"誰だ"? 何を言ってる、俺だ。
■■■■■・■■■■■■――いや、この名前はよそう。
在り得ざる未来の、お前自身だ。

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もしかして:死後の世界

 俺はトラックとコンクリートに挟まれて、トマトみたいに潰れて死んだ――はずだった。

 

 覚醒すると、目の前には――補修されたコンクリートの外壁。

 視線を下げると、僅かに血がこびり着いたアスファルトに、多くの花束が置かれていた。

 

 胸部に違和感を感じて、さらに視線を下げる――と。

 

 ベコベコに凹み折れた胸部、服をめくると、グロテスクにもはみ出した肺。

 

「げぇっ、げほっ、げはっ」

 

 肺が潰れている。

 それを理解した途端に、とてつもなく息苦しくなり、頭から地面に倒れ込む。

 無事だった横隔膜を無駄に上下させ、潰れた肺に酸素を取り込もとうして……数分。

 

「ひっ、ひ(死)なない?」

 

 体感で数分。

 呼吸をしていない。

 それでも思考は動き続けている。

 

(ゾンビにでもなったか?)

 

 息苦しさはかき消えた。

 呼吸が必要だというのが、思い込みだ、と理解したとたんに。

 

 周囲を見渡す。満月のため、視界は確保できている。

 

 少し離れたところ、電柱の側に、一人の男がつっ立っていた。

 そいつは顔面中にガラスが刺さっていたが、服装はトラック会社の従業員のもの。

 

 俺を轢いた男のものだった。

 

「おい、おーい」

 

 声を掛ける。

 こいつもゾンビになっているなら仲間だ。

 俺がドクター・フランケンシュタインになってお前をTS美少女にしてやるぜ!

 妄想を脳裏で走らせていたら、こちらにギョロリと視線を向けてきた。

 

「あ……ああ? てめぇ、目ぇ醒めたのか?」

 

「ひっ」

 

 ヤンキーにガンを付けられると、恐怖で震えてしまう。その習性は、死んでも治っていなかった。

 相手が、ヤンキーとは程遠い中年のおっさんであっても、トラックの運ちゃんというヤンキー属性は忌避対象だ。

 

「あの、あっ」

 

「お前、アレか? 俺と同じ地縛霊か? それとも浮遊霊タイプ?」

 

「え、霊――霊?」

 

 霊。ゾンビじゃなくて、霊。

 つまり、俺はもう死んでいる。

 結論はユアーショッ!

 ひでぶ! ハート様のように鉄壁の肉体が潰された。

 いや、脂肪のみで筋肉は無かったが。

 

「俺はトラックの運ちゃんしててな。居眠り運転してたらいつの間にか死んでたっていうバカやらかしたんだが。お前が浮遊霊なら一つ頼みがあんだ」

 

「え、あの――」

 

「家族がいるんだ。隣町に。死神に狩られる前に、何かしらのやり方で伝えてくれ。『すまない、元気でな』って」

 

 ちょっと待て。死神って何? いきなり専門用語が多すぎる。

 俺の知ってる死神といったら、アレだぞ、書いたら死ぬノートを運ぶコウノトリだぞ。たまに地雷系美少女に惚れちゃって、うっかり死ぬ以外は不老不死の。そんなやつがいるの?

 

 手をゆっくりと上げる。人に尋ねる方法を、これ以外に俺は知らない。

 

「あん……何だ、やらねぇのか?」

 

「いえ、そうではなく……死神ってなんですか?」

「ああ、そりゃなあ――不味い、隠れろ」

 

 電柱の内側に隠れる(どうやるんだ)男。

 俺は近くの花壇に近寄って、その陰に隠れる。

 

「うん? このあたりのはずだが……」

 

 トラックの運ちゃんとは別人の声が道路の真ん中に舞い降りる。

 

 花壇の隙間から覗き見て、驚く。

 

 ――男は、黒い和服を着ていた。

 ――男は、帯刀していた。

 そして男は――アフロだった。

 

(なんでだよ)

 

 俺の脳内突っ込みに気づきもせず、アフロの男は屋根に飛び上がり、通り過ぎていった。なんて身体能力だ、鼻毛真拳継承者だったりするのか?

 

 しばらくして、トラックの運ちゃんが電柱の内側から出てきて、こちらに目配せする。

 俺もゆっくりと、花壇の陰から這い出した。

 

「アレが、死神だ」

「あ、アフロが?」

 

 運ちゃんはしみじみと頷く。ま、俺を殺したやつだ、ウンチゃんでいいか。

 

「ああ。俺みたいな霊体を狩ってるんだ。普通の霊体は柄で殴るだけで殺すし、戦闘力のある霊体は刀で斬って殺す。理由はわかんねぇけど」

 

「えぇ……?」

 

 ゴーストバスターズ気取りの、霊能力持ちコスプレイヤーなのだろうか。幽霊の側からしたら迷惑な話だ。

 

「俺はこの電柱から離れられねぇが……花壇に隠れられたってことは、"そういう"こったろ? なあ、頼むぜ……」

 

「いやまぁ……」

 

「住所は東京都空(・)座(・)町(・)1-1-22ジェネシス空座103だ、じゃあそういうことで」

 

 そういって、ウンチゃんは電柱の中に入っていった。

 

「そういうことで、って……」

 

 承諾したつもりは無かったのだが。

 

 まあ、特にやることもないし。

 

「死神から隠れつつ、ね」

 

 俺が霊体なら、どうせ誰にも気づかれないはずだ。

 死神から隠れつつ、女湯を覗きつつ。

 伝言くらい、やってもいいんじゃないか。

 

 俺は、徒歩での旅に出た。

 

 

 

「ぜぇ、はぁ、はぁ」

 

 俺の体力の無さを甘く見ていた。

 いや、肺が潰れた体で体力もクソもないのだが、ともかく徒歩で隣町まで、というのはキツい。ソレに加えて、死神らしき影が出てきたら隠れる必要がある。仮面を被った『戦闘力のある霊体』も危険だ。これらは市境を越えたあたりからかなり多く見かけるようになってきた。

 

「ぜぇ、ぜぇ、ち、よ、こ、れ、い、と、おと……」

 

 もっとも、仮面霊体はあまり夜には見かけない。夜はとにかく隠れるのに専念して、晴天の昼にだけ行動する。昼だからといって浄化はされない。

 死神は昼にも出てくるが、ベコベコの肋骨に手をねじ込んで、こう――無理やり形だけ整えて、下腹部からなぜか生えている鎖を隠して、普通の人間のフリをすることでなんとかやりすごす。

 

 人口密度が高い場所で、我こそ一般人なり、という顔をしていれば、大概は騙せる。壊死している状態で固定されているのか、痛覚が麻痺しているのが幸いした。黒ベースのジャージを着ているため、服の血の滲みも目立たない。

 

 空座町の中心部にようやくたどり着いた頃。駅近くの銭湯で、ぶらり女湯覗き旅――と考えたが、あまりそういう気持ちが沸かない。

 

 股間部分を含む下腹部が、鎖の生えた蓋じみたもので封じられているからだ。

 

 電柱のウンチゃんが言っていた、「これを引き抜くと力が手に入る」「だが一度引き抜くと戻れない」らしい。

 

 いや、性欲自体はあるんだ。

 あるんだが……どうせシコれないのだ。シモの弾倉に装填しても、銃身がなければ無意味。

 

 そのまま、駅前の地図を見てジェネシス空座に向かう。

 

 

 

 目覚めてから、およそ一週間が経っただろうか。時間感覚が曖昧で、日の出と日の入をきちんと数えていないと一瞬で数ヶ月が経ってしまいそうだ。

 

 ジェネシス空座――こじんまりとしたアパート。その103号室は、それはもう酷い有様だった。

 『人殺し』『クズ』『畜生のガキ』玄関には張り紙が貼っていた。

 ――どこぞの世界最強の息子の家のようだ、と他人事のように眺めても、この張り紙を貼った隣人にはムカっぱらが立ってくる。

 

 玄関が開けられた頃に入ろう。そう思って玄関の前で座り込む。

 

 

 

 ――そして、3日が経った。

 

 扉は、一度も開かれなかった。

 ……概ね、察した。引っ越したのか、それとも。

 

「死んだのか……だな」

 

 確かめてからウンチゃんに報告しに戻ろう。

 転がっている石を持ち上げる。重い。この霊体の体では、手のひら大の小石を持ち上げるのすら精一杯だ。

 

 しかし、それで十分。裏に回り、ガラス窓に二度、三度叩きつけ――割れた。

 

 ガラス窓から部屋の中に侵入する――異臭。

 ジャージの袖で口と鼻を覆う。

 

 ――そして、ダイニングには。

 

 電球から、縄で吊るされ、ぶらりとぶら下がった長髪の女。

 その死体が、垂れ下がっていた。直下には、糞と尿らしき黄色い液体。

 

「うぐっ、おうっぷ」

 

 胃袋などもう潰れているのに、胃液が喉からせり上がる感覚。床にうずくまると、側には。

 

 真っ赤に染まり、血が固まったベビーベッドの上で、乳児の、光のない瞳が、俺を見て。

 

「おげっ、げえええええ」

 

 吐いた。

 出てきたのは、血と。

 

 青く輝く、気体と液体の、あ(・)い(・)の(・)こ(・)のような、なにか。

 

「げぇ、げぇ、げっ、うっぷ」

 

 一通り得体のしれない代物を吐き出して。

 

「そうだ、通、通報……だめだ」

 

 できない。受話器を持てたところで、空気を俺の喉は震わせられない。

 

「運ちゃんに……伝えないと」

 

 ガラス窓から出ると。

 何やら話し声が聞こえる。

 

 髪を染めたチンピラだ。茶髪、金髪、プリン髪。制服は偏差値が低いで有名な高校のそれ。一人だけ、柄シャツを着込んで、襟から入れ墨の見えている男がいた。

 

「おいこら、人殺しの娘!」「金返せ~!」

 

 チンピラどもは、ガンガンと扉を叩く。柄シャツの男は、それを尻目にスマホを弄っていた。

 

「もう死んでんだよ……」

 

 そんな言葉は、届くはずはない。

 なぜなら俺は幽霊で。

 コイツラは、生きた人間で。

 運ちゃんの家族を死に追いやった、畜生共だ。

 

「――クソ、ムカつくな」

 

 昔を思い出す。過去を振り返る。

 あの頃。ヤバイ先輩に注意してしまって、服を剥かれて裸にされて――普段なら、思い出しただけで吐き気を催す過去だ。

 だが、もう胃袋は空――がらんどうだった。

 コイツラはあの先輩ではない。

 それでも、代償行為の対象として、コイツラは十分だった。

 

 一度裏に戻って、窓から入る。

 使えるものがないか見渡すと、一本の錐が、ベビーベッドの側に置かれていた。

 コレで彼女――娘だとする――は心中された、のか。

 

 目を瞑って一瞬、黙祷。

 そうして、ジャージのポケットに錐を仕舞う。透明人間は腹の中も透明、理論に基づけばこれで錐も見えない――隣町の下着を盗んで実証済み――だ。

 

 柄シャツの入れ墨男の背後に回り、錐をポケットから引き抜いて。

 一つ呼吸する。入れ墨男の背中に隠れて、チンピラ共からこの錐は見えていないはず。

 

 震える手で、そいつの左背に照準を定める。

 少しかじっただけの、美術解剖学の知識を使って。

 正確に、肋骨の奥、心臓の真ん中に錐を差し込んだ。

 

「あぐっ……」

 

 入れ墨男はうめき声を上げて倒れる。俺は錐を引き抜いて、再度ジャージのポケットに仕舞い――損ねて、脛に突き刺してしまった。

 

「いっでぇ……!」

 

 入れ墨男に重なるように倒れる。痛みに呻いていると、チンピラ共はこちらを見て、慌てふためいているようだ。

 

「おい、兄貴なんか倒れたぞ」

「血だ……撃たれたんじゃねーか!?」

「銃声ねぇぞ!」

「サイレンサーでも使ってんだろ! 逃げろ、俺らも撃たれるぞ!」

 

 チンピラ共は八方に逃げる。

 

 俺は、痛みに呻きながら錐を脛から引き抜き、そいつらに手を伸ばして。

 

 

 

 黒い和服が、立ちはだかった。

 

「なんだ……? お前」

 

 黒い和服――アフロではなく癖っ毛の黒髪だ――は物言わず、刀を抜く。

 

「俺を殺すのかよ、死神……クソ」

 

 立ち上がろうとするが、脚がもつれて再度転ぶ。

 癖っ毛はこちらを――俺の顔を――見て、首を捻る。

 なぜか刀を構えない。こちらは凶器を持っているのにもかかわらず。

 

 そして、その背後には。

 

「ヴォオオオオオ!」

 

 トラックのバンパーのような、仮面をした霊体。

 体高2m、体長5mを越えた大質量が現れ、剛体として追突してくる。

 

 死神は無言でこちらに背中を向けて、刀を片手で構え、もう片手で何やら忍者染みた印を組む。

 

 驚くべきことに、刀は鷹の群れに姿を変えて、仮面トラックの体をその嘴で引き裂いた。

 

 仮面霊体の体は、その質量を逸らされ、コンクリートブロックに激突する。

 鷹の群れは、大きく弧を描くように空を舞い、再度仮面霊体に突撃しようとした。

 

「ま、だ……だ……!!!」

 

 その、声は。

 10日前に聞いた記憶が、その声色の記憶が、微かに残っていた。

 

「運ちゃん!?」

 

「なんだ、お前……ああ、伝言を頼んだヤツか」

 

 仮面に覆われたバンパーの口部分から、声が聞こえる。運ちゃんは、姿を変えて、あの電柱の軛から脱してこの場所に現れたのだ。

 その言葉を無視して、無口の死神は鷹の群れを操り、仮面霊を啄ませる。

 仮面霊の血肉は、鷹に啄まれていき、その質量は削れていった。

 

「俺の、嫁と、娘は?」

 

 首を横に振る。

 

「死んでた……自殺、無理心中です」

 

「そう、か。……どうせ、なら、俺が、い」

 

 瞬間。

 鷹の嘴が、仮面を貫き。

 トラックの運ちゃんだった、仮面の亡霊は消滅した。

 

 どうせなら俺が逝けばよかった。最後の言葉は、それだったのだろう。

 死神はこちらに振り向く。

 

「……クソ」

 

 俺は死ぬ。二度目の死がここまで早く来るとは。

 思いもよらなかった、といえば嘘になる。一般人には見えないとはいえ、仮面の霊体、黒装束の死神、危機は絶えない。

 

 だが最期に、あの後悔と恥辱は克服できた。

 入れ墨男の死体、その頭に脚を載せる。どうせ触れられないのだから、片足立ちに近い。それでも、心中には達成感が満ちた。

 

 せめて、少しは抵抗しよう。運ちゃんの弔い合戦、というヤツだ。

 

「変身――!」

 

 少し短くなった下腹部の鎖を、右手で握る。

 幼少期に見た変身ヒーローのように、それを引き抜――こうとして。

 

 いつの間にか目の前にきた死神は、俺の手首を握って制止して。

 抵抗として黒い裾を掴むも、そのまま刀の柄で額を殴られる。

 

 ガチン、その瞬間、視界が激痛と共にスパークする。

 

「あ、があああああ!!!!!!!」

 

 額にはなにかが刻まれた感覚、そして、その刻印が蠢いて形を変える感覚。

 雷が全身を貫くように。

 それでも、死神の裾は離さない。

 

 クソ、クソ、クソ。

 こんなところで死んでたまるか。

 諦めきれない、まだやりたいことはたくさんあるんだ。

 テレビ番組でポルターガイストを発生させたり、掲示板に「俺亡霊だけどなにか質問ある?」スレを立てたり――兄貴に、謝ったり。

 

 目を開くと、死神は上着を脱いでいた。

 裾を握った俺は、死神の黒い衣服を抱えたまま。

 

 背後に開いた門。

 そこから這い出した骨の腕に握りしめられ。

 内側に、引きずり込まれた。

 

 

BLEACH獄頤鳴鳴篇

 

 無職卍解 幼年期 地獄編




生前の罪:著作権法違反、児童ポルノ製造
死後虚になる前の罪:殺人


一応形式として獄頤鳴鳴篇リスペクトです(ただし反響によっては続くかも)
死神は車谷さんと輪道クンに出演いただきました。

ブックマーク、評価、ここすき、感想お待ちしています。

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