BLEACH ~No Future Worth Your Ruin~   作:冬冬✻

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【旧版】第3話 Bee Seen

BLEACH ~No Future Worth Your Ruin~

 

第3話 Bee Seen

________________

 

私の全てを貴方に

見返りなど求めてはいない

ただ貴方の傍にいることが

私の全てとなるのだから

________________

 

二番隊隊舎。

その門の前で、一人の青年が立ち止まっていた。

五番隊三席、柊周介。

彼は先程から、手元の書状と目の前の門を交互に見つめていた。

 

「……何だろう」

 

書状の差出人は、四楓院夜一。

二番隊隊長であり、隠密機動の総司令官でもある人物だ。

 

柊とは以前から面識があり、時折こうして声を掛けられることもあった。

しかし、今回は少し様子が違った。

送られてきた書状には

ただ一言。

 

『儂のところへ来い』

 

それだけである。

 

「……俺、もしかして何かやらかした?」

 

思わず呟いた。

 

最初は何かの間違いかと思った。

しかし、五番隊まで書状を届けに来た隊士に聞いてみたが、夜一からの指示はただこれを渡してこいとのことだったらしい。

 

仕方なく平子に事情を説明すると、

 

『夜一さんから呼ばれとる?

ほな、行った方がええんとちゃうか。

行かんかったら後で何されるかわからんで。

あと、帰りにトリートメント買ってきてや。

今日、15時に特売らしいねん』

 

と、随分あっさり送り出されてしまった。

トリートメントに至っては、自分で買いに行ったらどうですか?と突っぱねたくなった。

しかし、断ったら、ほぼ確実に仕事を放って買いに行くだろうと考え、やむなく引き受けたのである。

 

「……まあ、15時なら間に合うでしょ」

 

そう結論づけ、門をくぐった。

 

***

 

時は少し前に遡る。

二番隊隊舎の一角では、数名の隊士が立ち話をしていた。

 

「……また、あいつか」

 

「何がだ?」

 

「砕蜂だよ。先程の訓練でも、俺たちにあれこれ指示を出してきただろう」

 

「ああ……」

 

一人が、声を潜める。

 

「夜一様に気に入られているからといって、随分偉そうじゃないか?」

 

「どのみち、実戦では役に立たない若い女のくせに、でしゃばりやがって…」

 

「まあ、四楓院家に仕える者だからな。俺たちとは立場が違うんだろうさ。立場が」

 

くつくつと笑い声が漏れた。

 

その時だった。

 

「……何か問題があるのか」

 

背後から声がした。

 

振り返った隊士たちの表情が、一瞬にして固まった。

そこには、小柄な女性が立っていた。

黒髪に、鋭い眼差し。

若くして隠密機動の任務に携わる少女、

砕蜂である。

 

「いや、その……」

 

「先程の訓練について、不満があるのなら直接言え」

 

「…………」

 

「指示に誤りがあったのなら改める。だが、必要な指示であったのなら従ってもらう。それだけだ」

 

砕蜂は、淡々と言った。

声を荒らげることはなかった。

それがかえって、隊士たちを黙らせた。

 

「……失礼しました」

 

一人が頭を下げた。

他の者も次々とそれに続く。

砕蜂は暫く彼らを見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。

 

「次の任務に備えろ。以上だ」

 

そう言い残し、その場を離れた。

 

背後から、再び小さな声が聞こえてきた。

本人たちも意識しているのだろう。

何を言っているのかまでは聞き取れない。

しかし、あまり好意的なものでないことは分かった。

 

「…………」

 

砕蜂は歩みを止めなかった。

隠密機動に所属してからというもの、

そうした言葉を向けられることは日常茶飯事であった。

 

女だから。

若いから。

夜一様のお側にいるから。

 

理由はいくらでもある。

 

最初の頃こそ、その言葉の暴力に

心を痛めた時もあった。

だが、今となっては

他の者にどう思われようと構わない。

己の役目を果たすこと。

 

そして、この身の全てを懸けて

夜一様にお仕えすること。

それ以上に重要なものなど、砕蜂にはなかった。

 

***

 

「夜一さん、失礼します」

 

「おお、来たか柊!」

 

障子の向こうから、明るい声が返ってきた。

柊が部屋へ入ると、そこには夜一が座っていた。

いつもと変わらぬ愉快そうな笑みを浮かべながら。

 

「お久しぶりです」

 

「うむ。久しいのう。まあ、座れ」

 

「はい」

 

勧められるままに腰を下ろす。

そして、早速本題を切り出した。

 

「それで、今日はどうしたんですか?」

 

「ん?」

 

夜一は眉を寄せて首を傾げる。

 

「書状をいただいたので。

もしかして、俺、何かやらかしました?」

 

それを聞いた夜一は思わず吹き出した。

 

そして、至極当然のように言った。

 

「別にお主が何かしたから呼んだわけではないぞ。単に暇じゃったから呼んだだけじゃ」

 

「…………」

 

柊は暫く黙った。

 

「……はい?」

 

「暇じゃった、と言うたのじゃ」

 

「いや、それは聞こえましたけど……」

 

「何じゃ、聞こえておったのか。

固まっておるから仕事のしすぎで壊れたのかと思うたぞ」

 

「いや、話をそらさないでください。

それに、俺が壊れたんだとしたら夜一さんのせいってことになりますよ……」

 

夜一は声を上げて笑った。

 

「かっかっか! 相変わらずじゃのう、柊!」

 

「俺、これでも仕事の途中で来たんですけど」

 

「平子は何と言うておった?」

 

「行ってこいって言ってました。

行かなかったら後でどうなるかわからんって」

 

「最もな意見じゃな」

 

「あなたが肯定しないでくださいよ…」

 

柊は頭を抱える。

夜一はそんな柊の苦悩などお構いなしに、

楽しそうに笑っていた。

そして、卓上の茶を手に取って言った。

 

「まあよいではないか。たまには仕事など忘れて、儂の話し相手になれ」

 

「それなら、最初からそう書いてくれればよかったのに」

 

「それでは来んだろう?」

 

「……行きませんね」

 

「そういうことじゃ」

 

「……なるほど」

 

柊は頷いた。

 

「相変わらずの性格ですね」

 

「よく分かっておるではないか!」

 

「褒められている気がしませんよ……」

 

そのやり取りを聞きながら、部屋の端で黙っている者がいた。

 

砕蜂である。

 

夜一の少し後ろ。

いつでも命令に応じられる位置に、姿勢よく控えている。

 

砕蜂は目の前の青年を見つめた。

柊周介、五番隊の三席。

隊務で平子と共に二番隊を訪れて来た際に

初めて会って以来、たまに言葉を交わす。

 

そして、砕蜂から見た柊の印象は

何かと妙なところに気づく男、というものであった。

 

他の者が聞き流すような言葉に、思いもよらぬ疑問を口にすることがある。

実際に、巡回経路についての話し合いで

初めて二番隊に訪ねてきた際も、

若いながら平子と夜一の気づかぬ部分を指摘していた。

 

そして何より、夜一によく揶揄われている。

現に、今も目の前で夜一に遊ばれていた。本人はそれに困り果てているようだったが。

 

こうした事情によって、砕蜂からすると、柊周介という人物は、どうにも掴みどころのない者となっていた。

 

もっとも、悪い男という印象があるわけではない。ただ、特別に親しいわけでもなかった。

 

「そういえば夜一さん」

 

「何じゃ?」

 

「浦原さん、十二番隊には慣れましたかね」

 

「どうじゃろうな」

 

「ひよ里は相変わらずっぽいですし、少し大変そうだなって」

 

夜一は愉快そうに笑った。

 

「かっかっか! まあ、簡単にはいかんじゃろうな」

 

「やっぱりそうですか」

 

「じゃが、喜助なら何とかするじゃろう。あやつは好きで人の上に立つものではないが、

任されたからにはそれをやり遂げようとする。そういう男じゃ。昔からな」

 

「夜一さんがそう言うなら、大丈夫そうですね」

 

「じゃろう?」

 

柊は頷く。

 

「俺も、浦原さんならそのうちひよ里とも、上手くやれるようになると思います」

 

「ほう?」

 

夜一が興味深そうに呟く。

 

「少なくとも、あの人はひよ里の言うことをあしらって終わりってわけでは、なさそうだと思うので」

 

「そうじゃのう。あやつはひよ里の言うこと全て真面目に聞いた結果、逆に怒鳴られるかもしれぬな」

 

「ああ……ありそうですね」

 

二人は顔を見合わせて笑った。

 

「それにしても、平子の方はどうじゃ?」

 

「平子隊長ですか?」

 

「うむ。相変わらずか?」

 

「相変わらずですね」

 

柊は少し考えてから続けた。

 

「この前なんて、ローズさんから借りたレコードを聴き終わるまで浦原さんの隊長就任式に行かないとか、駄々こねてましたよ」

 

「ほう!相変わらずのてきとうっぷりじゃな。あやつは!

それで、お主はどうした?」

 

「総隊長に報告しますって言いました」

 

夜一が吹き出した。

 

「かっかっか!そりゃあ平子でも慌てたじゃろう!」

 

「ええ。灰になったらどうすんねんって慌ててました。

だから、平子隊長が居なくなっても、

そのレコードと蓄音機に隊長羽織を掛けて

隊首会に出すので大丈夫ですよって」

 

「はっはっは! お主、そこまで言うたのか!」

 

「平子隊長があんまり嫌がるので、つい」

 

「全く……お主と平子は、どちらが年上なのか分からんのう!」

 

「いや、それは明らかに平子隊長でしょ?」

 

「そういう話ではないわ!」

 

夜一は楽しそうに笑い続けた。

柊も、つられて笑う。

そんな二人を、砕蜂は黙って見ていた。

 

正直、何がそこまで面白いのかは分からない。隊長が式典を欠席しようとするなど、規律上問題がある。ましてや総隊長を脅しに利用するなど冗談でもどうかと思う。

 

しかし、夜一が楽しそうにしている。

ならば、自分が口を挟む必要はない。

そう考え、再び視線を落とした。

 

その時だった。

 

「そういえば、砕蜂さんはどう思います?」

 

不意に、声が飛んできた。

 

「……何?」

 

砕蜂は思わず顔を上げた。

柊がこちらを見ている。

 

「平子隊長みたいな人、どう思います?」

 

「…………」

 

しばしの沈黙。

 

「……くだらん」

 

砕蜂は短く答えた。

 

「そもそも、隊長が式典を欠席しようとすること自体、論外だ。私に聞くな」

 

「……まあ、そうですよね」

 

柊は苦笑した。

 

「分かっているなら聞くな」

 

「いや、実際のところ、砕蜂さんならどう答えるのかなって、ちょっと気になったので」

 

「…………」

 

砕蜂は眉を寄せた。

どうにも調子の狂う男だ。

この男は怒ろうにも、タイミングを掴みづらい。

 

夜一は、そんな二人を見て口元を緩めていた。

 

「まあよいではないか、砕蜂」

 

「夜一様?」

 

「お主もこちらへ来て、話に交ざれ」

 

夜一からの想定外の誘いに慌てて返す。

 

「い、いえ! 私はここで控えておりますので!」

 

「何じゃ。儂と話をするのは嫌か?」

 

「そ、そのようなことは決して!」

 

砕蜂は思わず、強く否定してしまう。

 

「ならば決まりじゃな!」

 

夜一は満足そうに頷いた。

 

砕蜂は、一瞬言葉を失った。

 

「…………」

 

断れるはずがなかった。

いや、別に話に交ざること自体が嫌なのではない。寧ろ、夜一と話ができることは

砕蜂にとっては嬉しいことであった。

ただ、問題は話の内容だった。

なぜ、自分までそのようなくだらない話をしなければならないのか?

それだけが、納得のいかない部分であった。

 

そう思いながらも、砕蜂は夜一の側へ移動した。

柊は少し横にずれて場所を空ける。

 

「どうぞ、砕蜂さん」

 

「……ああ」

 

短く答え、腰を下ろした。

夜一はそんな二人を眺めながら、何やら楽しそうにしていた。

 

***

 

「それにしても、柊」

 

夜一が唐突に口を開いた。

 

「はい?」

 

「お主、砕蜂とは何度か顔を合わせておるじゃろう?」

 

「まあ、そうですね」

 

「ならば、こやつが普段どんなことをしておるか、知っておるか?」

 

「……いや、あまり詳しくは知らないですね」

 

柊は隣の砕蜂へ目を向けた。

 

「隠密機動のお仕事をされているのは知っていますけど」

 

「そうじゃろう、そうじゃろう」

 

夜一は満足そうに頷いた。

 

「ならば、儂が少し教えてやろうかのう」

 

「夜一様?」

 

砕蜂が顔を上げる。

その声には、僅かな困惑が混じっていた。

 

「何じゃ、砕蜂」

 

「そのようなお話を、わざわざ柊にする必要は……

そもそも、柊も私の話を聞きたいわけではないでしょう…」

 

「柊よ、聞くか?」

 

「まあ、俺は聞いてみたいです」

 

「だそうじゃぞ、砕蜂」

 

「しかし……!」

 

「まあ、よいではないか」

 

夜一は楽しそうに笑った。

 

砕蜂は頭を抱えた。

なぜ夜一様は自分の話をしたがるのか。

なぜ柊はわざわざ自分の話を聞こうとするのか。

砕蜂には、理解できなかった。

 

そんな砕蜂の悩みを全く気にせずに

夜一は語り出した。

 

「そもそも、こやつはなかなかの努力家でな」

 

夜一は実に楽しそうな様子で続けていく。

 

「一度始めたことは、なかなか途中で投げ出そうとせん。儂がもうよいと言うても、納得するまで続けようとすることがある」

 

「へえ……」

 

柊は興味深げにそれを聞いていた。

 

「以前も、歩法の訓練で上手くいかぬところがあったらしくてのう。月の下、ひとりで繰り返しておった」

 

「夜一様! そのお話は……!」

 

「かっかっか! 何じゃ、事実じゃろう?」

 

「それは、そうですが……」

 

砕蜂は口ごもった。

実際に、その時のことを自分も覚えている。

夜遅くまで歩法の鍛錬を行っていると

夜一がやってきて、できるようになるまで

つきあってくれたのであった。

 

「それに、任務の準備も丁寧じゃ。儂が出向くと分かれば、必要なものを先回りして揃えておることもある」

 

「……なるほど」

 

柊は、興味深そうに話を聞いていた。

夜一はさらに続ける。

 

「じゃが、こやつの一番面白いところは、そこではない」

 

「そうなんですか?」

 

「うむ」

 

夜一は砕蜂へ視線を向けた。

 

「儂が何か危ないことをしようとすると、真っ先に止めに来よる。

ひどく慌てた様子でな」

 

「……当然です!」

 

砕蜂は即座に答えた。

 

「夜一様の身に何かあれば、私は!!」

 

「ほれ、この通りじゃ」

 

夜一は笑った。

 

「儂が大丈夫じゃと言うても、なかなか引き下がらん。時には儂にまで意見してきよる」

 

「それは、夜一様の御身を案じてのことで……!」

 

「分かっておる、分かっておる」

 

夜一は愉快そうに頷いた。

 

「じゃがのう、砕蜂」

 

「はい?」

 

「お主、儂が大丈夫と言うておる時くらいは、もう少し信用してくれてもよいのではないか?

儂が弱いと思うとるのか?」

 

「そ、それとこれとは話が別です!」

 

「かっかっか!冗談じゃ!」

 

柊は二人のやり取りを黙って見ていた。

夜一はどこまでも楽しそうだ。

一方の砕蜂は、真剣そのものである。

夜一の言葉に反論こそしているものの、その態度には一切の迷いがなかった。

 

「……ふうん」

 

柊は小さく呟いた。

 

砕蜂は、その声を聞いて僅かに眉を寄せた。

 

***

 

砕蜂は、あまり落ち着かなかった。

自分のことを他人の前で話されるのは、どうにも居心地が悪い。

柊が自分のことをどう思っているのか、砕蜂は知らない。

しかし、他の隊士たちと同じように考えていても不思議ではない。

そう考えていた。

 

女のくせに。

若いくせに。

夜一様に気に入られているだけ。

 

これまで数え切れないほどに、そんな言葉を言われてきた。

奴らは、たとえ実力を示したところで、それを素直に認めるわけではない。

常に自分の粗を探し、何か一つ失敗すれば、やはり女だからと嗤われる。

何かを成し遂げても、夜一様の後ろ盾があるからだと言われる。

 

自分が嘲笑を受けようが気にはしない。

しかし、夜一様にお仕えする以上、

自分が笑われれば、夜一様の名まで汚してしまう。

だからこそ、砕蜂は努力してきた。

 

「…………」

 

砕蜂は、柊を横目で見た。

彼は、何も言わずに、ただ黙って話を聞いていた。

その表情からは、相変わらず何を考えているのかが読み取れない。

 

……どうせ、この男も。

 

そんなことを考えながら、早くこの時間が終わればいいとそう思っていた。

 

***

 

「……というわけじゃ」

 

夜一が話を締めくくった。

 

「こやつは少々頑固なところもあるが、儂にとっては実に頼もしい存在でな」

 

「夜一様……!」

 

砕蜂は思わず顔を上げた。

夜一は笑っている。

しかし、その言葉には冗談めいた調子だけではない、彼女からの確かな信頼が感じられた。

 

それが、砕蜂には何よりも嬉しかった。

 

「…………」

 

ふと、柊の方へ視線を移す。

彼は、先程から黙ったままだった。

 

「……?」

 

何かを考えているようにも見える。

だが、砕蜂にはその頭の中までは見えなかった。

夜一もそれに気づいたらしく、声をかける。

 

「どうした、柊?」

 

「……あ、いえ」

 

柊は顔を上げた。

 

「何じゃ、何か気になることでもあったか?」

 

「いや、そういうわけじゃないんですけど」

 

柊は少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「……かっこいいなって思いまして」

 

「…………」

 

一瞬。

 

部屋が静まり返った。

 

「……ほう?」

 

最初に反応したのは夜一だった。

その口元が、ゆっくりと吊り上がる。

 

「かっこいい、とな?」

 

「はい」

 

柊は頷いた。

 

「…………は?」

 

砕蜂は思わず声を漏らした。

 

この男は一体、何を言い出すのだ。

 

夜一は、いよいよ楽しそうに笑い始める。

 

「かっかっか! それはまた、随分と面白い感想じゃのう!

儂も流石にそう来るとは思わんかったぞ」

 

「そうですか?」

 

「うむ! お主もそうじゃろう、砕蜂?」

 

「な……!」

 

砕蜂は眉間に皺を寄せて柊を睨んだ。

 

「何を適当なことを言っている!」

 

「はい?」

 

「世辞などいらん!私を揶揄っているつもりか!」

 

それを聞いた柊は、首を振って表情を変えずに返した。

 

「いや、別にからかってないですよ」

 

「ならば、何故そのようなことを言う!」

 

砕蜂の声が少し強くなった。

柊は、暫く彼女を見つめていた。

そして、少し不思議そうに首を傾げる。

 

「……何でですかね」

 

「貴様……!」

 

「いや、ちゃんと理由はあるんですけど」

 

柊は苦笑した。

 

「何て言ったらいいんだろう……」

 

そう呟き、少しだけ考え込んだ。

その間、砕蜂は黙っていた。

夜一も、今度は口を挟まなかった。

 

やがて柊は、ゆっくりと話し始めた。

 

「俺は、誰かへの忠誠のために、自分の全てを捧げるってことが、簡単なことには思えなくて」

 

「…………」

 

「もちろん、誰かを大切に思うことはありますよ。自分より優先したいと思うことだって、あるかもしれないです」

 

柊はそこで一度、言葉を区切った。

 

「でも、その人のために生きようって決めて、それをずっと貫くっていうのは……」

 

少し考えてから、続ける。

 

「少なくとも、今の俺にできるかどうかは分からないです」

 

砕蜂は、何も言わなかった。

いや、言えなかった。

 

「だから、砕蜂さんはすごいなって」

 

「…………」

 

「いや、すごいっていうのも少し違うかな……

なんか随分偉そうですよね。

気に障ったら謝ります」

 

その言葉には、少なくとも嘘は感じなかった。大袈裟に褒めようとしているわけでもない。ましてや、相手の機嫌を取るために、無理に言葉を捻り出したようにも見えなかった。

 

ただ、自分が感じたことを、できる限り言葉にして伝えた。

それだけのように思えた。

 

「……ただ、だからこそ」

 

柊は砕蜂を見た。

 

「俺は、砕蜂さんが少し羨ましくなりました」

 

「…………」

 

砕蜂は、彼を見つめた。

 

こいつは一体、何を言っているんだ?

 

羨ましい?

 

自分が?

 

夜一様に仕えることを、自分で選んだのは確かだ。

そのために努力してきたことも事実だ。

だが、それを羨ましいと言われたことなど、これまで、一度もなかった。

 

「……貴様」

 

ようやく声が出た。

 

「本気で……言っているのか?」

 

「え?」

 

「今の話だ……」

 

柊は少し目を瞬かせた。

そして、当然のように頷いた。

 

「はい。本気ですけど」

 

「…………」

 

あまりにも、あっさりとした返答に、

砕蜂は思わず言葉を失う。

 

もっと何か言うつもりだった。

貴様に私の何がわかると、

そう言い返そうと思っていた。

 

しかし。

 

柊は、何も、理解したふりをしていたわけではなかった。

自分には、できるかわからないと、

ただそう言ったのだ。

 

その上で、自分の決意を、かっこいいと言った。

 

「…………」

 

砕蜂は、視線を落とした。

どう答えればよいのか、分からなかった。

 

***

 

「……なるほどのう」

 

不意に、夜一の声が響いた。

 

「夜一さん?」

 

「いやな、柊。

お主、なかなか見る目があるではないか、とそう思うてな」

 

「そうですか?」

 

「うむ。儂の自慢の部下じゃからのう」

 

夜一は満足そうに頷く。

 

「…………!」

 

砕蜂が何か言いかけた、その時だった。

 

「あ」

 

柊が突然声を上げた。

 

「……ん?」

 

夜一が顔を向ける。

 

「どうした?」

 

「……そういえば」

 

柊は、何かを思い出したように額へ手を当てた。

 

「平子隊長に頼まれてた用事、すっかり忘れてました。今って何時ですか?」

 

砕蜂が答える。

 

「14時42分だ」

 

それを聞いた柊は頭を抱える。

 

「あと18分……」

 

夜一は暫くその様子を眺めていた。

 

そして。

 

「……ぷっ」

 

とうとう吹き出した。

 

「かっかっか!お主、忘れておったのか!」

 

「はい。完全に」

 

「全く、お主らしいのう!」

 

「いや、つい話に夢中になっちゃって」

 

柊は苦笑しながら立ち上がった。

 

「すみません、夜一さん。そろそろ戻らないと」

 

「うむ。まあ、よい。今日は付き合わせて悪かったのう」

 

「いえ、楽しかったですよ」

 

「そうかそうか!」

 

夜一は愉快そうに笑った。

柊はそのまま、砕蜂へ顔を向けた。

 

「砕蜂さんも、ありがとうございました」

 

「……何?」

 

砕蜂はなぜお礼を言われたのかわからないという顔をしていた。

 

「今日はお話できてよかったです」

 

砕蜂は、少しだけ眉を動かした。

 

「……私は、別に大した話などしていない」

 

「そうですか?」

 

柊は首を傾げた。

 

「俺としては、色々聞けてよかったですけど」

 

「…………」

 

「じゃあ、また」

 

そう言って、柊は二人に頭を下げた。

 

「失礼します」

 

障子が閉まる。

 

やがて、廊下を歩く足音が遠ざかっていった。

 

***

 

「…………」

 

砕蜂は、閉じられた障子を見つめていた。

そして、夜一はそんな彼女を横目で眺める。

 

「……ふむ」

 

「……夜一様?」

 

砕蜂が不思議そうに首を傾げる。

 

「いやあ、良かったのう、砕蜂」

 

「……何がでしょうか?」

 

「何が、とな?」

 

夜一はにやりと笑った。

 

「かっこいいと思います、と言っておったのう」

 

「……っ!」

 

砕蜂の顔が、僅かに強張った。

 

「な、何を仰いますか!」

 

「だから、かっこいいと思います、と言っておったのう」

 

「夜一様!!」

 

「最終的には羨ましいとまで言うておったのう」

 

「お、おやめください!」

 

砕蜂はとうとう顔を赤くした。

夜一はそれを見ながら声を上げて笑い出した。

 

「かっかっか! 何じゃ、そんなに怒ることもなかろう!」

 

「怒ってなどおりません!」

 

「ほう? ならば、なぜそんな顔をしておる?」

 

「そ、それは……!」

 

砕蜂は言葉に詰まった。

夜一は楽しそうに彼女を眺めていたが、やがて少しだけ笑みを和らげた。

 

「……まあ、しかし」

 

「……?」

 

「柊は、ああいう男じゃ」

 

「…………」

 

砕蜂は夜一を見た。

 

「思ったことを、そのまま口にしよる。妙なところに気が回るくせに、ああいったところには無頓着な男じゃ」

 

夜一は小さく笑った。

 

「それに、損得勘定で動く人間でもあるまい。

実際、お主を褒めたところで、あやつに何か得があるわけでもなかろう?」

 

「…………」

 

確かに、そうだった。

柊は五番隊の三席。

自分に取り入ったところで、何か特別な利益があるわけではない。

 

夜一様に気に入られようとしていたのだとしても、柊であれば、他にいくらでも方法はあるだろう。

 

そもそも、あの男は。

褒めた直後に、平子からの頼まれ事を思い出して、すぐ帰ってしまった。

あれでは取り入った意味などない。

 

「…………」

 

思い出すと、何とも言えない気分になった。

そして、夜一は、そんな砕蜂の様子を楽しそうに眺めていた。

 

「どうじゃ、砕蜂」

 

「……何でしょう」

 

「柊も、なかなか面白い男じゃろう?」

 

「…………」

 

砕蜂は暫く黙った。

そして、小さく息を吐く。

 

「……変わった男だとは思います」

 

「ほう?」

 

「ですが、それだけです」

 

「かっかっか! そうかそうか!」

 

砕蜂は、すぐに話を切り替えようとして

仕事の話を振る。

 

「……夜一様。そろそろ次のお仕事の準備を」

 

「うむ。そうじゃな」

 

夜一は立ち上がった。

 

「では、行くとするかのう」

 

「はい!」

 

砕蜂も立ち上がり、夜一の後ろへと続く。

その足取りは、いつもと変わらない。

夜一様のお側に仕え、その御身を守る。

それが自分の役目であり、全てである。

 

それは、何も変わってはいない。

 

ただ。

ふと、先程の青年の顔が頭に浮かんだ。

 

『かっこいいなって思いまして』

 

「…………」

 

砕蜂は、少しだけ目を伏せた。

 

自分のことを、あのように言う者がいるとは思わなかった。

それも、夜一様とは違う立場の人間が。

 

自分と同じものを目指しているわけでも、

同じ覚悟を持っているわけでもない。

 

むしろ、自分にはできるか分からないと、あっさり認めてしまうような男だ。

 

だが、彼は、自分の忠誠を笑わなかった。

自分の決意を、軽いものとして扱わなかった。

だからといって、それだけで信用できるというわけではない。

 

あの男のことなど、自分はまだほとんど知らないのだから。

 

しかし。

少なくとも。

 

「……砕蜂?」

 

前を歩く夜一が振り返った。

 

「どうした? 置いていくぞ?」

 

「はっ! 申し訳ありません!」

 

砕蜂は慌てて歩き出した。

 

夜一は一瞬だけ不思議そうな顔をしたが、すぐに楽しそうに笑った。

 

砕蜂は、夜一の後を追いながら思う。

 

柊周介。

 

五番隊三席。

 

夜一様がよく揶揄っている、少し変わった死神。

 

これまでは、ただそれだけの人物だった。

 

掴みどころのない、妙な男…

 

だが、話していて悪い気はせんかもな。

 

そう考えて砕蜂は夜一のもとへ駆けて行った。

 

***

 

一方、その頃、柊は特売の争奪戦で手に入れたトリートメントを抱えていた。

 

「結局、俺って今日何しに来たんだ…?」

 

第3話 Bee Seen 完

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