第15話:天使の手牌、堕天の伏せ牌
「おはようございます。よく眠れましたか?」
声をかけられ、伏黒恵は頭を押さえながら起き上がる。
見慣れない天井。身体に残る疲労。そして、ベッドの向かいに立つ見知らぬ少女。
白い髪に、頭の輪っか。
少女は恵の目覚めを確かめると、穏やかな笑みを浮かべた。
「運命の人」
「……は?」
恵は眉をひそめた。
寝起きの頭では、その言葉の意味が理解できない。ベッドから部屋の中を見回す。ホテルの一室。そこには虎杖悠仁と高羽史彦もいた。
悠仁はバスローブ姿で、窓際に立っている。手にはワイングラス。高羽は調達してきた食料をテーブルに広げていた。
「どれくらい寝てた?虎杖」
悠仁が振り返る。
「ホテルだよ。お前、二日くらい寝てたんだぞ」
「二日……?」
恵は額に手を当てた。
「今、14日の夜」
悠仁は謎のワイングラスを手にしたまま答えた。
恵は短く息を吐く。思った以上に時間が経っていた。
「そうか……」
「いやー、目が覚めてよかったな! こっちは食料も確保して、いつでも宴会できる状態だぜ!」
高羽が袋を掲げる。
「宴会はしねぇよ」
「即答!? 病み上がりなのにツッコミのキレが戻ってる!」
いつもどおりの高羽に、恵はわずかに表情を緩めた。だが、すぐに真剣な顔へ戻る。部屋にいるのは、自分を含めて四人。悠仁、高羽、そして見知らぬ少女。
「……誰だコイツ?雀ヶ原先輩は?」
恵の問いに、悠仁はグラスを置いた。
「まず、先輩と合流して戦ってたんだ。その後先輩がタバコ探してくるって別行動になって、高羽と合流したんだ」
「合流?」
「ああ。高羽が黄櫨と戦ってるところに出くわしてさ。そこで一緒に動くことになった」
高羽が得意げに胸を張る。
「いやー、あの戦いはなかなか派手だったぜ。爆発あり、笑いあり、命の危機あり!」
「笑いはお前だけだろ」
「厳しい!」
悠仁は話を続けた。
「それから、お前を探してたら、来栖が倒れてるお前を運んでるところに遭遇したんだ」
恵は少女――来栖華へ視線を向ける。
「こいつが、俺を?」
「そう。気を失っていたあなたを見つけて、ここまで運んだんです」
来栖は落ち着いた声で答えた。
恵は三人を順番に見た。
「……警戒心とかないのか、お前ら」
「「「まあまあまあ」」」
三人の声が重なる。恵は少しだけ視線を逸らした。
「……悪かった。助けてくれて、ありがとう」
「おおっ、素直にお礼を言った!」
高羽が大げさに驚く。
「そこは茶化すな」
「はい!」
高羽はすぐに口を閉じた。
「ほんでその後、先輩がこのホテルに入る俺たちを見つけて一旦集合した。でも、また先輩が今度はネット繋がらないか確認しに勝手に別行動ってわけ」
悠仁は思い出したようにコガネを取り出す。
「そんなことより、見ろよ伏黒!」
画面を恵に向けた。
「秤先輩が100ポイント獲得したんだ!」
恵の目が画面に向く。
「それだけじゃない。乙骨先輩も仙台で190ポイント稼いでる」
悠仁は続けて数字を示した。
「そこに俺たちのポイントを合わせて、合計359ポイントだ!」
「359……」
恵は数字を確認する。秤の100ポイント。乙骨の190ポイント。そして、自分たちがここまでに獲得したポイント。津美紀を救うための条件を満たすだけの点数は、すでに集まっている。
「これなら、津美紀を助けるために必要な手続きを進められる」
恵は安堵しかけて、すぐに次の問題を考えた。
「……あとは、ルール追加後に何ポイントで死滅回游から離脱できるか、か」
「そういうこと」
悠仁が頷く。
恵は来栖と高羽に向き直った。
「二人のポイントも使わせてもらっていいのか?」
高羽はあっさりと頷いた。
「もちろん! 譲渡のルールを追加してくれたおかげで、殺し合いをしなくてもポイントをやり取りできるようになったんだろ? だったら、俺も協力するぜ」
来栖も首を横に振る。
「私もポイントには困っていません。必要なら使ってください」
「……助かる」
恵は二人に礼を言った。これで、津美紀を救うための道筋は見えた。
だが、まだ終わりではない。
恵は来栖を見つめた。
「それで、あんたに聞きたいことがある」
「私に?」
「俺たちは『天使』って呼ばれるプレイヤーを探してた。東京第2結界にいると聞いていたんだが……」
恵は言葉を切り、彼女の目を見た。
「来栖華。あんたが天使なのか?」
来栖はすぐには答えなかった。
恵はさらに尋ねる。
「それと、もう一つ。どうして俺を助けた?」
その瞬間、来栖の頬に異様な口が現れた。
「質問が多いですね、運命の人。女の子には矢継ぎ早に質問してはいけない」
少女の声とは異なる声が、口から響く。
高羽が目を見開いた。
「うわっ、顔に口が生えた!飯の量二倍じゃん!」
悠仁は驚きながらも、どこか納得したような顔をする。
恵は口を見据えた。
「お前が天使なのか?」
「そう。私は天使。彼女とは別の存在ですが、同じ身体を共有しています」
「じゃあ、来栖を操ってるのか?」
「いいえ。私たちは共生しています」
天使は淡々と答えた。
「それより、なぜ私が彼女を助けたのか、でしたね――」
「わーっ! そこはいいから!」
来栖が慌てて自分の頬を押さえた。口が塞がれ、声が途切れる。
恵は目を細めた。
「……何か隠してるな」
「気のせいです!行き倒れてる人を助けるのに理由があって?」
来栖は妙に早口で答えた。
恵は追及したい気持ちを抑え、ひとまず話を進める。
「天使。お前の術式は封印などを解除するであっているのか?」
来栖の手に、再び口が現れた。
「私の術式は『術式の無効化』」
「……あらゆる術式を?」
「ええ、結界術も例外ではありません。結界を無効化し、出入りすることも可能です」
恵は、来栖が東京第2結界から移動してきた理由を理解しかけた。
「だから、ここにいるのか。東京第2結界から出てきた……」
「そうです。あちらでは鹿紫雲一が多くの泳者を倒していました。私が結界を抜けられたのも、術式によって結界を無効化できるからです」
恵は天使の説明を頭の中で整理した。結界を無効化できる術式。それが本当なら、天使は死滅回游を攻略するうえで極めて重要な存在だ。
「じゃあ、どうして俺を助けた?」
恵は再び問いかけた。
来栖は口を開きかけたが、今度は天使が先に答えた。
「私の目的は、受肉した泳者を消滅させることです」
「受肉した泳者を……全員?」
「そうです。受肉とは、器となった人間の意識を押しのけ、他者がその身体を使う行為。神の理に反することです」
天使の声に、初めて強い意志がにじんだ。
「私は、それを正すために存在しています」
恵は慎重に言葉を選ぶ。
「なら、お前の術式で受肉した術師を消せば、器の人間は元に戻るのか?」
「いいえ」
天使は即座に否定した。
「受肉した術師と器の肉体は、すでに融合しています。無理に術師を消滅させれば、器となった人間も命を落とす可能性が高い。受肉前の状態に戻すことはできません」
恵は口を閉じた。術式で受肉体を消せるとしても、それで人を救えるとは限らない。
では、何を頼めばいいのか。恵が考え込む前に、天使が問い返した。
「あなたたちが私を探していたのは、受肉した泳者を消すためですか?」
「違う」
恵ははっきりと答えた。
「俺たちが必要としているのは、獄門疆の封印を解くことだ」
悠仁も身を乗り出す。
「五条先生を助けたいんだ」
天使は少しの間、沈黙した。
「……それなら、可能です」
「本当か!?」
悠仁の顔が明るくなる。恵も思わず身を乗り出した。
「お前の術式なら、獄門疆の封印を解除できるんだな?」
「可能です」
五条悟を解放できる。
その答えは、彼らにとって大きな希望だった。
だが、天使はそこで話を終えなかった。
「ただし、ひとつ条件があります」
恵の表情が引き締まる。
「条件?」
「私に協力してください。私が消滅させなければならない相手がいます」
「……受肉した泳者か?」
「いいえ。一人だけです」
天使の声が冷たく響いた。
「『堕天』を殺してください」
恵は眉を寄せる。
「堕天……?」
「それができるなら、私が獄門疆の封印を解きます」
五条悟を解放するための条件。それは、正体の分からない術師を殺すことだった。
恵は天使を見据える。
「その堕天ってのは、何者なんだ?」
その瞬間、虎杖悠仁の意識が揺らいだ。周囲の景色が消える。
気づけば悠仁は、見慣れた暗い空間に立っていた。
目の前には、口元を歪めた両面宿儺。
「……宿儺」
宿儺は愉快そうに笑った。
「ククク……。間抜けな話だな、虎杖」
悠仁は睨みつける。
「何が言いてぇ」
宿儺は、まるでとっておきの冗談を明かすように告げた。
「『堕天』は俺だ」
悠仁の表情が凍りついた。
天使が殺そうとしている相手。
五条悟の封印を解くために、倒さなければならない相手。
それが――自分の中にいる呪いの王、両面宿儺だった。
*
東京第1コロニー。
雀ヶ原雀は、地面に片膝をついていた。
目の前に広がっていた麻雀卓のような結界は、すでに跡形もない。
領域展開『四方宝城』は終了していた。
結果は敗北。
相手に八度の和了りを許したことで、雀の領域は崩壊したのだ。
「はっ、ははっ! なんだよ、あの大層な術式は! 結局、負けてんじゃねえか!」
勝ち誇った敵が、雀を見下ろして笑う。
雀は顔を上げることなく、深く息を吐いた。
「……あーあ。箱ラスかよ」
領域展開の反動で、術式は焼き切れている。
今の雀には、いつものように麻雀の役を利用して戦うことはできない。
「おい、聞いてんのか?」
敵が雀の頭を蹴り飛ばそうと、足を振り上げる。その瞬間、雀は地面に手をつき、身体をひねって蹴りをかわした。
そして、敵の懐へ潜り込む。
「っ!」
拳が腹部にめり込んだ。敵の身体がくの字に折れる。雀は間髪入れず、顔面へ拳を叩き込んだ。
男は吹き飛び、地面を転がる。
「て、てめぇ……!」
敵はふらつきながらも立ち上がろうとする。雀は追いすがり、今度は顎へ拳を振り抜いた。
鈍い音が響く。
男の身体が崩れ落ちた。起き上がろうとする様子はない。
雀は倒れた男を見下ろし、荒い息を吐いた。そのとき、コガネが姿を現した。
『5ポイントが加算されました』
「……はいはい」
雀は告知を聞き流すように返事をすると、倒れた男から視線を切った。術式が使えない以上、今は地道に殴ってポイントを稼ぐしかない。
「ったく……。面倒くせぇ」
雀は首を鳴らし、再び歩き出した。
◇
「ま、待ってくれ!」
しばらく進んだ先で、別のプレイヤーと遭遇した。何度か拳を交えると男は両手を上げ、必死に首を横に振る。
「俺はもう戦う気なんかねえ! ポイントなら渡す! だから見逃してくれ!」
雀は足を止めた。
「……ポイントを?」
「ああ! 頼む! 殺さないでくれ!」
男の顔は恐怖で引きつっていた。
雀は少し考えた後、面倒そうに頭をかいた。
「最初からそう言えばいいんだよ」
雀は男の申し出を受け入れ、ポイントを譲渡させた。男が生きていることを確認するようなこともなく、雀はさっさとその場を離れる。
戦うよりも、譲ってもらえるならその方が手っ取り早い。無駄な戦闘を避けられるうえに、ポイントまで手に入る。
まさに一石二鳥だった。
◇
それから、およそ一時間。
雀はコロニー内を歩き回りながら、ポイントを稼いでいた。襲いかかってくる相手は拳で叩き伏せる。
戦意を失った相手や、勝ち目がないと悟った相手からはポイントを譲り受ける。
そうして、雀の所持ポイントは50点にまで増えていた。
「……まあ、こんなもんか」
雀は倒れた相手から視線を外し、軽く肩を回した。
領域を失い、術式も焼き切れた状態での肉弾戦。楽な稼ぎ方とは言い難かったが、結果としてポイントは手に入った。
雀は小さく息を吐き、スマートフォンを取り出した。画面に表示された時刻を確認する。
「……こんな時間か」
雀はスマートフォンを片手に、コガネを呼び出した。
表示されたプレイヤー情報に目を通し、現在のポイントを確認する。
「……あと少しで術式も戻るか」
雀は小さく息を吐き、スマートフォンを取り出す。プレイヤー情報を確認し、現在のポイントを確かめた。
「……あと少しで術式も戻るか」
雀はスマートフォンをしまうと、踵を返した。
「帰るか。これ以上やっても、コスパ悪ぃし」
今はポイントを稼ぐことよりも、状況を整理する方が先だ。ホテルに戻れば、虎杖たちと合流できるかもしれない。
そう考えながら、雀はコロニーの中を歩き出した。
道中、スマートフォンを取り出して通信状況を確認する。相変わらず、満足にネットへ接続できる状態ではない。
「……結局、何も調べられねぇままかよ」
舌打ちを一つ。雀は画面を消し、再びポケットへしまった。
面倒ごとは増える一方だ。虎杖から聞いた話も気になるが、今ここで考えたところで答えは出ない。
まずはホテルに戻る。それから考えればいい。
やがて、見慣れたホテルの建物が視界に入った。
雀は気だるげな足取りのまま入口へ向かい、自動ドアをくぐる。
ホテルのロビーに足を踏み入れたところで、雀はようやく一息ついた。
原作基準で行きますか?
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はい。原作基準でオリ敵、オリ展開無し。
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いいえ。原作基準ではなくオリ敵オリ展開で