~ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの人生上映会~ 作:上映会を愛するもの
### 第十話 置き去りにされた革命
スクリーンに映し出されたルルーシュ・ランペルージは、ひどく疲れた顔をしていた。
いつものように余裕ぶった笑みを浮かべているわけでもなければ、ゼロの仮面を被って堂々と演説しているわけでもない。ただ、暗い場所で一人、俯いていた。
その瞳には、今も赤い紋様が浮かんでいる。
ギアス。
他人を絶対に従わせることのできる異能。
そして、大切な人を失う原因となった力。
第一部の上映を終えた観客たちは、その紋様が何を意味するのかを嫌というほど理解していた。
「……ルルーシュ」
ユーフェミア・リ・ブリタニアは、スクリーンを見つめながら小さく名前を呼んだ。
彼女の隣では、姉のコーネリアが腕を組んでいる。先ほどまでは妹を抱き締めながら涙を流していた彼女だったが、今は普段の厳しい表情に戻っていた。
もっとも、その視線に込められた怒りが消えたわけではない。
ルルーシュが故意にユーフェミアを操ったわけではないことは分かった。行政特区日本を受け入れるつもりだったことも、あの命令が冗談から生じたものだったことも、すでに理解している。
しかし、それだけだった。
彼がその後、自分の判断でユーフェミアを撃ったこと。真実を公表せず、虐殺皇女という汚名を政治的に利用したこと。それらまで事故だったとは言えない。
コーネリアは、まだ弟を許していなかった。
「……どうして、こんな顔をしているのでしょう」
ユーフェミアが呟いた。
「何だと?」
「ルルーシュです。先ほどの映像でも、ずっと苦しそうにしていました。もちろん、彼がしてしまったことは取り返しのつかないことです。でも……」
そこでユーフェミアは言葉を切った。
何を言えばいいのか分からなかったのだ。
彼女は自分の死を知った。自分が日本人を虐殺したことも、ルルーシュがその原因だったことも知ってしまった。
それでも、幼い頃から大切に思っていた少年を、簡単には嫌いになれなかった。
「ユフィ」
コーネリアが静かに呼び掛ける。
「お前があの男を心配する必要はない」
「……はい」
「だが、気になるならば最後まで見ればいい。私も、あいつが何をしてきたのか知りたいと思っている」
ユーフェミアは姉の顔を見上げた。
「姉上も、ですか?」
「当然だ。少なくとも、先ほどまでの映像で分かったことがある。私が知っていたルルーシュと、実際のあいつは、必ずしも同じではなかった」
コーネリアはそう言って、スクリーンへ顔を戻した。
そこには、黒い制服を身にまとった少年が映っている。
彼女にとっては弟であり、敵であり、妹を殺した男。
その人生には、まだ明らかになっていない部分がある。
知らなかったから許すのではない。
知らないまま憎み続けることも、今はしたくなかった。
その違いを、コーネリアは自分なりに理解していた。
◇ ◇ ◇
『それでは、上映を再開いたします』
アナウンスが響き、映像が切り替わった。
そこに映し出されたのは、行政特区日本の虐殺事件が引き金となって発生した大規模な武装蜂起だった。
ブラックリベリオン。
ゼロの呼び掛けによって、日本人たちが一斉に立ち上がった戦いである。
トウキョウ租界を目指す黒の騎士団。その前に立ちはだかるブリタニア軍。街には砲撃音が響き、空をナイトメアフレームが駆け抜ける。
ゼロは、これまでにない規模の戦力を動かしていた。
「……あの日か」
藤堂鏡志朗が腕を組んだ。
彼の隣では、千葉凪沙が険しい表情でスクリーンを見つめている。
「覚えています、藤堂さん。あの時は、ついに日本を取り戻せるのではないかと……」
「ああ。私もそう考えていた」
藤堂の声には、苦々しさがあった。
あの時、黒の騎士団は確かに優勢だった。ブリタニア軍を追い詰め、トウキョウ租界を制圧する可能性さえ見えていた。
そして、その中心にいたのがゼロだった。
「すげえ勢いだったよな。俺たち、本当に勝てると思ってたんだぜ」
玉城真一郎が声を上げた。
「ブリタニアの連中が逃げ回ってよ。あの時の俺なんて、もう日本を取り戻した後のことまで考えてたんだからな!」
「玉城、少し静かにしてくれ」
扇要が困ったように注意する。
「何だよ、扇さん。せっかく俺たちの活躍が映ってるんだぜ?」
「活躍だけならいいんだがな……」
扇はそれ以上、何も言わなかった。
ブラックリベリオンの結末を、彼は知っている。
黒の騎士団は敗北した。
多くの仲間が捕まり、組織は壊滅状態に追い込まれた。
そして、何より不可解だったのが、勝利へ手が届きかけた瞬間、ゼロが戦場を去ってしまったことだった。
「……やっぱり、気になるわね」
カレンが口を開いた。
普段の学生らしい雰囲気は消え、黒の騎士団のエースパイロットとしての真剣な表情を浮かべていた。
「ゼロがあの時、何を考えていたのか」
その言葉に、藤堂が頷いた。
「私も知りたい。軍の指揮官として、あの撤退だけは今でも納得できていない」
カレンは唇を噛んだ。
彼女はゼロを信じていた。
正体がブリタニアの皇子だと知ってからも、簡単には割り切れなかったほどに。
だが、あの日だけは違った。
ゼロは突然、戦場から姿を消した。
その理由を知らされないまま、黒の騎士団は敗北したのである。
しかし、その答えはまもなく明らかになった。
スクリーンの中で、ゼロが通信を受け取ったのだ。
ナナリーがいなくなった。
その事実を知った瞬間、仮面の男の動きが止まった。
「……え?」
カレンが声を漏らした。
画面には、ルルーシュの胸中が映し出されている。
妹が消えた。
誰かに連れ去られた。
その事実が、彼の思考を埋め尽くしていた。
戦況を計算していた頭脳も、敵軍の動きを予測していた冷静さも、消え失せた。
ただ、ナナリーを取り戻さなければならないという思いだけが残った。
「……お兄様」
ナナリーが呟いた。
彼女の傍らでは、咲世子が静かに車椅子の取っ手へ手を添えている。
ナナリーは、自分がブラックリベリオンの最中に連れ去られたことを知っていた。だが、兄がその知らせを受けた瞬間、どれほど動揺していたのかまでは知らなかった。
画面の中で、ゼロは指揮権を離れようとしている。
黒の騎士団の仲間たちが、まだ戦っているというのに。
「……待ちなさいよ」
カレンが呟いた。
彼女は無意識のうちに椅子の肘掛けを握っていた。
「ナナリーのことは分かるわ。でも、だからって……」
その先の言葉が続かなかった。
ゼロが妹を大切にしていたことは知っている。
むしろ、生徒会で過ごしていた頃から、ルルーシュがナナリーに甘いことは有名だった。
だが、戦場は違う。
指揮官が突然いなくなれば、部下たちはどうなるのか。
ましてや、今はブリタニア軍と全面戦争を繰り広げている最中なのだ。
「……ふざけるなよ」
玉城の声が低くなった。
「俺たちは、あいつを信じて戦ってたんだぞ」
先ほどまで威勢よく騒いでいた男が、今は怒りを露わにしている。
「ナナリーが大事なのは分かるよ。そりゃ妹が攫われたら、誰だって助けに行きてえだろうさ。でも、俺たちはどうなるんだよ!」
扇は何も言わなかった。
同じことを考えていたからだ。
ゼロにとってナナリーは特別だった。
そのことは、今なら理解できる。
しかし、黒の騎士団にとっても、あの日は特別だった。
長年奪われ続けてきた祖国を取り戻す、最大の機会だったのである。
それを失った。
「……確かに、ゼロの行動は指揮官として許されるものではない」
藤堂が静かに言った。
その声に、カレンが顔を向ける。
「……藤堂さん」
「肉親を案じる気持ちは理解できる。だが、部隊を率いる者には、その部隊に対する責任がある」
藤堂は、画面から目を逸らさなかった。
「ゼロは、その責任を放棄した」
誰も反論しなかった。
ナナリーは、膝の上で手を握り締めた。
自分のためだった。
兄が戦場を離れたのは、自分を助けるためだった。
その事実が、重く胸にのしかかってくる。
「……私のせいで……」
「違います、ナナリー様」
咲世子がすぐに声を掛けた。
「ルルーシュ様がどのような選択をなさったとしても、それはルルーシュ様ご自身の判断です」
「……でも、お兄様は……」
「あなたを大切に思っていた。それは間違いありません。ですが、そのことと、ほかの方々が受けた被害は別の問題です」
ナナリーは顔を伏せた。
咲世子は、それ以上何も言わなかった。
優しい言葉だけを掛けることもできた。
しかし、それではナナリーが求めている答えにはならない。
彼女は兄を愛している。
それと同時に、兄がしたことを理解しようとしている。
だからこそ、曖昧な慰めではなく、事実を伝える必要があった。
◇ ◇ ◇
スクリーンでは、ゼロが神根島へ向かっていた。
C.C.が彼を助け、敵の追撃を食い止める。
そして、その先でルルーシュを待ち受けていたのは、枢木スザクだった。
「……スザク」
ユーフェミアが息を呑んだ。
画面には、怒りに満ちた少年の姿が映し出されている。
彼はユーフェミアの死を知っていた。
ゼロが彼女を撃ったことも知っている。
だが、行政特区日本で何が起きたのか、その真実は知らなかった。
少なくとも、今まで上映された映像のような事情を聞かされてはいなかった。
スザクにとって、ゼロはユーフェミアを殺した仇だった。
そして、そのゼロが自分の親友だったと知る。
あまりにも残酷な再会だった。
「……嫌です」
ユーフェミアが小さく呟いた。
コーネリアが顔を向ける。
「ユフィ?」
「こんなの……嫌です。スザクとルルーシュが、こんなふうに争うなんて……」
その声は震えていた。
ユーフェミアは二人を知っている。
幼い頃からの友人であり、互いを大切に思っていた少年たち。
スザクもルルーシュも、自分にとって大切な人だった。
それなのに、今は銃を向け合っている。
しかも、その原因の一つが自分の死だった。
彼女には、それが耐え難かった。
「……ユフィ」
コーネリアは何か言おうとしたが、結局口を閉じた。
今の妹に何を言ったところで、簡単に納得できるはずがない。
そして、スクリーンの中でゼロの仮面が外れた。
黒髪の少年が姿を現す。
ルルーシュ・ランペルージ。
いや、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
それを見たカレンは、思わず顔を覆った。
「……やっぱり、あの時……」
彼女も、その場にいた。
ゼロの正体を知った。
自分が信じてきた男が、ブリタニアの皇子だったと知った。
その衝撃を、今でも覚えている。
「……カレン」
扇が声を掛けた。
「……大丈夫よ」
カレンは小さく首を振った。
「ただ、あの時のことを思い出しただけ」
彼女はゆっくりと顔を上げた。
スクリーンには、銃を向け合う二人の少年が映っている。
ルルーシュとスザク。
同じ学園に通い、同じ生徒会に所属し、何度も一緒に笑い合った二人。
しかし、その正体はゼロとブリタニアの騎士だった。
そして、ユーフェミアの死によって、互いを許すことのできない敵同士になっていた。
「……知らなかったことばかりね」
カレンが呟いた。
ミレイも、同じことを考えていた。
生徒会室では、いつも顔を合わせていた二人。
ルルーシュは頭がよく、少々ひねくれてはいたものの、面倒見のいい副会長だった。
スザクは真面目で、不器用なくらいまっすぐな少年だった。
そんな二人が、自分たちの知らない場所で殺し合うほどの関係になっていた。
「……私たち、何にも知らなかったのね」
ミレイが呟いた。
隣のリヴァルは答えられなかった。
彼はただ、スクリーンを見つめていた。
そこにいるのは、自分の友人たちだった。
賭け事をすれば負け知らずのルルーシュと、バイクに乗ればいつも真面目に交通規則を守ろうとするスザク。
その二人が、銃を向け合っている。
「……馬鹿野郎」
リヴァルが小さく呟いた。
「お前ら、何やってんだよ……」
その言葉は、もちろん届かなかった。
スクリーンの中では、対峙が決着を迎えようとしていた。
そして、銃声が響く。
ルルーシュの最初の反逆は、そこで終わりを迎えた。
◇ ◇ ◇
### 第十一話 奪われた一年
神根島での決着が映し出された後、映画館はしばらく静まり返っていた。
ゼロが敗北した。
そして、枢木スザクによって捕らえられた。
その事実は黒の騎士団の誰もが知っていたことだったが、実際に何が起きたのかを映像で確認した者は少なかった。
「つまり、スザク君は最初からゼロの正体を知っていたわけね」
ミレイが呟いた。
その声に、カレンは頷いた。
「少なくとも、あの時には知っていたはずです」
「そっか。そうよね……」
ミレイは膝の上で手を組んだ。
彼女はルルーシュが皇族であることを知っていた。幼い頃からアッシュフォード家が二人を匿っていたのだから、当然である。
だが、ゼロの正体まで知っていたわけではない。
ましてや、スザクがルルーシュを皇帝へ突き出したなど、想像もしていなかった。
「でも、それならスザク君はどうして学園に戻ってきたのかしら」
ミレイが首を傾げる。
「それにルルーシュも……あら?」
何かを思い出しかけ、そこで言葉が止まった。
自分が生徒会長だった頃と、卒業後の出来事が、頭の中で奇妙に重なったのだ。
テレビ局で仕事をしていた時期もあれば、ルルーシュたちと生徒会室で騒いでいた日々もある。どちらも鮮明に思い出せるのに、今この場に来る直前まで何をしていたのかと考えると、少しだけ曖昧だった。
しかし、その疑問は長く続かなかった。
「会長?」
隣から声を掛けられ、ミレイは顔を上げた。
「何でもないわ、リヴァル。ちょっと考え事」
「珍しいですね。会長が真面目に考え込むなんて」
「ちょっと、それどういう意味よ?」
ミレイが笑いながらリヴァルの額を指で弾く。リヴァルが大げさに痛がったところで、再び上映が始まった。
それ以上、二人がその話題に戻ることはなかった。
◇ ◇ ◇
スクリーンには、神聖ブリタニア帝国皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの姿が映し出されていた。
巨大な謁見の間。
その中央に、捕縛されたルルーシュがいる。
そして、その背後には枢木スザクが立っていた。
「……父上」
コーネリアの声が低くなった。
彼女が知る父は、強大な国家を率いる皇帝だった。
強者を尊び、弱者を切り捨てる。
血縁よりも能力を重視する人物であり、皇族であっても例外ではなかった。
その冷酷さを、コーネリアは幼い頃から見てきた。
しかし、目の前の映像には、彼女が知らなかった父の姿があった。
皇帝はルルーシュを見下ろし、静かに口を開いた。
そして、その瞳にギアスの紋様が浮かび上がる。
「……何だと?」
コーネリアが身を乗り出した。
彼女だけではない。
藤堂も、カレンも、ニーナも、驚愕していた。
皇帝がギアスを使っている。
それだけでも衝撃的だった。
だが、さらに恐ろしかったのは、その能力の性質である。
シャルルのギアスは、他人の記憶を書き換えることができた。
記憶の一部を消し、別の記憶を植え付ける。
人間が自分自身だと信じているものを、別の形へ作り替えてしまう力だった。
「……おいおい」
玉城が声を漏らした。
「人の記憶まで弄れるのかよ。そんなもん、何でもありじゃねえか!」
「何でもできるわけではないだろうが、恐るべき能力だ」
藤堂が答える。
彼の表情は険しかった。
「特に、敵味方の区別すら必要としない。相手が何を知り、何を信じているのかを書き換えられるなら、情報を隠すだけの工作とは比較にならない」
藤堂は軍人だった。
その能力が戦争に利用された場合、どれほど危険なのかを想像できた。
自分が命を懸けて守ってきた信念すら、他人によって書き換えられるかもしれない。
その事実は、銃や剣以上の恐怖を与えるものだった。
「……そんな」
シャーリーが小さく呟いた。
彼女は以前、ルルーシュによって記憶を消されたことがあった。
今でも、その一部を思い出すことができる。
自分がルルーシュを好きだったこと。
彼が何をしていたのかを知ってしまったこと。
そして、その記憶を奪われたこと。
その経験があるからこそ、彼女には理解できた。
記憶を消されるということが、どれほど恐ろしいことなのか。
「ルルは……お父さんに、こんなことをされていたんだ……」
シャーリーの声が震える。
スクリーンでは、ルルーシュが抵抗しようとしていた。
だが、皇帝の力を防ぐことはできない。
彼の記憶からナナリーが消え、ゼロとして戦っていた日々が消え、ギアスの存在までもが忘れ去られていく。
そして、その空白を埋めるように、新たな記憶が植え付けられる。
ルルーシュ・ランペルージ。
アッシュフォード学園の学生。
ごく普通の家庭で育ち、弟のロロと一緒に暮らしている少年。
そんな偽りの人生が、彼の中に作られていった。
「……お兄様が、私を忘れてしまった……」
ナナリーが呟いた。
咲世子が静かに頷く。
「そのようですね」
「……そんなことが、できるんですね」
ナナリーは自分の手を見つめた。
兄はいつだって、自分を第一に考えてくれていた。
どんなに忙しくても、帰ってくれば必ず声を掛けてくれた。食事の時間を合わせ、体調を気に掛け、何か困っていることがあれば助けてくれた。
その兄が、自分を忘れてしまう。
想像しただけでも恐ろしかった。
しかし、もっと辛かったのは、兄自身がそのことに気付けなかったという事実だった。
「……お兄様は、どんな気持ちだったのでしょう」
「ナナリー様」
「私がいなくなっているのに、気付くこともできなかったんですよね」
その言葉に、咲世子はすぐには答えなかった。
ナナリーは悲しそうに微笑んだ。
「きっと、それが一番辛いことなんだと思います。自分が大切な人を忘れていることさえ、分からないなんて……」
ユーフェミアは、隣からナナリーの手を取った。
「ナナリー」
「……ユフィ姉様」
「ルルーシュは、あなたのことを忘れたかったわけではありません。誰かに忘れさせられてしまったんです」
「……はい」
ナナリーは頷いた。
分かっている。
兄が自分を捨てたわけではない。
それでも、映像の中で自分の存在が消えていく様子を見るのは辛かった。
彼女はユーフェミアの手を強く握った。
◇ ◇ ◇
そして、スクリーンの映像は一年後へ移った。
再びアッシュフォード学園。
そこには、ルルーシュがいた。
以前と変わらない制服を着て、以前と同じように生徒会の仕事を押し付けられている。
しかし、彼の隣にはナナリーではなく、ロロがいた。
「……僕だ」
ロロが呟いた。
少し離れた席に座るシャーリーが、彼へ顔を向ける。
ロロはスクリーンを見つめていた。
そこには、兄と一緒に過ごす自分の姿がある。
偽りの弟。
最初から、本物の兄弟ではなかった。
そのことは理解していた。
自分が機密情報局に属する工作員だったことも、ルルーシュを監視するために派遣されていたことも、すでに知っている。
しかし、映像の中の自分は笑っていた。
ルルーシュも、普通の兄のように接している。
その生活が偽物だったとしても、ロロにとっては確かに大切な時間だった。
「……こんなふうに、暮らしてたんだ」
リヴァルが呟いた。
彼は複雑な表情を浮かべていた。
ルルーシュに弟がいた。
その弟がロロだった。
そう記憶していた時期は確かにあった。
だが、先ほどまでの映像によって、その兄弟関係が作られたものだと知ってしまった。
「……何だよ、それ」
リヴァルは頭を掻いた。
「俺たち、普通にロロのことをルルーシュの弟だと思ってたじゃん」
「ええ」
ミレイが頷いた。
「それだけ自然だったってことよね。本人たちも、周りの私たちも」
「でも、ナナリーちゃんはどうなってたんですか?」
リヴァルの問いに、ミレイは答えられなかった。
スクリーンには説明が映し出されている。
ルルーシュの周囲には監視の目が置かれ、皇帝によって記憶を改竄されたことが露見しないように、学園の日常そのものが管理されていた。
その中には、ヴィレッタの姿もあった。
「……あ」
扇が声を漏らした。
彼の視線の先には、体育教師として学園で働くヴィレッタが映っている。
軍人だった彼女が、学生たちを相手に授業を行っている。
しかも、その役割はルルーシュを監視するためのものだった。
「……ヴィレッタ」
扇が呟いた。
その声には、懐かしさと複雑な感情が混じっていた。
ヴィレッタは小さく息を吐いた。
「私が、あの時何をしていたのか。それまで見せるというわけか」
「……すまない」
「なぜ、あなたが謝るの?」
ヴィレッタが顔を向けた。
扇は困ったように笑った。
「いや、何となく……」
「まったく。あなたは昔からそういうところがあるわね」
ヴィレッタは呆れたように言いながらも、声を荒らげることはなかった。
彼女自身、ブリタニア軍人として多くの任務に従事してきた。
その中には、人に知られたくない仕事もあった。
しかし、今さら隠そうとしても、スクリーンはすべて映し出してしまうらしい。
ヴィレッタは観念したように椅子へ背中を預けた。
そして、ルルーシュがロロとともに過ごす日常を見つめた。
何も知らずに笑っている少年。
その姿が、妙に痛々しく見えた。
彼が本来の記憶を取り戻した時、何が起きるのか。
それを知っていたからだ。
### 第十二話 偽物の弟が欲しかったもの
バベルタワーでの出来事は、突然始まった。
賭けチェス。
危険な遊びに興じるルルーシュ。
そして、その傍らにいるロロ。
以前と変わらない日常の一部に見えたが、その裏では黒の騎士団の残存部隊が作戦を進めていた。
C.C.とカレン。
そして、かつてゼロを信じて戦った者たち。
彼らはルルーシュを取り戻すために動いていた。
「……卜部」
藤堂が小さく呟いた。
スクリーンには卜部巧雪の姿があった。
かつて四聖剣の一人として戦い、黒の騎士団の再起に力を尽くした男。
その後の戦いで命を落とした彼は、今この場にも招かれていた。
「藤堂さん」
卜部が声を掛ける。
「俺がどうなったか、もうご存じでしょう?」
「……ああ」
藤堂は頷いた。
「すまなかった」
「何を言うんですか」
卜部は少しだけ笑った。
「俺は自分で決めて戦ったんです。あそこで何もしなければ、ゼロを取り戻すこともできなかった。それに……」
彼はスクリーンへ目を向けた。
「一度は見捨てられた男を、もう一度信じてみようと思ったのも俺自身ですから」
藤堂は何も言わなかった。
卜部は最期までゼロを信じて戦った。
その事実は、黒の騎士団にとって大きな意味を持っていた。
ゼロがブラックリベリオンで戦場を放棄したことは事実だった。
しかし、それでも彼を信じようとした者がいた。
その選択を、簡単に愚かだったと言うことはできない。
「……卜部さん」
カレンが小さく頭を下げた。
卜部は困ったように笑った。
「よしてください。俺がしたことは、そんな大層なことじゃありません」
「でも、あなたがいなければ……」
「だからこそ、ここから先が大事なんでしょう。俺が命を懸けて取り戻したゼロが、結局何をしたのか」
その言葉に、カレンは顔を上げた。
卜部は、静かにスクリーンを見つめている。
彼は、自分が命を落とした後の出来事を知らなかった。
黒の騎士団がどのような戦いを続けたのか。
ゼロが最後に何を選んだのか。
それらを、今から知ることになる。
◇ ◇ ◇
そして、ルルーシュはC.C.と再会した。
彼女との接触によって、失われた記憶が戻っていく。
ゼロとして戦っていた日々。
ギアス。
ブリタニアへの復讐。
そして、ナナリー。
そのすべてが一気に蘇った。
画面の中で、ルルーシュの表情が変わる。
それまでの、ごく普通の学生としての穏やかな顔ではない。
かつて世界へ反逆を宣言した少年の顔だった。
「……戻った」
カレンが呟いた。
その声には、懐かしさがあった。
彼女は、この瞬間を待っていた。
黒の騎士団は、ゼロを失っていた。
多くの仲間が捕らえられ、組織は壊滅状態に陥っていた。
それでも、諦めなかった者たちがいた。
その結果として、ゼロは再び立ち上がったのである。
「……だけど」
カレンは、隣に座るロロを見つめた。
ロロは俯いていた。
スクリーンの中では、ルルーシュが彼の正体について考え始めている。
弟として生活していた少年。
だが、本当は皇帝側の工作員である。
その事実を知った時、ルルーシュは何を考えたのか。
映像は、容赦なくそれを明らかにしていった。
ロロを利用する。
彼が自分を兄として慕っているのならば、その感情を利用すればいい。
そうすれば、監視網の内側から情報を得ることができる。
そして、ナナリーの居場所を探すための手段にもなる。
「……あ」
ロロが小さく声を漏らした。
自分でも知っていたはずのことだった。
兄は、最初から本当の兄ではなかった。
だからこそ、いつか関係が終わることも覚悟していた。
しかし、こうしてルルーシュの考えを映像で見せられると、胸の奥が痛んだ。
自分を利用する。
そんな考えが、最初から存在していた。
「……ロロ」
ナナリーが声を掛けた。
ロロは顔を上げる。
「……何?」
返答は、少しだけ硬かった。
ナナリーは困ったように微笑んだ。
「お兄様は、あなたに酷いことをしたのですね」
その言葉に、ロロは反射的に首を振った。
「違うよ!」
思わず声が大きくなる。
周囲の観客たちが顔を向けた。
ロロは一瞬だけ怯んだものの、すぐにナナリーを見つめた。
「兄さんは、僕にたくさん優しくしてくれたんだ。誕生日も祝ってくれたし、一緒に暮らしてくれた。僕には、それだけで十分だった」
ナナリーは静かに聞いていた。
「でも、それは……」
「偽物だったって言いたいの?」
ロロの声が強張った。
ナナリーは驚いて顔を上げた。
「そんなつもりはありません。ただ……」
「僕にとっては、本物だったんだよ!」
ロロは、拳を握り締めた。
「兄さんと一緒に暮らした時間は、確かにあった。たとえ最初は嘘でも、僕が兄さんを好きだったことまで嘘になるわけじゃない!」
その言葉に、ナナリーは何も返せなかった。
彼女はロロを責めたかったわけではない。
むしろ、兄に利用されていた少年のことを心配していた。
しかし、ロロにとっては、その心配すら自分の大切なものを否定されるように感じられたのだろう。
「……ごめんなさい」
ナナリーが頭を下げた。
ロロは目を見開いた。
「……どうして謝るの?」
「あなたの大切な思い出を、私が否定してしまったようですから」
ナナリーは、静かに続けた。
「私はお兄様の本当の妹です。でも、だからといって、あなたが一緒に過ごした時間まで奪っていいわけではありませんよね」
ロロは、何も言わなかった。
少ししてから、ゆっくりと顔を伏せた。
「……別に、謝らなくていいよ」
その声は、先ほどよりもずっと小さかった。
ナナリーは微笑み、もう一度スクリーンへ視線を向けた。
彼女はロロのことを、まだ十分に理解していない。
そして、ロロもまた、ナナリーとどう向き合えばいいのか分からなかった。
二人にとって、ルルーシュという存在はあまりにも大きかった。
それでも、いつか話せることがあるかもしれない。
少なくとも今は、互いの言葉を聞こうとしていた。
◇ ◇ ◇
スクリーンには、ロロが使うギアスの秘密が映し出された。
一定の範囲にいる人間の体感時間を止める能力。
正確には、世界そのものの時間を止めるわけではない。他人の意識に干渉し、動きを認識できなくさせる力だった。
その代償として、使用中はロロ自身の心臓に大きな負担が掛かる。
「……そんな能力だったのね」
カレンが呟いた。
彼女はロロの能力を知っていたが、詳しい代償までは理解していなかった。
画面の中でロロがギアスを発動させるたび、彼の身体には負担が蓄積していく。
その様子は、見ているだけでも危うかった。
「……ロロ」
シャーリーが名前を呼んだ。
ロロは、僅かに身体を強張らせた。
しかし、シャーリーはそれ以上何も言わなかった。
彼女とロロの間には、まだ明らかにされていない出来事がある。
そして、その出来事は、やがて上映会の空気を大きく変えることになる。
だが、この時のシャーリーは、まだそれを知らなかった。
ロロも、自分が何を見せられるのかを恐れながら、黙ってスクリーンを見つめていた。
その先では、ルルーシュがロロへ優しい兄として接している。
彼の弱さを見抜き、孤独を利用し、自分へ依存させていく。
決して褒められたやり方ではなかった。
しかし、ロロにとっては、その言葉一つ一つが大切だった。
「……兄さん」
ロロが呟いた。
彼は胸元へ手を当てた。
そこには、ルルーシュから贈られたロケットがあった。
最初は、偽りの兄弟を演じるための小道具だったのかもしれない。
だが、自分にとっては違った。
生まれてからずっと、誰かに必要とされることだけを求めてきた。
命令に従い、人を殺し、次の仕事を待つ。
そんな人生の中で、兄と過ごした時間だけは違っていた。
ロロは、そっとロケットを握り締めた。
この先に何が映し出されようと、それだけは手放したくなかった。
### 第十三話 妹が選んだ世界
上映会が次に大きく揺れたのは、ナナリーがエリア11の新総督として赴任した場面だった。
スクリーンには、皇族としての衣装を身にまとった少女が映し出されている。
目が不自由で、車椅子に乗っている。
しかし、その表情には確かな意志が宿っていた。
ナナリー・ヴィ・ブリタニア。
ルルーシュが、何よりも大切にしていた妹。
その少女が、兄とは別の道を選んだのだ。
「……私ですね」
ナナリーが呟いた。
彼女は、どこか緊張した様子でスクリーンを見つめていた。
自分が総督になった頃のことを思い出しているのだろう。
あの時、彼女は自分なりに考えていた。
ブリタニア人と日本人が、どうすれば争わずに暮らせるのか。
ユーフェミアが目指した行政特区日本を、どうすれば実現できるのか。
そして、兄が望んでいた優しい世界を、自分の手で作ることができないか。
そのために、彼女は行動した。
しかし、その選択がルルーシュにとってどれほど大きな衝撃だったのかは、十分に理解していなかった。
「……お兄様」
スクリーンには、電話越しに妹の声を聞くルルーシュの姿が映っていた。
彼は動揺していた。
ナナリーが総督になった。
それは、自分が戦ってきたブリタニアの側へ妹が立つことを意味する。
しかも、彼女は自分の意志でその道を選んでいた。
ルルーシュは、ナナリーを守るために戦っていた。
そのはずだった。
しかし、ナナリー自身は別の未来を望んでいる。
「……あいつ、相当ショックだったみたいだな」
リヴァルが呟いた。
「まあ、そりゃそうか。ナナリーちゃんがブリタニアの総督になるなんて、ルルーシュからしたら予想外だろうし」
「……そうね」
ミレイが頷いた。
彼女は、スクリーンの中のルルーシュを見つめた。
普段は何が起きても余裕を装っていた少年が、明らかに動揺している。
その姿を見ると、少しだけ懐かしくなった。
ルルーシュは昔から、ナナリーのことになると冷静さを失っていた。
妹が体調を崩せば授業を休んで帰り、何か困っていれば自分の予定を後回しにして助けていた。
そんな兄だった。
だが、今回ばかりは違う。
ナナリーは助けを求めていない。
むしろ、自分の意志で行動しようとしている。
それをどう受け止めるかが、ルルーシュには問われていた。
「……ナナリー」
ユーフェミアが声を掛けた。
ナナリーは顔を向けた。
「はい、ユフィ姉様」
「あなたは、私のことを覚えていてくれたのですね」
ナナリーは少し驚いたような表情を浮かべた。
「当然です。忘れるはずがありません」
ユーフェミアは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
ナナリーは、首を振った。
「私の方こそ、感謝しています。ユフィ姉様が行政特区日本を作ろうとしてくれたこと、本当に嬉しかったんです」
「……ナナリー」
「だから、私も同じようなことができればと思いました」
その言葉に、ユーフェミアの目から涙がこぼれた。
自分が目指したもの。
その願いが、妹のように思っていた少女へ受け継がれていた。
それが、たまらなく嬉しかった。
しかし、ナナリーは少しだけ表情を曇らせた。
「……でも、お兄様には……」
ユーフェミアは首を振った。
「ルルーシュは、あなたを大切に思っていたのです。それは間違いありません。でも、あなたが自分の道を選んだことも、間違いではないと思います」
ナナリーは、ゆっくりと頷いた。
そして、再びスクリーンへ顔を向けた。
そこには、苦悩する兄の姿があった。
ナナリーは、その姿を見ながら小さく呟いた。
「……お兄様。私は、守られるだけの妹ではいたくなかったんです」
その言葉は、スクリーンの向こうへ届かなかった。
しかし、隣にいるユーフェミアには確かに聞こえていた。
◇ ◇ ◇
スクリーンでは、ナナリーが行政特区日本の再建を目指していた。
その構想を知ったルルーシュは、再び大きな選択を迫られる。
ゼロとして革命を続けるのか。
それとも、妹の願いを受け入れるのか。
かつてユーフェミアに突き付けられた問いが、別の形で再び現れたのである。
「……皮肉なものだな」
藤堂が呟いた。
彼の隣に座る千葉が顔を向ける。
「何がですか?」
「行政特区日本だ。かつてゼロは、ユーフェミア皇女の構想によって追い詰められた。そして今度は、ナナリー総督が同じような道を示している」
藤堂はスクリーンを見つめた。
「武力によってしか変えられないと思っていた世界を、別の方法で変えようとする者が現れる。指揮官としては、これほど難しい相手もいないだろう」
「……そうですね」
千葉は頷いた。
黒の騎士団にとって、ブリタニアは敵だった。
だが、その敵の中にも、日本人との共存を本気で望んでいる者がいた。
ユーフェミア。
そして、ナナリー。
その二人の存在が、ゼロの革命を揺さぶっていたのである。
やがてスクリーンには、黒の騎士団による日本からの大規模な脱出が映し出された。
ゼロが用いたのは、正面からナナリーの構想を否定する方法ではなかった。
特殊な条件を逆手に取り、大勢の協力者を日本から連れ出すという大胆な作戦だった。
「……ああ、あれか!」
玉城が声を上げた。
「百万のゼロだろ! あれは本当に驚いたぜ!」
「静かにしろ、玉城」
扇が注意する。
しかし、その口元にも僅かな笑みが浮かんでいた。
あの時のゼロの作戦は、確かに見事だった。
誰も予想しない方法で大勢の人間を救い出し、黒の騎士団の再起へつなげたのである。
その大胆さと発想力は、ゼロならではのものだった。
「……でも、よく考えるとさ」
リヴァルが呟いた。
ミレイが顔を向ける。
「何?」
「ルルーシュって、やっぱり頭おかしいくらい頭いいよな」
「それ、褒めてるの?」
「褒めてますよ! 普通、あんなこと思いつきませんって!」
ミレイは小さく笑った。
「まあ、確かにね。あの子、昔から人の予想を裏切るのが好きだったもの」
その言葉に、カレンも思わず苦笑した。
ゼロの作戦には、何度も驚かされた。
そして、何度も振り回された。
ただ、今になって思う。
あの大胆さが、彼の魅力でもあり、危うさでもあったのだろう。
相手の想像を超える。
常識を覆す。
誰も考えない方法で勝利を掴む。
その才能があったからこそ、ルルーシュは世界を相手に戦えた。
しかし、その才能だけでは守れないものもあった。
彼は、すべてを思い通りにできるわけではなかったのだ。
カレンはそのことを、すでに知っていた。
そして、これからさらに思い知らされることになる。
◇ ◇ ◇
### 第十四話 名前を取り戻した者たち
黒の騎士団が再起してからの戦いは、それまでとは規模が違っていた。
スクリーンには、中華連邦の広大な領土が映し出されている。
宦官たちの政治的な思惑。
天子を利用した権力争い。
そして、その体制に抗おうとする黎星刻。
ゼロは、その争いへ介入した。
最初から中華連邦の人々を救うことだけが目的だったわけではない。ブリタニアと戦うためには、日本だけでなく、世界規模の協力関係が必要だった。
そのためにゼロは外交と軍事行動を組み合わせ、複数の勢力を動かしていった。
「……なるほど。ここから先は、もはや単なる日本解放運動ではないな」
コーネリアが呟いた。
隣のギルフォードが頷く。
「はい。各地の反ブリタニア勢力を結び付け、帝国そのものに対抗しようとしております」
「厄介な相手だ」
コーネリアは小さく息を吐いた。
ルルーシュの能力を認めていないわけではない。
むしろ、軍人としては恐るべき才能の持ち主だと理解していた。
大胆な作戦。
敵の心理を利用する交渉。
そして、常識を覆すような一手。
だが、その才能を持つ少年が、自分の弟だったことには今でも複雑な感情がある。
「……ルルーシュは、昔からシュナイゼル兄上と張り合っていたな」
コーネリアが呟いた。
「シュナイゼル兄様と、ですか?」
ユーフェミアが顔を向ける。
「ああ。幼い頃からチェスの腕には自信があったらしい。だが、シュナイゼルにはなかなか勝てなかった」
「ふふっ。そういえば、ルルーシュは負けると本当に悔しそうにしていましたね」
ユーフェミアが懐かしそうに笑う。
コーネリアも僅かに表情を緩めた。
そんな会話を交わしている間にも、スクリーンではゼロの戦略が進んでいた。
天子を利用しようとする宦官たちへ対抗し、星刻たちの力を借りて状況を覆していく。
その結果として、中華連邦は新たな局面を迎えた。
「……ゼロは、利用するつもりで近づいたんだろうな」
藤堂が呟いた。
「でしょうね」
千葉が答える。
「しかし、それだけでは説明できないものもあります」
「……ああ」
藤堂は頷いた。
ゼロは確かに計算高い男だった。
だが、すべての行動が利益だけで説明できるわけではない。
彼は時に、自分の作戦に不利な行動を取ることさえあった。
それが情なのか、あるいは別の計算なのか。
外から判断するのは難しかった。
ただ、その矛盾こそがルルーシュという人間の本質に近いのかもしれない。
藤堂は、そんなことを考えていた。
◇ ◇ ◇
やがてゼロは、各国を結び付ける超合集国の構想を実現させていった。
大国ブリタニアへ対抗するための、新たな国際的枠組み。
それは、日本を取り戻すという目標を超えた、世界規模の政治的な試みだった。
「……ここまでやっていたのね」
ミレイが呟いた。
「すごいですよね」
リヴァルが答える。
「俺たちが生徒会で予算のやりくりに苦労していた頃、あいつは国家間の交渉までしてたんですよ」
「それを言われると、何だか私たちが随分と小さなことで悩んでたみたいじゃない」
「いや、会長の場合は予算を使いすぎるだけですけどね!」
「リヴァル君?」
「すみません!」
二人のやり取りに、シャーリーが小さく笑った。
久しぶりに見た、いつもの生徒会らしい光景だった。
ただ、その笑みは長く続かなかった。
スクリーンに映るルルーシュを見ているうちに、シャーリーは胸の奥に重いものを感じたからだ。
彼は、こんなにも多くのことを一人で抱えていた。
誰にも相談せず、誰にも頼らず、いつも自分だけで決断していた。
もちろん、彼を支える仲間はいた。
C.C.も、カレンも、黒の騎士団の人々も。
しかし、彼が本当に何を考えていたのか、すべてを知っていた者はほとんどいなかったのではないか。
そう思うと、少しだけ寂しくなった。
「……ルルは、誰かに頼るのが苦手だったんだね」
シャーリーが呟いた。
ミレイが顔を向ける。
「そうね。昔からそういうところはあったわ」
「私、もっと話を聞いてあげればよかったのかな」
「シャーリー」
「もちろん、全部話してもらえるとは思わないけど……。でも、少しくらいは力になれたんじゃないかなって」
ミレイは、しばらく黙っていた。
そして、静かに答えた。
「それは、ルルーシュが決めることだったと思うわ」
シャーリーが顔を上げる。
「……会長?」
「あの子が秘密を抱えていたのは、私たちのせいじゃない。あの子自身がそうすると決めたんだから」
ミレイは小さく微笑んだ。
「もちろん、力になりたかったわよ。私だって。でも、何も知らされていないのに、全部理解してあげるなんて無理でしょう?」
シャーリーは、ゆっくりと頷いた。
確かに、その通りだった。
彼女はルルーシュが好きだった。
だが、好きだからといって、彼のすべてを理解できるわけではない。
ましてや、彼が自分から隠していたことまで知るのは不可能だった。
それでも、何かできたことがあったのではないかと考えてしまう。
そんなシャーリーの気持ちを、ミレイは理解していた。
「……だから、今は最後まで見ましょう」
ミレイが言った。
「私たちが知らなかった、あの子の人生を」
シャーリーは静かに頷いた。
そして、スクリーンへ視線を向けた。
そこでは、ルルーシュが再びアッシュフォード学園へ戻っていた。
彼女にとって、最も大切だった日常が映し出されようとしていた。
### 第十五話 少女が最後に選んだもの
ジェレミア・ゴットバルト。
かつてゼロに敗北し、その後も執拗に彼を追い続けたブリタニア軍人。
その名を聞けば、多くの者が思い出すのは「オレンジ」という呼び名だった。
だが、今スクリーンに映し出された彼は、以前とは大きく異なる姿になっていた。
身体に機械的な改造を施され、ギアスに対抗する特殊な能力を与えられている。
ギアスキャンセラー。
あらゆるギアスの効果を打ち消すことのできる能力だった。
「……何だと?」
コーネリアが身を乗り出した。
彼女の隣では、ギルフォードも驚愕している。
「ギアスを解除できるのか?」
「そのようです、殿下」
ギルフォードはスクリーンを見つめた。
彼らは、すでに行政特区日本で何が起きたのか知っている。
ユーフェミアがギアスによって操られ、本人の意志に反して日本人を虐殺したことも。
そして、ルルーシュがそのギアスを解除できなかったことも。
だからこそ、目の前の能力には大きな意味があった。
「……こんなものが」
コーネリアが呟いた。
その声には、驚きよりも苦さがあった。
もし。
あの時、こんな能力が存在していたならば。
ユーフェミアを助けられたかもしれない。
そんな考えが、頭をよぎったのだ。
しかし、コーネリアはすぐにその考えを振り払った。
時間が違う。
当時のジェレミアは、まだこの力を持っていなかった。
どれほど都合のいい可能性を考えたところで、妹の死を変えることはできない。
「……ジェレミア」
コーネリアが名前を呼んだ。
少し離れた席で、ジェレミアが背筋を伸ばした。
「はっ、殿下」
「お前は、この力を得ていたのだな」
「はい」
ジェレミアは真剣な表情で答えた。
「しかし、殿下。私がこの能力を得たのは、ユーフェミア様の事件よりも後のことです」
「……分かっている」
コーネリアは短く返事をした。
ジェレミアも、それ以上は何も言わなかった。
彼自身、あの悲劇について思うところがないわけではない。
だが、今ここで慰めの言葉を口にしたところで、何かが変わるわけではなかった。
そして、スクリーンではジェレミアがアッシュフォード学園へ近づいていた。
その能力によって、ある少女の記憶が戻ろうとしている。
シャーリー・フェネット。
ルルーシュによって一度、記憶を消された少女だった。
「……あ」
シャーリーが声を漏らした。
彼女は、ゆっくりと両手を胸元へ寄せた。
画面には、かつて忘れさせられた記憶が蘇っていく様子が映し出されている。
ルルーシュがゼロだったこと。
自分が彼を追い掛けていたこと。
そして、彼に関する大切な思い出。
そのすべてが、一気に戻っていった。
「……そうだったんだ」
シャーリーが呟いた。
ミレイが心配そうに顔を向ける。
「シャーリー、大丈夫?」
「……はい」
シャーリーは頷いた。
しかし、表情は強張っていた。
「ただ、変な感じがして……」
「……変な感じ?」
「自分のことなのに、ずっと忘れていたんですね」
その声には、寂しさが滲んでいた。
好きだった人のことを忘れる。
それが、どれほど恐ろしいことなのか。
シャーリーは、今になって理解していた。
ルルーシュは彼女を守るために記憶を消した。
少なくとも、その時の彼はそう考えていた。
だが、記憶を消された側にとっては、簡単に受け入れられることではない。
自分が何を好きだったのか。
誰を信じていたのか。
何を悲しんでいたのか。
そのすべてが、自分の意志とは関係なく失われてしまうのだから。
「……ルル」
シャーリーは小さく名前を呼んだ。
スクリーンでは、彼女が混乱しながらも真実へ近づこうとしていた。
ルルーシュがゼロだった。
そして、彼は自分の父親を死なせた戦いにも関わっていた。
それでも。
彼女は、ルルーシュを好きだった。
その気持ちを、否定することができなかった。
スクリーンには、彼女の胸中が映し出されている。
何度記憶を失っても、何度彼のことを忘れても、また好きになってしまう。
それが、シャーリーの答えだった。
「……シャーリー」
リヴァルが呟いた。
彼は、彼女がルルーシュを好きだったことを知っていた。
何度もからかった。
時には、応援もした。
しかし、その恋がここまで悲しいものになるとは思っていなかった。
「……お前、そんなにルルーシュのことが好きだったんだな」
シャーリーは、少しだけ顔を赤くした。
「……うん」
そして、小さく頷いた。
その返事を聞いたリヴァルは、困ったように笑った。
「そっか」
それ以上、何も言わなかった。
今さら茶化す気にはなれなかった。
彼女の気持ちは、あまりにも真剣だったからだ。
◇ ◇ ◇
そして、事件は起きた。
スクリーンには、シャーリーがルルーシュを探して走る姿が映し出されていた。
彼女は、ようやく自分の気持ちを整理しようとしていた。
ルルーシュが何者であっても、好きだという気持ちは変わらない。
彼がゼロだったとしても。
父親の死に関わっていたとしても。
それでも、自分は彼を好きなのだと。
そのことを伝えようとしていた。
「……あの日……」
シャーリーが呟いた。
彼女は、自分の最後の記憶を思い出しかけていた。
廊下を走ったこと。
誰かに会ったこと。
そして、銃声。
その先の記憶は曖昧だった。
だが、今なら分かる。
自分は、あの場所で命を落としたのだ。
そして、スクリーンに映し出された人物を見た瞬間、映画館の空気が変わった。
ロロ。
彼が、シャーリーの前に立っていた。
「……え?」
ミレイが声を漏らした。
彼女は、ロロのことを知っている。
ルルーシュの弟として、何度も生徒会室へ顔を出していた少年。
おとなしく、少し人見知りで、兄のことが大好きだった少年。
そんな彼が、シャーリーと向き合っている。
ロロは、彼女の言葉を聞いていた。
そして、その中にナナリーの名前が出た瞬間、表情が変わった。
「……っ」
映画館のロロが身体を強張らせた。
彼は知っていた。
この後、自分が何をするのか。
そして、それを見せられた時に何が起きるのかも。
だが、逃げることはできなかった。
スクリーンの中では、ロロがギアスを発動させていた。
シャーリーの動きが止まる。
そして、銃声が響いた。
「…………え?」
リヴァルが間の抜けた声を漏らした。
画面の中で、シャーリーが倒れた。
床に赤い血が広がっていく。
その場に立っているのは、ロロだった。
「……嘘」
ミレイが呟いた。
「……ロロ?」
彼女は、ゆっくりと顔を向けた。
少し離れた席で、ロロが俯いている。
「……あなたが……?」
ロロは答えなかった。
ただ、膝の上で拳を握り締めていた。
そして、スクリーンは容赦なく続きを映し出していた。
シャーリーが倒れた後、ルルーシュが駆け付ける。
彼女を抱き起こし、必死に名前を呼ぶ。
そして、ギアスを使おうとする。
死ぬな。
生きろ。
その願いは、何度口にしても叶わなかった。
「……ルル……」
シャーリーが呟いた。
スクリーンの中の自分は、息も絶え絶えになりながら、ルルーシュへ言葉を伝えていた。
何度生まれ変わっても、また好きになる。
それほどまでに、彼を愛していた。
そして、静かに目を閉じた。
「……いや……」
ミレイが声を漏らした。
彼女は、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
視線はロロへ向けられている。
「……ロロ。どうして……?」
その声は、怒りよりも困惑に満ちていた。
ロロは答えなかった。
何も言えなかった。
「シャーリーは、あなたに何かしたの?」
ミレイが尋ねた。
ロロは首を振った。
「……違う」
「だったら、どうして殺したの?」
返答はなかった。
ロロの肩が小さく震える。
やがて、彼は絞り出すように答えた。
「……兄さんを、取られると思ったから……」
ミレイは絶句した。
「……何?」
「ナナリーが戻ってきたら、兄さんは僕のことを必要としなくなる。シャーリーが兄さんに本当のことを話したら、僕の居場所がなくなるかもしれない」
ロロの声は震えていた。
「……だから……」
「だから、殺したの?」
今度のミレイの声には、明確な怒りがあった。
ロロは何も答えられなかった。
「……ロロ」
シャーリーが小さく名前を呼んだ。
その声に、ロロは顔を上げた。
シャーリーは泣いていた。
自分がどうして死んだのか、ようやく分かったのだ。
それも、知っている少年によって殺されていた。
彼女はロロを嫌っていたわけではない。
むしろ、ルルーシュの弟として可愛がっていた。
それなのに。
「……私、何か悪いことしたかな」
シャーリーが尋ねた。
ロロは勢いよく首を振った。
「違う! シャーリーは何も悪くない!」
「……だったら、どうして?」
その問いに、ロロは答えられなかった。
シャーリーは涙を拭いながら、静かに続けた。
「私ね、ルルのことが好きだったんだ。だから、助けたかった。ルルが苦しんでるなら、一緒に考えてあげたかった」
ロロは黙って聞いていた。
「でも、あなたはそれが嫌だったんだね」
「……僕は……」
「私がルルに会うことが、そんなに怖かったの?」
ロロの目から涙がこぼれた。
シャーリーは、それを見てもすぐに慰めようとはしなかった。
ただ、静かに言った。
「……私、まだあなたを許せないよ」
その言葉に、ロロは顔を伏せた。
当然だった。
自分は彼女を殺した。
彼女から未来を奪った。
そのことを、今になって初めて真正面から突き付けられていた。
「……ごめんなさい」
ロロが呟いた。
シャーリーは答えなかった。
ミレイは、彼女の肩を抱いた。
リヴァルも、何も言えずに立ち尽くしていた。
生徒会で一緒に過ごしていた少年が、もう一人の仲間を殺していた。
その事実は、彼らにとってあまりにも残酷だった。
そして、ルルーシュも。
この事件の真実を知ることになる。
◇ ◇ ◇
### 第十六話 憎しみの矛先
シャーリーの死が上映された後、映画館には長い沈黙が続いた。
ミレイはシャーリーの肩を抱いたまま座っていた。リヴァルは俯き、ロロは二人から視線を逸らしている。
そして、スクリーンにはルルーシュの姿が映し出されていた。
床に倒れたシャーリーを抱き締め、何度も名前を呼んでいる。
彼はギアスを使った。
死ぬなと命じた。
しかし、何も変わらなかった。
絶対遵守の力であっても、死に瀕した人間を必ず救えるわけではない。
ギアスは奇跡ではなかった。
少なくとも、ルルーシュが望むような奇跡を起こす力ではなかった。
「……ルル」
シャーリーが呟いた。
彼女は自分の死を見つめていた。
思い出したくない光景だった。
だが、今は目を逸らすことができなかった。
自分が死ぬ時、ルルーシュは泣いていた。
それだけでも胸が苦しくなる。
自分が彼を悲しませたかったわけではない。
ただ、好きだった。
好きな人の力になりたかった。
それだけだった。
「……会長」
シャーリーが小さく声を掛けた。
「何?」
「……私、ルルに会いたいです」
ミレイは、すぐには答えなかった。
シャーリーは続けた。
「私が死んだ後、ルルがどうなったのか……それが、気になって」
その言葉に、ミレイは小さく息を吐いた。
「そうね」
彼女はシャーリーの頭を撫でた。
「私も、あの子に会いたいわ。文句を言いたいことも山ほどあるし」
少し冗談めかして言ったが、声には寂しさが混じっていた。
自分たちに何も話さなかったこと。
勝手に危険なことをしていたこと。
そして、何より。
シャーリーを守れなかったこと。
ミレイはルルーシュを責めたいと思っていた。
だが、それと同じくらい、彼を心配していた。
あの少年は、どこまで一人で抱え込んだのだろう。
何を失えば、ようやく立ち止まることができたのだろう。
そんなことを考えていると、スクリーンの映像が切り替わった。
ルルーシュがロロと向き合っていた。
そして、彼はシャーリーが死んだことを知りながら、表面上は弟として接し続けている。
「……っ!」
ロロが息を呑んだ。
スクリーンには、ルルーシュの胸中が映し出されていた。
シャーリーを殺したロロへの憎しみ。
しかし、今すぐ彼を殺せば、自分の計画にも支障が出る。
だから、利用する。
あくまでも兄を演じ続ける。
そう決めていた。
「……兄さん……」
ロロの声が震えた。
もちろん、ルルーシュが自分を憎んでいたことは知っている。
だが、ここまで明確に殺意を抱かれていたことを、改めて映像で見せられるのは辛かった。
自分は兄が好きだった。
しかし、その兄にとって、自分は大切な人を殺した相手だった。
その事実が、何よりも苦しかった。
「……当然だよね」
ロロが小さく呟いた。
誰にも聞かせるつもりのない言葉だった。
だが、隣にいたナナリーには聞こえていた。
彼女は何か言おうとしたものの、結局口を閉じた。
慰めることはできるかもしれない。
しかし、それではシャーリーの死を軽く扱うことになる。
ロロが苦しんでいることも、シャーリーが殺されたことも、どちらも事実だった。
そのどちらか一方だけを選んで慰めることは、ナナリーにはできなかった。
◇ ◇ ◇
そして、ルルーシュはギアス嚮団の壊滅を決意した。
C.C.やロロ、ジェレミアから得た情報を利用し、組織の本拠地へ攻撃を仕掛ける。
その場所には、ギアスに関する研究が集められていた。
人間へ特殊な能力を与える仕組み。
能力者を育成する実験。
そして、それを利用する人々。
「……何だ、ここは」
藤堂が呟いた。
彼の表情は険しかった。
スクリーンには、普通の研究施設とは思えない光景が映っている。
そこには大人だけでなく、幼い子供たちの姿もあった。
彼らはギアスという能力の研究対象であり、時には能力者として育てられていた。
その実態は、決して穏やかなものではなかった。
「……こんなことまでしていたのか」
コーネリアが声を漏らした。
彼女もまた、ブリタニアの軍事機密の一部を知る立場にいた。
しかし、このような施設が存在していたことまでは知らなかった。
皇帝の背後で、何かが動いていた。
それも、自分たちが想像していた以上に大規模なものが。
「……C.C.」
コーネリアが名前を呼んだ。
後方に座る緑髪の少女が顔を上げる。
「何だ?」
「お前は、この組織のことを知っていたのか?」
「……知っていた」
「ならば、なぜ黙っていた?」
C.C.は、少しだけ目を細めた。
「私が何を話したところで、お前たちが簡単に理解できたとは思えないがな」
「質問に答えろ」
コーネリアの声が強くなる。
C.C.は小さく息を吐いた。
「私にも事情があった。それだけだ」
その返答に、コーネリアは顔をしかめた。
しかし、すぐには追及しなかった。
スクリーンに映し出された施設が、あまりにも異様だったからだ。
そこにいる子供たちは、何も知らずに生まれてきた。
そして、特殊な能力を与えられ、研究や実験へ利用されていた。
その事実が、コーネリアには不快だった。
「……父上は、何を考えておられたのだ」
彼女が呟いた。
答える者はいなかった。
しかし、その答えは後の映像で明らかになることになる。
◇ ◇ ◇
ギアス嚮団への攻撃が始まった。
黒の騎士団の戦力が投入され、施設の防衛部隊を次々と排除していく。
ルルーシュは、ギアスに関する研究そのものを断ち切ろうとしていた。
シャーリーを奪った力。
ユーフェミアを死なせた力。
そして、数え切れないほどの人間を不幸にしてきた力。
それを生み出し続ける場所を、破壊しようとしていた。
「……気持ちは分かるわ」
カレンが呟いた。
彼女はスクリーンを見つめていた。
シャーリーの死を知ったルルーシュが、ギアス嚮団を許せなくなったこと。
その気持ちは理解できる。
だが、理解できるからといって、彼の行動すべてを肯定できるわけではなかった。
施設には、子供たちもいた。
その子供たちもまた、危険な能力を持っている可能性がある。
しかし、だからといって命を奪っていいのか。
画面では、戦闘に巻き込まれる者たちの姿も映し出されていた。
逃げ惑う研究員。
武器を取る者。
そして、施設で育てられていた子供たち。
「……待って」
シャーリーが声を漏らした。
彼女はスクリーンを見つめていた。
「……ルル、何をしてるの……?」
画面には、ギアス嚮団を壊滅させようとするルルーシュの姿がある。
彼は、もう以前のような余裕を見せていなかった。
ただ、強い憎しみに突き動かされていた。
シャーリーは、そのことを理解してしまった。
「……私のため……?」
誰も答えなかった。
ルルーシュがシャーリーの死をきっかけにギアス嚮団を攻撃したことは、映像から明らかだった。
しかし、その攻撃によって新たな犠牲者が生まれている。
シャーリーは、そのことが辛かった。
「……そんなの、嫌だよ」
小さな声だった。
ミレイが顔を向ける。
「シャーリー?」
「……私、ルルに誰かを殺してほしかったわけじゃない」
シャーリーは、涙を浮かべていた。
「私のことを悲しんでくれるのは嬉しい。でも、だからって……ほかの人まで傷つけてほしくないよ……」
その言葉に、ミレイは何も答えられなかった。
シャーリーはルルーシュを愛していた。
だからこそ、彼が自分の死によってさらに罪を重ねることが辛かったのだろう。
「……ルル、もうやめてよ……」
その願いは、スクリーンの向こうへ届かなかった。
ルルーシュは、ギアス嚮団を壊滅させた。
そして、その過程で多くの命が失われた。
「……報復の連鎖だな」
藤堂が静かに言った。
彼は、何度も同じ光景を見てきた。
敵に仲間を殺される。
その仇を討つために戦う。
そして、敵にもまた新たな犠牲者が生まれる。
その繰り返しだった。
「……ゼロは、それを断ち切ろうとしていたのかもしれない。だが、結果として同じことをしている」
千葉は、黙って頷いた。
戦争とは、そういうものなのかもしれない。
しかし、だからといって誰もが納得できるわけではなかった。
シャーリーは、ただ静かに泣いていた。
自分の死が、こんな結果につながってしまった。
そのことが、何よりも辛かった。
### 第十七話 魔女が望んだもの
ギアス嚮団の壊滅後、スクリーンには奇妙な空間が映し出された。
そこには、現実の世界とは異なる光景が広がっていた。
無数の記憶。
重なり合う人々の意識。
そして、現実とは異なる法則に支配された場所。
Cの世界。
その名前が、スクリーンに表示された。
「……Cの世界?」
ミレイが首を傾げた。
彼女だけではない。
多くの観客が、その名称を初めて聞いていた。
「……これは、何なのだ」
コーネリアが呟いた。
彼女は軍人だった。
戦争や政治についてならば、ある程度の知識がある。
しかし、目の前に映る光景は、それらとはまったく異なるものだった。
人間の記憶や意識が重なり合う場所。
そこへ、ルルーシュが足を踏み入れている。
そして、その先にはシャルル皇帝がいた。
「……父上」
コーネリアの表情が強張った。
皇帝は、以前と同じように圧倒的な威厳をまとっている。
しかし、今の彼には、ただの皇帝とは思えない力があった。
C.C.と同じく、コードに関わる力を手に入れた存在。
もはや通常の人間とは異なる状態にあった。
「……こんなことが」
ユーフェミアが呟いた。
彼女は、スクリーンの中の父を見つめていた。
幼い頃から尊敬していたわけではない。
しかし、父親であることには変わりなかった。
その父が、何か恐ろしい計画を進めていた。
しかも、その計画にはC.C.が深く関わっているらしい。
「……C.C.さん」
ユーフェミアが呼び掛けた。
C.C.は顔を上げた。
「何だ、皇女様」
「あなたは、あの場所のことを知っているのですね?」
「ああ」
「……ルルーシュも、あそこへ行ったのですか?」
「そうだ」
C.C.は短く答えた。
それ以上の説明をしようとはしなかった。
ユーフェミアも、無理に問い詰めようとはしなかった。
ただ、彼女の表情を見つめていた。
C.C.は、いつもどこか人を寄せ付けない雰囲気を持っていた。
しかし、今は少しだけ違って見えた。
何かを恐れているようにも、昔のことを思い出しているようにも見える。
ユーフェミアには、その理由が分からなかった。
◇ ◇ ◇
スクリーンでは、C.C.の過去が映し出されていた。
かつて、誰からも愛されなかった少女。
そして、人から愛されるギアスを与えられた少女。
その力によって多くの人々から愛情を向けられるようになったが、それが本当の愛情なのかどうか分からなくなっていった。
やがて、彼女は不老不死の力を持つ存在となった。
長い時間を生き続け、数え切れないほどの人間と出会い、別れを繰り返してきた。
そんな彼女が、本当に望んでいたもの。
それは、永遠に生き続けることではなかった。
「……C.C.」
カレンが呟いた。
彼女はC.C.と行動を共にしたことがある。
時には口喧嘩をし、時には協力して戦った。
だが、C.C.がこれほど長い時間を生きてきたことを、どれほど理解していただろうか。
少なくとも、今までの自分は彼女の過去を十分には知らなかった。
「……あんた、そんなことを考えてたのね」
カレンが声を掛けた。
C.C.は少しだけ目を細めた。
「今さら私に同情するつもりか?」
「そうじゃないわよ」
カレンは首を振った。
「ただ、知らなかったってだけ」
「それでいい」
C.C.は、静かに答えた。
「私の過去を知ったところで、お前たちが何かしなければならないわけではない」
その返答に、カレンは小さく息を吐いた。
「……ほんと、素直じゃないわね」
「お前に言われたくはないな」
二人は、そこで口を閉じた。
スクリーンでは、ルルーシュがC.C.を救おうとしていた。
彼女が本当に望んでいるものは何なのか。
自分が彼女と交わした契約は、何を意味していたのか。
それらを理解しようとしていた。
そして、C.C.が自らの存在を終わらせようとした時、ルルーシュはそれを止めようとした。
「……ルルーシュ」
C.C.が小さく呟いた。
その声は、誰にも聞こえないほど小さかった。
彼女は、スクリーンの中の少年を見つめていた。
ルルーシュは、数え切れないほどの罪を犯した。
人を利用し、裏切り、傷つけた。
だが、それでも彼は、C.C.を一人の人間として見ようとしていた。
不老不死の魔女としてではない。
ギアスを与える存在としてでもない。
ただ、C.C.という一人の少女として。
そのことが、彼女にとってどれほど大きな意味を持っていたのか。
今さら言葉にするつもりはなかった。
ただ、スクリーンを見つめていた。
そして、ほんの少しだけ微笑んだ。
◇ ◇ ◇
上映が進むにつれ、Cの世界の仕組みが少しずつ明らかになっていった。
人々の心。
記憶。
そして、集合無意識。
そこには、通常の人間が理解する時間や空間とは異なる法則が存在していた。
だが、観客たちの多くは、その説明を十分に理解できなかった。
「……よく分からねえけど、人間の心が集まる場所ってことか?」
玉城が尋ねた。
「大まかにはそういう理解でいいだろう」
藤堂が答えた。
「ただし、実際にどのような仕組みで成り立っているのかは、我々の知識だけでは説明できない」
「そんなもん、本当にあるのかよ」
「現に、映像には存在しているようだ」
玉城は納得できない様子で頭を掻いた。
藤堂も、それ以上は説明しなかった。
理解できないものを、無理に理解したふりをしても仕方がない。
少なくとも今は、ルルーシュがそこで何を経験したのかを見届けることが先だった。
しかし、C.C.だけは少し様子が違っていた。
スクリーンに映るCの世界を見つめながら、時折、何かを考えるように目を細めている。
そして、一度だけ。
観客席の天井へ視線を向けた。
そこには、何もなかった。
少なくとも、ほかの者たちには何も見えなかった。
「……C.C.?」
カレンが声を掛ける。
C.C.はすぐに視線を戻した。
「何でもない」
「……本当?」
「ああ。昔のことを思い出しただけだ」
そう答えると、彼女は再びスクリーンを見つめた。
カレンも、それ以上は尋ねなかった。
C.C.の過去は、あまりにも長い。
今さら一つ一つを聞いたところで、簡単に理解できるものではないのだろう。
そして、上映は次の戦いへと進んでいった。
世界を変えるための戦い。
その戦いが、さらに大きな悲劇を生むことになる。
◇ ◇ ◇
### 第十八話 少女が作った、もう一つの悲劇
ニーナ・アインシュタインは、スクリーンの隅に自分の名前が表示された瞬間、顔を青くした。
これまで、彼女は何度もユーフェミアのために涙を流してきた。ルルーシュの軽率な冗談を知り、その後の選択を知り、どうして大切な皇女が死ななければならなかったのかと憤った。
しかし、今から上映されるのは、自分自身が犯した過ちだった。
それも、ユーフェミアへの愛情とゼロへの憎しみが、深く関わっている。
「……ニーナ?」
ミレイが声を掛けた。
ニーナは答えなかった。
ただ、膝の上で両手を握り締めている。
スクリーンには、研究施設が映し出されていた。
高度な設備が並び、その中央でニーナが研究を進めている。
彼女は優れた頭脳を持っていた。
特に核物理学に関する才能は、周囲の研究者たちからも高く評価されていた。
その才能を利用し、彼女が作り上げたもの。
それがフレイヤだった。
「……フレイヤ」
ニーナが呟いた。
その声は震えていた。
ミレイは、少しだけ表情を曇らせた。
彼女も、その名前を知っている。
そして、それが何を引き起こしたのかも。
「……ニーナ」
「……会長」
ニーナが顔を上げる。
「……私、あの時……本当に……」
その先の言葉が続かなかった。
言い訳をしようとしたわけではない。
ただ、自分が何を考えていたのかを説明しようとして、うまく言葉にできなかったのだ。
ユーフェミアが殺された。
その悲しみを、ニーナは憎しみに変えた。
ゼロを倒したい。
ユーフェミアの仇を討ちたい。
その思いが、彼女を研究へ向かわせた。
しかし、研究者としての好奇心がなかったわけではない。
自分の理論が実現できることへの興奮もあった。
研究成果を認められることへの喜びもあった。
そして、その技術が戦争へ利用された時に何が起きるのか、十分に考えられていなかった。
少なくとも、今のニーナはそう理解していた。
「……私、ユーフェミア様のためだと思っていました」
ニーナが呟いた。
ミレイは何も言わず、彼女の言葉を聞いていた。
「ゼロを倒せれば、それでいいって……。ユーフェミア様の仇を討てるなら、どんな方法でも構わないって……」
その声が震える。
「……でも、違ったんです」
スクリーンには、フレイヤの構造と、その破壊力が映し出されていた。
通常の兵器とは比較にならない威力を持つ弾頭。
一度発射されれば、広い範囲を消滅させる恐ろしい兵器だった。
その説明を聞いた観客たちの表情が変わった。
「……何だ、これは」
コーネリアが呟いた。
彼女は軍人だった。
戦場でどれほど強力な兵器が使われても、驚くことは少ない。
だが、目の前に映し出された兵器は、彼女が知る戦争の常識を大きく超えていた。
「……こんなものを実戦へ投入すれば……」
ギルフォードが言葉を失った。
コーネリアは小さく頷いた。
「ああ。敵軍だけでは済まない。周囲の都市ごと消し去りかねん」
その言葉に、ニーナの肩が震えた。
彼女は、自分が何を作ったのかを知っている。
だからこそ、今さら他人から指摘されるまでもなかった。
しかし、実際に軍人たちがその危険性を口にすると、胸の奥が苦しくなった。
「……ニーナさん」
ユーフェミアが静かに声を掛けた。
ニーナは、ゆっくりと顔を上げた。
「……ユーフェミア様」
ユーフェミアは、彼女の手を取った。
「……あなたは、私のことを思ってくれていたのですね」
その言葉に、ニーナは涙を浮かべた。
「……はい」
「……でも」
ユーフェミアは、少しだけ悲しそうな顔をした。
「私のために、誰かが傷つくことは望んでいませんでした」
ニーナは、何も答えられなかった。
その通りだった。
ユーフェミアは、日本人とブリタニア人が争わずに暮らせる世界を作ろうとしていた。
そのために、自ら皇位継承権まで捨てた。
そんな少女が、復讐のために多くの人間を殺す兵器を望むはずがなかった。
「……ごめんなさい……」
ニーナが呟いた。
ユーフェミアは、何も言わなかった。
ただ、彼女の手を握り続けた。
その沈黙は、赦しを意味するものではなかった。
ニーナがしたことは、これから映像によって明らかになる。
そして、その責任は、ニーナ自身が向き合わなければならないものだった。
◇ ◇ ◇
第二次トウキョウ決戦。
超合集国の戦力を得た黒の騎士団と、ナイトオブラウンズを投入したブリタニア軍が激突した。
戦場には、数え切れないほどのナイトメアフレームが展開されている。
紅蓮聖天八極式。
ランスロット。
双方の精鋭機が激しい戦闘を繰り広げる。
その様子を見ながら、カレンは思わず身を乗り出した。
「……あの時、スザクを追い詰めたのよ」
彼女の声には、当時の緊張が戻っていた。
紅蓮の圧倒的な性能。
そして、スザクの卓越した操縦技術。
互いに一歩も引かない戦いだった。
しかし、その戦闘の最中、スザクはフレイヤを装備していた。
ニーナが開発した大量破壊兵器。
その使用を巡って、彼は激しく葛藤していた。
「……スザク」
ユーフェミアが呟いた。
彼女は、スクリーンの中で必死に戦う騎士を見つめていた。
スザクはフレイヤを使いたくなかった。
その威力を理解していた。
発射すれば、敵だけでなく、周囲の多くの人間を巻き込むことになる。
だからこそ、使用を拒もうとしていた。
しかし、戦況は急激に悪化していく。
紅蓮の攻撃によって、スザクは死の危機へ追い込まれた。
その瞬間。
彼の中に、かつてルルーシュがかけたギアスが発動した。
「……っ!」
カレンが息を呑んだ。
スクリーンには、以前ルルーシュがスザクへ命じた言葉の記録が映し出されていた。
生きろ。
その命令が、スザク自身の意志に反して働いた。
生存を最優先するために。
彼が本来ならば選ばなかった行動へと、身体を動かしていく。
「……まさか」
藤堂が呟いた。
そして、スクリーンの中でフレイヤが発射された。
巨大な光が、トウキョウ租界へ広がっていく。
そこにあった建物が消えた。
道路が消えた。
人々の生活が、一瞬で失われた。
そして、圧倒的な規模の破壊が街を覆い尽くした。
「…………」
映画館は、完全に静まり返った。
誰も何も言えなかった。
スクリーンには、破壊された都市の光景が映し出されている。
そこにあったはずの建物も、人々の姿も、跡形もなく消えていた。
「……何だよ……これ……」
玉城が呟いた。
普段ならば大きな声で騒ぎ立てる男が、今は震えている。
「……こんなの、戦争じゃねえだろ……」
誰も反論しなかった。
戦争であることに違いはない。
だが、その破壊の規模は、あまりにも大きすぎた。
普通の兵士がどれほど勇敢に戦っても、防ぎようのない兵器だった。
そして、その兵器を作った少女が、今この場にいる。
ニーナは、顔を覆っていた。
「……ごめんなさい……」
何度も呟く。
「……ごめんなさい……」
彼女が謝っても、街は元に戻らない。
死んだ人々も帰ってこない。
そのことは理解している。
それでも、謝ることしかできなかった。
ミレイは、彼女の肩へ手を置いた。
だが、何も言わなかった。
軽々しく許すことも、責めることもできなかった。
自分の友人が、とてつもない過ちを犯していた。
その事実を、今は受け止めるだけで精一杯だった。
◇ ◇ ◇
そして、スクリーンにはルルーシュの姿が映し出された。
彼は、ナナリーの安否を確認しようとしていた。
総督府がフレイヤの影響を受けた。
妹が巻き込まれたかもしれない。
その可能性に、ルルーシュは冷静さを失っていた。
通信を繰り返し、情報を求め、何とかしてナナリーを探そうとする。
だが、返ってくるのは絶望的な報告ばかりだった。
「……お兄様……」
ナナリーが呟いた。
彼女は、自分があの時どれほど危険な状況に置かれていたのかを知っていた。
だが、兄がここまで取り乱していたことまでは知らなかった。
スクリーンの中のルルーシュは、もはやゼロとしての威厳を失っていた。
冷静な指揮官ではない。
妹を失ったかもしれない、一人の兄だった。
「……ナナリーちゃんのことになると、本当に駄目ね」
ミレイが呟いた。
その声には、悲しみがあった。
ルルーシュの弱さを知っている。
それでも、こうして映像で見せられると辛かった。
彼は、ナナリーを守るために戦っていた。
しかし、その戦いの中でナナリーを失いかけた。
しかも、原因となったのは自分がスザクへかけたギアスだった。
生きろ。
かつてスザクの命を救うために使った命令。
それが、今度は多くの人間の命を奪う引き金となった。
「……また、ギアスか」
藤堂が呟いた。
その声には、苦さがあった。
ギアスは確かに強力な力だった。
だが、一度かけた命令が、使った本人の予想を超えて働くことがある。
ユーフェミアの事件もそうだった。
そして、今回も。
ルルーシュが望まなかった結果を、彼自身がかけたギアスが引き起こしていた。
「……スザクさんは、悪くないんです」
不意に、ユーフェミアが声を上げた。
彼女は涙を浮かべていた。
「スザクさんは、あんなことをしたかったわけではありません。ギアスによって……」
「……殿下」
藤堂が顔を向ける。
ユーフェミアは、震える声で続けた。
「私は、スザクさんがどれほど優しい人なのか知っています。あのような兵器を使って人を殺すことを、望んでいたはずがありません」
藤堂は、しばらく沈黙した。
そして、静かに答えた。
「……そうでしょうな」
ユーフェミアが顔を上げる。
「しかし、結果として多くの人間が死んだことも事実です」
その言葉に、ユーフェミアは俯いた。
「……はい」
「私は、枢木スザクの意志を責めようとは思いません。少なくとも、この映像を見た限りでは、彼が望んで発射したとは言えない」
藤堂は、スクリーンへ視線を戻した。
「だが、誰がどのようにして責任を負うべきなのか。それは、簡単に答えの出る問題ではありません」
ユーフェミアは、ゆっくりと頷いた。
彼女は、自分の事件を思い出していた。
行政特区日本の虐殺。
自分は殺したくなかった。
それでも、大勢の日本人が死んだ。
そして、今度はスザクが同じような立場に置かれている。
そのことが、何よりも辛かった。
「……スザク……」
ユーフェミアは、小さく名前を呼んだ。
その声は、スクリーンの向こうへ届かなかった。
### 第十九話 仮面を捨てた夜
第二次トウキョウ決戦の後、黒の騎士団は混乱していた。
フレイヤによる大規模な被害。
仲間たちの死。
そして、ゼロの異常なまでの動揺。
指揮官としての彼を信じていた者たちも、さすがに不安を隠せなくなっていた。
「……こんな状態だったんだな」
扇が呟いた。
彼はスクリーンを見つめていた。
自分たちが何を考えていたのか。
ゼロをどう見ていたのか。
そのすべてが、今から映し出されようとしている。
そして、そこへ一人の男が現れた。
シュナイゼル・エル・ブリタニア。
ブリタニア帝国の宰相を務める第二皇子。
卓越した政治的手腕と、冷静な判断力を持つ人物だった。
「……シュナイゼル兄上」
コーネリアが呟いた。
彼女は、スクリーンの中の兄を見つめていた。
シュナイゼルは、黒の騎士団へある情報を持ち込んだ。
ゼロの正体。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
そして、ギアスという能力。
彼が他人の意志を奪い、命令に従わせることのできる力を持っているという事実だった。
「……ああ」
玉城が声を漏らした。
「……この時か」
彼は、当時のことを思い出していた。
ゼロがブリタニアの皇子だった。
そのことだけでも大きな衝撃だった。
しかし、さらに恐ろしかったのはギアスの存在だった。
もし、自分たちも操られていたのだとしたら。
ゼロを信じて戦ってきた気持ちさえ、誰かによって作られたものだったとしたら。
その疑念が、黒の騎士団の内部へ広がっていった。
「……そうだったわね」
カレンが呟いた。
彼女は、スクリーンの中の自分たちを見つめていた。
シュナイゼルの説明。
そして、ギアスの証拠。
それらを前にして、黒の騎士団の幹部たちは動揺していた。
しかし、カレンの気持ちは少し違った。
彼女はルルーシュを知っていた。
ゼロとしての顔も、学生としての顔も。
そして、彼がナナリーを大切にしていたことも。
もちろん、だからといってすべてを信じられるわけではない。
だが、彼が誰彼構わずギアスで操っていたとは思えなかった。
「……どうして、誰もルルーシュの話を聞こうとしなかったんだろう」
カレンが呟いた。
その言葉に、藤堂が顔を向けた。
「……我々は、判断を急ぎすぎたのかもしれないな」
カレンは顔を上げた。
藤堂は静かに続けた。
「ギアスという能力が存在することは、確かだった。ゼロがその力を使っていたことも、事実だった」
彼は、一度言葉を切った。
「だが、それだけで過去のすべてを否定するべきだったのか。今になって考えれば、別の判断もあり得たのだろう」
その言葉に、扇が俯いた。
「……俺たちは、ゼロを裏切ったんだな」
「そう簡単に言い切れるものでもない」
藤堂が答える。
「ゼロ自身、我々へ真実を隠していた。部隊を指揮するうえで、到底看過できない秘密だったことは確かだ」
その声には、苦い感情が滲んでいた。
「だが、シュナイゼルが提示した情報をどこまで信用すべきだったか。少なくとも、敵国の宰相が我々のためだけに動いていると考えるべきではなかった」
扇は何も言わなかった。
その通りだった。
自分たちは、シュナイゼルの言葉を聞いた。
そして、ゼロへ銃を向けた。
もちろん、ゼロを疑う理由はあった。
ブラックリベリオンでの離脱。
繰り返された秘密。
そして、ギアスの存在。
それらはすべて、指揮官としての信用を失わせるには十分なものだった。
しかし。
「……あいつに、ちゃんと聞けばよかったのかな」
扇が呟いた。
カレンは、しばらく黙っていた。
そして、静かに答えた。
「……分からない」
その声には、迷いがあった。
「ルルーシュが本当のことを話してくれたかどうかも分からないし、私たちがそれを信じられたかどうかも分からない」
カレンはスクリーンへ視線を戻した。
「でも、少なくとも……あんな終わり方には、したくなかった」
その言葉に、誰も反論しなかった。
◇ ◇ ◇
そして、ルルーシュは黒の騎士団へ追い詰められた。
かつて自分が率いていた仲間たち。
自分を信じ、日本を取り戻すために戦ってきた者たち。
その全員から、銃を向けられている。
スクリーンには、彼の胸中が映し出されていた。
絶望。
怒り。
そして、奇妙な諦め。
ナナリーを失ったと思っていた。
シャーリーも死んだ。
黒の騎士団からも見捨てられた。
もう、自分には何も残っていない。
そんな考えが、彼の心を支配していた。
「……ルルーシュ」
シャーリーが呟いた。
彼女は、スクリーンの中の少年を見つめていた。
以前ならば、そんな表情を見たことなどなかった。
ルルーシュは、いつも自信に満ちていた。
たとえ不利な状況でも、何かしらの策を考えているように見えた。
しかし、今の彼には何もなかった。
ただ、すべてを失った少年がそこにいるだけだった。
「……嫌だよ、こんなの」
シャーリーが小さく呟いた。
その声に、ミレイが顔を向けた。
「……シャーリー」
「ルル、もう何も残ってないみたいな顔してる……」
彼女は涙を浮かべていた。
「私が死んだことも、ナナリーちゃんのことも、黒の騎士団のことも……全部、自分のせいだって思ってる」
ミレイは何も答えなかった。
スクリーンには、ルルーシュが自分を悪人として振る舞おうとする姿が映し出されていた。
仲間たちの憎しみを、自分へ向けさせる。
そして、彼らが自分を殺すことにためらいを抱かないようにする。
そんな意図が、彼の言葉の裏にあった。
「……あの子、本当に……」
ミレイが呟いた。
その声には、呆れと悲しみが混ざっていた。
「最後まで、一人で全部決めようとするんだから……」
リヴァルは、黙って頷いた。
そして、スクリーンの中では、ルルーシュへ銃口が向けられた。
その瞬間だった。
ロロが動いた。
「……え?」
映画館のロロが顔を上げた。
そこには、過去の自分が映し出されている。
兄を助けるために。
ただ、それだけのために。
ロロはギアスを発動させた。
周囲の人間たちの意識が止まる。
その隙に、ルルーシュを連れて脱出する。
しかし、その能力には代償があった。
ギアスを使うたび、ロロの心臓に大きな負担が掛かる。
長く使い続ければ、命に関わる。
そのことを、ロロ自身も知っていた。
それでも、彼は止まらなかった。
「……ロロ!」
ナナリーが声を上げた。
スクリーンには、苦しそうに息をする少年が映し出されている。
彼は兄を助けるために、何度もギアスを使っていた。
そのたびに身体が悲鳴を上げる。
心臓が限界へ近づいていく。
「……やめてください……!」
ナナリーが呟いた。
ロロは、スクリーンを見つめていた。
そこには、自分が最期に選んだ行動が映っている。
兄を助ける。
ただ、それだけだった。
そのためならば、自分の命が尽きても構わないと思っていた。
「……兄さん……」
ロロの声が震えた。
画面の中で、ルルーシュは何度も彼を止めようとしていた。
もういい。
これ以上ギアスを使うな。
そう言っても、ロロは聞かなかった。
兄を助けたかった。
初めて、自分の意志で何かを守りたかった。
それだけだった。
そして、ついにロロの身体が限界を迎える。
ルルーシュは、彼を抱き締めた。
偽りの弟。
最初は利用するつもりだった少年。
シャーリーを殺した相手。
それでも、自分を救うために命を懸けた少年。
そのロロが、静かに息を引き取った。
「……ああ……」
映画館のロロが、声を漏らした。
彼は、自分が死んだことを知っていた。
しかし、改めてその最期を映像で見ると、胸が苦しくなった。
ルルーシュは泣いていた。
自分を利用していた兄が。
自分を憎んでいた兄が。
最期には、涙を流してくれた。
「……兄さん……」
ロロの目から涙がこぼれた。
彼は、胸元のロケットを強く握り締めた。
自分が欲しかったもの。
それが、最後の瞬間に少しだけ手に入ったような気がした。
そして、シャーリーはそんなロロを見つめていた。
彼女は、何も言わなかった。
ロロがルルーシュを助けたことは理解できる。
命を懸けて守ろうとしたことも。
だが、それで自分が殺された事実が消えるわけではない。
シャーリーは、静かに涙を拭った。
そして、ロロへ声を掛けた。
「……ロロ」
ロロが顔を上げる。
「……何?」
「……ルルを助けてくれて、ありがとう」
その言葉に、ロロは目を見開いた。
シャーリーは、少しだけ微笑んだ。
「でも、私があなたを許せるかどうかは、まだ分からない」
ロロは、ゆっくりと頷いた。
「……うん」
短い返事だった。
しかし、その声には、先ほどまでとは違う落ち着きがあった。
シャーリーが自分を許さないことは理解できる。
当然だと思う。
それでも、兄を助けたことについては感謝してくれた。
そのことが、ロロには嬉しかった。
彼は、もう一度スクリーンを見つめた。
そこには、弟を失ったルルーシュの姿があった。
泣きながら、それでも立ち上がろうとする少年。
そして、彼は新たな決意を固めようとしていた。
◇ ◇ ◇
### 第二十話 父が望んだ、嘘のない世界
ルルーシュが黒の騎士団を失った後、向かった先は神根島だった。
彼は、すでに多くのものを失っていた。
ナナリーは死んだと思っていた。
シャーリーは殺された。
ロロも、自分を助けるために命を落とした。
そして、黒の騎士団からも裏切られた。
残されたものは、ほとんどなかった。
そんな状況で彼が向き合おうとした相手。
それが、父であるシャルル・ジ・ブリタニアだった。
「……父上との決着か」
コーネリアが呟いた。
彼女は、スクリーンの中の弟を見つめていた。
ルルーシュは疲れ切っている。
だが、その瞳には確かな意志があった。
もう何も失いたくないという思いではない。
むしろ、何もかも失ったからこそ、最後に父との決着をつけようとしているように見えた。
「……ルルーシュ」
ユーフェミアが小さく名前を呼んだ。
彼女は、幼い頃のルルーシュを思い出していた。
母を失い、ナナリーが傷つき、父に反発していた少年。
あの時から、彼はずっと父を憎んでいた。
そして、今ようやくその父と向き合おうとしている。
「……長かったのですね」
ユーフェミアが呟いた。
コーネリアは何も答えなかった。
ルルーシュがどれほど長い時間を復讐に費やしてきたのか。
そのことを、今さら考えても答えは出ない。
ただ、弟がこれほどまでに追い詰められていたことだけは、理解できた。
◇ ◇ ◇
スクリーンには、再びCの世界が映し出された。
そこにいたのはシャルル皇帝。
そして、彼と行動を共にしていた存在だった。
マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。
「……母上!?」
ナナリーが声を上げた。
その隣で、コーネリアが息を呑む。
マリアンヌは死んだはずだった。
皇宮で暗殺され、その事件がルルーシュとナナリーの人生を大きく変えた。
その母が、今スクリーンに映っている。
しかも、単なる記憶ではない。
彼女はシャルルとともに、ある計画を進めていた。
「……そんな馬鹿な」
コーネリアが呟いた。
彼女はマリアンヌを知っていた。
皇帝の妃であり、優れたナイトメアフレームの操縦技術を持っていた女性。
そして、ルルーシュとナナリーの母。
その人物が、死後も別の形で存在し続けていた。
しかも、皇帝の計画に協力していたというのか。
「……お母様……?」
ナナリーの声が震えた。
彼女は、母の姿を十分に見ることができなかった。
しかし、声を覚えている。
話し方も。
自分を抱き締めてくれた時の温かさも。
その母が、今ルルーシュの前に現れている。
「……どうして……」
ナナリーが呟いた。
誰も答えられなかった。
スクリーンでは、マリアンヌが自分の計画について語り始めていた。
シャルルとともに目指していたもの。
それは、人々が嘘をつかず、互いの本心を隠さない世界だった。
人間が心を閉ざすから、争いが起きる。
人が他人へ嘘をつくから、悲劇が生まれる。
ならば、そうした隔たりそのものをなくしてしまえばいい。
シャルルたちは、そのように考えていた。
そして、Cの世界を利用し、人々の意識のあり方そのものを変えようとしていた。
「……何を言っているのだ」
コーネリアが呟いた。
彼女は、スクリーンの中の父を見つめていた。
嘘のない世界。
争いのない世界。
その理想は、確かに聞こえがよかった。
しかし、そのために何をしようとしているのか。
人々の意志を一つにまとめ、個人の隔たりを失わせる。
それは、果たして平和と呼べるものなのだろうか。
「……父上は、そんなことを考えておられたのか」
彼女の声には、失望が滲んでいた。
自分は、父が冷酷な皇帝であることを知っていた。
しかし、それでもブリタニアという国家を統治する人物として、何らかの理念を持っているのだろうと思っていた。
弱者を切り捨て、強者を尊ぶ。
その思想には賛同できない部分もあったが、少なくとも一つの政治的な方針ではあった。
だが、目の前の計画は違う。
世界そのものを、個人の意志とは関係なく作り替えようとしている。
「……これでは、支配どころの話ではない」
コーネリアが呟いた。
ギルフォードも、静かに頷いた。
◇ ◇ ◇
ルルーシュは、父と母の説明を聞いていた。
しかし、その表情には納得した様子がなかった。
母を殺された。
妹を傷つけられた。
自分たちは日本へ送られた。
そのすべてが、何らかの大きな計画の一部だったというのか。
しかも、両親はそれを正当化しようとしている。
ルルーシュは、怒りを露わにしていた。
「……お兄様……」
ナナリーが呟いた。
彼女は、スクリーンの中の兄を見つめていた。
ルルーシュは、ずっと母の死の真相を知りたがっていた。
それが、彼の復讐の原点だった。
しかし、真相を知った彼が安堵することはなかった。
むしろ、さらに深い失望を味わっていた。
「……こんなの、酷いです」
ナナリーが呟いた。
咲世子が顔を向ける。
「ナナリー様」
「お兄様は、お母様のためにずっと戦ってきたんです。私のためでもありましたけど、それだけじゃなくて……」
ナナリーの声が震えた。
「それなのに、お母様は……」
そこで、言葉が止まった。
母を責めたくなかった。
今でも大切な人だった。
だが、その母が兄に何をしたのかを知ってしまった。
それを、簡単に受け入れることはできなかった。
「……ナナリー」
ユーフェミアが手を握った。
ナナリーは顔を上げる。
ユーフェミアは悲しそうに微笑んだ。
「あなたが何を思っても、間違いではないと思います」
「……ユフィ姉様」
「大切な人だからといって、すべてを受け入れなければならないわけではありません」
ナナリーは、ゆっくりと頷いた。
その言葉は、ユーフェミア自身の気持ちとも重なっていた。
ルルーシュは大切な人だった。
今でも、嫌いになれない。
だが、彼が自分へしたことを、すべて許したわけではない。
その二つは、同時に存在していてもいいのだろう。
ユーフェミアは、そう考えていた。
◇ ◇ ◇
そして、スクリーンの中でルルーシュが立ち上がった。
彼は、両親の計画を否定した。
人々が嘘をつかずに済む世界。
争いのない世界。
しかし、そこでは個人の未来が失われる。
人間は変わることができる。
間違うこともある。
他人を傷つけることもある。
それでも、自分の意志で未来を選ぶことに意味がある。
ルルーシュは、そう考えていた。
「……未来を選ぶ、か」
藤堂が呟いた。
彼は、スクリーンの中の少年を見つめていた。
これまでゼロは、多くの人間の自由を奪ってきた。
ギアスによって命令し、自分の作戦のために動かしてきた。
その少年が今、人間は自分の意志で未来を選ぶべきだと主張している。
それは矛盾しているようにも見えた。
しかし、藤堂には少しだけ理解できる気がした。
ルルーシュ自身、ギアスの力によって多くのものを失ってきた。
ユーフェミア。
スザク。
シャーリー。
そして、数え切れないほどの人々。
だからこそ、他人の意志を奪うことの恐ろしさを、誰よりも知っているのかもしれない。
「……皮肉なものだな」
藤堂が呟いた。
千葉が顔を向ける。
「何がですか?」
「人の意志を奪う力を持った男が、最後には人の意志を守ろうとしている」
千葉は、しばらく考えた。
「……でも、それが本心なら、少しは信じてもいいのかもしれません」
藤堂は何も答えなかった。
すべてを許すことはできない。
だが、ルルーシュが何を目指していたのかについては、理解できる部分があった。
そして、彼はCの世界の集合無意識へギアスを行使した。
時を止めようとする両親の計画を拒み、未来へ進むことを求める。
その意志が、Cの世界へ働き掛けた。
シャルルとマリアンヌの計画は崩壊した。
そして、ルルーシュは父との戦いに決着をつけた。
「……終わったのですね」
ユーフェミアが呟いた。
コーネリアは静かに頷いた。
「ああ」
しかし、彼女の声には喜びがなかった。
父が倒された。
母のように慕っていた女性の真実も明らかになった。
そして、それらの中心にいたのが弟だった。
ブリタニア皇族の歴史そのものが、根底から覆されたような気がした。
「……ルルーシュ」
コーネリアが呟いた。
その声には、以前のような怒りだけではない、複雑な感情が含まれていた。
父を倒した男。
妹を殺した男。
そして、家族のために世界へ反逆した弟。
彼をどう評価すればいいのか。
コーネリアには、まだ答えが出せなかった。
### 第二十一話 皇帝となった反逆者
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
神聖ブリタニア帝国第99代皇帝。
その名がスクリーンへ表示された時、映画館の空気が再び変わった。
「……ここからか」
コーネリアが呟いた。
彼女は、ルルーシュが皇帝へ即位したことを知っている。
そして、その後に何をしたのかも。
だが、彼が何を考えて皇帝になったのかまでは知らなかった。
スクリーンには、ブリタニアの皇宮が映し出されている。
そこへ現れたのは、白い衣装を身にまとったルルーシュだった。
そして、その隣には枢木スザクがいる。
「……スザクさん?」
ユーフェミアが驚いて声を上げた。
彼女は、二人の関係を知っている。
神根島で銃を向け合い、互いを許すことのできない敵同士になった少年たち。
その二人が、今は同じ場所に立っている。
しかも、スザクはルルーシュの側にいる。
「……どうして……?」
ユーフェミアが呟いた。
コーネリアも、険しい表情でスクリーンを見つめていた。
あの二人が協力することになった経緯。
それには、まだ明らかになっていない事情があるのだろう。
スクリーンには、ルルーシュとスザクの会話が映し出された。
互いの過去。
自分たちが犯した罪。
そして、それでも世界を変えなければならないという思い。
二人は、互いを許したわけではなかった。
むしろ、相手が何をしたのかを理解しているからこそ、最後の計画を実行しようとしていた。
「……そういうことだったのか」
カレンが呟いた。
彼女は、スザクがルルーシュの側へ付いたことを知っていた。
だが、二人が何を考えていたのかまでは理解していなかった。
最初は、ただ手を組んだのだと思っていた。
互いに利用価値があるから。
共通の敵がいるから。
その程度の理由なのだろうと。
しかし、実際は違った。
二人は、もっと大きなものを見据えていた。
それが何なのかは、まだ完全には明らかになっていない。
「……あいつら、本当に何を考えてたんだろうな」
リヴァルが呟いた。
ミレイは何も答えなかった。
スクリーンの中のルルーシュは、もう自分たちが知る学生ではなかった。
皇帝としての威厳をまとい、多くの人間へ命令を下している。
その姿は、以前のゼロとも違っていた。
彼は、世界を自分の支配下へ置こうとしているように見えた。
「……ルルーシュ」
シャーリーが呟いた。
その声には、不安があった。
自分が好きだった少年が、遠くへ行ってしまったように感じられた。
彼は、もう生徒会室で笑っていた頃の少年ではない。
だが、だからといって、あの頃のルルーシュが消えたわけでもないはずだった。
シャーリーは、そう信じたかった。
◇ ◇ ◇
ルルーシュは、皇帝としてブリタニアの体制へ手を加え始めた。
既存の貴族制度を崩し、特権を持つ者たちの立場を奪い、国家の仕組みを変えていく。
その方法には、ギアスが用いられることもあった。
「……また、この力か」
藤堂が呟いた。
彼は、スクリーンに映るルルーシュを見つめていた。
ギアスによって他人を従わせる。
それは、彼が以前から使っていた方法だった。
そして、その力がどれほど恐ろしいものなのか、すでに観客たちは理解している。
「……何が自由意志だ」
玉城が声を上げた。
「さっきは人間が自分で未来を選ぶべきだとか言ってたくせに、結局またギアスで従わせてるじゃねえか!」
藤堂は、すぐには答えなかった。
確かに、矛盾している。
しかし、ルルーシュは今までずっとそういう人間だった。
自分の目的のために他人を利用し、その結果として誰かを救おうとする。
その矛盾を抱えたまま進み続けてきた。
「……それが、あいつのやり方なのだろう」
藤堂が呟いた。
「だからって納得できるかよ!」
「納得する必要はない」
藤堂は、静かに答えた。
「ただ、何を目指しているのかを見届ける必要はある」
玉城は不満そうに口を閉じた。
そして、スクリーンではルルーシュがさらに権力を拡大していった。
ブリタニアを掌握し、世界へその力を示す。
やがて彼は、超合集国へも圧力を掛け始めた。
「……ふざけるな」
カレンが呟いた。
彼女は、スクリーンの中のルルーシュを睨みつけていた。
黒の騎士団を率いていた男。
日本を解放するために戦っていた男。
その男が今度はブリタニア皇帝となり、世界を支配しようとしている。
しかも、その隣にはスザクがいる。
「……何なのよ、あいつら……」
カレンの声が震えた。
彼女はルルーシュを信じていた。
ゼロとしての彼だけではない。
生徒会副会長としての彼も。
不器用で、傲慢で、何でも一人で決めてしまう少年。
その彼が今、世界を敵に回そうとしている。
「……私たちと戦った意味は、何だったのよ……」
その問いに、答える者はいなかった。
ただ、スクリーンの中のルルーシュは、何かを決意した表情で世界へ宣戦布告するように進み続けていた。
そして、その先にはシュナイゼルがいた。
世界の覇権を巡る最後の戦いが、始まろうとしていた。
◇ ◇ ◇
### 第二十二話 空に浮かぶ墓標
シュナイゼルが手にした切り札は、天空要塞ダモクレスだった。
上空から世界を威圧し、フレイヤによって反抗する都市や軍隊を消滅させる。
その力があれば、国家同士の戦争を終わらせることはできるかもしれない。
だが、それは平和と呼べるのだろうか。
反抗すれば消される。
逆らえば、街ごと失われる。
そんな恐怖によって保たれる秩序だった。
「……シュナイゼル兄上」
コーネリアが呟いた。
彼女は、兄の政治的な手腕を高く評価していた。
冷静で、優秀で、常に最善と思われる選択をする。
それがシュナイゼルという人物だった。
しかし、今の彼は、あまりにも危険なものを手にしている。
世界を守るために、世界を脅迫する。
それは、シャルル皇帝が目指したものとも、ルルーシュが目指しているものとも異なる。
「……兄上は、ここまで考えておられたのか」
コーネリアの声には、失望があった。
ギルフォードも、黙ってスクリーンを見つめていた。
彼はコーネリアへ忠誠を誓う騎士だった。
しかし、ブリタニアという国家を守ることにも誇りを持っていた。
その国家が、世界を破壊する力を用いて支配を続けようとしている。
それが、本当に守るべきものなのだろうか。
「……殿下」
ギルフォードが静かに声を掛けた。
コーネリアは顔を向ける。
「何だ?」
「……我々は、何のために戦ってきたのでしょうか」
その問いに、コーネリアはすぐには答えられなかった。
帝国のため。
皇族のため。
そして、大切な妹を守るため。
そう考えて戦ってきた。
しかし、その帝国は内部から崩れ、皇族同士が争い、妹は自分たちが知らなかった力によって命を落とした。
今になって考えれば、何が正しかったのか分からなくなる。
「……少なくとも」
コーネリアは、ゆっくりと口を開いた。
「私は、自分が守りたいと思ったものを守るために戦ってきた」
ギルフォードが顔を上げる。
「……それが間違いだったのかどうかは、簡単には答えられん。だが、今ここで過去のすべてを否定するつもりもない」
コーネリアはスクリーンへ視線を戻した。
「……ただ、知らなければならないことがあった。それだけは確かだ」
ギルフォードは、静かに頭を下げた。
「……イエス、ユア・ハイネス」
二人の会話は、そこで終わった。
スクリーンには、天空要塞ダモクレスが映し出されている。
その圧倒的な規模は、見る者へ恐怖を与えるものだった。
◇ ◇ ◇
そして、ルルーシュの前に現れたのは、ナナリーだった。
「……私……?」
ナナリーが呟いた。
スクリーンには、車椅子に乗った少女が映っている。
彼女は、生きていた。
フレイヤによって命を落としたと思われていたが、咲世子とともに生き延びていたのだ。
「……よかった」
シャーリーが声を漏らした。
その言葉に、ミレイも頷いた。
「そうね。本当によかったわ」
しかし、喜びは長く続かなかった。
ナナリーは、シュナイゼルの側にいた。
そして、ルルーシュと敵対している。
「……どうして……」
ユーフェミアが呟いた。
彼女は、ナナリーを見つめていた。
ルルーシュが何よりも大切にしていた妹。
その妹が、今は兄へ敵意を向けている。
しかも、フレイヤを搭載したダモクレスの鍵を握っていた。
「……ナナリー」
コーネリアが声を掛けた。
ナナリーは、静かに頷いた。
「……はい」
「お前は、あの時何を考えていた?」
ナナリーは、少しだけ目を伏せた。
そして、ゆっくりと答えた。
「……お兄様を止めなければならないと思っていました」
その声には、迷いがなかった。
彼女は、自分の意志でルルーシュと敵対した。
兄が世界を支配しようとしている。
そのことを許すわけにはいかなかった。
たとえ、大切な兄であっても。
「……私は、お兄様が好きです」
ナナリーが続けた。
「でも、だからといって何をしても許していいわけではありません」
コーネリアは黙って聞いていた。
「お兄様が間違っていると思ったから、私は止めようとしました」
その言葉に、ユーフェミアは静かに頷いた。
ナナリーは、もう守られるだけの少女ではなかった。
自分の意志を持ち、自分の考えで行動しようとしている。
その成長は、ルルーシュが望んでいたものでもあったのだろう。
しかし、その結果として兄妹が敵対することになるとは、あまりにも皮肉だった。
「……ナナリー」
ユーフェミアは、彼女の手を握った。
「あなたは、本当に強くなったのですね」
ナナリーは、少しだけ微笑んだ。
「……ありがとうございます」
だが、その笑顔はすぐに消えた。
スクリーンには、ダモクレスから発射されるフレイヤの姿が映っていた。
ニーナが作り上げた兵器。
そして、ナナリーが使用に関わった兵器。
その光が、再び多くの命を奪おうとしていた。
「……私も、同じだったんですね」
ナナリーが呟いた。
ユーフェミアが顔を向ける。
「……ナナリー?」
「自分が正しいと思っていました。お兄様を止めるためなら、必要なことだと思っていました」
ナナリーの声が震える。
「……でも、それで人が死んだことは変わりません」
彼女は、膝の上で手を握り締めた。
自分がフレイヤの使用に関わった。
その結果、多くの人間が命を落とした。
その事実を、彼女は否定しなかった。
むしろ、今改めて重く受け止めていた。
「……私も、お兄様を責めるだけではいけなかったのかもしれません」
ナナリーが呟いた。
その言葉に、コーネリアは何も答えなかった。
誰かを止めるために、別の誰かを傷つける。
その矛盾は、彼女自身も何度も経験してきたことだった。
だからこそ、軽々しく答えを出すことはできなかった。
◇ ◇ ◇
そして、ルルーシュは最後の作戦を実行した。
フレイヤを無力化するための装置。
その開発には、ニーナの協力があった。
「……私……」
ニーナが呟いた。
スクリーンには、研究を続ける自分の姿が映っている。
かつてフレイヤを作った少女が、今度はその兵器を止める方法を考えていた。
それは、自分の罪と向き合うための行動でもあった。
しかし、彼女はそれが贖罪の完成になるとは考えていなかった。
フレイヤを止める技術を作ったとしても、すでに失われた命が戻ってくるわけではない。
だからこそ、少なくともこれ以上の犠牲を防ぎたかった。
「……ニーナ」
ミレイが声を掛けた。
ニーナは顔を上げる。
「……会長」
「あなた、本当に頑張ったのね」
その言葉に、ニーナは涙を浮かべた。
「……でも、私が作った兵器ですから……」
「そうね」
ミレイは頷いた。
「あなたが作ったものだわ」
その返答に、ニーナは少し驚いた。
ミレイは続けた。
「だから、責任がなくなったわけじゃない。でも、止めるために努力したことまで、なかったことにする必要はないと思う」
ニーナは、何も言わなかった。
ミレイは、小さく微笑んだ。
「間違ったことをしたなら、その後どうするかも大切でしょう?」
その言葉に、ニーナは顔を伏せた。
「……はい」
短い返事だった。
しかし、その声には、少しだけ力が戻っていた。
そして、スクリーンではフレイヤを無力化する作戦が始まった。
ルルーシュの計算。
スザクの操縦技術。
そして、ニーナが開発した対抗手段。
それらが組み合わさり、最後の一手が実行される。
極めて短い時間での判断と操作が必要だった。
一つでも間違えれば、すべてが終わる。
しかし、二人は成功させた。
フレイヤの脅威が、一つ無力化された。
「……やった……」
ニーナが呟いた。
スクリーンの中の自分も、同じように安堵している。
その姿を見て、ユーフェミアは静かに微笑んだ。
「……よかったですね、ニーナさん」
ニーナは、涙をこぼしながら頷いた。
「……はい……」
ただし、その喜びは決して無邪気なものではなかった。
彼女は、これからも自分がしたことを背負って生きなければならない。
少なくとも、彼女自身はそう考えていた。
そして、その決意は、観客席で彼女を見つめる人々にも伝わっていた。
### 第二十三話 悪逆皇帝の願い
ダモクレスを巡る戦いは、激しさを増していった。
ルルーシュはシュナイゼルと対峙し、最後の策を巡らせていた。
かつてチェスで勝つことのできなかった兄。
その兄を、今度こそ打ち破ろうとしている。
そして、スザクはカレンと戦っていた。
ランスロットと紅蓮。
互いに最高水準の性能を持つ機体であり、その操縦者もまた卓越した技術を持っていた。
「……あの戦いか」
カレンが呟いた。
彼女は、スクリーンの中の自分を見つめていた。
スザクを止める。
そして、ルルーシュを止める。
その思いだけで戦っていた。
だが、スザクもまた、自分の命を懸けて戦っている。
互いに譲ることのできないものがあった。
その結果、二機は激しい戦闘の末に大破した。
カレンは生き延びた。
しかし、スザクは死亡したものとして扱われることになる。
「……スザクさん……?」
ユーフェミアが呟いた。
その声は、震えていた。
彼女はスザクを愛していた。
そして、彼がどれほど強い人間なのかも知っている。
それなのに、今目の前で彼が死んだように見えた。
「……嫌です……」
ユーフェミアが小さく呟いた。
コーネリアが妹の肩を抱く。
「ユフィ」
「……姉上……」
「落ち着け。まだすべてが終わったわけではない」
その言葉に、ユーフェミアはゆっくりと頷いた。
しかし、不安は消えなかった。
スザクが死んだ。
そう思った瞬間、胸の奥が締め付けられた。
ルルーシュだけではない。
スザクまでも失ってしまうのか。
そんなことを考えずにはいられなかった。
◇ ◇ ◇
その後、ルルーシュはシュナイゼルを制圧した。
そして、最後に残ったのはナナリーだった。
スクリーンには、兄妹が向かい合う場面が映し出されている。
ナナリーは、すでに目を開いていた。
シャルルによってかけられたギアスを、自分の強い意志で乗り越えていたのだ。
「……ナナリー……!」
ユーフェミアが声を上げた。
その隣で、コーネリアも驚愕している。
ナナリー自身は、静かにスクリーンを見つめていた。
彼女は、あの時の自分が何を考えていたのか覚えている。
兄を止めたかった。
世界を恐怖で支配することなど、許してはならないと思っていた。
そして、そのために自分も罪を背負う覚悟をしていた。
しかし、兄は違う答えを用意していた。
ルルーシュは、ナナリーにギアスを使った。
ダモクレスの鍵を渡すよう命じたのである。
「……っ!」
ナナリーが顔を伏せた。
彼女は、その時の感覚を思い出していた。
自分の意志では拒もうとしている。
しかし、身体が命令に従ってしまう。
その恐ろしさを、彼女も経験していた。
「……お兄様……」
ナナリーが呟いた。
その声には、悲しみがあった。
兄は、自分にギアスを使った。
それがどれほど辛いことだったのか。
今でも忘れていない。
しかし、その後の出来事を知った今は、別の感情もある。
兄は何を考えていたのか。
なぜ、そこまでしてダモクレスを手に入れようとしたのか。
その答えが、まもなく明らかになる。
◇ ◇ ◇
世界は、ルルーシュの手に落ちた。
少なくとも、表向きにはそう見えた。
ブリタニア帝国第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
彼は超合集国をも屈服させ、世界へ自らの支配を宣言した。
そして、反抗する者たちを容赦なく排除する独裁者として振る舞った。
「……最低だな」
玉城が呟いた。
その声には、憎しみがあった。
「結局、世界を自分のものにしたかっただけじゃねえか」
藤堂は何も言わなかった。
スクリーンの中のルルーシュは、確かに暴君だった。
多くの人間へ命令し、逆らう者を排除し、世界中から憎まれている。
しかし、藤堂はあることを気にしていた。
彼は、なぜそこまで憎まれようとしているのか。
世界を支配するだけならば、もっと穏やかな方法もあったはずだった。
それなのに、ルルーシュは自分への憎悪を高めるように振る舞っている。
「……妙だな」
藤堂が小さく呟いた。
千葉が顔を向ける。
「何がですか?」
「いや、まだ分からん」
藤堂は、スクリーンを見つめた。
ルルーシュは恐れられていた。
憎まれていた。
そして、世界中の人々が彼の死を望んでいた。
それが、偶然の結果には見えなかった。
あまりにも徹底している。
まるで、誰もが彼を憎むように仕組まれているかのようだった。
「……藤堂さん」
カレンが声を掛けた。
「私も、少し気になることがあります」
藤堂が顔を向ける。
「……何だ?」
「ルルーシュは、こんなことをする人間でしたか?」
その問いに、藤堂はすぐには答えなかった。
「……もちろん、あいつは酷いことをたくさんしました。人を利用したし、ギアスも使った。だから、私だって全部を信じていたわけじゃありません」
カレンは、スクリーンの中の皇帝を見つめた。
「でも、こんなふうにただ人を苦しめるだけの人間だったとは思えないんです」
藤堂は、静かに頷いた。
「……ああ」
そして、二人はスクリーンへ視線を戻した。
そこには、悪逆皇帝として振る舞うルルーシュの姿があった。
その裏に何が隠されているのか。
まだ、誰も知らなかった。
◇ ◇ ◇
### 第二十四話 ゼロレクイエム
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが世界を掌握してから、二か月が経過した。
スクリーンには、華々しいパレードの準備が進む光景が映し出されていた。
道路の両側には大勢の人々が集まり、警備兵たちが厳重な警戒を続けている。
その中心を進むのは、神聖ブリタニア帝国第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
世界を恐怖で支配した独裁者だった。
「……あの日ですね」
ナナリーが呟いた。
その声には、深い悲しみがあった。
彼女は、この日のことを忘れていない。
兄が死んだ日。
そして、兄が最後に何を願っていたのかを知った日だった。
しかし、ナナリーは何も説明しなかった。
ただ、静かにスクリーンを見つめていた。
その姿を、ユーフェミアが心配そうに見つめている。
「……ナナリー?」
「……大丈夫です、ユフィ姉様」
ナナリーは、小さく微笑んだ。
だが、その笑顔には無理があった。
スクリーンには、ルルーシュが皇帝としてパレードへ臨む姿が映っている。
白い衣装。
整えられた黒髪。
そして、堂々とした態度。
その姿は、かつてアッシュフォード学園で笑っていた少年とはまったく異なっていた。
「……ルル」
シャーリーが呟いた。
彼女は、スクリーンの中の少年を見つめていた。
自分が好きだったルルーシュ。
その彼が、世界中から憎まれている。
そして、彼自身もそのことを理解していた。
なぜ、そんな道を選んだのか。
シャーリーには、まだ分からなかった。
「……ルルーシュ」
ミレイが小さく名前を呼んだ。
彼女は、スクリーンに映る少年を見つめながら、昔のことを思い出していた。
生徒会室で書類を押し付けた時。
学園祭で無茶な企画を任せた時。
ナナリーのために、嫌々ながらも最後には協力してくれた時。
そんな何でもない日常が、今では遠い昔のように思える。
あの頃のルルーシュは、こんな未来を望んでいたのだろうか。
世界中から憎まれる皇帝になることを。
そして、自分の名前が恐怖の象徴になることを。
「……本当に、馬鹿な子ね」
ミレイが呟いた。
その声は、少しだけ震えていた。
◇ ◇ ◇
そして、パレードが始まった。
ルルーシュは皇帝として、群衆の前へ姿を現した。
その周囲には兵士たちが並び、警備が続けられている。
しかし、街に集まった人々の表情は決して明るくなかった。
恐怖。
憎しみ。
そして、諦め。
世界中の人間が、この皇帝の死を望んでいた。
「……酷いものだな」
クロヴィスが呟いた。
彼もまた、弟に殺された皇族の一人だった。
しかし、今のルルーシュの姿には複雑な感情があった。
世界を支配した弟。
自分を殺した弟。
そして、幼い頃には一緒に過ごしていた弟。
そのすべてが、同じ人物だった。
「……お前は、何がしたかったのだ、ルルーシュ」
クロヴィスが呟く。
答える者はいなかった。
そして、スクリーンには、一人の人物が映し出された。
黒い衣装。
特徴的な仮面。
そして、圧倒的な存在感。
ゼロ。
「……え?」
リヴァルが声を漏らした。
その姿は、誰もが知っているものだった。
日本解放の象徴。
ブリタニアへ反逆した仮面の英雄。
しかし、その正体はルルーシュだったはずだ。
「……ちょっと待って」
カレンが声を上げた。
彼女はスクリーンへ身を乗り出した。
「ゼロ……? どうして……?」
画面の中のゼロは、皇帝ルルーシュへ向かって走っていた。
警備兵たちの間を駆け抜け、驚異的な身体能力で障害を乗り越えていく。
そして、剣を手にした。
「……スザク?」
ユーフェミアが呟いた。
誰よりも早く、その可能性に気付いたのは彼女だった。
ゼロの姿。
その動き。
身体の使い方。
それらに、見覚えがあった。
「……スザクさん……?」
彼女の声が震える。
スクリーンには、ゼロが剣を構える姿が映し出されていた。
そして、ルルーシュは逃げなかった。
その場に立ったまま、仮面の男を見つめている。
「……お兄様!」
ナナリーが叫んだ。
だが、スクリーンの中の兄は動かなかった。
ゼロが近づく。
剣を構える。
そして、ルルーシュの胸へ突き立てた。
「――っ!」
映画館の中で、何人もの悲鳴が重なった。
ルルーシュの身体が大きく揺れる。
白い衣装に赤い血が広がっていく。
彼は、ゆっくりと前へ倒れた。
そして、階段を転がり落ちていく。
「……いやぁっ!」
シャーリーが悲鳴を上げた。
彼女は椅子から立ち上がり、思わずスクリーンへ手を伸ばした。
だが、何もできなかった。
画面の中では、ルルーシュが倒れている。
そして、ナナリーが兄へ駆け寄っていた。
「……ルル……」
シャーリーの目から涙がこぼれた。
彼女は知っていた。
ルルーシュが最後に死ぬことを。
だが、それでも映像で見せられると、胸が苦しくなった。
「……何で……何で、こんなことに……」
ミレイが彼女を抱き締めた。
しかし、ミレイ自身も泣いていた。
ルルーシュが死んだ。
あの生意気で、頭がよくて、何でも一人で抱え込もうとしていた少年が。
自分たちの知らない場所で、世界中の憎しみを浴びながら死んでいった。
その事実が、あまりにも辛かった。
◇ ◇ ◇
スクリーンには、倒れたルルーシュの胸中が映し出された。
そこには、もう復讐への執着はなかった。
世界を支配したいという野望もなかった。
あったのは、ただ一つの願いだった。
自分が死んだ後、人々が明日を選べる世界になってほしい。
自分へ集めた憎しみが、これまで争っていた人々の間に新たな関係を生み出してほしい。
そして、ナナリーが自分の意志で生きていけるようになってほしい。
それが、ルルーシュの最後の願いだった。
「……そういうことか」
藤堂が呟いた。
彼は、スクリーンの中の少年を見つめていた。
ルルーシュは、意図的に世界中の憎悪を集めていた。
自ら悪逆皇帝として振る舞い、誰もが憎む存在になった。
そして、その皇帝をゼロが討つ。
人々は、共通の敵を失う。
そこから先の未来を、自分たちで選ぶことになる。
そのための計画だった。
「……ゼロレクイエム」
カレンが小さく呟いた。
彼女は、ようやく理解した。
なぜルルーシュが皇帝になったのか。
なぜ、世界中から憎まれるような行動を取ったのか。
そして、なぜスザクがその隣にいたのか。
すべては、この瞬間へつながっていた。
「……馬鹿……」
カレンの目から涙がこぼれた。
「……本当に、馬鹿なんだから……」
彼女は、ルルーシュへ怒りを覚えていた。
何も話してくれなかったこと。
自分たちを信じてくれなかったこと。
そして、最後まで一人で決めてしまったこと。
そのすべてが許せなかった。
だが、それと同時に。
彼が何を願っていたのか、ようやく理解できたことが悲しかった。
「……どうして、言ってくれなかったのよ……」
カレンが呟く。
その問いに答える者はいなかった。
ルルーシュは、すでに死んでいる。
そして、彼の計画は成功した。
その事実だけが、静かに残っていた。
◇ ◇ ◇
ゼロの仮面の下にいたのは、枢木スザクだった。
その真実が明らかになった瞬間、ユーフェミアは泣き崩れた。
「……スザク……」
彼女は、両手で顔を覆った。
スザクは生きていた。
それは嬉しかった。
しかし、彼がルルーシュを殺す役割を引き受けていたことが、あまりにも辛かった。
「……どうして……」
ユーフェミアが呟く。
その声は震えていた。
「……二人とも、あんなに仲がよかったのに……」
コーネリアは、妹の肩を抱いた。
しかし、何も言えなかった。
ルルーシュとスザク。
互いに深い因縁を持ち、憎しみ合った二人。
その二人が、最後には協力して世界を変えようとした。
そして、スザクはルルーシュを殺した。
それは、二人が決めた役割だった。
だが、だからといって過去の因縁が消えたわけではない。
ユーフェミアの死。
フレイヤ。
そして、数え切れないほどの犠牲者たち。
そのすべてを背負ったまま、二人は最後の計画を実行した。
「……ユフィ」
コーネリアが静かに言った。
「……あいつらは、自分たちなりの決着をつけたのだろう」
「……姉上……」
「それが正しかったのかどうかは、私にも分からん」
コーネリアは、スクリーンの中のルルーシュを見つめた。
「だが、少なくとも……あの男は最後まで、自分の選んだ道を進んだ」
ユーフェミアは、ゆっくりと頷いた。
そして、涙を拭った。
ルルーシュは死んだ。
スザクはゼロになった。
その事実を、彼女はまだ受け入れられなかった。
しかし、二人が最後に何を願っていたのかは、少しだけ理解できた気がした。
◇ ◇ ◇
そして、スクリーンにはナナリーの姿が映し出された。
倒れた兄へ駆け寄り、その手を握る。
そこで彼女は、兄の本心を知った。
ルルーシュが何を考えていたのか。
何を望んでいたのか。
そして、なぜ自分の前で死のうとしていたのか。
そのすべてが、ようやく明らかになった。
「……お兄様……」
映画館のナナリーが呟いた。
彼女は、あの日のことを思い出していた。
兄の手を握った時。
初めて、その本当の願いを理解した。
しかし、気付いた時にはすべてが終わっていた。
兄はもう、何も答えてくれなかった。
「……どうして……」
ナナリーの目から涙がこぼれた。
「……どうして、何も言ってくれなかったんですか……」
彼女は、何度も同じことを考えてきた。
自分は兄に守られていた。
そのことは理解している。
しかし、だからといって、何も知らされずにすべてを決められることが嬉しかったわけではない。
兄が自分のために命を捨てた。
その事実は、今でも辛かった。
「……私は、お兄様と一緒に生きたかったんです……」
ナナリーが呟いた。
ユーフェミアは、何も言わなかった。
ただ、彼女の手を握った。
ナナリーは、涙をこぼしながら続けた。
「……お兄様が望んだ世界が、どんなに素晴らしいものだったとしても……」
その声が震える。
「……私は、お兄様と一緒に見たかった……」
誰も、その言葉を否定しなかった。
ルルーシュの願いは、確かに世界を変えるものだった。
しかし、それによってナナリーが失ったものも大きかった。
彼女が兄と過ごしたかったという気持ちは、決して間違いではない。
そして、その願いが叶わなかったことも、事実だった。
ナナリーは、しばらく泣いていた。
ユーフェミアは、その背中を優しく撫で続けた。
### 第二十五話 残された者たちの答え
上映が終了した後、映画館には長い沈黙が続いた。
誰も拍手をしなかった。
誰も、簡単に感想を口にしようとはしなかった。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
彼は、世界を変えようとした。
そして、そのために数え切れないほどの罪を犯した。
多くの人間を利用し、裏切り、傷つけた。
しかし、最後には自分の命を犠牲にして、世界へ新たな未来を残そうとした。
それが、彼の人生だった。
「……俺は、まだ許せねえな」
最初に口を開いたのは玉城だった。
彼は、スクリーンを見つめたまま言った。
「ゼロが最後に何をしたかったのかは分かった。でも、だからって俺たちを騙してたことまで許せるわけじゃねえ」
扇が小さく頷いた。
「……そうだな」
「それに、あいつがいなくなったせいで、俺たちがどれだけ苦労したと思ってんだよ」
玉城の声には、まだ怒りがあった。
だが、それは以前と同じ怒りではなかった。
ルルーシュのすべてを否定するためのものではない。
むしろ、彼が何を考えていたのか理解してしまったからこそ、簡単には割り切れなかったのだ。
「……でもよ」
玉城が続けた。
「……あいつ、最後までゼロだったんだな」
その言葉に、扇が顔を上げた。
玉城は、少しだけ笑った。
「自分が死んでまで、世界を変えようとしたんだろ? そんな馬鹿なこと考える奴、ほかにいねえよ」
藤堂は、静かに頷いた。
「……確かにな」
彼は、スクリーンの中のルルーシュを思い出していた。
指揮官として、決して許されない行動もあった。
部下を見捨てたこともあった。
ギアスによって他人の意志を奪ったこともあった。
しかし、それでも彼が成し遂げたことは、無視できるものではなかった。
「……ゼロは、最後までゼロだった」
藤堂が呟いた。
その声には、複雑な感情が込められていた。
かつて自分たちを率いた男。
その男を裏切った自分たち。
そして、最後には世界を変えた男。
彼をどう評価すればいいのか。
藤堂には、まだ答えが出せなかった。
ただ、一つだけ分かっていることがある。
ルルーシュが望んだ世界を、これからどうするのか。
それを決めるのは、残された自分たちなのだろう。
◇ ◇ ◇
「……私は、ルルを好きだった」
シャーリーが静かに言った。
その声に、ミレイとリヴァルが顔を向ける。
シャーリーは、涙を拭いながら続けた。
「今でも、好きだよ」
ミレイは何も言わなかった。
「でも、ルルがしたことを全部許せるわけじゃない。お父さんのことも、ギアスのことも……」
シャーリーは、少しだけ俯いた。
「……それでも、好きだったんだよね」
彼女の声には、迷いがなかった。
ルルーシュが自分の父親の死に関わっていた。
自分の記憶を消した。
そして、多くの人間を傷つけた。
その事実を知っている。
それでも、彼を好きになった日々まで否定することはできなかった。
「……そうね」
ミレイが静かに答えた。
「私も、あの子が嫌いになれないわ」
リヴァルも頷いた。
「……俺もです」
三人は、しばらく黙っていた。
それぞれ、違う思いを抱えている。
しかし、ルルーシュを大切な友人だと思っていたことだけは共通していた。
そして、その気持ちは、彼が何をしたとしても簡単に消えるものではなかった。
◇ ◇ ◇
コーネリアは、妹の隣で静かに目を閉じていた。
ルルーシュの人生を、最後まで見届けた。
彼が何を望み、何を考え、どのような選択をしてきたのか。
そのすべてを知った。
しかし、だからといって許したわけではない。
ユーフェミアを殺したこと。
行政特区日本の悲劇を利用したこと。
その責任は、最後まで消えるものではない。
「……ユフィ」
コーネリアが声を掛けた。
ユーフェミアは顔を向ける。
「……はい、姉上」
「……お前は、どう思う?」
その問いに、ユーフェミアはしばらく考えた。
そして、静かに答えた。
「……私、ルルーシュを許したいと思っています」
コーネリアは、何も言わなかった。
ユーフェミアは続けた。
「でも、許していいのかどうかは、まだ分かりません」
その声は、少しだけ震えていた。
「私だけが許したからといって、あの事件で亡くなった皆さんの悲しみが消えるわけではありませんから」
コーネリアは、小さく頷いた。
「……そうだな」
ユーフェミアは、スクリーンを見つめた。
そこには、もう映像は流れていない。
ただ、暗い画面があるだけだった。
「……でも、ルルーシュが最後に何を願っていたのかは、分かりました」
彼女は、少しだけ微笑んだ。
「……世界を、優しい場所にしたかったんですね」
コーネリアは、何も言わなかった。
その願いは、かつてユーフェミア自身が抱いていたものでもあった。
日本人とブリタニア人が争わずに暮らせる世界。
ナナリーが安心して暮らせる世界。
そして、誰もが笑って過ごせる世界。
ルルーシュもまた、そんな未来を望んでいたのだろう。
ただ、そのために選んだ道が、あまりにも違っていた。
「……ユフィ」
コーネリアは妹の手を握った。
「……お前がどう考えても、私はそれを否定しない」
ユーフェミアが顔を上げる。
「……姉上」
「だが、私はまだあいつを許せない」
その声には、確かな意志があった。
「……妹を殺された姉として、それだけは変わらん」
ユーフェミアは、ゆっくりと頷いた。
「……はい」
そして、姉の手を握り返した。
二人の考えは、完全には一致していない。
しかし、それでよかった。
誰かを許すことも、許さないことも、それぞれが自分で決めることなのだから。
◇ ◇ ◇
やがて、スクリーンに再び文字が浮かび上がった。
『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの人生記録は、以上をもって終了します』
そのアナウンスを聞いた観客たちは、静かに顔を上げた。
これですべてが終わった。
そう思った者もいた。
だが、次の言葉が流れた瞬間、映画館の空気が少しだけ変わった。
『なお、本上映会はこれをもって終了するものではありません』
「……何?」
カレンが眉をひそめた。
その隣で、藤堂も顔を上げる。
『皆様には、引き続きお席にてお待ちいただきます』
「……おいおい、まだ何かあるのかよ」
玉城が声を上げた。
しかし、返答はなかった。
スクリーンには、ただ静かな光が残っているだけだった。
そして、その光の中で、ほんの一瞬。
奇妙な映像が映し出された。
それは、誰も知らない場所だった。
広い空間。
巨大なスクリーン。
そして、その前に置かれた二脚の椅子。
しかし、映像はすぐに消えた。
「……ん?」
リヴァルが首を傾げた。
ミレイが顔を向ける。
「どうしたの?」
「いや、今何か映りませんでした?」
「そう?」
ミレイはスクリーンを見つめた。
そこには、すでに何も映っていなかった。
「気のせいじゃない?」
「……そうですかね」
リヴァルは少しだけ考えた後、首を振った。
「まあ、いいか」
そして、再び椅子へ腰を下ろした。
ほかの観客たちも、特に気にしていないようだった。
ただ、C.C.だけは違った。
彼女は、スクリーンを見つめたまま動かなかった。
何かを考えるように、静かに目を細めていた。
そして、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「……なるほどな」
その言葉の意味を知る者は、いなかった。
やがて、映画館の照明がゆっくりと明るくなった。
観客たちは、それぞれの思いを抱えたまま、静かに席へ座っていた。
ルルーシュを許す者。
許せない者。
まだ答えを出せない者。
その誰もが、自分なりの結論を探そうとしていた。
そして、彼らはまだ知らなかった。
自分たちが、なぜこの場所へ集められたのか。
誰が、何のために上映会を開いたのか。
そして、スクリーンに映し出された人生記録が、何を目的としていたのか。
その答えは、まだ明らかになっていなかった。
ただ一つだけ、確かなことがある。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの人生を見届けた彼らは、もう以前と同じではなかった。
知ってしまったのだ。
彼が何を望み、何を失い、何を犠牲にしたのかを。
そして、その人生が、自分たちの人生へどれほど大きな影響を与えていたのかを。
その事実を胸に、彼らは次の時を待っていた。
――第二部『反逆者が失ったもの』完。