追加戦士だと思われている銀騎士くん   作:シラヌイ321

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「今回は、四人ばらばらです」
「先輩、ひとりで大丈夫?」
「大丈夫って言ったら、怒るだろ」
「学習している」


第13話 三色あるのに、一人分

 三か所同時。こっちは四人。それだけでも十分最悪なのに、この日はもうひとつ、最悪が重なった。

 

 通信機の地図に、赤い丸が三つ灯った。北の資材置き場。駅の東口。川沿いの市場。

 中継箱から読めた番号の通りだった。地図の上では指一本で三つとも隠せるのに、縮尺を見ると、一人で回れる距離じゃない。

 

「北は私。東口は、二人でお願い」

 

 朱音が上着を掴んだ。きららが頷いて、葵はもう端末の地図を拡大している。

 

「市場は搬入口が狭い。大きい車を入れるなら西側から。……先輩、そっちお願い」

「了解」

 

 放課後に本部に寄ったばかりで、俺はまだ制服のネクタイを緩めただけだった。受付に鞄を預けて、出動の連絡を家に送る。

 こんな時にも課題は待ってる。世界を救っても提出期限は救われない、ということを、高校三年の秋に学びたくはなかった。

 

 携帯が震えた。灰瑠からだった。

 

『わかった。戻ったら連絡。鞄も忘れないで』

 

 鞄の話はしてない。

 妹の読心能力がちょっと怖い。

 続けて、もう一通来た。

 

『今、駅の東口。ミオと本屋』

 

 東口。

 ついさっき、葵が地図の上で指した場所だった。

 すぐに電話をかけた。呼び出し音。呼び出し音。出ない。もう一回。……出ない。本屋の中で、携帯を鞄の底に入れてるだけだ。そうに決まってる。そう思おうとしているのに、指先が冷たくなっていく。

 

「きらら」

 

 出ていこうとしていた背中に、声をかけた。

 

「東口に、灰瑠がいる。ミオちゃんと、本屋に」

 

 きららの足が止まった。一瞬だけ目が大きくなって、すぐにいつもの顔に戻った。

 

「分かった。いちばん先に、避難線の内側に入れる。私が見る」

「俺が東に行く!」

「先輩は市場。三か所の割り振り、もう動かせない」

 

 葵の声は静かだった。……悔しいけど、正しい。

 

「先輩。灰瑠は、私の友達でもあるんだよ」

 

 それ以上、何も言えなかった。

 係の人の言うことを聞いて、すぐ避難して。妹にそれだけ送って、変身する場所へ走った。既読はまだつかなかった。

 

     *

 

 市場の裏、閉鎖された荷捌き口で変身した。

 

『PROTO JUSTICE!』

『SILVER RISE!』

 

 歩き出した足が軽い。この前の更新で、同じ一歩を支える力は確かに増えている。

 ただ、足の数は、一人分のままだ。

 

 市場の南側、トラックの荷台の上に細い端末がいた。四角い胸の窓を開いて、蓄電器を黒いケーブルで引き寄せている。胸の刻印は右上の角が欠けてた。

 角欠けだ。引き寄せた蓄電器に、もう白い札が貼ってある。仕事が早い。北側には、輪っかみたいな形の無人機が二機。低く飛びながら、庇を支える鉄骨に小さな刃を押し当てていた。

 その庇の下で、店員さんが、車椅子のお客さんを動かそうとしている。

 

「本部、南に端末一、北に小型二。北の通路に、まだ人がいる」

『確認。救助班は西から接近中。到着まで二分』

 

 二分。長い。長すぎる。

 東口のことを、無理やり頭から追い出した。考えたって、俺の足は一人分しかない。……あっちには、きららが行ってくれてる。

 

 北を向いた途端、南の端末が荷台から飛び降りた。追わせたいのか、追われる前に逃げたいのか。どっちにしても、こいつを眺めている暇はない。

 空の台車の陰で、ダイヤルを青へ。

 

『TYPE CHANGE!』

『SCOPE!』

 

 半秒。銀白の腕に青い線が走って、掌の中で光の骨組みが金属の銃身に固まる。空には撃たない。市場の屋根の向こうにも、家がある。

 左へ二歩動いて、無人機の背後に分厚い防火壁がくる角度を取った。引き金を短く二回。ぱん、ぱん。通常弾が刃の根元を叩いて、一機が火花を散らして落ちた。もう一機は鉄骨の陰に隠れた。……ちっ。

 

 南の端末がケーブルを振った。荷台の縁を跳ねる線を、視界の端で捉える。爪先を半歩引くと、空を切った線が足元に落ちた。それを踏みつけて、巻き取り部に一発。引き戻す力が抜けた。

 

「そっちは、ちょっと待ってろ」

 

 待つ気のない相手には、待つ理由を作るしかない。北の庇はあと一撃で落ちる。南の端末を撃ち抜くより先に、あの下から人を出す。

 ただし、南をこのまま逃がすつもりもなかった。

 

 腰に留めておいた小さな発信片を、左手で抜いた。逃げようとする端末の足元に一発だけ撃って、相手が踏み出す方向を変えさせる。その瞬間に横から飛び込んで、荷箱を固定している後ろの金具に発信片を押しつけ、すぐ離れた。

 かちん。磁石が噛みつく、短い音。

 

『発信片、受信しました』

 

 その直後、北の鉄骨がぎぎぃっと鳴った。残っていた一機が、最後の留め具を外していた。庇が傾いて、布の日除けがまとめて引き裂かれる。

 

「伏せて! 車椅子は動かさなくていい、頭を守って!」

 

 銃を抱え直す暇も惜しい。看板の裏に滑り込んで、ダイヤルを赤へ。半秒は看板に受けてもらう。

 

『TYPE CHANGE!』

『EDGE!』

 

 青い銃がほどけて、前腕に銅赤の補助装甲が重なる。足の裏の感触が一段硬くなった。長剣は柄が膝の外に出る位置に置く。あとで拾える向きだ。

 両足を開いて、落ちてきた横梁に左の前腕を差し込んだ。

 

 ガンッ!

 

 骨の内側まで響いた。

 ぐ、っと喉の奥から声が漏れる。重い。腕が、膝が、悲鳴を上げてる。

 膝を曲げて受ける。右手で横揺れを押さえ、梁の端を店先の低い石台へ滑らせた。俺と石台の二か所で重さを分けて、通路の幅を作る。装甲の足の裏が地面を削った。

 止まった。

 梁と地面の間に、車椅子が通れる隙間が残った。

 

「今! 西へ、まっすぐ!」

 

 店員さんが車椅子を押す。前輪が割れたタイルにはまって、一瞬動かなくなった。

 俺の右膝が震える。汗が、仮面の内側を伝って顎に落ちた。

 

「焦らなくていい。一回だけ後ろに戻して。そう」

「す、すみません!」

「謝るのは、帰ってからでもできる!」

 

 言ってから、これは灰瑠に聞かれたら怒られるやつだと思った。帰ってから謝らなくて済むように動け、とか言われそう。

 だから笑わない。左腕の表示で出力と熱を見て、あとどれだけ支えられるかを本部に伝える。

 

 北の無人機が最後の留め具を外したのは、俺が角欠けから離れて、北へ向き直った瞬間だった。

 狙ってたんだ。

 人を狙えば、銀騎士が来る。学校で、あいつらはそれを覚えた。今日はその先を試してる。人の上にある物を落とせば、銀騎士はそれを支えて、その場から動けなくなる。

 南で、角欠けが蓄電器を抱え直すのが見えた。俺がここに縫い止められている間に、ゆっくりと。

 

 前輪がタイルの割れ目から抜けて、車椅子が梁の下を通っていく。通り過ぎる時、お客さんがこっちを見上げた。

 

「ありがとうねえ。あなた、追加の人でしょう。孫が言ってたわ」

「追加じゃ――」

 

 梁が軋んだ。

 

「――今はいいです! そのまま、まっすぐ!」

 

 訂正はまた今度だ。たぶん、次もできない。

 

『救助班、十秒で入ります』

「支柱を先に。俺の足元の左側に置いてくれ」

 

 南で、金属の車輪が跳ねた。端末が角を曲がって逃げていく。

 脚は動く。加速も残ってる。

 だからこそ、分かった。あれは追わせるための逃げ方だ。角欠けはいつもそうだ。俺の前には立たない。拾って、逃げて、どこかへ運ぶ。ここを離れたら、人も、梁の下の通路も、両方失う。発信片はもう付けてある。

 

「……そっちは任せる。本部、発信を追って」

『追跡継続。銀騎士は救助を続けてください』

 

     *

 

 支柱が入る前に、残っていた無人機が戻ってきた。庇の上、右前。狙いは俺の頭じゃない。車椅子を押している店員さんの背中だ。

 

「伏せないで、そのまま走って!」

 

 左腕は梁から外せない。重さを石台に寄せて、膝の外に残しておいた柄を右手で拾った。回転する刃の向きはもう見えてる。

 刃を斜めに構えて、店員さんへ向かう進路をひとつ塞いだ。横へ逃げれば石台、上へ逃げれば梁。速度を落とせない突っ込み方なら、それだけの幅で十分だった。

 無人機が、自分から刃にぶつかってきた。ぎゅいん、と回転の音が歪んで、弾かれた機械が左の空き店舗に転がり込み、壁際でぼんっと火を噴いた。

 

「支柱、固定できました!」

 

 救助員さんの声に頷いて、梁の重さをゆっくり移した。支柱が受け止めたのを手応えで確かめてから、両腕を抜く。

 最後の店員さんが安全線を越えた。最初に聞いた人数と照らし合わせる。行方不明なし。別の店に戻った人もいない。

 そこで、ようやく長い息が出た。全身から、どっと力が抜けていく。

 

 救助員さんが、俺の左腕を見て、装甲の下はどうなっているのかと聞いた。

 

「人間です。たぶん今、かなり汗かいてます」

「では水を飲んでください。人間なら」

 

 妙に強い条件をつけられた。俺は素直に頷いた。

 

     *

 

 北と東の制圧の報告は俺が座り込む前に届いた。

 

「市場は? 怪我人いる?」

「擦り傷と打撲だけ。重傷はなし。小型二機は撃破、端末には発信片を付けて追跡中」

「それと、先輩。灰瑠、無事。最初の避難の列に入れた。ミオちゃんも一緒」

 

 膝から、がくんと力が抜けた。座り込む前でよかった。……いや、ほとんど座り込んでた。

 

「……ありがとう。本当に、ありがとう」

「お礼は、あとで灰瑠に何か奢ってあげて。私の分も。……こっちの敵はな、荷物だけ先に捨てて逃げようとしてん。逃げ足に全予算使ってへんか、あいつら」

「三か所の送信、全部同じ周期でした。合図をまとめて送って、こっちの動きを比べてた可能性が高い。……向こうの方が連携とれてるの、ぐぬぬ」

 

 向こうは三か所を同時に見てる。

 俺の目は二つあっても一人分だ。

 

 前に見た掲示板に、追加戦士なら分身くらいしろ、と書いてあった。給料は一人分どころか、そもそも貰っていない。分身してくれるなら、まずそいつに課題を解いてほしい。

 そんなくだらないことを考えられるくらいには、呼吸が戻っていた。

 

「先輩。救助、ありがとね」

「……うん」

 

 安全線の向こうで、車椅子のお客さんが手を振っていた。右手を上げて返す。店員さんと並んで遠ざかっていくのを、通路の端から見送った。

 

     *

 

 本部で検査を受けている間も、地図の上の小さな点は動き続けていた。

 端末はまっすぐ巣へは帰らなかった。橋を渡って、古い倉庫街を遠回りして、同じ通りを二回通った。追跡に気づいていなくても、回収機としての用心深さはあるらしい。

 

 やがて点は川沿いの古い倉庫で止まった。

 そこで、信号が弱くなった。

 

「飛び込めば済む、という話にはならんな。荷物を下ろすだけの場所かもしれん」

 

 レイマさんは画面に顔を寄せた。芝居がかった声のまま、指だけは慎重に周りの道をなぞっている。

 

「付けた金具、向こうに着くまで残りそうですか」

「荷物を固定する位置を選んだのはよかった。壊さずに運ぶ限り、向こうも外しにくい」

 

 左手首が、二回、弱く震えた。

 褒められたのか、ただの動作確認か。それはまだ分からない。

 

「お疲れ。今日はここまで」

「かなと、かえる?」

 

 小さい声がした。

 

「帰る。検査が済んだら、一緒に」

 

 帰りの連絡を家に送った。診察済み、少し遅れる、鞄は持った。

 灰瑠からは先に一通届いてた。

 

『黄色い人に誘導してもらった。ちゃんと避難したよ。兄ちゃんも、ちゃんと帰ってきて』

 

 そのあとに、丸い顔のスタンプがひとつ。

 画面を見たまま、しばらく動けなかった。指でスタンプをなぞったら、なんだか笑えてきた。

 

 俺は一人分しかいない。

 でも今日、俺がいなかった二つの場所にも、ちゃんと誰かがいた。

 

 地図の上の点は、川沿いの倉庫で止まったまま、もう動かなかった。




「救助員さんに『人間なら水を飲んでください』って言われた」
「条件つきの水分補給、初めて聞いたわ」
「先輩が人間かどうかは、議論の余地がある」
「ない」
「私は人間だと思うよ!」
「ありがとう。……フォローの方向、合ってるか?」
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