最強の勇者は平等の魔王に支配された世界で抗う 作:ダークさん
オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル
タグ:R-15 残酷な描写 ダークファンタジー 四肢欠損 四肢欠損ヒロイン 魔王 勇者 主人公最強 チート
「俺は勇者スレイ。好きなものは差別で、嫌いなものは平等だ。よろしくな、嬢ちゃん?」
そう言って、黒髪の男スレイは皮肉気な笑みを浮かべて、目の前の少女を見る。
暗い部屋、おおよそ衛生環境など考えられていない部屋。
そこに大人の男と少女が居た。
「わ…わたしは…シール……よろしく……」
白髪の少女シールは反射的に右手を差し出して、握手をしようとする。
だが、すぐに手が動かないことに気づき、目線を下げる。
そして、気づく。
「……え?」
自分の腕が無いことに。
「なんで…? なんで? え? なん…で? 腕がないの…?」
夢かと思い、左手で頬をつねろうとする。
しかし、左手も既に存在しない。
驚いて立ち上がろうとして、腕がなくなったことによるバランスの欠如で、後ろに転ぶ。
「どこに行っちゃったの? わたしの手…!?」
「……さぁて、シール。少し水でも飲んで落ち着け」
「水って! こんな時に、そんなもの──」
狂乱しそうになるシールの口に、スレイが無理やり水筒を入れる。
当然、シールは反抗しようとするが、反抗するための手が無い。
拒むことも出来ずに、口の中に冷たい水が入り込んでくる。
「冷たッ!」
「はっはっは! そうだろ? 俺の氷魔法で絶妙に冷やしてあるからな。好きなだけ飲め」
「ちょ、ちょっと、多い。もう少しゆっくり……」
「おう、これでいいか?」
喉を水が潤す。
その冷たさが混乱するシールの脳を僅かばかり冷やしていく。
同時に、その冷たさが失った両腕が夢ではないという、残酷な現実も教えてくれたが。
「……もう大丈夫」
「落ち着いたか?」
「うん……」
「じゃあ、ちっとばかし説明してやるよ。まずは……魔物って知ってるか?」
魔物。そう聞かれたシールは小さく頷く。
「魔王が作ってるって噂の変な化け物……だよね?」
「物知りだな。そうさ、魔物は魔王が作ってる生物──」
──ミシリ。
何かが床を踏みしめる音が響き、スレイが目だけを後ろに向ける。
シールも続いて目を向けると、その先には黒い化け物が立って居た。
「オナジ」
「──まさにああいうのだ」
「魔物…!」
個性を削ぎ落した様なのっぺりとした顔。
黒い肌。赤いマフラーのようなライン。
人間と化け物の狭間にいるような存在、それが魔物だ。
「オナジ! オナジ!」
「知ってるなら分かると思うけど、個性のない奴らだろう? 個体ごとに差別化されてないからな」
「待って! 来てる! 襲って来てる!!」
「魔物は、魔王がどいつもこいつも平等になるように作った存在だ。因みに材料は──」
暢気に説明するスレイの背後から魔物が、口を開けて襲い掛かってくる。
当然、シールは声を上げて警告を出すがスレイは、それでも焦る素振りを見せない。
ただ、淡々と説明を行いながら背中の剣に手をかけて。
「──人間だ」
振り返ることすらなく、一閃。
いつ抜いたのかも分からぬ速さで、魔物の首を刎ね飛ばしていた。
魔物が元人間であると、その口で堂々と説明しながら。
「人間が……材…料…?」
まるで、かつて人間であった証を示すかのように降り注ぐ血を見つめながら、シールが呟く。
余りにも現実味のない事実。
何より、勇者を名乗ったスレイが、元人間をあっさりと殺したという事実が呑み込めない。
目の前で見た彼の超越した強さすら、今の彼女にはどうでもいいものに映った。
「それ……本当?」
「事実さ。ま、捕まった奴らは全員魔物になるから、知ってる奴は少ないけどな。そんでもって、お前は魔物に変えられる途中で、俺に助けられたってわけだ」
「変えられる……途中」
シールはもう一度、自分の腕があった場所を見る。
喪失の事実に思わず気を失いそうになるが、何とか事実を飲み込む。
自分は腕をもがれて、魔物の手に付け替えられる寸前だったのだと。
「なんで……手を?」
「手だけじゃない。手足だな。手足を魔物のものと入れ替えられると、徐々にあいつらと同じ魔物に変わっていく」
まるで寄生虫のように、宿主を徐々に浸食していき、最後には完全になり替わる。
それが魔物という存在だ。
「魔物に変わるって……どういうこと?」
「あいつら顔が無かっただろ? 身長差もない。知性もない。それに男か女かも分からん」
「うん……」
「魔王が言うには、それが人間の
「は…? 平等…?」
スレイの言葉に理解が追い付かずに、シールは水色の瞳を何度も瞬きする。
手足をもいで、顔を消して、男か女かも分からなくする。
それが平等だとでも言うのか?
「差別が嫌いな平等主義者って話さ。女の子なら経験があるだろ? 手が綺麗な奴を、足が長い奴を羨ましいって思うこととか?」
「あるけど……」
「魔王は極端なのさ。手足をもげばその差は無くなる。身長差も調整できる。顔も性別も知性も一緒にすれば、誰も
「馬鹿じゃないの?」
皮肉気に笑うスレイに向けて、シールが腕の喪失も忘れて思わず吐き捨てる。
平等という言葉を、履き違えているとしか言いようがない。
魔王は狂っていると。
「ああ、その通りだ。だが、力を持った馬鹿ほど恐ろしい奴もいない。おかげ様で、ご存じの通り、人類は魔王に滅亡寸前まで追い込まれているってわけだ」
しかし、狂気に満ちているからこそ恐ろしい。
この世界のほとんどの人間は、既に魔王の手に落ちかけているのだ。
「ねぇ……もし、全部魔物に変えられたら……元に戻れるの?」
恐る恐るといった感じで、シールがスレイに聞く。
それはあり得たかもしれない、身近な未来であったが故に。
「全部変えられたらか? さっきの奴は見ただろ?」
「うん」
「俺はこれでも一応、勇者だからな。人間は殺さねぇよ」
人間は殺さない。
即ち、魔物は既に人間ではないということ。
もう助けることは出来ないのだと、スレイは皮肉気に伝えた。
「…………」
「はっはっは! そんな暗い顔すんなって。普通の人はいつか必ず死ぬんだ。死んじまった奴のことを、いつまでも悔やむな」
「そんな言い方ないと思う……」
シールは、少しむっとした顔でスレイに反論する。
彼の言葉はある意味で真理ではあるが、人の心が無いものだったので当然であろう。
「悪い悪い、よく勇者は
「謝罪になってないと思うけど……」
しかし、シールの怒りもスレイには届かないのか、笑って流されてしまう。
そのことに納得のいかない気持ちなるが、シールは助けてもらった恩と思い、呑み込む。
「さて……話は変わるが、これからどうしたい?」
「これから……」
そして、現実に引きずり戻される。
両腕を失ったという事実が、今更ながらに重くのしかかる。
未来への展望など現状ではあるはずがない。
正直、絶望で自殺を図っていないだけマシな方だ。
シールは現実を見つめつつ、それでも逃げたい気持ちを持ちながら、ポツリと答える。
「……お家に帰りたい」
自分の家に帰りたいと、少女らしく。
シールの家はさほど遠くない場所にあった。
「今度はあっち……右の方に行って」
「右だな。あの、赤い屋根の家か?」
「……うん」
指し示す指が無いので、顎を向けることでスレイを扇動する、シール。
時折、指で方角を指し示そうとしては、既に腕が無いことを思い出して顔を曇らせている。
「家族は居るか?」
「お父さんとお母さん。でも……私が攫われたなら、もしかするとお父さんとお母さんも……」
シールは最悪の予想をしてしまい、黙り込む。
自分が攫われたのなら、父母もまた攫われている可能性は高い。
「ねぇ、スレイ……私が居た所に他の人って居た?」
「人間はお前しか見てないな」
「そっか……」
人間は自分だけだった。
父と母は別の場所に連れていかれたか、既に魔物に変えられた後。
その残酷な真実を噛みしめるように、シールは頷く。
「まあ、そう悲観するな。逃げ切った可能性もある。家に行ったら、ひょっこり顔を出すかもしれねぇ」
「…………」
「なんだよ、驚いたみたいな目でこっちを見て来て」
まるで励ますような、勇気づけるスレイの言葉にシールは思わず目を見開く。
「いや……意外と優しいことも言えるんだなって」
「なんだ? 『死んじまった奴のことを、いつまでも悔やむな』って言葉を気にしてるのか? 言っておくが、俺はただ単に前向きなだけだ。どうにもならねぇって思うより、良い方に考えてた方が心の健康には良いのさ」
そう言ってスレイは恥ずかしそうに頭を掻く。
その様子にシールは、初めて頬を緩ませる。
だが、同時に一つの事実にも気づく。
(前向きなスレイが、魔物から人間には戻れないって言ってたってことは……本当にどうしようもないんだ)
魔物から人間には守れない。
それはゆで卵を生卵に戻す行為と変わらないのだと、否が応にも思い知らされた。
「よし、家に着いたぞ」
「あ……うん」
スレイの声にシールは現実に引き戻される。
見慣れた赤い屋根の家。特別豪華でもなければ、みすぼらしいわけでもない。
そんな普通の家。
「入らないのか……ああ、悪い。手が無かったな。俺がドアを開けてやるよ」
「あ、ありがとう。でも、鍵が──」
キィと、スレイの手が何の抵抗もなく、玄関のドアを開ける。
家主が居るのならば、通常はかかっているはずの鍵もなく。
「……た、たまたま、鍵をかけ忘れただけだよね?」
「……そうだな。誰にだって、鍵をかけ忘れることはある」
「うん……そう……偶然……」
無理に明るく前向きに過ごそうとするが、声は震えていた。
鍵のかかっていない家。
それは、家主が強制的に連れ去られてしまったという、何よりの証拠なのだから。
最悪の予感が二人の脳裏をよぎる。
「ただいま……」
シールが家の中に踏み入れる。
ジャリッと砂を踏む音が響く。
通常人が住んでいる状態では、鳴るはずのない音。
家の中が荒らされたままだという証拠だ。
「お父さん…お母さん…居る?」
迷子の子供のような、縋りつく声が反響する。
その音に反応するものは何もない。
──ガタン。
はずだった。
「お父さん、お母さん! 居るの!? 私だよ、シールだよ! 居るなら出て来てッ!」
物音が響き、誰かがそこに居ることを知らしめる。
シールは両親が居るのだと思って、バッと顔を向ける。
すると、家族で食事に使っていた大きな机の陰から、男性と女性の顔が覗く。
「よかった! お父さん、お母さん、無事で──」
「──下がれ、シール」
両親の顔。それを見て、喜んで駆けだそうとするシールの腰をスレイが引き寄せる。
「ちょ、な、なんで!?」
「奴さんが何でこんな所に居るかは知らんが……お前に覚悟があるなら、両親の顔から下を見てみろ」
「顔から下……って」
抗議の声を上げながら、シールが目線を下げる。
すると、そこには。
「「──オナジ」」
黒と赤の魔物の体がついていた。
既に人間の部分は顔以外に残っていなかった。
シールの瞳が絶望に曇る。
「……悪いが手遅れだ」
「うそ…そん…な…ッ」
「目を瞑ってろ、吐くぞ」
絶望するシールを後ろに下げて、スレイは剣を抜く。
シールは思い出す。スレイが魔物の首を容赦なく撥ねていた光景を。
ああ、そうだ。シールの両親は殺されるのだ。
勇者の手によって。
「ま、待って! お願い! お父さんとお母さんを殺さないで!」
「言ったはずだぞ。魔物化したら、もう元には戻らない」
「お願い……何でもするから…! お願い…!」
「…………」
必死にスレイの腰に縋りつこうとするが、彼女には縋りつくための腕が無い。
ただ、体を寄せて涙を流すことしかできない。
「……勘違いするな、シール」
スレイが諭すように、穏やかな声を出す。
「お前の両親は……既に死んでいるんだ。あれはただ、お前の両親の形が残ってるだけの人形だ」
既に両親の人格は、どこにも残っていないのだと。
シールの希望を粉々に踏み砕く情報を伝える。
彼女の瞳から光が消え、暗く淀む。
「そんな……」
「幸い、顔までは魔物に変化してない。今の内に斬り落とせば、墓ぐらいは作れるはずだ。魔物の体は骨も残らねぇからな」
「…………」
「シール、目を瞑ってろ」
スレイはもう一度告げる。何も見るなと。
全ては悪夢だと思って、見なかったことにしろと。
「ううん……見てる。スレイがお父さんとお母さんを殺す所を」
「……何を」
「見てるから──」
だが、シールはそれを拒絶する。
涙で震える目をいっぱいに見開き、両親だったものとスレイを凝視する。
決して忘れはしないと、目に焼き付けるように。
彼女が曇り切った心の中で、唯一見つけた光。それは。
「──両親の仇として、あなたを一生恨ませて」
復讐心であった。
「じゃないと、私……死んじゃうから」
その声は復讐者の声ではなく、救済を求める幼子のそれであった。
両腕を失い、両親も失う。
幼い少女が生きていくためには、何かしらの支えが必要なのだ。
たとえ、それがどこまでも理不尽な復讐心であろうとも。
生と死の狭間の、不安定な足場に立つ人間には必要なのだ。
「……分かった。だが、これだけは言わせてもらうぜ。俺を恨むのは構わんが──」
スレイは重く頷き、剣を握りしめる。
シールの両親であったものが近づいてきているが、彼の目には映っていない。
彼の目に映るものは一つ。
「──一緒に魔王も恨んどけ」
全ての元凶である魔王だ。
「さよなら……お父さん、お母さん」
銀閃が走り抜ける。
血飛沫がシールの白い髪を染め上げる。
もう戻らない、家族の穏やかな記憶を塗り潰すかのように。
「よし、墓はこんなもので十分だろ」
「うん……私の代わりに掘ってくれてありがとう」
シールの家の庭。
そこに両親の首が埋められていた。
上には簡素な石と、名前が書かれた気が立てられている。
簡易的な墓だ。
「ねぇ……スレイは勇者なんだよね? 魔王を倒そうとしているんだよね」
「ああ。魔王を殺すまで、俺は死ねない」
「そっか……」
目の前の男を一生恨むと言った。
だが、そんなものは建前に過ぎない。
シールもまた、全ての元凶を、恨むべき存在を理解している。
「じゃあ、着いていくね」
「……確定事項なのかよ」
「うん。嫌って言ってもついていくから。それぐらい許してよね、両親の仇さん?」
「子供が危ないことはするもんじゃねぇが……放置する方が何しでかすか分からんな」
少し冗談めかして言ってみるが、彼女はどこまでも本気だ。
復讐の炎が燃え盛り、それが彼女の生きる活力なっている。
スレイもそれが分かっているからこそ、拒絶できない。
拒絶すれば、彼女は生きる理由を失い、自殺するかもしれないのだから。
「ただし、条件がある。俺は足手まといを連れて行くつもりはない。そもそも、両腕のないお前に何が出来る?」
「………体なら差し出せるよ?」
「ガキが……今度同じこと言ったら、お前の両親の代わりにぶん殴るぞ?」
「ごめん……」
何でもするという意味で言ったシールだったが、本気で怒った様子のスレイに頭を下げる。
スレイは腐っても勇者。そのようなことは純粋に嫌いなのだろう。
「とにかく、お前には最低限戦えるだけの力を身に着けてもらう」
「両手がないけど……どうしたらいい?」
「手が無くても魔法なら使える。難易度は高いがな。上手くいけば、魔法で義手でも作れるしな……そう言えば、昔にそうやって義手を作ってる奴を見たことがあるな……そいつを探してコツでも聞いてみるか」
「魔法…義手……」
シールの心に希望という暖かな光が宿る。
足で全てが出来るように訓練しようと、密かに決意していた所からすれば天国である。
「ただし、今まで戦闘のせの字も知らねぇ、お嬢さんには、血反吐を吐く地獄になるぞ。それでもいいな?」
「今日以上の地獄なんてないでしょ?」
「だといいがな」
フンと鼻を鳴らして、墓の前から立ち上がる、スレイ。
そして、シールが転ばないように横に立って、家の外まで連れて行く。
「ねぇ、スレイ。ここまでしておいてなんだけど……何でそこまでしてくれるの?」
そんなスレイに対して、シールが純粋な疑問を投げかける。
当然のことながら、スレイにはシールを鍛える利益などない。
むしろ、旅の邪魔でしかないはずだ。
「私……もう自分一人じゃご飯も食べられないし、お尻も拭けない。スレイの言った通りの足手まといだよ? 他の人を救いに行った方が本当は良いんじゃ……」
自分で言いながら情けなくなるが、変な同情心で連れていかれるのも迷惑だろう。
そう思っていたのだが。
「なもん──勇者だからに決まってるだろ?」
スレイはあっけからんと答える。
「不利で結構。損してOK。勇者ってのは他の奴らよりも特別な存在だ。この程度の負担、大した事ねぇ。全人類を平等に扱う気なんてない。ムカつく平等の魔王に、唾を吐けるなら大歓迎だよ、俺は」
勇者は特別なのだから差別しろと。
平等に全人類を救う気もないと。
スレイは皮肉気に笑う。
「世界の事なんて知らねぇ。たまたま、魔王が気に入らねぇから、勇者をやってるだけだ。俺は目の前の救いたい奴を救う。それを救いの選別だって言うなら笑ってやるよ。みんなを平等に救おうとした奴の末路が、魔王だってな」
その言葉にシールは、どこか肩の力抜ける気がした。
迷惑とか考えずに、この人は自分を特別に扱ってくれる。
そのことが妙に嬉しかったのだ。
「うん……それじゃあ、これからよろしく」
「ああ、みっちり鍛えてやるから、隠しておけよ」
こうして、スレイとシールは平等の魔王討伐の道へと旅立つのだった。
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