――虎杖悠仁の内側。
黒く濁った水面のような空間に両面宿儺は立ち、目の前にいる虎杖を見下ろしながら、宿儺は口元を歪める。
「『堕天』は俺だ」
その言葉を聞いた虎杖の表情が強張った。
天使が探している存在。五条悟の封印を解くために、殺さなければならない相手。
それが、自分の中にいる宿儺だというのか。
「……ふざけんなよ」
虎杖が吐き捨てる。
しかし、宿儺はそれ以上何も語らず、ただ愉快そうに笑っていた。
虎杖の意識が、現実へと引き戻される。
◇
ホテルの廊下。
雀ヶ原雀はスマートフォンを片手に、自分たちが使っている部屋へと戻ってきた。
扉を開けると、伏黒恵と虎杖悠仁、そして来栖華がいた。
「ただいまー……」
気の抜けた声とともに、雀が部屋へ入る。
「……ん?」
雀は、虎杖の様子がおかしいことに気づいた。
伏黒の隣に座る虎杖は、何かを考え込むように黙り込んでいる。
「どうした、パチンコ大王。死んだ魚みてえな顔してんぞ」
「その呼び方なんなんだよ!」
虎杖は反射的に言い返したものの、すぐに表情を曇らせた。
「……いや、ちょっと具合が悪いだけだ」
そう言って立ち上がる。
「悪い、ちょっと代わってくれ」
ソファーには来栖が座っていたが、場所を譲ってもらう。
「え? あ、うん……」
来栖が伏黒の横へ座る。虎杖はそのままソファー前、来栖の背後に立った。
伏黒が不思議そうに見ている。
虎杖は気づかれないように、伏黒と雀へ向けて身振り手振りを始めた。
羽のように手を振る。
次に、自分を指す。
そして、片手で髪をかき上げ、頬に一本線を引く。
「…………」
伏黒が眉をひそめる。
虎杖は焦った様子で、もう一度同じ動きを繰り返した。
両手で羽。
自分を指す。
髪をかき上げ、頬を指さした後、口を指さす。
雀は数秒、虎杖を見つめた。
それから、ゆっくりと伏黒へ顔を向ける。
「……伏黒」
「……ああ」
二人の視線が交差した。言葉は交わさなかった。だが、互いに同じ答えへ辿り着いていた。
『堕天』
それは、虎杖の中にいる両面宿儺。
「……なるほどな」
雀が、深々とため息をついた。
「そりゃまた、とんでもねえ打点だこと」
麻雀における打点。
勝負を決めるために必要な点数。そして、相手が持つ圧倒的な価値。宿儺という存在は、雀にとって簡単に手を出せる相手ではなかった。
五条悟の封印を解くために、宿儺を殺す。言葉にすれば簡単だが、その実現可能性はあまりにも低い。
「……何かおかしい」
来栖の背後で動いている虎杖に気づかないまま、声を上げる。
「コロニーの中に、人間が大量に入ってきている」
天使の声に、部屋の空気が変わった。
「それも、尋常な数じゃない」
虎杖は慌てて両手を下ろした。天使は、虎杖の身振りには気づいていない。
雀がスマートフォンを持ち直す。
「……大量に、ねえ」
嫌な予感がした。
「コガネ」
天使が呼びかけ、すぐさま式神が姿を現した。
「ここ10分で増加したプレイヤー数を教えろ」
コガネは一瞬の間も置かず、回答した。
『807』
「……807人?」
伏黒が聞き返した。
ここ10分で、807人。偶然にしては多すぎる。
雀はスマートフォンを片手に、舌打ちした。
「……マジかよ。何の冗談だ、そりゃ」
死滅回游に、何かが起きている。
それも、今までとは明らかに規模の違う何かが。
◇
「……ホテルを出るぞ」
雀が言った。
「え?」
虎杖が振り向く。
「1000人近くも人が増えたんだ。そいつらが全員バラバラに動いてるとは限らねえ。人が集まってそうな場所から探すなり、襲うなりするだろ」
雀はスマートフォンをポケットへしまった。
「ホテルなんて、真っ先に目をつけられそうな場所じゃねえか。ここで待ち構える理由がねえ」
「確かに……」
伏黒が頷く。
「全員で移動した方がいい」
「決まりだな。さっさと降りるぞ」
雀は扉へ向かい、虎杖たちも続く。
部屋を出て、廊下を進み、階段へ。天使が口を開いた。
「おそらく、羂索の狙いは呪霊による、非術師の大量虐殺」
天使の言葉に、伏黒が顔を上げる。
「大量虐殺……?」
「死滅回游内での呪力が足らなかった時のためのサブプラン。そう考えれば、これだけの人間を送り込んだ理由にも説明がつく」
天使は階段を降りながら、淡々と続けた。
「羂索が何を企んでいるにせよ、こいつらはその計画に利用されている可能性が高い」
「軍隊まで使って、そんなことを……」
虎杖が険しい顔をする。
雀は手すりに片手を添え、階段を降りながらぼやいた。
「……呪霊に一般人を襲わせて、呪力を集めるってことか。胸糞悪い話だな」
「まだ推測の域は出ないわ。ただ、ここに留まるのは危険よ」
「同感だな」
雀は短く答えた。
やがて、ロビーが見えてきた。そのときだった。
「――伏せろ!」
虎杖が叫んだ。
ロビーの奥から、何かが飛んでくる。
金属製の筒。
床へ落ちる直前、虎杖はそれを視認した瞬間、考えるより先に足が動いた。
「おらぁっ!」
虎杖の蹴りが、筒を弾き飛ばした次の瞬間。
閃光と轟音が、ロビーに炸裂した。
破裂音が響くなか、入口から武装した集団がなだれ込んでくる。
「動くな!」
怒号が飛ぶ。
兵士たちは銃口を向け、一行を取り囲もうとした。
しかし、相手が悪かった。
「……ったく。帰ろうとしたらこれかよ」
雀が、心底面倒くさそうに呟く。
「虎杖、伏黒。手加減はしろよ。話を聞く必要がある」
「分かってる!」
「高羽は来栖を守れ」
「あらほらさっさー!」
おちゃらけた高羽の声と共に、虎杖が踏み込む。
銃口が向けられるより早く兵士の懐へ入り込み、その腕を弾き上げた。銃が床へ落ちる。伏黒も玉犬を呼び出し、兵士たちの動きを封じていく。
雀は飛び込んできた兵士の腕をいなし、足を払った。相手が床に倒れ込むのを見届け、次の兵士へ向き直る。
術式を使うまでもない。
数分も経たないうちに、ロビーは静かになった。銃器は取り上げられ、兵士たちは床に押さえつけられている。
「さて、と」
雀は、比較的落ち着いている兵士の一人の前にしゃがみ込んだ。
その兵士は、日本人だった。
「何しに来た?」
兵士は口を閉ざした。
「英語で話した方がいいか?」
「……いや、日本語でいい」
兵士は小さく息を吐いた。
「俺は末端の末端だが、現地ガイドみたいなもんだ。詳しいことは知らねえよ」
「現地ガイド?」
雀が眉をひそめる。
「この売国奴がーー!」
「言いたいだけだろ今の。まぁ、とりま知ってることだけ話せ。お前らの目的は何だ?」
冷たいツッコミに高羽はしょげていくのを横目に見ながら雀は問いただす。
「呪術師を捕獲することだ。俺たちは、呪術師を連れて帰って研究するよう命令されてる」
「研究ねえ……。何のために?」
「詳しいことは知らねえ。呪力とかいうものを、代替エネルギーとして研究することになったらしい」
兵士は、言い訳するように続けた。
「俺たちは命令されたから来ただけだ。計画の全容なんか知るわけねえだろ」
雀は黙って兵士を見つめた。
「……つまり、呪術師を捕まえて、呪力を研究するために送り込まれたってことか」
「そうだ」
兵士の返答を聞き、伏黒が険しい表情を浮かべた。
「将来的に自国民が自給自足できるかもしれないからと言う理由での研究か」
「日本ではそんな発想なかったですね」
来栖が同調する。
「この国のトップはあくまでアホの総監部、プライドの高い奴らは自己責任論が強い。この国では無理だな」
雀は来栖へ呪術界のことを教える。
「羂索は新たなエネルギーと言う餌を使って、軍隊を招くことで、呪霊への贄にすること」
「それによる死の間際に生じて起こる呪力を使い、結界内の呪力を満たす。この国の人間と天元を同化させるための慣らしとして」
伏黒の言葉を天使がまとめる。
「なんで、こんなことに一般人まで巻き込むんだよ」
利用されている兵士たちは何も知らずにコロニーへ送り込まれた。そして、彼らを利用して目的を果たそうとする羂索。
虎杖の表情が険しくなる。
「……俺、こいつらを助けたい」
その言葉に、天使がすぐさま反応した。
「ダメだ」
「何でだよ!」
「助けると言って、何をするつもりだ?ここにいる兵士たちを解放したところで、他の場所に侵入した軍人たちまで救えるわけじゃない」
「だからって、見捨てていい理由にはならないだろ!」
虎杖の声が、ロビーに響いた。
「それにもうこの結界内では呪力が満ちている。他で戦闘があったのだろう。別コロニーも要は同じだ」
「こいつらだって、利用されてるだけなんだぞ!何も知らないまま、殺されるかもしれないんだ!」
「感情だけで動けば、あなた自身が次の犠牲者を生むことになる。私と華は共生していると言っただろ?彼女のリスクは私のものでもある。いらぬ争いに巻き込ませるな」
天使は現実的に意味がなく、無駄だと教える。
「だからなんだ?元々仲間でもねぇ。こっちは勝手にさせてもらうからな。指図するな、俺は
二人の間に、険悪な空気が流れる。
雀は、その様子を黙って眺めていた。
虎杖の言いたいことは分かる。
だが、天使の言うことも間違ってはいない。
807人。
それだけの人数が、わずか10分でコロニーに流れ込んだ。
ここで数人を助けたところで、状況そのものが変わるとは限らない。
しかし、見捨てれば何が起こるのかも分かっている。
「……俺のせいかもしれない」
そのとき、場違いな声が割って入った。
高羽史彦だった。
「……は?」
全員の視線が高羽へ向く。
「いや、だってさ。俺って今、結構人気あるじゃん? 俺を見に来た人が、こんなに集まっちゃったのかもしれないなって」
高羽は、真顔で言った。
「……お前、何言ってんだ?」
伏黒が呆れた声を漏らす。
「いやいや、あるだろ!人気者には人が集まるもんだから!これが有名税か!?」
「ねえよ」
雀が即座に切り捨てた。
「お前の人気で807人がコロニーに入ってくるわけねえだろ。どんな集客力だよ、ゆずの路上ライブか」
「えー、そんなに否定しなくてもいいじゃん!」
高羽が不満そうに頬を膨らませる。張り詰めていた空気が、一瞬だけ緩んだ。
だが、すぐに虎杖が天使へ向き直る。
「とにかく、俺は助けたい。できることがあるなら、やるべきだろ!」
「……あなたは、本当に面倒な人ね。それに誰と喋っているんですか?天使とですか?私とですか?」
天使は冷ややかな視線を返した。
「不愉快です」
二人の口論は、まだ終わりそうになかった。
雀は小さく息を吐き、床に座らされた兵士たちへ視線を向けた。
「……あー、もう」
面倒ごとが、また一つ増えた。
しかも今回は、ポイントを稼げば解決するような話ではない。
死滅回游の盤面そのものが、誰かの手によって書き換えられようとしている。
雀は、スマートフォンを取り出しかけて、やめた。
今は、時刻を確認している場合でもなさそうだった。
「……とりあえず、こいつらから聞けることは全部聞く。それから考えようぜ」
虎杖も、天使も、すぐには答えなかった。
ロビーの外では、何が起きているのか分からない。
ただ一つ確かなのは、807人という数字が、これから始まる混乱のほんの一端に過ぎないということだった。
原作基準で行きますか?
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はい。原作基準でオリ敵、オリ展開無し。
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いいえ。原作基準ではなくオリ敵オリ展開で