最強の死神はクズ野郎 作:イモ海さん
「……っ血の匂い」
寝起きの男性特有の低い声が静かに響いた。
男は重い瞼をこすりながら周囲を確認する。
身に覚えのある家具。身に覚えのあるシミ。身に覚えのある景色。身に覚えのある
視覚から得られる全ての情報が、男の脳内に今いる場所を知らせている。
そして嗅覚から得られる情報は、ここが平和な場所ではないということだ。
噎せ返るような血の匂い。
喉に引っかかるような鉄と、そしてそれに負けないぐらい強い甘い香り。
本来なら決してしないような香りが、その血には混ざっていた。
「……一先ず口濯ぐか」
覚醒しきらない頭では何も考えられないため、一先ず水を求めて立ち上がろうと男は床に手を突いた。
むにゅっ
「……むにゅっ?」
瞬間、男の手から伝わる感触は普通の固い床のものではなかった。
例えるならそれは、まるで万物を包み込むマシュマロのように柔らかく、つきたてのお餅のように温かく手に吸い付くような、けれども高価な絹のように表面が滑らかでサラサラとしていた。
男の大きな体格も相まってその手はかなり大きいが、それでもその手が埋もれてしまうのではないかと思うほどの大きさに、男の脳内はその正体をすぐさま見破ろうと思考が加速する。
「…っんぅ」
なぜか器用にその謎の柔らかい床をこねていく男。すると、突然熱の籠った艶やかな声が聞こえた。
そしてどんな偶然か、徐々に月明かりが雲から抜けゆっくりと男の周囲を照らし始めていく。
完全に月明かりが男を照らす。
男は自身の手から伝わるこの極上の感触の正体を知る為、先ほどまで重たかった瞼をカッ!!っと力強く開いた。
するとその正体はすぐに分かった。
雪のように白く、シミ一つどころか毛穴すら見当たらない綺麗な肌は一切隠されることなくさらされていた。
本当に臓器が入っているのか怪しいほど薄く細い腰、そしてそれに不釣り合いなほど大きい二つの巨大な果実。
寝るためにトレードマークともいえる丸眼鏡を外しおさげがほどかれていた。
男の手に伝わる極上の感触、その正体は生まれた格好で無防備に眠っている鹿取抜雲斎の胸だった。
その衝撃の事実に、男は一切の表情を崩さなかった。
それどころか胸とわかるやその手の動きはより一層激しくなり、まるでうどん職人の様に程よい力加減で胸を揉み始めた。
そして男は手で抜雲斎の胸の感触を堪能しつつ、そのまま同じように周囲で眠る人物を確認する。
気持ち良さそうに眠りながら涎を垂らし自身のうっすい腹をぼりぼり掻いているのは齋藤不老不死。
眠っているはずなのに、なぜか手には月光を反射している抜かれた斬魄刀を持つ卯ノ花八千流。
そして男を挟んで抜雲斎とは反対の位置にいるのはヒメ。
その誰もが抜雲斎と同じくその美しい身体を晒していた。
「……ここが天国か」
目の前に広がる絵画のような美しい光景に、男は思わず見惚れていた。
だがふと我に返り、先ほど感じた血の匂いの正体を探ろうとしたが、その答えはあっけなく見つかった。
「……やっぱ地獄か」
男の視界には月明かりに照らされたタイプの違う美女たちの裸。それだけなら男も表ではその整いすぎた面を崩さなくとも内の顔では鼻の下が地面につきそうなほど伸び切り、血眼になってその光景を目に焼き尽くすだろう。
だが、現実はそれだけではなかった。
周囲を見渡せば男が身に覚えのある家具─もとい家具だったものたちが無残な姿で散らばっていた。
それだけではない。至る所に飛び散る血は、まだ付着してから時間が経っていないのか、重力に従い今もゆっくりと床に垂れている。
なんなら男が座っている床はほぼ一面が赤く染まり、その正体が全て血であることを悟った男は、すぐに考えるのをやめて全神経を今も揉み続ける男の左腕。
停滞はない。ただ己の欲のため前進するのみである。
「それで、訳…は聞かなくてもわかるが、毎度毎度俺の家を半壊させるのはやめろ」
日も完全に昇った時刻、風呂に入っただけでは絶対にないだろうと思うぐらい妙に肌艶の良い男は目の前で純白の浴衣を羽織り横に正座して並ぶ美しい女性が4名。
「仕方ねーだろ?オレらがここに集まったらやる事は一つだ。だったらまず最初に相手する奴を決めるのは必然だろーが」
何言ってんだお前っと言いたげな顔で男を見るのは、普段二つに束ねた紫色の髪を無造作に降ろした齋藤不老不死。全く反省していないのだろう、いつの間にか正座を崩し片膝を立てて座っている。
「老死さんは反省していませんが、私は反省しています。毎度毎度暴れちゃってすみません」
不老不死とは対照的に、見本の様に綺麗な正座で頭を下げるのは鹿取抜雲斎。
頭を下げる際に自然と垂れる二つの巨宝に釘付けで特に彼女の謝罪を聞いていない男は正直者だろう。
「おいこら爆乳斎。オレの名は齋藤
「私もそんな名前じゃないです。胸が老死さんより大きいのは事実なので、妬ましいのはわかりますけど、人の名を身体的特徴で揶揄うのはお下品だと思います」
「「……はあ??」」
「待て、すぐに斬魄刀を抜くな。今はどっちも悪いで一旦終われよ」
互いの発言ですぐ頭に血が上った二人は、そのまま死合でも始まりそうなほどの空気を放ち火花をぶつけている。
「あのお二人の事は放っておいて、私たちは次の話を始めましょう」
いつの間にか奥で斬り合う不老不死と抜雲斎を無視して薄く笑みを浮かべるのは卯ノ花八千流。
先ほどの抜雲斎と同じく綺麗な正座で真っすぐ男を見つめるその姿は、他の者たちとはどこか雰囲気が違い、真に反省しているようだった。
「烈は反省しているのか」
「はい。私たちはあなたという1人の男を求めて確かに刀を交えましたが、確かにこれはやりすぎてしまったと反省しています」
「そうか。やっぱり烈は偉いな。お前はただ斬り合うだけしか能のないやつじゃないって信じてたよ」
「ええ。ですから私がどれだけ反省しているか、いつもの私と比べていただけませんか」
「そうだな、態度をみればわかるからその手に握る斬魄刀は仕舞おうか。綺麗な刀身がこんにちわしているのが意味わからないからな」
「何を言いますか。刀こそ私の全て、ならその刀身を抜いている今こそ正に私の身も心も全て曝け出しているも同然。刃となっている私自身とあなたが交わえば、どれほど私が反省しているかお分かりになるでしょう」
「じゃあお前ほぼ常に全裸じゃん」
ふと呟いた男の言葉をきっかけに、張り付けた笑みを向けたまま男に斬りかかる八千流。
「んで、お前は毎回なんでこうなっても止めないでむしろ参戦してんだよ」
八千流の連撃をちょうどそこらに落ちていた包丁で受け流しながら、目の前でニヤつきながら自身の着物をはだけさせて遊ぶヒメに呆れた声音で問う男。
「止めたところで素直に従う者ではないじゃろ?なら共に戯れたほうがおもしろいに決まっておる。それに…」
ヒメが紡ぐ言葉を僅かに止めた瞬間、八千流の猛攻をくぐり抜けたのかいつの間にか男の膝の上に跨り座るヒメ。
「やつら同士で体力を潰し合えば、より長くお前様と共にいられるのは妾じゃ。どれほどお前様の周りに女が増えようがどうでもいいこと。最後にお前様の全てをくれるのがこの妾であれば…な?」
そのままヒメは軽く男の唇から頬、首筋から鎖骨へと口づけをし、最後にまた首筋を一舐めすると、その小さな口を開け鋭い歯を皮膚に突き刺した。
コクコクと可愛らしい喉の音をBGMに八千流の剣を捌き、その奥で今なお斬り合う二人を眺める男。
その表情は呆れや怒りといった物はなく、むしろ小さく笑っていた。
「意外といいもんだな、こういった平穏な日常というのも」
男は1人呟きながら今日の晩飯を考える。
一切の光を宿さぬ瞳は真実を避け虚空を眺める。
吐き出す言の葉は願望を語る。
これはある死神のほんの僅かな日常の切端