うん。ちゃんと、勝負として」

 

「五条」

 

 歌姫の声が入った。

 

「勢いで返事をさせないで。今日は、そういう予定で連れてきてないわ」

 

「だから、今すぐとは言ってないでしょう」

 

 五条は軽く両手を上げた。

 

 それから、少しだけ調子を変えた。

 

「遊びで言ってるわけじゃないよ。彼女がどこまでできるか、今の等級と、報告書だけで扱うのは無理がある」

 

 歌姫は黙って聞いていた。

 

「現場へ出す人が、それぞれ勝手に想像するより、一度、僕らがきちんと向き合っておいた方がいい。もちろん、三輪ちゃんが嫌なら、やらないけど」

 

 三輪は、刀袋へ視線を下ろした。

 

 どこまでできるのか。

 

 その話は、学校へ来てから何度もされた。

 

 自分では分かっていることを、相手にも分かってもらうために、刀を持った。

 

 今度の相手は、五条悟だ。

 

 写真を撮ってもらえて嬉しかった人。

 

 そして、誰より強いと教わってきた人でもある。

 

「私は、やってみたいです」

 

 三輪が答えると、歌姫がこちらを見た。

 

「断っても、評価が下がることはないわよ」

 

「はい。でも、お相手していただけるなら、お願いします」

 

 頭を下げる。

 

 顔を上げると、五条が笑っていた。

 

 昼間と同じような笑い方だったが、今度は、返事を待ち構えていたのだと分かった。

 

「じゃあ、日と場所を決めようか」

 

「その前に、こちらで確認します」

 

 歌姫が言った。

 

「立会いと救護、周囲の管理。記録を誰が扱うかも。生徒を集めて騒ぐための場にはしません」

 

「分かった。硝子にも話しておく」

 

「日程が決まってからね」

 

「はいはい」

 

 日下部が、短く息を吐いた。

 

「俺も立ち会う。言い出すきっかけになった以上、見ないわけにもいかんだろ」

 

 三輪は三人の話を聞きながら、聞いておきたいことを頭の中へ並べた。

 

 木刀なのか、刀なのか。

 

 どこまで使っていいのか。

 

 勝負が終わるのは、どういうときか。

 

 五条がこちらを見た。

 

「何か、気になる?」

 

「あの、武器は、普段の刀でいいんでしょうか」

 

「うん」

 

「簡易領域も?」

 

「使っていいよ。僕も術式は使うから」

 

 三輪は頷いた。

 

「それと、一本入ったら終わり、という形ですか?」

 

 五条が少し首を傾けた。

 

 歌姫と日下部が、彼を見る。

 

「いや。どちらかが負けを認めるか、続けられないと立会人が判断したら、終わりにしよう。ただし、止められない攻撃はしない。そこは僕も守る」

 

「分かりました」

 

 三輪は、はっきり返事をした。

 

 五条が、面白そうに口元を上げた。

 

「そこは、緊張しないんだね」

 

「え?」

 

「さっき、写真を頼んだときより、ずっと落ち着いてる」

 

 三輪は、頬が熱くなるのを感じた。

 

「あれは、その……慣れていないので」

 

「僕と戦うのも、初めてでしょう」

 

「はい。でも、何をすればいいかは、分かるので」

 

 五条は一瞬、返事をしなかった。

 

 それから、笑った。

 

「そっか。じゃあ、よろしく」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

     *

 

 京都へ戻る列車の中で、三輪は手帳を開いていた。

 

 日程は、これから正式に連絡が来る。

 

 決まったことだけを書いておこうとしたが、ペン先は何度か止まった。

 

「五条先生と、手合わせ」

 

 小さく口に出す。

 

 隣で真依がこちらを見た。

 

「何回確かめるのよ」

 

「うん……聞き間違いじゃなかったんだなと思って」

 

「先生が二人とも聞いてたでしょ」

 

「そうなんだけど」

 

 通路を挟んだ席から、メカ丸の声がした。

 

「断るつもりは、なかったのか」

 

 三輪はペンを止めた。

 

「やってみたかったから」

 

「五条悟が相手でも?」

 

「うん」

 

 三輪は手帳を閉じた。

 

「どうやって動くのか、近くで見たい。私の剣に、どう返してくるのかも」

 

 メカ丸が、少しこちらを見ていた。

 

 真依が窓へ目を向ける。

 

「……そういうところは、全然遠慮しないのね」

 

「した方がよかった?」

 

「今さら聞かれても、知らないわよ」

 

 返事はそっけなかった。

 

 けれど、三輪が携帯電話で写真を開くと、真依も、横から少しだけ覗いた。

 

「ちゃんと撮れてた?」

 

「うん。パンダ、上手だった」

 

 画面の中の自分は、まだ少し緊張している。

 

 三輪は笑って、その写真を保存し直した。

 

     *

 

 正式な連絡は、翌日の放課後に届いた。

 

 翌週の金曜日。

 

 京都側で手配する演習場に、五条と日下部が来る。

 

 家入という東京校の医師も、救護のため同行するそうだった。

 

 歌姫から説明を受け、三輪は集合時刻と、持っていく物を確かめた。

 

 授業と任務の予定は、その前後も含めて調整されていた。

 

「当日の朝に、慌てて準備しないようにね」

 

「はい」

 

 三輪は用紙を受け取り、教室へ戻った。

 

 メカ丸が、机の上で工具を片づけていた。

 

「決まったのか」

 

「来週の金曜日。場所は、こっちだって」

 

 用紙を見せる。

 

 メカ丸が目を通し、頷いた。

 

「刀袋、あれを使うのか」

 

「うん。いつもの」

 

「持ってこい。留め具を見ておく」

 

 三輪は少し驚いて、彼を見た。

 

「何か、壊れてた?」

 

「壊れてからでは遅いだろう。運ぶ前に、確かめるだけだ」

 

「……うん。じゃあ、お願いしてもいい?」

 

 寮から持って戻ると、メカ丸は袋の口と、肩紐の付け根を順に確かめた。

 

 縫い目。金具。紐の擦れた場所。

 

 三輪は向かいの椅子へ座り、その手元を見ていた。

 

「自分でも、見たんだけどな」

 

「なら、二回見ればいい」

 

「それ、私がやると、何度も確かめてるって言われるんだけど」

 

 メカ丸の手が、一度止まった。

 

「……出発する前なら、構わん」

 

 三輪は小さく笑った。

 

「ありがとう」

 

 留め具を閉じる、乾いた音がした。

 

 メカ丸は袋を持ち上げ、三輪へ返した。

 

「問題ない。予備の紐は入れておけ」

 

「うん」

 

「記録は、残すんだな」

 

「先生たちが。見る人は、限るって言ってた」

 

「許可が出たら、あとで見せろ」

 

「分かった。私も見たいから、一緒に」

 

 メカ丸が短く頷いた。

 

 三輪は刀袋を畳み、鞄の上へ置いた。

 

 当日が終わってからの予定が、一つできた。

 

     *

 

 手合わせの前日の夕方、三輪は刀の手入れを済ませた。

 

 明日の天気を確かめる。

 

 集合場所と時刻も、もう一度見た。

 

 師には、すでに話してある。

 

 相手の名前を伝えたときには、随分と長く黙られたが、最後には、学校の先生方の指示をよく聞くようにと言われた。

 

 緊張しているか、とも尋ねられた。

 

 少し、と答えた。

 

 それは本当だった。

 

 五条がどんなふうに戦うのか、考えるたび、胸の奥が落ち着かなくなる。

 

 三輪は左手で鞘を持ち、右手を柄へ添えた。

 

 何度も握った感触が、手の中へ収まる。

 

 明日は、ここから始める。

 

 刀を抜く前に、相手を見る。

 

 立つ位置を確かめる。

 

 それから、届くところへ踏み込む。

 

 三輪は手を離し、刀を袋へ戻した。

 

 携帯電話の画面には、東京で撮ってもらった写真が残っていた。

 

 少し眺めてから、画面を消す。

 

 明日は、きちんと自分の剣で応えたい。

 

 三輪は目覚ましの時刻を確かめ、机の灯りを落とした。

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